栗鼠は籠にはいっている

提供: Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動



本文[編集]

陽(ひ)のよくあたるひさしぶりの朝!
人はみな職場に、子供達は学校へ、みな行ってしまったあとの街を歩くことは、日頃(ひごろ)怠惰〈怠惰)な芸術家にとってなんという愉(たの)しいことだろう。うららかにもひっそりしている。道で会うのは赤(あか)ん坊(ぼう)をおぶったお婆(ばあ)さんか、自転車に乗った御用聞(ごようきき)しかない。高い土塀(どべい)に咲(さき)残(のこ)ったばらの匂(におい)が路面まで降りて来ている。さざんかの花を散らして小鳥が逃(に)げてゆく。
日光にはまだ生気がある。これが昼をすこし過ぎると、なぜあんなにも物悲しくなるのか?


そんなある朝、私は「鳥源」という小鳥屋の店先に立って、陽を浴びて騒(さわ)いでいる小鳥達を眺(なが)めていた。彼等(かれら)は餌(え)を貰(もら)ったところだったらしい。菜っ葉を食い裂(さ)き、粟(あわ)を蹴散(けち)らし、水をくくみ飲む有様(ありさま)はまことに異様な騒擾(そうじょう)であった。それが済んでしまうと彼等はまた横棒の上に帰って、眼白(めじろ)押(お)しに並(なら)びながら「あたしを買って頂戴(ちょうだい)」をやるのであろう。なんといううまい仕掛(しかけ)になっていることか。籠のなかの小鳥達!
そのうちに私は非常に興味のある一つの籠を発見した。それは黒い宝玉のような眼をした、褐色(かっしょく)に背に白い縞(しま)の走っている猫じゃらしのような尻(し)っ尾(ぼ)を持った、アクロバット一群だった。朝鮮(ちょうせん)栗鼠(りす)!
この連中は十匹(ぴき)で二十匹の錯覚(さっかく)を与えるために活動していた。餌を食いに来ている奴(やつ)のほかは、まるで姿がつかまらない。籠を垂直に駆(か)けあがってゆく。身を翻(ひるがえ)す。もう向う側を駆け下りている。また駆けあがってゆく。もう下りて来ている。また駆けあがってゆく。もう下りて来ている。
アーチだ!いつも一定に、好もしい、飛躍(ひやく)の恰好(かっこう)の残像で構成されている。
餌を食っている彼等はほんとうに可憐(かれん)に悧巧(りこう)そうに見える。猫じゃらしの穂(ほ)のように芯(しん)の通った尻っ尾をおったてて鉢(はち)の前へ坐(すわ)る。拝むような恰好に両手を揃(そろ)えて、穀類(こくるい)を掬(すく)っては食うのである。まるで行儀(ぎょうぎ)のよい子が握飯(にぎりめし)を食っているようではないか?そしてまた錯覚の、群飛の、アーチのなかへ駆けあがってゆくのである。
隣(とな)りの平たい籠のなかでは、彼等はまた車を廻(まわ)さされていた。
彼等の一匹が車のなかへはいると、車は猛然(もうぜん)と廻り出す。彼は駆ける駆ける。車は廻る廻る。まるで旋風機(せんぷうき)のように。桟(さん)もなにもかも見えなくなってしまう。そのなかから、彼の永久の疾駆(しっく)の恰好が商標のように浮(う)き出して来る。ついと彼が走りやめる。と、桟がブランブランと揺(ゆら)いで、一走りをすませた彼の姿がそのなかから下りて来る。そしてまた代りの奴がはいる。そしてまた車が廻り出す。
彼等はその遊びに驚(おどろ)くべく熱心である。なぜだろう?これが天性というのだろうか?それとも別の訓練がかくも彼等を「六日競争」の選手にしてしまったのだろうか?
しかし私はさきほどの籠のアクロバット達を見較(みくら)べてみることによって、「円の逆は点なり」という難しい数学の定理を思い出しながら、それを「天性」だと帰納してしまった。まことに円の逆は点なのである。
そのうちにまた私は驚ろき出した。その点が――静止の位置にいてしかも疾駆している彼が、ほんとうに遠くへ遠くへ、走り去ってゆくように見え出したのである。五十米(メートル)。百米。ああ走る走る、遠くへ遠くへ。
私は夢中になってしまった。こいつは恐(おそ)るべき革命家だ!車のなかにいながら、車から無限の遠さへ走っているではないか。こいつらは物理学の法則を破壊(はかい)してしまった。ああなんという疾駆だろう!
私は感歎(かんたん)してしまった。感歎しながら見入っていた。見入りながら考えはじめた。何を?隣りの奴らを。彼等もまた恐るべき革命家ではないか!
仰向(あおむ)けに飛躍(ひやく)する身軽さは重力の法則を消去している。おまけに「十は十に非ず」ということまで主張しようとしているではないか!
「恐しい革命家だ」
そうひとりごちながら最後に私はそこを立ち去った。愉しい朝の散歩の思わぬ収穫(しゅうかく)に心をときめかせながら。


しかし昼が去って、衰(おとろ)えた日影(ひかげ)をはや木枯(こがらし)が乱しはじめる。夕方。私の考えはなにもかもが陰気(いんき)になってしまう。私は朝の栗鼠のことを考え直してみる。
「革命家だなんて。たかだかが手品師かアクロバットではないか。それを革命家だなんて。栗鼠はやはり籠のなかにいるんだぜ」


この著作物は、1932年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。