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半七捕物帳 第一巻/三河万歳

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三河万歳みかわまんざい

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ある年の正月、門松かどまつのまだ取れないうちに赤坂のうちをたずねると、半七老人は格子の前に突っ立って、初春のちまたのゆきかいを眺めているらしかった。
「やあ、いらっしゃい。まずおめでとうございます」
いつもの座敷へ通されて、年頭の挨拶がかたのごとくに済むと、おなじみの老婢ばあやが屠蘇の膳を運び出して来た。わたしがここの家で屠蘇を祝うのは、このときが二度目であったように記憶している。今とちがって、その年は年礼を葉書一枚で済ませる人がまだ少なかったので、表は日の暮れるまで人通りが絶えなかった。獅子の囃子はやしや万歳のつづみ音も春めいてきこえた。
麹町こうじまちよりこちらの方が賑やかですね」と、わたくしは云った。
「そうでしょうね」と、老人はうなずいた。「以前は赤坂よりも麹町の方が繁昌だったんですが、今ではあべこべになったようです。麹町も赤坂も、昔は山の手あつかいにされていた土地で、下町したまちとくらべるとお正月気分はずっと薄かったものです。川柳にも『下戸げこの礼、赤坂四谷よつや麹町』などとある。つまり上戸は下町で酔いつぶれてしまうが、下戸は酔わないから正直に四谷赤坂麹町まで回礼してあるくわけで、春早々から麹町や赤坂などの年始廻りをしているのは野暮やぼな奴だというようなことになっていたんです。しかし万歳だけは山の手の方にいいのが来ました。武家屋敷が多いので、いわゆる屋敷万歳がたくさん来ましたからね。明治以後には出入り屋敷というものが無くなってしまいましたから、万歳も一年ごとに減って行くばかりで、やがては絵で見るだけのことになるかも知れません」
「どこの屋敷にも出入り万歳というものがあったのですか」と、わたしはいた。
「そうです。屋敷万歳はめいめいの出入り屋敷がきまっていて、ほかの屋敷や町家へは決して立ち入らないことになっていました。幾日が江戸に逗留して、自分の出入り屋敷だけをひと廻りして、そのままずっと帰ってしまうのです。町家を軒別けんべつにまわる町万歳は、乞食万歳などと悪口を云ったものでした。そういう訳ですから、万歳だけは山の手の方が上等でした。いや、その万歳について、こんな話を思い出しましたよ」
「どんなお話ですか」
「いや、坐り直してお聴きなさるほどの大事件でもないので……。あれは何年でしたか、文久ぶんきゅう三年か元治げんじ元年、なんでも十二月二十七日の寒い朝、神田橋かんだばしの御門外、今の鎌倉河岸かまくらがしのところに一人の男が倒れていました。男は二十五六の田舎者らしい風俗で、ふところに女の赤ん坊を抱いていた。それが、このお話の発端ほったんです」


男は息が絶えていた。師走しわすの風の寒い一夜を死人のふろことに抱かれていた赤児は、もう泣きれて声も出なかったが、これはまだ幸いに生きていた。つい眼と鼻のあいだの出来事であるから、検視のまだりぬうちに半七はすぐに其の場へ駈け付けてみると、死んだ男のからだには何も怪しいきずのあとは無かった。抱いている赤児にも別条はなかった。しかし半七をおどろかしたのは、その赤児が二本の鋭いきばをもっていることであった。赤児は生れてからまだ二タ月か三月しか経つまいと思われるぐらいの嬰児みずこであったが、その上顎の左右に一本ずつの牙が生えていた。俗にいう鬼っ児である。この鬼っ児をかかえて往来に倒れていた男――それには何かの仔細があるらしく思われた。近所の人にだんだん問い合わせると、前の晩の夜ふけによく似た男が通りがかりの夜鷹蕎麦よたかそばを呼び止めて、燗酒かんざけを飲んでいるの見た者があるとこのことであった。それらの話から考えると、かれは寒さしのぎに燗酒をしたたかに飲んでの前後不覚に酔い倒れて、とうとう凍え死んでしまったのではあるまいかと半七は判断した。かれは木綿の財布に小銭こぜにを少しばかり入れているだけで、ほかにはなんにも手掛りになりそうなものを持っていなかったが、半七はその右の手のひらの鼓胝つづみだこをあらためて、彼はおそらく才蔵さいぞうであろうとすぐ鑑定した。たとえ万歳であろうが、才蔵であろうが、勝手にくらい酔って凍え死んだというだけのことであれば、別にむずかしい詮議はいらない。そのままちょう役人に引き渡してしまえばいいのであるが、彼のふところに抱えていた赤児の来歴がどうも判らなかった。他国者の才蔵が赤児をかかえて、寒い夜なかに江戸の町なかをさまよい歩いていたという、その理窟が呑み込めなかった。殊に赤児が二本の怪しい牙をもっているだけに其の疑いはいよいよ深くなった。
やがて町奉行所から当番の役人が出張して、医師も立ち会いで検視をすませたが、死人のからだには仔細なく、やはり大酔のために路傍みちばたに倒れて、前後不覚のうちに凍死を遂げたものと決められてしまった。しかしかれの抱えている鬼っ児の正体は係り役人にも判らなかった。半七は八丁堀はっちょうぼり同心菅谷弥兵衛すがややへえの屋敷へ呼ばれた。
「どうだ、半七。けさの行き倒れは、何者だと思う。あんな因果者を抱えているのをみると、香具師やしの仲間かな」と、弥兵衛は云った。
「さあ、手のひらの硬い工合ぐあいがどうも才蔵じゃねえかと思いますが……」
「むう。おれもそう思わねえでもなかったが、香具師ならば理窟が付く。やあぽんぽんの才蔵じゃあ、どうも平仄ひょうそくが合わねえじゃあねえか」
「ごもっともです」と、半七は考えていた。「しかし旦那の前ですがその平仄の合わねえところに何か旨味うまみがあるんじゃありますまいか。ともかくもちっと洗いあげてみましょう」
節季せっき師走しわす)気の毒だな。あんまりいい御歳暮でも無さそうだが、しゃけの頭でも拾う気でやってくれ」
「かしこまりました」
半七は受け合って八丁堀を出たが、どこから手をつけていいのかちょっと見当が決まらなかった。大江戸の歳の暮に万歳や才蔵を探してあるくのは、その相手のあまり多いのに堪えなかった。なんとかして手っ取り早く探し出す工夫はあるまいかと考えながら、師走の忙がしい往来を、本郷ほんごうの方角へぶらぶらあるいて来ると、橋の袂で二十四五の男に出逢った。
「やあ、親分。お早うございます」
かれは亀吉かめきちという手先であった。もとは豆腐屋の伜で、道楽の果てから半七のところへ転げ込んで来たので、仲間では豆腐屋亀と呼ばれていた。
「おい、豆腐屋。いいところでつらを見た。おめえにすこしけて貰いてえことがあるんだが……。おめえは鎌倉河岸の行き倒れを知っているか」
「知っています。今おまえさんのうちへ行って、姐さんから詳しい話を聴きました。その行き倒れの抱えていた因果者というのが変じゃありませんか」
「それを少し洗って見てえんだ。才蔵が因果者をかかえて行き倒れになっている。どう考えても、変じゃねえか」
「変ですとも……。打っちゃって置くとよその仲間に飛んだ鼻毛を抜かれますぜ」
「そんなことがねえとも云われねえ」
ふたりは立ち話で相談をきめた。亀吉はおなじ子分の善八ぜんぱちと手分けして、亀吉は因果者師の方を調べる。善八は万歳の群れをあさる。こうして両方から洗いあげて行ったら、何かそこに一つの手がかりを見つけ出すであろうとのことであった。
「じゃあ、頼むぜ」
亀吉にたのんで、半七は三河町の家へ帰った。その夜の五ツ(午後八時)過ぎになって、亀吉は寒そうな顔を三河町へ持って来た。なにぶんにも自分ひとりでは手が廻らないので、彼はほかの子分どもにも加勢をたのんで、江戸じゅうの香具師や因果者師をそれからそれへと詮議したが、この頃に鬼っ児を取り扱った者もなかった。鬼っ児などを取られた者もなかった。香具師仲間の詮議のつるはもう切れた、と、亀吉は落胆したように話した。
「そうすると、因果者には何もかかり合いのねえ素人しろうと餓鬼がきかな」と、半七は考えながら云った。
「まあ、そうでしょうね。香具師の仲間で猫の児をなくしたとか云って力を落している奴があるそうですが、猫の児じゃしようがありませんからね」
「そうよ、けさのは確かに人間の子だ。猫の児じゃあねえ」
云いかけて半七は又かんがえていた。行き倒れの才蔵がふところに抱えていたのは、決して猫の児ではなかった。いくら因果者の鬼っ児でもそれが確かに人間の子である以上、それを畜生の児と一緒に見なすわけには行かなかった。しかしその一緒に見なされないものを一緒に結びつけて考えるのが、自分たちの眼の着けどころであると半七は思った。人間の子と猫の児と、そこにはどういう不思議の因縁がからまっているかということを彼はいろいろに考えてみた。
「そこで、そのなくしたとかいう猫の児はなんだ。金眼きんめか銀眼か、それとも尻尾が二、三本あるとでもいうのか」
「それは聞きませんでした。猫の児じゃあしようがねえと思ったもんですから」と、亀吉はきまりが悪そうに頭を掻いた。「すると、その鬼っ児と猫の児と何か係り合いがあるんでしょうか」
「そりゃまだ判らねえ。が、それがどうも気になる。御苦労だがもう一度行って、その猫の児をどうしてなくしたのか。その猫はどういう猫か詳しく訊いて来てくれ」
「ようごぜえます。善八の方からはなんにも云って来ませんかえ」
「あいつの方からは沙汰なしだ。だが、あいつの方はちっと面倒だからすぐには行くめえ。なにしろ頼むよ」
亀吉は承知して帰った。


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あくる二十八日の朝はからかぜが吹いた。薬研堀やげんぼりの歳のいちは寒かろうと噂をしながら、半七は格子の外に立って町内の仕事師が門松を立てるのを見ていると、亀吉は三十五六の男を連れて来た。
「親分。この男を連れて来ましたよ。わっしの又聞きで何か間違うといけねえから、その本人を引っ張って来ました」
「そうか、やあ、おまえさん。節季の忙がしいところを御苦労でした。まあ、どうぞ、こっちへはいってください」
「ごめん下さい」
男は恐る恐るはいって来た。彼はあから顔の小ぶとりにふとった男で、左の眉のはずれに疱瘡ほうそうの痕が二つばかり大きく残っているのが眼についた。彼は下谷しもや稲荷町いなりちょうに住んでいる富蔵とみぞうと名乗った。
「ただいま亀さんのお話をうかがいましたら、何かわたくしに御用がありますそうで……」
「なに、用というほどのむずかしいことじゃあねえので……。亀吉はどんなことを云っておどかしたか知らねえが、実はほんの詰まらねえことで、わざわざ来て貰うほどのことでもなかった。ほかじゃあねえが、おまえさんは此の頃に猫の児をどうかしなすったかえ」
「へえ」と、富蔵は案外らしい顔をした。「それを何か御詮議になるんでございますか」
「いや、別に詮議というほどの角張かくばったことじゃねえ。ただわたしの心得のために少し訊いて置きたいことがあるのだ」
「へえ」と、富蔵はまだ呑み込めないように相手の顔をながめていた。
「そんなことは嘘かえ」
「なにかのお間違いで……。わたくしは一向に存じません」
話がまるで違っているので、亀吉も黙ってはいられなくなった。
「おい。おい。なにを云うんだ。おまえが大事の猫を逃がしたと云って、さんざん愚痴ぐちをこぼしていたということは、仲間の者から聞いて知っているんだ。隠しちゃいけねえ。さもねえと、おれが親分に嘘をついたことになる。よく後先あとさきをかんがえて返事をしてくれ」
「でも、わたくしはなんにも知りませんのでございますから」
富蔵は皺枯しやがれ声ですらすらと弁じながら、飽くまでも知らないと強情を張った。亀吉はとうとう腹を立てて、喧嘩腰でしきりに問い落そうと試みたが、彼はどうしても口をあかなかった。自分は商売物の猫の児をなくした覚えはないと固く云い切った。亀吉も根負こんまけがして親分の顔色をうかがうと、半七はしずかにうなずいた。
「よし、判った、判った。こりゃあ何かの間違いに相違ねえ。おまえさん、朝っぱらから飛んだ迷惑をさせて、どうもお気の毒でした。まあ、堪忍して帰ってください」
「じゃあ、もう帰りまして宜しゅうございますか」と、富蔵はほっとしたように云った。
「ほんとうに堪忍しておくんなせえ。そのうちに何かで埋め合わせをするから」
「どう致しまして、恐れ入ります。じゃあ、これで御免を蒙ります」
怱々そうそうに出てゆく富蔵のうしろ姿を見送って、亀吉は忌々いまいましそうに舌打ちをした。
「あの野郎、横着な奴だ。きょうは無事に帰してやっても、すぐに証拠をあげてもう一度引き摺って来てやるから覚えていやあがれ」
「まあ、熱くなるな」と、半七は笑いながら云った。「あの野郎、猫をなくしたに相違ねえ。さっきからの様子で大抵わかっている。だが、それをむやみに隠すというのが判らねえ。ここでいつまでも云い合っても論はかねえから、今はおとなしく帰してやって、あいつの家の近所へ行ってそっと訊いて見る方がいい。御用仕舞いでおれもきょうは暇だから、午飯ひるめしでも食ってから一緒にぶらぶら出かけて見よう」
「おまえさんが一緒に来てくんなさりゃあ大丈夫です。あの野郎、おれに恥をかかしゃあがったから、邪が非でも証拠をあげて、ぎゅうという目に逢わしてやらにゃあならねえ」と、亀吉は激しい権幕けんまくで時刻の来るのを待っていた。
午飯を食って、二人がこれから出掛けようとするところへ、善八がぼんやりしてやって来た。
「どうも面白い見付け物はありません。御存知の通り、麹町の三河屋みかわやは屋敷万歳の定宿じょうやどで、毎年五、六人はきっと巣を作っていますから、念のために其処そこへも行ってみると、案の定そこにもう五人ばかり来ていました。そのなかで市丸太夫いちまるだゆうという男の才蔵がまだ揃わないので、太夫は心配して朝から探しに出たそうです」
以前は日本橋の四日市に才蔵市さいぞういちというものが開かれて、三河から出てくる万歳どもはみな其の市にあつまって、思い思いに自分の才蔵をえらむことになっていたが、天保以後にはそれがもうすたれて、万歳と才蔵は来年を約束して別れる。そうして、その年の暮に万歳が重ねて江戸へ下ると、おも安房あわ上総かずさ下総しもうさから出て来る才蔵は約束の通りその定宿へたずねて行って、再び連れ立って江戸の春を祝ってあるく。それが此の頃の例になっているので、万歳はその都度つどに才蔵を選ぶ必要はなかった。
遠国おんごく同士の約束は甚だ不安のようではあるが、義理の固い才蔵は万一自分に病気その他の差し支えがある場合には、差紙さしがみを持たせて必ず代人をのぼせることになっているので、大抵は間違いも無しに済んでいた。その才蔵が約束通りにたずねて来ない。又その代人もよこさないとあっては、万歳の市丸太夫が当惑するのも無理はなかった。いくら立派な出入り屋敷をたくさん持っていても、才蔵を連れない万歳は武家屋敷の門松をくぐる訳にはゆかなかった。
「その才蔵はなんという名で、どこの奴だ」と、半七は訊いた。
「下総の古河こがの奴で、松若まつわかというんだそうです」
「松若……。洒落しゃれた名だな」と、亀吉は笑った。「すると、親分。その松若が詮議者ですね」
「で、その市丸太夫というのには逢わねえんだな」と、半七は念を押した。
「逢いません」と、善八は答えた。「なんでも五十二三の大柄の男で、酒を飲むとむやみに陽気に騒ぎ散らすと宿の女中が話していました。ふだんはまじめなつらをしているが、なかなか道楽者らしい男で、酔うと三味線なんぞをぽつんぽつんるということです」
「そうか。それじゃあもう一度その三河屋へ行って、市丸太夫の帰るのを待っていて、その才蔵というのはどんな奴か、又その鬼っ児に何か心あたりはねえか、よく調べてくれ」
善八を出してやって、ふたりは下谷の稲荷町へ足を向けた。朝からの空っ風が白い砂けむりを吹き巻いている広徳寺前をうろついて、ようように香具師の富蔵の家を探しあてた。かぎの手に曲がっている路地の奥で、隣りの空き地には、稲荷のやしろまつられていた。近所で訊いてみようと四辺あたりを見まわすと、三十恰好の女房が真っ赤な手をしながら井戸端で大束おおたば冬菜ふゆなを洗っていて、そのそばに七つ八つの男の児が立っていた。
「もし、おかみさんえ」と、半七は近寄って馴れなれしく声をかけた。「あすこの富蔵さんはお留守かえ」
「富さんはいませんよ」と、女房は素気そっけなく答えた。「きょうは薬研堀の方へでも行ったかも知れません」
富蔵は独身者ひとりもので、香具師というのは自分が興行しているのではない。どこかの観世物小屋に雇われて木戸番を勤めているらしいことは、亀吉の報告でわかっていた。半七は小声でまた訊いた。
「あの富さんのうちには猫が飼ってありましたか」
「猫ですか。あの猫じゃあ……」
云いかけて女房は口をつぐんでしまった。
「その猫がどうかしましたかえ」
女房は自分のうしろをちょっと見かえってやはり黙っていた。素直には云いそうもないと思って、半七はふところに手を入れた。
「ここにいるのはおかみさんの子供かえ、おとなしそうな児だ。小父さんが御歳暮に紙鳶たこを買ってやろうじゃねえか。ここに来ねえ」
紙入れから一朱銀を一つつまみ出してやると、裏店うらだなの男の児はおどろいたように彼の顔をみあげていた。女房は前垂れで濡れ手をふきながら礼を云った。
「どうも済みませんねえ。こんなものをいただいちゃあ……。おまえ、よくお辞儀をおしなさいよ」
「なに、お礼にゃあ及ばねえ。そこでおかみさん、しつこく訊くようだが、その猫がどうしたのかえ。その猫が逃げたんじゃあねえか」
「逃げたのならまだいいんですけど……」と、女房は小声で云った。「殺されたんですよ」
「誰に殺された」
「それがおかしいんですよ。富さんのいない留守に化け猫と間違って殺されてしまったんですが、そりゃあ無理もありません。あの猫は踊るんですもの」
「それじゃあ商売物だね」
「まあ、そうです。これからだんだん仕込もうというところを、化け猫だと思って殺されてしまったんですよ。富さんも大変に怒りましてね」
一朱銀の効き目で、女房はその日の出来事をべらべらとしゃべりだした。

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富蔵の隣りにお津賀つがという二十五六の小粋こいきな女が住んでいる。よほどだらしのない女で、旦那取りをしているというのであるが、さだまった一人の旦那を守っているのでは無いらしく、大勢の男にかかり合って一種の婬売じごく同様のみだらな生活を営んでいるのだと近所ではもっぱら噂された。そのお津賀のところへまれにたずねてくる五十くらいの男があって、それは自分の叔父さんで、一年に一度ずつ商売用で上州じょうしゅうから出て来るのだと彼女は云っているが、どうも上州者ではないらしく、又ほんとうの叔父さんではないらしい。それも例の旦那の一人であろうと長屋じゅうの者には認められていた。
四、五日前の夕方に、その叔父という人が久し振りにたずねて来ると、あいにくお津賀はいなかった。かれは独身者で、外へ出るときに表の戸にしっかりとじょうをおろしてゆくので、叔父ははいることが出来なかった。うす暗い門口かどぐちにぼんやりと立っている男の姿を気の毒そうに見て、井戸端から声をかけたのがこの女房であった。黙っていればよかったが、お津賀の帰るまで隣の家へはいって待っていろと彼女は教えてやった。となりは富蔵の家で、かれは戸をあけ放したままで町内の銭湯せんとうへ出て行った留守であったが、られるような物のある家では無し、殊にその男の顔を見知っているので、女房も安心してそう教えたのであった。すこし酔っているらしい男は礼を云って隣りへはいって、上がりがまちに腰かけているらしかったが、そのうちに三味線をぽつんぽつんとき出した音がきこえた。かれはお津賀の家へ来ても時々に三味線を弾くことがあるので、女房も別に不思議には思わないで自分の米をいでしまって家へ帰った。
「それからが騒動なんですよ」と、女房は顔をしかめて話した。「富さんの家で何かどたんばたんという音が聞えたから、どうしたのかと思って駆けつけてみると、富さんは湯あがりの頭からぽっぽっけむを立てて、その叔父さんという人の胸倉を摑んで、ひどい権幕で何か掛け合いを付けているんです。だんだんにいてみると、その人が富さんの猫をち殺してしまったという一件なんです」
「なぜ殺したんだろう。だしぬけに踊り出したのかえ」と、半七は訊いた。
「そうなんですよ。踊り出したんですよ」
女房の説明によると、富蔵は自分の飼っている白い仔猫に踊りを仕込むために、長火鉢に炭火をかんかんおこして、その上に銅の板を置く。それは丁度かの文字焼を焼くような趣向である。その銅の板の熱くなった頃に仔猫の胴中を麻縄で縛って、天井から火鉢の上に吊りさげて、四本の足が丁度その銅の板を踏むようにすると、板は焼け切っているから、猫はその熱いのにおどろいて、思わず前後の脚を代る代るにひょいひょい揚げる。それを待ち設けて、富蔵は爪弾きで三味線を弾き出すのである。勿論はじめのうちは猫の足どりを見て、こっちで巧く調子を合わせて行かなければならないのであるが、それがだんだんに馴れて来ると、猫の方から調子にあわせて前後の足をひょいひょいと揚げるようになる。更に馴れて来ると、普通の板や畳の上でも三味線の音につれて足をあげるようになる。観世物小屋で囃し立てる猫の踊りは皆こうして仕込むので、富蔵もふた月ほどかかってこの白猫を馴らした。
根気よく馴らして教えて、猫もどうやら斯うやら商売物になろうとしたところを、かの男に突然撲り殺されてしまったのである。勿論、殺した方にも相当の理窟はあった。かれは框に腰をかけてぼんやりと待っている退屈まぎれに、壁にかけてある三味線をふと見付けて、少し酔っている彼はその三味線をおろしてぽつんぽつんと弾きはじめると、長火鉢の傍にうずくまっていた白猫が、その爪弾きの調子にあわせて俄かに踊り出した。彼は実にびっくりした。うす暗い夕方の逢魔おうまときに、猫がふらふらと起って踊り出したのであるから、異常の恐怖に襲われた彼は、もう何もかんがえている余裕もなかった。彼は持っている三味線を持ち直して猫の脳天を力任せになぐり付けると、猫はそのままころりと倒れて死んだ。そこへ飼い主の富蔵が帰って来た。
誰がなんと云おうとも、ひとの留守へ無断にはいり込むという法はないと富蔵は怒った。おまけに大切な商売物をぶち殺してしまって、この始末はどうしてくれると彼は眼の色を変えてたけった。その事情が判ってみると、男もひどく恐縮していろいろにあやまったが、富蔵は承知しなかた。自分も係り合いがあるので、かの女房も一緒に口を添えてやったが、富蔵はどうしてもかないで、殺した猫を生かして返すか、さもなくばそのつぐない金を十両出せと迫った。それをいろいろにあやまって、結局半金の五両に負けて貰う事になったが、男にはその五両の持ち合わせがないので、どうか大晦日おおみそかまで待ってくれと頼むのを、富蔵は無理におさえ付けて、腕ずぐでその紙入れを引ったくってしまった。しかし紙入れには三分ばかりしか這入はいっていなかったので、富蔵はまだ料簡しないで、これから俺と一緒に行ってすぐに其の金を工面しろと責めているところへ、丁度にお津賀が帰って来て、きっと自分が受け合うから今夜のところは勘弁してくれと頻りに富蔵をなだめて、無事にその男を自分の家へ連れ込んだ。
富蔵の猫はこういう事情で失われたのであった。かれが半七に対して、飽くまでも知らないと強情を張っていたのは、たとい自分に相当の理があるとは云え、物取り同様に相手を手籠てごめにして、その紙入れを無体に取りあげたという、うしろ暗いかどがあるからであろうと想像された。
「それからどうしたね。その男は後金あとがねを持って来たらしいかえ」と、半七はまた訊いた。
「その晩は無事に済んで、その人はそれからお津賀さんの家で小一刻こいっときも話して帰ったようでしたが、その明くる晩また出直して来ると、なんだかお津賀さんと喧嘩をはじめて、両方が酔っていたらしいんですが、お津賀さんはその人をつかまえて表へ突き出してしまったんです」
「ひどい女だな」と、亀吉は眼を丸くした。
「そりゃなかなか強いんですから」と、女房は嘲るように笑っていた。「お前さんのような意気地なしはどうだとか斯うだとか云って、そりゃあもうひどい権幕で……。かりにも世間に対しては叔父さんだとか云っている人を、さんざん小突きまわして、表へ突き出してしまったんです。それでも其の人はなんにも云わないで、おとなくし悄々しおしおと出て行きました。もっともお津賀さんにかかっちゃあ大抵の男はかなわないかも知れませんよ」
「そのお津賀さんというのは家にいるかえ」と、半七はうしろを見返りながら訊いた。
おなじ裏長屋でもお津賀の家は小奇麗に住まっているらしく、軒には亀戸かめいど雷除らいよけの御札おふだが貼ってあった。表の戸は相変らず錠をおろしてあるので、内の様子はわからなかった。
「ゆうべから帰って来ないようですよ」と、女房はまた笑った。
「で、どうだい。隣りの富蔵とはおかしいような様子はないかね」
「そりゃあ判りませんね。あの人のことですから」
「そうだろう」と、半七も笑った。「いや、日の短けえのに手間費てまづいをさせて済みません。さあ、亀。もう行こうぜ」
女房に挨拶して、ふたりは露路の外へ出た。
「親分。不思議なことがあるもんですね」
「むむ、広い世間にはいろいろのことがある」と、半七はうなずいた。「だが、まあ、ここまで足を運んだ効能はある。それでもう大抵見当けんとうは付いたが、今度はその鬼っ児に出どころだ。いや、それもすぐ判るだろう。それでお前の方はもう年明ねんあけらしい。おれは脇へ廻るからここで別れようぜ」
「富の野郎はどうしましょう」
「さあ、今のところじゃあしようがねえ。まあ打っちゃって置け」
「あい」と、亀吉は渋々に別れて行った。
あまり長追いするほどの事件でもないと思ったが、かれの性分としてなんでも最期まで突き留めなければ気が済まないので、半七はその足で山の手まで登ってゆくと、冬の日はもう暮れあかって寒そうな鴉の影が御堀の松の上に迷っていた・麹町五丁目の三河屋へたずねてゆくと、筋向うの煙草屋の店さきに善八が腰かけていた。
「親分、いけねえ。市丸はまだ帰らねえそうですよ」と、かれは待ちくたびれたように云った。
「大きに御苦労。その市丸のところへ近ごろ女がたずねて来たらしい様子はねえか」
「来ました、来ました。女中に聞いたら、なんでも小粋な二十五六の女が二、三度たずねて来たそうです。お前さんよく知っていますね」
「むむ、知っている」と半七は笑っていた。「もう大抵判っているんだから、きょうはこのくらいにしておこう。おめえもかぞにここでいつまでも納涼すずんでもいられめえ。家へ帰ってかかあ熨斗餅のしもちを切る手伝いでもしてやれ」
「じゃあ、もうようがすかえ」
「もうよかろう」
ふたりは連れ立って神田へ帰った。寒い風は夜通し吹きつづけたので、火事早い江戸に住んでいる人達はその晩おちおち眠られなかった。とりわけて御用を持っているからだの半七は、いよいよ眼が冴えてまんじりともしなかった。あくる朝七ツ(午前四時)頃から寝床をぬけだして、行燈あんどんの灯で煙草をのんでいると、割れるように表の戸を叩く者があった。
「誰だ。誰だ」
「わっしです。亀です」と、外であわただしく呼んだ。
「豆腐屋か、馬鹿に早えな」
家の者はまだ起きないので、半七は自分で起って戸をあけると、亀吉は息をはずませて転げ込んで来た。
「親分。富蔵がられた」


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見す見す猫をなくしたのを強情に知らないと云い張って、たとい一時でも親分の前で自分に恥をかかした富蔵を、亀吉は心から憎んでいた。きのう半七に別れてから彼は吉原へ遊びに行ったが、あまり好くも扱われなかったむしゃくしゃ腹で、引き前にくるわを飛び出して、阿部川町あべかわちょうの友達を叩き起して泊めて貰った。彼もこの強い風に枕をゆすられておちおち眠られずにいる耳もとに、人の立ち騒ぐような声が遠くひびいた。火事かしらとすぐに飛び起きてその騒がしい方角へ駈け付けてみると、果たして火事に相違なかったが、それは稲荷町の長屋の一軒焼けで鎮まった。
火事は先ずそれで済んだが、済まないのは、その火元に男が死んでいたことである。死んだ男はかの富蔵であった。一つ長屋のお津賀の死骸も井戸から発見された。
「こういうわけだから私ひとりじゃいけねえ。お前さんも早く来ておくんなせえ」
「よし、すぐに行く。なにしろ飛んだことになったものだ」
半七は身支度をして、亀吉と一緒に出てゆくと、師走二十九日のあかつきの風は、諸刃もろはの大きいつるぎぎ倒そうとするように吹き払って来た。ふたりは眼口めくちをふさいで転げるようにあるいた。稲荷町へ行き着いてみると、富蔵の家は半焼けのままくずれ落ちて、せるような白い煙りは狹い路地の奥にうずまいてみなぎっていた。町内の者も長屋の者も、その煙りのなかに群がってがやがやと騒いでいた。
「どうも騒々しいことでした」
きのうの女房を見掛けて半七が声をかけると、あわてまなこのかれも一朱くれたきのうの人を見忘れなかった。
「きのうはどうも……。でも、まあ、この風でこのくらいで済めば小難でした」
「小難はおめでてえが、なにか変死があるというじゃありませんか。焼け死んだのですか」と、半七は何げなく訊いた。
「それが判らないんです。あの富さんが焼け死んで……。お津賀さんも……」
「そうですか」
半七はすぐに火元へ行った。もうこうなっては仮面めんをかぶっていられないので、かれは自分の身分を名乗って、家主いえぬし立ち合いで焼け跡をあらためた。近所の人達が早く駈け付けて、すぐに叩き毀してしまったので、半焼けと云っても七分通りは毀れたままで焼け残っていた。半七はその家のまわりを見廻りながら、ふとその隣の稲荷のほこらに眼をつけた。
「この稲荷さまは無事だったんですか」
「火の大きくならなかったのも、お稲荷様のおかげだと云って、長屋じゅうの者も喜んでいます」と、家主は云った。
「喜ぶのは間違っている」と、半七はあざ笑った。「お稲さまに御利益ごりやくがあるなら、はじめからこんな騒ぎを仕出来しでかさねえがいい。家を焼いて、人を殺して、御利益もねえもんだ。いっそ刷毛はけついでにこの稲荷もしてしまっちゃあどうです」
無法なことを云うとは思ったらしいが、相手が相手なので、家主は苦り切って黙っていると、半七は足下あしもとにまだちろちろと燃えている木のきれを拾って松明たいまつのように振りあげた。
「ようがすかえ。この稲荷に火をつけますぜ」
「お前さん。どんでもないことを……」
家主はあわててその腕を押えると、半七は委細かまわず又呶鳴った。
「ええ、構うものか、こんな稲荷……。さあ、焼くぞ、こんな燧石箱ひうちばこのような小っぽけなほこらは、またたく間に灰にしてしまうぞ。野良狐のらぎつねが隠れているなら早く出て来い」
稲荷様もこれには驚いたのかも知れない。その声に応じて正面の扉がさっとあいた。しかも這い出して来たのは野良狐ではなかった。それは頭からすすを浴びた五十前後の男であった。
「お前は市丸太夫だろう。正直にいえ」と、半七はかれの腕をつかんだ。「どうも稲荷様の中でごぞごぞいうと思ったら、案のじょうこんな狐が這い込んでいた。さあ、番屋へ来い」
町内の自身番へ引っ立てられて行った男は、果たしての市丸太夫であった。かれはふところに小刀こがたなを呑んでいたが、その刃には血の痕がなかった。
「お前は富蔵を殺して、火をつけたのか」
「恐れ入りました」と、市丸太夫は白状した。「全くわたくしは富蔵を殺そうと存じてまいりました。しかし殺さないうちに火事が出て、富蔵は焼け死んだのでございます」
「なぜ富蔵を殺そうとした」
「わずかの金に差し支えましたのでございます」
かれは誤って富蔵の猫を殺した始末を正直に申し立てた。それは長屋の者の推察通り、彼は一昨年の春からお津賀に関係して、毎年江戸へ出るたびに彼女のところへ訪ねて来て、松の内に稼ぎためた金の大部分を絞り取られていた。今年も一年ぶりで訪ねて来ると、あいにくお津賀は留守で、はからずも隣りの猫を殺すような間違いを仕出来してしまった。
「お津賀のあつかいで、その場だけでも勘弁して貰ったのですが、あと金四両一分の工面くめんがなかなか付きません。仲間の者も春にならなければ、まとまった金を貸してくれることは出来ませんので、わたくしも途方にくれました。差し当りお津賀の着物でもしちに入れて、なんとか融通して貰おうと存じまして、その明くる晩出直して相談にまいりますと、剣もほろろの挨拶で断わられました。ふた言三言云い合っていますうちに、お津賀は気の強い女で、とうとう私をつかまえて表へ突き出してしまいました。いい年を致して若い女に係り合いまして、飛んだ恥を申し上げなければなりません。それで悄々しおしお帰りますと、あくる日お津賀がわたくしの宿へ押し掛けて参りまして、後金を早くどうかしてくれなければ近所へ対して面目がないと強請せがみます。その日はまあなんとかなだめて帰しますと、あくる日もまた押し掛けて来てやかましく申します。宿の手前、仲間の手前、お津賀のような女に毎日押し掛けて来られましては、わたくしもどうしてよいか、実に消え入りたいくらいで……」
若い女にさいなまされている老人の懺悔ざんげを、半七は嘲るような又あわれむような心持で聴いていると市丸太夫は恐る恐る語りつづけた。
「そういう次第で、わたくしも途方に暮れて居りますうちに、宿の女中から不図ふとこんなことを聞きましたのでございます。昨年の夏頃から宿に奉公して居りましたおきたという若い女中がぬしの定まらないたねをやどして、だんだん起居たちいも大儀になって来たので、この七月に暇を取って新宿の宿許やどもとへ帰って、十月のはじめに女の児を無事に生み落しました。ところがその赤児はどうした因果か、生まれるときから上顎に二本の長いきばが生えている鬼でございまして、本人は勿論、兄弟たちも世間へ対して外聞が悪いと申して、ひどく困っているということを聞きましたので、わたくしはすぐにそのお北の家へたずねて参りました。お北とは顔馴染みでございますので、本人に逢ってその赤児をみせて貰いますと、なるほど立派な因果者でございます。正直のところわたくしはとても差し当って四両一分の工面は付きませんから、この因果者を富蔵のところへ持って行って、猫の形代かたしろに受け取って貰おうと存じまして、この児をよそへやる気はないかと訊きますと、実は持て余しているところだから、片輪を承知で貰ってくれる親切な人があれば、何処へでもやりたいと申します。それでは一度相談して来ようと約束して帰りまして、その足でお津賀のところへ行って相談しますと、隣りの富蔵はあいにく居りませんでしたが、お津賀はその話を聞きまして、それがまったく商売になりそうなものならば富さんも承知してくれるかも知れないから、ともかくもその因果者を連れて来てみせろと申しました」
「それでとうとうその赤ん坊を取って来たのか。おめえも無慈悲な男だな」と、半七は苦々にがにがしそうに云った。
「重々恐れ入りましてございます。無慈悲は万々承知して居りましたが、なにぶんにも背に腹は換えられないと存じまして……。お北の方へはよいように話をしまして、ともかくもその鬼っ児を受け取ってまいりますと、ちょうど途中で才蔵に逢いました。松若はわたしくの宿へたずねて来る処でございましたから、これは幸いだと存じまして、あらましのわけを話して其の児をお津賀の家へとどけてくれるように松若に頼みました。松若もわたくしと一緒に行ったことがあるので、お津賀の家はよく知っている筈でございます。それは二十六日の宵の五ツ(午後八時)少し前でございましたが、松若はそれぎり帰ってまいりません。どうしたのかと案じて居りますと、そのあくる日の午過ぎにお津賀が又押し掛けてまいりまして、あの因果者はどうしたと催促いたします。ゆうべ松若にとどけさしたと云いましてもなかなか承知しませんで、いろいろ面倒なことを申しますので、わたくしもいよいよ困り果てました。そればかりでなく、だんだんその様子を見ていますと、お津賀はどうも富蔵と情交わけがあるのではないかと思われるような所もございますので、わたくしもなんだか忌々いまいましくなりまして、今思えば恐ろしいことでございます。いっそ富蔵とお津賀を殺してしまえば、誰にいじめられることは無いと存じまして、夜店で買いました小刀をふところに入れて、昨晩の夜ふけに稲荷町へそっと忍んでまいりますと、案の通りお津賀は隣りの家へはいり込んで、富蔵と差し向いで睦じそうに酒を呑んでいました。わたくしはかっとなってすぐに飛び込もうかと存じましたが、なにぶんにも相手は二人でございますから、何だか気怯きおくれがして、しばらく様子を窺って居りますと、ふたりはだんだんに酔いが廻って来まして、つまらないことから喧嘩をはじめましたが、お津賀もきかない気の女ですから、とうとう立ち上がって摑み合いになろうとするはずみに、そばにある行燈あんどんを倒しました。富蔵はもう酔っているので自由に身動きも出来ません。お津賀はあわててその火を揉み消そうとしましたが、これも酔っているので思うようには働けません。唯うろたえてまごまごしているうちに、火はだんだん拡がってお津賀の裾や袂に燃え付きました。わたしは呆気あっけに取られて眺めていますと、お津賀はもうからだ中が一面の火になってしまいまして……」
その当時の凄惨な光景を思い出すさえ恐ろしいように、市丸太夫は身ぶるいした。
「結い立ての天神髷を振りこわして、白い顔をゆがめて、歯を食いしばって、火焙ひあぶりになって家中うちじゅうを転げ廻って、苦しみもがいている女の姿は……。わたくしのような臆病者にはとてもふた目とは見ていられませんので、思わず眼をふさいでしまいますと、お津賀ももう堪まらなくなったのでございましょう。かまちから土間へ転げ落ちたような物音がきこえました。わたくしははっと思って再び眼をあきますと、お津賀の燃えている姿は井戸の方へ……。からだの火を消す積りか、それともいっそ一と思いに死んでしまう積りか、それはわたくしにも能く判りませんでしたが、ともかくも井戸側の上で火の粉がぱっと散ったかと思うと、お津賀の姿はもう見えなくなったようでございました。富蔵は……どうしたのか存じません。もうその頃には家中いっぱいの火になっていました。その騒ぎを聞きつけて近所の人達がばたばた駈け付けて来ましたので、わたくしも度を失いまして、ここらにうっかりしていて、とんだ連坐まきぞえを受けてはならないと、前後のかんがえも無しにあの稲荷のほこらの中に隠れましたが、もしその火が大きくなってこっちに焼けて来たらどうしようかと、実に生きている空もございませんでした。幸いに火は一軒焼けで鎮まりましたが、大勢の人が人もを取りまいてわやわや騒いでいるので、いつまでも出るに出られず、わたくしも途方に暮れているところを、とうとうお前さんに探し当てられてしまいました。行燈を倒したときに、わたくしも早く駈け込んで、一緒に手伝って消してやればよかったのでございましょうが、わたくしは唯びっくりして居りまして……」
びっくりしていたばかりではない。そこに残酷な復讐の意味が含まれているらしいのを半七は想像しないわけには行かなかった。
「おめえが直接じかに手をおろさないで、お津賀も富蔵も一度に片付けてしまえば、こんな世話のねえ事はねえ」と、半七は皮肉らしく云った。「だが、おめえも罪な人間だ。才蔵の松若はおめえの使に行く途中でこごえて死んでしまったぜ」
「松若が死にましたか」と、市丸太夫は更にその顔を蒼くした。
「その鬼っ児をかかえて行く途中で、あんまり酒を飲み過ぎたせいだろう。食らい酔ったままで鎌倉河岸にぶっ倒れて、可哀そうに凍え死んでしまったんだ。鬼っ児に別条はねえ。親元が判ったらこっちから渡してやる。おめえにうっかり渡して、又なにかの種に使われちゃあ堪まんねえから」
市丸太夫はもう一言もなかった。彼はゆがんだ皺面しわづらを灰いろにして、死んだ者のようにうずくまっていた。


長い牙を持った因果者の赤児は、生みの母のお北に引き渡された。市丸太夫は表向きに彼を罪にすべきかどもないので、ただ叱り置くというだけでゆるされたが、すぐに宿を引き払って故郷へ帰った。それから後の江戸の春に市丸太夫の万歳すがたはもう見えなくなった。

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