半七捕物帳 第五巻/妖狐伝

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妖狐伝[編集]

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大森(おおもり)の鶏の話が終っても、半七老人の話は止(や)まない。今夜は特に調子が付いたとみえて、つづいてまた話し出した。
「ただいまお話をした大森の鶏、鈴ケ森(すずがもり)の人殺し……。それと同じ舞台で、また違った事件があるんですよ。まあ、ついでにお聴きください。ご承知の通り、江戸時代の鈴ケ森は仕置場で磔刑(はりつけ)や獄門の名所です。それですから江戸の悪党なんかは『おれの死ぬときは畳の上じゃあ死なねえ。三尺高い木の空で、安房(あわ)上総(かずさ)をひと目に見晴らしながら死ぬんだ』なんて、大きなことを云ったもんです。鈴ケ森で仕置になった人間もたくさんありますが、その中でも有名なのは、丸橋忠弥(まるばしちゅうや)、八百屋(やおや)お七(しち)、平井権八(ひらいごんぱち)なぞでしょう。みんな芝居でおなじみの顔触れです。
その当時の東海道(とうかいどう)は品川(しながわ)から鮫洲(さめず)、浜川(はまかわ)で、鮫洲から八幡(はちまん)様あたりまでは、農家や漁師町が続いていますが、それから大森までは人家が途切れて、一方は海、いわゆる安房上総をひと目に見晴らすことになる訳で、仕置場までの間を鈴ケ森の縄手(なわて)と呼んでいました。その縄手を越えて、仕置場の前を通り抜けて、大森の入口へ差しかかるのですから、昼は格別、夜はどうも心持のよくない所です。芝居で見ると、幡随院長兵衛(ばんずいいんちょうべえ)と権八の出合いになって、『江戸で噂󠄀(うわさ)の花川戸(はなかわど)』なんて云うから、観客(けんぶつ)も嬉(うれ)しがって喝采(かっさい)するんですが、ほんとうの鈴ケ森は決して嬉しい所じゃありませんでした。
なにしろ場所が場所ですから、日が暮れると縄手に追剥(おいはぎ)が出るとか、仕置場の前を通ったら獄門の首が笑ったとか、とかくによくない噂󠄀が立つ。しかしこれが東海道の本道なんですから、忌(いや)でも応でもここを通らなければならない。この頃は汽車で通ってしまうので、今はどうなっているか知りませんが、その縄手の中ほどに一本の古い松がありまして、誰が云い出したものか、これを八百屋お七の睨(にら)みの松と云い伝えていました。お七が鈴ケ森で火あぶりの仕置を受けるときに、引廻しの馬に乗せられてここを通りかかって、その松を睨んだとか云うんです。なぜ睨んだのか判(わか)りませんが、まあ、そういうことになっているので、俗に睨みの松と呼ばれていました。
くどくも申す通り、場所が場所である上に、そういう因縁付きの松が突っ立っているんですから、その松の近所がとかくに物騒で、追剥や人殺しや首縊(くびくく)りの舞台に使われ易いんです。
わたくしの話はいつも前口上が長いので恐れ入りますが、これだけの事をお話し申して置かないと、今どきのお方には呑み込みにくいだろうと思いますので……。いや、もうこのくらいにして、本文(ほんもん)に取りかかりましょう」


安政(あんせい)六年の春から夏にかけて、鈴ケ森の縄手に悪い狐(きつね)が出るという噂󠄀がたった。品川に碇泊(ていはく)している異国の黒船から狐を放したのだなどと、まことしやかに伝える者もあった。いずれにしても、その狐はいろいろの悪戯(いたずら)をして、往来の人びとを誑(たぶらか)すと云うのである。さなぎだに物騒の場所に、悪い噂󠄀が又ひとつ殖えて、気の弱い通行人をおびやかした。
四月二十八日の夜五ツ(午後八時)を過ぎる頃に、巳之助(みのすけ)という今年二十二の若い男がこの物騒な場所を通りかかった。芝(しば)の田町(たまち)に小伊勢(こいせ)という小料理屋がある。巳之助はその総領息子で、大森の親類をたずねた帰り道であった。この頃はいろいろの忌な噂󠄀があるから、今夜は泊ってゆけと勧められたのであるが、巳之助は若い元気と一杯機嫌とで、振切って出て来た。
月は無いが、星の明るい夜であった。巳之助は提灯(ちょうちん)をふり照らしながら、今やこの縄手まで来かかると、睨みの松のあたりに人影がぼんやりと見えた。はっと思って提灯をさしつけると、それは白い手拭(てぬぐい)に顔をつつんだ女であった。今頃こんなところにうろついている女――さては例の狐かと、彼はさらに進み寄って正体を見届けようとする途端に、女はするすると寄って来た。
「あら、巳之さんじゃないの」
「え、誰だ、誰だ」
「やっぱり巳之さんだ。あたしよ」
提灯のひかりに照らされながら、手拭を取った女の白い顔をみて、巳之助はおどろいた。
「おや、お糸(いと)か。どうしてこんなところにぼんやりしているのだ」
「まあ、ご迷惑でも一緒に連れて行ってくださいよ。あるきながら話しますから……」
女は巳之助が買いなじみの女郎で、品川の若狭屋(わかさや)のお糸というのであった。勤めの女が店をぬけ出して、今頃こんなところをさまよっているには、何かの仔細(しさい)がなければならない。巳之助は一緒にあるきながら訊(き)いた。
「駈落(かけおち)かえ。相手は誰だ」
「本当にあたしは馬鹿なのよ。あんな人にだまされて……」と、お糸は口惜そうに云った。「巳之さん、済みません。堪忍してください」
巳之助とお糸はまんざらの仲でもなかった。その巳之助を出し抜いて、ほかの男と駈落をする。女が何と謝っても、男の方では腹が立った。
「何もあやまるにゃあ及ばねえ。そんな約束の男があるなら、おれのような者と道連れは迷惑だろう。おめえはここでその人を待っているがよかろう。おれは先へ行くよ」
女を振り捨てて、巳之助はすたすたと行きかかると、お糸は追って来て男の袖(そで)をとらえた。
「だから、謝っているじゃあないか。巳之さん。まあ訳を聴いておくれと云うのに……」
「知らねえ、知らねえ。そんな狐にいつまで化かされているものか」
自分の口から狐と云い出して、巳之助はふと気がついた。この女はほんとうの狐であるかも知れない。悪い狐がお糸に化けておれを騙(だま)すのかも知れない。これは油断がならない、と彼は俄(にわか)に警戒するようになった。
「ねえ、巳之さん。あたしはどんなにでも謝るから、まあひと通りの話を聴いて下さいよ。ねえ、もし、巳之さん……」
口説きながら摺(す)り寄って来た女の顔、それが気のせいか、眼も鼻も無い真っ白なのっぺらぼうの顔にみえたので、巳之助はぎょっとした。彼は夢中で提灯を投げ出して、両手で女の咽喉(のど)を絞めようとした。
「おまえさん、何をするの。あれ、人殺し……」
突き退(の)けようとする女を押え付けて、巳之助は力まかせにその咽喉を絞めると、女はそのままぐったりと倒れた。
「こいつ、人を見そこなやあがって、ざまあ見ろ。憚(はばか)りながら江戸っ子だ。狐や狸(たぬき)に馬鹿にされるような兄さんじゃあねえ」
投げ出すはずみに蠟燭(ろうそく)は消えたので、提燈は無事であった。潮あかりに拾いあげたが、ふたたび火をつける術(すべ)もないので、巳之助はそのまま手に持って歩き出そうとする時、彼はどうしたのかたちまち立竦(たちすく)んで声をも立てずに倒されてしまった。
さびしいと云っても東海道であるから、狐のうわさを知らない旅びとは日暮れてここを通る者もあったが、あいにくに今夜は往来が絶えていた。巳之助が正気にかえったのは、それから二時(ふたとき)ほどの後(のち)で、彼は何者にか真向(まっこう)を撃たれて昏倒(こんとう)したのである。ようよう這(い)起きて、闇(やみ)のなかを探りまわると、提灯はそこに落ちていた。ふところをあらためると、紙入れも無事であった。
「お糸はどうしたか」
星あかりと潮あかりでそこらを透かして視(み)ると、女の形はもう残っていないらしかった。自分をなぐった奴(やつ)が女を運んで行ったのか、それとも消えてなくなったのか、巳之助にもその判断が付かなかった。第一、自分を殴り倒した奴は何者であろう。物取りならば懐中物を奪って立去りそうなものであるが、身に着けた物はすべて無事である。お糸はやはり狐の変化(へんげ)で、その同類が自分に復讐(ふくしゅう)を試みたのかと思うと、巳之助は急に怯気(おじけ)が出て、惣身(そうみ)が鳥肌になった。口では強そうなことを云っていても、彼は決して肚(はら)からの勇者でない。こうなると怖い方が先に立って、彼は怱々(そうそう)にそこを逃げ出した。
鈴ケ森の縄手を通りぬけて、浜川のあたりまで来ると、巳之助はふたたび眼が眩(くら)んで歩かれなくなった。そっこには丸子(まるこ)という同商売の店があるので、夜ふけの戸を叩(たた)いて転げ込んで、その晩は泊めて貰うことにした。ゆうべは余ほど強く撃たれたと見えて、夜が明けても頭が痛んだ。おまけに熱が出て起きられなかった。
丸子の店でも心配して、医者を呼んだ。芝の家(うち)へも報(しら)せてやった。巳之助は熱に浮かされて、囈語(うわごと)のように叫んだ。
「狐が来た……。狐が来た」
事情をよく知らない周囲の人びとは薄気味悪くなった。これは夜ふけに鈴ケ森を通って、このごろ評判の狐に取りつかれたに相違ないと思った。同商売の店に迷惑を掛けてはならないと云うので、小伊勢の店からは迎えの駕籠(かご)をよこして、病人の巳之助を引取って行ったが、実家へ帰っても彼は「狐」を口走っていた。この場合、まず品川へ行ってお糸という女が無事に勤めているかどうかを確かめるべきであるが、それに就いて巳之助はなんにも云わないので、小伊勢の店の人びともそんなことには気がつかなかった。
それでも、五、六日の後に、巳之助は次第に熱が下がって粥(かゆ)などをすするようになった。彼はここで初めて当夜の事情を打明けたので、両親は取りあえう品川の若狭屋に問い合わせると、巳之助が馴染(なじみ)のお糸という女は何事もなく勤めていて、駈落などは跡方もない事であると判った。
「では、やっぱり狐か」
これで鈴ケ森の怪談がまたひとつ殖えたのであった。


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巳之助の一件から十日ほど後である。京の織物商人(あきんど)逢坂屋伝兵衛(おうさかやでんべえ)が手代と下男の三人づれで、鈴ケ森を通りかかった。本来ならば川崎(かわさき)あたりで泊って、あしたの朝のうちに江戸入りというのであるが、江戸を前に見て宿を取るには及ぶまい。急いで行けば四ツ(午後十時)過ぎには江戸へはいられると、一行三人は夜道を厭(いと)わずに進んで来た。かれらは例の狐の噂󠄀などを知らないのと、男三人という強味があるのとで、平気でこの縄手へさしかかると、今夜は陰(くも)って暗い宵で、浪の音が常よりも物凄(ものすご)くきこえた。
伝兵衛は四十一歳で、これまで二度も京と江戸とのあいだを往復しているので、道中の勝手を知っていた。鈴ケ森がさびしい所であることも承知していた。ここらに仕置場があるなどと話しながら歩いて来ると、暗いなかに一本の大きい松が見えた。それがかの睨みの松であることは伝兵衛もさすがに知らなかったが、そこに大きい松があるのを見て、何ごころなく提灯をさし付けたと檐に、三人はぎょっとした。そこに奇怪な物のすがたを発見したのである。
「わあ、天狗(てんぐ)……」
それでも三人はあとへ引返さずに、前にむかって逃げた。かれらは顔の赤い、鼻の高い大天狗を見たのである。天狗は往来を睨みながら、口には火焔(かえん)を吐いていた。かれら京に育って、子供のときから鞍馬(くらま)や愛宕(あたご)の天狗の話を聞かされているので、それに対する恐怖はまた一層であった。気も魂も身に添わずと云うのは全くこの事で、三人は文字通りに転(こけ)つ転(ころ)びつ、息のつづく限り駈け通すうちに、伝兵衛は石につまずいて倒れて、脾腹(ひばら)を強く打って気絶した。手代と下男はいよいよ驚いて、正体のない主人を肩にかけて、どうにかこうにか鮫洲まで逃げ延びた。
こうなっては江戸入りどころで無い。そこの旅籠屋(はたごや)へ主人をかつぎ込んで介抱すると、伝兵衛は幸いに蘇生(そせい)した。その話を聞いて、宿の者どもは云った。
「あの辺に天狗などの出る筈(はず)がない。例の狐が天狗に化けて、おまえさんたちを嚇(おど)かしたのだ」
こちらは大の男三人であるから、狐と知ったら叩き倒(のめ)して、その正体をあらわしてやったものをと、今さら力んでも後の祭りで、又もや怪談の種を殖やすに過ぎなかった。女に化け、天狗に化け、この上は何に化けるであろうと、気の弱い者をいよいよ悸(おび)えさせた。
鈴ケ森の狐の噂󠄀はそれからそれへと伝えられて、江戸市中にも広まった。五月のなかばに、半七が八丁堀(はっちょうぼり)同心熊谷八十八(くまがいやそはち)の屋敷へ顔を出すと、熊谷は笑いながら云った。
「おい、半七、聞いたか。鈴ケ森に狐が出るとよ」
「そんな噂󠄀です」
「一度行って化かされて来(こ)ねえか。品川の白い狐に化かされたと云うなら、話は判っているが、鈴ケ森の狐はちっと判らねえな」
「あの辺には畑もあり、森も岡もたくさんありますから、狐や狸が棲(す)んでいるに不思議はありませんが、そんな悪さをすると云うことは今まで聞かないようです」と、半七は首をかしげた。「ともかくも化かされに行ってみますか」
「いずれ郡代(ぐんだい)の方からなんとか云って来るだろうから、今のうちに手廻しをして置く方がいいな。噂󠄀を聞くと、狐はいろいろの物に化けるらしい。今に忠信(ただのぶ)や葛(くず)の葉(は)にも化けるだろう。どうも人騒がせでいけねえ。それも辺鄙(へんぴ)な田舎なら、狐が化けようが狸が腹鼓(はらつづみ)を打とうがいっさいお構いなしだが、東海道の入口でそんな噂󠄀が立つのはおだやかでねえ。早く狐狩りをしてしまった方がよかろう」
「かしこまりました」
熊谷は勿論(もちろん)そんな怪談を信じないで、何者かの悪戯(いたずら)と認めているらしかった。半七の見込みもほぼ同様であったが、普通のいたずらにしては少しく念入りのようにも思われた。
三河町(みかわちょう)の家(うち)へ帰って、半七は直ぐに子分の松吉(まつきち)を呼んだ。
「おい、松。おめえと庄太(しょうた)に手伝って貰って、大森の鶏や鈴ケ森の人殺しの一件を片付けたのは、もう七、八年前のことだな」
「そうですね。たぶん嘉永(かえい)の頃でしょう」と、松吉は答えた。
半七は自分の控え帳を繰ってみた。
「成程、おめえは覚えがいい。嘉永四年の春のことだ。その鈴ケ森で、また少し働いて貰いてえことが出来たのだが……」
「狐じゃありませんか」と、松吉は笑った。「わっしも何だが変だと思っていたのですがね」
「その狐よ。熊谷の旦那から声が掛かった以上は、笑ってもいられねえ。なんとか正体を見届けなけりゃあなるめえが、おめえ達に心あたりはねえか」
「今のところ、心あたりもありませんが、早速やて見ましょう」
松吉は請け合って帰ったが、その翌日の夕がたに顔を出して、自分が鈴ケ森方面で聞き出して来た材料をそれからそれへと列(なら)べて報告した。
「この一件の始まりは、なんでも三月の始めだそうです。漁師町の若い者が酒に酔って鈴ケ森を通ると、暗いなかで変な女に逢った。こちは酔ったまぎれに何か戯(からか)ったらしい。そうすると、赤い火の玉がばらばら飛んで来て、若い者の顔や手足に降りかかったので、きゃっと驚いて逃げ出した。その噂󠄀が序開きで、それからいろいろの怪談が流行(はた)り出したのです」
田町の料理屋小伊勢のせがれ巳之助が何者かに殴り倒されたこと、京の逢坂屋伝兵衛一行が天狗に嚇された事、まだそのほかに浜川の漁師が魚に取られた事、大森の茶屋の女が髪の毛を切られた事、誰が化かされて田のなかへ引っ込まれた事、誰が幽霊に出逢って気絶した事、誰が顔を引っ掻かれた事、およそ十箇条をかぞえ立てた後に、彼はひと息ついた。
「いちいち洗い立てをしたら、まだ何かあるでしょうが、どれも大抵は同じような事ばかりで、そのなかには噓で固めた作り話もありそうですから、まあいい加減に切り上げて来ました。まず一番骨っぽいのは、小伊勢のせがれの件で、なにしろそのお糸という女は駈落なんぞしないで、平気で若狭屋に勤めているのが面白いじゃあありませんか」
「むむ」と、半七は考えていた。「そりゃあ人違いだな」
「だって、巳之助と口を利(き)いたのですよ。口をきいて一緒にあるいて……」
「いや、それでも人違いだ。女は若狭屋のお糸じゃあねえ」
「そうでしょうか」と、松吉は不得心らしい顔をしていた。
「といって、まさか狐でもあるめえ。それにしても、巳之助をなぐった奴は何者だろうな」と、半七は又かんがえた。「それから京の奴らをおどかしたのは、天狗だと云ったな。まさかに仮面(めん)をかぶっていたのじゃああるめえ」
「いくら臆病(おくびょう)でも、大の男が三人揃って、みんな提灯を持っていたと云うんですから、仮面をかぶっていたらさすがに気がつく筈ですが……」
「理窟はそうだが、世の中には理窟に合わねえことが幾らもあるからな。まあ、おれも一度踏み出してみよう。あしたの朝、一緒に行ってくれ」
あくる朝はいわゆる皐月(さつき)晴れで、江戸の空は蒼々と晴れ渡っていた。朝の六ツ半(午前七時)頃に松吉が誘いに来たので、半七は連立って出た。
「出がけに小伊勢に寄りますか」と、松吉は訊いた。
「狐に化かされた野郎の詮議(せんぎ)はまあ後廻しだ。真っすぐに浜川まで行こう」
品川を通り過ぎて浜川へかかると、丸子という小料理屋がある。ここは先夜、小伊勢の巳之助が転げ込んだ家である。半七はここへ寄って、当夜の模様などを詳しく訊いた。これから鈴ケ森をひと廻りして来ると云い置いて、二人は又そこを出ると、五月なかばの真昼の日は暑かった。
「東海道は砂が立たなくっていいが、風が吹かねえと随分暑いな」と、半七は眩(まぶ)しそうに空を見あげた。
海辺づたいに鈴ケ森の縄手へ行き着いて、二人はかの睨みの松のあたりに、ひとまず立停まった。きょうは海の上もおだやかに光って、水鳥の白い群れが低く飛んでいた。
「ここらだな」
半七はひたいの汗をふきながらそこらを見まわした。松吉も見まわした。二人は又しゃがんで煙草(たばこ)を吸いはじめた。やがて半七が煙管(きせる)をぽんと掃(はた)くと、吸い殻の火玉は転げて松のうしろに落ちたので、その火玉を追って二度目の煙草を吸い付けようとする時、草のあいだに何物をか見付けた。すぐに拾いあげて透かして視(み)て、半七はたちまち笑い出した。
「今までに誰か気が付きそうなものだが、ここらの人間もうっかりしているぜ。それだから狐に化かされるのだ。おい、松。これを見ろよ」
「なんですね。煙草のような物だが……」と、松吉は覗き込んだ。
ような物じゃあねえ。煙草だよ。これは異人の吸う巻煙草というものの吸い殻だ。おれも天狗の話を聴いた時に、ふっと胸に泛(う)かんだのだが……。おい、松。もう一度あすこを見ろよ」
きせるの先で指さす品川の沖には、先月からイギリスとアメリカの黒船が一艘(いっそう)ずつ碇泊しているのが、大きい鯨(くじら)のように見えた。巻煙草のぬしがその船の乗組員であることを、松吉はすぐに覚った。
「成程、こりゃあ親分の云う通りだ。そうすると、異人の奴らがあがって来て、悪戯をするのかね」
「そうかも知れねえ」
「だれが云い出したのか知らねえが、品川の黒船から狐を放したのだと云う噂󠄀も、こうなると噓でもねえ」と、松吉は海をながめながら云った。「異人め、悪いいたずらをしやあがる。だが、まったく異人の仕業だと、むやみに手を着けるわけにも行かねえので、ちっと面倒ですね」
「いくら異人でも、そんな悪戯を根(こん)よくやっている筈がねえ、これには何か訳があるだろう」
巻煙草の吸い殻を手のひらに乗せて、半七は又しばらく考えていた。


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半七と松吉は鈴ケ森をいったん引揚げて、浜川の丸子へ戻って来ると、店では待ち受けていてすぐに二階座敷へ通された。前から頼んであったので、酒肴(しゅこう)の膳(ぜん)も運び出された。
「なあ、松。ここの家(うち)できいても判るめえが、小伊勢の巳之という忰(せがれ)が睨みの松の下でお糸という女に逢ったときに、その女はどんな装(なり)をしていたのかな。まさか芝居でするお女郎の道行(みちゆき)のように、部屋着をきて、重ね草履をはいて、手拭を吹き流しに被(かぶ)っていたわけでもあるめえが……」
「さあ」と、松吉は猪口(ちょこ)を下におきながら云った。「そりゃあ本人の巳之助に訊(き)いてみなけりゃあ判りますめえ。だが、親分。どうしても人違いでしょうか」
「論より証拠、そおのお糸という女は無事に若狭屋に勤めていると云うじゃあねえか」
「そりゃあそうですが……」
云う時に、女中が二階へあがって来たので、半七は酌をさせながら訊いた。
「品川にかかっている黒船から、マドロスがここらへあがって来ることがあるかえ」
「ええ、時どきに二、三人連れでここらを見物して歩いていることがあります」
「ここらの家(うち)へ飲みに来るかえ」
「ここへは来ませんが、鮫洲の坂井屋(さかいや)へはちょいちょい遊びに来るようです。川崎屋なんぞでは異人は断わっていますが、坂井屋では構わずに上げて飲ませるんです。異人はみんなお金を持っているそうで、どこで両替えして来るのか知りませんが、二歩金や一部歩銀をざくざく摑(つか)み出してくれるという話で、馬鹿に景気がいいんです」
と、女中は嫉(ねた)むような嘲(あざけ)るような口吻(くちぶり)で話した。
「なんでも慾の世の中だ。異人でもマドロスでも構わねえ、銭のある奴は相手にして、ふところを肥やすのが当世かも知れねえ」と、松吉は笑った。
「まあ、そうかも知れませんね」と、女中は笑っていた。
「その坂井屋にお糸という女はいねえかえ」と、半七は突然に訊いた。
「お糸さん……。居りましたよ」
「もういねえかえ」
「ええ、先月の末から見えなくなって……。どっかへ駈落でもしたような噂󠄀ですが……」
半七と松吉は顔を見あわせた。
「坂井屋では異人を泊めるのかえ」と、半七はまた訊いた。
「泊めやあしません。坂井屋は宿屋じゃありませんから……。それに異人は船へ帰る刻限がやかましいので、その刻限になるとみんな早々に帰ってしまうそうで……。どんなに酔っていても、感心にさっさと引揚げて行くそうです」
「そんなに金放れがよくっちゃあ、今も云う慾の世の中だ。その異人に係り合いでも出来た女があるかえ」
「さあ、それはどうですか。いくら金放れがよくっても、まさかに異人じゃあ……」と、女中はまた笑った。「誰だって相手になる者はありますまい」
「手を握らせるのが関の山かな」と、松吉も笑った。「それでも一歩も二歩も貰えりゃあいい商法だ」
「ほほほほほほ」
女中は銚子をかえに立った。そのうしろ姿を見送って、松吉はささやいた。
「成程、親分の眼は高けえ。人ちがいの相手は坂井屋のお糸ですね」
「まあ、そうだろう。そのお糸が黒船のマドロスと出来合って逃げたらしいな」
「それを自分の馴染(なじみ)の女と間違えると云うのは、巳之助という奴もよっぽどそそっかしい野郎だ」
「野郎もそそっかしいが、女も女だ。まあ、待て。それには何か訳があるだろう」
女中がふたたびあがって来たので、半七はまた訊き始めた。
「おい、姐(ねえ)さん、駈落をしたお糸には、なにか色男でもあったのかえ」
「それはよく知りませんが、近所の伊之さんと……」
「そうです。建具屋の息子で……。その伊之さんと可怪(おかし)いような噂󠄀もありましたが、伊之さんは相変らず自分の家で仕事をしていますから、一緒に逃げたわけでも無いでしょう」
「お糸の宿(やど)はどこだ」
「知りません」
まったく知らないのか、知っていても云わないのか、女中はその以上のことを口外しないので、半七もまずそれだけで詮議を打切った。しかもここへ来て判ったことは、若狭屋のお糸は坂井屋のお糸の間違いである。小伊勢の巳之助は建具屋の伊之助の間違いで、伊之さんを巳之さんと聞き間違えたのである。勿論、両方ともにそそっかしいには相違ないが、薄暗いところで見違えたのが始まりで、両方の名が同じであるために、いよいよ念入りの間違いを生じたらしい。女の顔がのっぺらぼうに見えたなどは、巳之助の錯覚であろう。
京の商人(あきんど)が睨みの松で天狗にあったと云うのは、黒船のマドロスを見たに相違ない。口から火を噴いていたというのも、おそらく巻煙草のけむりであろう。それを思うと、半七も松吉も肚(はら)の中で可笑(おかし)くなった。
二人はいい加減に酒を切りあげて、遅い午飯(ひるめし)を取っていると、町家(まちや)の夫婦らしい男女と、若い男ひとりの三人連れが二階へあがって来た。ここの二階は広い座敷の入れ込みで、ところどころに小さい衝立(ついたて)が置いてあるだけであるから、あとから来た客の顔も見え、話し声もよくきこえた。三人は女中にあつらえ物をして、煙草をのみながら話していた。
「どうも驚いてしまった。あれだから油断が出来ないね」と、女房らしい女が云った。
「まったく驚いた。世間にああいう事があるから怖ろしい」と、亭主らしい男も云った。
「藤さんなんぞは若いから、よく気をつけなけりゃあいけない」と、女はまた云った。
それからこの三人が、だんだん話しているのを聴くと、芝の両替屋の店先で何事か起ったらしい。半七に眼配(めくば)せされて、松吉は衝立越しに声をかけた。
「あの、だしぬけに失礼ですが、芝の方に何事かあったのですかえ」
「ええ」と、若い男は答えた。「わたしたちは別に係り合いがあるわけじゃあない。通りがかって見ただけなんですが、どうも悪い奴がありますね」
「悪い奴……。いったい、どうしたのです」と、松吉はまた訊いた。
「それがお前さん」と、男は衝立を少し片寄せて向き直った。「芝の田町に三島(みしま)という両替屋があります。そこへ二十歳(はたち)ばかりの若い男が来て、小判一両を小粒と小銭に取換えてくれと云うので、店の者が銭勘定をしていると、そこへ又ひとりの女が来て、いきなりその若い男をつかまえて、この野郎め、家の金をまた持出してどうするのだ。親泣かせ兄弟泣かせもいい加減にしろ。それほど道楽がしたければ、自分の腕で稼ぐがいい。親兄弟の金を一文でも持出すことはならないぞ。さあ、その金をかえせと若い男を引摺り倒して、手に持っている小判を取上げて、さっさと立去ってしまいました。それを見ている両替屋の店の者も、通りがかりの人たちも、これは世間によくあることで、道楽息子が家(うち)の金を持出したのを、おふくろか叔母さんが、追っかけて来て、取返して行ったのだろうと思って、誰もそのままに眺めていると、倒れた男はいつまでも起きないので、不思議に思って引起すと、男は気を失っているらしい。さあ、大騒ぎになって介抱すると、男はようよう息を吹き返したのですが、よくよく訊いてくると、自分を捉まえて文句を云った女は、まるで知らない人間で、そんなことを云って一両の小判を掻(か)っ攫(さら)って逃げたのだそうです。何か道楽息子を叱り付けるようなことを云って、そこらの人たちに油断させて、平気でまっ昼間、大通りの店先で掻っ攫いを働くとは、女のくせに実に大胆な奴じゃあありませんか」
「成程、ひどい奴ですね」と、松吉はうなずいた。「それにしても、相手は女だというのに、その若い男がどうして素直に金を渡したのでしょうね」
「それがまた不思議なことには、その女が男を引摺り倒すときに、なんでも頸筋(くびすじ)のあたりの脈所(みゃくどころ)を強く摑んだらしいので、男は痛くって口が利けない、おまけに脾腹へ当身を喰わされて、気が遠くなってしまったのだそうです。それがなかなかの早業で、見ている人たちも気が付かなかったと云いますから、女も唯者(ただもの)ではあるまいとみんなが噂󠄀をしていましたよ」
「そうですか。そんな女に出逢っちゃあ、大抵の男は敵(かな)いませんね」
松吉はわざとらしく顔をしかめて見せた。
「その騒ぎで、両替屋の前は黒山の人立ちで、……」と、女房は入れ代って話した。「その店でもあとで気が付いたのですが、十日ほど前の夕がたに外国のドルを両替えに来た女がある。それがきょうの女らしくも思われるが、前に来たときは夕方で薄暗かったので、その顔をはっきりと見覚えていないと云うのです」
半七と松吉は顔を見あわせた。二人の眼は光っていた。


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丸子の店を出て、半七は松吉に別れた。
「じゃあ頼むよ」と、半七は小声で云った。「おめえはこれから坂井屋へ行って、お糸という女のことを調べてくれ。それから伊之助という建具屋のこともよろしく頼むぜ。おれは芝の両替屋へ行って、その女の詮議をしなけりゃあならねえ。外国のドルを持っていると云うのが気になるからな」
鮫洲方面探索を松吉にあずけて、半七は品川から芝の方角へ真っすぐに引返した。田町の三島という両替屋へ行って訊きただすと、事件は聞いた通りであった。一両の金を取られた若い男は、おなじ芝ではあるが神明前(しんめいまえ)の絵草紙屋の道楽息子で、自身番でいろいろ詮議の末に、実は自分の家の金を内証(ないしょ)で持出したのであることを白状した。してみると、彼女の云ったのも満更の噓ではない。こんな災難に出逢ったのも所詮は親の罰(ばち)であろうと、彼は自身番でさんざんに膏(あぶら)をしぼられて帰った。それを聞いて、半七は可笑(おかし)くもあり、可哀そうでもあった。
「それから、ここの店へドルを両替えに来た女があったと云うが、本当かえ」
「十日ほど前の夕がたに来ました。しかし手前どもでは外国のドルの両替えは致さないからと云って断わりました」と、店の者は答えた。
「それがきょうの女とおなじ奴かえ」
「さあ、それがよく判りませんので……。前に来たときは夕方で、断わるとすぐに帰ってしまったもんですから、その顔をよく見覚えて居りません。きょうの女は三十七八で、色のあさ黒い、眼の強(きつ)い女でした。どこか似ているようにも思うのですが、確かな証拠もございませんので、なんとも申上げかねます」
「おなじ店へは二度とは来(く)めえと思うが、その女がもし立廻ったらば、すぐに自身番へ届けてくれ」
店の者に云い置いて、半七は更に愛宕下(あたごした)の藪(やぶ)の湯(ゆ)をたずねた。藪の湯は女房が商売をしていて、その亭主の熊蔵(くまぞう)は半七の子分である。そこで熊蔵の通称を湯屋熊(ゆやくま)といい、一名を法螺熊(ほらくま)ということはかつて紹介した。その湯屋熊をたずねると、彼はあたかも居合せて表二階へ案内した。
「丁度だれも来ていねえようです」
二階番の女を下へ追いやって、二人は差しむかいになった。
「そこで、親分。なにか御用ですか」
「お此(この)はこのごろどしている」
「お此……。入墨者(いれずみもの)ですか」
「そうだ。片門前(かたもんぜん)に巣を喰(く)っていた奴だ」
「女のくせに草鞋(わらじ)をはきゃあがって、甲府(こうふ)から郡内の方をうろ付いて、それから相州(そうしゅう)の厚木(あつぎ)の方へ流れ込んで、去年の秋ごろから江戸辺へ舞い戻っていますよ」
「馬鹿にくわしいな。例の法螺熊じゃあねえか」
「いや、大丈夫ですよ。わっしだって商売だから、入墨者の出入りぐれえは心得ています。あいつ、又なにかやりましたか」
「どうもお此のらしい。実はきょう午前(ひるまえ)に、田町の両替屋で悪さをしやあがった」
三島屋の一件を聞かされて、熊蔵は眼を丸くした。
「ちげえねえ。あいつだ、あいつだ。お此という奴は、前にも一度その手を用いたことがあります。あいつはこの頃、鮫洲の茶屋に出這入(ではい)りしているとか云う噂󠄀だったが、田町の方へ乗込んで来やあがったかな。おれの縄張り近所へ羽を伸(の)して来やあがると、ただは置かねえぞ。ねえ、親分。松の野郎を出し抜くわけじゃあねえが、この一件はどうぞわっしに任せておくんなせえ。わっしがきっと埒(らち)をあけて見せます」
「お此は鮫洲の茶屋にいるのか」と、半七は少し考えていた。「その茶屋は坂井屋と云うのじゃあねえか」
「そこまでは突き留めていませんが……。なに、そりゃあすぐに判りますよ」
「出し抜くも出し抜かねえもねえ。松はもう鮫洲へ出張っているのだ」
「そりゃあいけねえ。下手に荒らされると、こっちの仕事が仕難(しにく)くなる。じゃ御免なせえ。わっしもすぐに出かけます」
気の早い熊蔵は早々に身支度をして飛びだした。女房に茶を出されて、世間話を二つ三つして、半七もつづいて出た。もうこの上は松吉と熊蔵の報告を待つほかは無いので、彼はそれから波長彫りへまわって、熊谷八十八の屋敷へふたたび顔を出すと、熊谷はもう奉行所から帰っていた。
「やあ、ご苦労。何かちっとは星が付いたか」と、熊谷は待ちかねたように訊いた。
「まだご返事をする段には行きませんが、ちっとばかり手がかりは出来たようです」
きょうの探索の結果を聞かされて、熊谷はいちいち首肯(うなず)いていたが、かの三島屋の話を聞くと、彼はいよいよ熱心に耳を傾けていた。
「じゃあ、三島屋へも外国ドルを両替えに行った奴があるのか。実は半七、奉行所の方へもこういう訴えが出たのだ」
おとといから昨日(きのう)へかけて、日本橋(にほんばし)で二軒、京橋(きょうばし)で一軒の大きい両替屋へ外国のドルを両替えに来た者がある。全体の金高は十二三両であるが、あとで調べてみると、その三分の二は贋金(にせがね)である。最初の見せ金には真物(ほんもの)を見せて油断させ、それから贋金をまぜて出すのである。つまりは真物と贋物とをまえて使うのであるが、しょせんは一種の贋金使いであることは云うまでもない。贋金づかいは磔刑(はりつけ)の重罪であるから、その詮議は重罪である。その両替えに行った者はいずれも三十七八の女であると云えば、三島屋へ行ったのも同じ者であるに相違ない。こうなると、狐の探索などは二の次で、贋金づかいの探索が大事であると、熊谷は云った。
「その女は異人に頼まれて両替えに来たのだと云ったそうだ」と、熊谷は附け加えた。「異人の奴が贋金づかいで、女は知らずに持って来たのか。それとも女が贋金づかいか。おれにもはっきりとした判断は付かなかったが、三島屋でそんな掻っ攫いをやるようじゃあ、女はなかなかの曲者(くせもの)で、何もかも承知の上でやった仕事に相違ねえ。お此という入墨者はどんな奴だか忘れてしまったが、そいつに心あたりがあるなら早く挙げてしまえ」
「承知しました」
半七は請合って帰った。事件はいよいよ複雑になって来たのである。しかも、それらの事件はずべて同一の系統であるらしいと、半七は鑑定した。次から次へと湧(わ)いて来る事件も、その源を探り当てれば自然にすらすらと解決するように思われたので、彼は専ら熊蔵と松吉の報告を待っていた。
あくる日の早朝に、熊蔵がまず来た。松吉もつづいて来た。二人の報告を綜合すると、入墨者のお此は江戸へ舞い戻って、浜川の塩煎餅屋(しおせんべいや)の二階に住んでいる。彼女は小間物類の箱をさげて、品川の女郎屋へ出商(であきな)いに廻っている。浜川や鮫洲の茶屋へも廻って、そこらの女中たちにも商いをしている。店の忙がしいときには、女中の手伝いを頼まれて行くこともある。そんなことで女ひとりの暮らしには不自由も無いらしく、身装(みなり)も小奇麗にしていると云うのであった。
「お此は商売の小間物を日本橋の問屋へ仕入れに行くと云って、時どきに江戸辺へ出かけるそうです」と、熊蔵は云った。
「現にきのうも朝から出て行ったと云いますから、三島屋の一軒は彼女(あれ)に相違ありませんよ」
「それから坂井屋のお糸の一件ですがねえ」と、松吉は入れ代って話し出した。「お糸は先月の二十八日の宵からどこへか影を隠してしまったそうです。建具屋のせがれの伊之助を詮議すると、職人のくせに意気地(いくじ)のねえ野郎で、無闇(むやみ)におどおどしていて埒が明かええおを、さんざんに嚇し付けて白状させましたが、やっぱりお糸に係り合いがあったのです。そこで、当人はいい色男ぶっていると、お糸は伊之助にだんまりで姿をかくしたので、色男も器量を下げてぼんやりしている……。いや、大笑いです。お糸の相手は誰か判らねえが、黒船のマドロスに騙されて船へでも引っ張り込まれたのじゃあねえかと云う噂󠄀です。小伊勢の巳之助が狐と間違えてお糸の咽喉を絞めたときに、暗やみから出て来て巳之助をなぐり付けた奴は、そのマドロスかも知れませんよ。こうなると、わっしの方はもう種切れで、この上にどうにも仕様が無いようですが……親分、どうしますかね」
「お此は鮫洲の茶屋へも手伝いに行くそうだが、坂井屋へも出這入りをするのだろうな」と、半七は熊蔵に訊いた。
「出這入りをするどころか、坂井屋へは黒船の異人が大勢あつまって来て金ビラを切るので、お此は商売をそっちのけにして、この頃は毎日のように這入り込んでいるそうです」と、熊蔵は答えた。
「そうすると、お糸とも懇意だろう」と、半七は云った。「お糸の駈落にもお此が係り合っているのじゃあねえか」
「そうかも知れません。ともかくもお此を挙げてしまいましょうか」
「熊谷の旦那からもお指図があったのだ。女ひとりに大勢が出張るほどの事もあるめえが、もし仕損じて高飛びでもされると、旦那のお目玉だ。おれも一緒に行くとしよう」
きょうも幸いに晴れていた。三人は揃って神田の家を出た。


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三人が品川の宿(しゅく)へはいると、往来で三十前後の男に逢った。それが女郎屋の妓夫(ぎゆう)であることは一見して知られた。彼は熊蔵に挨拶した。
「きょうもお出かけですか」
「むむ。親分も一緒だ」と、熊蔵は云った。
親分と聞いて、彼は俄に形をあらためて半七に会釈した。熊蔵の紹介によると、彼はここの不二家(ふじや)に勤めている権七(ごんしち)というもので、お此が浜川に住んでいることは彼の口から洩らされたのである。半七も会釈した。
「おめえはいいことを教えてくれたそうだ。まあ、何分たのむぜ」
「いっこうにお役に立ちませんで……」と、権七はふたたび頭(かしら)を下げた。「お此はさっきここを通りましたよ。江戸辺へ行ったのでしょう」
「そうか」
半七は少し失望した。お此はきょうも江戸辺へ仕事に行ったのかも知れない。さりとて、今更むなしく引返すわけにも行かないので、権七に別れて三人は浜川へむかった。
「お此が留守じゃあ困りましたね」と、熊蔵はあるきながら云った。
「まあ、いい。おれに考えがある」と、半七は答えた。
「建具屋の伊之助というのはどこだ。案内してくれ」
「ようがす」
松吉は先に立ってゆくと、かの丸子の店から遠くないところに小さい建具屋が見いだされた。松吉の説明によると、親父の和助(わすけ)は中気(ちゅうき)のような工合でぶらぶらしているので、店の仕事は忰の伊之助と小僧ひとりが引受けていると云うのである。勿論、貸家普請(ぶしん)の建具ぐらいの仕事がせいぜいと思われるような店付きであった。表から覗くと、伊之助は小僧を相手に、安物の格子戸を削っていた。松吉は声をかけた。
「おい、伊之。親分がおめえに用がある。三河町の半七親分だ。すぐに出て来てくれ」
「はい、はい」と、伊之助は鉋屑(かんなくず)をかき分けながら出て来た。彼はきのうも松吉に嚇されているので、きょうはその親分が直々の出張(でば)いにいよいよ悸(おび)えているらしかった。
「ここじゃ話が出来ねえ。ちょいとそこらまで足を運んでくれ」
松吉と熊蔵を店に待たせて置いて、半七は伊之助ひとりを連れて出た。五、六軒行くと細い横町がある。その横町を右に切れるとすぐに畑地で、路ばたに石の庚申像(こうしんぞう)が立っている。それを掩(おお)うような楓(かえで)の大樹が恰好(かっこう)の日かげを作っているので、半七はそこに立停まった。
「早速だが、おめはまったく坂井屋のお糸のゆくえを知らねえのか」
「知りません」と、伊之助は俯向(うつむ)きながら答えた。
「お糸は坂井屋へ遊びに来る異人に馴染でもあった様子かえ」
「坂井屋へは異人が大勢来ますが、お糸に馴染があるかどうだか、それは存じません」
「おめえは異人に自分の女を取られたのじゃあねえか」
伊之助は黙っていた。
「おめえは坂井屋へ手伝いに来るお此という女を知っているだろうな」
「知ってます」
伊之助の声が少しく顫(ふる)えているのを、半七は聞き逃さなかった。
「あの女も異人を知っているのだろうな」
「さあ、それはどうですか」
「お此とお糸は心安くしていたか」
「どうですか」
「お糸はお此が誘い出したのじゃあねか」
「そんな事はあるまいと思いますが……」
「おい、伊之。顔を見せろ」
「え」
「まあ、明るいところで正面を向いて見せろよ。おれが人相を見てやるから……」
伊之助はやはり俯向いたままで、すぐには顔をあげなかった。半七はその頤(あご)に手をかけて、無理にあおむかせた。
「これ、隠すな。おめえはお此と訳があるだろう。お此は年上の女で入墨者だ。あんな者に可愛がられていると、碌(ろく)なことはねえぞ。お糸はお此に誘い出されて、売り飛ばされたか、殺されたか。はっきり云え」
伊之助は身を竦(すく)めたままで、啞(おし)のように黙っていた。
「さあ、云え。正直に云えばお慈悲を願ってやる。お此は贋金づかいで召捕られて、もう何もかも白状しているのだ。それを知らずに隠し立てをしていると、おめえも飛んだ係り合いになるぞ。贋金づかいの同類と見なされて、この鈴ケ森で磔刑になりてえのか。女にばかり義理を立てて、病人の親に泣きを見せるな。この親不孝野郎め」
伊之助は真蒼(まっさお)になって、その眼から白い涙が糸を引いて流れ出した。
「さあ、どうだ」と、半七は畳みかけて云った。「お此の白状ばかりじゃあねえ。四相(しそう)を覚(さと)るこの重忠(しげただ)が貴様の人相を見抜いてしまったのだ。これ、よく聞け。貴様は前から坂井屋のお糸と出来ていた。そこへ横合いからお此という女が出て来て、貴様は又そいつに生捕られてしまった。お此は年上で、おまけに質(たち)のよくねえ奴だから、邪魔物のお糸を遠ざけようとして悪法を企(たくら)んだ。さあ、それに相違あるめえ」
腕をつかんで一つ小突かれて、伊之助はあやうく倒れそうになった。半七はしばらく黙ってその顔を睨んでいた。
この時、横町の入口から一人の女が駆け込んで来た。そのあとから熊蔵と松吉が追って来た。女がお此であることをすぐに察して、半七はその前にひらりと飛んで出ると、前後を挟まれて彼女は帯の間から剃刀(かみそり)をとり出して、死に物狂いに振りまわした。しかもそれを叩き落されて、さらに麦畑のなかへ逃げ込もうとする所を、半七は帯をとらえて曳き戻した。熊蔵と松吉が追い付いて取り押えた。
「ここじゃあ仕様がねえ。品川まで連れて行け」
男と女は子分ふたりに追い立てられて行った。お此の顔には汗が流れていた。伊之助の顔には涙が流れていた。


「芝居ならば、ここでチョンと柝(き)がはいる幕切れです」と、半七老人は云った。「お此という奴は悪強情(わるごうじょう)で、ずいぶん手古摺(てこず)らせましたが、伊之助が意気地がないので、その方からだんだんに口が明いて、古狐もとうとう尻尾(しっぽ)を出しましたよ」
「古狐……。その狐の騒ぎはみんなお此の仕業なんですか」と、わたしは訊いた。
「そこが判じ物で……。まずお此という女についてお話をしましょう。こいつの家(うち)は芝の片門前で、若い時から神明の矢場の矢取り女をしたり、旦那取りをしたりしていたんですが、元来が見持のよくない奴で、板の間稼ぎやちょっくら持(もち)や万引(まんびき)や、いろいろの悪いことをして、女のくせに入墨者、甲州から相州を股(また)にかけて、流れ渡った挙げ句に、ふたたび江戸へ舞い戻って、前にも申す通り、小間物の荷をさげて歩いたり、近所の茶屋の手伝いをしたりして、まあ無事に暮らしていたんですが、それでおとなしくしているような女じゃあありません。お此はことし三十八、相当の亭主でも持って堅気に世を送ればいいんですが、いつか近所の建具屋のせがれの伊之助に係り合いを付けて……。伊之助は二十一で、親子ほども年が違うのですが、お此のような女に限ってとかくに若い男を玩具(おもちゃ)にしたがるものです。ところが伊之助には坂井屋のお糸という女が付いている。お糸は年も若し、渋皮もむけた女ですから、お此は何とかしてこれを遠ざけて、男を自分ひとりの物にしようと内心ひそかに牙(きば)をみがいているうちに、外国の軍艦が品川へ乗込んで来て、イギリスが一艘、アメリカが一艘、いずれも錨(いかり)をおろしました。
幕府はもう開港の運びになっているんですから、戦争になるような心配はありません。軍艦の水兵らは上陸して方々を見物する。しかし江戸市中にむやみにはいることを許されませんでしたから、高輪の大木戸を境にして、品川、鮫洲、大森のあたりを遊び歩いていました。品川の貸座敷などを素見(ひやか)すのもありましたが、その頃はどこでも外国人を客にしません。料理屋でも大抵のうちでは断わる。ところが、鮫洲の坂井屋では構わずに外国人をあげて、酒を飲ませたり料理を食わせたりするので、世間の評判はよくないが、店は繁昌する。相手は船の人間で、遠い日本まで渡って来たんですから、金放れはいい。坂井屋はこれらの外国人を相手にして、いい金儲けをしたに相違ありません。その給仕に出る女中たちも相当の金になったわけです。
坂井屋では決してそんな事はないと云い張っていましたが、女中のなかには船の連中と関係の出来たものもあったらしいんです。現にお糸という女は、ジョージという男と関係が出来てしまった。それは手伝いに来ているお此の取持ちで、最初はもちろん慾から出たことですが、どういう縁かお糸もジョージも互いに離れにくいような仲になりました。お此はうまく両方を焚(た)きつけて、お糸にむかってはジョージさんの家(うち)は大金持だなどと吹き込んだので、お糸はいよいよ本気になってしまったんです。その頃は外国の事情も判らず、外国人はみな金持だと思っているような人間が多かったんですから、お糸が一途(いちず)に信用するのも無理はありません。
しかしジョージは軍艦の乗組員ですから、勝手に上陸することは出来ません。結局お糸が恋しさに上陸してしまいました。わたくしはその当時のことをよく知りませんが、おそらく脱艦したのだろうと思います。そこで、船が品川を立去るまでは隠れていなければいけないと云うので、お此が手引きをしてひとまずジョージを大森在の九兵衛(くへえ)という百姓の家へ忍ばせて置きました。
さあ、ここまではお話が出来るんですが、それから先は少しお茶番じみていて、いつぞやお話した『ズウフラ怪談』の型にはいるんです。お此の申立てによると、三月はじめの晩に、あにかの用があって鈴ケ森の縄手を通りかかると、漁師らしい若い男の二人連れに摺り違った。二人は一杯機嫌でお此にからかって、その袂(たもと)などを引っ張るので、お此はうるさいのと癪(しゃく)に障るのとで、一つ嚇かしてやろうと思って、袂から西洋マッチをとり出して、手早く摺りつけて二、三本飛ばせると、二人は火が飛んで来るのにびっくりして怱々に逃げ出した。そのマッチは黒船のお客から貰って、お此が袂に入れていたんです。今から考えると、実に子供だましのような話ですが、マッチというものを知らない時代には、火の玉がばらばら飛んで来るのに胆(きも)をつぶしたわけです」
「なるほど、ズウフラ怪談ですね」
「探偵話にほんとうの凄い怪談は少ないもので、種を洗えばみんなズウフラ式ですよ」と、老人は笑った。「さてその噂がたちまちぱっと拡がって、鈴ケ森の縄手に狐が出るという評判になりました。その狐は黒船の異人が放したのだなぞと云う者もある。現にその前年、すなわち安政五年の大コロリの時にも、異人が狐を放したのだと云う噂󠄀がありました。そこで、今度の狐も品川の黒船から出て来たと云うような噂󠄀が立つ。それを聞くと、お此処は可笑(おかし)くってたまらない。いったい、犯罪者には一種の茶目気分のある奴が多いもので、お此も世間をさわがすのが面白さに、それを手始めにマッチの悪戯をちょいちょいやる。時には靴を磨くブラッシに靴墨を塗って置いて、暗闇で摺れ違いながら人の顔を撫でたりしたそうです。いつの代もそうですが、そんな噂󠄀が拡がると、いろいろに尾鰭(おひれ)を添えて云い触らす者が出て来るので、狐の怪談が大問題になってしまったんですが、お此がほんとうに悪戯をしたのは七、八回に過ぎないと自分では云っていました」
わたしも狐に化かされたような心持で聴いていた。


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それにしても、わたしにはまだ判らない事があった。
「小伊勢という料理屋の息子が出逢ったのは、ほんとうのお糸ですか。それとも例の狐ですか」と、わたしは顔を撫でながら訊いた。
「はは、眉毛を湿(ぬ)らすほどの事はありません。それは狐でも何でもない。本当のお糸なんですよ」と、老人はまた笑った。「しかしそれが不思議と云えば不思議でもないことも無い。むかしは不思議のように云われたんですが、こんにちで云えば何かの精神作用でしょう。四月二十八日の宵に、お糸が坂井屋の店先に立っていると、どこからか自分の名を呼ぶ者がある。それがかのジョージの声らしくきこえたので、呼ばれるままにふらふらと歩き出して、半分は夢のように鈴ケ森まで行ってしまったんだそうです。そうして、睨みの松あたりをうろついているところへ、小伊勢の巳之助が通りかかった。さあ、そこで間違いが出来(しゅったい)したので……。
坂井屋のお糸と若狭屋のお糸とは、その名が同じばかりでなく、格好も年頃も似ているので、薄暗いなかで巳之助はその女を若狭屋のお糸と間違えた。お糸の方では巳之助を建具屋の伊之助と間違えた。巳之助は少し酔っていたので、伊之さんと呼ばれたのを巳之さんと早合点してしまったらしい。人違いとは気がつかずお糸が巳之助に謝っていたのは、かのジョージの一件があるからでしょう。お糸の顔が眼鼻もないのっぺらぼうに見えたなぞと云うのは、巳之助の眼の迷いで、もしや狐じゃあないかという疑いから、そんな顔に見えたのだろうと思われます」
「巳之助を殴ったのは誰ですか」
「ジョージです。前にも云ったようなわけですから、昼間は表へ出ることが出来ないので、暗くなると散歩に出る。今夜も丁度そこへ来合せて、巳之助をなぐり倒してお糸を救ったんです。それから自分の隠れ家にお糸を抱えていって介抱すると、お糸は息を吹き返しました。そこで、どういう相談が出来たのか、お糸は坂井屋へ帰らずに、ジョージのところへ一緒に隠れることになりました。
ジョージを隠(かく)まった九兵衛という百姓は、別に悪い奴ではありませんが、ひどく慾張っている。その慾からお此に抱き込まれて、ジョージを隠まったのが身の禍(わざわ)いとなったのです。お糸が転げ込んで来たことを九兵衛から知らされて、お此は思う壺(つぼ)だと喜びました。こうなれば、お糸も伊之助とは確かに手切れで、男は自分の独り占めだと喜んだのですが、ただそれだけでは済ませません。その隠れ家へ時どきに押掛けて行って、云わば一種の強請(ゆすり)のように、なんとかかとか名を付けてジョージから金を引出していました。
しかし、ジョージも日本の金をたくさん持っている筈はありませんから、渡してくれるのは外国のドルです。そこでお此の申立てによると、外国の金であるから真物か贋物か自分にも判らない、ジョージから受取った物をそのまま両替屋に持って行っただけの事で、贋金を使う料簡なぞは毛頭もなかったと云うんです。また、ジョージがどうして贋金を持っていたのか判りません。おそらく支那へ寄港した時に、向うの悪い奴に贋金を摑ませられ、本人も気がつかずにいたんだろうと云う話でした。そんなわけで、贋金づかいの方は証拠不十分でしたが、三島の店で絵草紙屋のせがれから小判一枚を掻っさらったことあ、お此も恐れ入って白状に及びました。入墨者ですから罪が重く、今度は遠島になったように聞きました」
「ジョージとお糸はどうなりました」
「それについて、又ひとつのお話があります。お此の白状で二人の隠れ家は判ったんですが、ジョージは外国人ですから迂闊(うかつ)に手が着けられません。町奉行所から外国奉行の方へ申達して、外国係から更に外国公使へ通知すると云うような手続きがなかなか面倒です。それやこれやで小半月もそのままに過ぎていると、どこでどう聞き込んだものか、浪士風の侍ふたりが九兵衛の家へ突然に押込んで来て、ここの家には外国人が隠まってある筈だから逢わせてくれと云うんです。そのころ流行の攘夷家(じょういか)と見ましたから、九兵衛はあくまでも知らないと云う。いや、隠してあるに相違ないと云う。その押問答の末に、九兵衛と忰の九十郎(くじゅうろう)は斬られました。九十郎は浅手でしたが、九兵衛は死んでしまいました。ジョージはピストルを続け撃ちにして、危(あやう)いところを逃れましたが、それぎり姿を晦(くら)ましてどこへ行ったのか判りません。あとで聞くと、羽田あたりの漁船を頼んで、品川沖の元船へ戻ったらしいんです。九兵衛親子を斬った浪士は何者だか判りません。
お糸は構い無しと云うので坂井屋へ戻されました。建具屋の伊之助はわたくしどもにひどく嚇かされた上に、お此が贋金づかいであると聞いて一時は真蒼になったんですが、これも無事に還されました。熊蔵の話によると、お糸と伊之助はふたたび撚(よ)りを戻して、結局夫婦(めおと)になったと云うことです。狐の正体はまずこの通り、あなたも化かされましたか。あはははははは」
老人はまた笑った。狐が人を化かすのでない、人が人を化かすのであるとは、昔から誰も云うことであるが、まったくその通りで、わたしも半七老人に化かされたらしい。帰るときに老人は云った。
「ご安心なさい。山王下(さんのうした)に狐は出ませんから……」
思えばそれも三十余年の昔である。その鬱憤(うっぷん)を今ここで晴らさんが為に、わたしがふたたび読者諸君を化かしたわけではない。

この著作物は、1939年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。