軒もる月

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 をつとこよひかへりのおそくおはしますよ、はやねぶりしにかへらせたまはゞきようなくやおぼさん、おほぢしもつきこほりてあしいかにつめたからん、こたつもいとよし、さけもあたゝめんばかりなるを、ときいまなんどきにか、あれ、そらきこゆるはうへのかねならん、ふたつ、はちじか、いなくじになりけり、さてもおそくおはしますことかな、いつもくじのかねはぜんうへにてたまふを、それよこよひよりはいちじづゝのしごとばしてこのこためしうにふおほくせんとおほせられしなりき、くわきみちたるしつにてくびやいたからん、ふりあぐるつちてくびいたからん。

 をんなまどしやうじひらきてそともわたせば、むかひののきばにつきのぼりて、こゝにさしかげはいとしろく、しもひきみうちもふるへて、かんきはだはりさすやうなるを、しばしなにごとうちわすれたるごとながりて、ほとながくつくいきつきかげにけぶりをゑがきぬ。

 さくらまちとのもはやしんじよたまひしころか、さらずばともしびのもとにしよもつをやひらたまふ、らずばつくゑうへかみべてしづかにふでをやうごかしたまふ、かせたまふはなにならん、なにごとかのおんうちあはせをおほういうもとへか、さらずばおんはゝうへごきげんうかゞひのごじやうか、さらずばおむねにうかぶまうさうのすてところうたか、さらずば、さらずば、かたたまはらんとてかひなきおんたまづさもつたいなきふでをやたまふ。

 いくたびいくつうおんふみはいけんだにせぬれいかばかりにくしとおぼしめすらん、はいさばこのむねすんだんになりてつねけつしんえうせんおぼつかなさ、ゆるしたまれはいかばかりにくきものにおぼしめされてものしらぬをなごとさげすみたまふもいとはじ、れはかゝはかなきうんちてこのようまれたるなれば、とのにくしみにふべきほどのはかなきうんちてこのようまれたるなれば、ゆるしたまふていをなごはからはせたまふな、との

 ひせんにそだちたるわがみなればはじめよりこのうへらで、せけんうらやかぎれるものとさだめ、わがやのほかにてんちのなしとおもはゞ、はかなきおもひにむねえじを、しばしがほどもまじはりししやくわいゆめてんじやうあそべるとおなじく、いまさらにおもひやるもほどとほし、さくらまちけいちねんいくどでがはり、こまづかひといへばひとらしけれどごちようあいにはいぬねこおひざをけがすものぞかし。

 はゞをつとをはづかしむるやうなれど、そも/\おいとまたまはりていへかへりしときむこさだまりしはしよくこうにてこうぢやうがよひするひときしときもつたいなきくらべなれどれはとのごちゐおもあはせて、てんによはごろもうしなひたるこゝちもしたりき。

 よしやこのえんいとひたりとものずゑさうくわしよゐんくわびんにさゝれんものか、おんないふかきおやさせてれはおなじきちじやうさまよはんとりあやまちてもてんじやうかなひがたし、かなひたりともじやだうにてせいたうひとよりはいかにけがらはしくあさましきとおとされぬべき、れはさても、とのをばうきよそしらせまゐらせんことくちし、ごらんぜよおくがたおめにはれをにくしみとのをばあざけりのいろかびたまひしを。

 をなごといきむねくもして、つきもるまどひきたつれば、おとざめてなきいづるをさなごを、あはれかはゆしいかなるゆめつるちゝまゐらせんとふところあくればみてさぐるもにくからず、もつたいなやといふかはゆきもあり、これためためふじいうあらせじことのなかれ、すこしはよゆうもあれかしとてあさひとよりはやき、このとほけてのしもさむさをこらへて、そでいまくらうはつらくともしばししんばうぞしのべかし、やがてごちやうかたがきたば、たんこうぢやうとりしまりともはれなば、いへいますこひろこをんなはしづかひをきて、そのかよわきみづまさじ、れをふがひなしとおもふな、うでにはしよくありすこやかなるに、いつまでくてはあらぬものをとくちぐせあふせらるゝは、どこやらこゝろかほでゝいやしむいろえけるにや、おそろしやこのだいおんをつとこゝろちてかりにもそのいろあらはれもせば。

 ちゝをとゝしうせたるときも、はゝきよねんうせたるときも、こゝろからのかいはうよるおびたまはず、るとてはで、がへるとてはだきおこしつ、みつきにあまるかんびやうひとでにかけじとおぼしめしのうれしさ、それのみにてもれはしやうがいだいじにかけねばなるまじきひとふそくらしきそぶりのありしか、れはらねどもあらばなんとせん、はかなきろうかくくうちゆうゑがとき、うるさしやわがなよびごゑそでなにせよせよのいひつけされて、おもひこゝにゆればうらみをあたりにせもやしたる、もつたいなきつみこゝろよりなれどさくらまちとのといふおもかげなくばむねかゞみうつるものもあらじ、つみわがみか、とのか、とのだになくばこゝろしづかかなるべきか、いな、かゝることおもふまじ、じゆそことばとなりてむべきものを。

 はゝこゝろいづかたはしれりともらで、ちゝきればちぶさかほせたるまゝおもことなくねいりちごの、ほゝうすぎぬべにさしたるやうにて、なにごとかたらんとやをり/\ぐるくちもとあいらしさ、えたるあごふたへなるなど、かゝひとさへあるにてれはふたごゝろちてむべきや、ゆめさらふたごゝろたぬまでもをつとふそくおもひてむべきや、はかなし、はかなし、さくらまちわすれぬかぎれはふたごゝろふていをなごなり。

 ちごしづかにねどこうつしてをなごはやをらたちあがりぬ、まなざしさだまりてくちもとかたくむすびたるまゝ、たゝみやぶれにあしられず、こゝろざすはなにものつゞらそこをさめたりけるいちにまいきぬうちかへしてあさぎちりめんおびあげのうちより、ごつうろくつうかぞふればじふにつうふみいだしてもともどれば、ともしびのかげすこくらきをいだもとにゆるはとの、よしかくしななりともこのめかんじはかはるまじ、けふまでふうじをかざりしはれながらこゝろづよしとほこりたるあさはかさよ、むねのなやみにのおそろしく、おもへばひけふふるまひなりし、おこなひはきよくもあれこゝろくさりのすてがたくばおなふていなりけるを、いざさらばこゝろだめしにはいまゐらせん、とのわがこゝろみたまへ、をつとごらんぜよ。

 かみもおはしまさばわがやのきとゞまりてごらんぜよ、ほとけもあらばこのてもとちかよりてもごらんぜよ、こゝろめるかにごれるか。

 ふうときてとりいだせばひとひろあまりにふでのあやもなく、ありがたことかず/\かたじけなきことやま/\おもふ、したふ、わすれがたし、なみだむねほのほこれらもじじゆうわうらして、もじはやがてみゝわきおそろしきこゑもてさゝやくぞかし、いつゝうもとふるへてまきをさめぬ、につうおなじくさんつうしつうごろくつうよりはすこかほいろかはりてえしが、はつじつゝうじふにつうひらきてはみよみてはひらく、もじらぬかりてもよまぬか。

 たけなるかみをうしろにむすびて、ふりたるきぬになえたるおびやつれたりともびばうとはにもゆるすべし、あはれはかなきちりづかなかうんめいてりとも、きたなよごれはかうむらじとおもへるの、なほいづこにかあくまのひそみて、あやなきものをもおもはするよ、いざゆきふらばかぜふかばけ、はうすんうみなみさわぎておきつりふねおもひもみだれんか、ぎたるそらかもめはるひのどかになりなんむねか、さくらまちとのおもかげいまくまでむねうかべん、をつとしよゐのをさなきもしひかくさじ、ひやくはちぼんなうおのづからえばこそ、ことさらなにかはさん、かばほのほえばもえよとて、びせうふくみてみもてゆく、こゝろおほだきにあたりてじよくせあかながさんとせし、それしやうにんがためしにもおなじく、こひゞとなみだもじいくすぢたきほとばしりにもて、うしなはんこゝろよわをなごならば。

 そばにはかはゆちごねすがたみゆ、ひざうへにはむじやうきみれをうちすたまふかと、とのおんこゑあり/\きこえて、そともにはをつともどらんけたるつきしもさむし、たとへばをつといまこゝもどらせたまふとも、れははづかしさにおもてあかみてこれなるふみとりかくすべきか、づるはこゝろやましければなり、なにかはかくさん。

 とのいまもしこゝにおはしまして、れいかたじけなきおことばかず/\、さてはうらみににくみのそひておんこゑあらく、さてはもつたいなきおいのちいまをかぎりとのたまふとも、れはこのめうごかんものか、このむねさわがんものか、うごくはあひみたきよくよりなり、さわぐはしたこひしければなり。

 をんなしばしうつとりとしてそのすゝけたるてんじやうみあげしが、ことうかげうすひかりとほげて、おぼろなるむねにてりかへすやうなるもうらさびしく、あたりものおとえたるにしもよいぬとほぼえすごく、すきまもるかぜおともなくせまりくるさぶさもすさまじ、かたすゑおもひにわすれてゆめぢをたどるやうなりしが、なにものぞほとけにそのうつろなるむねにひゞきたるとおぼしく、をなごはあたりをみまはしてたかわらひぬ、そのみかげかへりみてたかわらひぬ、とのわがをつとわがこ、これやなにものとてたかわらひぬ、まへちりみだれたるふみをあげて、やよとのいまわかれまゐらするなりとて、めもとやどれるつゆもなく、おもりたるけつしんいろもなく、びせうおもてもふるへで、いつゝうにつうはつくつうのこりなくすんだんをはりて、さかんにもえすみびなかうちこみつうちこみつ、からははひにあともとゞめずけぶりはそらたなびゆるを、うれしやわがしふちやくのこらざりけるよとうちながむれば、つきやもりくるのきばにかぜのおときよし。

この著作物は1925年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。