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わかれ道


上

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 お京(きやう)さん居(ゐ)ますかと窓(まど)の戸(と)の外(そと)に來(き)て、こと/\と羽目(はめ)を敲(たゝ)く音(おと)のするに、誰(だ)れだえ、もう寢(ね)て仕舞(しま)つたから明日(あした)來(き)てお呉(く)れと嘘(うそ)を言(い)へば、寢(ね)たつて宜(い)いやね、起(お)きて明(あ)けてお呉(く)んなさい、傘屋(かさや)の吉(きち)だよ、己(お)れだよと少(すこ)し高(たか)く言(い)へば、いやな子(こ)だね此樣(こん)な遲(おそ)くに何(なに)を言(い)ひに來(き)たか、又(また)お餅(かちん)のおねだりか、と笑(わら)つて、今(いま)あけるよ少時(しばらく)辛防(しんばう)おしと言(い)ひながら、仕立(したて)かけの縫物(ぬひもの)に針(はり)どめして立(た)つは年頃(としごろ)二十餘(はたちあま)りの意氣(いき)な女(をんな)、多(おほ)い髮(かみ)の毛(け)を忙(いそが)しい折(をり)からとて結(むす)び髮(がみ)にして、少(すこ)し長(なが)めな八丈(はちぢやう)の前(まへ)だれ、お召(めし)の臺(だい)なしな半天(はんてん)を着(き)て、急(いそ)ぎ足(あし)に沓脱(くつぬぎ)へ下(お)りて格子戸(かうしど)に添(そ)ひし雨戸(あまど)を明(あ)くれば、お氣(き)の毒(どく)さまと言(い)ひながらずつと這入(はい)るは一寸法師(いつすんぼし)と仇名(あだな)のある町内(ちやうない)の暴(あば)れ者(もの)、傘屋(かさや)の吉(きち)とて持(も)て餘(あま)しの小僧(こぞう)なり、年(とし)は十六(じふろく)なれども不圖(ふと)見(み)る處(ところ)は一(いち)か二(に)か、肩幅(かたはゞ)せばく顏(かほ)少(ちひ)さく、目鼻(めはな)だちはきり/\と利口(りこう)らしけれどいかにも脊(せい)の矮(ひく)ければ人(ひと)嘲(あざけ)りて仇名(あだな)はつけゝる、御免(ごめん)なさい、と火鉢(ひばち)の傍(そば)へづか/\と行(ゆ)けば、お餅(かちん)を燒(や)くには火(ひ)が足(た)らないよ、臺所(だいどころ)の火消壺(ひけしつぼ)から〈[#「火消壺から」は底本では「火消壼から」]〉消(け)し炭(ずみ)を持(も)つて來(き)てお前(まへ)が勝手(かつて)に燒(や)いてお喰(た)べ、私(わたし)は今夜中(こんやぢゆう)に此(こ)れ一枚(ひとつ)を上(あ)げねばならぬ、角(かど)の質屋(しちや)の旦那(だんな)どのが御年始着(ごねんしぎ)だからとて針(はり)を取(と)れば、吉(きち)はふゝんと言(い)つて彼(あ)の兀頭(はげあたま)には惜(を)しい物(もの)だ、御初穗(おはつう)を己(お)れでも着(き)て遣(や)らうかと言(い)へば、馬鹿(ばか)をお言(い)ひでない人(ひと)のお初穗(はつう)を着(き)ると出世(しゆつせ)が出來(でき)ないと言(い)ふではないか、今(いま)つから伸(の)びる事(こと)が出來(でき)なくては仕方(しかた)が無(な)い、其樣(そん)な事(こと)を他處(よそ)の家(うち)でもしては不可(いけない)よと氣(き)を附(つ)けるに、己(お)れなんぞ御出世(ごしゆつせ)は願(ねが)はないのだから他人(ひと)の物(もの)だらうが何(なん)だらうが着(き)かぶつて遣(や)るだけが徳(とく)さ、お前(まへ)さん何時(いつ)か左樣(さう)言(い)つたね、運(うん)が向(む)く時(とき)になると己(お)れに糸織(いとおり)の着物(きもの)をこしらへて呉(く)れるつて、本當(ほんたう)に調製(こしら)へて呉(く)れるかえと眞面目(まじめ)だつて言(い)へば、それは調製(こしら)へて上(あ)げられるやうならお目出度(めでたい)のだもの喜(よろこ)んで調製(こしら)へるがね、私(わたし)が姿(すがた)を見(み)てお呉(く)れ、此樣(こん)な容躰(ようだい)で人(ひと)さまの仕事(しごと)をして居(ゐ)る境界(きやうがい)ではなからうか、まあ夢(ゆめ)のやうな約束(やくそく)さとて笑(わら)つて居(ゐ)れば、いゝやなそれは、出來(でき)ない時(とき)に調製(こしら)へて呉(く)れとは言(い)はない、お前(まへ)さんに運(うん)の向(む)いた時(とき)の事(こと)さ、まあ其樣(そん)な約束(やくそく)でもして喜(よろこ)ばして置(お)いてお呉(く)れ、此樣(こん)な野郎(やらう)が糸織(いとおり)ぞろへを被(かぶ)つた處(ところ)がをかしくも無(な)いけれどもと淋(さび)しさうな笑顏(ゑがほ)をすれば、そんなら吉(きつ)ちやんお前(まへ)が出世(しゆつせ)の時(とき)は私(わたし)にもしてお呉(く)れか、其約束(そのやくそく)も極(き)めて置(お)きたいねと微笑(ほゝゑ)んで言(い)へば、其奴(そいつ)はいけない、己(お)れは何(ど)うしても出世(しゆつせ)なんぞは爲(し)ないのだから。何故々々(なぜ/\)。何故(なぜ)でもしない、誰(だ)れが來(き)て無理(むり)やりに手(て)を取(と)つて引上(ひきあ)げても己(お)れは此處(こゝ)に斯(か)うして居(ゐ)るのがいゝのだ、傘屋(かさや)の油引(あぶらひ)きが一番(いちばん)好(い)いのだ、何(ど)うで盲目縞(めくらじま)の筒袖(つゝそで)に三尺(さんじやく)を脊負(しよ)つて産(で)て來(き)たのだらうから、澁(しぶ)を買(か)ひに行(ゆ)く時(とき)かすりでも取(と)つて吹矢(ふきや)の一本(いつぽん)も當(あた)りを取(と)るのが好(い)い運(うん)さ、お前(まへ)さんなぞは以前(もと)が立派(りつぱ)な人(ひと)だといふから今(いま)に上等(じやうとう)の運(うん)が馬車(ばしや)に乘(の)つて迎(むか)ひに來(き)やすのさ、だけれどもお妾(めかけ)になるといふ謎(なぞ)では無(な)いぜ、惡(わる)く取(と)つて怒(おこ)つてお呉(く)んなさるな、と火(ひ)なぶりをしながら身(み)の上(うへ)を歎(なげ)くに、左樣(さう)さ馬車(ばしや)の代(かは)りに火(ひ)の車(くるま)でも來(く)るであらう、隨分(ずゐぶん)胸(むね)の燃(も)える事(こと)があるからね、とお京(きやう)は尺(ものさし)を杖(つゑ)に振返(ふりかへ)りて吉三(きちざう)が顏(かほ)を諦視(まも)りぬ。

 例(いつも)の如(ごと)く臺所(だいどころ)から炭(すみ)を持出(もちだ)して、お前(まへ)は喰(く)ひなさらないかと聞(き)けば、いゝえ、とお京(きやう)頭(つむり)をふるに、では己(お)ればかり御馳走(ごちそう)さまにならうかな、本當(ほんたう)に自家(うち)の吝嗇奴(けちんばう)めやかましい小言(こごと)ばかり言(い)やがつて、人(ひと)を使(つか)ふ法(はふ)をも知(し)りやがらない、死(し)んだお老婆(ばあ)さんはあんなのでは無(な)かつたけれど、今度(こんど)の奴等(やつら)と來(き)たら一人(ひとり)として話(はな)せるのは無(な)い、お京(きやう)さんお前(まへ)は自家(うち)の半次(はんじ)さんを好(す)きか、隨分(ずゐぶん)厭味(いやみ)に出來(でき)あがつて、いゝ氣(き)の骨頂(こつちやう)の奴(やつ)ではないか、己(お)れは親方(おやかた)の息子(むすこ)だけれど彼奴(あいつ)ばかりは何(ど)うしても主人(しゆじん)とは思(おも)はれない、番(ばん)ごと喧嘩(けんくわ)をして遣(や)り込(こ)めてやるのだが隨分(ずゐぶん)おもしろいよと話(はな)しながら、鐵網(かなあみ)の上(うへ)へ餅(もち)をのせて、おゝ熱々(あつ/\)と指先(ゆびさき)を吹(ふ)いてかゝりぬ。

 己(お)れは何(ど)うもお前(まへ)さんの事(こと)が他人(たにん)のやうに思(おも)はれぬは何(ど)ういふものであらう、お京(きやう)さんお前(まへ)は弟(おとゝ)といふを持(も)つた事(こと)は無(な)いのかと問(と)はれて、私(わたし)は一人子(ひとりご)で同胞(きやうだい)なしだから弟(おとゝ)にも妹(いもと)にも持(も)つた事(こと)は一度(いちど)も無(な)いと言(い)ふ、左樣(さう)かなあ、それでは矢張(やつぱり)何(なん)でも無(な)いのだらう、何處(どこ)からか斯(か)うお前(まへ)のやうな人(ひと)が己(お)れの眞身(しんみ)の姉(あね)さんだとか言(い)つて出(で)て來(き)たらどんなに嬉(うれ)しいか、首(くび)つ玉(たま)へ噛(かじ)り着(つ)いて己(お)れはそれぎり往生(わうじやう)しても喜(よろこ)ぶのだが、本當(ほんたう)に己(お)れは木(き)の股(また)からでも出(で)て來(き)たのか、つひしか親類(しんるゐ)らしい者(もの)に逢(あ)つた事(こと)も無(な)い、それだから幾度(いくど)も幾度(いくど)も考(かんが)へては己(お)れはもう一生(いつしやう)誰(だ)れにも逢(あ)ふ事(こと)が出來(でき)ない位(くらゐ)なら今(いま)のうち死(し)んで仕舞(しま)つた方(はう)が氣樂(きらく)だと考(かんが)へるがね、それでも慾(よく)があるから可笑(をか)しい、ひよつくり變(へん)てこな夢(ゆめ)なんかを見(み)てね、平常(ふだん)優(やさ)しい事(こと)の一言(ひとこと)も言(い)つて呉(く)れる人(ひと)が母親(おふくろ)や親父(おやぢ)や姉(あね)さんや兄(あに)さんのやうに思(おも)はれて、もう少(すこ)し生(い)きて居(ゐ)やうかしら、もう一年(ねん)も生(い)きて居(ゐ)たら誰(だ)れか本當(ほんたう)の事(こと)を話(はな)して呉(く)れるかと樂(たの)しんでね、面白(おもしろ)くも無(な)い油引(あぶらひ)きをやつて居(ゐ)るが己(お)れ見(み)たやうな變(へん)な物(もの)が世間(せけん)にも有(あ)るだらうかねえ、お京(きやう)さん母親(おふくろ)も父親(おやぢ)も空(から)つきり當(あて)が無(な)いのだよ、親(おや)なしで産(うま)れて來(く)る子(こ)があらうか、己(お)れは何(ど)うしても不思議(ふしぎ)でならない、と燒(やき)あがりし餅(もち)を兩手(りやうて)でたゝきつゝいつも言(い)ふなる心細(こゝろぼそ)さを繰返(くりかへ)せば、それでもお前(まへ)笹(さゝ)づる錦(にしき)の守(まも)り袋(ぶくろ)といふやうな證據(しようこ)は無(な)いのかえ、何(なに)か手懸(てがゝ)りは有(あ)りさうなものだねとお京(きやう)の言(い)ふを消(け)して、何(なに)其樣(そん)な氣(き)の利(き)いた物(もの)は有(あ)りさうにもしない生(うま)れると直(すぐ)さま橋(はし)の袂(たもと)の貸赤子(かしあかご)に出(だ)されたのだなどゝ朋輩(ほうばい)の奴等(やつら)が惡口(わるくち)をいふが、もしかすると左樣(さう)かも知(し)れない、それなら己(お)れは乞食(こじき)の子(こ)だ、母親(おふくろ)も父親(おやぢ)も乞食(こじき)かも知(し)れない、表(おもて)を通(とほ)る襤褸(ぼろ)を下(さ)げた奴(やつ)が矢張(やつぱり)己(お)れが親類(しんるゐ)まきで毎朝(まいあさ)きまつて貰(もら)ひに來(く)る跛(びつこ)隻眼(めつかち)のあの婆(ばゝ)あ何(なに)かゞ己(お)れの爲(ため)の何(なん)に當(あた)るか知(し)れはしない、話(はな)さないでもお前(まへ)は大抵(たいてい)知(し)つて居(ゐ)るだらうけれど今(いま)の傘屋(かさや)に奉公(ほうこう)する前(まへ)は矢張(やつぱり)己(お)れは角兵衞(かくべゑ)の獅子(しゝ)を冠(かぶ)つて歩(ある)いたのだからと打(うち)しをれて、お京(きやう)さん己(お)れが本當(ほんたう)に乞食(こじき)の子(こ)ならお前(まへ)は今(いま)までのやうに可愛(かあい)がつては呉(く)れないだらうか、振向(ふりむ)いて見(み)ては呉(く)れまいねと言(い)ふに、串戯(じようだん)をお言(い)ひでないお前(まへ)が何(ど)のやうな人(ひと)の子(こ)で何(ど)んな身(み)かそれは知(し)らないが、何(なん)だからとつて厭(いや)がるも厭(いや)がらないも言(い)ふ事(こと)は無(な)い、お前(まへ)は平常(ふだん)の氣(き)に似合(にあは)ぬ情(なさけ)ない事(こと)をお言(い)ひだけれど、私(わたし)が少(すこ)しもお前(まへ)の身(み)なら非人(ひにん)でも乞食(こじき)でも構(かま)ひはない、親(おや)が無(な)からうが兄弟(きやうだい)が何(ど)うだらうが身(み)一(ひと)つ出世(しゆつせ)をしたらば宜(よ)からう、何故(なぜ)其樣(そん)な意氣地(いくぢ)なしをお言(い)ひだと勵(はげ)ませば、己(お)れは何(ど)うしても駄目(だめ)だよ、何(なん)にも爲(し)やうとも思(おも)はない、と下(した)を向(む)いて顏(かほ)をば見(み)せざりき。



中

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 今(いま)は亡(う)せたる傘屋(かさや)の先代(せんだい)に太(ふと)つ腹(ぱら)のお松(まつ)とて一代(いちだい)に身上(しんじやう)をあげたる、女相撲(をんなずまふ)のやうな老婆樣(ばゝさま)ありき、六年前(ろくねんまへ)の冬(ふゆ)の事(こと)寺參(てらまゐ)りの歸(かへ)りに角兵衞(かくべゑ)の子供(こども)を拾(ひろ)ふて來(き)て、いゝよ親方(おやかた)からやかましく言(い)つて〈[#「言つて」は底本では「行つて」]〉來(き)たら其時(そのとき)の事(こと)、可愛想(かあいさう)に足(あし)が痛(いた)くて歩(ある)かれないと言(い)ふと朋輩(ほうばい)の意地惡(いぢわる)が置去(おきざ)りに捨(す)てゝ行(い)つたと言(い)ふ、其樣(そん)な處(ところ)へ歸(かへ)るに當(あた)るものか些(ちつ)とも怕(おつ)かない事(こと)は無(な)いから私(わたし)が家(うち)に居(ゐ)なさい、みんなも心配(しんぱい)する事(こと)は無(な)い何(なん)の此子(このこ)位(ぐらゐ)のもの二人(ふたり)や三人(さんにん)や臺所(だいどころ)へ板(いた)を並(なら)べてお飯(まんま)を喰(た)べさせるに文句(もんく)が入(い)るものか、判證文(はんしようもん)を取(と)つた奴(やつ)でも驅落(かけおち)をするもあれば持逃(もちに)げの吝(けち)な奴(やつ)もある、料簡次第(れうけんしだい)のものだわな、いはゞ馬(うま)には乘(の)つて見(み)ろさ、役(やく)に立(た)つか立(た)たないか置(お)いて見(み)なけりや知(し)れはせん、お前(まへ)新網(しんあみ)へ歸(かへ)るが厭(いや)なら此家(こゝ)を死場(しにば)と極(き)めて骨(ほね)を折(を)らなきやならないよ、しつかり遣(や)つてお呉(く)れと言(い)ひ含(ふく)められて、吉(きち)や/\と夫(そ)れよりの丹精(たんせい)今(いま)油(あぶら)ひきに、大人(おとな)三人前(さんにんまへ)を一手(いつて)に引(ひき)うけて鼻唄(はなうた)交(まじ)り遣(や)つて退(の)ける腕(うで)を見(み)るもの、流石(さすが)に眼鏡(めがね)と亡(な)き老婆(ひと)をほめける。

 恩(おん)ある人(ひと)は二年目(にねんめ)に亡(う)せて今(いま)の主(あるじ)も内儀樣(かみさま)も息子(むすこ)の半次(はんじ)も氣(き)に喰(く)はぬ者(もの)のみなれど、此處(こゝ)を死場(しにば)と定(さだ)めたるなれば厭(いや)とて更(さら)に何方(いづかた)に行(ゆ)くべき、身(み)は疳癪(かんしやく)に筋骨(すぢぼね)つまつてか人(ひと)よりは一寸法師(いつすんぼし)一寸法師(いつすんぼし)と誹(そし)らるゝも口惜(くちを)しきに、吉(きち)や手前(てめへ)は親(おや)の日(ひ)に腥(なまぐ)さを喰(やつ)たであらう、ざまを見(み)ろ廻(まは)りの廻(まは)りの小佛(こぼとけ)と朋輩(ほうばい)の鼻垂(はなた)れに仕事(しごと)の上(うへ)の仇(あだ)を返(かへ)されて、鐵拳(かなこぶし)に撲倒(はりたふ)す勇氣(ゆうき)はあれど誠(まこと)に父母(ちゝはゝ)いかなる日(ひ)に失(う)せて何時(いつ)を精進日(しやうじんび)とも心得(こゝろえ)なき身(み)の、心細(こゝろぼそ)き事(こと)を思(おも)ふては干場(ほしば)の傘(かさ)のかげに隱(かく)れて大地(だいぢ)を枕(まくら)に仰向(あふむ)き臥(ふ)してはこぼるゝ涙(なみだ)を呑込(のみこ)みぬる悲(かな)しさ、四季(しき)押通(おしとほ)し油(あぶら)びかりする目(め)くら縞(じま)の筒袖(つゝそで)を振(ふ)つて火(ひ)の玉(たま)のやうな子(こ)だと町内(ちやうない)に恐(こわ)がられる亂暴(らんばう)も慰(なぐさ)むる人(ひと)なき胸苦(むなぐる)しさの餘(あま)り、假(かり)にも優(やさ)しう言(い)ふて呉(く)れる人(ひと)のあれば、しがみ附(つ)いて取(とり)ついて離(はな)れがたなき思(おも)ひなり。仕事屋(しごとや)のお京(きやう)は今年(ことし)の春(はる)より此裏(このうら)へと越(こ)して來(き)し者(もの)なれど物事(ものごと)に氣才(きさい)の利(き)きて長屋中(ながやぢゆう)への交際(つきあひ)もよく、大屋(おほや)なれば傘屋(かさや)の者(もの)へは殊更(ことさら)に愛想(あいさう)を見(み)せ、小僧(こぞう)さん達(たち)着(き)る物(もの)のほころびでも切(き)れたなら私(わたし)の家(うち)へ持(も)つてお出(いで)、お家(うち)は御多人數(ごたにんず)お内儀(かみ)さんの針(はり)持(も)つていらつしやる暇(ひま)はあるまじ、私(わたし)は常住(じやうじゆう)仕事(しごと)疊紙(たゝう)と首(くび)つ引(ぴき)の身(み)なればほんの一針(ひとはり)造作(ざうさ)は無(な)い、一人住居(ひとりずまゐ)の相手(あひて)なしに毎日(まいにち)毎夜(まいや)さびしく暮(くら)して居(ゐ)るなれば手(て)すきの時(とき)には遊(あそ)びにも來(き)て下(くだ)され、私(わたし)は此樣(こん)ながらがらした氣(き)なれば吉(きつ)ちやんのやうな暴(あば)れさんが大好(だいす)き、疳癪(かんしやく)がおこつた時(とき)には表(おもて)の米屋(こめや)が白犬(しろいぬ)を擲(は)ると思(おも)ふて私(わたし)の家(うち)の洗(あら)ひかへしを光澤出(つやだ)しの小槌(こづち)に、碪(きぬた)うちでも遣(や)りに來(き)て下(くだ)され、それならばお前(まへ)さんも人(ひと)に憎(にく)まれず私(わたし)の方(はう)でも大助(おほだす)かり、ほんに兩爲(りやうだめ)で御座(ござ)んすほどにと戯言(じようだん)まじり何時(いつ)となく心安(こゝろやす)く、お京(きやう)さんお京(きやう)さんとて入浸(いりびた)るを職人(しよくにん)ども挑發(からかひ)ては帶屋(おびや)の大將(たいしやう)のあちらこちら、桂川(かつらがは)の幕(まく)が出(で)る時(とき)はお半(はん)の脊(せな)に長右衞門(ちやううゑもん)と唱(うた)はせて彼(あ)の帶(おび)の上(うへ)へちよこなんと乘(の)つて出(で)るか、此奴(こいつ)は好(い)いお茶番(ちやばん)だと笑(わら)はれるに、男(をとこ)なら眞似(まね)て見(み)ろ、仕事(しごと)やの家(うち)へ行(い)つて茶棚(ちやだな)の奧(おく)の菓子鉢(くわしばち)の中(なか)に、今日(けふ)は何(なに)が何箇(いくつ)あるまで知(し)つて居(ゐ)るのは恐(おそ)らく己(お)れの外(ほか)には有(あ)るまい、質屋(しちや)の兀頭(はげあたま)めお京(きやう)さんに首(くび)つたけで、仕事(しごと)を頼(たの)むの何(なに)が何(ど)うしたとか小(こ)うるさく這入込(はいりこ)んでは前(まへ)だれの半襟(はんえり)の帶(おび)つ皮(かは)のと附屆(つけとゞけ)をして御機嫌(ごきげん)を取(と)つては居(ゐ)るけれど、つひしか喜(よろこ)んだ挨拶(あいさつ)をした事(こと)が無(な)い、ましてや夜(よる)でも夜中(よなか)でも傘屋(かさや)の吉(きち)が來(き)たとさへ言(い)へば寢間着(ねまき)のまゝで格子戸(かうしと)を明(あ)けて、今日(けふ)は一日(いちにち)遊(あそ)びに來(こ)なかつたね、何(ど)うかお爲(し)か、案(あん)じて居(ゐ)たにと手(て)を取(と)つて引入(ひきい)れられる者(もの)が他(ほか)にあらうか、お氣(き)の毒樣(どくさま)なこつたが獨活(うど)の大木(たいぼく)は役(やく)にたゝない、山椒(さんしよ)は小粒(こつぶ)で珍重(ちんちよう)されると高(たか)い事(こと)をいふに、此野郎(このやらう)めと脊(せ)を酷(ひど)く打(う)たれて、有(あり)がたう御座(ござ)いますと澄(す)まして行(ゆ)く顏(かほ)つき身長(せい)さへあれば人(ひと)串戯(じようだん)とて恕(ゆる)すまじけれど、一寸法師(いつすんぼし)の生意氣(なまいき)と爪(つま)はじきして好(い)い嬲(なぶ)りものに烟草休(たばこやす)みの話(はな)しの種(たね)なりき。



下

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 十二月三十日(じふにぐわつさんじふにち)の夜(よ)、吉(きち)は坂上(さかうへ)の得意場(とくいば)へ誂(あつら)への日限(にちげん)の遲(おく)れしを詫(わ)びに行(ゆ)きて、歸(かへ)りは懷手(ふところで)の急(いそ)ぎ足(あし)、草履(ざうり)下駄(げた)の先(さき)にかゝるものは面白(おもしろ)づくに蹴(け)かへして、ころ/\と轉(ころ)げる、右(みぎ)に左(ひだり)に追(お)ひかけては大溝(おほどぶ)の中(なか)へ蹴落(けおと)して一人(ひとり)から/\と高笑(たかわら)ひ、聞(き)く者(もの)なくて天上(てんじやう)のお月(つき)さま宛(さ)も皓々(こう/\)と照(てら)し給(たま)ふを寒(さぶ)いといふ事(こと)知(し)らぬ身(み)なれば唯(たゞ)こゝちよく爽(さはや)かにて、歸(かへ)りは例(れい)の窓(まど)を敲(たゝ)いてと目算(もくさん)ながら横町(よこちやう)を曲(まが)れば、いきなり後(あと)より追(お)ひすがる人(ひと)の、兩手(りやうて)に目(め)を隱(かく)して忍(しの)び笑(わら)ひするに、誰(だ)れだ誰(だ)れだと指(ゆび)を撫(な)でゝ、何(なん)だお京(きやう)さんか、小指(こゆび)のまむしが物(もの)を言(い)ふ、嚇(おど)かしても駄目(だめ)だよと顏(かほ)を振(ふり)のけるに、憎(にく)らしい當(あ)てられて仕舞(しま)つたと笑(わら)ひ出(だ)す。お京(きやう)はお高祖頭巾(こそづきん)眉深(まぶか)に風通(ふうつう)の羽織(はおり)着(き)て例(いつも)に似合(にあは)ぬ美(よ)き粧(なり)なるを、吉三(きちざう)は見(み)あげ見(み)おろして、お前(まへ)何處(どこ)へ行(ゆ)きなすつたの、今日(けふ)明日(あす)は忙(いそ)がしくてお飯(まんま)を喰(た)べる間(ま)もあるまいと言(い)ふたではないか、何處(どこ)へお客樣(きやくさま)にあるいて居(ゐ)たのと不審(ふしん)を立(た)てられて、取越(とりこ)しの御年始(ごねんし)さと素知(そし)らぬ顏(かほ)をすれば、嘘(うそ)を言(い)つてるぜ三十日(みそか)の年始(ねんし)を受(う)ける家(うち)は無(な)いやな、親類(しんるゐ)へでも行(ゆ)きなすつたかと問(と)へば、とんでもない親類(しんるゐ)へ行(ゆ)くやうな身(み)に成(な)つたのさ、私(わたし)は明日(あす)あの裏(うら)の移轉(ひつこし)をするよ、あんまりだしぬけだから嘸(さぞ)お前(まへ)おどろくだらうね、私(わたし)も少(すこ)し不意(ふい)なのでまだ本當(ほんたう)とも思(おも)はれない、兎(と)も角(かく)喜(よろこ)んでお呉(く)れ惡(わる)い事(こと)では無(な)いからと言(い)ふに、本當(ほんたう)か、本當(ほんたう)か、吉(きち)は呆(あき)れて、嘘(うそ)では無(な)いか串戯(じようだん)では無(な)いか、其樣(そん)な事(こと)を言(い)つておどかして呉(く)れなくても宜(よ)い、己(お)れはお前(まへ)が居(ゐ)なくなつたら少(すこ)しも面白(おもしろ)い事(こと)は無(な)くなつて仕舞(しま)ふのだから其樣(そん)な厭(いや)な戯言(じようだん)は廢(よ)しにしてお呉(く)れ、えゝ詰(つま)らない事(こと)を言(い)ふ人(ひと)だと頭(かしら)をふるに、嘘(うそ)ではないよ何時(いつ)かお前(まへ)が言(い)つた通(とほ)り上等(じやうとう)の運(うん)が馬車(ばしや)に乘(の)つて迎(むか)ひに來(き)たといふ騷(さわ)ぎだから彼處(あすこ)の裏(うら)には居(ゐ)られない、吉(きつ)ちやん其(その)うちに糸織(いとおり)ぞろひを調製(こしら)へて上(あげ)るよと言(い)へば、厭(いや)だ、己(お)れは其樣(そん)な物(もの)は貰(もら)ひたくない、お前(まへ)その好(い)い運(うん)といふは詰(つま)らぬ處(ところ)へ行(ゆ)かうといふのではないか、一昨日(をとゝひ)自家(うち)の半次(はんじ)さんが左樣(さう)言(い)つて居(ゐ)たに、仕事(しごと)やのお京(きやう)さんは八百屋横町(やほやよこちやう)に按摩(あんま)をして居(ゐ)る伯父(をぢ)さんが口入(くちい)れで何處(どこ)のかお邸(やしき)へ御奉公(ごほうこう)に出(で)るのださうだ、何(なに)お小間使(こまづか)ひといふ年(とし)ではなし、奧(おく)さまのお側(そば)やお縫物師(ぬひものし)の譯(わけ)はない、三(み)つ輪(わ)に結(ゆ)つて總(ふさ)の下(さが)つた被布(ひふ)を着(き)るお妾(めかけ)さまに相違(さうゐ)は無(な)い、何(ど)うしてあの顏(かほ)で仕事(しごと)やが通(とほ)せるものかと此樣(こん)な事(こと)を言(い)つて居(ゐ)た、己(お)れは其樣(そん)な事(こと)は無(な)いと思(おも)ふから、聞違(きゝちが)ひだらうと言(い)つて大喧嘩(おほげんくわ)を遣(や)つたのだが、お前(まへ)もしや其處(そこ)へ行(ゆ)くのでは無(な)いか、其(その)お邸(やしき)へ行(ゆ)くのであらう、と問(と)はれて、何(なに)も私(わたし)だとて行(ゆ)きたい事(こと)は無(な)いけれど行(ゆ)かなければならないのさ、吉(きつ)ちやんお前(まへ)にもゝう逢(あ)はれなくなるねえ、とて唯(たゞ)言(い)ふことながら萎(しを)れて聞(きこ)ゆれば、どんな出世(しゆつせ)に成(な)るのか知(し)らぬが其處(そこ)へ行(ゆ)くのは廢(よ)したが宜(よ)からう、何(なに)もお前(まへ)女口(をんなぐち)一(ひと)つ針仕事(はりしごと)で通(とほ)せない事(こと)もなからう、あれほど利(き)く手(て)を持(も)つて居(ゐ)ながら何故(なぜ)つまらない其樣(そん)な事(こと)を始(はじ)めたのか、あんまり情(なさけ)ないではないかと吉(きち)は我身(わがみ)の潔白(けつぱく)に較(くら)べて、お廢(よ)しよ、お廢(よ)しよ、斷(ことわ)つてお仕舞(しまひ)なと言(い)へば、困(こま)つたねとお京(きやう)は立止(たちど)まつて、それでも吉(きつ)ちやん私(わたし)は洗(あら)ひ張(はり)に倦(あ)きが來(き)て、もうお妾(めかけ)でも何(なん)でも宜(よ)い、何(ど)うで此樣(こん)な詰(つま)らないづくめだから、いつその腐(くさ)れ縮緬着物(ちりめんぎもの)で世(よ)を過(す)ごさうと思(おも)ふのさ。

 思(おも)ひ切(き)つた事(こと)を我(わ)れ知(し)らず言(い)つてほゝと笑(わら)ひしが、兎(と)も角(かく)も家(うち)へ行(ゆ)かうよ、吉(きつ)ちやん少(すこ)しお急(いそ)ぎと言(い)はれて、何(なん)だか己(お)れは根(ね)つから面白(おもしろ)いとも思(おも)はれない、お前(まへ)まあ先(さき)へお出(いで)よと後(あと)に附(つ)いて、地上(ちじやう)に長(なが)き影法師(かげばふし)を心細(こゝろぼそ)げに踏(ふ)んで行(ゆ)く、いつしか傘屋(かさや)の路次(ろじ)を入(い)つてお京(きやう)が例(れい)の窓下(まどした)に立(た)てば、此處(こゝ)をば毎夜(まいよ)音(おと)づれて呉(く)れたのなれど、明日(あす)の晩(ばん)はもうお前(まへ)の聲(こゑ)も聞(き)かれない、世(よ)の中(なか)つて厭(いや)なものだねと歎息(たんそく)するに、それはお前(まへ)の心(こゝろ)がらだとて不滿(ふまん)らしう吉三(きちざう)の言(い)ひぬ。

 お京(きやう)は家(うち)に入(い)るより洋燈(らんぷ)に火(ひ)を點(うつ)して、火鉢(ひばち)を掻(か)きおこし、吉(きつ)ちやんやお焙(あた)りよと聲(こゑ)をかけるに己(お)れは厭(いや)だと言(い)つて柱際(はしらぎは)に立(た)つて居(ゐ)るを、それでもお前(まへ)寒(さぶ)からうではないか風(かぜ)を引(ひ)くといけないと氣(き)を附(つ)ければ、引(ひ)いても宜(よ)いやね、構(かま)はずに置(お)いてお呉(く)れと下(した)を向(む)いて居(ゐ)るに、お前(まへ)は何(ど)うかおしか、何(なん)だか可笑(をか)しな樣子(やうす)だね私(わたし)の言(い)ふ事(こと)が何(なに)か疳(かん)にでも障(さは)つたの、それなら其(その)やうに言(い)つて呉(く)れたが宜(い)い、默(だま)つて其樣(そん)な顏(かほ)をして居(ゐ)られると氣(き)に成(な)つて仕方(しかた)が無(な)いと言(い)へば、氣(き)になんぞ懸(か)けなくてもいゝよ、己(お)れも傘屋(かさや)の吉三(きちざう)だ女(をんな)のお世話(せわ)には成(な)らないと言(い)つて、凭(より)かかりし柱(はしら)に脊(せ)を擦(こす)りながら、あゝ詰(つま)らない面白(おもしろ)くない、己(お)れは本當(ほんたう)に何(なん)と言(い)ふのだらう、いろいろの人(ひと)が鳥渡(ちよつと)好(い)い顏(かほ)を見(み)せて直樣(すぐさま)つまらない事(こと)に成(な)つて仕舞(しま)ふのだ、傘屋(かさや)の先(せん)のお老婆(ばあ)さんも善(い)い人(ひと)であつたし、紺屋(こうや)のお絹(きぬ)さんといふ縮(ちゞ)れつ毛(け)の人(ひと)も可愛(かあい)がつて呉(く)れたのだけれど、お老婆(ばあ)さんは中風(ちゆうふう)で死(し)ぬし、お絹(きぬ)さんはお嫁(よめ)に行(ゆ)くを厭(いや)がつて裏(うら)の井戸(ゐど)へ飛込(とびこ)んで仕舞(しま)つた、お前(まへ)は不人情(ふにんじやう)で己(お)れを捨(す)てゝ行(ゆ)くし、もう何(なに)も彼(か)もつまらない、何(なん)だ傘屋(かさや)の油(あぶら)ひきなんぞ、百人前(ひやくにんまへ)の仕事(しごと)をしたからとつて褒美(はうび)の一(ひと)つも出(で)やうでは無(な)し、朝(あさ)から晩(ばん)まで一寸法師(いつすんぼし)の言(い)はれつゞけで、それだからと言(い)つて一生(いつしやう)經(た)つても此(この)身長(せい)が延(の)びやうかい、待(ま)てば甘露(かんろ)といふけれど己(お)れなんぞは一日々々(いちにち/\)厭(いや)な事(こと)ばかり降(ふ)つて來(き)やがる、一昨日(をとゝひ)半次(はんじ)の奴(やつ)と大喧嘩(おほげんくわ)をやつて、お京(きやう)さんばかりは人(ひと)の妾(めかけ)に出(で)るやうな腸(はらわた)の腐(くさ)つたのではないと威張(ゐば)つたに、五日(いつか)とたゝずに兜(かぶと)をぬがなければ成(な)らないのであらう、そんな嘘(うそ)つ吐(つ)きの、ごまかしの、慾(よく)の深(ふか)いお前(まへ)さんを姉(ねえ)さん同樣(どうやう)に思(おも)つて居(ゐ)たが口惜(くちを)しい、もうお京(きやう)さんお前(まへ)には逢(あ)はないよ、何(ど)うしてもお前(まへ)には逢(あ)はないよ、長々(なが/\)御世話(おせわ)さま此處(こゝ)からお禮(れい)を申(まを)します、人(ひと)をつけ、もう誰(だれ)の事(こと)も當(あ)てにするものか、左樣(さやう)なら、と言(い)つて立(たち)あがり沓(くつ)ぬぎの草履(ざうり)下駄(げた)足(あし)に引(ひき)かくるを、あれ吉(きつ)ちやんそれはお前(まへ)勘違(かんちが)ひだ、何(なに)も私(わたし)が此處(こゝ)を離(はな)れるとてお前(まへ)を見捨(みす)てる事(こと)はしない、私(わたし)はほんとに兄弟(きやうだい)とばかり思(おも)ふのだもの其樣(そん)な愛想(あいそ)づかしは酷(ひど)からう、と後(うしろ)から羽(は)がひじめに抱(だ)き止(と)めて、氣(き)の早(はや)い子(こ)だねとお京(きやう)の諭(さと)せば、そんならお妾(めかけ)に行(ゆ)くを廢(や)めにしなさるかと振(ふり)かへられて、誰(だ)れも願(ねが)ふて行(ゆ)く處(ところ)では無(な)いけれど、私(わたし)は何(ど)うしても斯(か)うと決心(けつしん)して居(ゐ)るのだからそれは折角(せつかく)だけれど肯(きか)れないよと言(い)ふに、吉(きち)は涙(なみだ)の眼(め)に見(み)つめて、お京(きやう)さん後生(ごしやう)だから此肩(こゝ)の手(て)を放(はな)しておくんなさい。

この作品は1931年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。