うもれ木

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うもれ


第一回

 ゑがき出だすや一すゐの筆さきに、ごひやくらかんじふろくぜんじんくうに楼閣をかまへ、思ひを廻廊にめぐらし、さんずんの香炉ごすんくわびんに、やまとじんぶつからじんぶつ、元禄風のなるもあれば、じんだいやううづたかく、武者のよろひのおどしを工夫し、でんじやうびとに装束の模様をらみ、あるおびがきに華麗をつくすくわてうふうげつ、さてはを極むるかうざんりうすゐ、意の趣くところ景色とゝのひて、濃淡よそほひなす彩色の妙、打ちをらくと見るしとうとめに、あつと驚歎さるゝほど、我れ自身おもしろからず、筆さしおきてしばなげくしだうすゐたい。あはれさつまといへばかつをぷしさへ幅のきく世に、さりとは地に落ちたり我がきんらんたうき

 おもひ起すてんぱうの昔し、なはしろがはの陶工ぼくせいくわん、その地ににしきでたくみなきをたんじ、とし十六の少年の身に、奮ひ起す勇気せんばんぢやうぶぎやうを説き藩庁に請ひ、たてのににんの教授をむかへて、さうでんはふじゆの苦を尽くしつ、なほ心胆をねるいくしゆんじうあんせいのはじめ田の浦のたうぢやうに、やきつけゑがまりやうけつくわを奏するまで、刻苦かんなんいくばくぞや。それが流れに浴する身の、美術奨励のけふうまれ合はせながら、こゝ東京の地にばかり二百に余る画工のうち、あつぱれ道の奥を極めて、万里海外のあをめだまに、日本固有の技芸の妙、見せつけくれんのはらわたもつものなく、手に筆は取り習らへど、心は小利小欲のかたまり。「美とはなんまうぐちか、ないしよしはらすさきのちりからたつぽう。品川にも又捨てられぬしろものあり」と、くちざみせんふでびやうしに、なぐり書きしての自慢顔。「とかくは金の世の中に、優でござるの妙でさふらふのと言ふところが、つまりは仕切りねだんの上にあること。とひやうけのよき物いつちありがたし」とは、そもいづこより出ることばぞ。

 さればこそ売国のかんしやうどもに左右されて、又もねさげ又も直下げと、さらでものうでねぢられながら、むみやうの夢まだ覚めもせず、これでは合はぬのわりしごとに、時間をいといりめを減じて、十をもつて一にふるそぐわらんぴつ、まだきのふけふ絵の具台にすわりて、けいこねぶりのしらくもあたまを、張りこかして手伝はするふちがき腰がきの模様、かすみすなごみだれ砂子の乱れ書きに、美といふ字はぬぐひさる絵のぐ雑巾のよごれ同様、さりとはそゝがれぬ恥ならずや。このまゝならば今十年と指をらぬに、いまどやきの隣に座をしめて、あらものの店先に、砂まみれにならんも知れた物でなし。これほどのこと気のつかぬ、うつけばかりあるはずなけれど、時の勢ひはでみづの堤、切れかけたも同じこと、我等ふせぎはとんとふえてづは高見で見物が当世ぞと、つらづゑつきてちうごしの、ふらとせしれうけんには、おのれが不熱心を、地震かみなりおなじ並みに心得て、天だ天だと途方とてつもなき八つ当り、的になる天道さま気の毒なり。

 りながらそれもことわり、身はせいていしう幾十万のかしらかずに加はりて、かまどけぶりたちゐにまで、かしこきおほみこゝろなやませ奉る、かたじけなき心得もせず、だいにほんていこくの名誉といふ事、みくちやにしてはきだめの隅に、投げ出すやうばちしらずが、そこらあたりに珍らしからぬ世の中、憤るほどくだなるべし。「さりとも我れは我が観念あり。握りめたる筆の因果、よしきやうといはゞ言へ、と笑はゞ笑へ、せんまんこがねつんで来るとも換へぬ心を腕にみがきて、けいはくふてうを才子と呼ぶ明治のに、愚直のあたひどれほどのもの、熱心の結果はいかに、しだうしんいづくにあるか、よし人目にはなにとも見よ、我が心満足するほどの物つくりいだして、我れいりえらいざうへんぷつの名を、陶器歴史に残さんずもの、くちをしや赤貧の身の、むなしく志しをいだひていくねんかん、このまゝならば胸中の奇計、なんに向つていつゑがくべき。恨みはこれぞ、これ骨までの恨みぞ」と、取りしむる右のかひなたなくびぶるふるへて、煮えよはらわた、熱涙のみ込みつゝ悲憤の声は現はさねど、誰れいふとなくかうがいせんせいと仇名して、酒席のうはさはづれぬ代り、しばの戸たゝくものまれなれば、友なく弟子なく女房なく、おてふとよぶいもと相手にして、こゝたかなはによらいじまへに、夕顔かきにからみ、蚊やり火のきにけぶるわびずまゐしぶうちはに縁のある暮しをなしけり。


第二回


 散るにすら、笑みぞあまると聞く十六七を、貧にくるしめば月も花も皆なみだの種。同じほどのこむすめが、はやりし帯のしんがたぞめゆかたきて、姿どこやらたほやかに、よく見ればよくもなき顔だちも、三割とくのしろいものぬりくり、いくどじれたるくせなほしの、おかげにふくらむびんつきたぼ付き、あつぱれ美人とかんばんうつて、れ違ひに薫る香水のおひかぜまで、ぱツとせしいでたちゆふまうで。何を願ひぞ、神さまさぞやお困りの連中に、顧みられて我がなりはづるとなけれど、こゝろよからねば洗ひざらしのゆかたの肩、我れ知らずすぼめて小走りするお蝶、並らぶ縁日のこまものみせに目もくれず、そゝぐはいつしん兄の上ばかり。「願ひは富貴でなく栄華でなし。我がなりこの上のつゞれに、よしやなはの帯しめよとまゝ、我れしやうがいべき運、あらばあにさまの身にゆづりて、腕の光りの世に現はるゝやう、みがく心の満足されるやう、二つには同じ画工のあなどがほするやつを、兄さまの前に両手つかせたく、仏壇のおかたに、おはいはくつけて欲しき」がそもの願ひ。てないしよくはんけちどんやに納むる足をそのまゝ、れいげんあらたかなりと人もいふ、しろかねせいしやうこうに日参の、こむる心を兄には告げねど、聞かば画筆なげ出して、「芸に親切の志、我れまだそなたに及ばず」とや言はん。

 げかうはことに家のこと気になりて、心も足もいそぐ道の、とあるこうぢおびたゞしき人だち。けんくわか物どりかなににもせよ、そばづゑうたれぬやうとけて通る、多くの人のそでのしたを、れて聞こゆる涙ごゑ、ふつと耳に止まりて、我しらずさしのぞけば、あはれや五十あまりの老女、貧にも限りのなきものかな、我れに比べていまばいあさましき有様。むかしはよしある人か、しわめるびもくどこかひんもあるを、ふびんやこれがあきなひの、なにやきとかいうあかがねの板、うち渡せしこやだいのかげに、かしらすりつけて繰りかへすわびごと。相手は三十ばかりのひげむしやくしやと、見るからがな奴、大形のゆかた胸あらはに着て、力足ふみ立てつ耳もしひよとわめたつるは、いづれ金がかたきの世の中。もとは懇意づくの、うまれながらに顔赤め合ひしなかでもあるまじきに、始めは伏し拝みてうけたる恩、返へすことのならぬは心がらならず、この社会に落入りし身の右左ふによいにて、約束せしこと約束のやうにもならねば、我れと恥ぢて心ならぬ留守もつかひ、果ては言ひたくなきうそに、ひとつきを延ばし十五にちを過ぐせど、その揚句さてなんともならず、つまりつまりてはうばたまのやみのいへぬしのかきの外に両手合はせて拝みながら、不義理不名誉のかけおちもすめり。さてもこの老女そのたぐひとおぼしく、あたりはづかしくや小声の言訳、つは涙ながらのことばとて、首尾全くは聞えぬ物の、取り集めて察すれば、娘にやあらんつゑはしらの子、煩ひてゐるかの様子。

「それ本復さへなさば、又つくべきかたもあり。今しばしまちて給はれ」と、あはれはらわたしぼり 尽くす悲しげな声。聞くお蝶は涙もろの女の身、ましてや同じじやうくみて知らぬ事もなければ、 なんの人事と聞き過ぎられず。

「さりとはあの男のきゝわけなさ。百円のかたにあみがさなれど、この屋台おこせといふ。それ取られてはわたくしと娘、今日からべる事がなりませぬ、お慈悲と合す手を、あれちをつた、憎くいやつにくい奴。自分は手前はさして困る様子もなく、たいしいからだつきのやまもなささうなに、あのとしよりのしかも病人抱へて、困苦さこその察しもなきは鬼かやしやか。あらばあの横つら金で張つて、みごと老女救つてやりたきもの。それどころではなき身、この財布の底はたけばとて、なにになる物でなし。くちをしやかあいや」と、お蝶身もだえする程残念がり、黒山と立つ人じろりながめて、「めてひとりはこの中にあはれと見る人ありさうな物」と、歎息する一さつな、お蝶の肩さきるほどにして、猶予もなくずつといでし男。何ものと思ふまもなく、たけりたつおにをとこの前、ふりあぐる手のひぢめて、かろくふくむ微笑の色、まづ気をまれて衆目のそゝぐみなりはいかに。くろはおりに白地のゆかたわざとならぬ金ぐさりかくおびはしかすかに見せて、温和の風姿か優美のさうか、言はれぬところあいきやうもある廿八九のわかしんし。老女のかた顧みさまことばつきていねいに、わたくし通りすがりの身。来歴は何か知らねど、たかが女なり。としよりに失礼はあり勝ち、あれ御覧ぜよあの通りわびてもゐること、往来はそのうちにも人の目口うるさきに、さあべるやつかいも御身分がらいかゞかや。なんわたくしにこゝの花、もたせては下さらぬか」

と、あをやぎのいと優しくれば、

「はてさて、他人のらぬ口出し。わびことばですむほどなら、我等いまごろは手を引くはずなり。済まぬ次第きゝたしとならば聞かせもせん。我等つき三がげつあめつゆしのがせた事もある大恩人、その上にあやつめが口車に乗せられて、五円といふたいきん貸したはこつちも商売づく、ごいちりそくはよしや天地が逆さまにもなれ、ひとりごの病人死にもせよ、待つてやる約束もなければ、負けてやる覚えもなし。それに何ぞやなきごとの数々、地蔵の顔もはうづのあるもの。りそくかたにも不足なれど、なに一つでも取るが取りどく、このしろもの引取つて行かんといふは、余り無理でもなきつもり」

と、鼻で笑ふひげづら憎くし。若き男はからと高笑ひして、

なにぞと思ひしに金ですむ事なりしか。さりとては訳もなし。らぬ他人と言はるれど、いづれしかいうちわどし、金は我れ立て換へん」

と、紙入れ探ぐつて五円札一枚、一円ひとつ

「これではまだ御不足ならんが、ないじつ持ち合せはこれりなり。なんと雨露しのがせるほどの大恩人さま、れうけんしてはつかはされぬか」

と、あくまで柔和はよそほひながら、「否なと言はゞあの純白のこぶしいづこふるつて、あのひげおとこみじんになるも知れがたし」と、しばゐぎのある見物がさゝやをかし。

 の男はきさるやうに、金ふところにねぢ込んで、いだす証書幾通、いくたの人の涙の種を印刷にせしもんごんなあて、あれかこれかとがしして、

「よしか、たしかに渡しましたぞ。不足を言はゞまだなれど、取らぬにはし。これで算用ずみとすれば、ばゝあめはたいしたまうけもの。おやぶん見付け出して、これから利の出ぬ金借りらるゝやら。人事ながら慈善家の末が案じられる」

と、あざわらつて払ふもすそちり、礼も返さず恥ぢもせず、人かき分けてのさりのさり、行くてのだいぢ裂けもせず、つまづく石のなきもいぶかし。若き男は老女がぶる礼よくも聞かず、

なんこれしきのこと、有つたればこそ役にも立つたれ、無くは我れとそなたさまといづれ替らぬなんぎふち。浮き沈みは浮世の常に、お礼は其方様だいぶげんになられし時、こなたよりごさいそくに出るまでは、お預けのことお預けのこと。はてなのりをする程聞こえてもをらぬ名、先づそれもご免なされ」

と、取すがるそで引はなして、いうぜんと去る後ろ影、光明かくしやくとして輝くとぞ拝まれぬ。


第三回


 とし十三の暁より、絵筆とりめて十六年、いつしんこの道にいりえらいざう、富貴をふうんむなしと見れど、なほ風前のちり一つ、名誉を願ふ心はらひがたく、三寸の胸中よくくわつねに燃えて、高くかくるべきしんきやう、くもりといふはこれのみなり。さればとて世にび人にこぶること、しやうをかへぬ限りならぬたち、我れよりかしら下ぐること、こんりんならくいやといふ一点ばりに、ぐわんぶつの名高くなるほど、我慢と意地は満身にゆきわたりて、れられぬ世といようしろ向きになる心。「見をれこの腕なにが住むか、いつぴとくいの暁には」と、人も聞かぬ大言はきて、わづかにねつちやうを冷やす物の、さても諸道のさまたげと言ふ、貧よりほかはんりよのなき身、その得意の暁いつとか待たん。みろくの出世と並らべ立てゝ、甲乙のなき物よと思ふに、くちをしの念胸をさして、まぶたの合はぬよはも多かり。

 ぬに明けたるあした、おく庭草の露を見て、ぼうしのことふツと思ひ出し、にはかに寺参り仕度なり。かきねの夏菊むざうさに折りとつて、お蝶がしばしと止むるも聞かず、あさめしまへに家をいでけり。

 寺はさらごだいまちなれば、さまでには遠くもあらず。せんがくじわきのいけがき青々とせし中を過ぎて、打水すゞしくはゝきめのたつ細道を、がらりがらりとむかでげたに力を入れて、まつはるかたすそうるさしと、くり上ぐるやからすねあらはに、なんの見得もなく、身はこをとこおもざし醜くからねど、色くろと骨だちて、高き鼻しまりし口、まなざしぎろりと青く凄く、ちんうつしようどこさびしく、こんさつふるてしろへこの姿。ふところけんぱくしよ相応なれど、めてに持つ夏菊の花の色、さすがにやさしきところも見えけり。

 心つて見る目には、映るものも映る物も皆その色、細づくりのかうしどまへに、よねざはすきやはだつき美くしき人、くろじゆすおび腰つきすつきりとして、ふようおもてに淡彩の工合、やうりうの髪に根がけの好み、「さてもかな、さても美かな。この美にすさむ心がけを我が陶画の上に移して、共に協力の友を得たし」と、ばうぜんしつながめ入れば、「あれ薄気味の悪るき人」と、にげこまれて、我れながら、取りとめなき考へばからしく、ふりむきもせず又五六みつばかりの男の子のちよろいでしが、そでなしゆかたの模様は何、まがきに菊の崩しがたか、それよ今度の香炉にあの書き廻しも面白かるべし。注文はたつたがはとか、なんの我がうでで我が書くに、らぬ遠慮きうくつくさし。せんしいひつけよりほかは他人の意見いれたことなき籟三、「身ひんに迫つて意を曲ぐるなどやな事なり。さりながら我れ頑物のあにゆゑに、世の人並みのこともせず、こめみそしやうゆに追ひつかはるゝお蝶、思へばあにかぜも吹かされねど、ゆきあきらめてゐてくれる様子。それもそれなり、時運めぐらばいつかは花も咲くものよ、かぶきもんに黒ぬり車しゆつにふさせて、奥様とあがめらるゝやうになるも不思議はなし。あゝそのかぶきもんよりは、あつぱれの人物えらびて添はせたきもの」と、なにがなしに案じてふツと仰げば、今も想像の衡門に、しのはらたつをといかめしき表札。「さても立派のすまゐかな。主人公はどんな人、身分はいかに。愛国の志しある人ならば、日本固有の美術の不振、我が画工ひへいじやう、説かば談合のひざにも」と、夢知らぬ人に望みを属す、狂気のさたに心もつかず、あれを思ひこれを思ひ、いつとはなしに坂も登りぬ。

 もんくゞり入れどおそうどのねばうにや、まだかんきんの声もなく、おのづからじやくまくきやうに、あさ風さつと松に吹いて、身にしみる心地なんとも言へず。本堂をめぐりて裏手のぼしよへと、をけらぶあかゐのもとを過ぎる時、

「入江様、しばし」

と呼止める声、少し覚えのとかへりみれば、つかせ寄つて、物言はずだいに両手を突く男、あやしや何者、とあきれて立つ、足もとに身を縮めて、

「お見忘れか、たゞにんぐわいわたくし、おことばも下されまじとか。しやうろ潔白の君に対して、合はすべきおもてもなく、言ふ詞でどころもなき失策、後悔しぬきし改心のけふ、我が田へ水のいひわけではなし、ざんげに滅ぼしたき罪のあらまし、聞いて給はる人ほかになき身。あひのよしみ昔なじみ、君を見かけてのお頼み」

と、かしらも上げずあやまていえりあしごとに耳うらに二つならほくろ、「それなり、姿こそ変りたれやつしんじめ。先師がことちようあいにて、ゆくゆくは養子にもと骨折られしを、きぢ注文にと多分の金ひきして、そのまゝのゆくしれず、師の臨終にもあり合さぬにんにんいまごろこゝらをうろつくこと憎くし、なんの相弟子、失礼至極」と、せいらいかんぺきじりに現はれて、言ふことよくは耳にも入れず、

「聞きたくなし、お黙りなされ。相弟子ならば兄弟分、言ふ事あり、とがむる事あり、責むる事あり。さりながらお前様と我れ、なんでもなし、他人も他人、見ず知らず。いりらいざう潔白をたつとぶ身の、友とも仰せらるゝな、中々の耳ざはりなり。そこきて給はれ。露をさながら志しのけの花、しをるゝもくちをしければ」

と、ことばずくなに行き過ぎるたもと、あわたゞしく先つとひかへて、

ごもつともながら恨めしきおことば。責め給へ、とがめ給へ。罪と知つて苦るしき身の上、せつかんしもとにもはゞ、かへつて身の本懐なるを、捨てゝかへりみぬ他人向きの仰せ。昔しの入江様、けふの入江様、お人替りしか、お心二つか、われ今までのめちがひいか。君を先師の形見とみて、改心のじつも謝罪のじやうも、君に寄つて現はしたき願ひ、さりとはぐわべいのおことばかな」

と、なかばいはさずふりかへる籟三、

「だまれ」

と声うついうの気のりたる余り、物あらば当らん破裂の勢ひ、くちびるぶるふるへて生来のとつべんいよとつに、

おのれ新次、人非人、恩しらず義理知らず道しらず。おのれが罪の身を責むるは知らず、我れをなんするか、我れを批難するか。我れ籟三昔しも今も、正義を立て公道を踏んで、一歩のあやまち覚えなき身。どこのいづくなんの欠点、言ひ聞かん言ひ聞かん」

と、詰め寄るまなじりきりと釣つて、

おのれ不忠不義のやつも、先師ちようあいの余りには、世にその罪を包まれて、知る者は師と我ばかり。我れたび言はじと定めて十年近く、この口ひらかねばこそおのれ安穏に、つきひの光り拝むはかげ。頼まれずともせつかんしもとこゝにあり、墓前へたむけん志しの、この花で打つに不思議もなし。うつは籟三、精神は先師、くちしくは身にしみよ骨にしみよ」

と続け打ち、手に持つきくくわなげつけて、にらみつむるの内に感じきたれる新次がてい、昔しながらのがん今一層のひんを備へて、あはれ好男子じろぎもせず、まぶたにあふるゝ後悔の涙、びうに満つざんきの状、「このひと先師の愛せし人、我れに謝罪と思ひ込みし人、憎くむが本義か、捨つるが道か」とばかり迷つて判断の胸うやむやになる時、静かにかしらを上げて言ひいづる一通り、「聞けば誤りたり、我れ短慮けいこつしよゐ。この人のつみ罪ならず、とるところきろおちし不幸の身」と、先づあはれみのじやうより聞けば、わたくもとより私欲にらず。小を捨てゝ大に付く国利国益の策、立てしといふがそもの破滅にて、 思へばれうけんが若かりしなり。腕を組みての考へと、手を下ろしての実験とは、くわんりの相違、うんでいの差別。人は我より利口にて、世は思ふまゝならぬ物と、つくづく歎息するにつけて、正義は人間の至宝といふことにやうに発明し、才ばしりたる考へ身を離れしは、いよいちもつの暁がた。らいいくねん志しをみがきて、ゑんごく他国に流浪の結果、不思議に人らしく世に言はれて、少しは名をも知らるゝきやうがいとしめづらしく帰京の錦、心に飾つて拝顔と楽しみし、くんこゝさういんたいかの人、松風にたもとをしぼつていくあさくむあかゐの水の、影見ぬ人に残念はまさりて、しほ君のこと懐かしく、慕はしかりしきのふけふ。打たるゝもうれしくのゝしらるゝも嬉しく、しんの兄弟にふ心地」

と、保ちかねてこぼす涙一てき、見る籟三感歎して、だいにつく手まづ上げ給へとたすけ起して、

「知らざりし今までの失礼、知りての後悔、打ち割りし意中に物のなきは見え給ふべし。いざ御墓前になかなほりせん、心おく事か」

くわうふうさいげつ、引いて立つ手に恨みも残らず、取なせば、

「これも先師の導き、ありしともなり相弟子なり、君もひ給へ」

「お前様も来て御覧ぜよ」

「おすまどこぞ」

こゝよりは遠からぬによらいまへに、引結ぶいほりの草深きところがそれ」

「さては目鼻の我が宿もこの坂下、しのはらと呼ぶが当時の姓なり」

「さりとは奇遇よ、たつどのとは君の事か」。ママ


第四回


 月に恨み風に憤り、てんがを悪魔のそうくつと見て、こくあんうちさまよひし籟三、どこともなく一点の光りかすかに見えて、前途のばうやうに大きくなりぬ。以前の新次、今のしのはらたつと呼ぶ男、ありし職人時代には、負けぬ気象の人受けよからず、師匠の愛のおびたゞしきほど、憎くむ者さまの説を構へ、がうまんのゝしかうかつあざけりて、交際する者まれなるを、籟三れいの弱きもの助けたく、おとゝの様にひいきせしが、恩は二代の親も同じ、師匠の金もちにげするほどのやつ、師匠も我れも目違ひとあきらめて、なまじひ恥ぢを世に現はさじと、包み通せし七八年目、どこぞで悪人のなかいりいまごろは何になりてと、折ふしのおもぐささすがに忘れぬところもありしに、思ひきやけふの身分。変りも変りし立派の紳士になりて、しかもる主義の高潔さ、話し合ふほどたのしさ増さりて、墓参帰りの半日を篠原のもとに説きつ説かれつ。

 辰雄けふまでの経歴につきても、善事と悪事をもらさずかくさず、篠原と呼ぶ今の家、なにがし地方の金満家なりし事、そこに住み込みのはじめより、次第に気に入られて、ひとりむすめむこやうしとなりたること、その身しゆとなりて二年とたゝぬに、親女房とも引つゞきて病死せし不幸さ。さてその幾万の財産ゆぴのさしてなく、我が自由になすもらく、家につきての縁類にゆづりて、 しりぞきたき願ひも、世の人さらに聞き入れてくれず、そのまゝあんざいつきよの身、我が位置たかまるに付けて、沸ききたる企望のさまざま、及ばぬと知つて捨られぬがこれも癖にや、社会のためとうほんさいそうこゝ東京に計画ありて、出京のきのふけふなまなかこなたかなたに名を呼ばれて、たゝへらるゝ身あせあゆる心地。昔しを思へば大恩の師に、よしやわけなににもせよ、かさねの不始末もあるを、そしらぬ顔にせいてんあるくさへ、じつげつの手前恐ろしく、世をあざむくに似て心安からず、手を置かぬ胸ゆめおどろきて、人知らぬ罪なかにくるしかりきと、腹ある限り告白して、いさぎよしとする様子、うはべをつくろひて底にごる、けいはくしやりういとふ目には、よくも返りし本善の善、まれなる人よと感じられて、過ぎし過失は美玉のくもり、しかもぬぐひ去つて見るに、かへつて光りはまさる心地、籟三しきりに憎くからずなりぬ。


 なか物語り尽きもせぬに、交際ひろき人のならひ、訪問者りくぞくとうるさく、

なんと入江様、ひとげなき閑静なところにて、一日ゆるりと御高説うけたまはりたし。君はいつもおひまか」

と問はれて、

「はてさて、貧者に余裕はなし、気楽な事いひ給ふな。人気なきところと言はゞ、我れわびずまゐの閑静さ、裏のくるまゐつるくる音か、表に子守り歌きこえる位のもの、こゝよりはそこなり。いつぞは来て御覧ぜよ、むぎめしかせてとろゝ位のごちそうはすべし」

むざうさことば

「さりとはうらやましきかな。世の事聞かず人に交はらず、何事の憂きも宿らねば、胸中いつもすゞしかるべく、ぼんかいぞくきやう遠く離れて、取る筆一つにたのしみをしる御身分、我れうんでいの相違」

と歎息する辰雄。籟三引きとりて、

なんの浦山しき身分か。ふで心にまかせずわざ世と合はず、我れともるゝ身のはては、しゆやうべきか底しらずのきやうがい。さりとは世の中あてもなし」

と笑つて、遠慮なき昔し語りに、胸もらく障子の外に出づれば、廊下いく曲りか広々とせしすまに人の身は水の流れと、物言はず顧みればにつこと送る辰雄の姿。あゝ人物と心にほめて、かひなほむかでげた、これ特色のはづていなく、きしよくやう門内をいでしが、帰宅ののちもお蝶相手にこの物がたり。つねかつきらふ世の人、あにさまのものとはどんな人、お蝶見たしと思はねど、喜ぶ兄に我もうれしく、一日ありてふつかめの夕がた、のきばのえのきぐらしの鳴きいづころ、手仕事ていねいに取片づけ、家のめぐれいに掃除して、打水いそがしきかどぐちに、

「入江様は」

と音なはれて、

どなた

と振かへるたすきすがたを、さてもけいと見るは辰雄。お蝶はツママこゝろづきて、にはかにさすやさうけふくれなゐ、色はなにいろ我れしらず。「見しはせいしやうこうのあの時のあのお人。なんとしてわがへは」と、さわだつ胸にこれよりや知る恋。


第五回


 ゆかのもとのこほろぎかたさせと鳴いて、みやこおほぢに秋見ゆるはつきの末、きうじやうの南みたのほとりに、じん二三十買ひつぶして、新たに工事をいそぐは何。おしたてしくひせおもてに博愛医院建設地と墨ぐろにるして、積み立つるれんぐわの土台に、きやりの声のにぎはしきとともよもに聞えわたる篠原辰雄、うきのうきを憂きと捨てずして、よしがみの人情あさましゝと、しん奮ひ起すあいせいさいみんの法。我れ微力せうの身の、たふれてまばまんのみ、こんにち細民困窮のあり様、見るにはらわたたえずやある。知らずやきんきうちやうの人、うづみびのもとに花を咲かせて、面白しと見る雪の日は、節婦こごえて涙こほるべく、たいかうろうぎふちやうちんともしつらねて、風をまつ納涼のは、やりのもとに孝子泣くめり。中にあはれはしつぺいの災ひ、名医もんにあり、良薬ちかきにあつて、しかも求めがたく得がたき身、天命ならずぢやうごふならず、救はるべき命の残念さ、妻の子の身いくばくぞや。人生れながらに悪意なけれど、迫まりてはとくとく取捨の猶予なく、天を恨み地を恨み、はんこれより乱れて国家の末いと危ふし。これを救ふことじんにありと、我れ先づ資産をなげうつて、一着手をきうせいの急なるに起し、かたへは富国利民の策を講じ、かたへけんしんしやうの門に、協力賛助を求むること切なるに、とくならず、なにがしの殿それの長官、意気投じ処論合つて、甲より乙に美声を伝へれば、徳義をつの名誉と心得るともがらなんとなしに雷同して、世上の評判くわつと高く、見ぬ人聞かぬ人を慕ひ、あつぱれ仁者と知らぬ者なくなりぬ。

 その行ひそのことば、見るにつけ聞くにつけ、まじはるにつけつむにつけ、籟三だいに慕はしくたつとく、くちくされ他人にじよは仰がじと定めし、我慢のつのはこの人の前に折れて、うつもんの心しのびがたく、わがげふへい不振の物語より、

だうばんくわいの志し一日の休むなけれど、まことをいはゞ勢力なき身の聞き入れてくれてもなく、なまなか説くことものわらひになりて、はては後ろ指さゝるゝことくちし。さりながらそれもことわり、我れこの道にいりたちて十六年、まだたびの共進会に名を掲げたることもなく、我れ自由の筆、貧ゆゑにはばられねど、中々の直行にくまれて、とんうけよからねば、注文はれんぶつほかもなく、こと心とがつせず、筆なにとしてふるはるべき。不満々々のかたまりは、なんの世の中、あきめくども、これ相応と投げ出しものにして、意匠もちひずたんれんばからしく、品物のおもてよごしてやれば、我が血涙をみし粗物も、れ衣食のためにする粗物も、見る目になんの変りなく、口ほどもなきものあざけられて、我が名いよ地に落ちたり。れんげつたんの筆、経営惨憺の意匠、心にあつて物にゑがかず、我れ男子の身の精神一到、なほことらぬふがひなさ。世人めいなきか我れもし惑へるか、誰れに寄つて語り合さんすぺなく、めいの内に重ねし年いくねん。君びはだうの流れに立ちし人、み知り給ふ事もあるべし。我がための名案くだし給へ」

と、打明かす意中、辰雄しきりに歎じてまず、

「げによくも合へる物かな、我が国家を見る心そのほかいづる事なし。徳義のはいたい人情の腐敗、れを憂ひれを歎けど、道に立つ人おほかたは、濁流こうに身を投じて、しかもけがれを知らぬともがら、味方少なくあだは多し。さりながら捨てぬところに物は成り立ちて、ふたりたりの正義の士に、知られめしきのふけふの事業。はゞかり多けれどこれ手本とも御覧じて、れられぬ世を捨て給はず、腕かぎりの品物こしらへて見給はずや、その資金は我れ受けもたん。この事れんちよくの君が心にいさぎよしとおぽさぬか知らず、それは君一身の小事のみ。いくの画工のねむりを覚まして、国益の一助、たゆたふところか。わがはう特有のいしやきものあたひれんといへどしなえいふつに及ばず、独り薩州陶器のみは、しついうれう他邦に類なく、あつぱれ名誉の品なるを、惜しや画工に気慨なく、とんいつの精神なく、今日のなりゆきくちをしの思ひ、我れも多年の胸中にありし。不思議に心のがつするもおのづからの時機なるべし。づし給ふな」

と熱心に力を添ふれば、籟三感涙にまぶたぬれて、

「何分にも」

と生れて始ママめてのことば。辰雄そのは聞かず言はさず、「こと一切こゝにに此処に」と胸を打ちけり。

 かず隔だつることいくママ、三田の工事のかしましきとともだう画工の耳そばだつること沸き来たりぬ。によらいじ門前くさふかきところうづもれものゝかうがいせんせい、三ねん無かず飛ばずのりやう、現はさんとするうわさ、立つや我れより高き人、くじきたきがこのともがらの常、いんやうに批評たくましくすれど、後ろだて確かなる身の、かへりては心をかしく、静かにがきの筆を下ろしぬ、きぢもとよりちんじゆくわんが精製のさいふんたうらみは籟三かねての好み、三尺のほそぐちにして、だいつきりうじくわびんつひひやくくわこれより乱れ咲いて、さんたるきんしよくみるはいくつきのち。心らいに先づすれば、人物けいしよく眼前に浮かんで、我しらずくわんじと笑む籟三。「王侯にんなんの物かは」、じん遠く身を離れて、りやうふううんの仙に入る心地、覚えず明けぬ暮れぬ。


第六回


 恩に感じ行ひに服して、我れは神ともたつとぶ人の、彼れより心にかきはず、つれらるゝ事もつたいなくうれしく、篠原といふ名知らず聞かずのそも、身にしみし一やうに形づくりて、れゆく月日の深きほど、れんの胸、やみになりぬ。お蝶あくまで優しき姿、はぎしたつゆもろげに見えて、立てし心は現はさねど、思ひ込まばみづの中も、よしや命は仮の世と定めて、二つの道は踏まぬ気象、「我身せんの教へもなきに、きみさま世上に敬まはるゝお身。なるまじき願ひ」と我れをかりて、さていよ捨てがたく、染みし思ひのこれを友に、我身一生ひとりずみと、あはれの観念さすがにるぐは、折ふし耳にする世の評判。よしと言はれてよろこぶは格別、「なにがししやく最愛の娘、是非の人に」と申込みのうはさ、聞く胸なにかとゞろいて、おぼろ兄に問へば、「大丈夫」と笑つてけられぬ。

 されどさすがに気になりてや、そのつぎのはれし時、籟三その事いひ出して、「まことか」と問へば、

うそではなし。旧大名の幾万石とか、聞くばかりも耳うるさく、断り言ひしも五か六度。いまだになかうどどのむだ足に参らるゝ事をかし」

とばかり、辰雄こゝろとゞめぬ様子。

「それはなにゆゑのお断り、君もまだとしわかの、これより独身にもゐられまじ。望み好みのあるは知らず、おほかたならばめられたがよからんに」

と、籟三こゝろあつて言へば、

「我れ独身にて終らんとも思はねど、華族のむこになる願ひなく、姫君様にようばうにしたくなし。かうはな茶の湯に規則どほりのようとゝのひて、お役目の学問少々ばかり、なんになる物でなし。せろの困難ふんでも見ず、ひとりちの交際もならぬような、でくのばうてきのおかみさま持込れて、親の光りにかしらさぐるなど、いやな事なり。我れ望みは身分でなく親でなし、その人自身のせいしん一つ。行ひ正しく志しごとならば、今でもお世話ねがひたきもの」

と、あざやかなことば、籟三かたゑみしてお蝶をかへり見ぬ。

 こゝに来て遊ぶ時の辰雄、世に高名の人ともなく、さながら家人の打とけ物がたり、たゞなつかしくむつましく、友かみよりなほ一段、籟三たしかの望み出来て、る時お蝶にほのめかせば、たもとくはへて勝手元に逃げしが、そのころよりお蝶いよ身の行ひつゝしみて、徳を修むる事せんいちと心がけ、姿めんのいやしきは恥ぢねど、ことばづかひたちふるまひ、家の内の経済より始めて、世のつきあひ人づかひと、こまかに顧みればまだ身に整はぬ事ばかり、げきが中に恋といふ怪しのもの、折々の波むねに起して、飽かれまじいとはれまじ、喜こばれたし愛されたし、なんとせばえいせいめつの愛を得て、我れも君様も完全の世の過ぐさるべきと、欲は次第に高まりて、さまの想像わき来たれば、ふに嬉しき物がたりの、裏はいかにとえだを疑がひ、我れと我れを歎げき身を責めて、一心のなかばは辰雄のもの、辰雄ありての喜怒哀楽、善も悪もこくびやくも辰雄が指のさし次第、恋のやまぐちくらくなりぬ。

 籟三局外に立つ身の、迷ひを捨てゝ見る目には、辰雄の愛のいもとくだらず、れも真情れも真情、取ならぶるかうつゐとこゝろ嬉しく、ふたりのどかに物がたるを聞けば、百花のそのさうてふの舞ふ心地、しゆんぷうその座に吹渡つて、我れもたうぜんの楽しみ限りなく、右も左も喜びの中に、こゝろさはらずいきかう、取る筆いさんでぐわうごき、からくさ模様わり模様、ふちこしがきつぶしの工夫、濃彩淡彩ひつせいたくみ、したきなつて又かまかまかまよはいつしか、さんぎくらくえふときのの霜と消えて、すすはらひの音もちきの声、北風の空に松や飾り松。


第七回


 送るとしくるとし珍らしからねど、心改たまれば一段の光り、のぼるはつの影にそひて、くみあぐるわかみづくるまに、ぐる世の中おもしろく、とそさかづきまづとししたよりと、さすもをかしやいつふたりくらしに、だいり儀式のむかしを学びて、三つぐみぢうふるきを捨てず、新らしき物は二けんまいえんがはの障子、切り張りのまだらならず、これ例年に替りたるところ、篠原がかげなりとて、元旦早々うはさは出でぬ。

 籟三かたいぢの質、人に受くる恵み快からねど、おぽるゝ芸に我れと負けて、二十きんきぢじふもんめきんぱくこゝ四五つきの費用いくどかまだい、積もりし恩の深きが上、なほ心づけの数数もうるさく、その都度に断わるを、しんねんの料にとて、送られしこぞの反物、迷惑さ限りなく、やりつ返ヘしつのとゞの果、「さらばいもとに頂戴させん。我れは男のよききものきてうれしからず」と、兄弟ぶりの一反を返へして、残こす一反に人のなさけにせじと、お蝶のはれに仕立させて、今日の姿つくろひしを見れば、ことし十八のばなの色、玉露の香りふくいくとして、一段のみばさすがに嬉しく、このなりふだんぎにさせたく思へり。

 人は廻礼に忙がしき日も、世捨て人のその苦なく、今日一にちはと仕事休みして、横にろぶひぢまくらぎよけいの声に夢やぶれて、珍らしや誰れと問へば、つねときとんなにがし、末広にしうめて、長々とこぞぶさたわび、これよりの懇信、ひたすらたのみて行きしこと、お蝶その通り取次げば、「はてさて、利欲にくらみし眼は、どこまでらきか方図のなき物。そのことば我れへではなし、ご本尊はかしこに」とて、指さすは座敷のくわびん、これ高くなりし評判に、出来上がらぬ内より我れ買ひ取らん、いや是非ともわたくしにとせり合ひのまうしこみ、一々にねつけて、としコロンブス博覧会に出品の計画、諸事は辰雄の周旋に、いうぜん構へる小気味よさ、籟三いよだいげんを吐きけり。

 暮れてその日もひともしごろ、辰雄廻礼の車をそのまゝ、交際ひろき身のつかれもいとはず、かどかぢぼうおろさすれば、春色いとゞのどかになりて、いふ事きく事一々におもしろく、籟三いかのぼりの昔しを言へば、辰雄まはこまおもしろさ忘れずと語り、彼れに移り是れに移り、次第々々にみつになりて、

いくへんせんの今の身、中々にそのかみのしん恋しきばかり。世のこと人のこと目に移りて、彼れも助けたく是れも救ひたく、不想応の事業に身をゆだねて、及ばぬ力の我ながらくちしく、暗涙を呑むことわざならねば、訴ふるにところもあらず。りにこりしいううつの気の晴るゝは、こゝにかく遊ぶ時ばかり」

と、なにゆゑか例に似ぬことば、籟三とがめて、

「怪しき事かな。君が博愛の徳、かみに聞えしもに渡つて、すゐそんせぬ人なきはずを、なにゆえの御不満ぞ」

と問へば、

「何事も言はぬが花なり。お互に聞きつ聞かせつ、楽しき事ならばよけれど、我が胸にさへ持切れぬ苦を、君達に分けてなる事か。もとよりせいじやに押され、ちよくきよくに勝ちがたきが常、何事も問ひ給ふな、脳いよ乱るゝやうなり」

と、振あふぐおもて気のせゐにや、血のも見えず青く白く、くちびるんで沈思のてい。お蝶たまらず兄のたもとそとけば、籟三少し前に進みて、

「よき事のみを聞き聞かせの友いくらもあり、いうともにと言ふところ真実のあたひならずや。これをくされて喜こぶ者、世の中にはあるか知らねど、われきやうだいおもしろくなし、とはそんことばなれど、兄弟と思ふ君の事、水火の中にも手を携へたきが願ひ、なんと打明かしては下さらぬか。承らねば気も落付かず、我よりはお蝶、どのくらゐ心ぼそきか。女は気の狭きもの、役にも立たずくしと気にして、我れも迷惑、かあいさうにもあり、いつあしあしの同じくは、もろともに苦を分けたし」

と腹からのことば、お蝶もの言はず打しほれて、組み合はす手を解きつ返しつ、あはれや胸のどう高かり。

 辰雄にはかに心付きてや、

「さてもばかな事いひして、せつかくおもしろさ台なしになりぬ。苦あれば楽あり、楽あればこそ苦もあるなれ。じゆんくわんして行くところ奇な物なるを、一々にれはしと見る日には、五十年の寿命たまる事か。お蝶さま案じ給ふな、今いひしは皆ゑひの上のたわごとなきじやうこいひぷん、何でもなし何でもなし。笑ひ顔みせて我れにもおちつかせ給へ」

と、からと笑つて一ぶつの残らぬ様子。ふたゝびもとの話しに返つて、ふけくるおそく帰宅せしが、お蝶いよこゝろもだえて、られぬまくらうくばかり、涙のとこにつくづくと案ずれば、「いとしや君様、あれほど熱心の計画に、何ごとのひゞいりたるか。談合する友は少なく、打こわすあだは多き世の中、くちしさいかばかりぞや。よひことば、今宵の顔色、必らずさいなくてはかなはじ。我れに隔ての包みかくしか、我れに歎きを懸けまじとてか。とにもせよ角にもせよ、我れは君の妻、に隔ての包みかくしか、我れに歎きをけまじとてか。とにもせよかくにもせよ、我れは君の妻、君を置きて我がつまなし、見すべき心はかゝる時よ。万人一様うはべは同じ、そのかはひとしたの下の骨に刻んで忘れぬは何。知らせて知りていうは共にしたきもの」と、思ひを暁の鐘にかぞへて、あらたまのとしの始めのどけからず、ひまなき恋に身は使はれ物。

 さんにちも過ぎてなゝくさの日に、辰雄誕生日の祝ひながら、新年のえん開きたく、お蝶さま是非借りたしとのもんごん、我れよろこばせんためかあらぬか、当日一式の身の廻り、いづく貴顕の席にも恥かしからず、心をこめし贈り物の品々。籟三喜こんで許るせば、我れもその人の意にそむかじと、こらすよそほひはきんじやうの花。「あゝ純粋のしくじよさま、この運このなり、見せたき物は亡き親」といはれて、お蝶かゞみの前に泣きけり。


第八回


 百花にさきがけて咲くや窓の梅、うぐひすわが宿は、春風ぞ吹く品物の落成。かまびのかまの心配、まきの増減けぶりの多少、いろに胸をもやしびきやうにも気をいためて、ひゞいりたる、流れやしけん、きんしよくめい絵の具の変色、苦をめつくせしこゝ幾月。思ふこと思ふにかなひて、しんわらみがきにみがいだせし光沢、かゞやく光りは我が光り。くわびんの上部みきりのうち、正面はりうに立つなみの丸模様、ぐりに飛ばすきくきりの、あしらひは古代唐草にして、見切りのけいかいくもがたの、じやうげゑがくや東大寺模様、ここさやがたしつぱうつぶしに、帯の菊の丸ありふれたれど、たんせいの筆いやしくもせず。上部終つてわくどりの内の画は、表面つゐの金銀閣寺、裏面かひ合はすみなとがはいなむらさき、誠意誠心みちて、よそほひなす彩色ぼんぴつならず。わくの廻ぐりはさつふうの秋の七草、金模様の蝶のちらし書き、このつぶしの雲ぼかしがた金なし地、先人未発の工夫をこらして、刻苦の跡いちじるく、台の書きつぶしふちこしのわり模様。「微ならず細ならずとそしらばそしれ、眼を持つものは来ても見よ。ひとうちぼうにも美はこもる。我れ籟三不器用のぎりやう、この品物にとゞめぬ」と誇りて、ばんしやくぱい酒気さへ添へば心いよおもしろく、篠原にふいちやうがてら、お蝶まねかれし日の礼も言はんと、立出づる門口に、

あにさましばし」

そでひかへるいもと、言はんとして言はんとしてたゆたふを、

なんぞ用か」

もどりすれば、

なんでなけれど夜風お寒むし。風ひきて給はるな」

の心づけうれしく、

「それほどおそくはならぬつもり。なれどもゑひざめは油断がならず、おり今一つ着て行かん」

と、立帰つて着重ぬるえんの先、えりに手を添へて折りながら、

あにさまたいそうひげへたり。新年といふに見苦るしや」

と、横顔つくながめられて、

なんの、るではあり知れる事か。明るきところあすりて給はれ。づは品物も出来上がりて、せうせいに安んずるではなけれど、祝ひてもよき事なり。四五にちうちに辰雄どの誘ひ出して、三人連れにどこぞへ行かん、その約束よひして来る心、おそくはならねどかねの物、うちにあるだけ不用心なり、かどの戸さして待ち給へ。さりとは胸に雲もなし、あゝ月もよし」

と立上がる兄。その手にすがつてかどまで送くれば、地上に落つる影二つ、見る見る一つは遠くなるを、見送つて立つ影うらかなしく、夜風のきばのえのきさみし。

 昔しはよそにみし表札、やがてはおとゝかどくゞる籟三、頼む、どうれの玄関向きうるさく、辰雄の居間はかねて知る、庭口の戸を押せば明きたり。しもにしめりししばの上、踏むに音なきそでがきがくれ、聞こゆる声は高からねど、影は障子にふたりみたり、聞きたしなんの相談会と、引き立つる耳にことふたママこと、怪しや夢か意外の事ども。「それしやくたまにつかひて、なにがし長官に歎願さへせば、この事必らず成り立つべし。それの殿の証印はやなぎばしのに握らせ次第、きんけつは例のだいじんきみやくかねて通じおきたり。跡は野となれ、山師ともいへさぎとも言へ、愚者に持たせて不用の財、引き上げる事ためなり。思ふもはらすぢは洋行がへりの才子どの、何のくわつがん、しれた物よ。ますゐざいは入江のいもと、この間の宴会にじりかく見て取りぬ。あのぐわんぶつに説きつけがづかしけれど、恩と言ふごくや入り、からげも同じこと。女はしてふところそだちの世間見ず、じやうの深きだけまろめ安し。下ろす元手の細工はりう。籟三といふやつおもひのほかつかひ道むきなれど、飼つて置かばなににかなるべし。くすのきどのゝ泣き男、人間に不用もなき物、ひろく愛するこれもじんか」と不敵のことば。声は辰雄か、「おのれ」とばかり、ふんぜん立ち上がつてさらする腕の無念さ。内にはいつか話し絶えて、ぎよくてきの声りやうりやうと聞え出でぬ。


第九回


 この人の一せうに無限の喜こびを知り、この人の一るゐばんこくの憂ひをみ、形より濃き影の如く、きよに心はしたがふその人、玉をのべしようがん憂ひを含んで、しみじみとの物語り。「なんの契りの君と我れ、すくあやしく忘れがたく、国家のために尽くす心、半分は君に取られて、人に言はれぬ物をも思ふ身、はかなしやお心も知らず、てんに妻は又なしと定めて、なんの子爵の娘、振りむくどころか、にべもなく断りしがありの一けつまことを言はゞ我がしよわるかりし。そのししやくどの今までの一にて、支出のきんに事も欠かず、事業はこびかけしけふになりて、にはかに破約の申込み。このみちたえて又ことらず、恨らみをんで我れこのまゝにしりぞかんか、残すそしりもあざけりも、きみゆゑと知れば惜しからねど、なにとなるべき世の中にや、国家の末を思ひいたれば、ざんくわい山のごとくこの胸やぶるゝばかり、この事れに語らるべき。隔てぬ仲の君にさへ、言はれぬはかゝる訳。ほかにとる道なきでもなけれど、それいよ心苦るしく」と、言ひはてぬことばなほもどかしく、「このまごゝろまだ見えずや」と打うらめば、「さりとはそのまごゝろ、見えて悲しきはこと君が上なり。せい善悪はお心一つ。今日ひんかくひとり彼れ有力のけん、我がためきんけつたらんと言ふ。心はと問へば、苦るしきはこのところ、君のうはさをいかに聞きしか、ひたすらいもとと思ひ込みて、たつてのしよまうつらからずや。君を他人にゆるして我れ、国家の為とあきらめられず。よし我れ欲をなるゝとも、この事なんとして我が口より言はるべき」と、しや恋人だんちやうのけしき。

 れんせうぢよ魂を奪はれ骨を消されて、せめを我が身の上に負へば、「みさおを破つて操をたてんか、人知らぬ罪わが心の内にあり。さりとて我れゆえ君が名まで、世に滅ろぶるをよそに見んこと、恩をあだなる畜類のしよ。あれもらしこれも憂し、なんとせん」とんばかりの胸、りよ分別かげきえて、取るところたゞ死の一つ。「影あり形のある世なればぞ、障り多く妨げ多し。生れぬ昔しのくうりやう、我れお蝶という身がなくば、いづくへ義理なくはゞかりなく、この恋円満にあるべきはず。よしこれも天命なり、病ひに死ぬも恋に死ぬも、命は一つよたびは行かぬ道。天地にも恥づるところあらず、しんぶつもとがめ給はじ。あにさまもるし給へよ、我れも悔むところなし」と、決心するどく未練なく、あはれお蝶潔白さうの身、濁りにまじ乱れじの行ひ、の夢のしばしも忘れず、ふうに眼をとぢひんせんに心をみがきて、とし十八年くもりなきぎよく、打ちくだく大魔王は恋といふ胸のいちもつ。形を辰雄にり声を篠原にかりて、る時は誘ふしゆんぷう花ひらくその、ある時は指さすしゆううん月くらき天、いうを包みしたもとのさき、引きて伴ふ果てはいづくぞ。東西南北かげもなく形もなく、愛らしかりしさうけふゑくぼいづくに行きし、なつかしかりしゑんざんまゆいづくに行きし、さうせいまなこらいの口、又かゞやかず又らかず、こくしつの髪せつぱくはだへ、あれもなしこれもなし。寒風ふきしきるはんの月に、追へども見えず呼べども答へず、形見はとゞむる一封のふみに、残す手跡のうるはしきも涙。


第十回


 どつかと座すくわびんの前、あふれいづる熱涙はらひもあへず、にらみつむる眼光と散つて、取りしむるかひな、「くだけよこの骨、むしろ生れながらに指まがりすぢつまりてあらば、これにと志ざすこともなく、いりたぬ昔しに何をか願はん。なまなか陶画のすゐと呼ばれし、先師のぐわこうに一とたゝへられて、我れは売らねどおのづからは人も知る名、貧ゆゑうづもるゝ事くちしの念、我れ潔白の心に沸きて、願ふまじき名誉ねがひしはなにゆゑ、たのむまじき人頼みしは何故、くろふまじき不義のしよくこの口にみしは何故、るすまじきお蝶、不義の人に免るせしは何故。おのれ汝れこの腕この芸、心をまどはし目をくらまして、見えず悟らず今月今夜、お蝶不幸の家出はわざみがきし多年のふでゆゑに、最愛のいもところさするか、ねりし経営惨憺の苦は、じよくを我が身に染みこませしか、あざわらひし辰雄、あざけりし辰雄、声はれよ罪はなんぢよ。交りをつて悪声を出ださぬ、我れ君子の道は知らねど、受けし恵みのたいざんさうかいねん骨髄にとほれど恩は恩なり。彼れ奸悪の秘事この耳にして、まこと聞き捨てにすべきならず、世のため人の為正義の為、ふるふべきこぶしこゝにあり、秘蔵の短剣ひらめかして、あのむなもとを貫くも容易。さりとは無念やこの品物、この恩この恵み身をしばりて、向くべきやいばなくふるふべきこぶしなし。思へば恨らみは我れにあり、腕にあり芸にありこのくわびんにあり。憎くしくちあだかたきだいあくめ、おのれを砕いて辰雄も刺さん。汝れなくはなんの恩なんの恵み」と、こぶしをかためてつツママち上がり、見れば見れば月明りに、浮きて見ゆる金銀閣寺、すな一つすぢぽん心をこめぬところもなく、ましてぐりのきんなし。「あゝいくねんの苦の名残、ゑがきも描きたり我れながら、あつぱれだうめうの妙、この筆たえてつぐ人ありや。我れ道にりて十七年、惜しみに惜しみし名をるして、見よや海外のあをだま、来たれ万国の陶器画工、ほんていこくの一臣民、入江籟三まんの筆と、心に誇りし満足の品、これなんとして砕かるべき、これ何として砕かるべき。にもかくにも世に合はぬ身の、一生の思ひ出これにとゞめて、らんかやまの、それもくちし。お蝶ふたゝび帰りもせば、辰雄に邪心のなくもあらば、このしな保存もなるべきを」と、さうしゆいだいてためつすがめつ、ながる心こつとして、我れ画中にりたるか、ぐわ我が身に添ひたるか。お蝶もなし辰雄もなし、我慢もなし意地もなし、きんくわう我が身にかゞやいて、よもに沸くかつさいの声、につこと笑めば耳ちかく、

「籟三ぷつのつかひ道なし」と、聞こえ出づるは篠原か、「おのれ」と振仰ぐそでひかへて、「お風めすな」と優しき声、「うれしや、お蝶かへりしか」「にいさま、かしこもろともに」と、指さすかたは金閣寺銀閣寺、咲くや秋草てふとんで、たちわたる霧さりとては、我がきんなしにさも似たり。

 おもしろし面白し、かうりうつひにちうの物ならず、湧き来たる雲形のうちにたつなみの丸模様、のぼりう下り龍りうまる、蝶の丸花の丸はうわうの丸、をどりぎりくるひじしふたばあふひ、源氏車つちぐるま、ぼたんからくさ菊がら草、吉野龍田のもみぢに花に、「あれも美なり、これも美なり。お蝶も美なり辰雄も美なり、 中につひて我がふで美なり。これを捨てゝいづこに行かん、天下万人みな明きめくら、見すべき人なし見せてかひなし。我が友はなんぢよ、汝が友は我れよ、いざ共に行かん」といだきあげて、投げ出だすいつつひ庭石の上、かつぜんのひゞき大笑のひゞき。はんしようせいとほく引きて、残るものはへんぺんきんくわういちりんの月。

この著作物は1925年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。