すゞろごと
ナビゲーションに移動
検索に移動
ほとゝぎす
ほとゝぎすの声まだしらねば、いかにしてか聞かばやと恋しがるに、人の
ひ来て、「何かは聞えぬ事のあるべき。我が の にはとまりてさへ鳴くものを、夜ふけ にこゝろし給へ。近く聞く時は こゑあやしき に聞きなさるれど、遠くなりゆく声のいと哀れなるぞ」と教へられき。時は
き暦の にさへあれば、おのが時たゞ と心いさみて、それよりの な/\目もあはず、いかで聞きもらさじと わたるに、はかなくて は過ぎぬ。そのつぎの もつぎの夜もおぼつかなくて、 しか の頃にもなれば、などかくばかり物はおもはする、いとつれなくもあるかなと憎くむ/\ まつに弱らで を あかしゝに、ある暁のいとねぶうて、物もおぼえずしばし夢結ぶやうなりしが、耳もと近くその声あやまたず聞えぬ。まだ聞かざりし をさやかに知るは怪しけれど、疑ひなきそれと おしやりて、 れば又 こゑさやかにぞなく。 がよみつる歌の事などさま/″\胸に迫りて、ほと/\涙もこぼれつべく、ゆかしさのいと へがたければ、 の戸おして大空を あぐるに、月には横雲少しかゝりて、見わたす の若葉のかげ暗う、過ぎゆきけんかげも見えぬなん、いと しうもゆかしうも 身にしみて ながめられき。ぬれば歌よむ友のもとに して、このほこりいはゞやとしつるを、事にまぎれてさて暮しつ。 に入れば又々鳴きわたるよ。こたびは より しきりぬ。人の聞かせしやうに やかなる声はあらねど、 ものゝ哀れにて、げに恋する人の我れに聞かすなと言ひけんも ぞかし。おもふ事なき身もと、すゞろに鼻かみわたされて、日記のうちには のおもふこと しるして、やがて哀れしる人にとおもふ。
かくて
ばかり、 の なりけん、ゆくりなく ひ し友あり。いと しうて、今やこの事かたり ん、しばししてや かすべき、さこそは人の やましがるべきをと、嬉しきにも はゞかられつゝ、あらぬ事ども言ひかはすほどに、折しもかの 軒端に近う鳴く声のする。「あれ聞き給へ。 はこゞゐの森にもあらぬを、この たえせず声の聞ゆるが上に、ひるさへかく」と したれば、友は ときがたきおもゝちして、「何をかのたまふ」とたゞに言ふ。かく/\と語れば、「そは けがたき事」と かたぶき打かたぶきするほどに、又も うちしきれば、「あれが声を とや。いかにしてさはおぼしつるぞ、いとよき きざま」と、友は口おほひもしあへず みくつがへる。「いつも よりなきいでゝ夕ぐれまでは のものなるを、いかにしてさは聞き給ひけん、物ぐるほしくもおはしますかな」といよ/\笑ふに、「さにはあるまじ。いかで山がらすをさはおもふべき。あの ね聞き給へ、よもあやまらじ」と かしうなりて言へば、「月夜に寝ほうけて る時は常の声とも なりぬべし。今のなく は何かは異ならん。あれ見給へ、飛びゆく姿もさやかなるを」と指さゝれて、あはれこの いつも をなく物になりぬ。 めずは夢のをかしからましを。
|