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  • し、其の子忠政に至り、父に続ぎて武功を彰し、主家京極氏と対抗するに至るまでの事蹟を記したるものなり。 内容、最初浅井氏の祖新三郎重政、京極氏の旗下に属し、追々信用せられ、京極氏の重臣上坂治部大夫に重用せらるゝに至るまでの事蹟と、当時上坂治部大夫は、京極氏の重臣として武威を振ひし事蹟とを記し、治部大夫…
    3キロバイト (21,535 語) - 2024年2月3日 (土) 11:10
  • 此處は何といふ町かそれもわからない。道を曲つて、曲つて、暗い道、暗い道をあるいて來たのである。新京極から逃げて來てからあまり時間を經たとも思はない。しかし何分程經たといふこともわからない。 暗い道の辻を曲つた時、うどんそば手打と書いた赤い行燈を見て、ふと「手打ちだ!」と思ひ出すともな…
    16キロバイト (3,609 語) - 2021年12月14日 (火) 10:58
  • 誓紙一通可㆑被㆑下我等も一通可㆑捧と両使へ申渡されけれは二人の者共承備前守いにしへを思ひ出され早速承引したふ事誠に無我なる勇士なりとて備前守にいとまこひ上平殿に備前守口上の趣一々申上けれは京極殿をはしめ参らせ家老の面々もろともに悦ふ事はかきりなしやかて互に書状取かはし勢を小谷へ引揚け給ふ翌日十月二…
    81バイト (8,249 語) - 2024年3月25日 (月) 14:24
  • 「いつのことか一年先か、二年先か、その時にも私は落魄れ、孤獨で、その特殊な感覺に便〔ママ〕つて心を慰める不びんな男になつてゐないとはどうして斷定出來や〔ママ〕う。」 何を思つても展望のない私の心であつた。 三條から四條へかけての寺町通りは新京極
    19キロバイト (4,194 語) - 2021年8月31日 (火) 22:31
  • 京極殿の家を浅井尊敬せしめは指て恨所もこれなし其上屋形よりの仰として両御家老御越の上は兎角の儀京極公の仰次第と御返事可㆓申上㆒と申けれは高宮も久徳も尤よろしかるへきと同音一統して京極公への御請には浅井と闘諍に及ふ事も屋形の御家を古のことく可㆓取立㆒との事なり浅井京極
    81バイト (9,862 語) - 2024年3月25日 (月) 14:25
  • 00452 [詞書]京極前太政大臣の高陽院の家の歌合に、雪の歌とてよみ侍りける 治部卿通俊 おしなへて山のしら雪つもれともしるきはこしのたかねなりけり おしなへて-やのしらゆき-つもれとも-しるきはこしの-たかねなりけり 00453 [詞書]京極前太政大臣の高陽院の家の歌合に、雪の歌とてよみ侍りける…
    27キロバイト (5,334 語) - 2019年4月6日 (土) 01:32
  • 01045 [詞書]京極御息所かすかにまうて侍りける時、国司のたてまつりける歌あまたありける中に 藤原忠房朝臣 ふるさとにさくとわひつるさくら花ことしそ君に見えぬへらなる ふるさとに-さくとわひつる-さくらはな-ことしそきみに-みえぬへらなる 01046 [詞書]京極
    26キロバイト (5,175 語) - 2023年9月3日 (日) 00:39
  • 本書作者詳ならず。黒川蔵本写本を採収す。     大正四年十二月 黑川眞道 識       目次     浅井日記 本 浅井の先祖浅井京極合戦京極高清逝去京極家滅亡土岐範国京極を援く京極方敗北細川澄元同高国と合戦後柏原天皇御即位義晴征夷大将軍となる将軍石清水社参後柏原天皇崩御三好長基細川高国と合戦高国自尽後奈…
    3キロバイト (34,518 語) - 2024年2月3日 (土) 11:10
  • 井か許へ越ともかくも汝等かはからひ次第と宣へは二人の者共承り浅井か許へ馳来り京極殿の仰一々申上けれは浅井も内々京極の家を立置度との存念の上なれは不㆑斜悦て家老共の妻子を人質に取小谷へ人数打入ける其後小丸と中の丸との東よりに丸を一ツ拵て京極入道を請待申京極丸と名を付君臣の礼正しく尊崇する事かきりな…
    81バイト (9,387 語) - 2024年3月25日 (月) 14:25
  • 佐々木の舘へ引給ひ噯の筋目を被申けるに定頼とかく両御所の御下知次第に仕違背申しくと御請被申上ける此旨両御所はきこしめされいにしへの如く愛知川をかきり北は京極南は佐々木領分たるへし海より西両郡は志賀の郡は佐々木高島郡は京極家の領知たるへき旨かたく一札を取かはし双方一家の中和と成にけるそれより泰貞は…
    81バイト (10,891 語) - 2024年3月25日 (月) 14:24
  •   浅井三代記 第六 京極隠謀の沙汰の事 京極隠謀露顕の事 伊香郡磯野山山本山両城合戦の事 浅井箕浦の城を攻る事 江南六角江北京極小谷表へ出張の事 千田磯野大嵩の城夜込に乗取事 浅井備前守以智謀寄手を追ひ立る事   【 NDLJP:55】   浅井三代記 第六     京極隠謀の沙汰の事  …
    81バイト (9,093 語) - 2024年3月25日 (月) 14:25
  • いたつらに日を送り敵方へ人数を富せなはいかに悔とも益あらし所詮上平殿へ参上して家老の面々をすゝめ京極入道環山寺殿御病気にて御出馬被成かたく候はゝ御息高峰卿を大将に取立なは江北の旗頭共御先駆に可罷出なりからは浅井をやす〳〵と可討取いさ上平へ参上すへしとて泰舜泰信には不及申傍輩共にもしらせすしてひそ…
    81バイト (11,047 語) - 2024年3月25日 (月) 14:24
  • 妻のくだりに述べた。淀の邸に秀吉と逢ふ瀨瀨を樂しんでゐた淀君は、秀吉の天下を取つたのちにいよいよ榮えた。ついでながら、ここに妹のことを記しておかうなら、小谷の方の二女は京極高次に嫁し、三女は德川秀忠の夫人となつた。 淀君の畫像が、京都の養源院にあるが、ほん物かどうか判然としてゐない。然し、母の小谷の…
    9キロバイト (2,085 語) - 2019年2月26日 (火) 14:45
  • 京極殿(良經)も仰られけれ。俊成卿も源氏見ぬ歌よみは口おしとぞ判の詞にもかゝれて侍る。又狹衣の歌を源氏にまさりたりといふこと心うし。歌も詞もふしぎのもの也。及ぶもの有まじきとぞ順德院の御記にもあそばし侍るなる。時うつり風變ずることはりはさることなれども。歌よみの翫ばぬこと
    483バイト (6,363 語) - 2019年1月4日 (金) 15:49
  • 神代よりひさしかれとやうこきなきいはねに松のたねをまきけん かみよより-ひさしかれとや-うこきなき-いはねにまつの-たねをまきけむ 00615 [詞書]京極のさきのおほきおほいまうちきみの高陽院の家の歌合に、いはひの心をよみ侍りける 源俊頼朝臣 おちたきつやそうち川のはやきせにいはこす浪は千代の数かも…
    13キロバイト (2,607 語) - 2019年4月6日 (土) 01:32
  • みなおろかなる中に、さしも危き京中の家を作るとて寶をつひやし心をなやますことは、すぐれてあぢきなくぞ侍るべき。』また治承四年卯月廿九日のころ、中の御門京極のほどより、大なるつじかぜ起りて、六條わたりまで、いかめしく吹きけること侍りき。三四町をかけて吹きまくるに、その中にこもれる家ども、大なるもちひ…
    661バイト (6,397 語) - 2023年8月17日 (木) 10:09
  • 卷之中戀部 奧書 → 金槐和歌集 卷之下雜部 作者:源実朝   金 槐 和 歌 集   卷 之 下       雜  部   右之一帖者鎌倉右大臣家集京極中納言 定家卿 門弟此道之達者 云々 然最初雖部類在不審尙之間重而改之畢尤可爲證本類乎                             柳  營  亞  槐 判…
    112キロバイト (619 語) - 2023年12月14日 (木) 12:15
  •  私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉(こっぱ)みじんだろう」  そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩(いろど)っている京極を下って行った。 この著作物は、1932年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、著作権の保護期間が著作者(共同著作…
    17キロバイト (3,316 語) - 2023年10月24日 (火) 09:28
  • ひとりゆく事こそうけれふるさとのならのならひてみし人もなみ ひとりゆく-ことこそうけれ-ふるさとの-ならのならひて-みしひともなみ 01404 [詞書]法皇の御ふくなりける時、にひいろのさいてにかきて人におくり侍りける 京極御息所 すみそめのこきもうすきも見る時はかさねて物そかなしかりける…
    19キロバイト (3,785 語) - 2023年9月2日 (土) 21:53
  • 近衛貞弘といふ者乗りて、一度も堪らず流して、歩にて渡りにけり。一条京極にて渡りし馬に乗りて、下の社へ参りたりけり。後日に召して、纒頭たびける人怪しみければ、よく乗りたりとにはあらず、心高く乗らむと思ひ寄る纒頭なりとなん宣ひける。 京極大殿臨時客の日、尊者堀川左大臣(〈俊房〉)の随身敦久、六条右大臣前…
    174バイト (8,442 語) - 2024年2月10日 (土) 09:45
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