死刑宣告/父上の苦しみ給ひし事を苦しまむ

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父上の苦しみ給ひし事を苦しまむ
萩原恭次郎


頭蓋骨の割れ目を馬車は走つた
馬の顔には大きな眼孔がぽつかり開いてゐる
闇の中へ馬は足を上げてゐる
馬車の中には女の死体があつた
お腹には赤んぼの大きな瞳が見開かれてゐた
小さな手足はしつかり握られてゐた

私の寝台からは毎朝黒リボンの馬車が走り出す
私の食事からは朝毎に墓場のオルガンが鳴らされる
彼の女は父を忘れてゐる子供を生む
彼の女の蒼い顔は血管の中へ銀貨を流し込む
生活は飯にコロロホルムをかけてゐる
如何に月末を苦しまふと銀貨一枚鼠がくはえて来て呉れはせぬ
消費された女のお湯銭代と私の食費代を
誰に借りに行つたらいゝのか
天井がぬけて落ちさうな部屋に何物も期待するもの無く
広げられた新聞の広告欄には
「近来類似品や模倣品が沢山現れてをりますからお注意下さい。」

新聞紙をめくり向ふへやつて
この埃つぽい部屋に骸骨のやうに寝てゐる
ザク————ザク————ザク————ザク
また借金取りの足音が近づいて来る



この著作物は、1938年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。