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ら）いた窓際（まどぎわ）に腰掛（こしか）けていた。覆（おお）いを掛（かか）けたランプの光（ひかり）は藤椅子（とういす）に倚（よ）れる彼女（かのじょ）の上（うえ）に落（お）ち、其（その）美（うつく）しくも打沈（うちしず）める顔（かんばせ）の上（うえ）に逍遥（さまよ）い、房々（ふさふさ）としたる頭髪（か…

ょう）のことなぞを以前（いぜん）のように大騒（おおさわ）ぎしなくなった頃（ころ）には、光子（みつこ）さんともそう遊（あそ）ばなくなった。 　しかし、袖子（そでこ）はまだ漸（ようや）く高等小学（こうとうしょうがく）の一学年（がくねん）を終（お）わるか終（お）わらないぐらいの年頃（としごろ）であった。彼…

あいだ）に僅少（きんしょう）なる労（ろう）苦（く）を以（もつ）て速（すみやか）に得（え）たる浄潔（じょうけつ）は速（すみやか）に失（うしな）はれ且（かつ）汚（けが）されん。然（しか）れども多（おお）くの患難（かんなん）によりて達（たっ）し、長久（ちょうきゅう）の間（あい…

其時陣所（じんしょ）見廻（みまわ）りとして大野（おおの）修理亮（しゅりのすけ）治長（はるなが）が来た。 「上様（うえさま）には最早（もはや）、桜の御門までお出（い）でなされた、戦（いくさ）の首尾は如何（いかが）、お問合（といあわ）せに参つた」と修理は云ふ。…

ため）に善（ぜん）なる良心（りょうしん）により生（しょう）ぜらるる謙遜（けんそん）は愛（あい）と知（ち）識（しき）の表（ひょう）示（し）とならん。彼（かれ）に光栄（こうえい）と権柄（けんぺい）は父（ちち）及（およ）び聖神（せいしん）と共（とも）に今（いま）も何時（いつ）も世々（よよ）に帰（き）す。「アミン」。…

、三斎公は御薙髪（ごていはつ）遊ばされ候てより三年目なりしが、御茶事（おんちゃじ）に御用（おんもち）いなされ候珍らしき品買い求め候様仰（おおせ）含められ、相役（あいやく）横田清兵衛と両人にて、長崎へ出向き候。幸なる事には異なる伽羅（きゃら）の大木渡来いたしおり候。然（しか）るところその伽羅に本木（も…

代々（よよ）の帝（みかど）の大行幸（おおみゆき）　ありし歴史（れきし）をいたゞきて　浴室清（よくしつきよ）く町廣（まちひろ）く　天下（てんか）に知（し）らるゝ湯（ゆ）の驗（しるし） 浴後（よくご）の散歩試（さんぽこころ）むる　道後公園（とうごこうえん）あたゝかに　春風木々（はるかぜきぎ）を吹…

　大きな二本のエントツの舟から、ボートが二艘、荒浪の上におろされました。舟の上から、それを見送っている人々の中にまじって、私たちのお父さまや、お母さまと思われる、なつかしいお姿が見えます。そうして……おお……私たちの方に向って、白いハンカチを振って下さるのが、ここからよくわかります。 　お…

おおいびき）をかいていた。一つの蚊やに枕をならべている筈の喜三郎の寝床は空（から）になっていた。 いくら揺り起しても、七蔵はなかなか眼を醒まさないので、お関もほとほと持て余していると、そこへ喜三郎が外からぬっとはいって来た。彼はお…

固（もと）より好（この）む所（ところ）に非（あら）ざれども、既（すで）に双方（そうほう）の間（あいだ）に釁（きん）を開（ひら）く上（うえ）は、一国（いっこく）の栄辱（えいじょく）に於（おい）て捨置（すてお）く可（べか）らず、大義名分（たいぎめいぶん）は金（かね）のために誤（あやま）る可（べか）らず…

うえに乗せた。 「おまえさんのお寺はどこだね」と、半七はまた訊いた。 「時光寺でございます」 「むむ。時光寺か」 半七はあらためてその小坊主の顔を見た。彼は色の白い、眼の大きい、見るからに悧巧（りこう）そうな少年であった。 「じゃあ、このあい…

、黒紬（くろつむぎ）の紋附を着ていた。そしてもう藍原氏（あいばらうじ）かなという嫁があった。初め助太郎とかなとは、まだかなが藍原右衛門（うえもん）の女（むすめ）であった時、穴隙（けつげき）を鑽（き）って相見（あいまみ）えたために、二人は親々（おやおや）の勘当を受けて、裏店（うらだな）の世帯を持った。…

――おお、何という恐ろしい、女子（おなご）の執念であるのだろう？まことや、むかし、清姫は、蛇ともなり、口から炎を吐いて、日高川の荒波を渡ったとか――このお方を、このまま、すげなく突き放したならば、あられもなく、夜ふけの道を、さまよい出すに相違ない――お美しい目に、あの奇（あや）しい光、これは、尋常のことではない。…

りしものあらはるるなり。かくの如（ごと）く人（ひと）も黙想（もくそう）の恩寵（おんちょう）と節制（せっせい）の温暖（おんだん）に居（お）るときは、実（じつ）に多（おお）くの慾念（よくねん）より休止（きゅうし）せん、然（しか）れどももし世事（せいじ）に関渉（かんしょう）するならば、その時各（ときかく…

したよ。そのなかで肩あげのある者四人の身許を探索すると、入谷（いりや）の長屋にいる周悦（しゅうえつ）という今年十四歳の小按摩がおかしい。こいつは子供の時にいたずらをして、竹きれで眼を突き潰したので、片目あいていながら按摩になって、二十四文と流して歩いているうちに、馬道（うまみち）の下駄屋へたびたび…

つつ、「こは情なの犬殿かな。和殿も知らぬことはあるまじ、わが先祖（とおつおや）巌上甕猿（いわのえのみかざる）は。和殿が先祖文石大白君（あやしのおおしろぎみ）と共に、斉（ひとし）く桃太郎子（もものおおいらつこ）に従ひて、淤邇賀島（おにがじま）に押し渡り、軍功少からざりけるに。何時（いつ）のほどよりか…

なかに観音境内（かんのんけいだい）の遠見（とおみ）、よきところに銀杏（いちょう）の立木、すべて浅草公園（あさくさこうえん）仲見世（なかみせ）の体（てい）よろしく、六区の観世物の鳴物にて幕あく。――と上手（かみて）より一人の老人、惣菜（そうざい）の岡田（おかだ）からでも出て来たらしい様子、下手（しも…

て知識（ちしき）は己（おのれ）を此事（このこと）に試（こころ）むべき場（ば）合（あい）の此処（ここ）にあらはるるありとも、彼（かれ）は之（これ）に対（たい）して決行（けっこう）せざること疑（うたがい）なし、けだし多（おお）くの者（もの）は信仰（しんこう）により火（か）焔（えん）に入（い）り、火（ひ）…

行路雨（こうろのあめ） 雨ふれば泥踏（ふみ）なづむ大津道（おおつみち）我に馬ありめさね旅人 古寺雨（こじのあめ） 風まじり雨ふる寺の犬ふせぎしぶきのぬれにうつるみあかし 寒灯 ともすれば沈（しずむ）灯火（ともしび）かきかきて苧（お）をうむ窓に霰（あられ）うつ声 砂月涼（さげつすずし）…

七老人は半分あけた障子の間からうららかに晴れた大空をみあげながら云った。「江戸時代のお花見といえば、上野（うえの）、向島（むこうじま）、飛鳥山（あすかやま）、これは今も変りがありませんが、御殿山（ごてんやま）というものはもう無くなってしまいました。昔はこの御殿山がなかなか賑わったもので、ここは上野…