河底の宝玉

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目次

本文[編集]

一、差出人無き真珠の小包 ――父を尋ねる可憐の一美人[編集]

「こういう若い御婦人の方が貴方(あなた)様にと申して御訪ねで厶(ござ)います」
と、取次の者が、一枚の女形の名刺を呉田(くれた)博士の卓上(テーブル)に差出した。
夫(それ)を受取った博士は「なに、須谷(すだに)丸子(まるこ)、一向に知らぬ名だが、まア通して下さい。いや中沢(なかざわ)君外さなくてもよい、君も居た方が好い」
間もなく須谷丸子は確乎(しっかり)した歩調(あしどり)で、沈着の態度を裝うて我々の室(へや)に入って来た。金髪の色白の若い婦人である。背は小柄で、綺麗(きれい)な人だ。手袋を深く穿(は)め、此(この)上もなく上品に身を整えて居る。が、何処(どこ)やらに質素な風のあるのは余(あまり)に裕(ゆたか)な生活(くらし)をして居る人ではあるまい。飾りもなければ、編みもない燻(くす)んだ鼠色の衣裳、小さな鈍い色気の頭巾、その片側に些(ちょ)ぴりと挿(かざ)した白い鳥の羽根がそれでも僅(わずか)に若々しさを添えて居る。顔は目鼻立ちが整うて居るわけでもなければ、容色が美なる訳でもなけれど、その表情がいかにも温淑(おんしゅく)、可憐に満ち、わけても大きな碧色(みどりいろ)の眼が活々(いきいき)として同情に溢れている。自分(自分とは、中沢医学士のことなり、本書は中沢医学士の記録により著述せし故「自分」又は「予(よ)」という文字多し)は随分各国人に接して色々の女を観察したけれども、未だ此樣な優雅敏感の女を見た事がない。と同時に自分はまた斯(こ)ういう事も見遁(みのが)さなかった。それは博士が勧めた椅子に腰掛けた時に、彼女の唇が顫(ふる)え、その手が微(かす)かに戦(おのの)いていた事である。何か余程烈(はげ)しい心の苦悶を抱いて来たらしい。
偖(さ)て客は口を開いて、
「先生、私、先生の事をば私が只今御世話になって居りまする築地の濠田(ほりた)瀬尾子(せおこ)様から承って御伺い致しましたので厶います。何か一度家庭の事件を御願い致しました時に、大層御上手に、また御親切に御骨折り下さいましたと申しますことで」
「濠田瀬尾乎さん、はア、極く些細な事で、一度御相談に応じた事が有りました」
「でも、濠田様は大層感謝していらっしゃいます。私のは先生、其(その)様な些細な事では厶いません。ほんとに私、自分ながら私の話ほど奇体(きたい)なことが世に有ろうかと思うので厶いますよ」
「承りましょう」と博士は手を擦合せ、眼を光らせて熱心に椅子から体を乗出させる。
自分は少しく自分の立場に困ったので、「僕は些(ちょっ)と失礼します」
と立ちかけると、意外にも客は手袋の手を挙げて押止め、
「アノ、どうぞ、御迷惑でも御一所に御聞き下さいますれば幸福(しあわせ)なので厶います」
と言うので、またもや腰を下ろす。
「手短に事実だけを申上げますれば此様な訳なので厶います」と丸子は言葉をつぎ、「一体私の父は英領印度(インド)植民地駐屯の或聯隊(あるれんたい)の将校で厶(ござ)いましたが、私はまだ極く幼い折に母を失いまして英国には他に親戚も厶いませんので僅かの知辺(しるべ)を便りに、横浜のハリス女学校の寄宿舎へ入れさせられまして、そこで十七迄過しました。其卒業の年で厶います、父は聯隊の専任大尉で厶いまして、十二ケ月の休暇を得て上海(シャンハイ)に出て参りました。上海へ着きますると私に電報を打ちまして、久振りで早く逢い度い故(から)至急上海の蘭葉旅館(ランバホテル)へ来よと厶いましたので、私も急いで神戸から船で上海に行きまして、其旅館へ参りますと『須谷大尉様は確に当方へ御泊りでは厶いますが御着の晩些(ちょっ)と外へ御出掛けになりました限(き)り御戻りが厶いません』とのことに其の日は一日待ち暮しましたれど帰りませぬ。で、其夜旅館の支配人の忠告に基づきまして、警察へ捜索願を出だし翌朝の諸新聞へ広告も致しましたけれど、何の甲斐もなく、今日に至る迄も更に行衛(ゆくえ)が解りませぬ。父が印度から上海へ参りましたのは、安楽な平和な余生を見付けますためで、それはそれは希望に満ちて参りましたのに、それどころか却(かえっ)て其様なわけになりまして――」
と言いさして、堪(たえ)やらず咽(むせ)び返って了(しま)う。
「それは何時(いつ)頃の出来事ですか」
と呉田博士は手帳を開く。
「今から十年前の十二月三日で厶います」
「荷物はどうしました」
「旅館(ホテル)に残って居りましたが、手懸(てがかり)になりそうな物は一つも厶いませんでした。着物や、安陀漫(アンダマン)群島(印度と馬来(マレイ)半島との間、ベンガル湾中の群島)から持って参りました珍奇な産物なぞばかりで――父は其島の囚徒監視の為めに出張致して居りましたから」
「上海には御尊父の御友人はなかったのですか」
「私の存じまする所では僅(たっ)た一人厶いました。夫(それ)は山輪(やまわ)省作(しょうさく)様と申しまして、矢張り父と同様ボンベイの第三十四歩兵聯隊の少佐で厶いましたが、此方は父が上海へ参りますより少し以前に退職致しまして上海に御住居(おすまい)で厶りました。無論其当時山輪少佐にも御問合せ致しましたけれども少佐は上海に参った事さえ御存知ないとの御返事で厶いました」
「不思議な事件ですな」
と博士が言った。
「いえ、まだまだ不思議な事が有るので厶いますよ。六年ほど以前の四月の四日、東京英字新聞に『須谷丸子嬢の現住所を知り度(た)し、嬢の利益に関する事件あり」という広告が出ましたのです。然雖(けれども)広告主の姓名(なまえ)も住所も書いて厶いません。其頃私は現今の濠田様の御邸へ家庭教師に入ったばかしで厶いましたが、濠田様の御勧めに任せて其番地を新聞で答えたので厶います。しますると直ぐ其日の中(うち)に小包で一個の名刺函(めいしばこ)が誰からともなく私に宛て到着しました。開けて見ますると、非常に大きな真珠が一個(つ)入って居りました。それからと申すもの今日迄六年の間毎年同じ月の同じ日になりますと、一個ずつ真珠が届きまするが、差出人は更に解りませず、宝石商に鑑定して貰いますと、世に珍しい高価な物だと申しますので、コレ、此様に結構な物で厶(ござ)います」
と一個の平い小函を空けて差出しすのを覗(のぞ)けば、成程嘗(かつ)て見ざる真珠の珍品六個が潸然(さんぜん)と光って居る。
「実に面白い。それで他に何か新事実が起りましたか」
と博士が訊く。
「ハイ、それがツイ今日なので厶いますよ。そのために斯うして御伺い致しましたので厶います。実は今朝ほど此様(こん)な手紙を受取りましたので、何卒(どうぞ)先生御覧下さいまし」
「ドレドレ、そちらの封筒を先(ま)ず先に――消印は江戸橋局ですな、日附は十一月七日、ふン!隅に男の指紋があるが……多分配達夫のでしょう。紙質は最上等、一帖十銭以上の封筒です。これで見ると差出人は文房具に贅を尽す人らしい。さて本文は……差出人が書いてない。ええと、文句は、
嬢よ、今晩正七時、劇場帝國座入口、左より三本目の柱の処に待ち給えかし。若(も)し不用心と思召さば御友人二名を御同伴し給うとも苦しからず。貴嬢は或者より害を蒙らしめられたる不幸な御身の上なりしが、今宵の御会見によりて幸福の御身に立ち返り給うべし。ゆめゆめ警官をな伴い給いそ。警官を伴い給わば何の甲斐もなかるべし。――未知の友より。
成程、非常に興味のある怪事件ですな。須谷さん、貴女(あなた)はどうなさる御意(おつもり)か」
「否(いえ)夫(それ)を御相談致し度いので厶います」
「では無論参ろうではありませんか。貴女と私と――おお、中沢学士という適当な人がある。手紙には友人二名同伴苦しからずと有りましょう。此中沢君は始終俺(わし)と一所で働く人です」
「ハ、けれど行(い)らしつて下さいますか知ら」
と丸子は嘆願的の声と表情とをした。
自分は熱心に、
「参りますとも、私でも御役に立てば満足です、幸福です」
「まア、両先生とも御親切に有り難う厶います。私、ほんとに孤独(ひとりぼっち)で厶いましたから此様な時に御相談致す御友人(おともだち)とては一人も無かったので厶いますわ。では今晩六時迄に此方(こちら)へ上りまして宜(よろ)しゅう厶いましょうか」
「六時よりお遅れなさらぬように。ああ、もう一つ、此手紙の手蹟は真珠の小包の手蹟と同じでしょうか。違いますか」
「小包の方も皆持って参りました」
と六枚の包紙を差出す。
「ああ、仲々御用意の周到なことじゃ」
と博士は夫を卓上(テーブル)の上に広げて手紙の文字と比較して見たが、博士の意見では小包の方は悉(ことごと)く態(わざ)と手を違えて書てあるけれど、正に手紙の手蹟と同一人に相違ないと断定した。
「須谷さん、これは御尊父の御手とは違いましょうな」
「似ても似つかぬ手で厶います」
「そうでしょう。宜しい、では六時に御待受けしましょう。此等(これら)の手蹟は暫時(ざんじ)御預けを願い度い。事は熟(と)くと研究して見ましょう。今はまだ三時半です。では、サヨナラ」
「では後刻、御免遊ばせ」
と丸子は活々とした懐しげの瞥見(べっけん)を我々の顔に投げ、真珠の函を懐中(かくし)に収めて急ぎ出て行った。自分は窓際に寄って、巷を小刻みに歩み行く彼女の後姿を目送した。その鼠色の頭巾と白い鳥の羽根とが群集の中に消去る迄立ち尽したが、漸(ようや)く博士の方を振向いて、
「実に人の心を惹(ひ)きつける力のある女ですな……」
と感嘆すると、博士は再び煙管(パイプ)に火をつけながら、
「あの婦人がかね。フウ、俺(わし)は気が附かなかった」
「先生はほんとうに自動人形みたいです。時々先生の心は木石のように冷々となることがあります」と真面(むき)になって云うと、
「それが不可(いかん)。個人の質によって判断を偏頗(へんぱ)ならしむるのが、第一に好くない」
と、これから、問題の前には人間を単に一個の因子と見做(みな)すという例の先生の非人情論を聞かせられ、人は外貌(みかけ)によらぬものという実例を一つ二つ聞かせられ、最後に丸子の残し行きし手蹟の鑑定が有ったが、博士の観察によれば、苟(いやしく)も日常文字に携者は斯(かか)る乱次(だらし)なき筆法を忌む、此の手蹟は一面優柔不断、一面自惚(うぬぼれ)の筆法であると罵倒(ばとう)した。そして博士は尚お二三の調査事項が有るから、一時間ばかり外出して来ると出て行かれた。
自分は窓際に腰掛けたが、心は今日の美しき客の上に走って居た。――あの豊麗なる声の調子、彼女の半生を覆いし奇怪なる秘密、夫等(それら)が総て胸に湧いた。父の行衛不明の時が十七歳とすれば今年正に二十七歳である――旨味(うまみ)のある年頃だ。青春が其自覚を失い、人生の経験に触れて少しく落着いた生涯に入らんとする年頃だ。予は腰掛けたままそれから夫と沈思に耽ったが、ゆくりなくも或危険なる思想が頭の中に閃き出したので、衝(つ)と立上って我が机に走り寄り此頃研究中の最近病理学の論文の中に没頭せんと試みた。我れ何者ぞや、僅に医科大学を卒(お)え、大学院に籍を置く一介の書生の身にして、仮初(かりそめ)にも左(さ)る大それた事を念(おも)う無法さよ。然(しか)り、彼女は単位である、因子である――それ以上の者ではない。若し我が将来にして暗黒ならんか、男子決然とそれに対(むか)うのみ、なまじいに想像の鬼火を以てそれを輝かさんと欲せぬこそよけれ。


二、劇場前の怪馬車 ――濃霧衝きて何処へ行く[編集]

呉田博士が帰宅したのは五時半、甚だ上機嫌である。側(かたえ)の茶を啜りながら、
「此事件は大した怪事件でも何でもないらしい。一言にして説明し得べき性質のものじゃ」
「ハハア、ではもう真相がお解りになったのですか」
「いや、まだそう言われても困るが、併(しか)し一個(つ)の手懸りになるべき事実は発見した。俺(わし)はあれから英字新聞社へ行って、古い綴込を見せて貰うたところが、丸子嬢の話にあったボンベイ第三十四歩兵聯隊を退いて上海に住うて居った山輪少佐は、今から六年以前の四月二十八日に意外にも東京で死んで居るわい」
「それが何の手懸になるので厶(ござ)いましょう」
「驚いたな。ではこういう順序に考えて見給え。先ず須谷大尉が行衛不明となった。大尉が印度から上海に来て訪問するような友人というのは一人山輪少佐あるのみじゃ。然るに同少佐は須谷大尉が上海へ行ったのさえ知らぬと云う。其山輪少佐も四年後に東京で死んだ。其の日附は今も話した通り四月二十八日さ。処がそれから一週間も経(たた)ぬうちに、須谷大尉の令嬢は何者よりとも知れず高価なる贈物を受け、爾後(じご)六年間毎年続いて、終(つい)に今回の呼出しの手紙となったではないか。其の手紙は丸子嬢を称して『或る者より害を蒙らしめたる不幸なる婦人』と云う。彼女にとつて父の喪失以外に尚お何の不孝があるだろう。それに贈物が何故(なぜ)山輪少佐の死後直ちに始まったのだろう。こう考えて来ると、少佐の子か何ぞが或秘密でも知って居って、その弁償を丸子嬢に致さんと欲したもののようにも見ゆるではないか。それとも君には他に有力な解釈でもあるのか」
「弁償とすれば実に奇体な弁償ですなあ!それに其仕方が怪(おか)しいように思われますが!丸子嬢に手紙を送るにしても、なぜ六年前に送らなかったでしょう。手紙には今夜の会見によりて彼女が幸福を得るとありましたが、果して何(ど)の様な幸福を得るでしょうか。まさか父の大尉が生存して居るとも考えられませんが」
「矢張り難かしい、難かしい」と博士は沈鬱な口調で「併し今夜の探検で万事解決されるだろう。ああ、馬車が来た。丸子嬢が来たのだろう。君、支度が好ければ階下(した)に降りようじゃないか」
自分は帽子を冠(かぶ)り、頗(すこぶ)る重き杖(ステッキ)を取上げたが、見れば博士は抽斗(ひきだし)から短銃(ピストル)を出して懐中(かくし)に入れた様子、この分では今夜の探検は危険が伴うて居るように自分は思った。
博士と自分は、丸子の馬車に乗った。丸子は黒い外套を着て居た。其多感らしい顔は落着いては居たが蒼白(あおじろ)かった。斯る時にしも尚お多少の不安を感ぜざるものとせば、彼女は男優(おとこまさ)りと謂(い)わねばならぬ。而(しか)も彼女は完全に自己を制御して居た。そして博士の質問二三に対して躊躇(ちゅうちょ)なく答えをした。
「父は山輪少佐とは同じ安陀漫(アンダマン)島の軍隊を指揮して居りました所から、それはそれは少佐とは親密な間柄の様でしたよ。父の手紙の噂のないのは厶いませんでした。それは兎(と)に角(かく)、ここに父の行李の中から発見致しました変な一枚の紙片が厶います。何か書いてありますけれど誰にも其意味が解りませぬ。何かの御参考になるかも知れぬと存じまして、只今見付け出して参りました」
と嬢の差出す紙片を受取った博士は、馬車の中ながら膝の上に披(ひろ)げて皺(しわ)を伸し、例の二重の拡大鏡にて仔細に之を検査する。
「純粋の印度製の紙ですな。嘗(かつ)て板か何かへ針(ピン)で留められた跡がある。ここに描いてある図表は何か沢山の室、廊下なぞを持った或大建築物の一部の設計図らしい。紙の片隅に赤インキで書いた一個の小さな十字形が有りますな。はア、其上に鉛筆で大分消えてはいるが『左から三・三七』と書いてある。それから左の片隅には奇体な形象文字がある。四つの十字形が一列に列(なら)んで其腕が触合って居るような形じゃ。いや。其側にも何かあるわい。莫迦(ばか)に荒っぽい文字じゃな。なに『簗瀬茂十(やなせもじゆう)、真保目宇婆陀(まほめうばだ)、阿多羅漢陀(あたらかんだ)、波須戸阿武迦(はすどあぶか)――以上四人の署名によりて』とある。ふフウ、これが今度の事件と何の様な関係があるやら俺(わし)にはまだ解らぬ!併し何様大切な書類には違いありませぬぞ。これは多分手帳の中に丁寧に蔵(しま)われてあったものですな。さもなくて此様に両側とも綺麗な筈(はず)がない」
「仰有(おっしゃ)る通り父の手帳の中から見付け出しました」
「兎に角非常な必要品になろうも知れぬ故大切に保存なすった方が宜しい。いや、此事件は俺が最初に考えたよりは遥(はるか)に深く、遥に精巧なものかも知れん。俺は考え直す必要がありますわい」
と言った後は、博士は馬車の背に倚(よ)り掛って沈思黙考に耽り出した。自分は独り丸子嬢をお相手に、低声(こごえ)で彼此(あれこれ)と事件の噂をしつつ進んだ。
十一月の夕暮である。未だ七時ならざるに日は暗澹として暮れ、濃き細雨(こさめ)の如き霧が大都を覆い尽した。雲泥色(どろいろ)をした雲はぬかるみの巷の上に陰惨として垂れ下って居る。
銀座通りの両側、家々の瓦斯(ガス)や電灯は朦朧(もうろう)として光を散らす斑点の如く、粘泥(ねんでい)の舗石(しきいし)の上に弱々しき円形の微光を投ぐるのみ。商店の陳列窓の黄色の閃光は、蒸気の如く空気を劈(つんざ)いて、人通り繁き街衢(がいく)の上に変転恒(つね)なき陰暗たる光輝を撒いた。此等の狭き光の線を横切って疾飛する数多(あまた)の顏――悲喜哀楽種々(さまざま)の限りなき顔の行列を見つつ行く予の心には、言い難い畏怖凄惨(いふせいざん)の情が起った。顔は闇より光に飛び、光より闇に吸込まれる。其普通の印象に恐怖を感じたのではないが、憂鬱にして重苦しき黄昏(たそがれ)と目下身を置く不可思議なる仕事とが結び付いて我が心を圧迫し神経的ならしむるのであった。丸子嬢はと見れば、これまた同じ感情に窘(くるし)んでいる態度(さま)が歴歴(ありあり)と見える。此間にあって博士一人のみ、些々(ささ)たる刺戟から超越して居る。博士は膝の上に手帳を開き、絶えず懐中電灯の光の下に何をか書き留めつつある。
帝国座に着く。観客は既に両側の入口に充満して居る。前面大玄関には馬車や、自動車やの乗物が蝟集(いしゅう)して、盛装の紳士淑女を降ろしては行く。偖(さ)て我々が今しも指定の会合点たる三本目の柱に寄るが否や、早くも一人の馭者(ぎょしゃ)の服装したる小柄の色黒く敏捷なる男が挨拶した。
「ええ、貴君(あなた)様方は若しや須谷丸子さんの御連中では厶(ござ)いますまいか」
「私が丸子で厶(ござ)います。この御二方は私の御懇意な方で厶います」
と令嬢が進み出る。
男は驚くほど刺し透す如き、また疑問的の眼を我々の上に向けたが、稍(や)や頑固なる態度にて、
「須谷さん、御不礼は御宥(おゆる)し下さいまし。貴女(あなた)様の御連(おつれ)の方はまさか警察官では厶りますまいな」
「いいえ、盟(ちか)って左様ではありませぬ」
男は一声鋭い口笛を吹き鳴す。と、一人の別当が一台の四輪馬車に近付き扉を開く。我々に挨拶した男は馭者台に腰掛け、我々三人は夫(そ)れに乗り替える。腰をおろす間もなく、馭者は馬に鞭(むちう)って駆け出す。斯(かく)て我々は全速力を以て濃霧の巷を疾駆する。
思えば奇異なる位置にも身を置くものかな。我々は今未知の使命を抱いて、未知の地に駆けりつつあるのである。今宵の招待が欺瞞であらんとは思われざれども、全然否(しか)らずとも言い難い。或は却(かえつ)て良好なる結果を持来すべき旅行であるかも知る可からず、そもまた言い難い。丸子の態度は相変らず沈着である。相変らず決然としている、自分は其心を慰めん為めに、友人の南洋における冒険談を試みたが、自分の方が却て興奮していた為めに、話が屢々(しばしば)混線するのであった。
初めにこそ自分は馬車の行手に多少の見込みもあったが、稀(まれ)に見る濃霧の為めに何処(いずく)を駛(はし)りつつあるや解らなくなった。只随分長途でるという観念があるのみ。併しながら博士に至っては馬車が辻広場を過(よぎ)り、曲りくねれる小路を出入する度に其名を呟いて行く。「ははア、妙は方へ来たな。こりゃ本所の方へやって行くな……ソーラ果してじゃ……もう橋の上へ来た……河が微(かすか)に見えるだろう」
成程、墨田河の緩い流れが瞥乎(ちらり)と眼に入る。広い沈黙した河面に船の灯が揺めき居ると見たも瞬時、馬車は忽(たちま)ち橋を駛り越えて、再び向う岸の巷の迷宮へと衝(つ)き進む。
博士はつぶやいた。「はハア、此分では今夜の招待(おきゃく)は余り賑かな処ではないわい」
全く我々は何時しか怪しげなる郊外へ運ばれていた。陰気な煉瓦造の家が長く続いて、処々の隅に可厭(いや)に派手派手しい洋館が野鄙(やひ)な輝きを見せて居る。それを通り越すと、各々(めいめい)小(ささ)やかな前庭を持った二階造の別荘が列び、次にはまたもや目立つほどの新しい煉瓦屋の長い列が現われた――巨大なる帝都が田舎の方へニュッと伸ばした異形の触覚、それを伝うて我我は駛って行くのだ。兎角(とかく)しいて馬車は新しき露台のある一軒の家の前に駐(とま)った。近所の家は空家(あきや)らしい。馬車の駐った家と雖(いえど)も、勝手に窓を洩るる一条の光線(ひかり)のほかは総て黒暗々である。併し馭者の男がホトホトと訪(おとな)う声に、扉(と)は忽ち内より開かれて、一人の印度人らしい僕(しもべ)が現われた。黄色の頭巾、白きダブダブの衣裳、同じく黄色の腰帯――そういう東洋風の服装した男が、此辺の平凡なる郊外の家の入口を枠として突立った光景は変に何となく不似合な感じがした。
「大人(たいじん)、お待ち兼ねであります」
と僕が言う間もなく、奥の方の室より高い笛を吹くような声が聞える。
「真戸迦(まとが)よ、御客様を御通し申せ、ズッと此方(こちら)へ御通し申せ」


三、待受けた禿頭の異様の人物 ――亡父の秘密を物語らん[編集]

灯火微暗(ほのぐら)く、装飾俗悪なる一道の穢苦(むさくる)しき廊下が奥へ続いて居る。我々は印度人の僕(しもべ)に案内されて夫(それ)を進んで行く。右手のとある扉(と)の前に着くと、彼はそれを開く、黄色の光の波が颯(さっ)と我々の上に落ちた。そして光の中央に一人の背の低い男が突立って居る。背は低いが頭だけは莫迦(ばか)に高く尖(とん)がって居る。紅く硬(こわ)き毛がグルリと麓を取巻いて生え、其中にテラテラと禿げた頭頂(てっぺん)が聳えている形は、宛然(さながら)、樅林(もみばやし)の中の山峰に髣髴(さもに)たり。彼は突立った儘(まま)にて手を擦(こす)り合わせる。其顔面(かお)がまた絶えず疳症のようにビクビク動いて居る。或は微笑み、或は蹙(しか)め、一瞬時だも静止せぬ。自然は此男にダラリと垂下したる唇と、余りにも露出(むきだし)の黄(きいろ)い乱杭歯とを与えた。彼はそれを隠さんと絶時(ひっきり)なしに手を口の辺に持って来る。頭こそ思い切って禿げてはいるが、年輩はまだ若いらしい。後にて聞けば三十を越したばかりであったそうだ。
「須谷丸子さん、能(よ)うこそ御出(おい)で下すった、能うこそ……」と主人は細く高い声で幾度びか繰返し「御両君、能うこそ。これは私の私室、私にとっては狭いながらも一個の聖所であります。令嬢、実に狭いです。併し私の思い通りに飾ってあります。東京の郊外の砂漠の様な村に於ては美術の豪家(オーシス)です」
真に我々三人は此室の光景に驚かされた。斯(かか)る陰気な家の中に、斯る豊麗なる室の在るべしとは誰か思おうぞ。最も高貴なる、最も光沢ある窓帷(カーテン)や掛布は四方の壁に垂れ、其間の此処(ここ)彼処(かしこ)には、贅沢に装架したる絵画や、東洋の瓶(かめ)なぞが飾られてある。琥珀色(こはくいろ)と黒との混りの絨氈(じゅうたん)はいとも柔かに、いとも厚く、踏めば苔の褥(しとね)の如く足の沈む快さ、その上に斜めに敷かれた二枚の虎の皮と、室隅(すみ)の蓆(むしろ)の上に立てる大形の水煙管(みずぎせる)とは、一層東洋の豪奢を偲ばせる種(たね)である。銀の鳩の形したるランプは、殆(ほとん)ど弁分(みわ)け難き黄金の針金に繋がれて室の中央に懸っている。そして其光は一種微妙なる芳香を空気に漲らせる。
主人は依然顔面をビクつかせ、且(か)つ微笑みつつ、
「私は山輪周英(しゅうえい)と申します。貴女は無論須谷丸子さんでしょうが、この御両君は――」
「此方(こちら)が呉田医学博士で、此方が中沢医学士で厶(ござ)います」
「ああ、医師(ドクトル)でいらっしゃいますか」と彼は非常に興奮して「先生は聴診器は御持ちで厶いますか。何なら一つ御診察を御願い致したいもので、実は心臓が悪くないかと日頃そればかりが気掛りでしてな。失礼ですが、是非御診察下さい」
乞わるるままに自分は彼の心臓を診察したが、何等病気の徴候もない。只全身を戦慄(せんりつ)させている所にて見れば恐怖の為めに心身を顚倒(てんとう)させて居るのであろう。
「心臓に異状はありません。何にも御心配に及ばぬでしょう」
と言うと彼は急に嬉々(にこにこ)して、
「丸子さん、私の心配は一つ大目に見て頂きたい。私は長い事窘(くるし)みましてな、以前から心臓の弁に異状がありはせぬかと疑って居ったのです。只今の御診察で安心はしましたが、それにつけても憶(おも)い出すのは貴女の御尊父ですな。心臓を彼(あ)のようにいきませなかったならば、今でも御存命の筈であったのにと残念に思いますよ」
自分は嚇(かっ)として此男の面(かお)をピシャリと一つ擲(なぐ)ってやろうかと思った。此様な慎重を要する事件の最中にあって、何たる冷淡、何たる出放題の事を言う男だろう。丸子は椅子に腰を下ろしたが其顏は脣まで蒼白(まっさお)である。
「ええ、父は逝(な)くなったに違いないとは思うて居りました」と微(かすか)に言った。
主人は言葉をつぎ「貴女には今晩残らず御打明けします。それに或権利をも差上げます。同時に私もその権利を享(う)けます。兄の建志(けんじ)がどう申そうと関(かま)いません。貴女が此御両君を御連れ下すったのは甚だ満足です。啻(ただ)貴女の御力となるのみならず、またこれから私が為さんとする事、申上げんとする事の証人となって下さる事が出来る。これだけの同勢ならば兄に対して思い切った対抗も出来ます。このほかにもう局外者は入れたくない――警察官だの役人だのという者は真平御免です。此上他人の容喙(ようかい)なしに、我々は万事に円満に解決すうr事が出来ます。官吏が混るという事は兄に取って最大の苦痛なのです」
と低い椅子に腰掛けたまま、弱々しく水っぽい碧(あお)き眼で物を捜るが如く我々の方に瞬きする。
「貴君がどのような告白をなさろうとも、断じて他人へは洩らさぬつもりです」
と博士が言うた。自分も首肯(うなず)いてみせた。
「それで安心しました!安心しました!丸子さん、タスカニー産(でき)の赤葡萄酒(あかぶどうしゅ)でも一杯差上げましょうか。それともハンガリア産の葡萄酒はいかが。その他の葡萄酒はないのです。御所望でない。はア、止むを得ません。それならば些(ちょっ)と御免蒙り度いことがあります。私が此処で煙草(たばこ)を吸いますが御許し下さいましょうな。東洋の柔かな香の好い煙草です。どうも少し神経的になって居ますから、こういう時には水煙管が何よりの鎮静薬です」
彼は一本の小蠟燭(ころうそく)の火を大きな雁首(がんくび)に持って行く。と、煙が薔薇水(しょうびすい)を通って愉快げにずッずッと立ち騰(のぼ)る。我々三人は半円形に座を占め、頭を突き出し、頤(あご)に手を支(か)って固唾(かたず)を呑んで控えている。其中でこの突兀(とつこつ)たる禿頭を光らせた不思議なるヒクメキ男は、何とやら不安げに煙草を吸うのであった。
「今度私が此告白を貴女に対(むか)って致そうと決心した時に、自分の住所姓名を御打明けするのは何でもなかったのですが、多分貴女は此方の申出を胡散(うさん)に思召して、不愉快な警察官を御同行なさるだろう、ということを怖れましたので、そこで僕の旦助(たんすけ)に先ず御目に掛らせて、然る後に御面会を致そうという順序に致したのでした。私は彼の分別に悉く信用を置いていますから、彼は不満足であったらば其儘事件を進捗させぬよう実は命令しました。此様な用心を取りましたことは何卒(どうぞ)悪しからず。それと申すのが、父が上海から東京に移り死にましてからは、私は隠遁的の生活をして居りまして、自分でも申すも異なものですが、高尚な趣味を持った男と自信して居りますゆえ、私にとっては警察官ほど美的でないものはないのです。私は有(あら)ゆる俗悪な実断主義というものに、生れつき怖気(おじけ)を振って居ます。ですから俗人と交際することも稀であります。御覧の如く、身を置く住居なぞも多少高雅の空気を出して居るつもりでして、これでも自分から美術の保護者を以て任じて居るのです。それが私の弱点ですな。御覧下さい、その風景画はコロー(仏国の画か)の真筆です。このサルポトルロサ(伊太利(イタリー)画家)の絵には鑑定家も少し首を傾けるかも知れませんが、此方のブーゲロー(仏国の画家)に至っては断じて真物(ほんもの)です。私の趣味は近世の仏蘭西(フランス)派に傾いています」
「御言葉の中で失礼で厶(ござ)いますが」と丸子が口を出した。
「私共は何か貴君が御話しが御有りだと仰有(おっしゃ)いますので御伺い申したので厶いますが、もう夜も更けますことゆえなるべく御用の方は早く承り度う厶います」
「いや、御道理(ごもっとも)ですが、どんなに早く致しても、多少の御暇は掛ります。と申すのは兄の建志が遂この先の砂村の父の住んで居ました家に今も尚お居りますので、是非会うて頂かねばなりませんからです。勿論、御両君も御一所に、そして一つ兄を説き伏せて頂こうでは厶いませんか。私が正当と信じて取ろうと致した手段について、兄は非常に立腹して居まして、現に昨晩も大激論をやりましたが、否(いや)、彼が怒った時の猛烈さと申したら御想像には迚(とて)も及びません」
「砂村まで行くとしたらば、即刻出掛けられたらば如何(いかが)です」と自分は言うた。
主人は耳の根迄真紅(まっか)になるほど哄笑して、
「それは及びも附かぬ事です。そんなに不意に押掛けたら兄がまア何というか解りません。いやどうしても相当の準備をしてから御目に掛って頂かねばなりませぬ。第一、これからお話いたす事柄につきましても、未だ私の解らぬ点が数個所あります。ですから私の知れるままを御話し申すに過ぎませんのです」と云うて語り出す。
「私の父と申しますのは、定めてもう御推察でしょうが、曾(かつ)て印度の軍隊に居りました陸軍少佐山輪省作であります。父が退職しましたのが十一年以前、それから私共を伴い上海(シャンハイ)に参り、間もなく東京に移り、砂村に住居を定めましたが、印度で大分金が出来、莫大の金と珍奇な価値(ねうち)のある沢山の産物とを持って来て、土人の僕二三人を使って居ました。そして夫等の財産で家を買って非常に贅沢な暮しを致しました。私と兄の建志とは双生児(ふたご)でありまして、ほかに兄弟は一人もありませんでした。
偖(さ)て須谷大尉の行衛不明事件ですが、私は其時の騒ぎを能(よ)く記憶して居ります。詳細は新聞で読み、それに大尉が父の友人という事も知りましたゆえ、我々兄弟は父の面前で遠慮なく其噂さを致しますと、父も口を出して大尉の行衛につき色色想像説を闘わせたりなどしますので、父がまさかに其事件の秘密を胸の奥に隠して居り、全世界中父一人が大尉の運命を知っている人であろうなぞとは、夢にも思い及ばなかったのです。
併し其中に我々も或る秘密が――或る確実の危険が父の頭上に降り掛っている事を悟りました。父は一人で外出するのを大層怖がりましてな、毎時(いつも)二人の力強い拳闘家を雇うて日頃は門番として使っていました。今日貴君方を御迎えに出た旦助、あれが其一人でしたよ。父は何を怖れるのか我々には一言も申しませんでしたが、木の脚ですね、片脚の人などのよく使う、ああいう木の義足を持った者を一番嫌ったのは事実です。一度なぞはそういう男を途中で見掛けて短銃(ピストル)を撃ちかけた事なぞもありましたがな、これが何でもない注文取りに廻り歩く商人だったので、其口を塞ぐために大枚の金を取られたりなぞをしたのです。我々は単に父の気紛れとばかり思うていたのですが、其後に至って我々の想像を変らせるべき事件が出来(しゅったい)しました。
父が印度から移住後五年、即ち今から六年ばかり前の春の事でした。父の許(もと)へ印度から一本の手紙が届きましたが、これが父にとって大打撃の手紙であったと見え、朝飯の卓子(テーブル)でそれを読むなり殆ど昏倒し、爾来(じらい)死病に取り附かれたのでした。手紙の内容は更に解りませんでしたが、瞥(ちら)と見た所では文句は短く、且つ悪筆で認(したた)めてあったと思います。父は元来脾臓(ひぞう)の膨張する病気で窘んでいたのですが、夫(そ9れから段々悪くなり、其年の四月の末頃には医師からも見放され、父も覚悟致したと見えて、臨終に我々に告白する事があると言い出しました。
呼ばれて病室へ入って行くと、父は枕を力に稍(や)や起返り太い息を吐(つ)いて居ましたが我々の姿を見ると扉を厳重に内から閉めさせて、寝台の両側に腰掛けさせました。そして両手に兄弟の手を握って、苦痛と感動とで途切れ途切れになる声を絞って、実に驚く可き告白を致したのです。それを父の言葉通りに一つ御話して見ましょうか」


四、臨終の窓を覗く奇怪の髭面 ――天井の密室に五拾万円の宝石函[編集]

父の言葉通りだと、ことわって山輪周英は話を進める。
「父は斯(こ)う申したのです――己(おれ)は此臨終の時迄も心に押し冠さっている只(たっ)た一つの事がある。それは哀れな須谷大尉の孤児(みなしご)に対する己の処置だ。己は貪慾に呪(のろ)われて一生其罪のために窘(くるし)んだがここに須谷の嬢(むすめ)が少くも当然其半分を受くべき宝がある。それ迄をも慾深の己は横領して居ったのじゃ。それが我身の利益(ため)になったと言うと毫(すこし)もなって居らん――誠に盲目(めくら)で愚なものは貪慾という事じゃ喃(のう)、ただ宝を握って居るという事のみの嬉しさに、他人へ分ける事を能(よ)う為し得なんだのじゃ。見い、その規尼涅(キニーネ)の瓶の傍に、真珠を尖頭(さき)につけた珠数(じゅず)があるだろう。元々須谷の嬢に贈るつもりであったのが、それさえ手放し得なんだよ。だからお前達兄弟は、己に代って嬢に印度の宝を分けてやってくれ。が、己が死ぬ迄は何も贈ってはならぬ――珠数をやることさえならぬ。
そこでお前達に須谷大尉の死んだ真相を話して置こう。一体大尉は長年心臓を患うて居ったのじゃが、誰に隠して居ったが己一人が知って居た。所で印度在任中、己と大尉とは、或る特別な事情に繋がれて、莫大なる宝を手に入れる事が出来た。それを全部己が上海に持ち帰って居ったところ、翌年須谷大尉が印度からやって来て、其夜真直(まっすぐ)に己の所へ訪ねて参っての、宝の配分(わけまえ)を渡して呉(く)れいと申すのじゃ。彼はホテルから己の家まで徒歩(かち)で参ったそうで、大尉を迎い入れた者は死んだ良張陀(りょうちょうだ)と言う忠義な爺様(じいさん)であった。さて大尉と逢うて見ると、宝の配分の割合について意見が違い、終(しまい)には双方真紅(まっか)になって論じ合うという有様、其うちに嚇(かっ)と憤怒に襲われた大尉はスックと椅子から立ち上ったと思うたが、不意に手を胸へ当てた。顔色は次第に物凄く薄黒く変色する、やがてドタリと倒れたが、倒れる拍子に頭を其の場に在った宝玉函の角に強く打付け居った。己は驚いて跼(こご)んで見ると慄然(ぞっ)とした。彼は最(も)う息が絶えて居るではないか。
何(ど)うしたら好かろうと、己は長い間呆然として居縮(いすく)まっていた。無論真先に起った考えは、人を呼ぼうという考えであった。が、顧みれば此場の光景の総(すべ)てが、己が大尉を殺したとよりほか思われない。激論最中の死と言い、頭部の大傷といい、悉く己の不利益の証拠となる物のみである。それにじゃ、宝玉の一件は己が絶えず秘密秘密にと苦心して居ったのだが、弥々(いよいよ)其筋の者が臨検致すとなれば自然其秘密にも手が付くことになる。大尉自身の言う所によれば、彼が上海着の後の行動は、天地間未だ誰知る者もないとのこと。然らば彼の消息を強いて他人に知らしむる理由もない、と斯う己は考えたのじゃ。
そうは言いながらも尚おも思案に暮れて居った。其時顔をふと擡上(もちあ)げて見ると、何時の間にやら僕(しもべ)の良張陀が扉口(とぐち)に立って居るではないか。彼は忍足に室内へ辷(すべ)り込んで扉に閂(かんぬき)を掛け、こう言うのだ――大人(たいじん)、御心配し給うな、大人が大尉を御殺しになったことは誰にも知らせるに及びませぬ。屍体を隠して了(しま)えば此に上越す手段はないでは厶(ござ)いませぬか――で、己は自分が殺したのではないと言うたが、彼は頭(かしら)を振って微笑みながら、大人、老爺(おやじ)は残らず次の室で聞きました。喧嘩をなされた御声も聞きましたし、ドウと御擲(おなぐ)りなされた音も聞きました。併(しか)しそれを口外致すような老爺では厶りませぬ。今は家内中皆眠って居ますから、さア早く屍体を片附けましょう。と言い張るのだ。で己もツイ其気になって了うた。自分の日頃召使う僕にさえ無実を信じられぬ此身が、何で理屈一方の裁判所の陪審官の前に立って無実を弁明出来ようぞ。そう思うたから、己は老爺と手伝うて其夜の中に死体の始末をして何喰わぬ顔で居ると、さア四五日してから上海中の新聞が須谷大尉の奇怪なる行衛不明事件について大騒ぎして書き立てたわい。けれども喃(のう)、今の話でお前達も合点がいったろうが、己は彼の死に就て責めらるる理由(いわれ)は先ずない。ただ彼の死骸のみならず、宝玉迄も隠して、須谷の分配(わけまえ)を横領したという事実、これは全く己の落度であった。だから己は自分の死後其賠償をしたいのじゃ。兄妹(ふたり)とも、もっと耳を己の口端につけてくれ。其宝玉函の隠してある所はの――と云い掛けた其瞬間、父の顔色が颯と怖ろしく変ったのです。眼を荒らかに見据え、頤(あご)を垂らし、『彼奴(あいつ)を追払え!さア、早く追払え!』と叫びました。其声というものは未だに耳に付いて居ますな。父の見詰めたのは庭に向いた窓でしたから、我々は何事ぞと振向けば、こは什麼(いかに)、一つの人間の顔が闇の中から我々を覗いているのです。窓硝子に鼻を押付けた所の白々したのも認められます。何でも毛深い髭面(ひげづら)で、粗暴な残忍な眼を持ち悪意を集注したという表情をして居ました。我々兄弟は己(おの)れッとばかり窓へ突進しましたが、もう曲者(くせもの)は居りません。再び寝台の許へ戻って見ると、父はダラリと頭を垂れて居るので、脈搏を検(しら)べると全く止まって居ました。
其夜庭園内を隈なく捜索しましたけれども、曲者の闖入(ちんにゅう)したらしい形跡がない。只窓の直下(すぐした)の花壇の中に人間の片足の足跡が一つ有ったばかりでした。其足跡さえ無かったならば、我々は気のせいで彼(あ)の様な荒い怖ろしい顔を見たのだと定(き)めて了ったかも知れません。併しながら直ぐに他の、而(しか)も一層顕著なる証拠が現われて、或秘密の曲者が我々の周囲に徘徊(はいかい)している事が確実となりました。其翌朝の事です。父の室の窓が開けられて、戸棚や手函などが掻き捜されてある形跡を発見ひましたのみならず、父の死骸の胸の上に一枚の紙の切端が留めてあって、夫(それ)には『四人の署名』という字がなぐり書きにしてありました。何の意味やら、また曲者が何者やら更に当りがつきません。我々の判断致した所では、亡父の所持品は転覆(ひっくりかえ)しこそされたれ、何一つ紛失しなかったという事に止(とど)まります。我々兄弟は此奇怪なる出来事を、日頃父の抱いていた恐怖に結び付けて考えて見ましたが、今日に至る迄秘密は依然として秘密のまま、解決されず残って居るのであります」
主人はもう水煙草を点(とも)すのを止め、二三分間思案有りげに煙を吹く。予等(よら)三人は此異状なる物語に聴き惚れて黙然(もくねん)として坐せるのみ。丸子は父の死去の話を聞かせられた時は急に死人の如く蒼白な顔色となって、自分は昏倒するに非ずやと懼(おそ)れて、早速卓子(テーブル)の上の水罎(みずびん)の水を一杯勧めると漸く恢復した。博士は放心の体にて眼瞼(まぶた)をば輝く眼の上に垂らして椅子に背を倚(よ)らせて居る。其態(さま)を瞥見した自分は、今度は博士が少くも其智慧を極度に試験するべき事件に遭遇したのだと思った。山輪周英は自分の物語し譚(はなし)が、異常の感動を与えたのに得意の顔付をして、一人一人順次に眼を移しながら、再び煙を吹いて語り出した。
「既に御想像でもありましょうが、兄と私とは父の話した宝玉の件に夢中となり、数週間、数月間に亘って邸内を隈なく捜索したり掘ったりひましたが、更に出て参りません。其隠し場所が臨終の父の唇に残った儘永久に葬られたのを思うと気も狂うばかりでした。宝玉の立派さは前にお話した珠数を見ても判断が出来ます。此珠数に関しても兄と私とは小争闘(こぜりあい)を致しました。それに付いて居る真珠が実に高価な物であった所から、兄は手放すのを惜しがったのです。兄妹の恥を申す様ですが何方(どちら)かと言えば兄は多少父の欠点を受けついで居ましたからな。尚お兄の考えでは、若し珠数を手放したらば噂の種(たね)となって、飛んだ面倒が持上りはすまいかと心配したのです。それを何うにか凭(こ)うにか説き伏せて、丸子さんの御住所を捜り、珠数の真珠を一つ一つ放して毎年同じ月の同じ日に差上げたらば、令嬢も生活上の御困難もなかろうかと、漸く其策を実行したのであります」
「御親切な御考えであった。貴君にとって極めて善い事であっった」と博士が賞めた。
主人は残念そうに手を振って、
「我々は謂(い)わば令嬢の信托人であったのです。兄は兎(と)も角(かく)私だけはそう思っていました。財産は沢山あり、私はもう其上の利慾は欲しない。であるのに、うら若い婦人は其様な無情の境遇に置くのは非常に悪い趣味であると考えました。が、其問題になるといつでも兄と意見が違う。それで私は寧(いっ)そ別居が得策と、僕の旦助と真戸迦(まとが)爺様(じいさん)とを連れて一昨年から此の家に移りました。
所がツイ昨日の事です、一大事件が起りました。それは宝玉函がとうとう発見されたというのです。で、私は兄と相談して即刻丸子様(さん)にあの様な御招待の手紙を差上げました。ですから残る問題はこれから御一行に兄の宅へ参って各々(めいめい)配分(わけまえ)を要求すれば宜(よろ)しい。其意見は昨晩兄に申して置きました。其様なわけで、私共は兄に対しては余り歓迎すべき御客様でないかも知れませぬが兄も待受けては居るだろうと思います」
周英は話を切って、例の顔をピクピクさせながら贅沢な椅子に腰掛ける。自分等もこの怪事件の新しき発展に心を奪われて、依然沈黙を続けていいたが、博士が真先に飛び上った。
「貴君は初めから終り迄実に善(よ)うなすった。其代り我々は多分、未だ貴君にとって不可解なる暗黒の点に、幾分の光明を投じて上げる事が出来ようと思いますわい。兎に角丸子さんの言わるる通りもう時刻も遅いことゆえ、即刻運動に着手しようではありませんか」
主人は頗(すこぶ)る落着き払って水煙管の管を巻き収め、窓帷(カーテン)の背後(うしろ)から莫迦長(ばかなが)い外套を取出して残らず釦(ボタン)を掛け、耳まで覆う垂れの下がっている兎の皮製の帽子を冠って漸く身支度が済むと、露(あらわ)れてる個所は、感じ易い骨っぽい顔面ばかりである。
「私の体はども薄弱です、どうも病身になって了ったのです」
斯う言いながら、彼は玄関へと案内する。
馬車は既に玄関に待受けていた。一同が乗り移るや否や驀地(まっしぐら)に駆け出す。周英は車輪の響きを圧する高い声で、絶時(ひっきり)なしに喋り続ける。
「兄は怜悧(りこう)な男ですよ。まア宝玉の所在(ありか)をどうして索(さが)し当てたと思召す。第一に兄はどれが家の内にあると断定したのです。で、家中の汎有(あらゆ)る立方の空間を捜索し、また方々の尺を測って見て一寸でも喰い違いのあるかどうかを調べました。其結果の一つとして斯ういう事を発見しました。それは建物の高さが二十四尺ある、然るに各階の室の高さ、及び室と室との間隔なぞを総て合せて見るとニ十尺に満たない。つまり四尺という喰い違いが出来ました。此喰い違いは別の個所にはない。家の一番頂上にあるに定(き)まっています。そこで兄は一番上の室の天井へ穴を明けて見ました。すると何うでしょう、天井の上に誰にも知らさぬ様に作った一個の密室があって、室の中央に二本の組合さった桷(たるき)の上に、果して宝玉函が置いてあったでは厶(ござ)いませんか。早速天井の穴から降ろしましたが、兄の眼分量によれば、宝玉の価値は少くも五十万円を下らぬそうであります」
五十万円の大金と聞くと、予等は思わず円くした眼を見合せt。丸子にして若し果して正当の権利を享受するならば、今日の貧しき家庭教師の境遇より脱して、一躍最も富裕の相続人とんるであろう。これ慶すべきか、吊(とむら)うべきか、自分は恥かしけれども此時魂は自我の念に囚われ、心は鉛よりも重く沈んでいた。丸子に向って二言三言吃(ども)りながら祝辞を述べたのみ、後は山輪君の饒舌(おしゃべり)をもよそに鬱々として頭(こうべ)を垂れていた。此(この)周英君は確に依卜昆垤児(ヒポコンデリヤ)、即(すなわ)ち精神系知覚過敏の患者である。夢のように覚えているが、彼は病気の徴候を果しなく話し、藪醫者から貰った沢山の秘薬の処方と其作用について絶間なく述べ立てた。現に懐中(かくし)の中の鞣皮(なめしがわ)の小箱には夫等の薬が入って居るそうである。其晩予がした返答を彼は恐らく一つだも覚えてはいまい。博士の言う所によれば、自分は周英君に向て、カストル油剤の二滴以上を用いる危険を注意して居たそうである。それは兎に角、馬車が漸く一軒の門の前に止って、馭者が扉を開くべく飛び降りた時には自分はホッとしたのである。
「丸子さん、これが兄の家です」
周英君は丸子を扶(たす)け下ろしつつ斯う言った。


五、月光の室に物凄き生首 ――果然、宝玉函の紛失[編集]

今宵の冒険の此最後の舞台に予等が到着したのは十一時近くであった。帝都の冷湿なる濃霧は既に後(しりえ)に去り、夜は今麗(うらら)かに霽(は)れ渡って居る。一陣の温(ぬく)き風西方より吹き黒雲悠々空を過ぎゆくなべに、一片の半月其切月より折々下界を覗く。可成(かなり)離れても物象の弁別(みわけ)のつく明るさであったが、周英君は馬車の側灯の一つを下ろして予等の為めに途(みち)を照すのであった。
硝子(ガラス)の破片を植え込んだ頗る高い壁が、グルリと邸を繞(めぐ)って居る。入口は只一ヶ所、其処(そこ)には狭い鉄の釘絆(かすがい)した扉(と)が閉まっている。それをば我が案内人周英君は、郵便屋のような一種特別な叩き方をした。と、内(なか)から、
「誰方(どなた)だね」と怒鳴る苛酷な声がする。
「甚吉(じんきち)、己(おれ)だよ。漸く己の叩き振りを呑み込んだと見えるな」
何やらブツブツいう声が聞える、鍵のガチャガチャ鳴る音がする、扉は重々しくギーと開いて現われ出たのはズングリとした胸の厚(あつぼ)ッたい男、角灯の黄色の光は其突出(とびだし)た顔と、パチクリする疑深そうな眼とを照した。
「ああ、分家の旦那様ですか。けれど御連れの方は誰方ですか。貴君様の他の方についちゃア旦那様から何とも御命令(おいいつけ)がなかったですがね」
「御命令がなかった?驚いたなア!兄には、一所に二三人来るかも知れぬと昨夜(ゆうべ)ことわって置いたのに」
「旦那様は今日は一日中お居間から御出ましがないから、私も其様な事はまだツイぞ承りません。貴君も能く御承知の通り、お邸は規則が厳(やかま)しいのです。で、貴君だけはお通し申す事が出来ますが、お連れの方は待って頂かなくちゃアなりません」
周英君が困却して、連(つれ)の中には夫人も居る事だから殆ど哀願したが、門番先生頑として応じない。此門番が博士の旧知でなかったならば予等は一晩中往来に立往生したかも知れぬ。意外にも以前大学病院で難病を治療してやった事が発見されて、閻魔面(えんまづら)が忽ち柔(やわら)ぎ、漸く通して貰われたのは幸福(しあわせ)であった。
門内に入ると一条(すじ)の小砂利の路が荒れた地面をうねり曲って、一軒のヌッと聳えた家の方へ走っている。四角な殺風景な家で、総て闇の中に沈み、ただ其一角に月光が流れて一つの屋根部屋の窓を照しているのみである。陰暗として死の如き沈黙の中に突立っている宏大なる建物の姿は心に一種の戦慄を与えた。流石(さすが)の周英君さえ不気味と見えて、手に持つ角灯がガタガタと震えて居る。
「どうも解らない、何か間違いじゃないかな。兄には確に今夜訪ねると言って置いたのに、居間の窓には灯火(あかり)が射して居ない……あの月が射して居る所が兄の窓です。内は真暗のようじゃありませんか……ああ、玄関側の窓にチラと灯火が見えると仰有(おっしゃ)るのですか……あれは女中のお捨(すて)の室です。些(ちょっ)とここにお待ち下さい、一つ私が案内を乞いましょう」
と言う折りしも、大きな真黒な家の中より、物に驚いた様な女の悲痛極りなき鋭い泣声が洩れて来る。
「あれはお捨の声です。どうしたんでしょう」
と周英君は扉に駆け寄って、例の配達夫的の叩き方をすると、背の高い一人の婆様(ばあさん)が現れたが周英君の姿を見ると大悦びで体を揺すって、まア好かった好かったと叫びながら、二人の体は軈(やが)て扉の内へ消え、婆様の声も遠くなる。
後に呉田博士は周英君の渡し行きし角灯を静に振って、熱心に建物と、路を塞いだ山の様な土砂とを照し眺める。丸子は怖しさに自分の手を握って列(なら)び立って居る。怪しくも微妙なるは恋ちょうものかな。今闇に立てる二人は昨日迄相(あい)識(し)らざりし者、何等愛情の言葉、愛情の眼色をも交わさざりし男女である。而(しか)も今宵此難事件の最中にして、互に手は我れにもなく相手の手を求めて居るではないか。予は後にこそ顧みて驚いたが、其夜の其時は彼女にそう為向(しむ)けるのが最も自然の事のように思われたのである。丸子は後日屢々(しばしば)言うたところによれば、彼女もまた本能的に予に愛を求め保護を求めたのだそうである。斯うして予等両人は子供の如く手を連ねて立っていた。数多(あまた)の暗き秘密に囲繞(いにょう)されながら心は共に平和であった。
丸子は四辺(あたり)を見廻しながら、
「何という奇態な処でしょう!」と言った。
「まるで日本中の土竜(もぐらもち)が、此処から残らず逃出した様ですね。先生、私は西大久保の先の岡の中腹で、恰度(ちょうど)これと同じ状態(ありさま)を見ました。尤(もっと)も其処は人類学教室の連中が発掘した処でありましたが」
「否(いや)、此処も同様さ。これは宝さがしの痕跡(あと)だからな。考えても見給え、山輪兄弟は六年というもの宝玉を探して居ったんじゃ。地面が蜂の巣の様になるのも無理ではないのじゃ」
此時家の扉がサッと開いて、周英君が駆出して来たが、両手を前に突き出して眼には恐怖(おそれ)を湛えている。
「兄に間違いがあった様です!何うも驚いて了いました!私の神経ではとても堪りません」
という其態度(ありさま)は、全く恐怖(おそろしさ)に半分泣きくずれている。大形の羊皮製の襟飾(カラー)から露(あらわ)れて居るそのビクビクした弱々しい顔には、子供が威嚇(おどか)された時の様な繊弱(かよわ)い哀願的の色が浮出ている。
「兎も角も家へ入ろう」
と博士が例の底力のある声で、決然(きっぱり)と言うと、
「ええ入りましょう!」と周英君が「ほんとに私の頭はもう無茶苦茶になって了いました」
一同壁について玄関左側の女中部屋に入りみれば、お捨婆さんは慄え上って彼方此方(あちこち)と歩き廻っていたが、今しも丸子の顔を見ると余程心が落付いたものと見えて、
「まア何というお美しい温(おだや)かなお顔の方でしょう!」とヒステリー風に啜泣(すすりな)きながらも「貴嬢(あなた)が来て下すったんでほんどに安心しました。ああ私、今日という今日は寿命の縮まる位心配しましたよ!」
呉田博士は婆さんの働き労(つか)れた痩せた手を軽く叩いた。而(そう)して親切な女らしい慰めの言葉を二言三言囁いてやると、婆さんの蒼白(あおざめ)た頰にみるみる血の気が上って来た。
「旦那様は今日はお室に錠を下して御閉籠りになったまま、終日(いちにち)御外出(おでまし)にもならず御声もいたしませぬので、つい一時間ばかり前の事でございます。何か変事でも御有りになりはせぬかと思い、私は上って行って鍵の穴からのぞいて見たので厶(ござ)いますよ。周英様、貴君もまア行って御覧なさいまし、私は御当家には永い間御奉公しまして悲しい御顔も嬉しい御顔も見慣れて居りますけれども、まだ今夜の様な御顔をば見た事がありませぬ」
今度は博士がランプを執って先頭に立った。周英君は歯の根も合わず慄えていて到底(とても)始末におえぬ。階段を上とうとするのだが膝がガクガクして登られそうにもないので、予が腕を抱えてやるという始末である。登りながら博士は二度ばかり拡大鏡を取出して、階段敷の上の、我々には眼にも止らぬ泥濘(どろ)の汚点(しみ)と見える物の痕を仔細に検査して行く。其のランプを低め、左右に鋭き眼光を配りつつ、一段一段徐々に登って行く。丸子嬢はお捨婆さんと一所に、女中部屋に残っていた。
三個の階段を登り尽すと、やや長き真直なる廊下に出た。右手には大きな絵を画いた印度の掛毛氈(かけもうせん)が掛り、左手には三つの扉が次ぎ次ぎに列んでいる。博士は依然たる静な規則的な歩調で進んでゆく。其踵(かかと)に引添うて、予等二人も長き陰影を廊下の床に曳きつつ跟(つ)いて行く。三番目の扉が目指した室である、博士はコツコツと叩いて見たが何の返事もない。把手(ハンドル)を廻して開けようとしたが、内から太き閂(かんぬき)が掛けてある様子。併し鍵だけは回り、鍵穴も微(かすか)に明いているので、博士は体を屈めて見たが、忽ちホーと鋭い息を引いて立ち上った。
「中沢君、何かこれは此内で極悪の事が行われたに違いない。君はまア何と思う」
という声が今迄になき感動した口調である。
予は何事ならんと同じく身を屈めて鍵穴から覗いて見たが、余りの怖しさに思わずアッと跳ね返った。月光流れ入りて漠然たる変り易き光に満つる室内に、見よ、予の方をヒタと真向に眺めて、一個の人間の顔が空に懸って居るではないか。それより以下は陰影の中に没して見えざる故に、宛然(まるで)空に懸垂せりと見える其首級(くび)が、誰あろう、我が同行者山輪周英君の顔ではないか。突兀(とつこつ)たる禿頭、其周囲の剛(あら)き紅毛(あかげ)、血の気のなき顔色、似たとは愚か瓜二つである。但し此首級の方には怖しき微笑がこびり付いている。熟(じっ)と、不自然に歯を露(あら)わしたまま空(くう)に懸っている。其不気味なる笑顔を此闃寂(げきせき)たる月光の室に覗くのだから、顰顏(しかめづら)をされているよりは神経に慄然(ぞっ)と響く。予は余りの不思議さに急に四辺(あたり)を見廻した。すると真物(ほんもの)の周英君は正に判然と予の傍に顫えている。ハテ面妖な……と怪訝(けげん)に堪えなんだが、忽ち想い起した事がある。周英君と其兄建志君とは双生児(ふたご)であったのだ。
「実に怖しいですな!何うしたものでしょう」
と言うと、博士は、
「扉を打ち破るばかりじゃ」
そこで三人が満身の力を籠めて体を衝突(うちつ)け、足で蹴飛ばしするほどに、流石の閂もミリミリと折れ砕けて扉が開いた。予等は直様(すぐさま)飛び込んだ。
此室は一見科学の実験室にでも充てたものらしく、扉の正面の棚には硝子蓋の瓶が二列にならび、卓上(テーブル)の上にはブンゼン式火口(ひぐち)、蒸留器、試験管なぞが散乱している。室隅には柳細工の籠に入れて酸の罎(びん)が立っているが、其一つの罎が壊れたか漏るのか、黒色の液がドクドクと流れ出て空気はタールの如き一種独特の刺戟性の臭気に澱んで居る。室の片側には漆喰(しっくい)、木摺(きずり)なぞの破片の散乱した中に、一脚の踏台が立ち、其真上の天井に人間一人の体の通られそうな穴が明いて居る。踏台の裾には、長き一条の縄が乱雑に蜷局(とぐろ)を巻いて居る。
さて卓上(テーブル)の前の一脚の木製の肘掛椅子に、此家の主人山輪建志君が、手足を縮めて一塊の肉団となり、頭を左肩に埋め、思議す可(べ)からざる幽霊の如き蒼白の微笑を顔に浮めて蹲踞(うずくま)っていた。身体は既に硬直し、冷却し、明(あきらか)に死後数時間を経て居る。そして顔面のみならず四肢皆異様に歪曲し変化して居るように見受けられる。卓子の上に乗せた其手の傍に一個の奇体なる器械が横(よこたわ)っている――褐色の、木目塗りの棒であって、槌(つち)の如き石が剛(あら)き縒糸(よりいと)で其頭に縛り付けてある。其また傍に何やらん悪筆にて文字を認(したた)めた手帳の紙の切端が一枚ある。博士は一眼見て予に手渡して「見給え」と意味有りげに眉を挙げる。
角灯の光にて読んで予は戦慄したあ。文字は何ぞや。曰(いわ)く、
「四人の署名にて」
「これは殺人(ひとごろし)を意味するのだ」と博士は死骸の上に屈み掛りつつ「ああ、我輩が予期した通りじゃ。ここを見給え!」
と指(ゆびさ)すのを見れば、耳の直ぐ上の皮膚に、一本の針とも見ゆる長き黒き物が刺さって居る。
「矢張りこれは針だ。抜いて見給え。気を付け給えよ。毒が附いて居るから」
予は母指(おやゆび)と人差指とでそれを挟んで抜いた。存外楽々と抜けた。後には殆ど何の痕跡も残らぬ。ただ微笑な一滴の血潮が刺傷から滲み出したばかりである。
「どうも私にとっては何から何まで不可解の秘密ばかりで、段々秘密が暗くなるように思われます」
「いや、俺(わし)には反対に一秒一秒と真相が解りかけて来るわい。只全体の事件の連鎖の中に僅(ほん)の四五鐶(かん)まだ欠けている点がある。それを捜し出しさえすれば宜いのじゃ」
博士と予は此室に入ってから以来、周英君が連立って来た事を全然(すっかり)忘れていたが、今気付けば彼は尚お扉口に立ちしまま、両手を捻り合わせたり、独語(ひとりごと)を言うて唸いたり、何様魂の底まで怯え切った有様である。そうして居る中に、不意に鋭い叫声を挙げた。
「やや、宝玉函が無くなって居る!曲者(くせもの)が宝玉函を窃(ぬす)んで行った!あれが宝石函を下した天井の穴です。私は現に兄の手伝いをしました!兄を一番最後に見たのは私です!昨夜此室を出て階段(はしごだん)を降りながら、兄が此室の鍵を閉(か)うのを確に聞きました。
「それは何時頃であったろう」
「十時でした。ああああ、兄が殺されて見れば、警察官が来るでしょう、そして私が嫌疑を掛けられるでしょう。ええ、屹度(きっと)そんな事にある。雖然(けれど)御両君だけはまさか御疑念はないでしょうな。私の所業(しわざ)だなぞと御考えは下さらぬでしょうな。若(もし)犯人が私であったら、どうして今夜態々(わざわざ)貴君方をここへ御案内しましょう。ああああ、まるで狂人になりそうだ!」
と両手を突き出すやら、狂気の如く床を踏み鳴らすやら。
其肩を博士は親切に軽く叩きながら、「山輪君、何も其様にビクビクする事はない。俺(わし)が忠告するから、早速警察署へ馬車を走らせて警官に事情をお告げなさい。万事につけて警官の助けになるようにおしなさい。我々はここで貴君のお帰りを待つ事としましょう」
彼は半分夢中で其忠告に従うた。間もなく予等は暗い階段を走り降りる彼の跫音(あしおと)を聞いた。


六、天井裏の密室の臨検 ――驚くべき犯罪史上の新生面[編集]

二人限(き)りになると、博士は両手を擦り合せつつ、
「さア、中沢君、三十分だけは猶予が出来た。これを最も有効に利用しなくちゃならぬ。今も話した通り俺(わし)の見込は殆ど立って居る。が、無暗(むやみ)に信じ込むと失敗する。事件は一見簡単であるが、その底には或る深遠な意味が横(よこたわ)って居るかも知れぬ」
「此事件が簡単ですか!」
「確に簡単だ!」と博士は医学校にて臨床講義をする教授といった態度で「まア其隅に腰を掛け給え。君の足跡は方々につくと紛らわしくて不可(いけ)ぬ。好(よ)し、これからが弥々(いよいよ)活動じゃ!先ず第一に研究す可(べ)きは、曲者が如何(いか)にして此室に入り、如何にして出(い)で去ったかと言う点である。扉(と)は昨夜以来嘗(かつ)て開けられなかったそうだ。すると窓は何(ど)うであろう」とランプを持って窓に近寄り、予に聞かせるというよりは独語(ひとりごと)をする形で「窓も内(なか)から閉じている。枠紐の細工も仲々堅い。横手には蝶番(ちょうつがい)もついて居らぬ。開けて見よう。近い所に雨樋(あまどい)も掛って居らぬ。屋根は高くて届きそうもない。が、一人の男が窓から忍び込んだのは確じゃ。昨夜は少し雨が降ったらし。ソラ窓台の此刳型(くりがた)の上に一つの足跡があるだろう。ここには円い泥濘(どろ)の跡がある。この床の上にもある。ソラ、其卓子(テーブル)の傍にもある。見給え!中沢君!これは実に有力な実証じゃないか!」
予(よ)は円く判然と印せられた泥濘跡を眺めたが、
「これは人間の足跡ではないらしい様です」
「人間の足跡よりも我々にとっては一層有力なものだよ。此窓台の上に一つの靴跡のあるのが解るだろう。一つだよ。広い金の踵を持った重い靴に違いない。それから直ぐ其傍に木の義足のある跡のあるのも解るだろう」
「じゃ、片足の男でしょうか」
「そうそう、併し他にもう一人の奴が居る――つまり共犯者じゃ。君は此壁を目分量が出来るかな」
窓の外を眺むれば、月は依然建物の此の一角に輝いて居る。予等の居る室は地上を距る事約六十尺であろう。されど見廻した所、足場も無ければ、煉瓦に割目も無さそうである。
「此処を登る事は及びもつきません」
「手伝いがなければ到底不可能じゃ。併しここに室内に一人の同類があると仮定して見給え。其同類が、あの隅にある丈夫な縄を、この壁の大きな鉤(かぎ)に結び付けて地面へ降ろしたとする。したらば一本足にせよ、二本足にせよ、活潑な男であったらばそれを伝うて登って来られるだろう。勿論仕事をした後は同様の方法で降りてゆく。すると同類が縄を引き上げ、鉤から外し、窓をおろして内から閉め、最初に入って来た所からまた出て行くのは訳もあるまいではないか。それに斯(こ)ういう事も解る」
と件(くだん)の縄を弄(いじ)りつつ「その一本足の男は縄を登るのは巧みかも知らぬが、本職の航海者ではない。其掌(て)は航海者のように硬くはない。俺が今拡大鏡で見ると、此繩に沢山の血痕が附着して居る。殊に末の方になると甚(ひど)い。で、俺の考えでは、先生非常な速力(はやさ)で辷り降りる拍子に、掌の皮を剝(す)りむいたものと見えるのだ」
「成程、先生の観察はえらいものです。併し事件は益々(ますます)解(げ)し難くなります。其同類というのが、何うして此室へ入り込んだのでしょう」
「どうだ、その同類の事だナ!」と博士も思案有りげに「それが至極面白い点だ。俺は此同類の奴は我が日本に於ける犯罪史上の上に一個の新生面を開いたものと思う――尤もこれと同様の事件は印度にもあったし、阿弗利加(アフリカ)にもあったと覚えて居る」
「では、何処から入ったでしょう。扉は閉じてあるし、窓には迚(とて)も地上から手が届かないし、煙突から通ったのでしょうか」
「いや、火格子が狭くて煙突は通られぬ。が、俺にはチャンと通った路が解って居るじゃ」
「では何処からでございましょう」
「少くとも扉からでも、窓からでも、煙突からでもない。さりとて室内は此通りだから此処に潜伏して居りようもない。すると残ったとこは何処だ」
「屋根の穴から入ったのですか」と予は叫んだ。
「無論そうじゃ。それに違いない。君、御苦労だがランプを持って居てくれ給え、いよいよ一つの宝玉の隠してあった天井の密室を調べて見よう」
と博士は踏台の頂上に登り、両手で桷(たるき)を摑みヒラリと屋根部屋に登った。そして平匍伏(へいつぐばり)になってランプを受取り、予の登る間下を照して見せてくれる。
天井裏の此密室は十尺に六尺ばかりの広さである。床は桷の合間合間を薄い木摺(きずり)と漆喰(しっくい)とで固めたものゆえ、梁材(はり)から梁材を踏んで渡らねば危なくて歩かれぬ。天井は三角形をしている。其外は即ち此家全体の屋根の頂上となって居るのであろう。室内は何の器具装飾とてもなく、年古(としふ)る塵芥(ちり)の徒(いたず)らに床を埋めて居るのみである。
博士は傾斜せる壁の一個所を叩きながら、
「ソーラ、此処だよ、これが矢ねと通じている刎出扉(はねだしど)さ。こう押すと、ソラ、緩い傾斜を画(えが)いた屋根裏が見えるだろう。これがつまり真先に第一の曲者(くせもの)が忍入った扉だ。他にも何か手懸があるかも知れぬぞ」:とランプを低めて床を検査している中に、これで今宵(こんや)は二度目の驚絶愕絶の色が颯(さっ)と博士の顔にのぼった。予も亦(また)博士の見詰めた点を不図(ふと)見ると、一時に身内の血潮が凍るかと思われた。床に一面に印(つ)いているのは跣足(はだし)の足跡である。実に判然(はっきり)と印いている其足跡は、普通の男のそれの半分ぐらいの大きさしかない。
予は低声(こごえ)で「先生、同類は子供じゃないでしょうか」
其声に博士は忽ち我れに返って、
「ああ、流石(さすが)の我輩もこれには驚いた。併し考えて見ると何の不思議もない。俺はすっかり忘れて了(しま)っていたが、さもなければ此事あるのを予言したかも知らぬ。もう此処には検(しら)べることはないから、君降りよう」
で、再び元の兇行の室へ降りると、予は熱心に訊いた。
「では、あの足跡について先生はどうお考えですか」
「中沢君、君も少し自分で分解をやって試給(みたま)え」と博士は短気な声を出して、
「俺の方法はかねて知っているじゃないか。それを応用して見給え。君の考えた結果と、俺の考えた結果とを比較して見るのも有効だろう」
「どうも私には確(しっ)かりした見込が立ちません」
「いや、直ぐ解る。俺の見る所では、もう此処には格別大切な証拠も残って居るまいと思う。が併し、もう一応検(あらた)めて見よう」
と拡大鏡と巻尺とを取出し、例の長く薄き鼻を床板より二三寸の辺まで押付け、鳥の如き小粒の眼を輝かせて、或は比較し、或は検査する。其動作の軽快、沈黙、熱心なる事は、獲物を嗅ぎ分くる慣らされたる猟犬の如くである。博士にして若し其精力と才智とを法律の擁護に用いずして悪事に応用せんか、如何なる戦慄すべき兇悪を案出するだろう。予は傍観しつつそう考えずには居られなかった。博士は斯うして検(しら)べ廻りながら何をか独語(ひとりごと)をしてはいたが、終(つい)に一大歓呼の声を挙げた。
「もう占めたものだ。もう訳はないぞ。第一の曲者の奴、不幸にして結列阿曹篤(ケレオソート)(一種の油状液にて医用又は防腐用のもの)に蹴躓(けつま)ずいたのだ。ソラ、此処を見給え。此悪臭を放つ乱雑物(ごたごたもの)の右手に、其曲者の小さな足の爪先の形が附いているではないか。つまり蹴躓くずいたものだから、籠入りの罎が割れて薬が洩れ出したのだ。
「すると?」
「すると、曲者を捕えたも同然ではないか。俺は一疋(ぴき)の犬を知って居る。其犬であったら、此烈しい臭いを嗅ぎ嗅ぎ世界の端までも曲者を跟(つ)き留めるに違いない――が待ち給え!警官がやって来たようじゃから」
成程重々しき跫音(あしおと)と、声高の響きとが階下(した)より聞え、今しも広間の扉がドシンと閉まったところである。


七、驚くべし、死因は毒刺に在り ――死人に対する警部の誤解[編集]

博士は其音に耳を澄ましながら、
「警官が此室に来る前にちょッと君、この死骸の腕に触って見給え。それから此脚にも。どう思うか」
「筋肉がまるで板のように硬(こわ)いです」
「全く硬い。普通の死後硬直に比して収斂(しゅうれん)の度が遥に強いのじゃ。顔面の此偏枉(へんおう)と、此怪しい微笑との二つから、君は何(ど)のような断定を下し得るか」
「私の考えでは、死因は或激烈な植物性の亜爾加魯乙土(アルカロイド)(植物中に含める塩基性化合物)に帰すると思います。つまり或斯篤里規尼涅(ストリキニーネ)の如き薬物のために強直痙攣(けいれん)を起したので厶(ござ)いましょう」
「俺(わし)も此の顔面の縮小した筋肉を一眼見た時からそう思うたのじゃ。此室に入った瞬間、俺は直ぐに毒物が組織内に入り込んだ手段を考えた。君も知っての通り、俺は一本の刺(とげ)を発見した。これは余り大した力で頭の皮の中へ突き刺したものではない。見給え、これが刺さったところは、若し人が此椅子に真直に腰掛けて居たならば、其方向が丁度天井の穴から打込まれたことになるではないか。そこで刺を仔細に検べて見給え」
予は用心してそれを取上げて、角灯の光に照し眺めた。長く、鋭く、且つ黒色の刺である。而(そ)して尖端に近き所は或護謨性(ゴムせい)の物質が附着して乾燥せし如くギラギラとなって居る。鋭き尖端は小刀(ナイフ)にて手入れをし円形になしたる如く見える。
「これは日本で出来る針だろうか」
と博士が訊くゆえ、
「いや、全く違って居ります」
「これだけの材料が有ったらば、君も或正確な結論を下す事が出来るだろう。ああ、併し警官が登って来たわい。では我我手伝い連は退出(ひきさが)っても宜(よ)い」
斯く言いつつある間に、次第に近付き来りし人々の跫音は廊下に響きを立て、間もなく一人の鼠色の揃いの服を着た非常に頑健そうな男が、威風堂々として室内に歩み入った。此男は赭顔(あからがお)にて、肥満、多血質、頗(すこぶ)る小さけれども、絶えず瞬く鋭き眼を持って居る。後に続いて制服の巡査部長が一人、そして山輪周英君も相変らず汗みどろになって従(つ)いて来た。
さて肥満の男は鼻に掛った嗄声(しわがれごえ)で「ほオ、これは大事件だ!大事件だ!ところで此方々は誰方(どなた)かね」
「阿瀬田(あせだ)警部!俺に覚えがお有りの筈じゃが」と呉田博士が静かに言った。
「ああ、無論覚えて居ますとも!」とゼイゼイ声を出して「医学博士の呉田さんでしょう。貴君を忘れてなるものですか!従来種々の探偵事件に就いて、貴君が原因、結果、推理に関して講釈をして下すった事は能(よ)く覚えて居ます。貴君が我々に正しい探偵方針を授けて下すったのは事実だ。併し何でしょう。貴君が色々の事件に成功なすったのは、実際のところは善良な指導によると言うよりも、やはり其時の幸運による方が多かったのでしょう」
「なに、ほんの簡単な推理の結果に外ならないのですわい」
「はア、なになに、有体(ありてい)におっしゃっても少しも御恥(おはじ)ではない。それは兎に角、こりゃ何うしたものでしょう。こりゃ厄介な事件ですな!厄介な事件だ!事実が厳然として存して居って――理論の余地がない。私が他の事件で今日砂村に出張して居ったのは偶然とは云え実に幸福(しあわせ)であった!丁度警察分署に居ると訴えがあったのです!此被害者の死因については何と御考えですか?」
「否(いや)、これは理論の余地のない事件です」
と博士は素気がない。
「や、そうは仰有(おっしゃ)るが、貴君の理論も時々的中なさるのは我我も認めています。オヤ、入口の此壁は閂が掛けてあったと見えるな!それで居て五十万円の価値ある宝玉が紛失したとは奇怪だ。窓はどうでした」
「閉じてあったです、併し窓台の上には足跡がありますよ」
「宜しい、宜しい、窓が閉じてあった以上、窓台の足跡なぞは事件と何の関係もない。これは常識で解るのです。主人は或は痙攣(ひきつ)けたまま死んだのかも知れぬ。併し、宝玉の紛失という事があるな。はハア!なる程解ったわ。斯ういう閃光(ひらめき)は時々(じじ)私の胸に起る事がある。部長、少し室外(そと)へ出ていて下さい、山輪さんも何卒(どうぞ)。いや、呉田さんのお連れの方はそれには及びません。さて呉田さん、貴君の御意見は如何でしょう。彼山輪周英が陳述する所によれば、彼は昨晩兄と一所に居ったのです。で、私の考えでは、兄が痙攣けたまま死んで了った。そこで彼周英は宝玉を持ち逃げした。と斯ういうのであるが、どんなものでしょう」
「持ち逃げした後で、死人が御念にも起き上って、内から扉を鎖(とざ)したと言わるるのですか」
「フン!その点に少し間隙(すき)があるな。兎に角常識を以て一つ事件を判断して見ましょう。彼山輪周英が兄と同室に在ったト……兄弟喧嘩をしたト……兄が死んで宝玉が紛失したト……それで周英が室を立去って以来誰も兄の姿を見掛けなかったト……兄の寝床も手を付けずにあるト。ところで周英は明かに今日は周章狼狽(しゅうしょうろうばい)の体である。その顔付は――ふム、尋常ではないぞ。呉田さん、私は此周英の周囲に網を張って居りますぞ。而(しか)も其網の目が段々細くなる」
「貴君はまだ全事実をお摑みになって居らん。此木の刺(とげ)ですな、これは凡有(あらゆ)る理由から推して確に毒が縫ってあると信ずるのであるが、これが死骸の頭に刺さって居った。其跡が御覧の通りここに印(つ)いて居る。それから字の書いてある此紙片は卓子(テーブル)の上にあった。その傍には此様な石の頭のついた奇体な道具もあったのです。此等のものは貴君の理論に何のように適合するでしょうな」
「や、総て確認します」と肥満の警部は容体振って「此家には印度出来の珍物が一パイある。この刺なども周英が持って来たのであって、果して毒が塗ってあるとすれば、疑いもなく殺人用に供したものである。紙片の如きはほんの手品に過ぎぬものでしょう。只唯一の疑問は彼が室外に出(い)で去った方法であるが……ああ、無論そうだ天井にあんな穴がある」
と肥った体軀(からだ)に注意しながら、敏捷に踏台に登って例の屋根裏の密室に消え去ったが、間もなく刎出扉(はねだしど)を見付けたと言って悦び騒ぐ彼の声が聞えて来る。
博士は肩を聳(そびや)かしながら「先生にだって何かは発見出来るだろう。時々は推理の力が閃く事があるから!」
降りて来た阿瀬田警部「御覧なさい!事実は畢竟(ひっきょう)理論よりは有力ですぞ。本事件に対する私の意見は確定しました。屋根裏の密室には屋根に通ずる刎出扉がありますぞ。耳(のみ)ならず少し開いて居る」
「あれを開けたのは俺です」
「はア、そうですか!すると貴君もあれに御気付きですな」と少々鬱(ふさ)ぎこんだが、
「なに、誰が先きに気付いたにせよ、あれが確に曲者の出道に違いない。部長……」
「ハイ」と廊下から入って来る。
「山輪周英君に入って来るように伝えて下さい。ああ、山輪君、本職は職務上から一言注意するが、貴君が今後弁解をなさると却(かえっ)て貴君の為めに不利益となる。本職は貴君の令兄建志君の横死事件に関する嫌疑者として、法律の名によって貴君を捕縛しますぞ」
「ああ、こんな事だろうと思った!だから御両君にお話したじゃありませんか!」
と周英君は気の毒にも両手を拡げて煩悶(はんもん)の表情をなし、一同の顔をキョロキョロと見廻すばかり。
「山輪さん、さほど御心配のことはない。俺が多分其の嫌疑を晴らして上げる事が出来ようと思う」と博士が言えば、警部は慌てて口を出して、
「いや、理論家博士、余り大した御約束はなさらんが好いでしょう。大した御約束をなさると、屹度(きっと)後悔なさる。仲々此事件は貴君の御見込よりは困難らしい」
「阿瀬田さん、俺のつもりでは、独り山輪君の嫌疑を晴らすのみならず、昨夜此室へ闖入(ちんにゅう)した二人の曲者(くせもの)の中の一人の姓名及び其人相までをも御知らせする事が出来る、其姓名は簗瀬(やなせ)茂十(もじゅう)なる者である事は、各方面より推論して決して誤らざる所です。此男は余り教育なぞは受けず、身体矮小(わいしょう)、併し敏捷で、右の足が一本なく木の義足を穿(は)めて居るが、此義足の内輪の方が擦り減って居る。残った左足の靴は其処の爪先が角形で踵の方には鉄の帯が打ってある。年齢は中年、顔色は日に焼けて黒く、一度は懲役人であった。これだけの事実でも御知らせすれば随分御参考になるでしょう。それにもう一つ附加える事は、其男の手の掌(ひら)の皮が大分擦り剝けて居る筈である。そこでもう一人の曲者と言うのは――」
「はア、もう一人の男は?」
と警部は嘲笑気味で言ったが、併し博士の詳細なる説明には内心少なからず舌を巻いた気色が見える。
「何方(どちら)かと言えば不思議な人物です」と博士は踵でグルリと体を廻しながら言った。
「多分近々の中に二人とも御紹介出来るだろうと思うのです。中沢君、ちょッと話がある」
と予を廊下の階段の降口に導き「君、意外な事件のために我々の今夜の最初の目的の方が何処へか飛んで行って了(しま)った形じゃないか」
「私も今それを想い出して居りました所です。丸子さんを此様な恐しい家に留めて置くのは好くないと思います」
「全く好くない。君が家へ送り返す義務があるね。あの人は築地の濠田(ほりた)瀬尾子(せおこ)という婦人の家に住んで居るそうだから其家まで、若し君が送り返して来るなら、僕はここで待って居よう。が、君は疲労(くたび)れたろうなア」
「些(ちっ)とも疲労れは致しません。却って此の怪事件の真相をもう少し窮めなくちゃ休まれそうにも厶(ござ)いません。私も段々人生の暴(あら)っぽい方面を少しずつ見て参りましたが、先生、今夜のような後から後からと椿事(ちんじ)に衝突(ぶつか)っては流石(さすが)の脳神経も滅茶滅茶になって了います。何(いず)れにせよ、先生の御手腕で、もう少し事件の深い所を知りたいと思います
「俺も君に居て貰えれば、非常に好都合じゃ。そこで我々は我々で独立に働らこう。あの阿瀬田なぞは勝手な理屈を立て、其実(そのじつ)馬鹿げた事を大層な発見らしく騒いで悦んでいれば宜いのだ。そこで、君が丸子嬢を送り届けたらば、直ぐに馬車を城辺河岸(しろべかし)に駆って、呉服町三番地へ行ってくれ給え。そこの右側の三番目の家が仙助(せんすけ)という剝製屋の家でね、窓に鼬鼠(いたち)が小兎を咬(くわ)えている看板があるから直ぐ解るよ。君は仙助爺様(じいさん)を叩き起して、俺が宜しく言うたと伝えて、至急トビーを借り度(た)いと申込むのだ。そして一所に連れて来てくれ給え」
「犬ですか」
「そう、不思議な雑種の犬でね、物を嗅ぐ力は驚く可きものさ。俺はもう東京中の探偵に応援して貰うよりも、トビー一疋に加勢して貰うた方が何のくらい好いか知れないのだ」
「では、行って参ります。今午前一時ですから三時迄には戻られるでしょう」
「其間に俺は女中のお捨(すて)婆さんと、印度人の僕(しもべ)、ソラ、周英君が彼方(あっち)の屋根部屋に睡って居ると言うた奴さ。此二人を尚お検べて置こう。そうして置いて阿瀬田大探偵の方針を研究し、彼の拙(まず)い諷刺でも聴いて居よう」


八、深夜の馬車に恋の苦悶 ――帰りの馬車は犬と同乗[編集]

警官の乗って来た一台の馬車に扶(たす)け乗せ、予(よ)は丸子嬢を東京に送り行く事になった。女中のお捨婆さんはもう魂も身に添わぬ迄吃驚(びっくり)して居る。其傍に彼女は明い顔をして落着いて居た。実に我が傍に扶助すべき弱者がある限り、彼女は婦人特有の天子(エンゼル)の如き態度を以て、平静を装い、以て此難関に耐えて居たのである。併し弥々(いよいよ)馬車に乗ったらば、張り詰めし気のゆるみしにや初めてウンと昏倒した。昏倒から醒めるとサメザメ泣き出した。今宵の出来事がいかばかりか酷く繊弱(かよわ)き心を撲(う)ったのであろう。其時は予が冷かなる人間に見え、行く手の路は限りもなく遠く思われたと後から彼女は話した。して見れば彼女が予の胸の苦悶を推察しなかったのだ。予を控目にさせた自制の力に想到しなかったのだ。予の同情と愛とは、被害者の邸の暗き庭園で其手を取った時に彼女の方に奔流したのである。予は切に感じたが、今日の一日の奇しき経験は、多年の人生の習慣も教えなんだ事柄を予に教えた。それは、彼女の温雅にして将(は)た雄々しき心根である。併も其時二個の思想あって予の唇を緘(かん)し、予に愛の言葉を洩らさしめなかった。丸子は今心も神経も振蕩(しんとう)せられた繊弱く助けなき女である。斯る時彼女に愛を強いるのは余りに心なき惨酷の仕業である。一層都合の悪いのは彼女は金持である事だ。万一先生の探偵策にして成功したならば、彼女は莫大なる富を嗣(つ)ぐ人となるであろう。予の如き書生が此時に当って、偶然機会が齎(もたら)し来った親密を利用せんとする事は果して公正であろうか、正直であろうか。彼女は予を目して単なる下賎の慾張と見做(みな)しはせぬだろうか。そう考えられては堪まらぬ。何れにしても此未見の宝玉函が越す可からざる堡砦(ほさい)となって予と彼女との間を隔離して居るのである。
馬車が築地の濠田夫人の邸に到着したのは午前二時頃。召使等は夙(とく)に熟睡して居る深更の今頃を、女主人のみは電話で話して置いたとは言うものの丸子の今宵の成行に心を傷めつつも寝もやらず待っていた。年齢(とし)は中年にして、愛嬌のある夫人である。丸子の帰れる姿を見て急いで抱き擁(かか)えた柔(やさ)しき愛情、其無事を祝す母らしき言葉、主従というよりは友人同士と言った打解けた態度、何れも予に安心を与えた種(たね)である。丸子の紹介するままに、夫人は切に予を引留めて今日の顚末を聴かんと欲したが、予は博士の命令もあり、其余裕なき身とて、他日を約し強いて振切って其家を辞した。馬車の窓より振返れば、玄関に相縋(あいすが)り寄れる二人の姿も、半ば開きし扉も焼付硝子越しに輝く広間の灯(ともし)もよく見える。恐しき暗黒なる怪事件に心身を吸われ居る最中(さなか)にして、斯る平和なる家庭を眺むる事は、何という慰楽であろう。
怪事件と言えば、考えれば考えるほど其真相は暗晦渾沌(あんかいこんとん)たる姿を呈して来る。予は瓦斯(ガス)の灯孤(ひと)り瞬く寝鎮まれる深更の巷に馬車を走らせながら、奇怪なる事の成行を最初より繰返して追懐して見た。須谷大尉の死、丸子の受取った真珠の小包、彼女の在所(ありか)を探す新聞広告、丸子呼出の手紙――此等の問題は既に明瞭である。雖然(けれども)此等根本の問題は更に吾人を拉(らっ)して一層深き、一層悲劇的なる秘密の中に誘うて行く。印度の宝玉、須谷大尉の行李中より出て来た不思議なる図面、山輪少佐臨終の際の奇光景、宝玉の発見、それに続いた発見者の横死、犯罪の怪しき共犯者、不思議の足跡、珍しき毒刺と石器、須谷大尉の図面にありし同様なる怪文字の紙片――これ実に稀代の難事件に非ずして何ぞ。
博士から指定された呉服町へ馬車を急がせて、其処の三番地の剝製屋の仙助爺さんの家を叩き起す。暫時(しばらく)叩いてから漸く窓から顔を出した爺様、予を酔漢(よっぱらい)の浮浪漢(ごろつき)と間違えて、
「好(よ)し、いつ迄もそうして騒々しく叩いて居ろ。狗舎(いぬごや)を開けて四十三疋の犬を残らずけしかけてやるから……」
と強(え)らい剣幕で威嚇(おど)しまくったが、
「実は呉田博士から――」
と一言博士の姓名(なまえ)を言うと、成程大した功徳のあるもので、爺様急に柔順(すなお)になり、慌てて扉を開けて迎え入れてくれた。そして檻(おり)の鉄棒の間から首を出す貛(あなぐま)や鼬(いたち)を叱りながら予の用向を聴き、手燭を点(つ)けて幾つか列んだ狗舎の方へ導いた。彼処此処(かしこここ)の隅や割目から動物の目の怪しく闇に光る所を通り、桷(たるき)に棲(と)まった家禽共が夢駭(おどろ)かされて脚を変える下を進んで行った。
博士の望んだトビーは不格好な、毛の長さ、耳の垂れた犬であったが、雑種にて毛色は褐(とび)と白との斑(ぶち)、ヨタヨタした頗(すこぶ)る変梃(へんてこ)な歩態(あるきざま)をする。第七号の狗舎から引出されたのを、爺様から渡された砂糖の塊で吊って馬車へ一所に入れる。夫(それ)から急いで砂村へ着いたのは正三時。予の不在の間に門番の甚吉は従犯者として捕縛せられ、周英君と共に分署へ護送された由にて、門には二名の警官が見張りをして居った。


九、呉田博士の大軽業 ――薬臭を嗅ぎゆく猟犬の鋭敏[編集]

博士は玄関先きに両手を懐中(かくし)に、口にパイプを咬(くわ)えて待って居た。
「ああ、連れて来てくれたか!柔順(すなお)な犬だね!阿瀬田警部はもう行って了うた。君が行ってからの活動が大したものさ。先生、周英君を捕縛するのみならず、門番を縛(あ)げる、女中を縛げる、印度人の僕(しもべ)を縛(あ)げる。皆な引張って行って了うた。併しもう階上(うえ)に警官が一人残って居るだけでこれからは我々の世界だ。犬を其処へ繋いで階上へ行こう」
で、トビーをば広間の卓子(テーブル)に繋ぎ、階段を登って行った。兇行の室は、死骸に敷布(しきふ)を覆い掛けただけにて他に変りはない。疲労(つか)れた顔をした警官が一人片隅の椅子に凭(もた)れて居た。博士はそれに向って、
「ちょっと貴君の角灯を貸して頂き度い。それから此紙片を何卒(どうぞ)俺(わし)の首の周囲(まわり)から、胸に垂れるように掛けて下さい。有難う。ところで靴と靴下とを斯う脱ぐから、中沢君、君これを下へ行く時持って行ってくれ給え。もう一度天井の部屋へ登って見たいから、俺のこの半巾(ハンケチ)をその結列阿曹篤(ケレオソート)のなかへ浸して下さい。それで宜しい。君も一所にちょっと登って見給え」
両人(ふたり)あ再び天井の穴を潜って密室に登る。博士は又もや角灯の光を床の塵埃(ほこり)の上の足跡に向けて、仔細に何をか検べて居たが、
「中沢君、君には此等の足跡について、何か特徴のある点が解るかね……此処を見給え!之は曲者の右の足跡だから。ところで僕の跣足(はだし)の足跡をその傍へ斯う一つ附けて見る。両方の主なる相違(ちがい)は、どの辺に在るじゃろう」
「先生の足跡の方は指が皆一所に緊付(くっつ)いて居る。曲者の方ののは一本一本離れて附いて居る」
「そうそう、そこじゃ。それを能(よ)く記憶して置き給え。さて今度は、君、其刎出扉(はねだしど)の所へ行って木造部の端を嗅いで見てくれ給え。俺(わし)はここに半巾を持って斯うして立って居るから」
其言葉通りにして見ると、忽ち強いタールの如き臭いが鼻を衝(つ)く。
「其扉がいよいよ曲者を逃出した路と定(き)まった。君が臭いを嗅ぎ当てるくらいなら、あの犬なら尚お更じゃ。さア、君は階下(した)へ走り降りて犬を解くのじゃ。そして我輩の軽業を見物してくれ給え」
予が庭へ降り立った時には、博士も既に屋根に登って居た。下より仰げば博士の姿は徐々として屋根棟を匍伏(ほふく)する大きな山蛍のようである、煙突の背後(うしろ)に一旦消えたと想ったら忽ち再現しあが、間もなく又向う側に見えなくなる。で、向う側へ廻って見ると、博士は一方の隅なる檐(のき)に止まって居た。
「中沢君、此処が逃げ降りた所だよ……その黒い物はなにか、天水桶か……梯子は有りそうもないね……と、フウ合点が行かぬな!此処は非常に危険な個所だのになア。併し曲者が登った跡ならば、我輩だって降れぬ道理はない。雨樋は随分緊固(しっかり)して居るね。兎に角、やッつけて見よう」と、博士は雨樋を伝って降りようとする。
足裏の摺れる音がガサガサと聞える。角灯が壁を伝うて急速に降りて来る。と思う間もない、博士は翻然(ひらり)と軽く天水桶の上へ、そこから更に地面に飛び降りた。
世の持って来た靴下と靴とを穿きながら「曲者を跟(つ)けるのはもう訳ない。その通路(とおりみち)の瓦は皆緩んでいる。そして余程慌てたと見えて此様な物を落して行き居った。君等医師(ドクトル)の言草ではないが、これで俺の診断もピタリと当ったわけじゃ」
と差出したのは、草織りの一個(つ)の小型の革嚢(かわぶくろ)、派手な珠数玉が五つ六つ付いて居る。形状(かたち)も大きさも先ず煙草入ぐらい。内(なか)を検(あらた)めると、六本の黒い木製の刺が入って居る。一端が円く、一端が尖り、正に建志を刺したものと同一物である。博士の言うには、
「こりゃ実に兇悪な品物じゃよ。間違うて手でも刺さぬように注意し給え。兎に角これが手に入ったのは幸福(しあわせ)であった。つまり毒刺が弥々(いよいよ)曲者の所有であったことが偶然解ったからね。これからが戦場じゃ。中沢君、君はこれから六哩(マイル)ほど走る勇気があるかね……有る……だが足が言うことを聴くかな……聴く……では宜しい……おおおおトビー君、好い犬(こ)だ。好い犬だ!嗅いでくれ、嗅いでくれ!」
と犬の鼻先へ結列阿曹篤(ケレオソート)の浸みた手巾を差出すと、犬は柔毛(やわげ)の生えた足を踏張り、頭を変に聳(そび)やかしてフンフン嗅ぎ出した。斯うして匂いに慣らされた博士はやがて手巾を遠方へ投げ棄て、犬の首輪に頑丈なる革紐をつけて、水桶の麓へと引張って行く。と、犬は忽ち高き震える様な吠方(ほえかた)を続け、尾をピンと張り鼻を地面に擦り付け擦り付け、同じ匂いを嗅ぎ嗅ぎ、庭内の踏付路を革紐の張れる限り張って駆け出す。予等も全速力にて駆け出す。
時しも東の空は次第に白み始め、冷かなる灰色の光の中に四辺(あたり)の物も朦朧(もうろう)として浮び出ず。黒き人なき窓、高き趣味なき壁、かの四角なる巨大の家は、悲くも孤独の姿を横えて予等の背後(うしろ)に在り。予等は溝、穴などの縦横に掘られし凋萎敗残(ちょういはいざん)の庭を横ぎりて進む。
境界の煉瓦塀に達すると、犬はクンクン嗅ぎながら其陰影に添うて走ったが、一本の若樹の橅(ぶな)の生えた一隅に来るや突然立ち止まった。其処は煉瓦が所々緩みて、恰(あだか)も梯子の代用の如き足掛りが幾つか出来て居る。博士は犬を引張った儘それを攀じ登る。予も続いて登り行く。
「ここに片脚の男の手の跡があるぞ」と博士は早くも眼を付けた。「見給え、白い漆喰(しっくい)の上に血の汚点(しみ)が附いているから。それにしても昨日以来大雨の降らぬのは実に幸福じゃ!此分では例の匂いも既に二十八時間経過しているけれども、以前道路に浸みて居るだろうと思う」
白状すれば予は、縦横無尽に蜘蛛手(くもで)の如く大都を貫通する東京市中の往来を、如何に鋭敏なりとも此犬が嗅ぎ分け得らるるものぞと疑うた。が、其心配は間もなく霽(は)れた。煉瓦塀を飛降りるや否や、我がトビーは嘗(かつ)て躊躇せず、嘗て踏み迷わぬ。彼特有の鶩(あひる)の歩く如き姿勢を以てヨチヨチと走り進んで行く。確に結列阿曹篤(ケレオソート)の強烈なる匂いは、往来の他の雑多の匂いを圧して彼の鼻を刺戟するに相違ない。
予は走りながら、胸に溜っていた疑問を博士に訊ねる機会を得た。
「一体、先生がどんなに詳く片脚の男と鑑定を付けられたのは何(ど)ういう理由で厶(ござ)いますか」
「それは君、何でもない簡単な事だ。凡(すべ)てが明々白々さ。先ず考えて見給え。印度で懲役人看守の役をしていた二人の将校が、埋れて居る宝玉に関する或る重大な秘密を聞き知ったのだ。彼等の為めに英国人の簗瀬茂十なる者が一枚の地図を引いた。と言うのは、須谷大尉の行李中から現われた地図に簗瀬茂十という名が書いてあったのを君も覚えているだろう。茂十は自分と他の三人の仲間との為めにそれへ署名をして置いたのだ――気取って『四人の署名』と時々書いてあったのは夫(それ)なんだ。此地図を頼りにして須谷、山輪の二名の将校――若(もし)くは其中の一人――が埋れた宝玉を掘り起してそれを上海に持って来たのだね。だが察する所、其将校は茂十等に対して約束の報酬をせずに上海に来て了うたらしい。然(しか)らば茂十自身が何故宝玉を手に入れなかったのか。其答えは明白である。地図に記載されてある日附を見ると、丁度須谷大尉が懲役人を看守して居った時代の日附になって居る。即ち茂十等は其頃懲役人であって身体の自由を得なかったが為めに、自分から宝玉を手に入れる事が出来なんだのじゃ」
「併しそれは推察に止まるので厶(ござ)いましょう」
「単に推察のみではない。諸(もろもろ)の事実を覆うところの仮説はそれ以外にないのじゃ。まアどの辺まで其仮説が結果と符合するかを見給え。山輪少佐は数年間というものは、宝玉を握って安全に幸福に暮して居った。すると或日印度から一本の手紙が舞い込んだ。それを見ると先生大恐慌を来した。さアこれは何故であろう」
「少佐が損害を加えて置いた懲役の者共が、放免になった報知(しらせ)の手紙かなぞではないでしょうか」
「放免か、然(しか)らずんば脱獄じゃ。脱獄と見る方が有力らしいテ。何故というのに、少佐は彼等の服役期間くらいは夙(と)くに承知の筈じゃから、今更手紙が参ったとて驚く筈がないではないか。それを大恐慌を来したというのは、彼等が脱走して予想外に早く自分の面前に現われ来らんとしたからじゃ。事茲(ここ)に至って少佐は如何なる策を取ったものであろう。彼は先ず片脚の木の義足をして居る男を用心し出した――断って置くが、それは印度人では無うて白人だよ。何故というのに、少佐は白人の行商人を見て其男と思い違え、短銃(ピストル)を撃ち掛けた事まで有るのを以ては判断しても解る。ところで地図に書いてある四人の姓名の中、白刃の名は『簗瀬茂十』一人のみである。他の三名に至っては、宇婆陀(うばだ)、漢陀(かんだ)、阿武迦(あぶか)なぞと言うて、何れも印度人または回々(フイマイ)教徒の名である。即ち片脚の男とは簗瀬茂十に他ならぬという事が確乎(かっこ)として立証さるるではないか。それとも俺の推理に何か申分があるだろうか」
「厶(ござ)いません。実に簡単明瞭で厶います」と今更ながら自分は感服して答えた。


一〇、驚く可き推論は当るか当ぬか ――猟犬トビーの滑稽なる失敗[編集]

博士は言葉を継ぎ、
「さて今度は仮りに自分が簗瀬茂十の境遇に身を置いて見る。彼の見地から考えて見る。彼が印度から東京へやって来たことには二つの希望がある。一つは嘗て自分が権利を所有して居たところの宝玉を奪い返す事、他の一つは自分等に損害を与えた男に対する復讐である。彼は山輪少佐の住居を捜(さぐ)り知り、少佐邸内の或者と密(ひそか)に相応じ合うたに違いない。我々は会わなかったが彼の邸に印度人羅羅雄(ららお)なる賄方(まかないかた)があった。女中のお捨婆さん善人なところから、ツイ此賄方を信用し過ぎて居ったと見える。で、其賄方と文通はして居っても、茂十には宝玉の隠し場所が解らぬ。これは無理もない話で、それを知る者は天地間山山輪少佐と、既に逝(な)くなった一人の忠僕あるのみであった。そのうち茂十は突然、少佐が病篤く既に臨終に瀕(ひん)している事を聞く。彼は狂人のようになった。宝玉の隠し場所が少佐の死と共に永遠に埋没するのを恐れて、彼は少佐邸に忍入り、病室の窓に迫った。少佐の枕頭(まくらもと)には二人の兄弟がいて闖入(ちんにゅう)する訳に行かなかったが、少佐に対する極端なる憎悪(にくしみ)は彼を籍(か)って其夜病室に忍び入らしめた。彼は万一宝玉の隠し場所を知る手懸りもあらんかと、其時は既に死んで居た少佐の手文庫、書類等を掻き捜したけれども無効に終った。で、忍び込んだ記念として、紙片に例の文字を認(したた)めて立ち去ったのである。一体彼は若し我が手が少佐を殺す場合があったらば、死骸の上に同様の文字を残すつもりで前から企んでいたに相違ない。其心は単なる殺人(ひとごろし)に非ずして、同志四人の署名の下に正義の復讐を行うたという事を知らせる為めであったろう。此様な奇怪なる思想は犯罪史上敢(あえ)て珍しくない。そして常に犯人に関して有力なる証徴(しょうちょう)を供給しているものである。どうじゃ、中沢君、我輩の説に悉く首肯(うなず)くかね」
「甚だ明晰だと思います」
「ところで彼簗瀬茂十の其後の行動は如何(いかん)。彼は山輪兄弟の宝玉発見の努力に対して絶えず密に注意を払い得るに過ぎなんだ。多分は東京には常在せず、時々様子を覗(うかが)いに来たものであろう。暫時(しばらく)すると天井の密室が発見され、それが直ちに彼の知る所となった。ここで又もや我々は山輪邸内の同類の活動に注目せねばならぬ。茂十は片脚の事とて山輪建志の高い室へ登る事は到底不可能じゃ。然るに茲(ここ)に一個(つ)の奇怪なる同類があって、此困難に打ち勝ったが、其代り跣足の足をば結列阿曹篤(ケレオソート)の中へ浸して了うた。茲に於てか我がトビーの現出となり、君と我輩とが六哩(マイル)を駈けねばならぬ事となったのだ」
「併し実際罪を犯した者は茂十でなくして、其同類でしょうか」
「それは正にそうじゃ。耳(のみ)なrず茂十は、殺人(ひとごろし)を厭(いと)うて居った。と言うのは、彼が室内へ闖入した其経路で判断が出来る。彼は元来山輪建志其人には何の怨恨(うらみ)もない。成べくは単に縛して猿轡(さるぐつわ)を穿(は)めるくらいに思うて居ったのじゃ。彼とても自分が絞首台に登るのは可厭(いや)だろうから。併し止むを得なかったと言うのは、其の共犯者の野蛮的の本能が発して終(つい)に毒刺を用いるに至ったのじゃ。殺したものはもう仕方がない。で、茂十は署名の紙片を残し、宝石函を綱にて地面へ下げ、次で自分も降りたのである。先ずこれが我輩が読み解き得た限りの事件の連続だ。茂十の人相に至っては、年は三十六七でも有ろうか、顔色は安陀漫(アンダマン)の如き酷熱の海中の群島に懲役に服して居ったのじゃから無論日に焼けて居る。身の長(たけ)は一歩の長さから容易に推量が出来る。そして髭男だ。山輪周英君が窓から初めてその顔を見た第一印象は彼の髭面であったのでも知れる。此他に不明な点は先ずあるまいと思われる」
「では、其共犯者の方は如何(どう)でしょう」
「ああ、そうそう、共犯者に就ては格別大して疑点はない。直(じ)き君にも解る時が来るだろう。実に朝の空気は爽快(そうかい)だね!見給え、あの小さな雲を、まるで大きな紅鶴(あかふる)から抜けた一本の真紅の羽根のようじゃないか。アレアレ、太陽の紅い縁が遠く棚雲の上に輝き出したね。あの太陽には数知れぬ地球上の人間が照されるが、思えば我々のような不思議な使命を帯びて居る者は他にはなかろう……時に不思議な使命と言えば、君は短銃(ピストル)を用意して来なんだろううなア」
「其代りステッキが厶(ござ)います」
「ふム、兎も角も曲者(くせもの)の巣窟へ乗り込めば武器が必要だよ。茂十の方は君に任せよう。他の奴が抵抗したら俺(わし)が撃(ぶ)ちのめそう」
と短銃を取出して検(あらた)めて見て、また右の懐中(かくし)んい入れる。
斯る間にも我々はトビーに牽(ひ)かれて、別荘建の列(なら)んだ田舎めいた路を首都(みやこ)の方へと急ぎ馳せて遂に本所へ来た。もう場末の街の中へ入って来て居る。種々の労働者や船渠(ドック)人足等はもう動き出し、だらしの無い女たちは鎧戸(よろいど)を開けたり、玄関を掃除したりして居る。深川の木場の仕事も始まったと見え、粗雑な顔付の男共が出かける所である。見知らぬ多くの犬が四辺(あたり)を徘徊し、過ぎ行く我々に驚異の眼を向けるが、我が無双の良犬トビーは左顧右眄(さこうべん)せず、鼻面を地に擦りつけしまま、時々烈しい匂いを知らせ顔に熱心に吠えつつ前進また前進する。
猿江町、大工町、霊顔町を通って今は冬木町に在る。其間どれだけ小路を抜けたか数知れぬ、予等の追躡(ついじょう)する曲者共は追手を晦(くら)ます為めに変哲もなきウネクネせる路を故意(わざ)と選んだらしい。正徳寺小路の入口にて彼等は左の方(かた)大和町へ曲って居る。此大和町が和倉町に曲らんとする処にて、犬は前進を止め、片耳を欹(た)て、片耳を垂らし、甚だ踏み迷う体にて前後左右に走り出した。次にはグルングルンと廻り始め、時々予等の顔を仰ぎ見て己が困却に同情を求むる如き姿態(ようす)をする。
「此犬はどうしたと言うんだろう」と博士は唸くような声を出して「まさか曲者共が馬車へ乗って了(しま)いはすまいな。飛行機で空へ飛んで了いはすまいな」
「此処(ここ)へ暫時(しばらく)立ってでも居たのでしょう」
「ああ、占め占め!また駈け出した!」とホツと一安心。
犬は今しも嗅ぎながらグルリと廻ったが、不意に決心の付いたものか、今迄になき精力と決意とを以て矢の如く突進し出した。匂いが以前より強烈となったのであろう。最早(もはや)鼻をば地面に緊付(くっつ)けず、張れる限り革紐を張って驀進する。博士の眼が異様に輝き始めた。もう目的地も遠くはあるまい。
予等は今鶴歩(つるあし)町を通り抜けて遂に深川の木場に到着した。と犬は俄然狂熱の状態を呈して、或家の耳門(くぐり)から木挽共(こびきども)の働いて居る囲(かこい)の中へ躍り入った。そして鋸屑(おがくず)と鉋屑(かんなくず)の間を潜り抜け、小径(こみち)を走り、行廊(わたり)をめぐり、終(つい)に勝ち誇った叫声を挙げて一個の大樽に飛び掛った。それは運んで来たままで手押車の上に載っているものである。トビーはだらりと舌を垂らし、瞬きをしつつ樽の上から賞讃(ほめことば)を求むるもののように予等の顔を互(かた)み代りに眺めるのであった。樽の板も、手押車の輪も、一様に黒色の液汁(しいる)で汚れ、四辺一面に結列阿曹篤(ケレオソート)の強い香が漂うて居る。
博士と予は思わず茫然として眼を見合せたが、耐え切れずにドッと吹き出して了った。


一一、噫(ああ)、遂に端艇にて逃走か ――貸船屋に於ける思わぬ手懸り[編集]

「何(ど)うしたら好いでしょう。此犬は特質(もちまえ)の確実性を失(な)くして了ったようですね」と予が言えば、
「なに、矢張り此奴(こいつ)自身の権利に従うて働いたのさ」と博士は大樽の上より犬を引きおろして囲の外に出(い)でながら「何しろ広い東京中で運搬される結列阿曹篤(ケレオソート)の数を数えたらば、我我の跟(つ)けてゆく路が色々に迷うのも訝(あやし)むに足らぬ。殊に今は材木の乾固用に多く用いられて居るのだから。可哀相に、トビーに罪はないわい」
「もう一度主な匂いの方へ戻らなければなりませんな」
「そうだ。幸福(しあわせ)と大した路程(みちのり)ではなかった。あの大和町の角で犬が迷うたのは、確に二つの匂う道が反対の方向についていたに相違ない。それを我々は間違うた道を取ったのじゃから、今度は他の方へさえ進めば宜(よろ)しい」
これは格別の困難は無かった。以前の迷った辻迄引返すと、犬は大きな輪を一つグルリと画いた後、新しき方向に突進した。
此度(このたび)は黒江町、福住町等を過ぎて大川端の方に頸(くび)を向ける。中島町を出端(ではず)れると、右手は直ぐ河岸で、其処に一個(つ)の木製の埠頭(はとば)がある。トビーは其真の端れまで予等を誘(いざな)い、眼下の黒き流れに俯(ふ)して吠えつつ突立った。
「失敗(しま)った。此処からボートで逃げられた」
と博士が言った。
小形の平底船や軽艇が何艙(なんそう)となく、埠頭の水際(みぎわ)に横(よこたわ)って居る。で、夫等へ順々に鼻をつけさせたが、トビーは熱心に嗅いで見るものの、何の合図もせぬ。
粗末なる揚げ場に添うて一軒の小さな煉瓦建の家がある。二番目の窓に垂れた木の掲示板には大(おおき)な文字にて「隅原介作(すみはらかいさく)」とあり、其傍に更に「貸し端艇(ボート)あり」とある。尚お大扉(おおど)の上にも広告が出ているので、予等は此家に一艘の小蒸気がある事を知った。埠頭に石炭を積んであるので確であろう。グルリと見廻した博士は縁起の悪そうな顔付で、
「どうも形勢が悪い。曲者等は俺(わし)の考えたよりも怜悧(りこう)な奴等だ。全く踪跡(そうせき)を晦(くら)まそうとしたらしく見える。偶(ひょっ)とすると此処に何か打合せがあったかも知れぬぞ」
斯(か)く言いて其家に近寄る折しも、内(なか)より扉開きて、六歳ばかりの縮毛の頭髪(あたま)の子供が一人飛び出して来た。後へ続いてデブデブに肥えた赭顔(あからがお)の女が、手に大きなタオルを持って走り出た。そして喚くには、
「コレ、作坊、早く来て洗うのだよ。早く来るんだよ。真実(ほんとう)に言う事を聴かない児だッちゃ有りやしない。御父様(おとっさま)が帰って来てそんな真黒けな顔をしていると、また叱られるじゃないか!」
博士は胸に一物、進み出て「オオ、好い坊ちゃんだね!まるで頰辺(ほっぺた)が薔薇(ばら)のような好い色をしているじゃないか!作坊さんか、作ちゃん、何か欲しい物を上げよう。何がいいだろうな」
子供は些(ちょっ)と思案の後、
「僕、五銭が欲しいや」
「それより欲しいものは?」
「十銭なら尚お好いやい」
「じゃ叔父さんが十銭あげよう!ソラ手をお出し!ハハハ、お神(かみ)さん、可愛い坊ちゃんだねえ」
「まア、済みませんねえ、有難う厶(ござ)います。御覧の通り腕白者なんですよ。いえね、私なぞの手におえた者じゃ厶んせん。殊に夫(やど)でも長く不在(るす)をしますと、もうもうやり切れない困り坊主なんですよ」
「ハア、御主人は御不在か」と博士は落胆(がっかり)した声音で「それは間が悪いな少し用があったのに」
「ええ、昨日の朝出ましたきり未だ帰りませんのでね。私も実は何うした訳かと困っているんで厶んすよ。併し端艇(ボート)の御用なら私でも解りますが」:「実は蒸気艇(ランチ)を借り度くて来たのでね」
「オヤオヤ、生憎で厶んすねえ。その蒸気艇に乗って出掛けて了ったのですよ。だから訳が解らない。と申しますのはね、旦那、あの蒸気艇には石炭が余り積み込んで厶んせんで、そうですね、僅(ほん)の鐘ヶ淵辺まで往復するくらいも有ったでしょうか。艀(はしけ)で行ったのなら気を揉みはしませんけれどね。なに、艀なら勝浦や浦賀のような遠いところまで行って来る事が珍しくは有りませんし、用事が重なれば随分泊って来ることも有りますけれど、石炭のない蒸気艇で乗り出して何うするつもりなんで厶んしょう」
「何処かで石炭を買い込んだのかも知れないね」
「さア、そうかも知れませんが、滅多にない事で厶んすよ。それに私はあの片脚の、木の脇杖をついている外国人の男がどうも虫が好きませんでね。あの醜悪(みっともな)い顔(つら)を見たり、野卑な外国訛(がいこくなま)りの言葉を聞きますと胸が悪くなりますよ。何だってまた時々我家(うち)へあんな奴が訪ねて来るのでしょうねえ」
「ええ、片脚の男?」
と博士は鷹揚(おうよう)に驚いて言う。
「ええ、鳶色(とびいろ)の、お猿のような顔(つら)をした男は再々夫(やど)を訪ねて参るんで厶んすよ。昨夜(ゆうべ)夫を起しに来たのも其男で厶んしてね。それに夫も其男の来るのを知っ居ったもんで厶んしょうかね、ああして直ぐ蒸気艇で出かけましたのは。私は何だか気懸りでたまりませんよ」
博士は肩を聳(そびや)かしつつ、
「お神さんも詰らぬ事を心配したものだね。昨夜来たのが其片脚の男だと定(き)まりもせぬだろう。どうしてまた其男と判断しなすったのかね」
「旦那様、そりゃ声で解りまさア。あの声というものが濁った澱(しず)んだような声で厶んしてね。昨夜もどうで厶んしたよ。三時頃でもあったで厶んしょうか、窓をトントン叩いて『オイ、オイ、起きてくれ。もう見張を何とかする時分だぜ』と申しますと、夫が貴方(あなた)、長男の晋一(しんいち)をお越しましてね。私には一言も申しませんで出て行って了ったので厶んす。あの木の義足が石に響く音が聞えましたからあの男に違いありませんわ」
「其男は一人であったろうか」
「そこ迄は確で厶んせんが、他の男の声は聞えませんでしたよ」
「兎に角汽艇(ランチ)を借りたかったのに困ったな。其代り思わぬことを――否(いや)、なに、お神さん、ええと、汽艇の名は何と言ったっけね」
「北光丸(ほっこうまる)で厶んすよ」
「ああ、北光丸、そうそう!たしか、緑色の古い船で船幅が馬鹿に広くて、黄(きいろい筋が一本入って居たあれだっけかね」
「否(いい)え、違いますよ。小奇麗な船でしてね。新く塗り代えたばかりで、色は黒ですよ。赤い筋が二本入って居るので厶んすよ」
「有難う、御主人の便りも早く解るといいですね。我々はこれから河を下るから、もし北光丸に遭遇(でお)うたらば、お前さんが心配していると伝えましょう。黒い煙筒(えんとつ)だっけかね」
「いいえ、煙突は黒の中に白筋が巻いてありますよ」
「ああ、そうかそうか。真黒なのは舷側だったね。じゃ、お神さん、サヨナラ……、中沢君、そこに船頭附きの艀が一艘居るね。あれで向岸へ渡ろう」


一二、自分勝手の新聞記事――阿瀬田警部の活躍振り[編集]

偖(さ)て艀(はしけ)へ乗り移ると博士が言う。
「念の為めに君に教えて置くが、ああいう種類の者共から物を捜り出そうとする時には、相手の言う事が自分にとって少しでも必要だと言うような顔付をせぬ事じゃ。そう気取ったが最後、向うは蠣(かき)のようにピタリを口を噤(つぐ)んで了う。それをば今のように、何気なく装うて色々な茶々を入れて喋らせると、ツイ望み通りのことを洩らして了うものである」
「それはそうと前途(ぜんと)はもう平々坦々ですな」
「君なら何(ど)うするつもりか」
「私なら汽艇(ランチ)を一艘傭(やと)って北光丸の後を追います」
「君、それは大仕事だよ。北光丸は墨田川筋の両岸にある埠頭(はとば)に幾つ寄ったか解りはせぬ。永代から下流数哩(マイル)の上陸点と来たらば、全く迷宮のような有様じゃからね。単身手を下そうものならば、それこそ幾日たっても功績は挙(あが)りはすまい」
「では警察の力を借ります」
「そりゃ不可(いかん)。俺(わし)の考えでは阿瀬田譲作(じょうさく)なぞは一番最後の時に呼ぼうと思う。彼とても悪人ではない故、我輩も職業上で彼を傷(きず)つけるような事は成るべくしたくないのじゃ。併しここまで我々の捜索が進行した以上、やはり独力でやり遂げて見たい気がするのじゃ」
「では、各埠頭の監守人から報告を受けたいと広告しては如何(どん)なものでしょう」
「尚お拙(まず)い!広告なぞ出したらば、曲者(くせもの)共は追跡の急なるを知って外国に逃走する。つまりは外国に去るものではあろうが、身が安全と思うて居る限りは急ぎはせぬ。阿瀬田警部は其点に於て初めて必要になるのじゃ。何故というのに、本件に対する彼の意見は必ず新聞に現われる。すると曲者共は其筋の探偵が悉く間違うていることを知るから安心して腰を据えて居る」
兎角する間に、予等は向う岸の埠頭に上陸する。
「では一体どうしたらば好いんでしょう」と予が訊くと、
「其処(そこ)に居る自動車屋(タクシー)の自動車で一旦自邸(うち)に帰ろう。そして朝飯でも喰べて一時間計(ばか)りゆっくりと寝よう。今晩もう一度追跡を続けなければならぬ事は分り切って居るからね。運転手君、電信局の前で些(ちょっ)と止めて貰い度い。トビーはまだ要るから連れて行こう」
自動車が電信局の前に止まると、博士は降りて電信を打って来たが、再び自動車が走り出すと、
「何処へ打ったか知って居るか」
「私には分りません」
「あの有楽町に探偵局の支局があるだろう、これを昨年俺が或る事件で雇うたのを覚えて居るだろう」
「居ります」と予(よ)は笑った。
「今度の事件にも正に彼等が必要になった。彼等が失敗すれば他の方法もある。先ず試しに雇うてみよう。今の電報は銀公に打ったのさ。ああ命(い)って置いたから、先生、我々の朝飯の済まぬうちに手下を率いてやって来るだろう」
今は午前八時と九時との間である。前夜為し続けた興奮の後の強き反動が自覚される。心は徒らに昏迷し、肉体は疲労困憊(こんぱい)の極に達して居る。予は我が博士を籍(か)って此の頃の如く活動せしむる程の職業上の熱も有せず。さりとて彼(か)の事件を単なる抽象的の智的問題として眺むる事も出来ぬ。山輪建志の横死の問題のみにては、建志の人格につき余り好き噂も聞かざる故、従って其下手人に向って非常なる嫌悪も感じなかったが、宝玉事件に至っては事自ら別趣となる。かの宝玉は、尠(すくな)くとも其一部は丸子に属したる物である。それを取戻す機会の有る限りは、予は其目的に向って努力する。雖然(けれども)、一旦予等がそれを発見せんか、彼女は予の手の届かざる高嶺(たかね)の花となるであろう。とは言え斯る思想に支配せらるる愛は微々たる自我的の愛であろう。我が呉田博士にして罪人捜索に奔走せんか、予に於ても当然宝玉発見に熱中すべき十倍の有力なる理由があるのである。
高輪の博士の家に戻っての一風呂と、絶対の安静とは驚くほど身心を爽快ならしめた。室に帰って見ると朝飯の用意成り、博士は既に珈琲(コーヒー)を注(つ)いでいる所。自分の姿を見ると、笑いながら新聞紙を指(ゆびさ)して、
「果してだ。精力家の阿瀬田と、何処へでも潜り込む新聞記者とが自分勝手に捏(でっ)ちあげて了うたが、君も随分働いたから、まア朝飯の方を先きにやり給え」
新聞を取上げて見れば「砂村の怪々事件」と題して、左の如き記事が載って居る。
昨夜半十二時頃郊外砂村に住(すま)える英国人山輪建志なる者其居間にて横死を遂げ居たる事発見せられたり。吾人の探訪せる限りにては被害者の身体に何等暴行を受けたる痕跡なけれども建志が亡父より継承せし印度宝玉の入りし貴重なる函紛失し居れり。初めて珍事を発見せしは呉田博士中沢医学士の二氏なるが、二氏は昨夜被害者の弟同姓周英と共に被害者邸宅を訪(と)いしなり。而して茲に僥倖(ぎょうこう)とも謂(いい)つ可きは、有名なる阿瀬田警部が、偶然砂村警察署に出張中なりし事にて、氏は訴えを聞くや半時間を出(い)でざるに早くも現場に在り。氏の熟練したる慧眼は直ちに下手人探偵放免に向けられ、弟周英は其場に捕縛せられ、尚お女中お捨、印度人の賄方羅羅雄、門番甚吉等も共に引致せられたり。強盗は一名若(もし)くは二名にして共に同家の模様を熟知せる者なる事は阿瀬田警部の観察によりて寸分の疑いを容れず。同警部は評判の専門知識と緻密周到の観察眼とを以て、下の如き断案を下すに至りたり。そは曲者の忍び入りたる経路は、扉(と)にも非ず窓にも非ず、実に同家の屋根を穿(うが)ち、刎出扉(はねだしど)によりて、被害者の発見せられたる居間とを通ずる一室に降り来りしものなりと。此事実は頗(すこぶ)る明確に証明せられ居れり。此に依って見るに、今回の犯罪の原因たる単なる偶然の強盗に非ざる事明かなりと言うべし。
「実に堂々たるものじゃないか!」と博士は珈琲の茶碗越しに冷笑(せせらわら)って「君はどう思う」
「これで見ると、下手をすると私共までが危く縛(あ)げられるところで厶(ござ)いました」
「俺もそう思う。いや、まだ安心は出来ぬ。先生、も少し蛮力を揮い出したら実際我々の方へやって来ぬとも限らぬわい」
斯(かか)る折りしも案内の鈴(ベル)が気魂(けたたま)しく鳴り渡った。
予はハッとして腰を浮せて「警部じゃないでしょうか」


一三、浮浪人探偵局員の召集 ――共犯者は印度人か……[編集]

自分の狼狽(ろうばい)に引きかえ博士は少しも動ぜず、
「なに、それほど怖がるものでもない。あれは民間の探偵共さ――例の有楽町の探偵支局の不正規兵さ」
と言う間も、階段を踏み来る忙(せわ)しげなる跣(はだし)の跫音(あしおと)、声高なる響き、そして十二人の汚き襤褸(ぼろ)を纏える浮浪漢共(ごろつきども)がドヤドヤと闖入して来た。入る間際の喧噪と言ったら無かったが、彼等の間にも幾分の訓練は有ると見え、直ちに一列横隊を形作って、何をか期待する如き面貌(つらつき)を列べた。中の一人、他の者よりも丈高く年長なるが、首領顔して前方に突立っているのが、其威張り顔までノラクラして、斯るボロボロの鄙陋(ひろう)なる案山子(かかし)的軍隊であるだけに一層滑稽である。
「旦那、電報を頂きやした」と件(くだん)の親方が口を切る。「電車代をお願えしてえもので、ヘイ」
「やア、御苦労、御苦労」と博士は若干(いくらか)の銀貨を取出しながら「だが、銀州、これからは手下の者がお前に報告し、お前からまた己(おれ)に報告して呉れるようにしておくれよ。斯う皆なで押上がられては閉口じゃからな。併し今日は初回(はじめて)だから俺(おれ)の注文揃うて聴いて置いてくれるのも丁度好いかも知れぬ。注文と言うのは、北光丸という汽艇(ランチ)の所在を捜して貰いたいのだ。持主は隅原介作と言う者で、船は黒塗りで二本の赤筋が入っている。煙筒は黒で白い筋が一本巻いている。何処か下流にいる筈なのだ。で、一人はあの蒸田(むしだ)の堤(どて)と対(むか)い合うた其隅原の物揚(ものあ)げ場に張込んで北光丸が返って来るかどうか番をしていて貰いたい。其他はお前達が適宜に手を配(わ)けて、隅田河の両側をすっかり捜すようにして呉れ。そして手懸がついたら、即刻報告して欲しいのじゃ」
「へえ、解りやした」と銀公が言う。
「日当は此前の通り、尚お汽艇を見付けた者は余分の礼をする。ソラ一日分の前金じゃ。受取ったら下って宜しい!」と五十銭ずつを各々(めいめい)に渡す。皆ガヤガヤ言いながら階段を降りて行く。そして間もなく街頭に流れゆく彼等の姿が見える。
博士は卓子(テーブル)を離れてパイプを点(とも)し、
「汽艇が水面を浮んでいる限りは、彼等は必ず捜し出して来る。彼等と来たら、凡有(あらゆ)る処に潜り込み、凡有る物を見、凡有る人に聞くからね。恐らく日暮前には何かの手懸りを嗅ぎ出して来るだろう。先ずしばらくは報告を待つよりほか何もすることが出来ないね。北光丸か、若(もし)くは隅原介作を見付け出さぬ限りは、我々も此中断した手懸をまた拾い上げる訳には行かない」
「トビーはこんな残物を喰べるでしょうか。先生、少し御眠(おやす)みになりますか」
「いいや、俺(わし)は疲労(つか)れて居らん。我輩の体質は一種別誂(べつあつらえ)であってね。怠けていると体がグダグダになるけれども、まだ活動して疲労した覚えがないよ。あの美人が持ち込んで来た事件が飛んだ不思議なものになった。俺は煙草(たばこ)を吸いながらしばらく熟考しつつ不思議なものとは言うものの、このくらい訳のない事件は有りはせぬ。片脚の男も余り普通の方ではないが、併しもう一人の同類に至っては、此奴は実に例(ためし)が無いわい」
「はア、矢張りその同類ですか!」
「いや、君の眼に其男を不思議な感じをさせるという意(つもり)でもないが、君も自分の意見というものを偶(たま)には拵えて見給え。先ず事実を考えて見ると、小形の足跡、靴で拘束された跡のない離れた足の指、跣の足さ。其他石の頭のついた木の槌矛(つちぼこ)、小さな毒の投矢など色々ある。此等のものを綜合して見たらば何かの発見がつきそうなものではないか」
「はハア、野蛮人ですな!」と自分は思わず叫んだ。「多分簗瀬茂十の同類であった印度人の中の一人じゃないでしょうか」
「否(いや)、そうではない。俺も最初奇体な兇器を見た時にはそう思うたけれども、あの特別な足跡を研究するに及んで考え直した。印度半島の中の或人種は至って矮小(わいしょう)であるが、さりとて彼のような足跡を残す者はない。印度本部の人民の足は長くて細い。回々(フイフイ)教徒は足の指が大きくて皮靴(せった)を穿いて居る。が其革緒(かわお)が間(なか)に狭まって居るゆえ指は自然離れて居る。また、此等の小さな投矢、即ち毒針だね、これを撃つには只一個の方法があるばかりじゃ。つまり吹竹から吹き出すのだ。して見ると他には何処の野蛮人であろう」
「南亜米利加(アメリカ)でしょうか」と一か八か自分は言うて見た。
博士は手を伸べて、書棚より一冊の嵩張(かさば)った本を取り下ろした。
「これは今刊行中の地名辞書の第一巻である。先ずこれは最近に於ける確な著書(ほん)だ。これに何とあるだろう。『印度安陀漫(アンダマン)群島はスマトラの北三百四十哩(マイル)、ベンガル湾に在り』か。フン!フン!詳い説明がある。『気候湿潤、珊瑚礁(さんごしょう)あり。鮫(さめ)多し。武礼留(ブレール)港には囚徒の屯営あり。良土蘭(ラットランド)島よりは綿を産す――』はア、土人の説明がある。
『安陀漫群島の土蕃(どばん)は恐らく地球上人種中最も矮小なるものならん。平均の身長四尺を出です、成熟したる大人にありてさえこれより遥かに低き者あり。性兇暴、慓悍(ひょうかん)にして陰険なり、然(さ)れども友愛の情に富み、一旦信ずれば互に水火の難を辞せざる友情を結ぶに至る』ふム、中沢君、これを覚えて置き給え。それからこんな事もある。
其容貌は頭不格好に大きく、眼は小さくして鋭く、顔面捻(ねじ)り歪(ゆが)み醜悪なり。四肢は頗(すこぶ)る小さし。彼等が狂暴慓悍なる事は、英国政府の凡有る努力も嘗(かつ)て其征服に成功せし例(ためし)なきに見るも知り得べし。彼等は偶々(たまたま)難船などの生存者あれば石頭の棍棒を以て脳を打砕き、或は毒矢を以て射殺すを以て、航海業者が常に彼等を懼(おそ)るる事甚し』どうじゃ、中沢君、素的な蛮民じゃないか!若しあの同類の奴が思うままに振舞わせたならば、今回の事件は一層惨劇となったかも知れぬ。流石(さすが)の茂十さえ、其様な同類を頼んだことを後悔するくらいな野蛮な殺し方をしたかも知れん」
「茂十が何だってそんな同類を作ったでしょう」
「それまでは未だ俺にも解らぬ。が、既に茂十が安陀漫島から来たのが解った以上、彼が島民を同類とするに至ったのも深く訝(あやし)むるに足らぬではないか。それに併し追々明瞭になるだろう。ああ君は大分睡そうだね。好し、その長椅子に横になり給え。俺が一番君を寝かしつけてやろう」
博士は室の隅からヴァイオリンを取出した。そして自分が長椅子に横わるのを見ると夫(それ)を弾き出したが、夢のような、低い、調子の佳い曲である――博士は仲々の即興演奏に長じて居られるから、恐らく自分の作曲であろう。聴いて居るうちに、博士の痩せぎすの四肢も、熱心の顔も、楽弓の一高一低も次第に朧(おぼろ)になる。次には身は全く柔かなる音律の海に、安らかに漂蕩(ひょうとう)なしつつ夢の国へと進みゆく。何処やらか我が顔を優しく覗く者がある。瞳を定むれば我が懐しき丸子の顔。


一四、一夜にして憔悴枯槁 ――汽艇の捜索悉く無効に終る……[編集]

自分が再び心気爽然(そうぜん)、勇気満々として起出でし頃は、午後の日も早や長(た)けていた。博士は依然として先程の如く椅子に腰掛けている。只ヴァイオリンは傍に置き、一冊の本に熱中して居る。自分がムクムクと起出ずるを見るや、流眄(ながしめ)に此方(こなた)を眺めたが、どうしたものか、其顔は暗く困惑に満ちている。
「能(よ)く睡(ね)たね。我々の話声で眼が醒めはせぬかと思って実はビクビクしていた」
「いや、一切無我夢中で厶(ござ)いました。じゃア何か新しく吉報が」
「遺憾ながら否(ノー)じゃ。白状すれば俺(わし)は少々驚いた、失望した。今度は何かしら確実な事が握られると期待して居ったのに、今しがた銀公が報告に来たが、汽艇(ランチ)の行衛は更に不明なようだ。今は一時間でも大切な時であるのに、実に焦(じ)れったくて仕方がない」
「睡眠によって、私も最(も)うすっかり勇気を恢復しましたから、是から夜の活動に着手致しましょう」
「いや、何も手を附けることが出来ん。ただ徒らに待つあるのみじゃ。若し我々が出掛けると其不在(るす)へ報告が来る。すると従って活動が遅れる。君は好きな用事をし給え。我輩はもう少し斯(こ)うして居らねばならぬ」
「じゃア、私は其間に築地の濠田夫人のところへ一走り行って参りましょう。昨日、また訪ねる約束をして置きましたから」
「濠田夫人をかえ」と博士は微笑を浮めた眼を瞬(しばた)たく。
「左様(さよう)です、無論丸子嬢も一所ですが、二人とも今度の事件を大層心配して居りますから」
「併し余り詳しく話さん方が宜いね。由来女という者ほど信用にならぬ奴(やつ)はないから――尤も優れた婦人は別だけれども」
「其の辺は心得て居ります。では一二時間の内には帰ります」
「好いとも好いとも!行って来給え!ああ、序(つい)でにあの呉服町へ廻って、トビーを返して行って貰いたい。もう必要はあるまいと思うから」
自分は犬を連れて例の剝製屋に至り、若干(いくらか)の謝礼と共にそれを爺様(じいさん)に返し、さて濠田夫人の宅へ到ると、丸子は前後の事件の疲労(つかれ)をまだ全く去りやらぬ風情であったが、併し夫人と共に熱心に予に物語を迫るのであった。予は事件の比較的怖しき方面だけを隠蔽(かく)して、昨夜来の顚末を残らず物語た。山輪建志の横死に就ても話したが、其横死の状態は話さなんだ。其様に省略したにも係(かかわ)らず、予の物語は非常に彼等を魂消(たまげ)させたのである。
「まるでお伽譚(とぎばなし)のようですわね!」と濠田夫人が叫んだ。「貴婦人(レディ)が災難に遭うたり、五拾万円の宝玉が出て来たり、黒奴(くろんぼ)の食人種や、片脚の悪漢(わるもの)なぞが出没したり、昔の譚(はなし)の中によく出て参(く)る竜だの、悪い伯爵だのの代りに、今は其様なものが跋扈(ばっこ)するのですね」
「そして二人に武者修行者が救助(すくい)に見えたり」
と丸子が活々した瞥見(ながしめ)を予に向ける。
「まア、丸子さん、貴女の運の開ける開けないは、全く今度の捜索の結果によるのではないの。貴女は余り気に掛けている様子もないのね。少しは想像(かんが)えても御覧なさいよ。お金持になって、世間を眼下(めした)に見下すのは何(ど)うすれば好いか」
予の心は思わず喜悦の情に顫えた。丸子は其希望の為めに少しも得意の姿態(ようす)がない。耳(のみ)ならず彼女は、宝玉事件が何の興味もなき世間普通の問題ででもあるかの如く、昂然として其頭(かしら)を擡(もた)げているではないか。
「私の気掛りなのは山輪周英様の御身の上で厶(ござ)いますわ」と彼女は言った。「他のことは何でも厶いませんの。けれども彼(あ)の方はほんとに初めから終(しまい)まで、実に親切に正しく仕向けて下さいましたものね。ですから一日も早く恐しい冤(むじつ)の罪からお救い申すのは私共の義務と思いますわ」
濠田邸を辞したのは黄昏時(たそがれどき)、高輪に着くと全く暮れて居た。博士の本とパイプとは椅子の上へ放り出してあるけれども、主の姿がない。何か書き残して行きはせぬかと見廻したが、夫(それ)らしいものも見当らぬ。
其処へ下婢(げじょ)が鎧戸(よろいど)をおろしに登って来たので、
「先生は出て行ったのだね」
「否(いい)え先生は、御加減でも悪いのじゃないかと思いますよ!」
「なぜ」
「でも、御様子が変なんですよ。貴君が御出ましになってから、お室の中を彼方(あっち)へ行ったり、此方(こっち)へ行ったり、此方へ行ったり、彼方へ行ったり、もう其跫音(あしおと)を階下(した)で聞いていてさえウンザリするくらい御歩きなすってね。何かクドクドと独語(ひとりごと)をなさるかと思えば、案内の鈴(ベル)が鳴る度びに階段の下口(おりぐち)へ顔を御出しになって、誰だ、と御聞きになるんです。そうかと思うともうお室の中へ閉じ籠もってお了いなすったけれど。相変らず根気よく歩き廻っていらっしゃるんですよ。私万一(もしか)して御病気にならねばよいと心配して居りますの」
「なに、そんなに心配する事はないよ。何か少しばかり気に掛る事があって、それであんなにソワソワして居られるのだ」
斯う言って下婢(かひ)を退けたが、さて予自身も多少心配でない事はない。何故と言うのに、其夜は殆ど終夜博士の歩き廻る鈍き跫音を聞いた。博士の鋭き精神は、此不本意なる活動の休息の為めに如何に激していた事であろう。
翌日の朝飯の時に見ると、一晩で痩せ衰えて憔悴した顔付をして居る。両頰には熱ッぽい紅味(あかみ)が一点潮(さ)して居る。
「先生は、昨夜一晩中歩き廻って居られたようで厶いますが、あれじゃ体がお疲労(つか)れに成るでしょう」と言えば、
「でも睡られぬのだから仕方がない。今度の極悪の問題は俺を喰い尽さなくては止まぬ。他の事は大抵見込みが付いたのに、あんな些細な障害の為めに挫かれるのは耐まらぬ。曲者も、汽艇(ランチ)も、何もかも解って居る。而(しか)も何の手掛りも得られぬ。銀公等のほかにも一隊応援を頼んで今働かして居る最中である。俺は出来る限りの手段を尽している。墨田川は両岸を隈なく捜索させたが、一つとして吉報は手に入らず、また船宿の隅原介作の女房にも依然夫の行衛が解らぬそうじゃ。此形勢では多分彼奴等(きゃつら)は艇(ふね)を自ら孔を穿(あ)けて沈めて了うたのかも知れぬ、とも思われるが、さりとてその推察には異論もある」
「で、なければ、隅原の女房が態(わざ)と我々の方針を迷わせて居るのかも知れません」
「いや、その案じはあるまいと思う。十分質問もしたし、そういう汽艇もあるのだから」
「若(も)しや上流に行ったのではないでしょうか」
「「ムム、俺も実はそう気付いたから、一隊を其方に派遣して鐘ヶ淵から千住方面まで捜索させてあるのじゃ。で、若し今日中に手掛がつかねば、俺は明日は自身で出掛ける。そして汽艇を捜すよりは寧(いっ)そ曲者を直接に捜す決心をした。が、屹度(きっと)、屹度、何か吉報は有るに違いあるまい」
然(さ)れども吉報は来なかった。銀公等からも他の応援隊からも一言の報告にだも接せぬ。砂村の怪殺人事件又は毒針事件、宝玉函の行衛などと題して、新聞という新聞には皆現われている。何れも哀れな周英君に対して不利益な記事ばかりであるが、格別の新事実も挙がって居らぬ。只審理が明日行われる予定である事だけは解った。予は其夕刻又も濠田夫人邸に到り、二人に結果の想わしからぬ由(よし)を告げて戻って来て見ると、博士は落胆(がっかり)した顔付で鬱憂(むっつり)として居る。物を聴いてもロクに返事もせず、一生懸命奥妙(おうみょう)なる科学上の分析に着手して居られる。
曲頸瓶(レトルト)熱したり蒸留水を取ったりしていたが、終(しまい)んは耐(た)まらぬ悪臭を立てて、予を室外へ退散せしめて了(しま)った。暁近くまでも試験管の触合う音が聞える。先生はまだ悪臭の実験に熱中していると見える。
不図(ふと)物に驚いて飛び起き見れば、意外にも予が枕頭(まくらもと)に立った博士は何うしたものか粗末な厚い上衣(うわぎ)の海員服を着け、荒い紅色(あかいろ)の襟巻を首に巻いた異様の風体で、
「中沢君、俺はこれから隅田河へ捜索に出掛ける。色々に考えて見たが外に手段がない。どんな困難を排してもこれを一つ実行して見ようと思う」
「私も同行致しますか」
「否(いや)、君は俺の代理として此処に残ってて貰うた方が都合がよい。俺も実は行き度くはないのだ。銀州は昨夜(ゆうべ)悲観した事を言うて行き居ったが、それにしても今日は何うしても昼のうちに何か報告が来なければならぬ筈だ。で、君は手紙でも電報でも関(かま)わず開いて見て、何等かの報告でもあったならば君自身の判断で適宜に処理してくれ給え」
「ハア、承知致しました」
「只困るのは、今の処まだ何処へ行くという事を断定出来ぬのだから、君が俺に電話なり電報なりを通ずるに迷うであろうが、若(も)し巧(うま)く行きさえすれば余り手間は掛らぬつもりだ。兎に角帰る迄には何等かの吉報を手に入れるだろう」


一五、常識警部の来訪 ――打って変った謙遜な口調[編集]

朝飯の時迄はまだ博士から何等の消息もない。併(しか)し新聞を開いて見れば次の様な記事が載って居る。
例の砂村の宝玉函事件の真相は、吾人が事件発生の当初に想像せしよりも一層複雑に一層難解なりと信ずるに至れり理由あり。最近の証拠を照すに、嫌疑人山輪周英が殺人事件に関係ありたるちょうことは絶対不可能となれり。よりて周英と女中お捨とは昨夕放免せられたり。然れども警察当局者が今や真の犯人に対する一個の手掛を握りたるは確実なるが如し、これ全く警視庁の阿瀬田警部の独特の精力と鋭敏とによるものにして、真の犯人逮捕の期も余り遠きに非(あら)ざるべし。


「何にしてもこれだけ運べば満足だ」と予(よ)は考えた。「周英君は何(いず)れにせよ自由の身となった。この新しい証拠と言うのは何だろうな。こんなことを言うのは、警察で馬鹿間違いをやった時の紋切形には違いがないが」
と新聞を卓子(テーブル)の上に放り出したが、偶(ふ)と眼に触れたのは案内欄にある次の如き広告文である。
失踪人広告。――去(さる)火曜日朝三時頃汽艇(ランチ)北光丸にて自己の船宿前の埠頭(はとば)を去りし隅原介作と其倅晋一(しんいち)との所在を求む。北光丸は船体黒色二本の赤筋あり。煙筒同じく黒色、一条の白筋を巻く。右隅原介父子及び北光丸の所在を隅原物揚場(ものあげば)なる隅原不在(るす)宅、若(もし)くは高輪町二十二番地に報告せられたる方には金拾円の礼金を呈上致すべし。
正に呉田博士の仕業である。高輪町の番地でそれと知られたる。これは巧みな遣方(やりかた)であると思った。何故ならばこれを読む隅原は、自分の女房が自分の失踪に対して心配して居るという事よりほかには格別の意味をも感ずまいからである。
其日は焦(じれ)ったいほど日が長かった。扉を叩く音がする度びに、博士が帰って来たんじゃないかと思う。慌しげな街行く跫音(あしおと)を聞く度びに、失踪広告へ何者か答えに来たんじゃないかと胸を轟かす。読書で紛らせようとしても、心は何時しか散って、我々の関係した奇怪なる今回の問題や我々が追跡しつつある二人の兇悪漢の上に彷徨(さまよ)い出し、博士の推理の上に何か根本的の破隙(すき)があったのではあるまいか。何等か大(おおい)なる自欺(じき)により来った苦悶(くるしみ)を受けているのではあるまいか。博士の敏捷なる推理的の心が、誤った前提の上に斯(かか)る奇矯の理論を打建てたという事はないだろうか。博士が失策を演じた例(ためし)はまだ予の見ざる所であるが、最も怜悧なる観察者が往々欺(あざむ)かれないという事は断言出来ぬ。それに予は常に考える事であるが、博士は兎角(とかく)自己の論理を精美にし過ぎる。それから一層平易なる、成るべく奇怪なる説明に走らんとする。さはいえ今回は予自身証拠を目撃し、予自身博士の演繹法(えんえきほう)の推理を開いた。予は今更に今回の怪事件の長き連鎖を回顧した。其多くの事実は論ずる価値(あたい)もなき微力なるものなれど、而も皆同一結果に走って居る。斯く観じ来れば、たとえ博士の説明が誤りなりともせよ、其真相は真に驚絶愕絶のものであると考えぬわけには行かぬのである。
午後の三時頃であった。案内の鈴(りん)を高らかに鳴らす者がある。広間で何やら厳(いか)つい声が聞えたと思うと、間もなく予の室に登って来たのは思いもかけぬ警視庁の常識警部阿瀬田君であった。が今日は日頃の無作法の人には似もやらぬ。今回の怪事件を一人で背負って立ったような所謂(いわゆる)常識博士、尊大なる阿瀬田其人とは別人の如く鬱々たる顔付をなし、其態度も謙譲というよりは寧(むし)ろ謝罪を表する風がある。
「いや、中沢さん、先日は、……御機嫌よく……呉田さんは多分御不在(おるす)でしょうな」
「不在です。何時帰りますかそれも解りません。が、御待ちになったら宜しいでしょう。どうぞお掛け下さい。其巻煙草(まきたばこ)を召上って下さい」
「有難う、お構い下さるな」と赤い大きなハンケチで顔を拭く。
「ウイスキイと曹達(ソーダ)水(すい)を一杯いかが」
「では、半杯ほど頂戴しましょう。今頃の割合にしては非常に暖いですな。それに私は随分辛労が重なって居ますからな。貴君は今回の事件に対する私の意見を御存知でしょう」
「嘗(かつ)て御明言なすったのを覚えています」
「所がです、余儀なく今度見込みを変えねばならぬ事に立ち至りましたわい。私はあの山輪周英の身辺へギッシリ網を張り廻したところ、先生、ポンと、網の中央(まんなか)の穴を潜って抜け出られてしまいました。つまり彼が凶行の現場に居なかったという動かす可からざる明白な証拠が立ちましたからな。彼が兄建志の室を去って以来、彼は絶えず誰彼となく応接して居った。で、兄の家の屋根へ攀じ登って刎出扉(はねだしど)から闖入したのは、彼の所業(しわざ)であるという事は言われなくなったのです。斯うなって来ると、本事件は実に暗黒な事件であって、従って私の職業上の信用も危殆(きたい)に瀕(ひん)しています。で、是非とも少し御助力を願わんければならぬ仕儀になって参った」
「誰でも他人の助けを籍(か)りねばならぬ場合が出て来ますよ」
「貴君の先生の呉田博士は驚くべき方です」と嗄(しゃが)れた信用を置いた声で「あの方は点の打ち所のない方です。随分今迄に沢山の事件に御関係のようであったが、呉田博士が着手して未だ解決されなかったという例を聞かん。探偵の方法を申せば不規則で、何方(どちら)かと言えば少し性急に理論を組立てなさる癖がある。が、大体に見て、あの方が若し警官であったら実に理想の探偵になられたに違いないとまで私は思います。実は今朝ほど博士から電報を頂きましてな。何か有力な手掛を得た事を知りました。これがそうです」
と懐中(かくし)から一通の電報を取出して予に渡す。見れば十二時に両国局から打ったのである。文句は「即刻高輪の本邸(やしき)に行かれよ。予が帰宿し居らざれば御待ちあれ。犯人の行衛殆(ほとん)ど探偵成る。若し事件の終局を望まば今晩予等と共に出動の御用意あれ」という意味である。
「これは頗(すこぶ)る吉報ですね。して見ると確にまた手掛が付いたに違いない」
「はア、すると呉田さんも一度は失敗なすったのですか」と警部は十分満足の色を浮べ、「最も老練の者さえ時とすると負投(しょいな)げを喰わされます。無論今回の事は好い警告(いましめ)になるでしょうが、行政官としての私の義務から言えば決して間違いをしてはならぬ筈なんです。ああ、誰か来たようですぜ。呉田さんではないかな」


一六、現れ出た蹌踉の怪船乗 ――仮髪を取ればここは如何に[編集]

階段(はしごだん)を登り来る重苦しき跫音(あしおと)がする。それに混って如何にも喘々(ぜいぜい)、ガラガラという息苦しい呼吸(いき)使いも聞える。登るのが大儀なように一二度止まったが、漸くのことで我々の室の扉まで辿り着いたと見えて入って来た。其者を何だと見れば、今の苦しげの呼吸使いに相応(ふさわ)しき人物。もう余程の年寄にて、海員服を纒い、厚上衣を咽喉(のど)まで深く釦(ボタン)を掛けている。腰は梓(あずさ)の弓を張り膝はガクガクとして定まらず、確に喘息持ちらしいのが傷(いた)ましい。手にした樫(かし)の棍棒(ぼう)に凭(よ)りかかり、ホッと息をすると両肩が高まる。首の周囲(まわり)には色のついた襟巻を深々として居るので、一双の鋭く黒き眼と、それをモジャモジャと覆うた白い眉毛と、長い灰色の頰髯との他には確(しか)と人相を弁(わきま)えることも出来ぬ。さはいえ一見して老齢と貧困とに陥りたる卑しからぬ高等海員の成れの果てとは首肯(うなず)かれる。
「御老人、何の御用ですか」
と訊ねると、老人の悠(ゆっ)くりした整然(きちょうめん)の遣り方で、四辺(あたり)をグルリと眺め廻したが、
「呉田先生は御在宅(おたく)でござるかの」
「博士は只今不在(るす)ですが、私が万事委任されていますから、何か御用ならば承って置いて差支えありません」
「いや、呉田先生へ直々でのうては申上げられぬ」
「併し私が代理だと言うたではありませんか。若しや隅原介作の汽艇(ランチ)の一件ではありませんか」
「左様じゃ。俺(わし)は汽艇の所在(ありか)を能(よ)う存じて居る。呉田先生の追跡して居なさる人々の居処も存じて居る。宝玉の所在も存じて居る。何もかも残らず存じて居る」
じゃ。尚更らお話し下さい。屹度(きっと)博士に伝えましょう」
「いやいや、直々でのうては申上げられぬ」と癇癖(かんぺき)らしい頑固で繰返し繰返し言う。
「それならば仕方がありません。お待ちになるだけです」
「いやいや、俺は一日無益(むだ)に費すわけには参らぬ。そうしたところで誰の得にもなりはせぬ。呉田さんが御不在ならばあの方の不幸(ふしあわせ)、皆は御自分で探偵なさらねばならぬのじゃ。御二人ともそのような顔をされても俺は平気じゃ。申上げぬと言うたら、一言も申上げぬ」
と扉(と)の方へノロノロ歩き出す。それへ立ち塞がった阿瀬田警部。
ご老人、少し待って頂きたい。貴君は大切な話を知って居らるる以上、ここを立去ることは相成らん。貴君が不平であろうと、あるまいと、呉田さんの帰る迄は我々は貴君を留め置きます」
老人は扉口へ向って少し走り気味にして見たが、警部が幅広の背中をそれに押し当てて塞いでいるのを見ると、抵抗の無益(むだ)なことを知り断念(あきら)めたらしい。
「怪しからぬ為されかたじゃ!」と杖をトントンと突き立てつつ「俺がここへ参ったのは呉田さんに会おうが為めじゃ。然るに嘗(かつ)て御目に掛ったこともない貴君がた御二人が、年寄を捕まえて此様な為されかたというものは!」
「只御引留めするだけで、何も酷い事をしようというのではないから御安心なさい。其代り貴君に隙潰(ひまつぶ)しをさせた御礼はします。まア余り御手間は取らせませんから此椅子へお掛けなさい」
と慰(なだ)むれば、老人は仏頂面(ぶっちょうづら)をして椅子に戻り、杖の端(さき)なる両手の上に顔を休ませた。阿瀬田警部と予とは老人を後にして、再び巻煙草を吸い、再び談話(はなし)を続けた。と、不意に何処からともなく博士の声が聞える。
「我輩にも巻煙草(たばこ)を与(く)れても好さそうなものじゃ」
予等は思わず吃驚(びっくり)して椅子から立ち上った。見れば何時の程にか博士は予等の直ぐ後に、非常に悦に入った顔をして腰掛けて居るではないか。
「先生じゃありませんか!先生が何時のまに……そして爺様(じいさん)は何処へ行ったろう」
「爺様はここに居るよ」と一塊の白髪(しらば)を差出して「ここに居る――ソラ、仮髪(かつら)、頰髯、眉毛、其他ゴタゴタ物。我輩はね、可成(かなり)巧く変装はしいたつもりではあったが、このように両君を欺し完(おお)せようとは思わなかった」
「ああ、どんだ悪戯(いたずら)です!」と警部は頗(すこぶ)る興味を催して「貴君は役者にもなれますな。而も名優になれますな。あの養育院的の咳嗽(せき)の仕方の巧さなぞというものはない。それに其ヨボヨボした脚つきなぞは、正に俳優として一週間千円の価値(ねうち)はありますな。只争われないのは貴君の眼の光りです。頑固に立ち去ろうとした時のあの眼の光りで怪しいとは思いました」
博士は巻煙草に火をつけながら、
「俺は今日一日いまの変装で活動して来た。御承知の通り、悪漢者(わるものども)の可成多くが此頃は俺の蚊を見知って来た。だからたとえ簡単でも此様に仮装せねば戦場へ踏込めぬ事になったのです。貴君は電報を御覧ですか」
「頂きました、で、御訪ね致したわけで」
「事件は何(ど)の辺まで御進行ですか」
「総(すべ)て徒労に終りました。嫌疑者の中二名は既に放免し、他の二名に対する証拠もまだ一つも揃わぬ有様です」
「御心配なさるな。其残った二人の嫌疑者の代りに、二人の真の犯人を差上ましょう。併し貴君が俺の命令を御聴き下さらねば困る。貴君の職業上の信用というものは総て尊重しますが、俺の御指定する範囲内で働いて頂かねばなりません。それを御承知でしょうか」
「犯人が縛(あ)げられる事なら何なりとも御言葉通り働きましょう」
「宜(よろ)しい。では先ず第一に一艘の快速な水上署の端艇(ボート)――汽艇(ランチ)が要ります。それを今晩七時迄に新大橋の埠頭(はとば)へ廻して頂き度い」
「それは訳も有りません。彼処(あすこ)には始終一艘居る筈です。併し念の為め電話で打合せをして置きましょう」
「それから、犯人の抵抗の時の用意に、丈夫な人を二人用意して頂き度い」
「船にはいつも二三人は詰めて居ります。それから」
「犯人を縛げさえすれば宝玉が手に入るのです。その半分は御承知の丸子嬢に当然属すべきものゆえ、俺は先ず此中沢君をして其函を嬢の許へ届けさせたならば、中沢君は大悦びだろうと思うのです。つまり真先に開かせるのです」
「それは少し不規則なやり方ですが……」と警部は頭を振ったが、「いや併し今度は万事が不規則ずくめです。黙許して差上げなくてはなりますまい。其代り御済みでしたならば公判の終決までは署の方へ御渡しを願われましょうな」
「無論です。直ぐにお渡しします。それからも一つ。俺は今回の事件の詳細なる真相を簗瀬茂十自身の口から是非聴き度く思うて居ます。御承知でもあろうが、俺は一事件を底の底まで研究せねば止まない。で、犯人を十分警護して居る限り、この室に於てか、若(もし)くは他の場所に於てか、俺が犯人と非公式の会見を遂げても別段差支えあるまいと思うのですが」
「宜しい。貴君は今の場合主人公です。その簗瀬茂十とやらの存在に対する証拠は、私は未だ一つも握って居らぬのですが、その者を貴君が御縛(おあ)げになるとすれば、其者との御会見を私が御妨げする理由は先ずありますまい」
「では、お解りですな」
「解りました。まだ何が御話が厶(ござ)いますか」
「最後の御注文は、貴君が我々と晩餐を共にして下さる事を要求します。なに三十分で用意は出来るのです。今日は蠣(かき)と松鶏(らいちょう)と、上等の白葡萄酒とを用意してあります」


一七、機関士、全速力!――呉田博士等水上署艇にての追跡[編集]

食事は愉快に過ぎた。博士は御機嫌の好い蕃は打って変って饒舌(おしゃべり)になるのが癖であるが、今夜は其御機嫌の好い晩に当ったのである。其状態(ようす)がまるで神経までも顫え動くというような悦喜(よろこび)である。博士が斯く迄快活に振舞うことは嘗(かつ)てないことだ。話題は絶時(ひっきり)なしに夫(それ)から夫へと変って行く。――昔の宗教劇から、中世の陶器談、有名な伊太利(イタリー)の音楽家ストラジバリの製(つく)ったヴァイオリンの価値(ねうち)から、錫蘭(セイロン)の仏教の噂、将来の軍艦の予想から――どれにも此(これ)にも特別の研究を遂げたらしい顔をして弁じ立てる。陽気な滑稽を交えて話す其の話振りが、此二三日の闇黒な圧迫に窘(くるし)められていた博士に比べると宛然(えんぜん)別人の観がある。阿瀬田警部も斯る休養の時には天晴(あっぱれ)社交に長じた紳士である。若しそれ予に至っては、流石(さすが)の怪事件も終局に近付かんとするのを思うだに意気揚々たるものがある。予も博士に感化(かぶ)れて大に囃(はしゃ)いで了った。食事の間は誰一人事件に言及する者もない。
食卓が清められると、博士は瞥(ちら)と懐中時計を眺め、三人のコップに葡萄酒を満々(なみなみ)と注いで、
「我々の小冒険の成功を祝して満杯を挙げてくれ給え。ところでもう時間は十分熟して居る。中沢君、短銃(ピストル)を持って居るか」
「机の抽斗(ひきだし)に古い軍隊用の短銃が厶(ござ)います」
「じゃそれを用意し給え。万事用心に若(し)くはなしだから。自動車ももう来ている筈だ。六時半に来るように約束して置いたから」
予等が新大橋の埠頭(はとば)に着いた時は七時を稍(や)や過ぎていた。汽艇(ランチ)は既に待ち受けている。博士はそれを仔細に眺めてから、
「此艇(ふね)には何か一見水上署のだと解る標(しるし)でも有りますか」
「有ります――舷側のあの緑色の灯(あかり)がそうです」
「じゃ、あれを外して了って頂き度い」
船に僅な変化が施された。予等一同が甲板へ乗り移ると、繋綱(もやいづな)を颯(さっ)と解く。警部と博士と予とは船尾に腰掛ける。他に舵(かじ)に一人、機関室に一人、逞しき巡査が二人。
「行く先は?」と警部が訊く。
「越中島まで。彼処(あすこ)の箱部(はこべ)工場の対(むか)い合いのところで止めさせて下さい」
汽艇は全く快速力を有していた。荷物を積んだ伝馬船(でんません)をば後から後からと追い抜けて行く。他の船は皆な碇泊して動かないのじゃないかと思われるくらいに速い。一隻の河蒸気を遥か後に追い抜けた時は、博士も満足そうに微笑んだ。
「此河に浮んでいるものは何でも追い付く事が出来んでは困る」と博士が言う。
「そうも行かぬかも知れませんが、併しこの船に勝てる汽艇は沢山は有りません」
「北光丸は是非共捕えねばならぬ。ところであの船はやはり快船といわれていますからね。……そこで中沢君、今迄の我輩の偵察の順序を話して置こう。君は覚えて居るだる、俺が僅(たっ)た一つの些細の問題の為めにあんなに行き詰まってウンウン言って窘んだことを」
「覚えて居ります」
「あの挙句俺は断然精神を休養させる必要を感じて科学の分析に取り掛ったのじゃ。英国の大政治家の或一人は、最良の精神休養法は仕事の変化であると言うて居るが真実(まったく)であった。かねて行(や)りかけて居った炭化水素の分析が其の時漸(ようよ)う成功したからそこで再び今回の事件に復(かえ)って熟慮を費して見た。俺の頼んだ捜索隊は、上流下流を普(あまね)く偵察したけれども効果が挙がらぬ。北米丸は何処(いずく)の物揚げ場にも、埠頭にも影を見せず、さりとて錨地(びょうち)へ立ち戻った様子もない。斯う手掛が付かなくなって来ると、残った推察は曲者が汽艇を自ら沈没せしめたのじゃないかという事である。其推察は絶えず胸に起ったが、そこまでは断行出来まいと推察される節もある。元来この茂十なる犯人は或程度までは小刀細工の出来る男であるということは知って居る、けれども到底大策略家の器と考えることは出来ぬ大きな術策を弄する奴は、もう少し高等の教育を受けた者に限るからね。我輩はまた此様な事に気がついた、それは彼が時々東京へ来た事がある故に――その証拠は彼が山輪家に絶えず注意を払うて居った事実で解るが――彼が凶行後直ちに東京を去ったとは思われぬ、仮令(よし)僅か一日であったにせよ兎に角善後策を講ずるために相当の時を要したろうと思う。何(いず)れにせよ其様を見込をつけるのが公平であるのだ」
「それは少し薄弱な観察ではあいでしょうか。犯罪に着手する前にそのくらいな善後策は講じて置きそうなものだ、と見るのが至当ではないでしょうか」と警部がいう。
「否(いや)、俺(わし)はそうは思わぬ。彼の隠家というもの万一の場合には彼に取って頗る大事な処であって、それが無くても身が安全だという迄になれば格別、さもなくば容易に見棄てるような隠家ではない。然るに此処(ここ)にまた此の様な第二の考えが俺(わし)の胸に起きた。彼簗瀬茂十の同類の奴がじゃ、外人で而(しか)も特別は容貌っ風采の男が何(ど)のように深く外套で身を隠して居ろうとも、人の眼に付かずには済むまい、従うて今回の殺人事件と関係あるものと観破され易い、と斯(こ)う茂十が感じたのである。事実彼はその位な先見の明はある男である。で、彼等は闇に乗じて其本営から脱け出し竟(つい)にあの様な凶行を遂げたが、茂十は夜明けぬ中(うち)に隠家へ帰るつもりであったとうと思う。処で船宿の隅原(すみはら)の女房の言葉によれば、彼等が汽艇(ランチ)で乗り出したのは午前三時過ぎであったと言う。午前三時過ぎと言えば、もう夜明に間もなく、一時間もすれば世間も起き出(い)でる。彼等が余りに遠く迄逃れ得なんだと俺(わし)が見込みを立てたのは此処(ここ)の事である。彼等は隅原に金轡(かなぐつわ)を穿(は)ませて其口を緘(と)じ、最後の逃走用に其汽艇(ランチ)を出させ、盗んだ宝玉函を以(もっ)て隠家へ急いだのだ。そして二日間ほどは、新聞記事の様子、自分等に関する嫌疑の形成なぞを見て、やはり暗夜でも利用し、横浜港か何ぞに碇泊の或汽船に乗って亜米利加(あめりか)か、或(あるい)は何処(どこ)かの植民地にでも突走(つっぱし)る企劃(たくらみ)であったのである」
「併し汽艇(ランチ)の始末はどうするでしょう。まさか汽艇(ランチ)を宿屋ま持ち込むわけには行きますまい」
「それは無論のことだ。俺(わし)の見込みでは、汽艇(ランチ)は随分巧みに姿を隠してはいるけれども、余り遠くんは行って居まいと睨んだ。で、俺(わし)は仮りに茂十の位置に身を置き、茂十と同じ程の頭脳(あたま)の男となって形勢を考えてみた。すると、汽艇(ランチ)を隅原物揚げ場へ戻しても、また何処(どこ)ぞの埠頭(はとば)に碇泊させて置いても危険である。何故(なぜ)と言えば万一警官が自分等を追跡する場合には容易に足がつき易い。このくらいな理は茂十も気付いたに定(き)まっている。然らば汽艇(ランチ)を隠す手段はどうしたものであろう、また何時(いつ)でも必要に応じて使用出来るようにして置くには何(ど)のような工夫を凝らしたものか。茂十であったらば此難問題を如何(いか)に解決したろう。それには只一個の方法がある。少しばかり手を入れて貰いたいと言うので、汽艇(ランチ)を何処(どこ)ぞかの造船所か、修繕所へ托することである。すれば自然仮庫(かりぐら)、若(もし)くは工場の中へ移される、一時船体が人目から隠れる、同時にいつでも随意に使われる」
「なるほど簡単な理窟ですな」
「此様な簡単な理窟を人は往々見逃し易いものである。が、俺は其考えで押しと通そうと決心して直ぐに海員に変装し、凡有(あらゆ)る船着場の偵察に着手した。その結果十五番目までは無益(むだ)であったが、十六番目――つまり箱部の造船所だね――彼処(あすこ)へ行くと初めて解った。二日以前に一人の片脚の男が、舵を少し直して貰いたいと言うて北光丸を工場に頼んだそうだ。『舵には何にも傷んだ個所なんざ有りやしません。そこに在る赤筋入りのあれが北光丸です』と職工長が指(ゆびさ)して居った。其折にじゃ。一人構内へ入って来た男がある。これが行衛不明になっていた隅原介作さ。酒好きだと見えて酔払うて居った。俺は無論初めて遇うた男だから、彼が自分の口から其姓名と汽艇の名とを喋らなければ、終(つい)にそれと知る由もないところであった。然(しか)るに彼は『今夜八時迄に修繕(なお)して貰いたいんだがね、八時きッちりに。実は何だ、船の出来上るのを待って厶(ござ)る方が二人あるんだ』などと言うのさ。犯人等は確に彼に金轡をはませたね。沢山金を持っている様子で、職工等に惜気もなく銀貨を振り撒(ま)くのだ。で少し後を跟(つ)けて見たけれども、其うちに一軒の麦酒(ビール)ホールへ消込んで終うたので、また造船所へ帰ろうとすると、途中で俺の雇うている一人の捜索隊の少年に遭遇(でお)うた。で、それをば暫時(しばらく)北光丸の監視役として、河岸に見張らせ、若し船が立ったらば我々に手巾(ハンケチ)を振って合図することに手筈を定めて来たのだ。で、先ず其辺に舟を近づけて形勢を見ねばならぬが、これほどに用意して、犯人も宝玉も何もかも捕れぬようであったら不思議の事と言わねばならぬと思う」
「いや、それは真正の犯人で有る無しの奈何(いかん)に係らず、貴君の御工夫は非常に結構でありました」と警部が言った。「併しですな、若し私が其場合に立ったとしたならば、私は箱部の造船所へ一隊の警官を向けて、彼等が来たらば捕縛させて終いますな」
「それは以てもほかの拙策です。此茂十なる者が仲々抜目のない奴ゆえ、必ず予め哨兵の一人ぐらいは出して置く。そして少しでも胡散臭(うさんくさ)いところが有れば、もう一週間ぐらいは隠家に蟄居(ちっきょ)するのです」
「併し、隅原介作を捕まえて彼等の隠家に案内させれば好ったかも知れません」と自分は言った。
「そうする時には、また一日を費さねばならぬ。それに隅原は九分九厘までは彼等の真の棲家を知らぬと見た。隅原という奴、酒と金とがありさえすれば、何で彼等の隠家なぞを聞く必要が有ろう。用事があれば茂十等の方から使いを出すに定まってる。我輩も凡有る手段を考えないではない。其結果やはり今話した策が最上と考えたのだ」
斯く語り合う間に、船は永代橋を潜り越えて、いつしか越中島に来た。
博士は左岸の方の帆檣(ほばしら)林立の辺を指し、
「あれが箱部の造船所だ。幸い此数多(あまた)の達磨船(だるません)の陰に隠れて此辺を静かに遊弋(ゆうよく)していて下さい」
と海中より照夜鏡(しょうやきょう)を取出し、暫時(しばし)岸の方を視察して居たが「俺の哨兵が彼処に見える、が、手巾の合図はない」
「どうです呉田さん、少し下流へ下って待ち構えては」
と阿瀬田警部が熱心に言う。独り警部のみならず、予等は此時残らず興奮して居た。勿論巡査も、事情を知らぬ火夫等までも。
「そりゃ多分下流へ行くでしょう。が、それも確定しては居らぬ。此処からならば造船所への入口が監視されて、而も向うからは此方が見えぬ。今夜は霓(は)れて、船の灯(ともしび)も多くなるでしょう。矢張り此辺に見張って居らねばならぬ。彼処を見給え、人間の陰がガスの灯影に見えるから」
「工場から帰る職工でしょう」
と自分は答えた。
「手巾はまだ見えぬかな。ああ、彼処に何か白い物がヒラヒラするぞ」
「そうです、確に先生の命じた見張番です。判然(はっきり)見えます」
「そして北光丸も居るわい」と博士が叫ぶ。「まるで鬼火のように飛んで行くじゃないか!機関士!全速力!あの黄(きいろ)い灯(あかり)の汽艇に追い付いてくれ。己れ、此方を駈け越すようであったら承知(きき)はせぬぞ……」


一八、物凄き水上の大活劇 ――恐ろしき犯人の捕縛と黒奴銃殺[編集]

実(げ)にも北光丸は何時しか密に造船所の構内入口を抜け出て、二三艘の小船の後(うしろ)を過ぎて行くのであった。其為め予等の気付かぬ間に充分快速力を出す事が出来、今や岸に添うて疾風の如く下流へ航走する。
阿瀬田警部はその姿を熟(じっ)と厳(おごそ)かに見詰めて、頭を振りながら、
「非常に疾(はや)い。追付けるか知ら」
「いや、是非とも追付かねばならぬ!火夫君!ドンドン焚いてくれ!全速力を出してくれ!此方の船は焼けて終うても、あれをば捕えねばならぬ!」
と博士が力む。
予等は今陣容を整えて北光丸追跡の途に就いた。火炉(かろ)は咆哮(ほうこう)し、強大なる機関は或はピューピューと鳴り、或は金属製の大心臓ででもあるかの如くカタンカタンと響きを建てた。鋭く尖った船首は静かなる河水を劈(つんざ)いて、左右二条の波を転がさせる。機関の一鼓動ごとに、船は生物のように跳躍し戦慄した。船首に点(つ)けた一個の大なる黄色の舷灯は、予等の行手に一条の長き飄揺(ひょうよう)する漏斗状(じょうごがた)の光を投げた。前方の右方に当って水上の一点の黒影こそは北光丸の船体である。其後(しり)に曳く白き泡沫(あわ)の渦巻は、如何に彼(か)の船が疾(と)く駈けりつつあるかを示して居る。予等は伝馬船、汽船、商船等を乗り越えた。彼を右にし、此を左にし、一船の後に出で、一船の周囲を繞(めぐ)り、何処までも何処までもと追跡する。
「焚いてくれ!焚いてくれ!」と博士は機関室を覗き込み「蒸気を有りッたけ出してくれ」と怒鳴る。其熱心な鷲(わし)の如き顔は、下から来る烈しい火気に真紅に輝いた。
「幾分は近くなったようです」
警部は北光丸より眼を放たずに斯く言った。予も、
「確かに接近しました。もう五、六分も経ったら追付きます」
然るに何たる不幸ぞや。此時しも三艘の小船を曳きたる一艘の曳舟(ひきふね)が我と敵との間に混り込んだ。舵を転じて危く衝突だけは免れたが、それを繞って再び前(さき)の航路についた時は、北光丸は既に優に六百尺を距(へだ)てていた。併しながら船体は未だ判別が出来る。そして暗く朦朧(もうろう)たる黄昏(たそがれ)の光は沈んで、却(かえっ)て清明なる星月夜となった。我が機関は極力緊張された。脆き船は鋭き精力の為めに振動し、佃島(つくだじま)の渡(わたし)を過(よこぎ)り、かちどきの渡を越え、今や浜離宮の裏を駈けつつある。
前方の模糊たる黒斑点は此時紛れもなく凄愴(せいそう)なる北光丸の姿を現し、炳然(へいぜん)として眼を搏(う)った。阿瀬田警部は探照灯を向けた。かの艇上の人物は歴々として能く分る。其船尾(とち)には一人の男がゐる。男は膝の間に何やらん黒き物を挟み其上に屈(こご)み掛って居る。其傍には一疋の犬とも見ゆる。やはり一塊の黒き物が蹲(うずく)まっている。一人の少年は梶柄を握っている。そして火炉の灼熱の光を受けて、腰まで裸となり、懸命に石炭を投げ入れつつあるのは隅原の老爺(おやじ)である。
彼等は初こそ、予等が果して追跡隊なるや否やを疑うものの如くであったが、走る方に走り、曲る方に曲りつつ追いゆくのを見たる今にあっては、最早寸分の疑念を挟まず、愈々(いよいよ)それと見極めたらしい。既にして、敵を距(さ)る約三百歩、更に一層接近して二百五十歩となった。予は随分狩猟をなし、獲物を追い掛けた経験もあるけれども、今獰悪(どうあく)なる犯人を追跡する此狂猛なる狩猟の如く予の心に刺激を与うるものはなかったのである。我が船は着々として堅実に一歩一歩と追い迫る。夜いと闃寂(しずか)なれば、敵艇の機関の喘ぎと響きとを聞く事が出来る。船尾の男は依然として甲板に屈み、何やらん忙(せわ)しげに両手を動かして居る。動かしつつ時々目を挙げては両艇の距離を目算するものの如くである。
接近、また接近。阿瀬田警部は既に、
「止まれ!コラ、止まれ!」
と怒鳴っている。
距離漸(ようや)く減じて僅かに四艇身、両艇の走る事矢の如く雲の如し。予等の叫声に連れ、件(くだん)の船尾の男は甲板に突立ち上り、甲高き亀裂(ひび)の入った如き変妙の声にて罵りつつ、我が船に向けて握拳(にぎりこぶし)を振り廻した。堂々たる偉丈夫である。が、両足を踏張っつて突立った其姿勢を不図見れば、驚くべし、その右足の腿(もも)より下は樹の脚ではないか。此男の甲走(かんばし)った怒号に連れて、甲板の上に横って居た一塊の怪物が動き出した。見る見る長まったところを見れば、怪物は変じて一個の小さき黒奴(くろんぼ)となったのである。それは嘗て見ざるほどの矮人(わいじん)にて、頭ばかりは不格好に大きく、一束蓬々(ぼうぼう)たる乱髪を冠って居る、怪漢。博士は既に短銃(ピストル)を構えている。予も此野蛮人の姿を見ると自分の短銃を取出した。彼(か)の矮人(こおとこ)は毛布の如き物に纏(くる)まり、僅に顔面のみを露わしているのであるが、其顔面を見たるのみにて確に一晩は魘(うな)される代物である。凡有(あらゆ)る獣性と残忍とを斯く迄深く備えた容貌を予は未だ見た例(ためし)がない。其小粒の眼は陰気なる光に燃え輝き、其厚き唇は後に反り返りて歯を露出(むきだ)し、半ば動物的の狂猛を以て予等に向い或は嘲笑し、或は喋々(ちょうちょう)するのであった。
「彼奴(きゃつ)が手を挙げたら撃(ぶ)っ放せ」
と博士は落着いて言った。
両艇はますます接近して既に一艇身の差となった。獲物に手を触れたも同然である。二凶漢の立姿は眼前にある。茂十は相変らずう足を踏張って罵り叫び、穢(けがら)わしき一寸法師は我が船の光に醜いを顔を挙げ、厳丈な黄(きいろ)い歯を剝き出して睨めて居る。
此様に黒奴の姿が判然(はっきり)見えているのが幸福(しあわせ)であった。さもなくば、彼が毛布の下から簿記棒の如き一本の短き丸木を取出して口に当てたのを、危く見逃すところであった。それと同時に予等の短銃(ピストル)が一斉に響き渡る。と、黒奴の体はクルクルと回転した。両腕を差出して、咽喉(のど)の塞(つ)まるような咳嗽(せき)をしたかと思うと、ドタリと倒れて其儘ドブーンと水中に顚落した。白い渦巻の中にその毒々しい、人を脅かすような眼が瞥乎(ちらり)と見える。斯くと見た片脚の男は舵に飛び付いてギーと廻す。船は南岸に真直に突掛けようとする。我が船は敵艇の船尾五六尺の辺を擦れ擦れに通って、直ちに敵に迫らんとしたが、既に遅し、北光丸はもはや殆ど埋立地の岸に乗上げんとするところである。
此辺は人里離れた荒寥たる岸である。其処此処(そこここ)に水の澱んだ溜(たまり)と、うら枯れた植物とが入混った一面の広き泥海の上に月が輝いている。此泥堤を眼掛けて北光丸は今しも一声の鈍きドサリと言う音と共に乗上げたから、船首(みよし)は空に向い、船尾(とち)は水に落ちた。犯人は直ぐに甲板から飛降りた。が、足はズゴズゴズゴと泥土の中に沈んでゆく。それを抜こうとして悶(もが)いたり体を捻ったりするが益々沈むばかり、前へも後へも一歩も動かばこそ、力なき声にて怒り罵り、丈夫の方の足にて狂わしげに泥を蹴立てるのであるが、蹴れば蹴るほど片方の木の足は、粘々(ねばねば)した泥の中へ陥込(おちこ)むばかりである。予等が辛うじて船を寄せた頃には、彼は全く泥濘(でいね)に吸い付けられていた。止むを得ず一条(すじ)の捕縄(とりなわ)をばさっと彼の首に投げ、鮫(さめ)でも引張る様に引寄せるよりほかに策がなかった。隅原親子は陰気な面をして汽艇(ランチ)の中に在ったが、命ずるままに、柔順(すなお)に此方の船に乗り移った。北光丸を皆して漸く岸より引き下ろし、我が船の船尾に緊(かた)く結び付けた。
印度細工の一個の堅固なる鉄函が甲板に置いてある。これは疑いもなく、彼(か)の山輪家の不吉な宝玉を入れてある函であろう。鍵は一つも付いて居らぬ。非常に重量(めかた)がある。で、予等は注意して自分等の狭い船室にそれを移した。
斯くして静かに船首をめぐらして流れを遡り始めたが、探照灯にて四方(あたり)を照し見ても、彼の黒奴は影も形もない。恐らく水底深く暗い軟泥の何処(いずく)にか血を吐いて橫っているのであろう。
「此処を見給え。あの時丁度短銃(ピストル)を撃ってまア好かった」
と博士は木の艙口(そうこう)を指して斯う言った。
成程、予等が立っていた直ぐ後の所に例の見慣れた凶悪なる毒矢が一本突き刺さっている。予等が短銃を撃った其瞬間に、ビューと飛んで来て二人の間を突き抜けたものに違いない。博士は毒矢を眺めて微笑み、例の調子で一寸(ちょっと)肩を聳(そびや)かしたに過ぎなかったが、予は怖しき死の手が斯く迄近く身辺を襲うていた危さを想うと、流石に慄然たらざるを得なかった。


一九、兇悪なる船室内の犯人 ――宝玉函の陸上げ[編集]

犯人茂十は船室内の鉄函、彼が多年苦心惨憺して獲(え)んと欲した其鉄函に相対して坐った。打見たところ顔は日に焼け、眼に落着きがなく、大皺小皺は網の目よりも繁く、いかにも過去の難渋なる戸外の生活を経て来た面影を語っている。髯武者の頤(あご)が奇妙なる形に突出ているが、これは概(おおむ)ね我が目的に執着する男の人相である。黒く縮れた頭髪に厚く霜を置いたところで見れば、年輩は五十前後でも有ろうか。其重々しき額と喧嘩好きらしい頤とは、先程見た通り憤怒に乗じた時には、一種の怖るべき印象を与えるけれども、平静なる時の顔付は夫程(それほど)不愉快な感じも起させぬ。今や彼は手錠を嵌(は)められた両手を膝にし、頭(こうべ)を胸に垂れて坐っている。が、鋭く瞬く眼は我が悪行の基(もとい)をなせし鉄函を眺めている。其ギクギクした、鬱憤を抑えたいやな顔には、憤怒(いかり)と言うよりも寧(むし)ろ悲哀(かなしみ)の方が多く浮き出ているように予には見受けられた。
「さて簗瀬茂十」と博士は巻煙草(たばこ)を点けながら「とうとう此様(こん)な始末になったのは気の毒であるな」
「へエ、私もそう思うんで、ヘエ」と茂十は淡泊に答える。「私ア旦那、神様に盟(ちか)って申しますが、私にゃア彼(あ)の山輪の兄子息(あんいむすこ)に対してコレンばかりも抵抗(はむか)う気はなかったんですぜ。それを彼のまア怖しい毒矢を射掛けたのは、矮人(こびと)の黒奴(くろんぼ)の頓迦(とんが)の畜生でさア。旦那、全く私アそれにゃア少しも関係はありません。却(かえっ)て親類でも殺されたくらいに悔みましたよ。私ア其時黒奴の畜生を縄の端で打(ぶ)ッ叩いたのです。でも為(し)て終(しま)ったことは為て終ったことで取り返しがつきませんからねえ」
「巻煙草を吸うか。それからお前は酔うて居るようだから、俺の水筒の水を一杯飲んだが好かろう。一体、あの黒奴のような小男が、山輪建志を取っ占(ち)めて、お前が縄を伝うて登って来る間押え付けて居られると、お前はどうして思うたのか」
と博士が問えば、
「旦那ア宛然(まるで)あの晩の事を見ていたように仰有(おっしゃ)いますね。実際(まったく)のところは私ア室の空いている時に入り度かったのです。私アあの家の様子を能(よ)く知っていましてね。あの時は丁度毎時(いつも)主人が夕飯喰いに階下(した)へ降りてゆく時間に当った筈なんです。と言うのは、敵手(あいて)が死んだ山輪少佐だったら文句もなく飛び掛ります。どんな陰険な手段を用いても打ち殺す位のことは朝飯前なんですけれど、さて敵手が罪も怨みもない兄息子と来て居るから、それを酷い目に遇わすのはいかにも不憫ですからねえ」
「お前は警視庁の阿瀬田警部の監督の下にあるのじゃ。警部さんはお前を高輪の俺(わし)の邸に連れて行かれる筈であるから、其時に俺っはお前に事件の真相を訪ねる積りである。お前も包み隠さず申し述べるが好いぞ。そうすればまたお前の利益を計ってもやれると言うものだ。俺の考えではあの毒矢はまだお前が室へ行き着かぬ前に建志が斃(たお)れて了(しも)うたほど疾(はや)く働いたに違いない。そう考えらるる証拠もあるが何うだ」
「全く旦那其通りでしたよ!私が縄を登って行って窓から不図顔を出すと、貴君、毒矢を刺された主人が頭をこうダラリと肩に垂れて、私の方を向き歯を剝出しましたがね、其時の可厭(いや)な心持というものは生れてから初めてでしたよ。私ア思わずブルブル顫えましたね。余(あん)まり忌々(いまいま)しいから頓迦(とんが)の奴を打ち殺してやろうとすると、先生慌て狼狽(ふた)めいて逃出して了いましたが、後から聞けば其為めに石の頭のついた道具やら毒矢の袋やらを忘れて来て了ったそうで、私の考えじゃア、まア旦那が私達に目を御附けになったのも其お蔭だと思いやす。と言ってそれについても私が旦那をお怨み申す筋は一つも厶(ござ)いませんがね。ただ我ながら不思議なのは」と傷(いたま)しい微笑を浮めて、「不思議なのは、ざっと五十万円だけは手に入れる正当な権利のある私が一生の半分は印度の安陀漫島で防波堤を築く為に送って了い、今日から後の半分をどうせ今度の罪でまた溝掘でもして送らなけりゃアならないという事です。考えて見れば私が商人の滅土(めつど)に遇って宝玉に目を付けなけりゃならないようになったのが抑(そもそ)も私にとっての悪日、あの宝玉と来ちゃア其持主の上にさえ不孝(ふしあわせ)を降らしたほか何にも役に立たなかった。と言うのは持主は其為めに命を殞(お)とし、山輪少佐に取っちゃア一生の恐怖(おそれ)の種、罪の種となり、私にゃまた一生の奴隷の種となりました」
此時狭い船室にはだだッ広い顔と太い肩とを突き出したのは阿瀬田警部。
「一家団欒(だんらん)という有様ですね。呉田さん、私も一パイ頂戴しても宜しいでしょう。まったく祝杯を挙げても好いですぞ。ただ黒奴を生擒(いけど)りにせなんだだけが残念だが、あの場合仕方もない。呉田さん、あの時の貴君の艇(ふね)の御手際は、内心御自慢でしょう。我々はただ追及するのが精一パイでしたからなア」
「凡(およ)そ性格の成功不成功と言うものは其結果から判断すべきもので、途中の困難や不幸を目勘定に入れるものではないのです」と博士は格言めいた事を言い、「併し北光丸があのように快速力が有ろうとは俺も意外でした」
隅原の言う所によれば、北光丸は大河中の最も速力のある船で、今夜なぞも機関にもッと手伝いが有れば決して追付かれなんだと言うています。それに今回の強盗殺人事件は自分は少しも知らぬと盟うていますよ」
「そりゃ真実(ほんとう)です」と茂十が叫んだ。「私達が北光丸が速いと聞いて其奴を撰んだだけです。隅原の爺様(じいさん)には何にも話しちゃアありません。ただ謝礼(れい)は沢山しました。私達が横浜に碇泊中のブラジル行きの汽船のタコマ丸に無事に乗込めたらば、尚お謝礼をする筈でした」
「好し、爺様に罪がなければ罪を被(き)せないだけじゃ。我々は犯人を挙げるには速やかったけれども、人を罰するにはそう速く無謀な事はせん」
尊大な阿瀬田警部がもう犯人の前に威張り出したのが面白い。博士も内心そう思うと見えて微(かすか)な微笑を浮べている。
警部はそれとも知らず言葉をつぎ、
「もう直(じ)き永代橋です。中沢さん、貴君と宝玉函とは其処で御上陸(おあげ)しましょう。今更申上ぐる迄もないが、此処置については私が非常な責任を帯びています。実に不規則の処置です。が、御約束は御約束ですからなア。併し貴君は頗(すこぶ)る高価な荷物を御抱えになるわけだから、職務上一名の巡査を附して上げぬわけには行きません。無論馬車で御出ででしょうな」
「左様、馬車で行きます」
「鍵がなくて、我々が真先に検査することの出来ぬのは遺憾です。貴君は打ち壊さなければなりますまい。コレ、鍵はどうしたか」
「河の底にありますよ」
と茂十は澄ましたもの。
「ふム!そんな無益(むだ)な手数を掛けんでも好いじゃないか。お前を捕縛するだけでもいい加減骨を折らせられたぞ。いや、中沢さん、申す迄もなく注意して行っていらっしゃい」


二〇、此は如何に?此は此は如何に ――嗚呼、宝玉は藻抜けのから[編集]

永代橋へ来ると、予は鉄函と、一人の武骨ある温和(おとな)しき巡査と共に上陸した。
其処より凡(およ)そ一五分間も馬車を駆ると、明石町なる濠田夫人の邸に着く。女中は時ならぬ夜の客に驚いたらしかった。夫人は外出して帰りは遅からんとの事。併し丸子は客間に在りとの事を巡査をば馬車に残しおき、鉄函を抱えて客間へと入って行った。
丸子は頸(くび)と腰とに僅ばかり紅色を施したる白き透明の衣(きぬ)を纏うて、開いた窓際に腰掛けていた覆いを掛けたランプの光は藤椅子に倚(よ)れる彼女の上に落ち、其美しくも打沈める顔(かんばせ)の上に逍遥(さまよ)い、房々としたる頭髪(かみのけ)の豊なる渦巻に微暗(ほのぐら)き黄金の如き閃きを帯ばしめた。雪を欺く手の片方は椅子の外にダラリと垂れている。総じて其姿勢も恰好も正にこれ心を吸込まるる如き憂鬱の化身である。
が、思わぬ予の跫音(あしおと)にアナヤとばかり立ち上った。驚愕(おどろき)と嬉(うれし)さと明るい閃光(ひかり)が蒼白い頰を颯(さっ)と染める。
「只今馬車の音が聞えましたから、夫人が大層早く御帰りだと思っていましたが、貴君とは夢にも思いませんでしたわ。今頃何か変ったことでもお有りになって?」
変った事ぐらいの騒ぎではない。今夜は非常に好い御土産を持って来ましたよ」
と、鉄函をば卓子(テーブル)の上に置いて斯う言った。
心は重く沈んでいるが、表(うわべ)はさも快活げに騒々しく「世界中の凡有(あらゆ)る珍聞に値するほどの物ですよ。私が持って来たものは財産です」
丸子は瞥(ちら)と鉄函を眺め、
「では、それがあのお話の宝玉で厶(ござ)いますか」
と意外に冷淡なもの。
「そうです。これが印度の宝玉です。半分は貴女の、半分は山輪周英君のです。まア考えて御覧なさい!若い婦人(レディ)で貴女より金持の人が貴女の本国の英国に沢山(たんと)ありますか。実に美事なわけじゃありませんか」
予は少し祝賀の辞を誇張し過ぎたに違いない。予の言葉の中に不信実の響きのあるのを丸子は悟ったと見え稍(や)や眉毛を挙げて不思議そうに予の顔を瞥見し、
「若しそうなりますれば、貴郎のお蔭で厶いますわ」
「いやいや、私ではない、私の先生、呉田博士のお蔭です。先生が分析的天才の頭脳(あたま)を用いて漸く目的を達したので、私なぞであったらば世界中の応援を得ても一つの証拠さえ発見する事が出来なかった位です」
「どうぞお掛け遊ばして、其模様をば御話下さいまし、中沢様」
で、予は此前彼女と別れ以来の出来事を略(ざっ)と物語った。――呉田博士の新偵察法、北光丸の発見、阿瀬田警部の訪問、東京湾上の敵艇追跡、と順を追うて話してゆくと、丸子は唇を開き眼が輝かせて聴いていたが、黒奴(くろんぼ)の毒矢が危く予等の間を掠めて飛んだ其最後の一幕を語ると見る見る顔色を変えて、気絶するかと思われたので、予は驚いて駆け寄り、水を飲ませようとすると、
「いえ、何とも厶いませんの。もう快(よ)くなりましたの。私は私の為めに皆様がそのような危険な目にお遭い為されたと思うと、ハッと胸を撲(う)たれてどう致そうかと思ったので厶いますよ」
「なに、もう何もかも過ぎ去ったことです、何にも御心配には及びません。もうそんな陰気な話はは止めて、もっと明るいことに移りましょう。ここに宝玉があるじゃありませんか。このくらい光明の種になるものがありましょうか。私は何でも貴女に真先に見て頂き度い。貴女も満足なさろうと思って、こうして許可(ゆるし)を得て持って来たのです」
「はア、私には何よりの満足で厶いますわ」
と言ったが、どうも声に熱心の響きがない。自分でも其様に骨を折って手に入れて来て貰った宝玉に対して、余り冷淡な態度をするのは無礼に見えるだろうと悟ったのか、
「何という綺麗な函で厶(ござ)いましょう!」と屈み掛って箱を賞め出した「これが印度細工と申すので厶いますか」
「そうです、これが有名な印度のペナレス市の金細工です」
丸子は些(ちょっ)と手を掛けて見て、
「まア!重いこと!これは函だけでも大したもので厶いますのね。鍵はどこに厶いまして?」
「犯人の茂十が大河の底へ投げ入れて了ったそうです。だから夫人の火箸でも拝借しなくては」
函の前方に、仏陀の坐像を彫った厚い広い鐉(かきがね)がついている。其下へ予は火箸の端を突込み、桿杆(てこ)か何ぞのように外部(そと)へ捻じ曲げた。鐉はパチンと音して飛び離れる。其蓋(ふた)を顫える手で後へ跳ねた。と、二人は思わず吃驚(びっくり)して立ち縮(すく)んだ。函は空虚(から)であった!宝玉は影も形もない。
重かったおは不思議ではない。グルリと三分の二吋(インチ)の厚さある鉄細工で出来てる函だ。堅牢無比、貴重品運搬の櫃(ひつ)も及ばぬ厳然(がっしり)したものであるが、内には金属の一屑、宝玉の一砕片(かけら)さえない空虚(から)と言っても此上の空虚は有りようがない。
「宝玉は失(な)くなって居りますよ」
と丸子は落着いて言った。
其言葉を聞き、其言葉の中に含まれてる意味を感得した時、予は大なる黒雲が我が魂の上から吹き払われた気がした。此印度の宝玉が如何に予の心を圧迫しつつあったかは、それが取り除かれた今にして初めて知るを得た。無論これは自我主義である。不信実である。不当である。にも係(かかわ)らず予は黄金の障壁が二人の間より消失したという念よりほかに感ずることが出来ぬ。
「ああ、有難い!」
と予は思わず中心から感謝の声を挙げると、丸子は素早き疑わしげの微笑(ほほえみ)を含んで、
「なぜで厶(ござ)いますの」
「それは?貴女という人がまた私の手に届く所へ来たから」と丸子の手を取った。其手を彼女は振り解(ほど)こうともせぬ。「丸子さん。私が貴女を愛するから言うのですよ。古来男が女を恋いした限り真実の心で言うのですよ。此宝玉、此富は今迄私の唇を封じていたのです。けれどもこれが失くなった今は、私がどのように貴女を愛していたか、其心持を安んじて貴女に告げることが出来ます。ああ、有難い!と言ったのはそういう心持なのです」
と其体を引寄せると、丸子も、
「では、私も言いますわ、ほんどに有難いわ」
と小声に囁いた。
宝玉を失くした代りに、予は今夜丸子という宝玉を獲(え)た。


二一、拾われぬ河底の宝玉――犯人の驚く可き自白[編集]

天下の辛棒人(しんぼうにん)と言うのは馬車の中なる巡査の事である。予(よ)が再び馬車に乗ったのは時経ての頃であるのに、不平も言わずに待ってた。が、予が空函(からばこ)を示すと顔を曇らせて詰らなそうに、
「報酬がどこかへ飛んで了(しま)いましたね!金がなくては払いも出来ぬ道理です。今夜の仕事は若(も)し宝玉が在ったらば、同僚と私とが各々(めいめい)十円宛(ずつ)賞与される筈でしたのになア」
「山輪周英君は金持だから安心おしなさい。宝玉の有無(あるなし)にかかわらず御礼はするでしょう」
と慰めても巡査は落胆(がっかり)したらしく頭を振って、
「失敗だ。阿瀬田警部もそう思うに違いない」
巡査の予言は的中した。高輪の本邸へ着いて空函を示すと、警部は殆(ほとん)ど色を失うた。
呉田博士、警部、犯人等の一行は予定を変更して、先きに警察署に立寄って来たと言うことで此処へは今着いたばかりとのこと、博士は例の無頓着の表情をして肘掛椅子にダラリと腰掛けている。茂十は其前に義足を丈夫な足の上に乗せて、鈍(どん)よりと腰掛けていた。ところが、予が此の空函の蓋を開くと、彼は後様(うしろざま)に反り返って、カラカラと笑い出した。
「茂十、貴様の仕業だろう」
と警部は腹立たしそうに怒鳴った。
「そうです。旦那方のとても手の届かぬところへ打棄(うっちゃ)って了ったのです」と茂十はさも嬉しげに「あれは私の宝ですからね。折角の戦利品が私の手に入らない事になって見ると、他の奴等にゃア持たせ度くありません。ねえ、あれを持つ権利のある者は世界広しと雖(いえど)も、印度の安陀漫(アンダマン)島の監獄いる三人の仲間と私、此四人のほかには無いんですぜ。ところが今日になって見ると、到底私のものにゃアならない。従って仲間の奴等のものにもならないのが解った。私が今日まで働いたのは全く自分の為めばかりじゃアない。仲間の為めも思っていたのです。何時(いつ)如何(いか)なる時でも四人の仲間の為め、そういう心が失せた事はないのです。だからあの宝を山輪少佐や須谷大尉の子や親類に与(や)るよりもと一思いに大河へ流しやした。其所業について仲間だって彼此(かれこれ)苦情を言う気遣いは無いと思います。私達が商人の滅土(めつど)からあんな仕事をしたなア、何も山輪や須谷の畜生たちを金持にしよう為めでは無かったんですからね。宝は鍵のあるところに有りまさア。頓迦の死体の在るところに有りまさア。今夜旦那がたの艇(ふね)にもう何うしても追い付かれるに違いないと思った時、私ア急いで宝を大丈夫のところへ移したんです。だから今夜の御仕事にゃア一文の得もなくて飛んだ御気の毒のわけでさア」
「コラ、我々を欺こうとしてもそうは行かぬぞ」と警部は厳然として「若(も)し貴様が大河へ宝玉を放り投げようと思うならば、函もろともになぜ投げぬ。其方がどれだけ楽であるか知れぬではないか」
「楽ですとも、其代り旦那方が拾い戻すのも楽ですからね」と茂十は敏(はしこ)そうな流眄(ながしめ)をくれて、
「私を捕まえるくらいな腕のある方なら、河の底からこの鉄函を捜し出すくらいの智慧は何でもありませんや。ところが投げたのは中味だけですからね。そうですね。ざっと二百間ぐらいの間に撒き散らしたから、捜すにしても最(も)う容易な事じゃありませんぜ。私はやッつけようと決心したんです。追われていた時は半分狂っていましたからね。然しもう斯(こ)うなっちゃア別に悔むところも有りませんや。私も随分今迄にゃア七転び八起きして来たんですが、愚痴っぽい涙はツイぞ出した事が有りませんや」
「茂十、今回の事は実に重大事件であるぞ。貴様が此様(こん)な大それた邪魔を致さず正義公道に順(したご)うて神妙にして居ったならば、お上でもまた不憫(ふびん)を加えるということもあるではないか」
茂十はいがみ合うような声を出した。
「ヘン。正義公道ですッて!正義公道、こりゃア面白い!あの宝玉が私たちの物でねえとしたら一体誰のですい。私が自分で手に入れた物を、只遊んでいて、取る筈もねえ人に与(や)らなけりゃアならねえという正義公道は何処(どこ)にありますね。まア私があれを手に入れた筋道を考えて御覧なすって下さい。二十年の長い間というものの熱病の流行(はや)る湿地の中で働いたんですぜ。昼は終日(いちにち)マングローブ樹の下で酷使(こきつか)われ、夜は一晩穢苦(むさくる)しい監獄に打込(ぶちこ)まれ、蚊には喰われる。瘧(おこり)には責められる、真黒な顔をした巡査からは嚇(おど)される、そういう責苦に遭って手に入れた宝物なんです。それを他人に与るとは好ましくねえと私が主蔦からって正義公道に欠けていると言われちゃア間尺(ましゃく)に合いませんや!私ア何です、自分の物である筈の宝を他人が抱いて栄耀(えいよう)を尽していると思いながら、監獄の中で窘(くるし)んでいるほどなら、寧(いつ)そ黒奴(くろんぼ)の毒矢を体へ刺して死んで了(しま)った方がいくら好いか知れやしないと思うんです!」
茂十は先の淡泊なりし仮面を脱いだ。其物言いの渦巻く如く激せることよ。両眼は燃え、手錠は自らなる感動の顫えにカラカラと鳴った。此迫害されたる前科犯人は彼(か)の死んだ山輪少佐を跟(つ)け廻していたのである。それを少佐が初めて知った時の恐怖(おそれ)が決して無理でなかったということを、予は今目前茂十の憤怒と激情とを見るに及んで悟ったのである。
「それはお前が無理じゃ。我々はお前のそういう事情を少しも知らぬではないか」と博士が穏かに言った。「我々はまだ少しもお前の身上を聞いて居らぬ。従って当初(はじめ)お前の方にどれほどの正当の理窟があるものやらそれも判断する事が出来ぬではないか」
「なるほどね、旦那のようにそう仰有(おっしゃ)れば訳が分っていまさア。そりゃア私が斯うして手錠を穿(は)められるようになったのは、謂(い)わば旦那のお蔭なんですけれど、今更お怨みは申しません。何事も公正明大な為(な)さりかたですからね。で、私の身上を聞き度いと仰有るなら何もお話しないというわけじゃアありません。お話致しやしょう。お断わりして置きますが、わたしの喋ることは一言一句神かけて真実のことですからね。いや恐れ入ります。そのコップは其処(そこ)の私の傍にお置き下さい、そこなら咽喉(のど)が乾いたとき唇が持ってゆけますから」
と、偖(さ)て彼は次の如き長物語を始めた。
私の生れ故郷は英蘭(イングランド)の織巣(オース)という小さな田舎町です。今でもそこへ行けば、私と同姓の簗瀬(やなせ)という家は何軒もあります。私もね、時々は故郷へ行って見たいなアという気が起らないでもないですが、真実(まったく)のところ私ア一家親類中に爪の垢ほども信用というものがないんですからね。帰って行ったって余(あん)まり好い顔もされまいと思っているんです。何しろあの連中と来ちゃア、田舎でも有名な教会の御有難い連中で、真面目に働く小百姓ばかりのところへ持て行って、私と言ったら年中其辺(そこら)を彷徨(うろつ)き廻るノラ野郎だったですからねえ、ところがそれも二十(はたち)頃までで、それから以後は一家親類にも迷惑をかけなくて済みました。と言うのは一人の女の事から失敗(しくじり)をやらかして、その揚句が兵籍に入る事になり、其頃丁度印度へ出発しかけていた第三聯隊に加わったのです。
併(しか)し兵隊にも余り運がなかったのですかねえ。印度へ行って兵隊の調練を始め足踏ぐらいも済まし、鉄砲の扱い方も一通り教わった頃、後から考えると馬鹿なことをやらかしたものですが、ガンジス河に水泳(およぎ)に出掛けたのです。幸いなことには其時、私の友達で水練家の針戸(はりど)と言う軍曹が一所に河へ入っていたので好かったんですが、一疋の鰐魚(わにざめ)の奴(やつ)が出て来て、中流に泳いでいた私の右足へガンと喰いついたんですぜ、そして外科醫者にでもスッパリ断(や)られたように、膝の上のところから綺麗に嚙み取って了ったんです。気を撲(う)たれたのと、出血の烈しいのとで、私は気絶して了いましたよ。危く其のまま溺死するところを、今の針戸軍曹が早速引抱えて岸に泳ぎついてくれました。それから病院に五ケ月居るうち、御覧の通り木の義足を穿(は)められ、どうやらこうやら跛(ちんば)曳き曳き歩かれる様にはなったんですが、其代りもう兵隊なぞには及びもつかぬ不具者(かたわもの)、兵隊どころか、動きのある仕事にゃア何一つ手を出せない体となって了いました。


二二、印度叛軍の大暴挙 ――義勇兵となり城門守護[編集]

そういう次第出してね、大抵御察しもつきましょうが、漸(ようや)く二十歳(はたち)を越したばかりで、役に立たねえ不具者という飛んだ不幸な人間になり下ってしまったんですが、此奴(こいつ)が直ぐにまた引くら返って幸福(しあわせ)の種(たね)となった、――いや、表面(うわべ)ばかりの幸福だったかも知れねえが――と言うのは、其頃内地人の阿張(あばり)保一(ほいち)という人が、印度藍の栽培を手広くやっていたんです。其人が沢山の人夫を使う。其人夫を監督して能(よ)く働かせるような者を探していたので、すると、鰐魚(わにざめ)の事件以来私たちの大佐は私に特別に目をかけてくれるようになっていたが、大佐が阿張の友人であったという関係から、私を適任者として熱心に推薦してくれたんですね。また実際私の不具の足も大して邪魔にはならない。仕事は大抵馬上であるので、片足は丈夫なんだから鞍(くら)から落ちないだけの力は有ったんです。つまり耕地の間を馬で乗り廻しながら人夫の働きあんばいに目を注(つ)け、怠けている奴があれば報告すりゃ好いんです。給料は好し、宿舎は結構なり、だから私も悦んでまア一生奉公しようと思い込みましたね。雇主の阿張は親切者で、時々私の狭い宿舎の中へブラリとやって来て、一所に煙草を吸いながら話をする。これが人情でしてね。内地じゃさほどにも思わねえが、遠い印度などへ行ってみると、御互本国人が逢って話をするなんて、どんなに楽みだか知れやしませんわ。
ところが私の幸福(しあわせ)もまた長続きがしませんでしてね。突然(だしぬけ)に、それこそ何の前触もなく大暴動が起きたんです。何方(どっち)から見ても静穏(おだやか)で平和であった印度が、翌月には二十万という黒奴(くろんぼ)の畜生共が暴れ出して、一国忽ち修羅の巷と化(な)って了いました。無論旦那方は学問がお有りだから私どもよりゃア詳しく御存知でげしょう。私ア字が読めませんから、此目で見ただけの事を申上げるんです。私たちの栽培地は北西寄りの州(くに)の境に近い陸久良(ムクラ)という処でしたが、毎晩毎晩焼打に遭う火事の光で空は真紅(まっか)、昼間は昼間で、幾組もの欧洲人が妻子を引連れて阿虞良(アグラ)へ避難するのが続々通る。此阿虞良はまア軍隊の居る町では一番近い町なんです。斯ういう形勢になっても頑固なのは雇主の阿張さん、何(なあ)に暴動と言ったところで大した事はあるまい。大分誇張(おまけ)が多いだろう。起り方も早ければ消え方も早いに違いないくらいに高をくくって、近所一面鼎(かなえ)の沸く様な騒ぎの中に、家の露台に腰掛け、悠々と煙草を吸ったり、酒を飲んだりしていたものです。勿論私たちも傍に居ました。私たちと言うのは私と槇根(まきね)という夫妻者で、この槇根は帳簿方と管理方とをして居たものです。斯うして居るうちに或る天気の好い日の事ですがあ、とうとう大珍事が持上りました。
其日私は少し遠方の栽培地へ出掛けて、夕方そろそろと馬を打たせて帰りかけますと、或嶮(けわ)しい谷川の乾枯(ひから)びた底に、何かしら丸くなって蹲(うずくま)って居るものがあるのに眼をひかれました。さて何だろうと思いながら降りて行って見ると驚いた。思わず慄然(ぞっ)としやしたね。何だって貴君、槇根の女房(かみ)さんが寸断寸断(ずたずた)に切りさいなまれて、其死骸が半分豺(やまいぬ)や野良犬などに喰われているじゃありませんが。その毫上手の路には又槇根が全く息絶えて、手に空の短銃(ピストル)を握ったまま俯伏(うつぶせ)になって死んでいる。その先には四人の印度兵(印度にて英国陸軍の下に兵役に服する土人)が算を乱してへたばって居る。さすがの私も狼狽しましたね。いきなり手綱を締めて何方へ行こうかと迷ったんですが、見れば濃い煙が主人の家から巻き上っている。赤い火焔がメラメラと屋根を嘗(な)めて居るという状態(ありさま)に、これはもう己(お)れが行った処で役にや立たない。それに、下手に飛込んだが最後命を失くすばかりだとこう思いました。小手をかざして眺めると、幾百人とない悪魔の様な土人が赤い上衣を背中にまとい、焼落る家の周囲(まわり)を飛んだり跳ねたり吠(ほ)え廻ったりして居ます。中には私の方を指さす奴がある。すると鉄砲丸(てっぽうだま)が一二発頭の上をかすめて通る。で、私は一目散に其処を落ちのび、水田を幾つも突切り駆けぬけて、夜更けてから漸々(ようよう)阿虞良の市壁の中に避難しました。
ところが頼みにした其市(まち)が、実際に行って見ると余り大した安全の場所でもない事が解って落胆(がっかり)。何しろ国中が蜂の巣を突ついたような沸騰の仕方ですからねえ。我々英国人が少しでも団隊を組めるところでは、直ぐに大砲を用意して固めるという有様ですから其陣地を一歩でも去っちゃア我々はカラ意気地なく逃げ廻らなきゃアなりませんでした。何の事はない蟷螂(とうろう)の竜車(りゅうしゃ)に向うようなもの。それに一番厄介な事は、歩兵にせよ、騎兵にせよ、砲兵にせよ、私共の闘う敵という奴が、今迄英国軍隊の旗下にあった一番精鋭な軍隊なので、つまり英国人が教え、英国人が訓練した奴等なんです。英国軍隊の武器を使い、英国軍隊の喇叭(らっぱ)を吹いているんです。当時阿虞良市内の守備兵というのは、第三ベンガル軽騎兵、二個中隊の騎兵、一個中隊の砲兵、それに印度兵が少しばかりでした。そこで義勇隊という奴が出来ましたね。商会の書記、商人などの輩(てあい)で。で、私も不具ながら其奴(そいつ)に加わりやした。そして六月の上旬に沙寒寺(シャカンジ)という処へ進軍して叛軍と闘い、一時敵を退却させたのはいいが、直き弾薬が尽きたので、また城内へ逆戻りという始末。四方から櫛の歯をひくように来る情報は皆な敗報ばかり――それも無理がありませんや。地図で御覧になりゃア御解りですが、まるで我々は包囲攻撃を喰っていた有様なんですからね。東に百哩(マイル)余の良久野(ラクノ)、南に同距離ぐらいの乾保留(カンポール)、其他東西南北至る処から惨刑、殺戮(さつりく)、暴虐の悲報の来ぬところはないんです。
阿虞良という市は随分広い市でしてね。色々な宗旨狂、偶像、悪魔の崇拝者なぞがウヨウと群っている。何うしたのか味方の兵が少しばかりでしたが、その狭い曲り歪(くね)った巷(まち)の中で行衛不明になって了ったので、司令官はそれでは不可(いけ)ぬというので、河を越して阿虞良の古い堡砦(ほさい)の中へ司令部を移したのです。旦那方ア此の古い塞(とりで)の話を御聞きになったことが有るか無いか存じませんがね。まア私なぞはあんな奇体な場所へ後にも前にも入ったことが厶(ござ)いませんね。第一内(なか)の広いこと広いこと先ず何里四方有りましょうか。一部分には割合に新しい建物も建っています。室も沢山あったから守備兵、女子供、食糧品なぞ皆そこに収容したが、併し此部分は残りの古臭い屯営の広さに比べれば粟粒ほどの狭いもの。さればこの古臭い屯営の方は住む人もなく、荒れに荒れて蜴(とかげ)や百尺(むかで)ののたくるままに任せてある。大(おおき)なダダっ広い室が幾つとなく連なり、其間を長い廊下や、グルグル廻りの緣(えん)が縦横に走っているので、不知案内の者が一旦迷い込んだが最後、旦那容易に出られやアしません。だから時々組になって松灯(たいまつ)なぞを点して探検に行くことがあっても、先ず一人なぞじゃア滅多に行こうという者は無い。
此古い塞の前の方は城壁を洗うっくらいに河が流れていたから自然の防禦となったが、後の三方はそれが無い上に、沢山扉(と)がくッついてあるから尚おと不用心。新旧両方の屯営を守らなきゃアなら無いのですが、何分味方は少数と来ているから、建物の角々(すみずみ)に兵を配置し砲兵陣地を護らせるだけでも足りないあんばいです。況(ま)して数限りもな門へ一つ一つ有力ば兵数を配置しようと思っても出来ない相談。さりとて打棄(うっちゃ)っても置けずと、そこで塞の中央(まんなか)に主力守備隊を集めて置いて、各門へは英兵一名、印度兵二三名ずつを配る事にしました。私もその任に当りましてね、一番南の突端(とっぱず)れの小さな極く極く淋しい門を、夜中幾時間とか時間を定(き)めて守ることになったんです。部下には二名の印度騎兵が付くことになったが、若し何か異変が起って主力守備隊から急援を乞い度い時には何時でも鉄砲を打って合図するようにと教えられて出掛けましたがね。考えて見ると、守備隊のいるところと其門とは二百歩以上も離れていて、おまけに其の間が例の百曲りの廊下や緣側(えんがわ)で距てられているという有様なんですからね。さア敵の不意撃ちだというので慌てて鉄砲を打ったところで、応援隊がうまく間に合うか合わぬか心細いものでしたよ。
それは兎も角、私は新兵の身で不具者(かたわ)と来ている。それがたとえ二名の部下にせよ其頭(かしら)になったんだから大得意です。で、二晩というものは先ず先ず無事に印度兵と哨兵の役を勤めました。此二人の印度兵は一人を真保目宇婆陀(まほめうばだ)、一人を阿多羅漢陀(あたらかんだ)と言って、何れも恐しい形相をした大入道、英国が印度を征服するにつれて、嘗(かつ)ては英国に弓を引いた戦場往来の古武士(ふるつわもの)でしてね。二人とも英語は達者だったが、私は印度の語と来てはカラ解りゃアしません。二人はいつも一所にくッついて、夜中変テコな言葉で喋り散らしていましたっけ。私は其間門の外に立ちましてね。曲って流れてゆく広い河や、大きな市の灯のチラチラするのを眺めながら警戒していました。すると太鼓の音が聞えて来る、銅鑼(どら)の響きが伝わって来る、蛮民の鯨波(とき)の声がワーワーと遠くから微(かす)れて来る。余(あん)まり好い心地はしませんや。旦那、今にも河を渡って突貫して来るかと思ってね。二時間毎には当番の士官が巡視に来て、警戒の様子を調べて行きました。
ところで大事件の出来(しゅったい)したのは、其翌晩のことです。


二三、仲間にならねば刺し殺すぞ ――印度兵の恐しき脅迫[編集]

三日目の晩は真暗で細雨(こさめ)がジョボジョボと降っていました。そんな晩に幾時間も淋しい門へ立って哨戒しているのは陰気なものでしてね。時々印度兵へ話し掛けるけれども二人とも余り返事をしない。そのうちに午前二時の巡視がやって来たから一寸(ちょっと)退屈が紛らせたが、行って了うとまた元の物侘びしさ。そうかと言って二人の部下は、話相手になりそうもないゆえ、パイプを取出して銃を傍に置き、マッチを擦り始めました。すると、二人の印度兵が突然私に飛附いて来たんですぜ。一人は私の鉄砲を取って弾金(ひきがね)を上げて私の頭を覘(ねら)い、一人は一挺の大ナイフを咽喉へ突きつけて、一歩でも動いたが最後命はないぞと言うんじゃありませんか。
こりゃア此奴らア敵に内通していたんだな、そして初めに己を取占(とっち)めて掛ろうとするんだな、と斯う其時には思いました。失敗(しま)った、此門が陥ちれば塞が陥ちる、可哀相に女子供は情報に聞いた乾保留(カンポール)でやられた通りの大虐殺に遭うことだると、さア斯う私の口から言ったら何を好い加減な事をほざくと旦那方ア御思いかも知れませんが、まったくそう考えやした。すると咽喉にナイフを当てられては居たが、私は大声を挙げようと思って口を開きかけましたね。そのままグサリとやられても関(かま)わない、守備隊へ聞こえさえすりゃアいいんだと度胸を据えましたね。と、私を抑え附けた奴が私の胸を観破(みやぶ)ったと見えて、私が屹(きっ)と身構えをすると、英語で、
「声を立てなさるな。塞は心配はないぞ。まだ河から此方にゃア叛徒は一人もいない」
と囁くんでさア。
其言葉つきが満更虚言(うそ)らしくもない。それに声を立てたが最後刺し殺されるということは相手の顔色で解りましたからね、私も一寸待て見た。一体何の為めだろうと黙って待っていました。
と、二人の仲で、特(わ)けても丈高(せいだか)で、特(わ)けても恐い顔の阿多羅漢陀という奴が言うには、
「大人(だいじん)、まア能(よ)く聴き給え。今私等に味方せぬ時は大人は命がない、宜しいか。もう斯うなっては躊躇する必要のない、これは大問題だ。大人の基督(キリスト)の十字架に盟(ちか)って、身心両(ふた)つながら私等に与(くみ)すれば好し、さもなくば私等は大人の死骸を濠(ほり)に投じて叛軍の方へ走るばかりである。死か、生か?時が迫っているから決断の猶予を三分間だけ与えてあげる。また巡視の士官等の来ぬ前に決行せねばならぬ」
で、私は斯う返事をしやした。
「どうして己が決断の出来るものか。君等はまだ何の目的で斯ういう乱暴な事をするのか己に打明けないじゃないか。併し断って置くがね、少しでも塞の安全に背くようなことだったら、己はどんな交換問題も御免だぜ。だからまア其ナイフを引いてくれ。そして落着いて話し合(あお)うじゃないか」
「いや決して塞に関係したことじゃない。英国の人たちが印度へ渡って来る目的ですね、其目的に添うたことを大人にして頂けばいいのだ。つまり大人が金持になって頂きたいのだ。若し大人が今夜私等の味方をしてくれるならば、私等は神かけて盟言するが、大人は莫大もない宝の分配(わけまえ)を得られる。そうだ、四分の一だけはどんなことをしても大人の手に入るに定(き)まって居る」
私は訊きやしたね。
「一体その宝たア何の事だい。その手段(てだて)さえ打明けてくれれば、君等と同様いつでも、金持には成り度いのさ」
「では大人の父君の名によって盟うて下され、母君の名によって盟うて下され、大人の信仰の十字架によって盟うて下され、現在も、それから将来も、私等に対して手を挙げない、また一言も言うまいと云うことを盟うて下され」
「塞(とりで)さえ危険に陥るkとでなくば、己は其通り盟おう」
「では私の仲間たちも大人に盟おう。大人に必ず宝の四分の一を贈る、つまり私等は四人で同じように宝を分けるのだ」
「私等四人と言うが、ここには三人だけじゃないか」
「いや、浪須戸阿武迦(はすとあっぶか)も分配(わけまえ)を取らなくちゃ、ならない。それじゃア彼(あれ)の来るのを待つ間打明けて事件(こと)の真相(わけ)をお話しましょう。オイ、宇婆陀、汝(われ)は門に張番して、一件の来るのを気をつけて居ろよ」
と、さて話し出したのは恐しい魂胆、先ず斯う言うんです。
何でも印度の北寄りの州(くに)に、支配する土地は狭いが大層裕福な一人の王様がある。父王の遺産が沢山あった上に、自分も一方ならぬ守銭奴であったから財産は貯(た)まるばかり。ところが今度の叛乱です。其様(そん)な王だから初めは日和見(ひよりみ)のつもりで叛軍へも附けば、英国方へも色目を使うといった有様でげしたが、つらつらと形勢を考えるに結局やはり白人の勝利に帰しそうに見える。が、そこに抜目はない。斯ういう計画を立てた。それは何方(どっち)が勝とうが負けようが、少くも自分の宝の半分だけは取り留め度いというのです。で、金銀類は自分の王宮の穴蔵に匿(かく)したが、一番貴重な宝石類、選みに選んだ真珠なぞは一つの鉄函に入れ、一人の信用ある臣(けらい)を商人風に仕立てさせ、阿虞良(アグラ)の城中に入り込ませ、叛乱の終る迄鉄函をそこで保護して貰おうという計画を立てたそうです。斯うして二股掛けて置きさえすりゃア何方に転んでも無難というもの、叛軍が勝てば王宮の穴蔵の財産は当然無事だし、英軍が勝てば阿虞良の宝玉も其まま手に戻るという訳けですからね。そうして置いて酷いじゃアありませんか、其当時は自分の州では叛軍の方が威勢が好かったというので、叛軍に投じていたんだそうですぜ。
それは偖(さ)て置き、商人に化けた例の王様の臣殿(けらいどの)、滅吐(めつど)とかいう名で段々旅をして来て、もう阿虞良の市中に着き、城へ入り込む方法を考えて居る最中とか。それには一人の道連があるが、それが漢陀(かんだ)の乳兄弟の阿武迦という奴で、悉く王様の今度の秘密を嗅ぎ知っている。で、阿武迦は此二人の印度兵と諜(しめ)し合せて、滅吐をわざと塞の側面に導き、此門を指して今度やって来る手筈になって居る。もう間もなく見える筈だ。こんな淋しい場所であって見れば誰一人其臣の姿を見掛ける者もあるまい。従ってその体がどう消えて失敗(しま)おうと世の中では知る者もなく、此方は宝玉さえ分けて了えばそれで仕事は済むのだ。大人は一体どう思いなさる?」
と斯ういう話なんです。
旦那方も考えて御覧なさい。常時(ふだん)でこそ人間一人の命は神聖なんですが、四方八方が火炎と血だらけ、何方を向いても殺人(ひとごろし)ばかりに衝突(ぶつか)るという時じゃア、私にとってさえ商人の滅吐が生きようが死のうが、向う河岸の火事よりも何でもない許(ばか)りか宝玉の話にゃア素的に心を牽(ひ)かれやしてね、私は考えた。やくざ者の評判の私が大金を懐中(ふところ)にして故郷(くに)へ帰って行ったら、故郷の奴等ア眼玉をでんぐり返して何と言うだろう。とそう思うともう決心をしやした。漢陀は私が躊躇(しりごみ)していると見てか尚お頻りに勧める。どうせ滅吐が司令官の前に出りゃア首を絞められるか銃殺されるかして宝玉を分捕りされるばかりだから、それをただ此方で占(せし)めるばかりだ。宝の山に入りながら手を空しくしてることが有るものか。さア決断するのは今のうちだと煽りつけるので、
「好し、君等に加担しよう、きっと加担する」
と決然(きっぱり)と言いますと、初めて鉄砲を返してくれやした。
「好く決心して下すった。私たちは大人を信用します。もう兄弟と商人とを待つばかりだ」
と言いますゆえ、
「君の姉弟は君等の企てを、知って居るのか」と聴きますと、
「知っている段じゃアない。元来は此企ては兄弟が考え出したんです。さア門へ出て宇婆陀と一所に見張って居ろう」
と又も姿勢を整えて照会に立ちました。


二四、雨夜の城の商人殺し ――死骸は地下へ、宝玉函は壁中へ[編集]

丁度印度が雨期に入る季節のせいか、雨はますます降って来る。褐色(とびいろ)の重苦しい雲が空を覆うて、半丁先きも見えぬ暗さ。私たちの護っている門の直ぐ前に深い濠があるが、所々水が乾いてそういう所は訳もなく通り越されるのです。考えて見れば自分ながら変な気持でしたね。何しろ二人の印度人と一所に、知らぬが仏で死にに来る男を待ち受けて居ようという場合ですからねえ。
不図気が付くと、濠の向う側に覆いをした角灯がチラリと光るのが見出した。
一度堤(どて)の蔭に隠れたが、また現われて段々此方を指してやって来る様子。
「来た来た!」
と言うと、漢陀が小声で、
「大人、貴君(あなた)は毎時(いつも)の通り済まして誰何(すいか)して下さい。相手(むこう)に不安心を与えちゃアなりませんからね。そして私等の手にさえ送りこんで下さりゃア後の料理は私等が引受けまさア。角灯の覆いを取る用意をして置いて下さいよ。真実(ほんと)に其の商人だかどうか見極めなくちゃアならねえからね」
と注文しました。見ていると向うの光は止まったり、また歩き出したり、チラチラと瞬きながら近付いて来る。そのうちに濠の向う側に人影が黒く二つ動き出した。待っているとダラダラと包(どて)を匍(は)い下る。濠の底の泥土を跳ねながら進んで来る。そしてまた此方の堤を門へと匍い登って来る。頃を見計って私は声を押殺して誰何しました。
「誰かッ?」
「仲間だ」
という返事。そこで角灯の覆いを除(の)けて颯(さっ)と光を浴びせ掛けると、真先に立ったのは腰帯の辺まで長髯を垂らした大男の印度兵、其後に背の低い丸々と肥満した一人の男が大きな黄色の頭巾を冠り、肩掛で包んだ一個の荷物を手に抱えているのです。余程怖いと見えて体中を顫わしている。手が瘧(おこり)をふるって居るようにガタガタと揺れている。頭を彼方此方(あっちこっち)へ動かしては、小さな光る眼を光らせて居る態(さま)が、まるで穴を出掛かった鼠といった形なんです。此奴を殺すのかなアと思うと流石(さすが)にゾッとしやしたね。けれども宝玉が手に入るんだと思い返すと、心が直ぐ鬼になりましたよ。それとも知らぬ商人は、白人の私の顔を見ると、さも安心したらくしチューチューと鼠鳴きをして飛んで来て、
「大人、救い給え、不幸な商人滅吐(めつど)を救い給え、私は阿虞良(アグラ)城に逃げ込むために一生懸命旅をして参りましたが、私が英国方だと申すので、強奪はされる、擲(なぐ)られる、罵られる、いや散々な目に遇いました。併しまア斯(こ)うしてお城に辿り着いたのは何と言う幸福(しあわせ)なことか――私ばかりか、荷物までも」
「一体どの荷物は何か」
と聴きますと、
「鉄の函であります。なに一二通の私の家の書類でしてね。他人様には何の価値(ねうち)もないものでも、私に取っては失敗(な)くしてはならぬものであります。併し私も乞食では厶(ござ)いませぬから、お若い大人、貴君(あなた)にはお礼をお致します。若し又私を保護してくれましたら司令官殿にも御礼は致します」
と言う其肥った怯(おび)えた顔を見ていれば見て居るほど此方(こっち)の残忍な気が鈍るので、此奴(こいつ)は長く話をして居ては利益(ため)にならぬ、早く引渡して了(しま)うが得策だと思って、
「此人を司令部へ御案内せい」
と命じると、宇婆陀(うばだ)、漢陀(かんだ)の二人が左右へ付き添って暗い門へ入って行く。背後(うしろ)には大男の阿武迦(あぶか)が跟(つ)いて行く、私は角灯を持ったまま門に残って居ました。
寂然(しん)とした廊下に響く三人の跫音(あしおと)は暫時(しばらく)はパタンパタンと響いて来る。それを聞いている中(うち)に不意に足音が止んだんです。そして罵る声々、立廻りの音、ぶん殴る音などが聞えて来ます。間もなく、私は怯然(ぎょっ)としましたね。一人の男が息を切らしながらバタバタと此方(こっち)へ駆けて来るじゃありませんか。で、廊下の方に角灯の光を向けて見ると、果して商人が疾風のように駆けて来る。顔からは血が流れている、其直ぐ後から大男の髯面(ひげづら)の印度(インド)人が、手にナイフを閃(きらめ)かしながら虎のように迫って来る。私も商人の逃げかたの速いのには魂消(たま)げやしたね。印度人も負けそうだ。一度私の面前を通り過ぎたが最後、先生広場(ひろっぱ)へ飛び出して命は助かるかも知れない。ああ、そうして呉(く)れればいい……と思う間もなく、ええ宝玉だッと思うとまた無慈悲になる。そうして丁度私の前へ駆けて来た頃を見計らって、商人の股倉へ鉄砲の台尻を衝(つッ)と挟むと、先生弾丸(たま)に撃たれた兎みたように二度ばかりコロコロと転びましたが、二度目に起き上おうとする間もあらばこそ、阿武迦は早くも押しかかった、そしてナイフを二(ふ)タ突きばかり橫腹(よこッぱら)へ刺し込んだ。そのままさね。商人先生ウンともスンおも言わねえ、手足も動かさねえ、倒れたまんま御陀仏(おだぶつ)になってしまった。ねえ、旦那方、私は御約束に従って有りのままを真正直に申し上げて居るんですよ自分の利益(ため)になったって成らねえたって仕方アありませんや。


茂十は此処(ここ)まで語って言葉を切り、手錠を穿(は)めたてを差出(さしだ)して、博士(はかせ)が注いでやったウイスキーと水とを割ったのを飲み乾(ほ)した。予は白状するが、今こそ判然(はっきり)と此男の残忍酷薄なる性質が解った。それっは彼が行うた冷血的の行為の故(せい)ではない、実に彼がそれを物語る無遠慮に流暢なる人も無げなる言葉付きに於(おい)て、そう感じたのである。彼が如何いか)なる重い刑罰に処せられんとも、少(すくな)くとも予に於ては一片の同情を払わぬ積(つも)りだ。博士と阿瀬田警部とは手を膝に置いて深くも興味のある風に傾聴していたが、二人の顔にも嫌厭の情を見ることが出来る。茂十はそれを観察せしものか、声にも態度にも幾分反抗の気を含んで、
「無論、私の行為は賞(ほ)めたものじゃアありません。けれどもですね、仮りにあの時の私の位置に立って、咽喉(のど)を刺されようという場合に、尚お宝玉の分配を拒(こば)む人が何人あるでしょう。それにあの商人が一度塞の中に入った以上、私が生きるか、彼が生きるか、何方(どっち)かの問題でさア。若し彼が逃出(にげだ)したとしたら、悪計忽(たちま)ち露見して私共ア軍法会議に廻されて、銃殺ものと定(き)まって居ますからね」
「続きを聴かしてくれ」
と博士は簡単に促した。
で、また話し出す。


さて死骸の始末をしなけりゃなりません。門衛の方は宇婆陀(うばだ)一人に任せて、私と、漢陀(かんだ)と、阿武迦(あぶか)の三人が死骸を担ぎ入れました。背は低かったが仲々(なかなか)重い奴で、漢陀たちが前から用意して置いた場所まで運んだのです。そこは可成(かなり)奥の方で、曲った廊下が一つの大きな空間(あきま)に入ろうとする所、煉瓦の壁がボロボロに落ちているところです。そこに地の床が深く陥(お)ち窪んで自然の墓形(はかなり)になっているところがある。その中へ死骸を埋めて煉瓦を覆い掛け、さて宝玉の許へ戻って行きました。
宝玉の所在(ありか)は、商人が一番先(さ)きに殴られてそれを取り落したところに在るんです。其鉄函はつまり今旦那方の眼前(めのまえ)にあるこれなんで、蓋の彫刻した把手に鍵が絹紐で結んでありました。明(あ)けて見ると、角灯の光にキラキラと輝いた宝玉の一団、子供の時から本で読んだり想像していたりしたのが、今眼前(めのまえ)に現われたので、其光りにはアッと眼惑(めまい)がするほどでしたよ。皆思う存分に眺めた末に、宝玉を取出して目録を製(つく)って見ると、まア御聴き下さい、最上等の金剛石(ダイヤモンド)が百と四十三個、其中には「大蒙古(もうこ)帝」という仇名(あだな)のある世界で大(おおき)さが二番目という素晴しい奴も混(まじ)っていたんです。それから緑柱石(エメラルド)が九十七個、少しは小形のものもあったが紅宝玉(ルビー)が百七十個、紅玉が百四十個、青玉が二百十個、瑪瑙(めのう)が六十一個、其他緑玉石、縞瑪瑙(しまめのう)、トルコ玉なぞいうものが数限りもなくあって、後には覚えたけれども其時は到底(とて)も名を知らない物が多かった。尚(な)お此ほかにざッと三百個ばかりの上等の真珠があって、其中のニ十個だけは金の珠数(じゅず)に繋いでありましたっけ。此真珠の珠数だけは後に取出されたと見え、今度山輪の邸(やしき)で私が鉄函を取り戻した時には入って居ませんでした。
宝玉の勘定が済むと、また函へ戻して宇婆陀(うばだ)にも見せるために門まで運んで行った。そして四人して改めて盟(ちか)いを立てて、互に扶(たす)け合うて決して秘密を口外せぬ約束をした。宝玉は今分配しても仕方がない。下手(へた)に身分不相応の物を持っているのが見付かると却(かえっ)て疑いを招く基(もと)、それに城内では御互に自分の私室もないことゆえ人目につき易い。で、鉄函をば商人を埋めた室(へや)へ持ち帰り、一方の壁の煉瓦の奥に孔(あな)を製(つく)って其中へ隠して了(しま)ったのです。他日其隠し場所に迷わぬため念入りに其処(そこ)を覚えて置き、翌日私は同様の図面を四枚引き、その片隅に四人の署名をして一枚ずつ配りました。つまり四人が一心同体に働くという盟(ちか)いのためでさア。私はこの盟(ちか)いは決して破らなかったんですよ。
印度の叛乱の結末についちゃアお話するまでもなく御存知の筈だ。つまり色々な雄将がやって来て忽ち叛軍平定、平和克復となりそうになったが、そこでいよいよ私たちも宝玉を手に入れる日が来るわいと歓(よろこ)んでいると、何のこと糠(ぬか)よろこび、滅吐殺しの下手人というわけで、四人とも美事に捕縛(ふんじば)られて、慾も希望(のぞみ)も粉微塵となりました。


二五、宝玉の報酬は島破 ――欺した少佐へ復讐の計画[編集]

何故また露見したかと言うのに、例の慾張王は滅吐へ宝玉を托した時には、滅吐が正直な男であると信じて居たが、そのくらいな二股掛ける用心深い王だから疑ぐり深い。で、もっと信用ある一人の臣(けらい)に密旨を授け、隠目附(かくしめつけ)として滅吐の後を跟(つ)けさせたのです。此奴が影の形に添うように瞬時も商人から眼も放さず、其晩も塞の傍まで跟いて来て、商人が門へ入り込んだのを確かに見届けた。無論巧く城内に匿まって貰われた事と信じたが、念のため翌日其奴(そやつ)自身で塞へ来り、許可を得て内へ入ったが、さて肝心の商人の姿が見えないところから不審を起しましてね、案内の軍曹に訳を話す、軍曹から司令官に報告する。忽ち塞中の大捜索となって、死骸は苦もなく見付け出されたんです。斯ういうわけで宝玉分配の夢を見ている最中、四人とも商人殺しの下手人として捕縛(ふんじば)られやした。併し吟味の時にも宝玉の事は一言も出なかった。と言うのは王様が間もなく廢黜(はいちゅつ)されて印度から追出されたものですからね。自然宝玉の問題は立消えとなって了ったが、四人とも人殺の罪状は明白となり、三人の印度兵は終身懲役、私は死罪と斯う宣告されましたが、私も後になって罪一等を減じられて終身懲役にされました。
考えて見ると其時の私たちの境遇というものは変なものでさア。現在莫大な宝玉が埋めてあるそれが手に入りさえすりゃア一人一人立派な金持になれる身分でありながら、牢獄へ押し籠められて出る事も出来ない始末なんですからね、気が揉めるってこんな気が揉めて腹の立つことア有りゃアしませんや。ほんとに忌々しくって気も狂うばかりに悶(もが)いても見ましたが、併し元来が私ア強情な性質(たち)だから、じっと我慢していたんです。
其うちに阿虞良からマドラスに移され、其処からまた安陀漫群島の一つの島に流されました。ここの殖民地には白刃の罪囚は少なく、それに私は最初から神妙に服役したものだから、行って間もなく役人には気に入られて特別の取扱いをされるようになりました。針枝山(はりえざん)という山の麓に帆立(ほだて)という小さな場所がある。そこへ一軒小舎(こや)を貰って住んだのですが、何を言うにも熱病の流行(はや)る荒寥とした島でしてね。私たちの居る少しの開墾地の周囲(まわり)には、喰人種が一パイはびこって居て、機会さえあったら毒矢を投げようというのだから堪まりませんや。私たちの仕事は鉱山を掘ったり、濠を掘ったり、芋薯(やまのいも)を植えたり、其他何やかやで一日中忙(せわ)しく、僅に夕方隙(ひま)があるくらいでした。そんな仕事の中でも私は軍医の助けをして薬を盛ることを覚えましてね。其方の生嚙(なまかじ)りの智慧もつきました。それでも何(ど)うかして逃出そう逃出そうという念(おもい)は、一日一時だも胸を放れなかったが、何分大陸を距(さ)る何百哩(マイル)という浪の上、おまけに風のない海と来ているので、とても容易なことじゃ脱け出られそうもありませんでした。
軍医は染原(そめはら)さんというので、忠実な人だったが、年が若いだけに仲々の遊び好きで、従って毎晩その室には士官たちが集っては骨牌(カルタ)をする。私が調剤をする外科室は軍医の今の隣室で、間には一つの小さい窓があるので、物淋しい時なぞは私はランプを消して其窓際に立って、士官たちの話を聴いたり、骨牌の勝負を眺めたりしたもんです。元来自分が好きだから、眺めて居るだけでも堪えきれません。集る者は此島の軍隊指揮官山輪少佐、須谷大尉、振尾(ふりお)中尉、染原軍医、其他二三人の看守なぞで、いつも楽しそうな会合をするのが常でした。
毎晩眺めている中に斯(こ)ういうことに気がつきやした。それは将校の方が必ず負けて、看守たちのほうが必ず勝負に勝つということです。一晩ごとに将校たちは貧乏になる、なればなるほど躍起となる。殊に山輪少佐が酷い。初めは金貨や紙幣なぞ現金で賭けをしていたが、終(しまい)にはそれも尽きて約束手形でやる、而(し)かもそれが莫大の額にのぼる。時には数番も続けて目の出ることがあっても、またドカリと落ちて前よりは一層悪い始末で、そううなると一日中不機嫌な顔をしてそこらを彷徨(うろつ)き廻ったり、自棄酒(やけざけ)をグイグイ呷(あお)ったりする。山輪少佐と須谷大尉とは極くの親友だが、二人とも益々景気が悪く、もう二進(にっち)も三進(さっち)も行かなくなったらしい。
そこへ私ア附け込んだんです。
或日少佐一人で海岸を散歩している所を見込んで話しかけた。
「少佐殿、少し御相談申上げたいことが厶(ござ)います」
「おお茂十か、何じゃ」
と少佐は口から巻煙草を放して振向いた。
「実は埋めてある宝玉を御手渡しするには何(ど)のような方法が宜しいか教えて頂き度いのであります。私は五拾万ばかりの価値(ねうち)のある宝玉の埋めてあるところを存じて居ますけれども、到底(とて)も私が使う訳には参りませんから寧(いっ)そ適当な御役人へ差上げて、少しでも刑期を減らして頂いた方が上策だと思いましてね」
「なに、五拾万の価値のある宝玉!」
と少佐は声を喘(はず)ませて私の顔を見ました。
「そうです――真珠、瑪瑙(めのう)、緑柱石(エメラルド)等です。誰でも手を付けるばかりに埋まっています。そして不思議なことには其真正(ほんとう)の持主という者がそれを占有する法律上の権利がなくなって居ますから、一番先きに手を付けた方の所有になるので厶います」
「それは政府へ出さなくちゃ不可(いかん)、政府へ」
と言ったが、判然(はっきり)とは言い切れない。其言葉付きで、大抵少佐の胸も解ったのです。
で、私は落着き払って、
「では総督閣下へ申し出た方が好いと御考えなのですか」
と言うと、
「待て待て、軽率なことをして後悔しても役に立たんぞ。兎にかく一什(いちぶ)始終(しじゅう)を聞かしてくれ。どういう事実なのか」
そこで私は最初からの事件を聞かしてやった。尤(もっと)も宝玉の所在(ありか)が確(しか)と解ってはならぬから、其場所だけは曖昧(あいまい)に話を少し変て話してやると、少佐は莫迦に考えに沈んで石地蔵みたいに佇立(つった)って了ったね。唇が頻りに捻れて居るところで見ると、心中に大苦悶があるなと見て取ったんです。やがての事に、
「コりゃア実に大事件だぞ茂十、誰にも洩らしてはならんぞ、もう一度逢って相談しようから」
と言って別れたが、越えて二日目の真夜中に、今度は須谷大尉を連れ、角灯をつけて私の小舎へ忍んで来ました。
「須谷大尉にお前の口から事件の顚末を聞かせ度い」
というので、私は繰返して話しました。
「ねえ君、真実(ほんとう)らしいじゃないか、ねえ、こりゃア一番働きものだぞ」
と少佐が言うと、大尉も首肯(うなず)くので少佐は更に、
「コレ茂十、よく聴け。我々二人は此の問題を慎重に討議し合った末参ったのであるが、結局問題は政府の手にかけるべき性質のものではないのみならず、お前の一私人の問題であるゆえ、無論お前の自由に処分することが出来ることなのじゃ。そこで最後の論点は、お前がこれを譲り渡すについてどのような報酬を望むかという点にある。若(も)し相談が纏まりさえすれば、我々は手を出して見るつもりはある。少くも触って見たいとは思うとるのじゃ」
と言う、其言い態(ざま)が如何にも冷淡に、無頓着を装っているけれども、なアに私にだって眼がありまさア。少佐の眼が熱心と慾とで光って居るくらいは見抜いて居まさア。
私も気が立っては居たが、わざと素気なく言ってやったんです。
「なに、旦那方、報酬と申して、どうせ斯(こ)ういう境遇にある私等の御願いすることア一つきしゃ厶いませんや。つまり旦那方のお蔭で此島を逃出すことが出来さえすりゃアいいんです。他の三人の印度人も同様です。そしたら旦那方御二人も仲間にして五人で宝を分けようじゃ厶いませんか」
「ふム!五つに分けるのか!そりゃア余(あん)まりゾッとしないな」
「でも一人当て拾万円ずつになるじゃ厶いませんか」
「それにしても我々がどうしてお前たちを逃げ出させることが出来るか。それは不可能なことを請求するというものじゃ」
「いえ、決して出来ない相談をお願い致すんじゃ厶いません。御願いをする迄にゃアこれでも底の底まで考えたんです。私たちが脱け出すのに第一の困難というのは航海に堪える船のない事。航海の間の食糧のないことです。それが陸地のカルカッタかマドラスに行けば沢山船があります。それを島へ持って来てさえ頂けりゃア、夜に紛れて乗出しますから、印度大陸の方の何処でも関(かま)いませんが、上がれさえすりゃアそれで宜しいんです」
と言うと、須谷大尉が、
「どうも拙(まず)い仕事だな。併しそれだけの宝が手に入れば、埋合わせがつくというものか」
少佐はまた私に向って、
「宜しい、兎に角やって見ることにしよう、その上で何れとも決定しよう。それでは無論真先に宝玉の真否を確かめねばならぬ。その鉄函の埋めてあるところを教えてくれ。そうすれば休暇を取って印度へ行って調べて来るから」
無効が熱すれば熱するだけ、私の方では益々落着いて、
「なに、そんなに御急ぎにならんでも宜しいんです。他の三人の仲間の同意も得ねばなりませんから。前にもお話し致します通り私共四人は一心同体で厶いますからねえ」と言うと、それには及ばぬと大分反対しましたけれども、私が飽迄頑張ったので遂々(とうとう)そうすることになり、二度目の会見で宇婆陀、漢陀、阿武迦の三人も立合い、いろいろと談判はあった末漸く相談が整いました。それは私たちが宝玉の埋め場所を示した詳しい塞の図を一枚ずつ二人に差出す。少佐はそれを以て第一に印度に渡って、事の真否を検べる。果して鉄函が有ったらば、其儘埋め置いて食糧を積んだ船を一艘島へ送り、何喰わぬ顔で勤務に戻る。私たちは其船で島を抜出す。今度は須谷大尉が休暇を取って印度に渡り、阿虞良で私たちと落合って大尉は少佐と二人分の分配(わけまえ)を受取る。斯ういう手筈を極秘の約束のもとに取り定(き)めました。其晩私は黎明(あけがた)まで掛って二名の図をひき、真保目宇婆陀、浪須戸阿武迦、阿多羅漢陀、それに私の簗瀬茂十、此四人の署名をして少佐たちに渡したのです。
旦那方、余り話が長くて御疲労(おつかれ)でしょう。それに警部さんも私を絞首台にお掛けなさるのが定めで御待遠でしょうから、後は出来るだけ縮めて御話致して了いましょう。悪人の山輪の畜生、印度へ渡ったままとうとう島へ帰らないんです。そして叔父が死んで遺産が手に入ったとか言って、軍隊を退(さが)って了ったんです。間もなく須谷大尉が阿虞良城へ行って見ると果して宝玉の影も形もない。山輪の奴が一人で占(せし)めて了ったんですね。其時以来私はまるで復讐の為に生きて来ました。
夜昼絶間なく其事ばかり考え暮して夢中になるようになりました。もう法律も恐れない、絞首台も眼中にない。どうして島を逃れようか、どうして山輪の奴を突き留めようか、どうして殺してやろうか――其事以外には考えないのです。山輪を殺そう!其一念に比べては、もう宝玉なぞは何でもなくなって了いました。


二六、博士は全く探偵の天才家である ――長き長き茂十の物語は尽きた[編集]

機会を覘(ねら)って居る中にとうとう島脱けの運が向いて来ました。と言うのは、私が医者の真似事を少しばかり覚えたとお話したでしょう、それです。或時丁度染原軍医が熱病に罹って寝て居る最中、一人の此島の蛮民が森の中で暴民共に刺されて死にかかった。それをば私が助けてとうとう全快させてやったものですから、以来すっかり私に恩を着ましてね、森へは帰らず私の小舎の側をばかり彷徨(ふらつ)いているんです。殊に其奴(そいつ)から島の言葉を習い覚えるようになってからは一層私が好きになったらしいんです。
名は頓迦(とんが)と言いましてね、背こそ莫迦(ばか)に低いが、船乗りの腕は確なもので、一艘の大きな独木舟(カヌー)さえ持っていました。彼奴(きゃつ)が心底私に帰依して、私の言う事なら何一つ背かぬのを見極めたので、此奴を島脱けの相手にしようと覚悟しました。そして其決心を打ち明けたのです。で、談合の結果、舟を見張のない古い埠頭(はとば)に廻させて、そこから共に乗船する。尚お舟には飲水をいれた瓢箪(ひょうたん)五六個、芋薯(やまのいも)、椰子、馬鈴薯(じゃがいも)なぞを積み込ませることにしました。
恐らく頓迦ほど忠実な奴はまたと有りますまい。約束の夜になるとチャンと埠頭へ独木舟を廻しやした。然るところ、茲に鬼藤(おにふじ)と言って私をば日頃目の敵(かたき)にして虐(いじ)めた一人の看守がある。其奴が丁度其時埠頭に来合わせました。どうかして仇を取ろう取ろうと覘っていたのが、今島を出るに臨んで来合せたこそ天の与えと思って見ると彼奴そうとも知らず鉄砲を担いだまま此方に背を向けて岸に立っている。私は脳味噌を打ち砕いて呉れようと手頃の石を探したが見当らない。其時ふッと怪(おか)しな考えが頭に浮んだ。好し好し此奴(こいつ)で擲(なぐ)ってやろうと、暗闇の浜の腰を卸(おろ)して、此木製の義足を解き、ピョンピョンピョンと三つばかり片足飛びをやらかして、それと気付いた彼奴が鉄砲を構える間もあらばこそ、忽ち義足を振りあげて真向微塵に打ち下ろし、とうとう即死をさせて了いやした。其時の割目が今でも此義足について居まさア。そうして置いて二人とも大急ぎで水際へ飛び着き、首尾よく舟を乗り出しました。頓迦は所持品一切を舟へ持込んだが、其中に一本の長い竹槍と椰子製の蓆(むしろ)とがあったので、私はそれで帆を造った。こうして十日間というもの浪のまにまに大海を流れていると、十一日目に通り掛りの商船に救い上げられました。
それからの私と頓迦との長い間の冒険譚を一々お話していたら夜が明けたって足りないくらいですから御迷惑でしょう。私等はまア長年の間世界中を漂浪(ひょうろう)して居たんです。其の間だって寝る間も山輪に復讐のことは忘れやしません。英国へ帰った時山輪は上海に居ることを知り、とうとう其の後に上海へ来ることが出来ました。其(それ)から直(じか)に山輪の住家は難なく突きとめたが、東京へ移住したというので、彼奴が宝玉をもう正金に換えて了ったか、それとも未だそのままで持っているか、それを確めるために内通者を一人二人こしらえて、共に東京へ参りました。其内通者の手で宝玉がまだ其儘であることが解りました。で、如何にもして敵に接近しようと、いろいろに工夫したが、彼奴もさるもの、護衛人を幾人(いくたり)も置いて居るので、容易に手を下すことが出来ない有様です。
すると或日山輪が死にかかって居るという報知(しらせ)。それは大変、仇討もせずに死なれてなるものかと私は狂人(きちがい)のようになって窓へ近寄って見ると、成程病床に横って、二人の子息(せがれ)に何か言っている様子。己(おの)れ相手は三人でもいいから跳り込もうと思った時、早くも彼奴はガックリと落入って了った。仕方がないから私は其晩彼奴の室に忍び入り、宝玉の所在(ありか)を捜る手掛りもあるかと書類を引くり返して見たが、それに関しては一行も書いてないんです。忌々しいから他日仲間の三人に遇った時の心慰(こころい)せに、と紙片(かみきれ)の端に四人の署名として死骸の胸に針で留めて来やした。謂(い)わば私共は彼奴に財産を強奪され、愚弄されたようなもの、その怨恨(うらみ)の言葉も添えずに墓場へ送り込むのは如何にも残念でしたからねえ。
ところで私共も喰って行くには金が要るので、矮人島(こびとじま)の黒奴(くろんぼ)頓迦を観世物(みせもの)なぞに出し、生肉をムシャムシャ喰わせたり、戦踊りをさせたりして、それでも可成な銭を取って居やした。山輪の方では、子息(むすこ)たちが宝玉を捜しているというほか、数年間は何の珍聞もなかったが、やがて待ちに待った宝玉が見付かったという報告(しらせ)があった。それは亡少佐の家の最頂上の密室、丁度山輪建志の科学実験室の真上に当る室という事が解ったんです。私は早速行って密(そっ)とその室を外から眺めたが、不具の足でどうしたら登られるだろうと弱っていると、その密室に刎出扉(なねだしど)のある事と、主人建志の夕飯に降りる時間とが解ったので、やっぱり頓迦を使うに越したことはないと考え付いた。で、あの晩彼を彼処(あすこ)へ連れて行き、先ず腰の周囲(まわり)へ縄を巻付けさせて登らせると、猫のようにスルスルと登って行ってえ、屋根から天井の密室、密室から実験室へと降りて行ったが、意外にも建志は夕飯に降りぬと見え其室に居った。これが建志のために不運だったんです。忽ち頓迦の為に毒矢で殺されて了った。このまた黒奴が、罪もない建志を巧く殺したのを天晴れ私に忠義でも立てたつもりか、私が縄を伝って登って行って見ると、さもさも得意そうな面をして傲歩(ごうほ)して居るので、流石(さすが)の私も嚇(かっ)として縄の端で打(ぶ)ん殴ろうとすると、いや、奴さんの魂消(たま)げかたったらなかったね。併し殺したものは仕方がないから、宝玉の函を先きへ下ろして置いて私も降りて了った。その前に、宝玉が終に正当の権利を有(も)つ者の手に入ったことを知らせるつもりで、卓子(テーブル)の上に例の四人の署名を残しやした。それから最後に頓迦は縄を引上げて置いて、登った時と同様、屋根から抜けて降りて了いました。
さア、もう余(あん)まりお話することも残ってないようだな。ああ北光丸のことが有る。隅原という者の所持船(もちぶね)北光丸が快速力の汽艇(ランチ)だということは前から聞いていたので、今自分等が逃げるには適当(もってこい)だわいと気が付いたから、早速隅原の老爺(おやじ)を雇って、若し無事に自分たちを汽船まで運んだら大した御礼をするということにした。爺様(じいさん)、少しは臭いとは思ったろうが秘密の真相までは到底も知りようがなかったんですね。これまでの話は一つも虚言偽(うそいつわ)りのないことですぜ。私はただ私というものが何(ど)れだけ山輪少佐に欺されたか。其子の建志の横死に就ちゃア全く自分に罪がないということを世間へ知らせることが出来さえすりゃア本望なんです」
長い長い茂十の物語が漸く尽きた。
「頗(すこぶ)る驚くべき話だ」と博士は口を開いて、
「非常に面白い事件だ。結末も抵当についている、尤も俺(わし)にとっては格別新しい内容もない。只あの縄がお前が持って来たのだとは知らなんだ。それに頓迦は毒矢を残らず落し忘れて行ったろうと思うた。そう望んで居たんだが、今夜追跡の艇(ふね)の中で一本我々に撃ち居ったわい」
「旦那、皆な失くなしたんです。丁度吹竹(ふきだけ)に入っていたのが、一本残って居たんです」
「ああ、成程な、そこ迄は気が付かなんだ」
「まだ何か御不審の個所でも御有りですかね」
と犯人は温和(おとな)しく訊いた。
「いや、もう何にもない、御苦労、御苦労」
「呉田さん」と阿瀬田警部が言った。「貴君は全く犯罪の鑑定家でおありですな。併し職務は職務です。実は貴君と中沢さんとが仰有(おっしゃ)るままに少し寛大にやり過ぎました。馬車も待って居るし、二名の部下も待って居ます。いや、御両君の今回の御助力は感謝のほかはありません。無論裁判所へはまた御立会いを願わねばなりますまいが、今夜あこれで失礼いたします」
「旦那方、サヨナラ」
と茂十も言った。
「茂十、貴様が先きに立て」と警部は用心深い。「安陀漫島の看守のように、後から義足でガンとやられては堪まらぬから、警戒せねばならぬわい」
警部と犯人は斯うして出て行った。
斯くしてこの翌日から都下の新聞には、此の驚くべき顚末が連載され、均(ひと)しく世の耳目を聳動(しょうどう)した。而(しか)もこれが程なく、山輪少佐や茂十の本国なる英国に伝わって、英国の新聞紙は、日本の探偵界に呉田博士のあることを、賞揚してあらゆる讃辞を羅列した。呉田博士の名は、一事件を経る毎に、隆々として、社会に鳴り渡った。博士は全く探偵の天才家である。
又丸子と中沢医学士とは、其後一層に親し味を以て交際を続けて居た。

この著作物は、1915年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)80年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。