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たろう。さっきも熊蔵が云った通り、その晩にあの七之助が天秤棒でおふくろをなぐり殺した。それをおめえは知っていながら、あいつを庇（かば）って三吉のところへ逃がしてやった。三吉がまた好い加減なことを云って白ばっくれて七之助を引っ張っつて来た…

た。私はそれに乗ってしまったのである。それにしてはなんという不似合いな客であったろう。私はただ村の郵便局まで来て疲れたというばかりの人間に過ぎないのだった。 日はもう傾いていた。私には何の感想もなかった。ただ私の疲労をまぎらしてゆく快い自動車の動揺ばかりがあった…

た。多吉の附き合いに二、三杯飲むと、もう半七はまっ赤になって、膳を引かせると、やがてそこへごろりと横になってしまった。 「親分、くたびれましたかえ」と、多吉は宿から借りた紅摺（べにず）りの団扇（うちわ）で、膝のあたりの蚊を追いながら云った。 「むむ。あんまり道草を食ったので、ちっとくたびれた…

た。 （――井深君、井深君。昨晩は妹がとんだ厄介になって、どうも有難う。あいつはお転婆だからね、いい薬だったろうよ。それでも、妹は君がとても親切にしてくれていい人だって、ひどく喜んでいたよ――）と云うのである。井深君はそれで、三十分も電話の前に黙って立ちつくしていた。 　――僕はなぜ、はじめ見た…

が猿若町（さるわかまち）から神田の筋違外（すじがいそと）の加賀ッ原へ引移る少し前だと思っていますから、なんでも安政（あんせい）の末年でしたろう」と、半七老人は云った、「座元は結城（ゆうき）だか薩摩（さつま）だか忘れてしまいましたが、湯島（ゆしま）天神の境内（けいだい）で、あやつり人形芝居を興行したこ…

て。霊魂（れいこん）が天性（てんせい）自然（しぜん）の状態（じょうたい）に居（お）るならば、その辛労（しんろう）は久（ひさ）しからずして、神（かみ）の睿智（えいち）を認識（にんしき）するに達（たっ）せん、何（なん）となれば霊魂（れいこん）が世（よ）に遠（とお）ざかるとその沈黙（ちんもく）とは、彼（か…

た）はざる程（ほど）は、われらの為（ため）に信（しん）と望（ぼう）と労（ろう）と大（おほい）なる苦（く）行（ぎょう）と長久（ちょうきゅう）の試（こころ）みとを要（よう）するなり。天国（てんこく）を希（こひねが）ふ人（ひと）が受（う）けんと望（のぞ）む所（ところ）の幸福（こうふく…

た。ここで飯を食おうと云いはろう。父は私がもう飯をすませた事だと思っていただろうから私がすぐゆけるつもりでいたのだろう。それだから、飯を食おうと云うと牴牾（もどか）しがって、飯は後にしてと云うだろう。そこで口答えをしてやろう。別にそのように意地悪い論理を働かした訳ではなかった…

ろう）に於（おい）て首要（しゅよう）なるものは何（なに）なるか、けだし此（ここ）に到達（とうたつ）したる人（ひと）は最早（もはや）其（その）生（しょう）涯（がい）に於（おい）て完全（かんぜん）に達（たつ）したるを知（し）るを得（え）ん。 答　人（ひと）が連綿（れんめん）として断（た…

埃及マカリイ全書 ← 第四十八講話 第五十講話 → 埃及マカリイ全書 第四十九講話 作者：不明 訳者：堀江 復（ふく） （ -1914） << 人（ひと）もし他（た）の世（よ）の福楽（ふくらく）に與（あづ）かるを得（え）ずんば、此（こ）の世（よ）の快楽（かいらく）を辞（じ）する充分（じゅうぶん）の理（り）由（ゆう）あらず。…

んで、親父（おやじ）を剃刀（かみそり）で殺したろう。覚えがねえとは云わせねえ。台所の柱にてめえの手のあとが確かに残っていた。さあ、ありていに申立てろ。第一、てめえにうしろ暗いことがねえならば、なぜ番屋を逃げ出した。おまけに途中で笠を盗んで逃げやがったろう。さあ、証拠はみんな揃っているんだ。これでも恐れ入らねえか」…

たまりになって敵に当ろうとする一方の反抗心によって強められた、切なる同情を感じているのである。 　朧気（おぼろげ）ながら、真の生活に触れようとしている彼等に比して、私の心は何という単純なことであろう！　何という臆病に、贅沢にふくれ上っていることであったろう！ 　私はまちがっていた…

ただち）に鎌（かま）を入（いれ）さするなり 〔註〕此（この）譬（たとへ）は唯（ただ）馬可（まこ）の福音（ふくいん）に載（の）せしのみにて他（ほか）の福音（ふくいん）には記（しる）さず其（その）意味（いみ）は種（たね）を播（まく）の譬（たとへ）に似（に）たり　もと種（たね）は活（いき）たるものなればよ…

う）ぜらるゝこと、夫（か）の不潔（ふけつ）の衣（ころも）を服（ふく）して婚姻（こんいん）に来（きた）るを耻（は）ぢざりし者（もの）の投（とう）ぜられし如（ごと）くなるを免（まぬか）れざらん。 思（おもい）の浄潔（じょうけつ）は労苦（ろうく）と己（おのれ）を守（まも）るとより流（なが）れ出（い）づべ…

た。ふるえる手先が障子にかかると、出会いがしらに一人の女がはいって来た。お蝶ははっと立竦（たちすく）むと、便所（はばかり）ならばご案内すると云って彼女が先に立って行った。縁側へ出ると広い庭が見えた。月のない夜で、真っ暗な木立のあいだに螢のかげが二つ三つ流れていた。遠いところで梟（ふくろう）の声もさびしく聞えた。…

たすけ）を求（もと）むるに怠（おこた）らざらん。 我（われ）らは此世（このよ）に於（おい）て肉体（にくたい）に置（お）かるる間（あいだ）は、たとひ天（てん）の穹窿（きゅうりゅう）迄（まで）昇（のぼ）りたりとも、行為（こうい）と労苦（ろう…

ふ）は神（かみ）より遠（とほ）ざかることを伴（ともな）ふ。 神（かみ）の前（まえ）に祈祷（きとう）に立（た）つときは、その思念（しねん）は蟻（あり）の如（ごと）くなるべく、地（ち）に匍匐（ほふく）する者（もの）の如（ごと）くなるべく、水蛭（ひる）の如（ごと）くなるべく、唖（おし）なる小児（しょうに…

ろう）たけたこの青年俳優の、星を欺（あざむ）く瞳の、何と俄に凄じい殺気の帯びて来たことよ！ 彼の胸は、不図（ふと）、八幡宮境内で邂逅（かいこう）した、奇人孤軒先生のある暗示多い言葉を聞いてから、日頃押さえつけて来た、巨大な仇敵に対する復讐心（ふくしゅうしん）に、燃え立ち焦れ、動乱し始めているのだった。…

た）ちし者（もの）等（ら）も此（この）世（よ）にある間（あいだ）はその生命（せいめい）を慾（よく）なる肉体（にくたい）と結合（けつごう）するにより、神（しん）意（い）により、格闘（かくとう）の中（うち）に居（お）りて肉体（にくた…

もつ）て汝（なんぢ）の内（ない）部（ぶ）に閉（と）ざされん。之（これ）に反（はん）して世（よ）が汝（なんぢ）に復活（ふくかつ）するときは、思（おもひ）の高超（こうちょう）と陋劣（ろうれつ）不定（ふてい）なる念慮（ねんりょ）は汝（なんぢ）に加（くは）はらん。世（よ）とは心（こころ）の高超（こうちょう…