新約聖書譬喩略解/第十五 穀の長つ譬

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第十五　穀（こく）の長（そだつ）譬（たとへ）

馬可四章二十六節より二十九節

又（また）曰（いひ）けるは神（かみ）の國（くに）は人（ひと）種（たね）を地（ち）に播（まく）が如（ごと）し日（にち）夜（や）起臥（おきふし）する間（ま）に種（たね）はえいでて成長（そだて）ども其（その）然（しか）る故（ゆへ）を知（し）らず　それ地（ち）は自（おのずか）ら實（み）を結（むす）ぶものにして初（はじめ）には苗（なへ）次（つぎ）に穂（ほ）いで穂（ほ）の中（なか）に熟（じゆく）したる穀（こく）を結（むす）ぶ　既（すで）に熟（みのれ）ば穫時（かるとき）いたるに因（より）て直（ただち）に鎌（かま）を入（いれ）さするなり

〔註〕此（この）譬（たとへ）は唯（ただ）馬可（まこ）の福音（ふくいん）に載（の）せしのみにて他（ほか）の福音（ふくいん）には記（しる）さず其（その）意味（いみ）は種（たね）を播（まく）の譬（たとへ）に似（に）たり　もと種（たね）は活（いき）たるものなればよくおのづから發生（おゆる）ものなり　但（ただ）し種（たね）を播（まく）の譬（たとへ）は眞（まこと）の道（みち）の世（よ）に行（おこなわ）るることを指（さ）しておのおの果（み）を結（むすぶ）ことの同（おなじ）からざることに附（つき）て説（とき）たまへり　此（この）譬（たとへ）は眞（まこと）の道（みち）は人（ひと）の心（こころ）に在（あ）ることを指（さ）して専（もっぱら）一人（ひとり）の事（こと）に就（つき）て説（とき）たまへり　農（のう）夫（ふ）はすでに種撒（たねまき）の後（のち）は日（にち）夜（や）寝興（おきふし）して毫（すこし）も掛慮（きづかひ）なく其苗（そのなへ）の長（そだつ）を待（まち）しは地（ち）よく物（もの）を生（せう）じて且（かつ）雨（あめ）は潤（うるほ）し日（ひ）は暄（かはか）して之（これ）を長育（そだて）ければ己（おのれ）は力（ちから）を労（ろう）せざることを知（し）ればなり　それ田（でん）地（ち）のみひとりかくの如（ごとき）にあらず人（ひと）の心（こころ）もまたしかり　天（てん）父（ふ）地（ち）を造（つく）りたまひ萬物（よろづのもの）を長養（そだて）しめ人（ひと）の心（こころ）を造（つく）りたまひて道（どう）理（り）を長養（そだて）しめたまへり　すべて人（ひと）の心（こころ）に主（しゅ）の道（みち）を眞（まこと）に接納（うけい）るるものは天（てん）父（ふ）より必（かなら）ず聖霊（せいれい）を賜（たま）ひ其（その）衷（こころ）を佑（たすけ）たまへども他人（ひと）には深（ふか）く識（し）れがたき所（ところ）なり　穀種（こくたね）の長育（そだつ）は一（いち）時（じ）によく熟（みの）るにあらず　必（かなら）ず苗（なへ）よりして穂（ほ）を生（しょう）じ穂（ほ）よりして實（み）を結（むす）び漸（しだい）を以（も）て熟（みの）るに至（いた）れり　人（ひと）も初（はじ）め眞道（しんどう）を聴（きき）て一（いち）時（じ）によく信仰（しんかう）堅（けん）固（ご）にして智慧（ちえ）の充満（じうまん）するものは誠（まこと）に少（すくな）し　大抵（たいてい）昧（くら）きより明（あきらか）に弱（よわき）よりして強（つよ）く道（みち）を信（しん）ずること久（ひさし）くして漸（やうやく）に其（その）境（さかひ）に進（すすむ）もの多（おほ）し　故（ゆへ）に約翰（よはね）傳（でん）には教會（けうくわい）の中（うち）児輩（おさなご）あり父輩（ちち）あり壯者（わかきもの）あり小子（こども）ありすべて其道（そのみち）を信（しん）ずるに淺（あさき）と深（ふかき）とあり道（みち）を聞（きく）に早（はやき）と暮（おそき）とありといへるなり　實（みのる）に（鎌（かま）を入（いれ）さする）とは天（てん）父（ふ）の信者（しんぢや）を収（おさめ）て天国（てんこく）に入（い）らしむるを指（さ）せり　聖書（せいしょ）に他（ほか）の處（ところ）に穀（こく）を収（おさめ）て倉（くら）に入（い）るとあるもまた此（この）意（こころ）なり　信者（しんぢや）の世（よ）に於（おひ）て種々（さまざま）の艱難（かんなん）試練（こころみ）に遇（あふ）ことは田（た）の禾（いね）の霜風（しもかぜ）の苦（くるしみ）を経（ふ）るは将来（のちのち）熟（みのり）て穫（か）る時（とき）に至（いた）るを待（まつ）が如（ごと）きなり　されども其（その）實（み）を結（むすぶ）も或（あるひ）は早（はやく）或（あるひ）は遅（おそく）して不（ふ）同（どう）あるは五（ご）穀（こく）熟（みの）ること先（ぜん）後（ご）ありて一律（いちやう）ならざるが如（ごと）し　しかし人（ひと）は知（し）らざれども天（てん）父（ふ）は之（こ）れを知（しり）たまへり　其時（そのとき）に到（いた）れば自然（おのづから）我等（われら）を収（おさめ）て倉（くら）に入（い）れたまへり　主（しゅ）を讃（さん）する詩（し）に試（し）練（れん）経（けい）過（くわ）足（たり）明宮（めいきう）享永福（えいふくをうく）とあるもおなじく此（この）意（こころ）なり　しからば主（しゅ）の道（みち）を信（しん）じ聖教（せいけう）に入（い）るものはすでに善種（よきたね）の我（わが）心（こころ）の内（うち）にあれば吾（わが）躬（み）に返（かへり）て吾（われ）の霊苗（みたまのなへ）は長（そだつ）や否（いなや）穂（ほ）を生（せう）ずるや否（いなや）と自問（みづからとふ）べし　また吾（われ）の霊穂（みたまのほ）すでに秀（ひいで）て實（み）を結（むすぶ）ありや抑（そもそ）も衰（おとろへ）て黄落（きばみおち）んとするやと自問（みづからとふ）べし　論（ろん）語（ご）に苗而（なへにして）不秀者（ひいでざるもの）有（あり）也（や）秀而（ひいでて）不實者（みのらざるもの）有（あり）也（や）といへり　我（われ）儕（ら）誠（まこと）に早（はやく）隄防（ようじん）すべきことにあらずや