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  • て寺領を附け、天台碩学の名僧を入寺せしめ、毎日〳〵大権現を供養なし奉る。毎十七日には別けて読経怠る事なし。御城御本丸に紅葉山と号し、東照大権現を御勧請ありて、日夜孝養の法灯をかゝげ、香花を備へ礼拝なさる。依りて諸国の御連枝門葉たる大名は、居城の内に叡山と号し、金銀珠玉を以て飾りたてたる社堂を建立な…
    177バイト (7,193 語) - 2024年2月3日 (土) 17:28
  • 天皇を奉祀し、尚ほ東西二殿があつて、東殿には國常立尊・高皇産霊尊・伊弉諾尊・天照大神を合祀して一座とし、西殿には己貴命・國狭槌尊・惶根尊・神皇産霊尊・伊弉冉尊・素戔嗚尊・天忍穂耳尊の七神を合祀して一座とし、合せて六所権現と呼んで居たが、明治の御代に至り、瓊瓊杵尊一座を祭神となして奉齋し奉るに至つた。…
    908バイト (2,927 語) - 2018年4月12日 (木) 14:02
  • 一人忽然と来現す。いか成る人ぞと問ひ給へば、翁答へて言ふ此の頂上に天照大神の玉母鎮座ありて、垂跡を大日如来の尊像にうつす、北国擁護の霊神也。我は此の山の行事にて、天照大神第二の神素戔鳴尊の第一神己貴命也。檜新宮に居住して、大権現を守護し奉る也と語りて、虚空に飛行せしむ。泰澄難有奇異の思ひをなし、…
    177バイト (11,398 語) - 2024年2月3日 (土) 17:31
  • 権現様へ、御援兵を頼み給ふ。信長公の因を思召し、御同心なり。此節、北条、御縁者なりと雖も、表裏測り難く、御跡の御気遣旁にて、御留守に御人数壱万六千余残し置かれ、漸く一万五千計り召連れ、三月より十一月迄九箇月の間、十一度の攻合々戦に、秀吉公、一度も勝利なし。就中、四月九日長久手の戦、権現
    283バイト (23,605 語) - 2023年12月2日 (土) 18:38
  • に志す大塩一件の原因平山民右衛門内通大塩乱を起す東照宮神体生玉へ遷座大塩追討の批評橋本忠兵衛討たる帯刀者の通行を禁ず松本林太夫瀬田済之助信貴山にて縊す大塩動乱最初の模様瀬田済之助が妻召捕らる焼失後富豪の施行○のり立つハ引きたつコト信州上田の家老東照権現の御神体川崎へ遷御酒井雅楽頭登坂米価騰貴に付狼藉…
    6キロバイト (3,021 語) - 2024年4月21日 (日) 14:02
  • 宗敗北の事 四、景勝と石田示合さる事 五、権現様会津へ御進発、関西凶徒蜂起と聞き江戸へ師を班し給ふ事 六、凶徒蜂起の事 七、凶徒退治の為諸将発向、其以後御出馬、関原御合戦御勝利、凶徒悉く滅亡の事 八、直江山城守最上表所々合戦、関原落居以後納兵の事 九、権現様召出され、藤田能登守と景勝御和睦の事 十、夏目舎人助浪人中の事…
    248バイト (17,421 語) - 2023年12月2日 (土) 18:51
  • ㆒、臣家之則也。雖㆕吾今不㆔禀㆓恩於上杉㆒、豈可㆑黙乎。客来、前居吾語㆑客、夫謙信自誅㆓伐和田喜兵衛㆒者、永禄三年春、即殺㆓之於上州高崎城下㆒、蓋依㆓内応約束之乖㆒也。川中島之役、永禄四年秋也。前後乖遠幾一歳余、加旃定祐嘗聞。大権現
    665バイト (13,082 語) - 2023年11月26日 (日) 20:18
  • 鹿(いるか)を討(うた)せんと欲(ほつ)する時、帝と此山(このやま)に入(いつ)て談合(だんがふ)す。是故に峯を談山(たんざん)と云。鎌足を祠て談山権現(たんざんごんげん)と云。談(たん)と多武(たふ)と声相近を、又入鹿を討て武功(ぶこう)多しと云心にて、多武峰と云。  …
    3キロバイト (22,946 語) - 2024年1月28日 (日) 14:29
  •  但此御触状先格之通り浦継ぎ無㆑滞相廻触留より、坂東番所へ持参可㆑致候也。 【 NDLJP:39】     悪党者乱妨の次第【大塩与党の人員及び武器】 〈[#図は省略]〉 平八郎先手持参目標旗桐の紋は今川家の心意 〈[#図は省略]〉 湯武両聖主天皇太神宮 八幡大菩薩 三神一は上の図の如く、一は東照大権現とす。又題目の印も有㆑之。…
    85バイト (17,098 語) - 2024年3月24日 (日) 10:35
  • 在江戸中にも急度其の高に応じ、軍役の人数所持可㆓相勤㆒候。人不足も有㆑之面々の領地より召仕へがたく相慎可㆑申候。世上静謐は権現様御神徳の事、某を始め面々安閑に住する事、偏に東照宮様の御神徳難㆑有事にあらずや。且又面々も先祖の武功に寄り、今安閑に住する事、父祖の武恩の過分の御事何ぞや。おろそかに思ふ…
    85バイト (20,051 語) - 2024年3月24日 (日) 11:52
  • に被㆓奪取㆒候由にて、近頃写し伝ふるを見るに、草稿の儘にて、信使手控の類と相見え、種々部門を分ち、本邦雑々の事迄を相記し、人物と申す目中に、源正之東照大神君弟也、或曰改虎賁中郎将会津侯神道碑文略述㆓事蹟㆒、慶長十六年生㆓於江戸㆒、初読㆓四書㆒、未㆑得㆑要、留㆓意老釈㆒、後得㆓小学㆒好読、従㆑事誠敬…
    82バイト (16,620 語) - 2024年5月6日 (月) 08:21
  • 目次 瀬田済之助信貴山にて縊す大塩動乱最初の模様瀬田済之助が妻召捕らる焼失後富豪の施行○のり立つハ引きたつコト信州上田の家老東照権現の御神体川崎へ遷御酒井雅楽頭登坂米価騰貴に付狼藉出牢者の乱妨党人近藤梶五郎切腹大塩の行方不明下層民大塩を崇拝す大塩一味の百姓町人騒動中見物す正念寺…
    85バイト (21,000 語) - 2024年3月24日 (日) 09:47
  • 所山と云へる山頂に在り。高凡六尺。正面に「通院義山浄節居士、俗名向井氏将監源正方、相州三浦数ヶ所領之」の文字を刻し、右側面に「向井氏左近将監源忠勝五男」左側面に「延宝二甲寅歳七月十日」と刻せり。墓は西北面し、その左方に又一基あり。正面に「霊徳院心鑑自照大姉、服部氏従五位下玄蕃頭源冬(一字不明)女…
    58キロバイト (10,991 語) - 2023年8月19日 (土) 05:06
  • 与力大塩平八郎・同格之助・瀬田済之助徒党の者共、放火・狼藉市中乱妨致し候。先づ最初与力町大塩向に朝岡助之丞宅へ一番に四方より大筒を打込み放火致し、東照権現宮を焼き、其外与力町残らず放火。夫より西与力町へ廻り、方々火を放ち、寺町より天神宮・仏正寺・興正寺等へ火矢・鉄炮を打込み、十丁目を南へ渡り、方々大…
    85バイト (16,974 語) - 2024年3月24日 (日) 10:35
  • 天命を伝へて、高天ケ原へ抜け参りなし給へとこそ願ふ事なり。   明和八年卯六月吉日 抜け参り善悪教訓鑑尾   明和八年御蔭耳目   嗚呼なる哉東照権現の徳、昇平二百余年万民其沢を蒙る。爰に天皇大神宮は、吾国の宗廟にして、神徳日に新なるがゆゑに、天下の人伊勢へ参詣する事、常に絶ゆる間もなき事な…
    85バイト (22,308 語) - 2024年3月24日 (日) 09:04
  • 是高大にして不動形、王は天・地・人の三才に経緯たる徳を顕し玉へる称号なるべしとて、其神を山王と崇め奉る。所謂大宮権現は久遠実成の古仏、天太神の応作、専護円宗教法、久宿比叡山。故に法宿菩薩とも奉申。既是三界の慈父、我等が本師也。聖真子は九品安養界の化主、八幡大菩薩の分身、光を和四明麓、速示三聖形…
    75キロバイト (18,383 語) - 2022年12月1日 (木) 08:02
  • ふものを。只是より御帰り候へかし。此の山の峠よりへ向うて、能美越にかかりて、燧が城へ出でて、越前の国国府にかかりて、平泉寺を拝み給ひて、熊坂へ出でて、菅生の宮を外処に見て、金津の上野へ出でて、篠原、安宅の渡をせさせ給ひて、根上の松を眺めて、白山の権現を外処にて礼し給ひ、加賀国宮越に出でて、大野の渡…
    482キロバイト (112,842 語) - 2023年1月24日 (火) 19:22
  • に志す大塩一件の原因平山民右衛門内通大塩乱を起す東照宮神体生玉へ遷座大塩追討の批評橋本忠兵衛討たる帯刀者の通行を禁ず松本林太夫瀬田済之助信貴山にて縊す大塩動乱最初の模様瀬田済之助が妻召捕らる焼失後富豪の施行○のり立つハ引きたつコト信州上田の家老東照権現の御神体川崎へ遷御酒井雅楽頭登坂米価騰貴に付狼藉…
    7キロバイト (11,491 語) - 2024年3月25日 (月) 15:28
  • て耳にも聞入ず、舟人声を帆に上て湊の外に漕出す。山臥に腹を立て柿の衣の露を結で肩にかけ、澳行舟に立向て、いらたか誦珠をさら/\と押揉て、「一持秘密咒、生々而加護、奉仕修行者、猶如薄伽梵と云へり。況多年の勤行に於てをや。明王の本誓あやまらずば、権現金剛童子・天竜夜叉・八大龍王、其船此方へ漕返てたばせ…
    55キロバイト (13,410 語) - 2022年12月1日 (木) 08:00
  • て一女三男と申して、四人の御子おはします。日神月神そさのをひるこ是なり。天照大神よりも三番めに渡らせ給ふ御弟なり。御名をば三郎殿と申奉る。又西の宮と申しき。本地阿弥陀如来(ほんちあみだによらい)にてまします。西の宮と申すなりの国の人こそ西の宮とは申べけれ。南北の人も西の宮と申すは是なり。又此御神を…
    438バイト (12,051 語) - 2024年2月1日 (木) 14:10
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