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判らなかった。虚無僧である以上、普化宗（ふけしゅう）本寺の取名印（しゅめいいん）、すなわち竹名（ちくめい）を許されたという証印の書き物を所持している筈であるが、かれらは、尺八（しゃくはち）、天蓋（てんがい）、袈裟（けさ）などの宗具のほかには、何物も所持していなかった。懐剣や紙入れのたぐいも身に着け…

李陵にとって奇異な生活が始まった。家は絨帳穹廬、食物は羶肉（せんにく）、飲物は酪漿（らくしょう）と獣乳と乳醋酒（にゅうさくしゅ）。着物は狼や羊や熊（くま）の皮を綴（つづ）り合わせた旃裘（せんきゅう）、牧畜と狩猟と寇掠（こうりゃく）と、このほかに彼らの生活はない。一望際涯…

ゅうとけい）を眺（なが）め、三人（にん）のコップに葡萄酒（ぶどうしゅ）を満々（なみなみ）と注（つ）いで、 「我々（われわれ）の小（しょう）冒険（ぼうけん）の成功（せいこう）を祝（しゅく）して満杯（まんぱい）を挙（あ）げてくれ給（たま）え。ところでもう時間（じかん）は十分（じゅうぶん）熟（じゅく）し…

しているらしく答えた。 「それがいけない。未練よ」と、女は焦（じ）れるように云った。「疑いがかかるどころじゃない。もうすかりと種をあげられてしまったんだから、うろうろしちゃあ居られないんですよ。お前さん、鈴（すず）ケ森（もり）で獄門にかけられて、沖の白帆でも眺めていたいのかえ」…

し）を食ってそこらの花をゆっくり見物して、ここでお泊りにしてしまえば、まあ無事だったわけですが、どうで泊るなら府中（ふちゅう）の宿（しゅく）まで伸（の）そうと云うことになって、いずれも足の達者な奴（やつ）らが揃っているので、畑のあいだの道を縫って甲州（こうしゅ…

「若殿の忠作（ちゅうさく）様も実はご病死でない。それにも何か仔細があるように云う者もありますが、それも嘘ですか」と、澹山はまた訊いた。 「それもよくは存じません」 彼女もまんざら愚鈍（ぐどん）でないので、いかに打解けた男のまえでも、領主の家（いえ）の噂を軽々しく口外することはさすがに慎（つつし…

渋江抽斎 作者：森鴎外 1916年 書誌情報 姉妹プロジェクト：Wikipediaの記事 書誌情報の詳細は議論ページをご覧ください。 　三十七年如一瞬（さんじゅうしちねんいっしゅんのごとし）。学医伝業薄才伸（いをまなびぎょうをつたえてはくさいのぶ）。栄枯窮達任天命（えいこきゅうたつはてんめいにまかす…

ゅうりょう）なる臣民（しんみん）の子孫（しそん）なるを回想（かいそう）し、其（そ）の朕（ちん）が意（い）を奉体（ほうたい）し、朕（ちん）が事（こと）を奨順（しょうじゅん）し、相与（あいとも）に和衷協同（わちゅうきょうどう）し、益々（ますます）我（わ）が帝国（ていこく）の光栄（こうえい）を中外（ちゅ…

しゅったい）しました」 「どんな事件が……。やはり高源寺に起ったんですか」 「そうですよ」と、老人はうなずいた。「八月二十四日の朝、小石川御簞笥町（おたんすちょう）に屋敷を持っている、今井善吉郎（いまいぜんきちろう）という小旗本の中間（ちゅ…

じいさんばあさん 作者：森鴎外 書誌情報 書誌情報の詳細は議論ページをご覧ください。 　文化六年の春が暮れて行く頃であった。麻布竜土町（あざぶりゅうどちょう）の、今歩兵第三聯隊（れんたい）の兵営になっている地所の南隣で、三河国奥殿（みかわのくにおくとの）の領主松平左七郎乗羨（のりのぶ）と云う大名の…

して上げるのにと云う言伝（ことづて）があった。その後（ご）も副院長を通じて、よろしくと云う言伝（ことづて）が時々あった。 　修善寺（しゅぜんじ）で病気がぶり返して、社から見舞のため森成（もりなり）さんを特別に頼んでくれた時、着いた森…

花子 作者：森鴎外 1910年 書誌情報 書誌情報の詳細は議論ページをご覧ください。 　Auguste（オオギュスト） Rodin（ロダン） は為事場（しごとば）へ出て来た。 　広い間（ま）一ぱいに朝日が差し込んでいる。この Hôtel（オテル） Biron（ビロン）…

『酒中日記』（しゅちゅうにっき） 作者：国木田独歩 1902年 底本：昭和四十五年五月三十日新潮社発行『牛肉と馬鈴薯・酒中日記』 五月三日（明治三十〇年） 「あの男はどうなったかしら」との噂󠄀（うわさ）、よく有ることで、四五人集って以前の話が出ると、消えて去（な）くなった者の身の上に、ツイ話が移るものである。…

して言った。 「どうぞ御自由にねがいます」 かれらは廟門をとざして立ち去った。かれらは人を供えて妖鬼を祭るのである。汪は初めてそれをさとったが、今更どうすることも出来ないので、日ごろ習いおぼえた大悲の呪（じゅ）を唱えて、ただ一心にその救いを祈っていると、その夜半に大風雨がおこって、森の立木も震動した。…

し）める事はむずかしいと見える。しかし昨夜（ゆうべ）見た幻は？――いや、あれは幻に過ぎない。悪魔はアントニオ上人（しょうにん）にも、ああ云う幻を見せたではないか？　その証拠には今日になると、一度に何人かの信徒さえ出来た。やがてはこの国も至る所に、天主（てんしゅ）の御寺（みてら）が建てられるであろう。」…

蛇 作者：森鷗外 1911年 書誌情報 　明け易い夏の夜に、なんだってこんなそうぞうしい家に泊り合わせたことかと思って、己（おれ）はうるさく頬（ほお）のあたりに飛んで来る蚊を逐（お）いながら、二間の縁側から、せせこましく石を据えて、いろいろな木を植え込んである奥の小庭を、ぼんやり眺めている。…

しやうすゐ）となす。これ汝（なんぢ）我等（われら）の戰（たたかひ）をなさんがためなり。』 31 かくてヨナタン主權（しゅけん）をとり、その兄弟（きゃうだい）ユダに代（かは）りて起（た）ちぬ。 32 バクキデスこれを知（し）りしかば、彼（かれ）を殺（ころ）さんことを求（もと）めぬ。…

興津弥五右衛門の遺書 作者：森鷗外 1912年 書誌情報 姉妹プロジェクト：Wikipediaの記事, データ項目 　某（それがし）儀明日年来の宿望（しゅくもう）相達し候（そろ）て、妙解院殿（みょうげいんでん）（松向寺殿）御墓前において首尾（しゅび）よく切腹いたし…

作者：森鴎外 1910年 書誌情報 姉妹プロジェクト：Wikipediaの記事, データ項目 書誌情報の詳細は議論ページをご覧ください。 　小泉純一は芝日蔭町（しばひかげちょう）の宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、新橋停留場（ていりゅうば）から上野行の電車に乗った。目まぐろし…

『中国怪奇小説集』（ちゅうごくかいきしょうせつしゅう） 宣室志 作者：岡本綺堂 底本：昭和53年3月20日旺文社発行『中国怪奇小説集』 第四の男は語る。 「わたくしは『宣室志』のお話をいたします。この作者は唐の張読（ちょうどく）であります。張は字（あざな）を聖朋といい、年十九にして進士（しんし…