神神の微笑
ある春の 、Padre Organtino はたった一人、長いアビト( )の を引きながら、 の庭を歩いていた。
庭には松や
の に、 だの、 だの、 だの、西洋の植物が植えてあった。殊に咲き始めた薔薇の花は、木々を かにする りの中に、薄甘い を漂わせていた。それはこの庭の静寂に、何か とは思われない、不可思議な を添えるようだった。オルガンティノは寂しそうに、砂の赤い
を歩きながら、ぼんやり追憶に耽っていた。 の 、リスポアの港、 の 、 の味、「 、わがアニマ(霊魂)の鏡」の歌――そう云う思い出はいつのまにか、この の の心へ、 の悲しみを運んで来た。彼はその悲しみを払うために、そっと (神)の を唱えた。が、悲しみは消えないばかりか、前よりは一層彼の胸へ、重苦しい空気を拡げ出した。「この国の風景は美しい――。」
オルガンティノは反省した。
「この国の風景は美しい。気候もまず温和である。土人は、――あの
の よりも、まだしも黒ん坊がましかも知れない。しかしこれも大体の気質は、親しみ易いところがある。のみならず信徒も近頃では、何万かを数えるほどになった。現にこの首府のまん中にも、こう云う寺院が えている。して見ればここに住んでいるのは、たとい愉快ではないにしても、不快にはならない筈ではないか? が、自分はどうかすると、憂鬱の底に沈む事がある。リスポアの へ帰りたい、この国を去りたいと思う事がある。これは懐郷の悲しみだけであろうか? いや、自分はリスポアでなくとも、この国を去る事が出来さえすれば、どんな土地へでも行きたいと思う。 でも、 でも、 でも、――つまり懐郷の悲しみは、自分の憂鬱の全部ではない。自分はただこの国から、一日も早く逃れたい気がする。しかし――しかしこの国の風景は美しい。気候もまず温和である。……」オルガンティノは
をした。この時偶然彼の眼は、点々と木かげの に落ちた、 い桜の花を えた。桜! オルガンティノは驚いたように、薄暗い ちの を見つめた。そこには四五本の の中に、枝を垂らした が一本、夢のように花を煙らせていた。「
守らせ給え!」オルガンティノは一瞬間、
の十字を切ろうとした。実際その瞬間彼の眼には、この夕闇に咲いた が、それほど に見えたのだった。無気味に、――と云うよりもむしろこの桜が、 か彼を不安にする、日本そのもののように見えたのだった。が、彼は の 、それが不思議でも何でもない、ただの桜だった事を発見すると、恥しそうに苦笑しながら、静かにまたもと来た小径へ、力のない歩みを返して行った。
× × ×
三十分の
、彼は の に、 へ祈祷を捧げていた。そこにはただ から吊るされたランプがあるだけだった。そのランプの光の中に、内陣を囲んだフレスコの壁には、サン・ミグエルが地獄の悪魔と、モオゼの を争っていた。が、勇ましい大天使は勿論、 り立った悪魔さえも、今夜は げな光の加減か、妙にふだんよりは優美に見えた。それはまた事によると、祭壇の前に捧げられた、 しい や が、匂っているせいかも知れなかった。彼はその祭壇の に、じっと頭を垂れたまま、熱心にこう云う祈祷を凝らした。「
大慈大悲の ! はリスポアを船出した時から、一命はあなたに奉って居ります。ですから、どんな難儀に っても、十字架の御威光を輝かせるためには、一歩も まずに進んで参りました。これは勿論私一人の、 くする所ではございません。皆天地の 、あなたの でございます。が、この日本に住んでいる内に、私はおいおい私の使命が、どのくらい いかを知り始めました。この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも、何か不思議な力が んで居ります。そうしてそれが の に、私の使命を げて居ります。さもなければ私はこの頃のように、何の理由もない憂鬱の底へ、沈んでしまう筈はございますまい。ではその力とは何であるか、それは私にはわかりません。が、とにかくその力は、ちょうど地下の泉のように、この国全体へ行き渡って居ります。まずこの力を破らなければ、おお、南無大慈大悲の ! に した日本人は ( )の を拝する事も、永久にないかも存じません。私はそのためにこの何日か、 に煩悶を重ねて参りました。どうかあなたの 、オルガンティノに、勇気と忍耐とを御授け下さい。――」その時ふとオルガンティノは、鶏の鳴き声を聞いたように思った。が、それには注意もせず、さらにこう祈祷の言葉を続けた。
「
は使命を果すためには、この国の に潜んでいる力と、――多分は人間に見えない霊と、戦わなければなりません。あなたは昔 の底に、 の を御沈めになりました。この国の霊の力強い事は、 の軍勢に劣りますまい。どうか の予言者のように、私もこの霊との戦に、………」祈祷の言葉はいつのまにか、彼の
から消えてしまった。今度は突然祭壇のあたりに、けたたましい が聞えたのだった。オルガンティノは不審そうに、彼の周囲を眺めまわした。すると彼の には、 と尾を垂れた鶏が一羽、祭壇の上に胸を張ったまま、もう一度、夜でも明けたように をつくっているではないか?オルガンティノは飛び上るが早いか、アビトの両腕を拡げながら、
とこの鳥を逐い出そうとした。が、 踏み出したと思うと、「 」と、切れ切れに叫んだなり、茫然とそこへ立ちすくんでしまった。この薄暗い の中には、いつどこからはいって来たか、無数の鶏が充満している、――それがあるいは空を飛んだり、あるいはそこここを駈けまわったり、ほとんど彼の眼に見える限りは、 の海にしているのだった。「御主、守らせ給え!」
彼はまた十字を切ろうとした。が、彼の手は不思議にも、
か何かに まれたように、 とは自由に動かなかった。その内にだんだん の中には、 の りに似た が、どこからとも知れず流れ出した。オルガンティノは ぎ喘ぎ、この光がさし始めると同時に、 とあたりへ浮んで来た、人影があるのを発見した。人影は見る
に かになった。それはいずれも見慣れない、 な男女の だった。彼等は皆 のまわりに、 にぬいた玉を飾りながら、愉快そうに笑い興じていた。内陣に群がった無数の鶏は、彼等の姿がはっきりすると、今までよりは一層高らかに、何羽も をつくり合った。同時に内陣の壁は、――サン・ミグエルの を いた壁は、霧のように夜へ呑まれてしまった。その跡には、――日本の Bacchanalia は、
にとられたオルガンティノの前へ、 のように漂って来た。彼は赤い の に、古代の服装をした日本人たちが、互いに酒を酌み しながら、 をつくっているのを見た。そのまん中には女が一人、――日本ではまだ見た事のない、堂々とした体格の女が一人、大きな を伏せた上に、踊り狂っているのを見た。桶の後ろには小山のように、これもまた しい男が一人、根こぎにしたらしい の枝に、玉だの鏡だのが ったのを、悠然と押し立てているのを見た。彼等のまわりには数百の鶏が、 や をすり合せながら、絶えず嬉しそうに鳴いているのを見た。そのまた向うには、――オルガンティノは、今更のように、彼の眼を疑わずにはいられなかった。――そのまた向うには夜霧の中に、 の戸らしい一枚岩が、どっしりと聳えているのだった。桶の上にのった女は、いつまでも踊をやめなかった。彼女の髪を巻いた
は、ひらひらと空に った。彼女の頸に垂れた玉は、何度も のように響き合った。彼女の手にとった小笹の枝は、縦横に風を打ちまわった。しかもその わにした胸! 赤い の光の中に、 と び出た二つの は、ほとんどオルガンティノの眼には、情欲そのものとしか思われなかった。彼は を念じながら、一心に顔をそむけようとした。が、やはり彼の体は、どう云う神秘な の力か、身動きさえ楽には出来なかった。その内に突然沈黙が、幻の男女たちの上へ降った。桶の上に乗った女も、もう一度
に返ったように、やっと狂わしい踊をやめた。いや、鳴き競っていた鶏さえ、この瞬間は頸を伸ばしたまま、一度にひっそりとなってしまった。するとその沈黙の中に、永久に美しい女の声が、どこからか厳かに伝わって来た。「
がここに っていれば、世界は暗闇になった筈ではないか? それを神々は楽しそうに、笑い興じていると見える。」その声が夜空に消えた時、桶の上にのった女は、ちらりと一同を見渡しながら、意外なほどしとやかに返事をした。
「それはあなたにも立ち
った、新しい神がおられますから、喜び合っておるのでございます。」その新しい神と云うのは、
を指しているのかも知れない。――オルガンティノはちょいとの 、そう云う気もちに励まされながら、この怪しい幻の変化に、やや興味のある目を注いだ。沈黙はしばらく破れなかった。が、たちまち鶏の
が、 に をつくったと思うと、向うに夜霧を き止めていた、岩屋の戸らしい一枚岩が、 ろに左右へ き出した。そうしてその け目からは、 に絶した の が、洪水のように り出した。オルガンティノは叫ぼうとした。が、舌は動かなかった。オルガンティノは逃げようとした。が、足も動かなかった。彼はただ大光明のために、烈しく
が起るのを感じた。そうしてその光の中に、 の男女の歓喜する声が、 と天に るのを聞いた。「
! 大日孁貴! 大日孁貴!」「新しい神なぞはおりません。新しい神なぞはおりません。」
「あなたに
うものは亡びます。」「御覧なさい。闇が消え失せるのを。」
「見渡す限り、あなたの山、あなたの森、あなたの川、あなたの町、あなたの海です。」
「新しい神なぞはおりません。誰も皆あなたの召使です。」
「大日孁貴! 大日孁貴! 大日孁貴!」
そう云う声の湧き上る中に、冷汗になったオルガンティノは、何か苦しそうに叫んだきりとうとうそこへ倒れてしまった。………
その
も に近づいた頃、オルガンティノは失心の底から、やっと意識を恢復した。彼の耳には神々の声が、未だに鳴り響いているようだった。が、あたりを見廻すと、 も聞えない には、 のランプの光が、さっきの通り と を照らしているばかりだった。オルガンティノは き呻き、そろそろ祭壇の を離れた。あの幻にどんな意味があるか、それは彼にはのみこめなかった。しかしあの幻を見せたものが、 でない事だけは確かだった。「この国の霊と戦うのは、……」
オルガンティノは歩きながら、思わずそっと独り
を洩らした。「この国の霊と戦うのは、思ったよりもっと困難らしい。勝つか、それともまた負けるか、――」
するとその時彼の耳に、こう云う
きを送るものがあった。「負けですよ!」
オルガンティノは気味悪そうに、声のした方を
かして見た。が、そこには 、 い薔薇や のほかに、人影らしいものも見えなかった。
× × ×
オルガンティノは翌日の
も、 の庭を歩いていた。しかし彼の には、どこか嬉しそうな色があった。それは今日 の内に、日本の侍が三四人、 の列にはいったからだった。庭の
や は、ひっそりと夕闇に聳えていた。ただその沈黙が されるのは、寺の が軒へ帰るらしい、 の よりほかはなかった。薔薇の 、砂の湿り、――一切は翼のある天使たちが、「人の の美しきを見て、」妻を求めに って来た、古代の日の暮のように平和だった。「やはり十字架の御威光の前には、
らわしい日本の霊の力も、勝利を める事はむずかしいと見える。しかし 見た幻は?――いや、あれは幻に過ぎない。悪魔はアントニオ にも、ああ云う幻を見せたではないか? その証拠には今日になると、一度に何人かの信徒さえ出来た。やがてはこの国も至る所に、 の が建てられるであろう。」オルガンティノはそう思いながら、砂の赤い
を歩いて行った。すると誰か後から、そっと肩を打つものがあった。彼はすぐに振り返った。しかし後には夕明りが、 を挟んだ の若葉に、うっすりと っているだけだった。「
。守らせ給え!」彼はこう
いてから、 ろに をもとへ返した。と、彼の には、いつのまにそこへ忍び寄ったか、昨夜の幻に見えた通り、 に玉を巻いた老人が一人、ぼんやり姿を煙らせたまま、 ろに歩みを運んでいた。「誰だ、お前は?」
不意を打たれたオルガンティノは、思わずそこへ立ち止まった。
「
は、――誰でもかまいません。この国の霊の一人です。」老人は
を浮べながら、親切そうに返事をした。「まあ、御一緒に歩きましょう。私はあなたとしばらくの
、御話しするために出て来たのです。」オルガンティノは十字を切った。が、老人はその
に、少しも恐怖を示さなかった。「私は悪魔ではないのです。御覧なさい、この玉やこの剣を。
の に焼かれた物なら、こんなに清浄ではいない筈です。さあ、もう なぞを唱えるのはおやめなさい。」オルガンティノはやむを得ず、不愉快そうに腕組をしたまま、老人と一しょに歩き出した。
「あなたは
を めに来ていますね、――」老人は静かに話し出した。
「それも悪い事ではないかも知れません。しかし
もこの国へ来ては、きっと最後には負けてしまいますよ。」「
は全能の だから、泥烏須に、――」オルガンティノはこう云いかけてから、ふと思いついたように、いつもこの国の信徒に対する、
な口調を使い出した。「
に勝つものはない筈です。」「ところが実際はあるのです。まあ、御聞きなさい。はるばるこの国へ渡って来たのは、
ばかりではありません。 、 、 、――そのほか支那からは哲人たちが、何人もこの国へ渡って来ました。しかも当時はこの国が、まだ生まれたばかりだったのです。支那の哲人たちは道のほかにも、 の国の絹だの の国の玉だの、いろいろな物を持って来ました。いや、そう云う宝よりも尊い、 な文字さえ持って来たのです。が、支那はそのために、我々を征服出来たでしょうか? たとえば を御覧なさい。文字は我々を征服する代りに、我々のために征服されました。私が昔知っていた土人に、 の の と云う詩人があります。その男の作った の歌は、今でもこの国に残っていますが、あれを読んで御覧なさい。 はあの中に見出す事は出来ません。あそこに歌われた恋人同士は くまでも と とです。彼等の枕に響いたのは、ちょうどこの国の川のように、清い の の でした。支那の や に似た、 の浪音ではなかったのです。しかし私は歌の事より、文字の事を話さなければなりません。人麻呂はあの歌を記すために、支那の文字を使いました。が、それは意味のためより、発音のための文字だったのです。 と云う文字がはいった も、「ふね」は常に「ふね」だったのです。さもなければ我々の言葉は、支那語になっていたかも知れません。これは勿論人麻呂よりも、人麻呂の心を守っていた、我々この国の神の力です。のみならず支那の哲人たちは、書道をもこの国に伝えました。 、 、 、 ――私は彼等のいる所に、いつも人知れず行っていました。彼等が手本にしていたのは、皆支那人の です。しかし彼等の からは、次第に新しい美が生れました。彼等の文字はいつのまにか、 でもなければ褚 でもない、日本人の文字になり出したのです。しかし我々が勝ったのは、文字ばかりではありません。我々の きは のように、 の道さえも げました。この国の土人に尋ねて御覧なさい。彼等は皆 の著書は、我々の怒に れ易いために、それを積んだ船があれば、必ず ると信じています。 の神はまだ一度も、そんな はしていません。が、そう云う信仰の にも、この国に住んでいる我々の力は、 げながら感じられる筈です。あなたはそう思いませんか?」オルガンティノは茫然と、老人の顔を眺め返した。この国の歴史に
い彼には、 の相手の雄弁も、半分はわからずにしまったのだった。「支那の哲人たちの
に来たのは、 の王子 です。――」老人は言葉を続けながら、
ばたの の花をむしると、嬉しそうにその匂を いだ。が、薔薇はむしられた跡にも、ちゃんとその花が残っていた。ただ老人の手にある花は色や形は同じに見えても、どこか霧のように煙っていた。「
の運命も同様です。が、こんな事を一々御話しするのは、御退屈を増すだけかも知れません。ただ気をつけて頂きたいのは、 の教の事です。あの教はこの国の土人に、 は と同じものだと思わせました。これは大日孁貴の勝でしょうか? それとも大日如来の勝でしょうか? 仮りに現在この国の土人に、大日孁貴は知らないにしても、大日如来は知っているものが、大勢あるとして御覧なさい。それでも彼等の夢に見える、大日如来の姿の には、印度 の よりも、大日孁貴が われはしないでしょうか? は や と一しょに、 の花の陰も歩いています。彼等が した は、円光のある ではありません。優しい に充ち満ちた などの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が申上げたいのは、 のようにこの国に来ても、勝つものはないと云う事なのです。」「まあ、御待ちなさい。
さんはそう云われるが、――」オルガンティノは口を
んだ。「今日などは侍が二三人、一度に
に しましたよ。」「それは
でも帰依するでしょう。ただ帰依したと云う事だけならば、この国の土人は大部分 の教えに帰依しています。しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」老人は薔薇の花を投げた。花は手を離れたと思うと、たちまち夕明りに消えてしまった。
「なるほど造り変える力ですか? しかしそれはお前さんたちに、限った事ではないでしょう。どこの国でも、――たとえば
の神々と云われた、あの国にいる悪魔でも、――」「大いなるパンは死にました。いや、パンもいつかはまたよみ返るかも知れません。しかし我々はこの通り、未だに生きているのです。」
オルガンティノは珍しそうに、老人の顔へ横眼を使った。
「お前さんはパンを知っているのですか?」
「何、
の大名の子たちが、西洋から持って帰ったと云う、 の本にあったのです。――それも今の話ですが、たといこの造り変える力が、我々だけに限らないでも、やはり油断はなりませんよ。いや、むしろ、それだけに、御気をつけなさいと云いたいのです。我々は古い神ですからね。あの の神々のように、世界の夜明けを見た神ですからね。」「しかし
は勝つ筈です。」オルガンティノは剛情に、もう一度同じ事を云い放った。が、老人はそれが聞えないように、こうゆっくり話し続けた。
「
はつい四五日 、 の に上陸した、 の船乗りに いました。その男は神ではありません。ただの人間に過ぎないのです。私はその船乗と、月夜の岩の上に坐りながら、いろいろの話を聞いて来ました。目一つの神につかまった話だの、人を にする の話だの、声の美しい の話だの、――あなたはその男の名を知っていますか? その男は私に った時から、この国の土人に変りました。今では と名乗っているそうです。ですからあなたも御気をつけなさい。 も必ず勝つとは云われません。 はいくら まっても、必ず勝つとは云われません。」老人はだんだん小声になった。
「事によると
自身も、この国の土人に変るでしょう。支那や印度も変ったのです。西洋も変らなければなりません。我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。 の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る りにもいます。どこにでも、またいつでもいます。御気をつけなさい。御気をつけなさい。………」その声がとうとう絶えたと思うと、老人の姿も夕闇の中へ、影が消えるように消えてしまった。と同時に寺の塔からは、眉をひそめたオルガンティノの上へ、アヴェ・マリアの鐘が響き始めた。
× × ×
のパアドレ・オルガンティノは、――いや、オルガンティノに限った事ではない。悠々とアビトの を引いた、鼻の高い は、 の光の った、 の や薔薇の中から、一双の へ帰って行った。 の図を いた、三世紀以前の古屏風へ。
さようなら。パアドレ・オルガンティノ! 君は今君の仲間と、日本の
を歩きながら、 の霞に旗を挙げた、大きい南蛮船を眺めている。 が勝つか、 が勝つか――それはまだ現在でも、 に は出来ないかも知れない。が、やがては我々の事業が、断定を与うべき問題である。君はその過去の海辺から、静かに我々を見てい給え。たとい君は同じ屏風の、犬を いた や、日傘をさしかけた黒ん坊の子供と、忘却の眠に沈んでいても、新たに水平へ現れた、我々の の の音は、必ず古めかしい君等の夢を破る時があるに違いない。それまでは、――さようなら。パアドレ・オルガンティノ! さようなら。南蛮寺のウルガン !
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