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  • だ。この態を見た太子は、いきなり良夫に躍(おど)りかかり、胸倉を摑(つか)んで引き摺(ず)り出すと、白刃をその鼻先に突きつけて詰(なじ)った。君寵(くんちょう)を恃(たの)んで無礼を働くにもほどがあるぞ。君に代ってこの場で汝を誅するのだ。 腕力に自信のない良夫は強(し)いて抵抗もせず、荘公に哀願の視…
    27キロバイト (5,464 語) - 2021年8月31日 (火) 22:33
  • に金出来はじめは、天平(てんぴやう)二十年の春、奥州信夫(しのぶごほり)にて掘出し、皇へさゞけ奉る。重宝に思召し大伴家持(おほともやかもち)に歌めされければ、すべらぎの御代栄えんと東路(あづまぢ)のみちのく由に金(こがね)花咲くとよめり。は備中細谷(ほそたに)川と云所にてほりはじめたり。歌に、…
    438バイト (15,562 語) - 2024年2月1日 (木) 14:10
  • に理科へ寄って、物理の実験室を見せて貰ったところがね。この甲割がだものだから、磁力の器械が狂って大騒ぎさ」 「いや、そんなはずはない。これは建武時代ので、性(しょう)のいいだから決してそんな虞(おそ)れはない」 「いくら性のいいだってそうはいきませんよ。現に寒月がそう云ったから仕方がないです」…
    1.06メガバイト (208,385 語) - 2022年11月4日 (金) 04:57
  • そつ)。幕下(ばつか)につきぬれば。都合(つがう)其勢五十万騎(き)とぞ。聞へける然に。小田原(をだはら)の城(しろ)三四ケ月に至り。せめたゝかふ。(くろがね)の楯(たて)をつゐて。取より堀(ほり)をうめ。土穴(つちあな)へほり入て。矢倉(やぐら)をうち返し。よるひる鯨波(ときのこゑ)。矢(や)…
    161バイト (13,821 語) - 2023年11月20日 (月) 01:56
  • けやぶ)ばかり見えて、本堂も庫裏(くり)もないようだ。その御寺で毎朝四時頃になると、誰だか鉦(かね)を敲(たた)く」 「誰だか鉦を敲くって、坊主が敲くんだろう」 「坊主だか何だか分らない。ただ竹の中でかんかんと幽(かす)かに敲くのさ。冬の朝なんぞ、霜(しも)が強く降って、布団(ふとん)のなかで世の中…
    104キロバイト (18,180 語) - 2023年10月17日 (火) 13:38
  • )の楽(がく)に成て死(し)の位(くらゐ)のがくあり樊会(うんくわい)〈[#ルビ「うんくわい」はママ]〉扨は今わが。帝(てい)王の御命。あやしとて。(くろがね)の門をおし破(やぶつ)て。内へ参り。我も祖王(そわう)の方人(かたふど)の楽(らく)とて。大動練(どうれん)といふ釼(けん)を。ぬき持て…
    198バイト (14,134 語) - 2023年11月20日 (月) 01:50
  •  七年の間、私は田舎(いなか)教師として小諸(こもろ)に留まって、山の生活を眺(なが)め暮した。私が通っていた学校は貧乏で、町やからの補助費にも限りがあったから、随(したが)って受ける俸給も少く、家を支(ささ)えるに骨が折れた。そのかわり、質素な、暮し好い土地で、月に僅(わず…
    84キロバイト (17,404 語) - 2022年4月24日 (日) 06:43
  • 、十五日以前、日生一葉、以後日落一葉、月小盡、則一葉厭而不落、名曰蓂莢、觀之以知旬朔、 帝堯陶唐氏は、伊祁(いき)姓なり。或いは曰く、名は放(ほうくん)と。 帝嚳(こく)の子なり。其の仁は天の如く、其の知は神の如く、之に就けば 日の如く、之を望めば雲の如し。平陽に都す。茆茨剪らず、土階三等のみ。…
    26キロバイト (5,624 語) - 2023年9月3日 (日) 09:03
  • せし始末を記載せり、其官地論と名けたるは、富樫はもとより一国の守護職なるを、僧徒土民の一揆して擅に亡ほし、其地を押領して私有地となす、これをも忍ふへくんは孰れをか忍はんの微意なる歟” -『改定史籍集覧総目解題』より 底本: 近藤瓶城 編『史籍集覧』第13冊,近藤出版部,明治39.…
    44バイト (8,096 語) - 2024年4月19日 (金) 06:22
  • をわたくしにせず、わかつ所かならず其理(ことわり)のまゝにす。三(みつ)には功あるをば必(かならず)賞(しやう)し、罪あるをば必ず罰す。これ善をすゝめ悪をこらす道なり。是に一もたがふを乱政とはいへり。上古(しやうこ)には勲功あればとて官位をすゝむことはなかりき。つねの官位のほかに勲位(くん
    373キロバイト (76,412 語) - 2023年8月17日 (木) 14:28
  • 「始めるかな。」と、駒平が云つた。 駒平が手にしてゐる道具は、梃(かなてこ)一本だつた。彼はその梃のさきで、石と石の間のわづかな隙をコツコツと叩いてゐた。しつくりと組み合はさつたまま、何十年もの年を経て、セメントで固めてあるわけでもないのに、所によつてはただ一枚の石でもあるやうである。
    488キロバイト (100,873 語) - 2019年10月21日 (月) 00:51
  • り〳〵と。池の中におつるとひとしく。白くされたるかうべ。つがひばなれたる。しら骨(ぼね)ばかりわきかへり汀(みぎわ)によるをまたおそろしきもの共が。(てつ)のぼうを以て彼ほね共をかきあつめ。何とかいふて一うち二うちうてばそのまゝもとの姿(すかた)となり。なきさけんで居(ゐ)るも有。その外いろ〳〵…
    4キロバイト (31,664 語) - 2021年5月30日 (日) 06:12
  • の顔が、触れ合うほど近い所にある。五百は覚えず咽(むせ)び泣いた。そして意識の明(あきらか)になると共に、「ほんに優善は可哀(かわい)そうだ」とつぶやくのであった。  緑町の家へ、優善がこのを連れてはいった時は、はもう十五歳になっていた。しかし世馴(よな)れた優善は
    642キロバイト (126,753 語) - 2022年3月23日 (水) 18:11
  • 「それに表情といったって」と原口さんがまた始めた。「画工はね、心を描くんじゃない。心が外へ見世(みせ)を出しているところを描くんだから、見世さえ手落ちなく観察すれば、身代はおのずからわかるものと、まあ、そうしておくんだね。見世でうかがえない身代は画工の担任区域以外とあきらめべきものだよ。だか…
    534キロバイト (98,327 語) - 2023年10月17日 (火) 13:35
  • 大事の使を両人に命ずる事も、左衛門なすこと也。家臣に堀監物と云者も勝たる者也。丹後父也。左衛門死する時、跡目(あとめ)の事遅々也。監物怒て云、左衛門多年の勲功(くんこう)あり。跡目立られずば、某参て御前縁を汚(けが)さんと云。遂に跡無㆓相違㆒(あとさうゐなし)。子は久太郎也。愚甚し。  …
    3キロバイト (22,946 語) - 2024年1月28日 (日) 14:29
  • こ、其色もつぱらにして黒し、一度子をうんで三つのゐのこ有り、其二つは則粋(すゐ)にして黒し。其一つは則まだらにして白し。其おのれが類にあらざる事をにくんで是をかみころす。其おのれにおなじき者をば、是をやしなふ事たゞつゝしみて其やぶらん事を恐ると、いへるにことならず。又若き殿原達(とのばらたち)は一兵…
    438バイト (14,434 語) - 2024年2月1日 (木) 14:11
  • )には、浅草に観音、湯島に天神、神田に大明神、貝塚(かひづか)に山王権現、桜田山に愛宕、何も〳〵あらたにましませば、まうでの袖(そで)、昼夜共に貴賤くんじゆをなせり。又諸宗(しうしう)寺々の古跡には、増上寺(ぞうじやうじ)、吉祥寺(きちじやうじ)、広徳寺(くわうとくじ)、弥勒寺(みろくじ)、東光院(…
    438バイト (15,045 語) - 2024年2月1日 (木) 14:12
  • 、せめて馬籠まではと言いながら見送って来た南条村の館松縫助(たてまつぬいすけ)のような人もある。  延胤は半蔵が師胤(かねたね)の子息で、故翁篤胤の孫に当たる。平田同門のものは日ごろ胤のことを老先生と呼び、延胤を若先生と呼んでいる。思いがけなくもその人を見るよろこびに加えて、一行を家に迎へ入れ、…
    622キロバイト (119,815 語) - 2019年9月29日 (日) 05:04
  • のやう。茶でも出すと見えて、小使は出たり入つたりして居た。  斯(この)校長に言はせると、教育は則ち規則であるのだ。視学の命令は上官の命令であるのだ。もと/\軍隊風に児童を薫陶(くんたう)したいと言ふのが斯人の主義で、日々(にち/\)の挙動も生活も凡(すべ)て其から割出してあつた。時計のやうに正確…
    731キロバイト (142,452 語) - 2019年9月29日 (日) 05:22
  • 行く路は青麦のなかに入る。一筋を前後に余して、深い谷の底を軌(レエル)が通る。高い土手は春に籠(こも)る緑を今やと吹き返しつつ、見事なる切り岸を立て廻して、丸い屏風(びょうぶ)のごとく弧形に折れて遥(はる)かに去る。断橋(だんきょう)は軌(レエル)を高きに隔つる事丈(じょう)を重ねて十に至って…
    711キロバイト (133,899 語) - 2023年10月17日 (火) 13:49
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