破戒

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この書の世に出づるにいたりたるは、函館にある秦慶治氏、及び信濃にある神津猛氏のたまものなり。労作終るの日にあたりて、このものがたりを二人の恩人のまへにさゝぐ。



   第壱章


       (一)


 れんげじでは下宿を兼ねた。瀬川うしまつが急にやどがへを思ひ立つて、借りることにした部屋といふのは、其くりつゞきにある二階の角のところ。寺は信州しもみのちごほり飯山町二十何ヶ寺の一つ、真宗に附属するこせつで、丁度其二階の窓によりかゝつて眺めると、いてふの大木をへだてゝ飯山の町の一部分も見える。さすが信州第一の仏教の地、古代をめのまへに見るやうな小都会、奇異な北国風のやづくり、板葺の屋根、または冬期のゆきよけとして使用する特別ののきびさしから、ところ/″\に高くあらはれた寺院と樹木の梢まで――すべて旧めかしい町のありさまが香のけぶりの中に包まれて見える。たゞひときは目立つて此窓から望まれるものと言へば、現に丑松が奉職して居る其小学校の白く塗つたたてものであつた。

 丑松がやどがへを思ひ立つたのは、実は甚だ不快に感ずることが今の下宿に起つたからで、もつとまかなひでも安くなければ、誰もこんな部屋に満足するものは無からう。壁は壁紙で張りつめて、それがすゝけて茶色になつて居た。粗造な床の間、紙表具の軸、外には古びた火鉢が置いてあるばかりで、何となく世離れた、しづかな僧坊であつた。それがまた小学教師といふ丑松の今の境遇に映つて、妙にわびしいかんじを起させもする。

 今の下宿にはういふ事が起つた。半月程前、一人の男を供に連れて、下高井の地方から出て来たおほひなたといふだいじん、飯山病院へ入院の為とあつて、しばらく腰掛に泊つて居たことがある。入院は間もなくであつた。もとより内証はよし、病室は第一等、看護婦の肩に懸つて長い廊下を往つたり来たりするうちには、おのづがうしやが人の目にもついて、誰がしつとうはさするともなく、『あれゑただ』といふことになつた。忽ち多くの病室へつたはつて、患者はそうだち。『放逐してしまへ、今直ぐ、それが出来ないとあらばわれ/\こぞつて御免を蒙る』とうでまくりして院長をおびやかすといふ騒動。いかにかねづくでも、この人種のへんしふには勝たれない。ある日の暮、籠に乗せられて、夕闇の空に紛れて病院を出た。籠はそのまゝもとの下宿へかつぎ込まれて、院長は毎日のやうに来て診察する。さあ今度は下宿のものが承知しない。丁度丑松が一日のつとめを終つて、疲れて宿へ帰つた時は、一同『かみさんを出せ』とわめき立てるところ。『不浄だ、不浄だ』のばりは無遠慮な客のくちびるいて出た。『不浄だとは何だ』と丑松は心に憤つて、蔭ながらあの大日向のふしあはせを憐んだり、いはれのないこの非人扱ひをなげいたりして、穢多の種族の悲惨な運命を思ひつゞけた――丑松もまた穢多なのである。

 見たところ丑松は純粋な北部の信州人――さくちひさがたあたりの岩石の間に成長したわかものの一人とは誰の目にも受取れる。正教員といふ格につけられて、学力優等の卒業生として、長野の師範校を出たのは丁度二十二のとしの春。よのなかへ突出される、直に丑松はこの飯山へ来た。それから足掛三年目の今日、丑松はたゞ熱心な青年教師として、飯山の町の人に知られて居るのみで、実際穢多である、新平民であるといふことは、誰一人として知るものが無かつたのである。

『では、いつ引越していらつしやいますか。』

 と声をかけて、入つて来たのは蓮華寺の住職のつれあひ。年の頃五十前後。茶色小紋の羽織を着て、痩せた白い手にずゝを持ちながら、丑松の前に立つた。土地のならはしから『奥様』とあがめられて居るうはつの尼は、昔者として多少教育もあり、みやこの生活もまんざら知らないでも無いらしい口の利き振であつた。世話好きな性質を額にあらはして、微な声で口癖のやうに念仏して、あひての返事を待つて居る様子。

 其時、丑松も考へた。あすにも、今夜にも、と言ひたい場合ではあるが、さて差当つて引越しするだけの金が無かつた。実際持合せは四十銭しかなかつた。四十銭で引越しの出来よう筈も無い。今の下宿の払ひもしなければならぬ。月給はあさつてでなければ渡らないとすると、いやでも応でも其迄待つより外はなかつた。

『斯うしませう、明後日のひるすぎといふことにしませう。』

『明後日?』と奥様は不思議さうに対手の顔を眺めた。

『明後日引越すのはそんなをかしいでせうか。』丑松の眼は急に輝いたのである。

『あれ――でも明後日は二十八日ぢやありませんか。別に可笑いといふことはございませんがね、私はまた月が変つてからいらつしやるかと思ひましてサ。』

『むゝ、これはおほきにさうでしたなあ。実は私も急に引越しを思ひ立つたものですから。』

 と何気なく言消して、丑松はわざはなしを変へてしまつた。下宿の出来事は烈しく胸の中を騒がせる。それを聞かれたり、話したりすることは、何となく心に恐しい。何か穢多に関したことになると、いつもそれを避けるやうにするのが是男の癖である。

『なむあみだぶ。』

 と口の中で唱へて、奥様は別に深く掘つて聞かうともしなかつた。


       (二)


 蓮華寺を出たのは五時であつた。学校の日課を終ると、直ぐ其足で出掛けたので、丑松はまだつとめの儘のみなりで居る。白墨とほこりとで汚れた着古しの洋服、書物やら手帳やらの風呂敷包を小脇に抱へて、それにげたばき、腰弁当。多くの労働者が人中で感ずるやうなはぢ――そんな思を胸に浮べ乍ら、たかしやう町の下宿の方へ帰つて行つた。町々の軒は秋雨あがりの後の夕日に輝いて、人々が濡れた道路に群つて居た。中には立ちとゞまつて丑松の通るところを眺めるもあり、何かひそひそ立話をして居るのもある。『あそこへ行くのは、ありやあ何だ――むゝ、教員か』と言つたやうな顔付をして、はなはだしいけいべつの色をあらはして居るのもあつた。是が自分等の預つて居る生徒の父兄であるかと考へると、あさましくもあり、腹立たしくもあり、にはかに不愉快になつてすたすた歩き初めた。

 本町の雑誌屋は近頃出来た店。其前には新着の書物を筆太に書いて、人目を引くやうに張出してあつた。かねて新聞の広告で見て、出版の日を楽みにして居た『懴悔録』――肩にゐのこ蓮太郎氏著、定価までも書添へた広告が目につく。立ちどまつて、其人の名を思出してさへ、丑松はもう胸の踊るやうなこゝちがしたのである。見れば二三の青年がみせさきに立つて、何か新しい雑誌でもあさつて居るらしい。丑松は色のせたズボンのかくしの内へ手を突込んで、人知れず銀貨を鳴らして見ながら、幾度か其雑誌屋の前を往つたり来たりした。かく、四十銭あれば本が手に入る。しかし其を今こゝで買つて了へば、明日は一文無しで暮さなければならぬ。やどがへの用意もしなければならぬ。斯ういふかんがへに制せられて、一旦は往きかけて見たやうなものゝ、やがて、た引返した。ぬつとのれんを潜つて入つて、手に取つて見ると――それはすこしにほひのするやうな、粗悪な洋紙に印刷した、黄色い表紙に『懴悔録』としてある本。貧しい人の手にも触れさせたいといふ趣意から、わざと質素な体裁をえらんだのは、このほんの性質をよく表して居る。あゝ、多くの青年が読んで知るといふ今の世の中に、飽くことを知らない丑松のやうな年頃で、どうして読まず知らずに居ることが出来よう。智識は一種のひもじさである。到頭四十銭を取出して、ほしいと思ふ其本を買求めた。なけなしの金とはいひながら、こゝろの慾には替へられなかつたのである。

『懴悔録』を抱いて――買つて反つて丑松は気のおとろへを感じ乍ら、下宿をさして帰つて行くと、ふと、途中で学校の仲間にであつた。一人は土屋銀之助と言つて、師範校時代からの同窓の友。一人はく年若な、此頃準教員に成つたばかりの男。散歩とは二人のぶら/\やつて来る様子でも知れた。

『瀬川君、大層遅いぢやないか。』

 と銀之助はステッキを鳴し乍らちかづいた。

 正直で、しかも友達思ひの銀之助は、直に丑松の顔色を見て取つた。深く澄んだ目付は以前の快活な色を失つて、言ふに言はれぬ不安の光を帯びて居たのである。『あゝ、きつとからだの具合でも悪いのだらう』と銀之助は心に考へて、丑松から下宿を探しに行つた話を聞いた。

『下宿を? 君はよく下宿を取替へる人だねえ――こなひだあそこのうちへ引越したばかりぢやないか。』

 と毒の無い調子で、さもしんから出たやうに笑つた。其時丑松の持つて居る本が目についたので、銀之助は洋杖を小脇に挾んで、見せろといふ言葉と一緒に右の手を差出した。

『是かね。』と丑松はほゝゑみながら出して見せる。

『むゝ、「懴悔録」か。』と準教員も銀之助の傍によりそひながら眺めた。

『相変らず君は猪子先生のものが好きだ。』斯う銀之助は言つて、黄色い本の表紙を眺めたり、一寸なかを開けて見たりして、『さう/\新聞の広告にもあつたツけ――へえ、こんな本かい――斯様な質素な本かい。まあ君のは愛読を通り越して崇拝の方だ。はゝゝゝゝ、よく君の話には猪子先生が出るからねえ。さぞかしまた聞かせられることだらうなあ。』

『馬鹿言ひたまへ。』

 と丑松も笑つて其本を受取つた。

 ゆふもやの群は低く集つて来て、あそこでも、こゝでも、もうちら/\あかりく。丑松は明後日あたり蓮華寺へ引越すといふ話をして、この友達と別れたが、やがてすこし行つて振返つて見ると、銀之助は往来の片隅にたゝずんだまゝじつこちらを見送つて居た。半町ばかり行つて復た振返つて見ると、未だ友達は同じところに佇立んで居るらしい。ゆふげの煙は町の空を籠めて、しよんぼりとした友達の姿もたそがれて見えたのである。


       (三)


 鷹匠町の下宿近く来た頃には、かねの声がをちこちの空に響き渡つた。寺々の宵のおつとめは始まつたのであらう。丁度下宿の前まで来ると、あたりをいましめる人足の声も聞えて、ちやうちんの光に宵闇の道を照し乍ら、一ちやうの籠が舁がれて出るところであつた。あゝ、大尽が忍んで出るのであらう、と丑松は憐んで、もくねんとして其処に突立つて見て居るうちに、いよ/\其とは附添の男で知れた。同じ宿に居たとは言ひ乍ら、つひぞ丑松は大日向を見かけたことが無い。唯附添の男ばかりは、よく薬のびんなぞを提げて、出たり入つたりするところを見かけたのである。その雲を突くやうな大男が、今、尻端折りで、主人を保護したり、人足を指図したりする甲斐々々しさ。穢多の中でもいやしい身分のものと見え、其処に立つて居る丑松を同じやからとは夢にも知らないで、妙に人をはゞかるやうな様子して、一寸ゑしやくし乍ら側を通りぬけた。門口にかみさん、『御機嫌よう』の声も聞える。見れば下宿の内は何となく騒々しい。人々は激昂したり、憤慨したりして、いづれも聞えよがしに罵つて居る。

ありがたうぞんじます――そんなら御気をつけなすつて。』

 とまた主婦は籠の側へ駈寄つて言つた。籠の内の人は何とも答へなかつた。丑松は黙つて立つた。見る/\かつがれて出たのである。

『ざまあ見やがれ。』

 これが下宿の人々の最後に揚げた凱歌であつた。

 丑松がすこしあをざめた顔をして、下宿の軒を潜つて入つた時は、未だ人々が長い廊下にむらがつて居た。いづれも感情をおさへきれないといふ風で、肩を怒らして歩くもあり、板の間を踏み鳴らすもあり、中には塩を掴んで庭にまきちらす弥次馬もある。主婦はひうちいしを取出して、きよめの火と言つて、かち/\音をさせて騒いだ。

 あはれみおそれ、千々の思は烈しく丑松の胸中を往来した。病院から追はれ、下宿から追はれ、其残酷なとりあつかひはづかしめとをうけて、黙つて舁がれて行くの大尽の運命を考へると、さぞ籠の中の人はなげきなんだむせんだであらう。大日向の運命はやがてすべての穢多の運命である。思へばひとごとでは無い。長野の師範校時代から、この飯山に奉職の身となつたまで、よくまあ自分は平気の平左で、普通の人と同じやうな量見で、危いとも恐しいとも思はずに通り越して来たものだ。うなると胸に浮ぶは父のことである。父といふのは今、牧夫をして、ゑぼしだけふもとに牛を飼つて、隠者のやうな寂しいしやうがいを送つて居る。丑松はそのにしのいり牧場を思出した。その牧場の番小屋を思出した。

おとつさん、阿爺さん。』

 と口の中で呼んで、自分の部屋をあちこち/\と歩いて見た。ふと父の言葉を思出した。

 はじめて丑松が親のしつかを離れる時、父は一人息子の前途を深く案じるといふ風で、さま/″\な物語をして聞かせたのであつた。其時だ――一族の祖先のことも言ひ聞かせたのは。東海道の沿岸に住む多くの穢多の種族のやうに、朝鮮人、支那人、ロシア人、または名も知らない島々から漂着したり帰化したりした異邦人の末とは違ひ、その血統はむかしの武士のおちうどからつたはつたもの、貧苦こそすれ、罪悪の為に穢れたやうな家族ではないと言ひ聞かせた。父はまたつけたして、世に出て身を立てる穢多の子の秘訣――唯一つののぞみ、唯一つのてだて、それは身の素性を隠すより外に無い、『たとへいかなる目を見ようと、いかなる人にめぐりあはうと決して其とはうちあけるな、一旦のいかりかなしみこのいましめを忘れたら、其時こそよのなかから捨てられたものと思へ。』斯う父は教へたのである。

 一生の秘訣とは斯の通り簡単なものであつた。『隠せ。』――戒はこのひとことで尽きた。しかし其頃はまだ無我夢中、『おやぢが何を言ふか』位に聞流して、唯もう勉強が出来るといふ嬉しさに家を飛出したのであつた。楽しい空想の時代は父の戒も忘れ勝ちに過ぎた。急に丑松はこどもから大人にちかづいたのである。急に自分のことが解つて来たのである。まあ、面白い隣の家から面白くない自分の家へ移つたやうに感ずるのである。今は自分から隠さうと思ふやうになつた。


       (四)


 あふのけさまに畳の上へ倒れて、しばらく丑松は身動きもせずに考へて居たが、やがつかれが出てしまつた。不図目が覚めて、部屋のなかを見廻した時は、けて置かなかつた筈のランプが寂しさうに照して、夕飯の膳も片隅に置いてある。自分は未だ洋服のまゝ。丑松のこゝろもちには一時間余も眠つたらしい。戸の外にはしぐれの降りそゝぐ音もする。起き直つて、買つて来た本の黄色い表紙を眺め乍ら、膳を手前へ引寄せて食つた。おはちの蓋を取つて、あつめ飯のにほひいで見ると、丑松はもう嘆息して了つて、そこ/\にして膳をおしやつたのである。『懴悔録』をひろげて置いて、先づ残りのまきたばこに火を点けた。

 この本の著者――猪子蓮太郎の思想は、今の世の下層社会の『新しい苦痛』をあらはすと言はれて居る。人によると、あのをとこほど自分をふいちやうするものは無いと言つて、妙に毛嫌するやうな手合もある。なるほど、其筆にはいつも一種の神経質があつた。到底蓮太郎は自分を離れてはなしをすることの出来ない人であつた。しかし思想が剛健で、しかも観察のせいちを兼ねて、人をひきつける力のさかんにあふれて居るといふことは、一度其著述を読んだものゝ誰しも感ずる特色なのである。蓮太郎は貧民、労働者、または新平民等の生活状態を研究して、社会の下層を流れる清水に掘りあてる迄はまずたわまずつとめるばかりでなく、また其を読者の前に突着けて、右からも左からもときあかして、呑込めないと思ふことは何度繰返しても、読者のおなかの中に置かなければ承知しないといふやりかたであつた。もつとも蓮太郎のは哲学とか経済とかの方面からさういふことがらを取扱はないで、むしろ心理の研究にどだいを置いた。文章はたゞ岩石を並べたやうに思想を並べたもので、むきだしなところに反つて人を動かす力があつたのである。

 しかし丑松が蓮太郎の書いたものを愛読するのは唯それだけの理由からでは無い。新しい思想家でもあり戦士でもある猪子蓮太郎といふ人物が穢多の中から産れたといふ事実は、丑松の心に深い感動を与へたので――まあ、丑松の積りでは、ひそかに先輩として慕つて居るのである。同じ人間であり乍ら、自分等ばかりそんなけいべつされる道理が無い、といふ烈しい意気込を持つやうになつたのも、実はこの先輩の感化であつた。斯ういふ訳から、蓮太郎の著述といへば必ず買つて読む。雑誌に名が出る、必ず目を通す。読めば読む程丑松はこの先輩に手を引かれて、新しい世界の方へ連れて行かれるやうな気がした。穢多としての悲しい自覚はいつの間にか其頭をもちあげたのである。

 今度の新著述は、『我は穢多なり』といふ文句で始めてあつた。其中には同族の無智と零落とが活きた画のやうに描いてあつた。其中には多くの正直なをとこをんなが、たゞ穢多の生れといふばかりで、社会から捨てられて行くありさまも写してあつた。其中には又、著者の煩悶の歴史、うれかなしい過去のおもひで、精神の自由を求めて、しかも其が得られないで、不調和な社会の為にくるしみぬいたうたがひむかしがたりから、朝空を望むやうな新しい生涯に入る迄――熱心なをとこすゝりなきが声を聞くやうに書きあらはしてあつた。

 新しい生涯――それが蓮太郎には偶然な身のつまづきから開けたのである。生れは信州高遠の人。古い穢多のいへがらといふことは、丁度長野の師範校に心理学の講師として来て居た頃――丑松がまだ入学しないまへ――同じ南信の地方から出て来た二三の生徒の口かられた。講師の中に賤民の子がある。是噂が全校へひろがつた時は、一同おどろきうたがひとで動揺した。ある人は蓮太郎の人物を、ある人はそのようばうを、ある人はその学識を、いづれも穢多の生れとは思はれないと言つて、どうしてもうそだと言張るのであつた。放逐、放逐、声は一部の教師仲間のしつとから起つた。嗚呼、人種の偏執といふことが無いものなら、『キシネフ』で殺されるユダヤじんもなからうし、西洋でいひはやす黄禍の説もなからう。無理が通れば道理が引込むといふこの世の中に、誰が穢多の子の放逐を不当だと言ふものがあらう。いよ/\蓮太郎が身の素性を自白して、多くの校友にわかれを告げて行く時、この講師の為におもひやりなんだを流すものは一人もなかつた。蓮太郎は師範校の門を出て、『学問の為の学問』を捨てたのである。

 この当時のありさまは『懴悔録』の中にくはしく記載してあつた。丑松は身につまされるかして、いくたびか読みかけた本を閉ぢて、目をつぶつて、やがて其を読むのは苦しくなつて来た。おもひやりは妙なもので、反つて底意を汲ませないやうなことがある。それに蓮太郎の筆は、面白く読ませるといふよりも、考へさせる方だ。しまひには丑松も書いてあることを離れて了つて、自分の一生ばかり思ひつゞけ乍ら読んだ。

 今日まで丑松が平和な月日を送つて来たのは――主に少年時代からの境遇にある。そも/\は小諸のむかひまち(穢多町)の生れ。北佐久の高原に散布する新平民の種族の中でも、殊に四十戸ばかりのいちまきの『おかしら』と言はれる家柄であつた。らうもりとりてとは、維新前まで、先祖代々のつとめであつて、父はその監督のむくいとして、租税を免ぜられた上、別にふちをあてがはれた。それ程の男であるから、貧苦と零落との為め小県郡の方へ家を移した時にも、八歳の丑松を小学校へやることは忘れなかつた。丑松がねづむらの学校へ通ふやうになつてからは、もうなみこどもで、誰もこの可憐な新入生を穢多の子と思ふものはなかつたのである。最後に父はひめこざはたにあひに落着いて、叔父夫婦も一緒に移り住んだ。かはつた土地で知るものは無し、ひてこちらから言ふ必要もなし、といつたやうな訳で、しまひには慣れて、少年の丑松は一番早く昔を忘れた。官費の教育を受ける為に長野へ出掛ける頃は、たゞ先祖の昔話としか考へて居なかつた位で。

 斯ういふ過去の記憶は今丑松の胸の中にいきかへつた。七つ八つの頃まで、よく他の小供にからかはれたり、石を投げられたりした、其おそれの情はふたゝび起つて来た。おぼろげながらあの小諸の向町に居た頃のことを思出した。移住する前に死んだ母親のことなぞを思出した。『我は穢多なり』――あゝ、どんなに是一句が丑松の若い心をかきみだしたらう。『懴悔録』を読んで、かへつて丑松はせつないくるしみを感ずるやうになつた。



   第弐章


       (一)


 毎月二十八日は月給の渡る日とあつて、学校では人々の顔付もことに引立つて見えた。課業の終を告げる大鈴が鳴り渡ると、をとこをんなの教員はいづれも早々に書物を片付けて、受持々々の教室を出た。いたづらざかりの少年の群は、一時に溢れて、其騒しさ。弁当草履を振廻し、『ズック』の鞄を肩に掛けたり、風呂敷包をしよつたりして、声を揚げながら帰つて行つた。丑松もまた高等四年の一組を済まして、みぎひだりに馳せちがふ生徒の中を職員室へと急いだのである。

 校長は応接室に居た。この人は郡視学が変ると一緒にこの飯山へ転任して来たので、丑松や銀之助よりも後から入つた。学校の方から言ふと、二人は校長のこじうとにあたる。其日は郡視学と二三の町会議員とが参校して、校長の案内で、各教場の授業をすこしづゝ観た。郡視学が校長に与へた注意といふは、職員の監督、にち/\の教案の整理、黒板机腰掛などの器具の修繕、又は学生の間に流行する『トラホオム』の衛生法等、主に児童教育の形式に関したことであつた。応接室へ帰つてから、一同雑談で持切つて、室内に籠るたばこけぶりは丁度白いうづのやう。茶でも出すと見えて、小使は出たり入つたりして居た。

 この校長に言はせると、教育は則ち規則であるのだ。郡視学の命令は上官の命令であるのだ。もと/\軍隊風に児童をくんたうしたいと言ふのが斯人の主義で、にち/\の挙動も生活もすべて其から割出してあつた。時計のやうに正確に――これが座右の銘でもあり、生徒に説いて聞かせる教訓でもあり、また職員一同をさしづする時の精神でもある。世間を知らない青年教育者の口癖に言ふやうなことは、無用な人生のかざりとしか思はなかつた。是主義で押通して来たのが遂に成功して――まあすくなくとも校長のこゝろもちだけには成功して、功績表彰の文字を彫刻した名誉のきんぱいを授与されたのである。

 丁度その一生の記念が今応接室の机の上に置いてあつた。人々の視線はさんぜんとした黄金のひかりに集つたのである。一人の町会議員は其金質を、一人は其めかたさしわたしとを、一人は其見積りの代価を、いづれも心に商量したり感嘆したりして眺めた。十八金、さしわたし九分、めかた五匁、代価凡そ三十円――これが人々のしまひに一致した評価で、別に添へてある表彰文の中には、よく教育の施設をなしたと書いてあつた。県下教育の上に貢献するところすくなからずと書いてあつた。『基金令第八条の趣旨に基き、金牌を授与し、之を表彰す』とも書いてあつた。

『実に今回のことは校長先生の御名誉ばかりぢや有ません、吾信州教育界の名誉です。』

 とひげの白い町会議員は改つて言つた。金縁眼鏡の議員は其尾に附いて、

『就きましては、有志の者が寄りまして御祝の印ばかりに粗酒を差上げたいと存じますが――いかゞでせう、今晩三浦屋迄おいでを願へませうか。郡視学さんも、どうかまあ是非御同道を。』

『いや、さういふ御心配に預りましては実に恐縮します。』と校長はいすを離れて挨拶した。『今回のことは、教育者に取りましても此上もない名誉な次第で、非常に私もうれしく思つては居るのですが――考へて見ますと、是ぞと言つて功績のあつた私ではなし、実は斯ういふ金牌なぞを頂戴して、かへつて身の不肖を恥づるやうな次第で。』

『校長先生、さう仰つて下すつては、使に来た私共が困ります。』

 と痩せぎすな議員が右から手をみ乍ら言つた。

『御辞退下さる程の御馳走は有ませんのですから。』

 としらひげの議員は左から歎願した。

 校長の眼は得意とよろこびとで火のやうに輝いた。いかにも心中の感情を包みきれないといふ風で、胸を突出して見たり、肩をゆすつて見たりして、やがて郡視学の方へ向いて斯う尋ねた。

『どうですな、あなたの御都合は。』

 と言はれて、郡視学はおうやうほゝゑみを口元にたゝへ乍ら、

せつかく皆さんがあゝ言つて下さる。御厚意を無にするのは反つて失礼でせう。』

ごもつともです――いや、それではいづれ後刻御目に懸つて、御礼を申上げるといふことにしませう。どうか皆さんへもよろしく仰つて下さい。』

 と校長は丁寧に挨拶した。

 実際、地方の事情に遠いものは斯校長の現在の位置を十分会得することが出来ないであらう。地方に入つて教育に従事するものゝ第一の要件は――外でもない、斯校長のやうな凡俗な心づかひだ。かつて学校の窓で想像したさま/″\の高尚な事をさういつ迄も考へて、俗悪な趣味をいとひ避けるやうでは、一日たりとも地方の学校の校長は勤まらない。有力者のうちなぞに、よろこびもありかなしみもあれば、人と同じやうに言ひ入れて、振舞の座には神主坊主と同席にゑられ、すこしは地酒の飲みやうも覚え、土地の言葉もをかしくなくつかへる頃には、自然と学問を忘れて、無教育な人にもなじむものである。賢いと言はれる教育者は、いづれも町会議員なぞに結托して、位置の堅固を計るのが普通だ。

 帽子をつて帰つて行く人々の後に随いて、校長はそこ迄見送つて出た。やがて玄関で挨拶して別れる時、互に斯ういふ言葉をとりかはした。

『では、郡視学さんも御誘ひ下すつて、学校から直に御出を。』

『恐れ入りましたなあ。』


       (二)


『小使。』

 と呼ぶ校長の声は長い廊下に響き渡つた。

 生徒はもう帰つて了つた。教場の窓は皆な閉つて、うんどうばテニスする人の影も見えない。急にそこいらしんかんとして、時々職員室に起る笑声の外には、さみしい静かな風琴のしらべがとぎれ/\に二階から聞えて来る位のものであつた。

『へい、何ぞ御用でございますか。』と小使は上草履を鳴らして駈寄る。

『あ、ちよと、気の毒だがねえ、もう一度役場へ行つて催促して来て呉れないか。おかねを受取つたら直に持つて来て呉れ――皆さんも御待兼だ。』

 斯う命じて置いて、校長は応接室の戸を開けて入つた。見れば郡視学は巻煙草をふかし乍ら、独りで新聞を読みふけつて居る。『失礼しました。』と声を掛けて、そのわきへ自分の椅子を擦寄せた。

『見たまへ、まあこの信濃毎日を。』と郡視学はなれ/\しく、『君が金牌を授与されたといふことから、教育者の亀鑑だといふこと迄、くはしく書いて有ますよ。表彰文は全部。それに、履歴までも。』

『いや、今度の受賞は大変な評判になつて了ひました。』と校長も喜ばしさうに、『何処へ行つても直に其話が出る。実に意外な人迄知つて居て、祝つて呉れるやうな訳で。』

『結構です。』

『これといふのもあなたの御骨折から――』

『まあ其は言はずに置いて貰ひませう。』と郡視学は対手の言葉をさへぎつた。『御互様のことですからな。はゝゝゝゝ。しかし吾党の中から受賞者を出したのは名誉さ。君のおよろこびも御察し申す。』

『勝野君も非常に喜んで呉れましてね。』

をひがですか、あゝさうでしたらう。私のところへも長い手紙をよこしましたよ。其を読んだ時は、あのをとこの喜ぶ顔付が目に見えるやうでした。実際、甥は貴方の為を思つて居るのですからな。』

 郡視学が甥と言つたのは、検定試験を受けて、合格して、此頃新しく赴任して来た正教員。勝野文平といふのが其男の名である。割合に新参の校長は文平を引立てゝ、自分の味方に附けようとしたので。もつとも席順から言へば、丑松は首座。生徒の人望は反つて校長の上にある程。銀之助とても師範出の若手。いかに校長が文平をひいきだからと言つて、二人の位置を動かす訳にはいかない。文平は第三席に着けられて出たのであつた。

『それに引換へて瀬川君の冷淡なことは。』と校長は一段声を低くした。

『瀬川君?』と郡視学も眉をひそめる。

『まあ聞いて下さい。まんざらの他人が受賞したではなし、定めし瀬川君だつても私の為に喜んで居て呉れるだらう、と斯う貴方なぞは御考へでせう。ところが大違ひです。こりやあ、まあ、私がぢかに聞いたことでは無いのですけれど――又、私に面と向つて、まさかにそんなことが言へもしますまいが――といふのは、教育者が金牌なぞを貰つて鬼の首でも取つたやうに思ふのは大間違だと。そりやあなるほど人爵の一つでせう。瀬川君なぞに言はせたらねうちの無いものでせう。然し金牌はしるしです。表章が何もありがたくは無い。唯其意味にねうちがある。はゝゝゝゝ、まあさうぢや有ますまいか。』

『どうしてまた瀬川君はそんかんがへを持つのだらう。』と郡視学は嘆息した。

『時代から言へば、あるひはわれ/\の方が多少おくれて居るかも知れません。しかし新しいものが必ずしも好いとは限りませんからねえ。』と言つて校長はあざけつたやうに笑つて、『なにしろ、瀬川君や土屋君があゝして居たんぢや、万事私も遣りにくゝて困る。同志の者ばかり集つて、一致して教育事業をやるんででもなけりやあ、到底面白くはいきませんさ。勝野君が首座ででもあつて呉れると、私も大きに安心なんですけれど。』

『そんなに君が面白くないものなら、何とか其処には方法も有さうなものですがなあ。』と郡視学は意味ありげに相手の顔を眺めた。

『方法とは?』と校長も熱心に。

『他の学校へ移すとか、あとがまへは――それ、君の気に入つた人を入れるとかサ。』

『そこです――同じ移すにしても、何か口実が無いと――余程そこはうまくやらないと――あれで瀬川君はなか/\生徒間に人望が有ますから。』

『さうさ、過失の無いものに向つて、出て行けとも言はれん。はゝゝゝゝ、余りまた細工をしたやうに思はれるのも厭だ。』と言つて郡視学は気を変へて、『まあ私の口から甥を褒めるでも有ませんが、貴方の為にはきつと御役に立つだらうと思ひますよ。瀬川君に比べると、勝るとも劣ることは有るまいといふ積りだ。一体瀬川君は何処が好いんでせう。どうしてあんな教師に生徒が大騒ぎをするんだか――私なんかにはさつぱり解らん。ひとの名誉に思ふことを冷笑するなんて、どういふことがそんならば瀬川君なぞにはありがたいんです。』

『先づ猪子蓮太郎あたりの思想でせうよ。』

『むゝ――あの穢多か。』と郡視学は顔をしかめる。

『あゝ。』と校長も深く歎息した。『猪子のやうな男の書いたものが若いものに読まれるかと思へば恐しい。不健全、不健全――今日の新しい出版物は皆な青年の身をあやまるもとなんです。その為にかたはの人間が出来て見たり、きちがひみたやうな男が飛出したりする。あゝ、あゝ、今の青年の思想ばかりはどうしてもわれ/\に解りません。』


       (三)


 不図応接室の戸をたゝく音がした。急に二人は口をつぐんだ。た叩く。『お入り』と声をかけて、校長はいすを離れた。郡視学も振返つて、戸を開けに行く校長の後姿を眺め乍ら、誰、町会議員からの使ででもあるか、斯う考へて、入つて来る人の様子を見ると――思ひの外な一人の教師、つゞいてあらはれたのが丑松であつた。校長は思はず郡視学と顔を見合せたのである。

『校長先生、何か御用談中ぢや有ませんか。』

 と丑松は尋ねた。校長は一寸ほゝゑんで、

『いえ、なに、別に用談でも有ません――今二人で御噂をして居たところです。』

『実はこの風間さんですが、是非郡視学さんに御目に懸つて、直接に御願ひしたいことがあるさうですから。』

 う言つて、丑松は一緒に来た同僚をすゝめるやうにした。

 風間けいのしんは、時世の為に置去にされた、老朽な小学教員の一人。丑松や銀之助などの若手に比べると、おやぢにしてもよい程の年頃である。黒木綿の紋付羽織、あかじみた着物、粗末な小倉の袴を着けて、おづ/\郡視学の前に進んだ。下り坂の人は気の弱いもので、すこし郡視学に冷酷なやうすあらはれると、もう妙に固くなつて思ふことを言ひかねる。

『何ですか、私に用事があるとおつしやるのは。』斯う催促して、郡視学はゐたけだかになつた。あまり敬之進がぐづ/\して居るので、しまひには郡視学も気をいらつて、時計を出して見たり、靴を鳴らして見たりして、

どういふ御話ですか。仰つて見て下さらなければ解りませんなあ。』

 もどかしく思ひ乍ら椅子を離れて立上るのであつた。敬之進はなほ/\言ひかねるといふ様子で、

『実は――すこし御願ひしたいことが有まして。』

『ふむ。』

 た室の内はしんとしてしばらく声がなくなつた。首を垂れ乍らすこしふるへて居る敬之進を見ると、丑松はあはれみの心を起さずに居られなかつた。郡視学はもうこらへかねるといふ風で、

『私は是でいそがしい身体です。何か仰ることがあるなら、ずん/\仰つて下さい。』

 丑松は見るに見かねた。

『風間さん、そんなに遠慮しない方がいゝぢや有ませんか。貴方は退職後のことを御相談して頂きたいといふんでしたらう。』斯う言つて、やがて郡視学の方へ向いて、『私から伺ひます。まあ、風間さんのやうに退職となつた場合には、恩給を受けさして頂く訳に参りませんものでせうか。』

『無論です、そんなことは。』と郡視学は冷かに言放つた。『小学校令の施行規則を出して御覧なさい。』

『そりやあ規則は規則ですけれど。』

『規則に無いことが出来るものですか。身体が衰弱して、職務を執るに堪へないから退職する――其をこちらで止める権利は有ません。然し、恩給を受けられるといふ人は、満十五ヶ年以上在職したものに限つた話です。風間さんのは十四ヶ年と六ヶ月にしかならない。』

『でも有ませうが、僅か半歳のことで教育者を一人御救ひ下さるとしたら。』

そんなことを言つて見た日にやあさいげんが無い。何ぞと言ふと風間さんは直に家の事情、家の事情だ。誰だつて家の事情のないものはありやしません。まあ、恩給のことなぞはあきらめて、せつかく御静養なさるがいゝでせう。』

 斯うはねつけられてはもう取付く島が無いのであつた。丑松は気の毒さうに敬之進の横顔をみまもつて、

『どうです風間さん、貴方からも御願ひして見ては。』

『いえ、只今の御話を伺へば――別に――私から御願する迄も有ません。御言葉に従つて、あきらめるより外は無いと思ひます。』

 其時小使が重たさうな風呂敷包を提げて役場から帰つて来た。のしらせをしほに、郡視学は帽子を執つて、校長に送られて出た。


       (四)


 男女の教員は広い職員室に集つて居た。其日は土曜日で、月給取の身にとつては反つてあすの日曜よりも楽しく思はれたのである。こゝに集る人々の多くは、にち/\の長いつとめと、多数の生徒の取扱とにくたぶれて、さして教育の事業に興味を感ずるでもなかつた。中には児童を忌み嫌ふやうなものもあつた。三種講習を済まして、及第して、やうやく煙草のむことを覚えた程の年若な準教員なぞは、まださきが長いところからして楽しさうにも見えるけれど、既に老朽と言はれて髭ばかりいかめしく生えた手合なぞは、述懐したり、物羨みしたりして、よそめにもいたはしく思ひやられる。一月の骨折のむくいを酒に代へる為、今茲に待つて居るやうな連中もあるのであつた。

 丑松は敬之進と一緒に職員室へ行かうとして、廊下のところで小使に出逢つた。

『風間先生、笹屋の亭主が御目に懸りたいと言つて、さつきから来て待つて居りやす。』

 不意を打たれて、敬之進はさも苦々しさうに笑つた。

『何? 笹屋の亭主?』

 笹屋とは飯山の町はづれにある飲食店、農夫の為に地酒を暖めるやうなうちで、老朽な敬之進が浮世を忘れる隠れ家といふことは、とくに丑松も承知して居た。けふ月給の渡る日と聞いて、酒の貸の催促に来たか、とは敬之進の寂しいにがわらひで知れる。『ちよツ、学校まで取りに来なくてもよささうなものだ。』と敬之進はひとりごとのやうに言つた。『いゝから待たして置け。』と小使に言含めて、やがて二人して職員室へと急いだのである。

 十月下旬の日の光はガラスまどから射入つて、煙草のけぶりに交る室内の空気を明く見せた。あそこの掲示板の下にひとむれ、是処の時間表のわきひとかたまり、いづれも口から泡を飛ばして言ひのゝしつて居る。丑松は室の入口に立つて眺めた。見れば郡視学のをひといふ勝野文平、灰色の壁によりかゝつて、銀之助と二人並んで話して居る様子。新しい艶のある洋服を着て、えりかざりの好みもうるさくなく、すべてふさはしい風俗のうちに、人をひきつけるすばしこいところがあつた。美しくなでつけた髪の色の黒さ。頬の若々しさ。それに是男の鋭い眼付は絶えず物をせんさくするやうで、いつときやすんでは居られないかのやう。これを銀之助の五分刈頭、顔の色赤々として、血肥りして、なりふりも関はずうでまくりし乍ら、はなしたり笑つたりする肌合に比べたら、其二人の相違はどんなであらう。物見高い女教師連の視線はいづれも文平の身に集つた。

 丑松は文平のこざつぱりとしたなりふりを見て、別に其を羨む気にもならなかつた。たゞ気懸りなのは、あの新教員が自分と同じ地方から来たといふことである。こもろ辺の地理にもくはしい様子から押して考へると、いつ何処で瀬川の家の話を聞かまいものでもなし、広いやうで狭い世間の悲しさ、あの『お頭』は今これ/\だと言ふ人でもあつた日には――無論今となつてそんなことを言ふものも有るまいが――まあ万々一――それこそあの教員も聞捨てにはまい。斯う丑松はうたがひぶかく推量して、何となく油断がならないやうに思ふのであつた。不安な丑松のまなこにはさま/″\な心配の種が映つて来たのである。

 軈て校長は役場から来た金の調べを終つた。それ/″\分配するばかりになつたので、丑松は校長を助けて、人々の机の上に十月分の俸給を載せてやつた。

『土屋君、さあ御土産。』

 と銀之助の前にも、五十銭づゝ封じた銅貨を幾本か並べて、外に銀貨の包とさつとを添へて出した。

『おや/\、銅貨を沢山呉れるねえ。』と銀之助は笑つて、『こんなにあつては持上がりさうも無いぞ。はゝゝゝゝ。時に、瀬川君、けふは御引越が出来ますね。』

 丑松は笑つて答へなかつた。そばに居た文平は引取つて、

『どちらへか御引越ですか。』

『瀬川君は今夜からしやうじん料理さ。』

『はゝゝゝゝ。』

 と笑ひ葬つて、丑松は素早く自分の机の方へ行つて了つた。

 毎月のこととは言ひ乍ら、俸給を受取つた時の人々の顔付は又格別であつた。実に男女の教員の身にとつては、はたらいて得た収穫を眺めた時ほど愉快に感ずることは無いのである。ある人は紙の袋に封じたまゝの銀貨を鳴らして見る、ある人は風呂敷に包んで重たさうに提げて見る、ある女教師は又、えびちやばかまひもの上からでゝ、人知れず微笑んで見るのであつた。急に校長は椅子を離れて、用事ありげに立上つた。何事かと人々は聞耳を立てる。校長は一つ咳払ひして、さて器械的な改つた調子で、敬之進が退職のことを報告した。就いては来る十一月の三日、天長節の式の済んだあと、この老功な教育者の為に茶話会を開きたいと言出した。賛成の声は起る。敬之進はすつくと立つて、一礼して、やがて拍子の抜けたやうに元の席へかへつた。

 一同帰り仕度を始めたのは間も無くであつた。男女の教員が敬之進をとりまいて、いろ/\言ひ慰めて居る間に、ついと丑松は風呂敷包をひつさげて出た。銀之助が友達をさがして歩いた時は、職員室から廊下、廊下から応接室、小使部屋、昇降口まで来て見ても、もう何処にも丑松の姿は見えなかつたのである。


       (五)


 丑松は大急ぎで下宿へ帰つた。月給を受取つて来て妙に気強いやうなこゝろもちにもなつた。昨日は湯にも入らず、煙草も買はず、早く蓮華寺へ、と思ひあせるばかりで、暗いひとひを過したのである。実際、ふところに一文の小使もなくて、笑ふといふ気には誰がならう。すつかり下宿の払ひを済まし、車さへ来れば直に出掛けられるばかりに用意して、さて巻煙草に火を点けた時は、言ふに言はれぬ愉快を感ずるのであつた。

 引越は成るべく目立たないやうに、といふ考へであつた。気掛りなは下宿のかみさんおもはくで――まあ、このだしぬけやどがへを何と思つて見て居るだらう。何かあの放逐された大尽と自分との間には一種の関係があつて、それで面白くなくて引越すとでも思はれたらどうしよう。あの愚痴な性質から、ねほりはほりきゝとがめて、なぜ引越す、斯う聞かれたら何と返事をしたものであらう。そこがそれ、引越さなくてもいゝものを無理に引越すのであるから、何となく妙に気がとがめる。下手なことを言出せば反つて藪蛇だ。『都合があるから引越す。』理由は其で沢山だ。斯ういろ/\に考へて、疑つたり恐れたりして見たが、多くの客を相手にする主婦の様子はさう心配した程でも無い。さうかうする中に、頼んで置いた車も来る。荷物と言へば、本箱、机、やなぎがうり、それに蒲団の包があるだけで、道具は一切一台の車で間に合つた。丑松はランプを手に持つて、主婦の声に送られて出た。

 斯うして車の後にいて、とぼ/\と二三町も歩いて来たかと思はれる頃、今迄の下宿の方を一寸振返つて見た時は、思はずホツと深い溜息をいた。みちは悪し、車は遅し、丑松は静かに一生のうつりかはりを考へて、自分で自分の運命を憐み乍ら歩いた。寂しいとも、悲しいとも、をかしいとも、何ともかとも名の附けやうのないこゝろもちは烈しく胸の中を往来し始める。おもひでの情は身に迫つて、無限の感慨を起させるのであつた。それは十一月のちかづいたことを思はせるやうなせうでうとした日で、湿つた秋の空気が薄いけぶりのやうに町々を引包んで居る。みちばたに黄ばんだ柳の葉はぱら/\と地に落ちた。

 途中で紙の旗を押立てた少年のひとむれに出遇つた。音楽隊の物真似、唱歌の勇しさ、笛太鼓も入乱れ、足拍子揃へて面白可笑しく歌つて来るのは何処のうちの子か――あゝ尋常科の生徒だ。見れば其後に随いて、少年と一緒に歌ひ乍ら、人目も関はずやつて来る上機嫌のさけよひがある。よろ/\とした足元で直に退職の敬之進と知れた。

『瀬川君、一寸まあ見て呉れ給へ――是が我輩の音楽隊さ。』

 とゆびさし乍らじゆくしくさいきを吹いた。敬之進は何処かで飲んで来たものと見える。指された少年の群は一度にどつと声を揚げて、自分達のあはれな先生を笑つた。

『始めえ――』敬之進は戯れに指揮するやうな調子で言つた。『諸君。まあ聞き給へ。こんにち迄我輩は諸君の先生だつた。あすからはもう諸君の先生ぢや無い。そのかはり、諸君の音楽隊の指揮をしてやる。よしか。解つたかね。あはゝゝゝ。』と笑つたかと思ふと、熱いなんだは其顔を伝つて流れ落ちた。

 無邪気な音楽隊は、一斉に歓呼を揚げて、足拍子揃へて通過ぎた。敬之進は何か思出したやうに、じつと其少年の群を見送つて居たが、やがて心付いて歩き初めた。

『まあ、君と一緒に其処迄行かう。』と敬之進は身をふるはせ乍ら、『時に瀬川君、まだ斯の通り日も暮れないのに、ランプを持つて歩くとはどういふ訳だい。』

『私ですか。』と丑松は笑つて、『私は今引越をするところです。』

『あゝ引越か。それで君は何処へ引越すのかね。』

『蓮華寺へ。』

 蓮華寺と聞いて、急に敬之進は無言になつて了つた。しばらくの間、二人は互に別々のことを考へ乍ら歩いた。

『あゝ。』と敬之進はまた始めた。『実に瀬川君なぞは羨ましいよ。だつて君、さうぢやないか。君なぞは未だ若いんだもの。前途多望とは君等のことだ。どうかして我輩も、もう一度君等のやうに若くなつて見たいなあ。あゝ、人間も我輩のやうに老込んで了つては駄目だねえ。』


       (六)


 車は遅かつた。丑松敬之進の二人は互に並んで話し/\随いて行つた。とある町へ差掛かつた頃、急に車夫は車を停めて、ひや/″\とした空気を呼吸しながら、額に流れる汗を押拭つた。見れば町の空は灰色の水蒸気に包まれてしまつて、僅に西の一方に黄な光が深く輝いて居る。いつもより早く日は暮れるらしい。にはかみちも薄暗くなつた。まだあかりける時刻でもあるまいに、もう一軒点けたうちさへある。其軒先には三浦屋の文字があり/\と読まれるのであつた。

 盛な歓楽の声は二階に湧上つて、そとに居る二人の心に一層の不愉快とさびしさとを添へた。丁度人々はさかもりの最中。ほかげ花やかに映つて歌舞のちまたとは知れた。しやみは幾挺かおもしろいを合せて、障子に響いてびるやうに聞える。急に勇しい太鼓も入つた。時々唄に交つて叫ぶやうに聞えるは、はやしかたの娘の声であらう。これもまたばれて行くと見え、箱屋一人連れ、つま高く取つて、いそ/\と二人の前を通過ぎた。

 客の笑声は手に取るやうに聞えた。其中には校長や郡視学の声も聞えた。人々は飲んだり食つたりして時の移るのも知らないやうな様子。

『瀬川君、大層陽気ぢやないか。』と敬之進は声をひそめて、『や、おほいちざだ。一体こんやは何があるんだらう。』

『まだ風間さんには解らないんですか。』と丑松も聞耳を立て乍ら言つた。

『解らないさ。だつて我輩はなんにも知らないんだもの。』

『ホラ、校長先生の御祝でさあね。』

『むゝ――むゝ――むゝ、さうですかい。』

 一曲の唄が済んで、盛な拍手が起つた。また盃のやりとりが始つたらしい。若い女の声で、『姉さん、お銚子』などと呼び騒ぐのを聞捨てゝ、丑松敬之進の二人は三浦屋のわきを横ぎつた。

 車は知らない中にさきへ行つて了つた。次第に歌舞の巷を離れると、太鼓の音も遠く聞えなくなる。敬之進は嘆息したり、沈吟したりして、時々絶望した人のやうにだしぬけに大きな声を出して笑つた。『ふせい夢のごとし』――それに勝手な節を付けて、低声に長く吟じた時は、聞いて居る丑松も沈んで了つて、妙に悲しいやうな、いたましいやうなこゝろもちになつた。

『吟声てうを成さず――あゝ、あゝ、せつかくの酒も醒めて了つた。』

 と敬之進は嘆息して、獣のうなるやうな声を出し乍ら歩く。丑松も憐んで、軈て斯う尋ねて見た。

『風間さん、貴方は何処迄行くんですか。』

『我輩かね。我輩は君を送つて、蓮華寺の門前まで行くのさ。』

『門前迄?』

なぜ我輩が門前迄送つて行くのか、其は君には解るまい。しかし其を今君に説明しようとも思はないのさ。御互ひに長く顔を見合せて居ても、斯うしてちかしくするのは昨今だ。まあ、いつか一度、君とゆつくり話して見たいもんだねえ。』

 やがて蓮華寺の山門の前まで来ると、ぷいと敬之進は別れて行つて了つた。奥様はくりの外まで出迎へて喜ぶ。車はもうとつくに。荷物は寺男の庄太が二階の部屋へ持運んで呉れた。台所で焼く魚のにほひは、蔵裏迄も通つて来て、香の煙に交つて、すみなれない丑松の心に一種異様のかんじを与へる。仏に物を供へる為か、本堂の方へ通ふ子坊主もあつた。二階の部屋も窓の障子も新しく張替へて、前に見たよりはずつとこゝろもちが好い。薬湯と言つて、大根のひばを入れた風呂なども立てゝ呉れる。新しい膳に向つて、うまさうな味噌汁のにほひを嗅いで見た時は、第一この寂しげなしやうじやの古壁の内に意外な家庭のあたゝかさみつけたのであつた。



   第参章


       (一)


 もとより銀之助は丑松の素性を知る筈がない。二人は長野の師範校に居る頃から、極く好く気性の合つた友達で、丑松がさくちひさがたあたりの灰色の景色を説き出すと、銀之助はすはこほとりの生れ故郷の物語を始める、丑松が好きな歴史の話をすれば、銀之助は植物採集の興味を、と言つたやうな風に、互ひに語り合つた寄宿舎の窓は二人の心を結びつけた。同窓の記憶はいつまでも若く青々として居る。銀之助は丑松のことを思ふ度に昔を思出して、何となく時のうつりかはりを忍ばずには居られなかつた。同じ寄宿舎の食堂に同じ引割飯のにほひを嗅いだ其友達に思ひ比べると、実に丑松の様子の変つて来たことは。あのいううつ――丑松が以前の快活な性質を失つた証拠は、眼付で解る、歩き方で解る、はなしをする声でも解る。一体、何がもとで、あんなに深く沈んで行くのだらう。とんと銀之助には合点が行かない。『何かある――必ず何か訳がある。』斯う考へて、どうかして友達に忠告したいと思ふのであつた。

 丑松が蓮華寺へ引越したあくるひ、丁度日曜、午後から銀之助は尋ねて行つた。途中で文平と一緒になつて、二人してこけむした石の階段を上ると、咲残る秋草のみちの突当つたところに本堂、左は鐘楼、右が蔵裏であつた。六角形に出来た経堂のたてものもあつて、勾配のついた瓦屋根や、大陸風の柱や、白壁や、すべて過去の壮大とすゐたいとを語るかのやうに見える。黄ばんだいてふの樹の下に腰をこゞめ乍ら、余念もなく落葉を掃いて居たのは、寺男の庄太。『瀬川君は居りますか。』と言はれて、馬鹿丁寧な挨拶。やがて庄太ははうきをそこに打捨てゝ置いて、すあしまゝで蔵裏の方へ見に行つた。

 急に丑松の声がした。あふむいて見ると、いてふに近い二階の窓の障子を開けて、顔を差出して呼ぶのであつた。

『まあ、上りたまへ。』

 と復た呼んだ。


       (二)


 銀之助文平の二人は丑松に導かれて暗いはしごだんを上つて行つた。秋の日は銀杏の葉を通して、部屋の内へ射しこんで居たので、変色した壁紙、掛けてある軸、床の間に置並べたほんと雑誌のたぐひまで、すべて黄に反射して見える。ひや/″\とした空気は窓から入つて来て、斯の古い僧坊の内にも何となくさはやかな思を送るのであつた。机の上には例の『懴悔録』、読伏せて置いた其本に気がついたと見え、急に丑松は片隅へ押隠すやうにして、白い毛布を座蒲団がはりに出してすゝめた。

『よく君は引越して歩く人さ。』と銀之助はあたりを眺め廻し乍ら言つた。『一度瀬川君のやうに引越す癖が着くと、何度でも引越したくなるものと見える。まあ、部屋の具合なぞは、先の下宿の方が好ささうぢやないか。』

なぜ御引越になつたんですか。』と文平も尋ねて見る。

『どうもあそこうちやかましくつて――』う答へて丑松は平気を装はうとした。争はれないもので、困つたといふけしきはもう顔に表れたのである。

『そりやあ寺の方が静は静だ。』と銀之助は一向頓着なく、『何ださうだねえ、先の下宿では穢多がおひだされたさうだねえ。』

『さう/\、さういふ話ですなあ。』と文平もあひづちを打つた。

『だから僕は斯う思つたのさ。』と銀之助は引取つて、『何かそんな一寸したつまらん事にでも感じて、それであの下宿が嫌に成つたんぢやないかと。』

『どうして?』と丑松は問ひ反した。

『そこがそれ、君と僕と違ふところさ。』と銀之助は笑ひ乍ら、『実はこなひだ或雑誌を読んだところが、其中に精神病患者のことが書いてあつた。斯うさ。或人が其男のすまひわきに猫を捨てた。さあ、其猫の捨ててあつたのが気になつて、妻君にも相談しないで、其日の中にぷいと他へ引越して了つた。斯ういふ病的なあたまの人になると、捨てられた猫を見たのがひつこしの動機になるなぞは珍しくも無い、といふ話があつたのさ。はゝゝゝゝ――僕は瀬川君を精神病患者だと言ふ訳では無いよ。しかし君の様子を見るのに、何処か身体の具合でも悪いやうだ。まあ、君はさうは思はないかね。だから穢多のおひだされた話を聞くと、直に僕はの猫のことを思出したのさ。それで君が引越したくなつたのかと思つたのさ。』

『馬鹿なことを言ひたまへ。』と丑松はそりかへつて笑つた。笑ふには笑つたが、然しそれはをかしくて笑つたやうにも聞えなかつたのである。

『いや、じようだんぢやない。』と銀之助は丑松の顔をみまもつた。『実際、君の顔色は好くない――て貰つてはどうかね。』

『僕は君、そんな病人ぢや無いよ。』と丑松はほゝゑみ乍ら答へた。

『しかし。』と銀之助はまじめになつて、『自分で知らないで居る病人はいくらも有る。君の身体は変調を来して居るに相違ない。夜寝られないなんて言ふところを見ても、どうしても生理的に異常がある――まあ僕はさう見た。』

さうかねえ、左様見えるかねえ。』

『見えるともサ。まうさう、妄想――今の患者の眼に映つた猫も、君の眼に映つた新平民も、みんな衰弱した神経の見せるまぼろしさ。猫が捨てられたつて何だ――下らない。穢多がおひだされたつて何だ――あたりまへぢや無いか。』

『だから土屋君は困るよ。』と丑松はあひての言葉をさへぎつた。『いつでも君は早呑込だ。自分で斯うだと決めて了ふと、もう他の事は耳に入らないんだから。』

『すこしさういふ気味も有ますなあ。』と文平は如才なく。

『だつて引越し方があんまりだしぬけだからさ。』と言つて、銀之助は気を変へて、『しかし、寺の方が反つて勉強は出来るだらう。』

まへから僕は寺の生活といふものに興味を持つて居た。』と丑松は言出した。丁度下女のけさぢ(北信に多くある女の名)がゆわかしを持つて入つて来た。


       (三)


 信州人ほど茶をたしなむ手合もすくなからう。ういふのみものを好むのは寒い山国に住む人々の性来の特色で、日に四五回づゝ集つて飲むことを楽みにする家族が多いのである。丑松もやはり茶好の仲間にはれなかつた。茶器を引寄せ、無造作に入れて、濃く熱いやつを二人の客にも勧め、自分も亦茶椀をくちびるおしあながら、かうばしくあぶられた茶の葉のにほひを嗅いで見ると、急に気分が清々する。まあいきかへつたやうなこゝろもちになる。やがて丑松は茶椀を下に置いて、寺住の新しい経験を語り始めた。

『聞いて呉れ給へ。昨日の夕方、僕はこの寺の風呂に入つて見た。一日働いてくたぶれて居るところだつたから、入つたこゝろもちは格別さ。あかりまどの障子を開けて見るとしをんの花なぞが咲いてるぢやないか。其時僕はさう思つたねえ。風呂に入り乍らきり/″\すを聴くなんて、なるほど寺らしい趣味だと思つたねえ。今迄の下宿とはまるで様子が違ふ――まあ僕は自分のうちへでも帰つたやうなこゝろもちがしたよ。』

さうさなあ、普通の下宿ほど無趣味なものは無いからなあ。』と銀之助は新しい巻煙草に火をけた。

『それから君、いろ/\なことがある。』と丑松は言葉を継いで、『第一、鼠の多いには僕も驚いた。』

『鼠?』と文平も膝を進める。

ゆうべは僕のまくらもとへも来た。れなければ、鼠だつて気味が悪いぢやないか。あまり不思議だから、今朝其話をしたら、奥様の言草が面白い。猫を飼つて鼠を捕らせるよりか、自然に任せて養つてやるのが慈悲だ。なあに、くひものさへあてがつてれば、そんないたづらする動物ぢや無い。うちの鼠はおとなしいから御覧なさいツて。成程さう言はれて見ると、すこしも人をおそれない。ひるまですら出てあすんで居る。はゝゝゝゝ、寺のなかけしきは違つたものだと思つたよ。』

『そいつは妙だ。』と銀之助は笑つて、『余程奥様といふ人は変つたをんなと見えるね。』

『なに、それほど変つても居ないが、普通の人よりは宗教的なところがあるさ。さうかと思ふと、わたしどもだつてたかさごで一緒になつたんです、なんて、そんなことを言出す。だから、あまともつかず、だいこくともつかず、と言つて普通のうちの細君でもなし――まあ、もんとでらに日を送る女といふものは僕も初めて見た。』

『外にはどんな人が居るのかい。』斯う銀之助は尋ねた。

『子坊主が一人。下女。それに庄太といふ寺男。ホラ、君等の入つて来た時、庭を掃いて居た男があつたらう。あれさうだあね。誰もあのをとこを庄太と言ふものは無い――みんな「庄馬鹿」と言つてる。日にごたびづつ、あけがた、朝八時、十二時、いりあひ、夜の十時、これだけの鐘をくのがあのをとこつとめなんださうだ。』

『それから、あの何は。住職は。』とまた銀之助が聞いた。

『住職は今留守さ。』

 斯う丑松は見たり聞いたりしたことを取交ぜて話したのであつた。しまひに、敬之進の娘で、是寺へ貰はれて来て居るといふ、そのお志保の話も出た。

『へえ、風間さんの娘なんですか。』と文平は巻煙草の灰を落し乍ら言つた。『こなひだ一度校友会に出て来た――ホラ、あの人でせう?』

『さう/\。』と丑松も思出したやうに、『たしか僕等の来る前の年に卒業して出た人です。土屋君、さうだつたねえ。』

『たしか左様だ。』


       (四)


 其日蓮華寺の台所では、先住の命日と言つて、しやうじんものを作るのでいそがしかつた。月々のぢさいには経を上げ膳を出すならはしであるが、殊に其日は三十三回忌とやらで、好物の栗飯をいて、仏にも供へ、下宿人にも振舞ひたいと言ふ。寺内の若僧の妻までも来て手伝つた。用意のとゝのつた頃、奥様は台所をひとに任せて置いて、丑松の部屋へ上つて来た。丑松も、銀之助も、文平も、この話好きな奥様の目には、三人の子のやうに映つたのである。昔者とは言ひ乍ら、書生のはなしも解つて、よくいろ/\なことを知つて居た。時々をしへの話なぞも持出した。奥様はまた十二月二十七日の御週忌のありさまを語り聞かせた。其冬の日はをとこをんなの檀徒が仏の前に集つて、記念の一夜を送るといふ昔からの習慣を語り聞かせた。説教もあり、読経もあり、おでんせうの朗読もあり、十二時には男女一同御夜食の膳に就くなぞ、其御通夜の儀式のさま/″\を語り聞かせた。

『なむあみだぶ。』

 と奥様は独語のやうに繰返して、やがて敬之進の退職のことを尋ねる。

 奥様に言はせると、今の住職が敬之進の為に尽したことは一通りで無い。あの酒を断つたらば、とはく住職の言ふことで、禁酒の証文を入れる迄に敬之進が後悔する時はあつても、また/\よりが元へ戻つて了ふ。飲めばこまるといふことは知りつゝ、どうしても持つた病には勝てないらしい。その為に敷居が高くなつて、今では寺へも来られないやうな仕末。あのふしあはせな父親の為には、どんなにかお志保も泣いて居るとのことであつた。

さうですか――いよ/\退職になりましたか。』

 斯う言つて奥様は嘆息した。

『道理で。』と丑松は思出したやうに、『昨日私がこちらへ引越して来る時に、風間さんは門の前まで随いて来ましたよ。何故斯うして門の前まで一緒に来たか、それは今説明しようとも思はない、なんて、さう言つて、それからぷいと別れて行つて了ひました。随分酔つて居ましたツけ。』

『へえ、うちの前まで? 酔つて居ても娘のことは忘れないんでせうねえ――まあ、それが親子の情ですから。』

 と奥様はた深い溜息をいた。

 斯ういふはなしさまたげられて、銀之助は思ふことを尽さなかつた。せつかく言ふ積りで来て、それを尽さずに帰るのも残念だし、栗飯が出来たからと引留められもするし、夜にでもなつたらば、と斯う考へて、心の中では友達のことばかり案じつゞけて居た。

 夕飯は例になくくりの下座敷であつた。宵のおつとめも済んだと見えて、給仕は白い着物を着た子坊主がして呉れた。ごぶしんの灯は香の煙に交る夜の空気を照らして、高い天井の下をおもしろく見せる。古壁に懸けてある黄なころもは多分住職の着るものであらう。変つた室内のありさまは三人の注意を引いた。わけても、銀之助はく笑つて、其高い声が台所迄も響くので、奥様は若い人達の話を聞かずに居られなかつた。しまひにはお志保までも来て、奥様の傍によりそひ乍ら聞いた。

 急に文平は快活らしくなつた。妙に婦人の居る席では熱心になるのが是男の性分で、二階に三人で話した時から見ると、この下座敷へ来てからは声の調子が違つた。天性あいけうのある上に、すゞしい艶のあるひとみを輝かし乍ら、興に乗つてよもやまの話を初めた時は、確に面白い人だと思はせた。文平はまた、時々お志保の方を注意して見た。お志保は着物の前を掻合せたり、垂れ下る髪の毛を撫付けたりして、人々の物語に耳を傾けて居たのである。

 銀之助はそんなことに頓着なしで、やがて思出したやうに、

『たしかわたしどもの来る前の年でしたなあ、あなたがたの卒業は。』

 斯う言つてお志保の顔を眺めた。奥様も娘の方へ振向いた。

『はあ。』と答へた時は若々しい血潮がにはかにお志保の頬に上つた。そのすこしはぢを含んだ色はひとしほおもばせを娘らしくして見せた。

『卒業生の写真が学校に有ますがね、』と銀之助は笑つて、『あのころから見ると、みんな立派な姉さんに成りましたなあ――どうしてわたしどもが来た時分には、まだはなを垂らしてるやうな連中もあつたツけが。』

 楽しい笑声は座敷の内にあふれた。お志保はあかくなつた。斯ういふ間にも、独り丑松はランプほかげに横になつて、何か深く物を考へて居たのである。


       (五)


『ねえ、奥様。』と銀之助が言つた。『瀬川君は非常に沈んで居ますねえ。』

さやうさ――』と奥様は小首をかしげる。

さきをとゝひ、』と銀之助は丑松の方を見て、『君が斯のお寺へ部屋を捜しに来た日だ――ホラ、僕が散歩してると、丁度本町で君にでつくはしたらう。あのときの君の考へ込んで居る様子と言つたら――僕はしばらくそこに突立つて、君の後姿を見送つて、何とも言ひ様の無いこゝろもちがしたねえ。君は猪子先生の「懴悔録」を持つて居た。其時僕はさう思つた。あゝ、またの先生の書いたものなぞを読んで、神経を痛めなければいゝがなあと。あゝいふ本を読むのは、君、可くないよ。』

『何故?』と丑松は身を起した。

『だつて、君、あまり感化を受けるのは可くないからサ。』

『感化を受けたつても可いぢやないか。』

『そりやあ好い感化なら可いけれども、悪い感化だから困る。見たまへ、君の性質が変つて来たのは、彼の先生のものを読み出してからだ。猪子先生は穢多だから、あゝいふ風に考へるのも無理は無い。普通の人間に生れたものが、なにもの真似を為なくてもよからう――あれほど極端に悲まなくてもよからう。』

『では、貧民とか労働者とか言ふやうなものに同情を寄せるのはいかんと言ふのかね。』

『不可と言ふ訳では無いよ。僕だつても、美しい思想だとは思ふさ。しかし、君のやうに、さう考へ込んで了つても困る。何故君はあゝいふものばかり読むのかね、何故君は沈んでばかり居るのかね――一体、君は今何を考へて居るのかね。』

『僕かい? 別にさう深く考へても居ないさ。君等の考へるやうな事しか考へて居ないさ。』

『でも何かあるだらう。』

『何かとは?』

『何か原因がなければ、そんなに性質の変る筈が無い。』

『僕は是で変つたかねえ。』

『変つたとも。まるで師範校時代の瀬川君とは違ふ。の時分は君、ずつと快活な人だつたあね。だから僕は斯う思ふんだ――元来君はふさいでばかり居る人ぢや無い。唯あまり考へ過ぎる。もうすこし他の方面へ心を向けるとか、何とかして、自分の性質を伸ばすやうに為たらどうかね。こなひだから僕は言はう/\と思つて居た。実際、君の為に心配して居るんだ。まあ身体の具合でも悪いやうなら、早く医者に診せて、自分で自分を救ふやうに為るがいゝぢやないか。』

 しばらく座敷の中はしんとして話声が絶えた。丑松は何か思出したことがあると見え、急に喪心した人のやうに成つて、ばうぜんとして居たが。やがて気が付いて我に帰つた頃は、顔色がすこし蒼ざめて見えた。

『どうしたい、君は。』と銀之助は不思議さうに丑松の顔を眺めて、『はゝゝゝゝ、妙に黙つて了つたねえ。』

『はゝゝゝゝ。はゝゝゝゝ。』

 と丑松は笑ひまぎらはして了つた。銀之助も一緒になつて笑つた。奥様とお志保は二人の顔を見比べて、熱心に聞き惚れて居たのである。

『土屋君は「懴悔録」を御読みでしたか。』と文平ははなしを引取つた。

いゝえだ読んで見ません。』斯う銀之助は答へた。

『何か彼の猪子といふ先生の書いたものを御覧でしたか――私は未だなんにも読んで見ないんですが。』

さうですなあ、僕の読んだのは「労働」といふものと、それから「現代の思潮と下層社会」――あれを瀬川君から借りて見ました。なか/\好いところが有ますよ、力のある深刻な筆で。』

『一体彼の先生は何処を出た人なんですか。』

『たしか高等師範でしたらう。』

『斯ういふ話を聞いたことが有ましたツけ。彼の先生が長野に居た時分、郷里の方でもかくあゝいふ人を穢多の中から出したのは名誉だと言つて、講習に頼んださうです。そこで彼の先生が出掛けて行つた。すると宿屋で断られて、泊る所が無かつたとか。そんなことが面白くなくて長野を去るやうになつた、なんて――まあ、師範校をめてから、彼の先生も勉強したんでせう。妙な人物が新平民なぞの中から飛出したものですなあ。』

『僕も其は不思議に思つてる。』

あんな下等人種の中から、兎に角思想界へ頭を出したなんて、どうしても私には其理由が解らない。』

『しかし、彼の先生は肺病だと言ふから、あるひは其病気の為に、あそこまでつたものかも知れません。』

『へえ、肺病ですか。』

『実際病人は真面目ですからなあ。「死」といふ奴をめのまへに置いて、しよつちゆう考へて居るんですからなあ。彼の先生の書いたものを見ても、何となく斯う人に迫るやうなところがある。あれが肺病患者の特色です。まあ彼の病気の御蔭でえらく成つた人はいくらもある。』

『はゝゝゝゝ、土屋君の観察は何処迄も生理的だ。』

『いや、さう笑つたものでも無い。見たまへ、病気は一種の哲学者だから。』

『して見ると、穢多があゝいふものを書くんぢや無い、病気が書かせるんだ――斯う成りますね。』

『だつて、君、さうさとるより外に考へ様は無いぢやないか――唯新平民が美しい思想を持つとは思はれないぢやないか――はゝゝゝゝ。』

 斯ういふ話を銀之助と文平とが為して居る間、丑松は黙つて、ランプの火をみつめて居た。おのづそとに表れる苦悶の情は、頬の色の若々しさに交つて、一層その男らしいおもばせちんうつにして見せたのである。

 茶が出てから、三人は別のはなしに移つた。奥様は旅先の住職のうはさなぞを始めて、客の心を慰める。子坊主は隣の部屋の柱にもたれて、独りで舟を漕いで居た。台所の庭の方から、遠く寂しく地響のやうに聞えるは、庄馬鹿が米をく音であらう。夜もけた。


       (六)


 友達が帰つた後、丑松は心の激昂をおさへきれないといふ風で、自分の部屋の内を歩いて見た。其日の物語、あの二人の言つた言葉、あの二人の顔に表れた微細な感情まで思出して見ると、何となくむなじゝふるへるやうな心地がする。先輩の侮辱されたといふことは、第一くやしかつた。賤民だから取るに足らん。ういふ無法な言草は、唯考へて見たばかりでも、腹立たしい。あゝ、種族の相違といふわだかまりの前には、いかなる熱い涙も、いかなる至情の言葉も、いかなるてつつゐのやうな猛烈な思想も、それを動かす力は無いのであらう。多くの善良な新平民は斯うして世に知られずに葬り去らるゝのである。

 かんがへに刺激されて、寝床に入つてからも丑松は眠らなかつた。目を開いて、頭を枕につけて、さま/″\に自分の一生を考へた。鼠が復た顕れた。畳の上を通る其足音に妨げられては、なほ/\夢を結ばない。一旦吹消した洋燈を細目にけて、まくらもとを明くして見た。暗い部屋の隅の方に影のやうに動くちひさな動物のはしこさ、人を人とも思はず、長い尻尾を振り乍ら、出たり入つたりする其有様は、憎らしくもあり、をかしくもあり、『き、き』と鳴く声は斯の古い壁の内に秋の夜のさびしさを添へるのであつた。

 それからそれへと丑松は考へた。一つとして不安に思はれないものはなかつた。深く注意した積りの自分のおこなひが、反つてひとに疑はれるやうなことに成らうとは――まあ、考へれば考へるほど用意が無さ過ぎた。なぜ、あの大日向が鷹匠町の宿から放逐された時に、自分はじつとして居なかつたらう。なぜあんなに泡を食つて、斯の蓮華寺へ引越して来たらう。何故、あの猪子蓮太郎の著述が出る度に、自分は其を誇り顔にふいちやうしたらう。何故、彼様に先輩の弁護をして、何か斯う彼の先輩と自分との間には一種の関係でもあるやうにひとに思はせたらう。何故、彼の先輩の名前をあゝひとの前で口に出したらう。何故、内証で先輩の書いたものを買はなかつたらう。何故、独りで部屋の内に隠れて、読みたい時にそつと出して読むといふ智慧が出なかつたらう。

 思ひ疲れるばかりで、まとまりは着かなかつた。

 一夜は斯ういふ風に、しとねの上でふるへたり、はんもんしたりして、暗いところをさまよつたのである。あくるひになつて、いよ/\丑松は深くこゝろを配るやうに成つた。すぎさつた事はもう仕方が無いとして、これからさきを用心しよう。蓮太郎の名――人物――著述――一切、の先輩に関したことは決してひとの前で口に出すまい。斯う用心するやうに成つた。

 さあ、父の与へたいましめは身にしみ/″\こたへて来る。『隠せ』――実にそれはいきしにの問題だ。あの仏弟子が墨染の衣に守りやつれる多くの戒も、の一戒に比べては、いつそ何でもない。祖師を捨てた仏弟子は、堕落と言はれて済む。親を捨てた穢多の子は、堕落でなくて、零落である。『決してそれとはうちあけるな』とは堅く父も言ひ聞かせた。これから世に出て身を立てようとするものが、誰が好んでうちあけるやうな真似を為よう。

 丑松もやうやく二十四だ。思へば好いとしだ。

 あゝ。いつまでも斯うして生きたい。と願へば願ふほど、余計に穢多としての切ない自覚が湧き上るのである。現世の歓楽は美しく丑松の眼に映じて来た。たとへいかなる場合があらうと、大切な戒ばかりは破るまいと考へた。



   第四章


       (一)


 郊外はとりいれの為にせはしい時節であつた。農夫の群はいづれも小屋を出て、午後の労働に従事して居た。の稲はもうすつかり刈り乾して、すでに麦さへまきつけたところもあつた。ひとゝせの骨折のむくいを収めるのは今である。雪の来ない内に早く。斯うして千曲川の下流に添ふ一面の平野は、あだかも、戦場のありさまであつた。

 其日、丑松は学校から帰ると直に蓮華寺を出て、ふだんの勇気をとりかへす積りで、何処へ行くといふめあても無しに歩いた。新町の町はづれから、枯々な桑畠の間を通つて、思はずの郊外の一角へ出たのである。積上げた『わらによ』の片蔭によりかゝつて、霜枯れた雑草の上に足を投出し乍ら、肺の底までも深く野の空気を吸入れた時は、僅にいきかへつたやうなこゝろもちになつた。見れば男女の農夫。そこに親子、こゝに夫婦、黄に揚るほこりを満身に浴びながら、我劣らじと奮闘をつゞけて居た。もみを打つつちの音は地に響いて、いねこく音に交つて勇しく聞える。立ちのぼる白い煙もところ/″\。雀の群は時々空に舞揚つて、騒しく鳴いて、やがてまたぱツと田の面に散乱れるのであつた。

 秋の日は烈しく照りつけて、人々には言ふに言はれぬ労苦を与へた。男は皆なほつかぶり、女は皆なあみがさであつた。それはめづらしくはしやいだ、風の無い日で、汗は人々の身体を流れたのである。野に満ちた光を通して、丑松は斯の労働のありさまを眺めて居ると、ふとよりかゝつた『藁によ』のわきを十五ばかりの一人の少年が通る。日に焼けた額と、やはらかな目付とで、直に敬之進のせがれと知れた。しやうごといふのが其少年の名で、丁度丑松が受持の高等四年の生徒なのである。丑松は其かほつきを見る度に、彼の老朽な教育者を思出さずには居られなかつた。

『風間さん、どちらへ?』

 斯う声を掛けて見る。

『あの、』と省吾はいひよどんで、『母さんが沖(野外)に居やすから。』

『母さん?』

『あれ彼処に――先生、あれがうちの母さんでごはす。』

 と省吾は指差して見せて、すこし顔をあかくした。同僚の細君のうはさ、それを丑松も聞かないでは無かつたが、然しめのまへに働いて居る女が其人とはすこしも知らなかつた。古びたうはつぱり、茶色の帯、めくらじまてつかふ、編笠に日をけて、身体を前後に動かし乍ら、せつせと稲の穂をこきおとして居る。信州北部の女はいづれもつよい気象のものばかり。く働くことに掛けては男子にもまさる程であるが、教員の細君でのらにまで出て、烈しい気候を相手に精出すものもすくない。これも境遇からであらう、と憐んで見て居るうちに、省吾はまた指差して、彼の槌を振上げてもみを打つ男、あれは手伝ひに来たむかしからの出入のもので、音作といふ百姓であると話した。母とあのをとことの間に、を高く頭の上に載せ、すこしづつ籾を振ひ落して居る女、あれは音作の『おかた』(女房)であると話した。丁度其女房が箕を振る度に、しひなほこりが舞揚つて、人々は黄色い烟を浴びるやうに見えた。省吾はまた、母のわきに居る小娘を指差して、彼がはらちがひの妹のお作であると話した。

『君の兄弟はいくたりあるのかね。』と丑松は省吾の顔をまもり乍ら尋ねた。

『七人。』といふ省吾の返事。

『随分多勢だねえ、七人とは。君に、姉さんに、尋常科の進さんに、あの妹に――それから?』

『まだ下に妹が一人と弟が一人。一番うへの兄さんは兵隊に行つて死にやした。』

『むゝさうですか。』

『其中で、死んだ兄さんと、蓮華寺へ貰はれて行きやした姉さんと、わしと――これだけ母さんが違ひやす。』

『そんなら、君やお志保さんのほんたうの母さんは?』

もう居やせん。』

 斯ういふ話をして居ると、ふとまゝはゝの呼声を聞きつけて、ぷいと省吾は駈出して行つて了つた。


       (二)


『省吾や。おめへはまあいくつに成つたら御手伝ひする積りだよ。』と言ふ細君の声は手に取るやうに聞えた。省吾は継母をおそれるといふ様子して、おづ/\と其前に立つたのである。

『考へて見な、もう十五ぢやねえか。』と怒を含んだ細君の声は復た聞えた。『今日は音さんまでおたのまうして、斯うしてほこりだらけに成つてかまけて居るのに、それがお前の目には見えねえかよ。母さんが言はねえだつて、さつさと学校から帰つて来て、直に御手伝ひするのがあたりまへだ。高等四年にも成つて、いなごとりに夢中に成つてるなんて、そんなものが何処にある――与太坊主め。』

 見れば細君はいねこく手を休めた。音作の女房も振返つて、気の毒さうに省吾の顔を眺め乍ら、前掛をしめなほしたり、身体のほこりを掃つたりして、やがて顔に流れるあぶらあせを拭いた。むしろの上の籾は黄な山を成して居る。音作も亦た槌の長柄に身を支へて、うんと働いた腰を延ばして、濃く青い空気を呼吸した。

『これ、お作や。』と細君の児を叱る声が起つた。『どうしてそんいたづらするんだい。女の児は女の児らしくするもんだぞ。ほんとに、どいつもこいつも碌なものはありやあしねえ。自分の子ながらあいそが尽きた。見ろ、まあ、進を。お前達二人よりよつぽど御手伝ひする。』

『あれ、進だつてあすんで居やすよ。』といふのは省吾の声。

『なに、遊んでる?』と細君はすこし声を震はせて、『遊んでるものか。さつきから御子守をして居やす。そんなお前のやうな役に立たずぢやねえよ。ちよツ、何ぞと言ふと、直に口答へだ。父さんがめた甘やかすもんだから、母さんの言ふことなぞちつとも聞きやしねえ。ほんとづない口の利きやうを為る。だから省吾は嫌ひさ。すこしこちらが遠慮して居れば、何処迄いゝ気に成るか知れやしねえ。あゝきつとまた蓮華寺へ寄つて、姉さんに何か言付けて来たんだらう。それでこんなに遅くなつたんだらう。内証で隠れて行つて見ろ――酷いぞ。』

『奥様。』と音作は見兼ねたらしい。『どうかまあ、こんちのところは、わしに免じて許して下さるやうに。ない(なあと同じ農夫の言葉)、省吾さん、あんたもそれぢやいけやせん。母さんの言ふことを聞かねえやうなものなら、私だつてさげぼう(仲裁)に出るのはもう御免だから。』

 音作の女房も省吾の側へ寄つて、軽く背をたゝいてさゝやいた。軈て女房は其手に槌の長柄を握らせて、『さあ、御手伝ひしやすよ。』と亭主の方へ連れて行つた。『どれ、始めずか(始めようか)。』と音作は省吾を相手にし、槌を振つて籾を打ち始めた。『ふむ、よう。』の掛声も起る。細君も、音作の女房も、復た仕事に取懸つた。

 はからず丑松は敬之進の家族を見たのである。の可憐な少年も、お志保も、細君のほんたうの子では無いといふことが解つた。夫の貧を養ふといふ心から、斯うして細君が労苦して居るといふことも解つた。五人の子の重荷と、不幸な夫の境遇とは、細君の心を怒り易く感じ易くさせたといふことも解つた。斯う解つて見ると、なほ/\丑松は敬之進を憐むといふ心を起したのである。

 今はすこし勇気を回復した。あきらかに見、明に考へることが出来るやうに成つた。めのまへひろがる郊外の景色を眺めると、さま/″\おもひでは丑松の胸の中を往つたり来たりする。丁度斯うして、たんぼわきに寝そべり乍ら、とりいれさまを眺めたの無邪気な少年の時代をおもひだした。ゑぼし一帯の山脈の傾斜を憶出した。其傾斜に連なる田畠と石垣とを憶出した。ちがや、野菊、其他種々な雑草が霜葉を垂れるあぜみちを憶出した。秋風が田の面を渡つて黄な波を揚げる頃は、くじに当つて、買ひに行つた門前の菓子屋の婆さんの顔を憶出した。夜のやすみを知らせる鐘が鳴り渡つて、やがて見廻りに来る舎監の靴の音が遠く廊下に響くといふ頃は、沈まりかへつて居た朋輩がた起出して、暗い寝室の内で雑談に耽つたことを憶出した。しまひには往生寺の山の上に登つて、かるかやの墓のほとりに立ち乍ら、おほきな声を出して呼び叫んだ時代のことを憶出して見ると――実に一生のありさまは変りはてた。楽しい過去のおもひでは今のかなしみを二重にして感じさせる。『あゝ、あゝ、どうして俺はこんなうたがひぶかくなつたらう。』斯う天を仰いで歎息した。急に、意外なところに起る綿のやうな雲を見つけて、しばらく丑松はそれを眺め乍ら考へて居たが、思はず知らずつかれが出て、『藁によ』によりかゝつたまゝ寝て了つた。


       (三)


 ふと眼を覚ましてそこいらを見廻した時は、暮色がもう迫つて来た。向ふの田の中のあぜみちを帰つて行く人々も見える。荒くれた男女の農夫は幾群か丑松のわきを通り抜けた。くはを担いで行くものもあり、俵を背負つて行くものもあり、中にはちのみごだきかゝへ乍ら足早に家路をさして急ぐのもあつた。秋のひとひの烈しい労働はやうやく終を告げたのである。

 まだ働いて居るものもあつた。敬之進の家族も急いで働いて居た。音作は腰をこゞめ、足に力を入れ、重いたはらを家の方へ運んで行く。後には女二人と省吾ばかり残つて、もみふるつたり、それを俵へ詰めたりして居た。急に『かあさん、かあさん。』と呼ぶ声が起る。見れば省吾の弟、泣いてそりかへる児をおぶひ乍ら、一人の妹を連れて母親の方へ駈寄つた。『おゝ、おゝ。』と細君は抱取つて、乳房を出してくはへさせて、

『進や。父さんは何してるか、おめへ知らねえかや。』

おら知んねえよ。』

『あゝ。』と細君はじゆばんの袖口でまぶちを押拭ふやうに見えた。『父さんのことを考へると、働く気もなにも失くなつて了ふ――』

『母さん、作ちやんが。』と進は妹の方を指差し乍ら叫んだ。

『あれ。』と細君は振返つて、『誰だい其袋を開けたものは――誰だい母さんに黙つて其袋を開けたものは。』

『作ちやんは取つて食ひやした。』と進の声で。

ほんとに仕方が無いぞい――あのこは。』と細君は怒気を含んで、『其袋をこゝへ持つて来な――これ、早く持つて来ねえかよ。』

 お作はやつつばかりの女の児。麻の袋を手に提げた儘、母の権幕をおそれて進みかねる。『母さん、おくんな。』と進も他の子供もせがみ付く。省吾も其と見て、母の傍へ駈寄つた。細君はお作の手から袋を奪取るやうにして、

『どれ、見せな――そいつたツても、まあ、情ない。道理でさつきからおとなしいと思つた。すこし母さんが見て居ないと、直にこんな真似を為る。黙つて取つて食ふやうなものは、泥棒だぞい――ぬすツとだぞい――ちよツ、何処へでも勝手に行つて了へ、そんこんじやうの奴はもう母さんの子ぢやねえから。』

 斯う言つて、袋の中に残るつめたおやきらしいものを取出して、細君は三人の児に分けて呉れた。

『母さん、おんにも。』とお作は手を出した。

『何だ、お前は。自分で取つて食つて置き乍ら。』

『母さん、もう一つおくんな。』と省吾は訴へるやうに、『進には二つ呉れて、わしには一つしか呉ねえだもの。』

『お前は兄さんぢやねえか。』

『進にはあんな大いのを呉れて。』

『嫌なら、しな、さあ返しな――機嫌くして母さんの呉れるものを貰つたためしはねえ。』

 進は一つ頬張り乍ら、やがて一つのおやきを見せびらかすやうにして、『省吾の馬鹿――やい、やい。』と呼んだ。省吾はいま/\しいといふ様子。いきなり駈寄つて、弟の頭をにぎりこぶしで打つ。弟も利かない気。兄の耳のあたりを打ち返した。二人の兄弟は怒の為に身を忘れて、互に肩を聳して、丁度けもののやうにあらそひを始める。音作の女房があわてゝ二人を引分けた時は、兄弟ともに大な声を揚げて泣叫ぶのであつた。

『どうしてまあきやうだいげんくわを為るんだねえ。』と細君は怒つて、『さうお前達にはたで騒がれると、母さんはもう気がちがひさうに成る。』

 斯のありさまを丑松は『藁によ』の蔭に隠れ乍ら見て居た。様子を聞けば聞くほど不幸な家族を憐まずには居られなくなる。急に暮鐘の音に驚かされて、丑松は其処を離れた。

 寂しい秋晩の空に響いて、また蓮華寺の鐘の音が起つた。それは多くの農夫の為に、一日のつかれねぎらふやうにも、楽しいやすみうながすやうにも聞える。まだ野に残つて働いて居る人々は、いづれも仕事を急ぎ初めた。今はゆふもやの群がちくまがはの対岸をめて、かうしやざん一帯の山脈も暗く沈んだ。西の空は急に深いこげちや色に変つたかと思ふと、やがて落ちて行く秋の日が最後の反射をに投げた。向ふに見えるもりも、村落も、遠く暮色に包まれて了つたのである。あゝ、何の煩ひも思ひ傷むことも無くて、ういふ田園の景色を賞することが出来たなら、どんなにか青春の時代も楽しいものであらう。丑松が胸の中に戦ふあうなうを感ずれば感ずる程、余計にそとの自然はいき/\として、身にみるやうに思はるゝ。南の空には星一つあらはれた。その青々とした美しい姿は、一層夕暮の眺望をおごそかにして見せる。丑松は眺め入り乍ら、自分の一生を考へて歩いた。

『しかし、其がどうした。』と丑松は豆畠の間の細道へさしかゝつた時、自分で自分をはげますやうに言つた。『自分だつて社会のひとりだ。自分だつてひとと同じやうに生きて居る権利があるのだ。』

 斯のかんがへに力を得て、軈て帰りかけて振返つて見た時は、まだ敬之進の家族が働いて居た。二人の女が冠つた手拭は夕闇にほのじろく、槌の音はひや/″\とした空気に響いて、『藁を集めろ』などゝいふ声もかすかに聞える。立つてこちらを向いたのは省吾か。今は唯動いて居る暗い影かとばかり、人々の顔も姿も判らない程に暮れた。


       (四)


『おつかれ』(今晩は)とふ人毎に声を掛けるのは山家のたそがれならはしである。丁度新町の町はづれへ出て、帰つて行く農夫に出逢ふ度に、丑松はこの挨拶をとりかはした。一ぜんめし、御休所、笹屋、としてあるうちの前で、また『おつかれ』を繰返したが、其は他の人でもない、例の敬之進であつた。

『おゝ、瀬川君か。』と敬之進は丑松を押留めるやうにして、『好い処で逢つた。何時か一度君とゆつくり話したいと思つて居た。まあ、さう急がんでもよからう。今夜は我輩につきあつて呉れてもよからう。斯ういふ処で話すのもた一興だ。是非、君に聞いて貰ひたいこともあるんだから――』

 そゝのかされて、丑松は敬之進と一緒に笹屋の入口の敷居を跨いで入つた。昼は行商、夜は農夫などがつかれを忘れるのはこゝで、大なには『ぼや』(雑木の枝)の火が赤々と燃上つた。壁に寄せてふるがめのいくつか並べてあるは、地酒が溢れて居るのであらう。今は農家は忙しいときで、長くみこしゑるものも無い。一人の農夫がわらぢばきまゝ、ぐいと『てツぱ』(こつぷ酒)を引掛けて居たが、やがて其男の姿も見えなくなつて、ろばたは唯二人のものとなつた。

『今晩は何にいたしやせう。』とかみさんは炉の鍵に大鍋を懸け乍ら尋ねた。『けんちんなら出来やすが、其ぢやいけやせんか。河で捕れたかじかもごはす。鰍でも上げやせうかなあ。』

『鰍?』と敬之進は舌なめずりして、『鰍、結構――それに、油汁と来てはこたへられない。斯ういふ晩は暖い物に限りますからね。』

 敬之進は酒慾の為に慄へて居た。しらふで居る時は、からもう元気の無い人で、言葉もすくなく、病人のやうに見える。五十の上を一つか二つも越したらうか、年の割合にはふけたといふでも無く、まだ髪は黒かつた。丑松は『藁によ』の蔭で見たり聞いたりした家族のことを思ひ浮べて、一層このひとに親しくなつたやうな心地がした。『ぼや』の火も盛んに燃えた。大鍋の中のけんちんふつ/\と煮立つて来て、甘さうなにほひが炉辺にみちあふれる。かみさんは其をこどんぶりに盛つて出し、酒はあつかんにして、一本づゝ古風な徳利を二人の膳の上に置いた。

『瀬川君。』と敬之進は手酌でちびり/\始め乍ら、『君が飯山へ来たのは何時でしたつけねえ。』

わたしですか。私が来てからもう足掛三年に成ります。』と丑松は答へた。

『へえ、そんなに成るかねえ。ついこなひだのやうにしか思はれないがなあ。実に月日の経つのは早いものさ。いや、我輩なぞが老込む筈だよ。君等がずん/\進歩するんだもの。我輩だつて、君、一度は君等のやうな時代もあつたよ。明日は、明日は、明日はと思つて居る内に、もう五十といふ声を聞くやうに成つた。我輩のうちと言ふのはね、もと飯山の藩士で、少年の時分から君侯の御側に勤めて、それから江戸表へ――丁度ごいツしんに成る迄。考へて見れば時勢はうつり変つたものさねえ。変遷、変遷――見たまへ、千曲川の岸にある城跡を。の名残の石垣が君等の目にはどう見えるね。斯うつたいちごなどのまとひついたところを見ると、我輩はもう言ふに言はれないやうなこゝろもちになる。何処の城跡へ行つても、大抵はくはばたけ。士族といふ士族は皆な零落して了つた。今日迄ふみこたへて、どうにかかうにか遣つて来たものは、と言へば、役場へ出るとか、学校へ勤めるとか、それ位のものさ。まあ、士族ほど役に立たないものは無い――実は我輩も其一人だがね。はゝゝゝゝ。』

 と敬之進は寂しさうに笑つた。やがて盃の酒を飲乾して、一寸舌打ちして、それを丑松へ差し乍ら、

『一つ交換といふことに願ひませうか。』

『まあ、おしやくしませう。』と丑松は徳利を持添へて勧めた。

『それはいかん。上げるものは上げる、頂くものは頂くサ。え――君は斯の方はらないのかと思つたが、なか/\いけますねえ。君の御手並を拝見するのは今夜始めてだ。』

『なに、私のはさんばいじやうごといふ奴なんです。』

かく、斯盃は差上げます。それから君のを頂きませう。まあ君だからこんなことを御話するんだが、我輩なぞは二十年も――さやうさ、小学教員の資格が出来てから足掛十五年に成るがね、其間唯同じやうなことを繰返して来た。と言つたら、また君等に笑はれるかも知れないが、しまひには教場へ出て、何を生徒に教へて居るのか、自分乍ら感覚が無くなつて了つた。はゝゝゝゝ。いや、全くの話が、長く教員を勤めたものは、皆な斯ういふ経験があるだらうと思ふよ。実際、我輩なぞは教育をして居るとは思はなかつたね。はおりはかまで、唯月給を貰ふ為に、働いて居るとしか思はなかつた。だつて君、さうぢやないか、尋常科の教員なぞと言ふものは、学問のある労働者も同じことぢやないか。毎日、毎日――騒しい教場の整理、大勢の生徒の監督、わづかの月給で、長い時間を働いて、くまあ今日迄自分でも身体が続いたと思ふ位だ。あるひは君等の目から見たら、今こゝで我輩が退職するのはちゑの無い話だと思ふだらう。そりやあ我輩だつて、もう六ヶ月ふみこたへさへすれば、たとへわづかでも恩給のさがる位は承知して居るさ。承知して居ながら、其が我輩には出来ないから情ない。是からさき我輩に働けと言ふのは、死ねといふも同じだ。家内はまた家内で心配して、教員をめてしまつたら、どうしてくらしが立つ、銀行へ出て帳面でもつけて呉れろと言ふんだけれど、どうして君、そんな真似が我輩に出来るものか。二十年来慣れたことすら出来ないものを、是から新規に何が出来よう。根気も、精分も、我輩の身体の内にあるものはすつかりもう尽きて了つた。あゝ、生きて、働いて、たふれるまでむちうたれるのは、馬車馬の末路だ――丁度我輩は其馬車馬さ。はゝゝゝゝ。』


       (五)


 急に入つて来た少年に妨げられて、敬之進は口をつぐんだ。ながしもとかみさん、暗いランプの下で、かちや/\と皿小鉢を鳴らして居たが、其と見て少年の側へ駈寄つた。

『あれ、省吾さんでやすかい。』

 と言はれて、省吾は用事ありげな顔付。

うちの父さんは居りやすか。』

『あゝ居なさりやすよ。』と主婦は答へた。

 敬之進は顔をしかめた。入口の庭の薄暗いところにたゝずんで居る省吾をろばたまで連れて来て、つく/″\其可憐な様子をながながら、

どうした――何か用か。』

『あの、』と省吾はいひよどんで、『母さんがねえ、今夜は早く父さんに御帰りなさいツて。』

『むゝ、また呼びによこしたのか――ちよツ、きまりをつてら。』と敬之進はひとりごとのやうに言つた。

『そんなら父さんは帰りなさらないんですか。』と省吾はおづ/\尋ねて見る。

『帰るサ――御話がめば帰るサ。母さんに斯う言へ、父さんは学校の先生と御話して居ますから、其が済めば帰りますツて。』と言つて、敬之進は一段声を低くして、『省吾、母さんは今何してる?』

もみを片付けて居りやす。』

さうか、まだ働いてるか。それからの……何か……母さんはまたいつものやうに怒つてやしなかつたか。』

 省吾は答へなかつた。子供心にも、父を憐むといふ目付して、黙つて敬之進の顔をみまもつたのである。

『まあ、つめたさうな手をしてるぢやないか。』と敬之進は省吾の手を握つて、『それおあしを呉れる。柿でも買へ。母さんや進には内証だぞ。さあもうそれでいゝから、早く帰つて――父さんが今言つた通りに――よしか。解つたか。』

 省吾は首を垂れて、しをれ乍ら出て行つた。

『まあ聞いて呉れたまへ。』と敬之進はた述懐を始めた。『ホラ、君が彼の蓮華寺へ引越す時、我輩も門前まで行きましたらう――実は、君だからこんなこと迄も御話するんだが、彼寺には不義理なことがしてあつて、住職は非常に怒つて居る。我輩が飲む間は、つきあはぬといふ。情ないとは思ふけれど、そんな関係で、今では娘の顔を見に行くことも出来ないやうな仕末。まあ、彼寺へ呉れて了つたお志保と、省吾と、それから亡くなつた総領と、斯う三人は今の家内の子では無いのさ。せんの家内といふのは、やはり飯山の藩士の娘でね、我輩のうちの楽な時代にかたづいて来て、未だ今のやうに零落しない内にくなつた。だから我輩はあいつのことを考へる度に、一生のうちで一番楽しかつた時代を思出さずには居られない。いつぱいやると、きつと其時代のことを思出すのが我輩の癖で――だつて君、年を取れば、思出すより外にたのしみが無いのだもの。あゝ、せんの家内はかへつて好い時に死んだ。人間といふものは妙なもので、若い時に貰つた奴がどうしても一番好いやうな気がするね。それに、性質が、今の家内のやうにかん気では無かつたが、そのかはり昔風に亭主にたよるといふ風で、どこまでも我輩を信じて居た。蓮華寺へ行つたお志保――あのこがまた母親にく似て居て、眼付なぞはもうそつくりさ。彼娘の顔を見ると、直にせんの家内が我輩の眼に映る。我輩ばかりぢやない、ひとが克く其を言つて、昔話なぞを始めるものだから、さあ今の家内は面白くないと見えるんだねえ。正直御話すると、我輩も蓮華寺なぞへ彼娘を呉れたくは無かつた。然しうちに置けば、彼娘の為にならない。第一、其では可愛さうだ。まあ、蓮華寺では非常にほしがるし、奥様も子は無し、それに他の土地とは違つててらを第一とする飯山ではあり、するところからして、お志保を手放して遣つたやうな訳さ。』

 聞けば聞くほど、丑松は気の毒に成つて来た。なるほどさう言はれて見れば、らくはくゑすがたそのまゝの様子のうちにも、どうやら武士らしい威厳を具へて居るやうに思はるゝ。

『丁度、それは彼娘の十三の時。』と敬之進はつけたして言つた。


       (六)


あゝ。我輩のしやうがいなぞは実にろく/\たるものだ。』と敬之進は更に嘆息した。『しかし瀬川君、考へて見て呉れたまへ。君は碌々といふ言葉の内に、どれほどの酸苦が入つて居ると考へる。うして我輩は飲むから貧乏する、と言ふ人もあるけれど、我輩に言はせると、貧乏するから飲むんだ。一日たりとも飲まずには居られない。まあ、我輩も、始の内はくるしみを忘れる為に飲んだのさ。今ではさうぢや無い、反つて苦痛を感ずる為に飲む。はゝゝゝゝ。と言ふとをかしく聞えるかも知れないが、一晩でも酒の気が無からうものなら、寂しくて、寂しくて、身体はもうがた/\ふるへて来る。寝ても寝られない。さうなるとほとんど精神は無感覚だ。察して呉れたまへ――飲んで苦しく思ふ時が、一番我輩に取つては活きてるやうなこゝろもちがするからねえ。恥を御話すればいろ/\だが、我輩も飯山学校へ奉職する前には、下高井の在で長く勤めたよ。今の家内を貰つたのは、丁度その下高井に居た時のことさ。そこはそれ、在に生れた女だけあつて、働くことは家内もく働く。霜をつかんで稲を刈るやうなことは到底我輩には出来ないが――我輩がまたそんな真似をして見給へ、直に病気だ――ところがあいつには堪へられる。貧苦を忍ぶといふ力は家内の方が反つて我輩より強いね。だから君、もう斯う成つた日にやあ、恥も外聞もあつたものぢや無い、私は私でお百姓する、なんて言出して、馬鹿な、女の手で作なぞを始めた。我輩の家にもとから出入りする百姓の音作、あの夫婦が先代の恩返しだと言つて、手伝つては呉れるがね、どうせさううまく行きツこはないさ。それを我輩が言ふんだけれど、どうしても家内は聞入れない。もつとも、我輩は士族だから、一反歩は何坪あるのか、一つかに何斗の年貢を納めるのか、一升まきで何俵のもみが取れるのか、一体ねんに肥料がの位るものか、そんなことはさつぱり解らん。現に我輩は家内が何坪借りて作つて居るかといふことも知らない。まあ、家内の量見では、子供にさくでも見習はせて、行く/\は百姓に成つて了ふ積りらしいんだ。そこでいつでも我輩と衝突が起る。どうせあんな無学な女は子供の教育なんか出来よう筈も無い。実際、我輩の家庭で衝突のおこりと言へば必ず子供のことさ。子供がある為に夫婦喧嘩もするやうなものだが、又、その夫婦喧嘩をした為に子供が出来たりする。あゝ、もうたくさんだ、是上出来たらどうしよう、一人子供がふえればそれだけ貧苦を増すのだと思つても、出来るものは君どうも仕方が無いぢやないか。今の家内が三番目の女の児を産んだ時、えゝお末とけてやれ、お末とでも命けたらおしまひに成るか、斯う思つたら――どうでせう、君、直にまた四番目サ。仕方が無いから、今度は留吉とした。まあ、五人の子供に側で泣き立てられて見たまへ。なか/\りきれた訳のものでは無いよ。惨苦、惨苦――我輩は子供の多い貧乏な家庭を見る度に、つく/″\其惨苦を思ひやるねえ。五人の子供ですら食はせるのは容易ぢやない、しまた是上に出来でもしたら、我輩の家なぞではもうどうしていゝか解らん。』

 斯う言つて、敬之進は笑つた。熱い涙は思はず知らず流れ落ちて、おちぶれた袖をぬらしたのである。

『我輩は君、これでも真面目なんだよ。』と敬之進は、額と言はず、頬と言はず、あごと言はず、両手で自分の顔を撫で廻した。『どうでせう、省吾の奴も君の御厄介に成つてるが、あんな風で物に成りませうか。もうすこし活溌だと好いがねえ。どうも女のやうな気分の奴で、泣易くて困る。しよツちゆう弟にいぢめられ通しだ。同じ自分の子で、どれが可愛くて、どれが憎いといふことは有さうも無ささうなものだが、それがそれ、妙なもので、我輩は彼の省吾が可愛さうでならない。彼の通り弱いものだから、それだけあはれみも増すのだらうと思ふね。家内はまた弟の進びいき。何ぞといふと、省吾の方を邪魔にして、むやみに叱るやうなことを為る。そこへ我輩が口を出すと、せんさいの子ばかり可愛がつて進の方はちつとかまつて呉れんなんて――直に邪推だ。だからもう我輩は何にも言はん。家内の為る通りに為せて、黙つて見て居るのさ。成るべく家内には遠ざかるやうにして、そつうちを抜け出して来ては、独りで飲むのが何よりのたのしみだ。たまに我輩が何か言はうものなら、私はこんなはだかで嫁に来やしなかつたなんて、其を言はれるといちごんも無い。実際、あいつが持つて来たものは、皆な我輩が飲んで了つたのだから――はゝゝゝゝ。まあ、君等の目から見たら、さぞ我輩の生涯なぞは馬鹿らしく見えるだらうねえ。』

 述懐はかへつて敬之進の胸の中を軽くさせた。其晩は割合に早く酔つて、次第に物の言ひ様もくどく、しまひにはろれつも廻らないやうに成つて了つたのである。

 やがて二人はろばたを離れた。勘定は丑松が払つた。笹屋を出たのは八時過とも思はれる頃。夜の空気は暗く町々を包んで、往来の人通りもすくない。気がちがつてひとりごとを言ひ乍ら歩く女、酔つてうちを忘れたやうな男、そんな手合が時々二人に突当つた。敬之進はおぼつかないあしもとで、やゝともすれば往来の真中へ倒れさうに成る。酔眼もうろう、星の光すら其瞳には映りさうにも見えなかつた。よんどころなく丑松は送り届けることにして、ある時は右の腕で敬之進のからだを支へるやうにしたり、ある時は肩へとりすがらせておぶふやうにしたり、ある時はだきかゝへて一緒に釣合を取り乍ら歩いた。

 やつとの思で、敬之進を家まで連れて行つた時は、まだ細君も音作夫婦も働いて居た。人々は夜露を浴び乍ら、そとで仕事を為て居るのであつた。丑松がちかづくと、それと見た細君は直に斯う声を掛けた。

『あちや、まあ、御困りなすつたでごはせう。』



   第五章


       (一)


 十一月三日はめづらしい大霜。長い/\山国の冬が次第にちかづいたことを思はせるのはこれ。其朝、丑松の部屋の窓の外は白い煙におほはれたやうであつた。丑松は二十四年目の天長節を飯山の学校で祝ふといふ為に、やなぎがうりの中から羽織袴を出して着て、去年のぐわいたうに今年もまた身を包んだ。

 暗いはしごだんを下りて、北向の廊下のところへ出ると、朝の光がうつくしく射して来た。溶けかゝる霜と一緒に、日にあたる裏庭のこのはは多く枝を離れた。わけてももろいのはいてふで、こずゑにはもうひとはの黄もとゞめない。丁度其しもばの舞ひ落ちるありさまを眺め乍ら、廊下の古壁によりかゝつて立つて居るのは、お志保であつた。丑松は敬之進のことを思出して、つく/″\らくはくしやうがいを憐むと同時に、の人を注意して見るといふ気にも成つたのである。

『お志保さん。』と丑松は声を掛けた。『奥様にさう言つて呉れませんか――今日は宿直の当番ですからどうか晩の弁当をこしらへて下さるやうに――後で学校の小使を取りによこしますからツて――ネ。』

 と言はれて、お志保は壁を離れた。娘の時代にはくある一種の恐怖心から、何となく丑松をはゞかつて居るやうにも見える。何処か敬之進に似たところでもあるか、う丑松は考へて、其となくおもかげさがして見ると、若々しい髪のかたち、額つき――まあ、どちらかと言へば、の省吾は父親似、の人はまたくなつたといふ母親の方にでも似たのであらう。『眼付なぞはもうそつくりさ』と敬之進も言つた。

『あの、』とお志保はすこし顔をあかくし乍ら、『こなひだの晩は、大層父が御厄介に成りましたさうで。』

『いや、私の方でかへつて失礼しましたよ。』と丑松はさつぱりした調子で答へた。

『昨日、弟が参りまして、其話をいたしました。』

『むゝ、さうでしたか。』

『さぞ御困りでございましたらう――父があゝいふ風ですから、皆さんの御厄介にばかり成りまして。』

 敬之進のことはいつときもお志保の小な胸を離れないらしい。やはらかくろひとみの底には深いうれひのひかりを帯びて、頬もあかなきはれたやうに見える。やがて斯ういふ言葉を取交した後、丑松は外套の襟で耳を包んで、帽子を冠つて蓮華寺を出た。

 とある町の曲り角で、外套のかくしに手を入れて見ると、古いしわだらけに成つた手袋がそのなかから出て来た。黒のメリヤスの裏毛の付いたやつで、皺を延ばしてめた具合はすこし細くしまり過ぎたが、握つたこゝろもちは暖かであつた。其手袋を鼻の先へ押当てゝ、ぷんとしたしけくさいにほひを嗅いで見ると、急にすぎさつた天長節のことが丑松の胸の中に浮んで来る。去年――一昨年――一昨々年――あゝ、未だ世の中をそれほど深く思ひ知らなかつた頃は、ふきだしたくなるやうな、気楽なことばかり考へて、この大祭日を祝つて居た。手袋はもとまゝ、色はめたが変らずにある。それから見ると人のこゝろなかありさまの移り変ることは。これからさきの自分の生涯はつまりどうなる――誰が知らう。来年の天長節は――いや、来年のことはいて、明日のことですらも。斯う考へて、丑松の心はいくたびか明くなつたり暗くなつたりした。

 さすがに大祭日だ。町々の軒は高く国旗を掲げ渡して、いづれの家も静粛に斯の記念のひとひを送ると見える。少年の群は喜ばしさうな声を揚げ乍ら、霜に濡れた道路を学校の方へと急ぐのであつた。いたづらざかりの男の生徒、今日は何時にない大人びた様子をして、羽織袴でかしこまつた顔付のをかしさ。女生徒は新しいえびちやばかま、紫袴であつた。


       (二)


 国のみかどの誕生の日を祝ふために、男女の生徒は足拍子揃へて、二階の式場へ通ふ階段を上つた。銀之助は高等二年を、文平は高等一年を、丑松は高等四年を、いづれも受持々々の組の生徒を引連れて居た。退職の敬之進はもう客分ながら、何となく名残が惜まるゝといふ風で、もとの生徒の後にいて同じやうに階段を上るのであつた。

 斯の大祭のよろこびの中にも、丑松の心を驚かして、突然新しいかなしみを感ぜさせたことがあつた。といふは、猪子蓮太郎の病気が重くなつたと、ある東京の新聞に出て居たからで。もつとも丑松の目に触れたは、式の始まるといふ前、くはしく読む暇も無かつたから、そのまゝふところへ押込んで来たのであつた。世には短い月日の間に長い生涯を送つて、あわただしく通り過ぎるやうに生れて来た人がある。恐らく蓮太郎も其一人であらう。新聞にはもうむつかしいやうに書いてあつた。あゝ、先輩の胸中に燃える火は、世を焼くよりもさきに、自分の身体をき尽してしまふのであらう。斯ういふおもひやりいつときも丑松の胸を離れない。なほ繰返し読んで見たさは山々、しかしさうは今の場合が許さなかつた。

 其日は赤十字社の社員の祝賀をも兼ねた。式場に集る人々の胸の上には、赤い織色のきれ、銀のしるしの輝いたのも面白く見渡される。東の壁のところに、二十余人の寺々の住職、今年にかぎつて蓮華寺一人欠けたのも物足りないとは、さすがに土地柄も思はれてをかしかつた。殊に風采の人目を引いたのは、高柳利三郎といふ新進政事家、すでにひのきぶたいをも踏んで来た男で、今年もまた代議士の候補者に立つといふ。銀之助、文平を始め、男女の教員は一同風琴の側に集つた。

『気をつけ。』

 と呼ぶ丑松のりんとした声が起つた。式は始つたのである。

 主座教員としての丑松は反つて校長よりも男女の少年に慕はれて居た。丑松が『最敬礼』の一声は言ふに言はれぬ震動を幼いものゝ胸に伝へるのであつた。やがて、『君が代』の歌の中に、校長はみえいを奉開して、それから勅語を朗読した。万歳、万歳と人々の唱へる声はらいのやうに響き渡る。其日校長の演説は忠孝を題に取つたもので、例のきんぱいは胸の上に懸つて、ひとしほ其風采を教育者らしくして見せた。『天長節』の歌が済む、来賓を代表した高柳の挨拶もあつたが、是はまた場慣れて居るだけに手に入つたもの。雄弁を喜ぶのは信州人の特色で、斯ういふ一場の挨拶ですらも、人々の心を酔はせたのである。

 平和とよろこびとは式場に満ち溢れた。

 閉会の後、高等四年の生徒はかはる/″\丑松にとりすがつて、いろ/\物を尋ねるやら、はねるやら。あるものは手を引いたり、あるものは袖の下を潜り抜けたりして、戯れて、けて行かうとする丑松を放すまいとした。仙太と言つて、三年の生徒で、新平民の少年がある。ふだんからものにされるのは其生徒。けふも寂しさうに壁によりかゝつて、みんなよろこび戯れるありさまを眺め乍ら立つて居た。可愛さうに、仙太はの天長節ですらも、他の少年と同じやうには祝ひ得ないのである。丑松は人知れずくちびるを噛みしめて、『勇気を出せ、おそれるな』と励ますやうに言つて遣りたかつた。丁度他の教師が見て居たので、丑松はげるやうにして、少年の群を離れた。

 今朝の大霜で、学校の裏庭にある樹木は大概落葉してしまつたが、桜ばかりは未だ秋の名残をとゞめて居た。丑松は其葉蔭を選んで、時々さゝやくやうに枝を渡る微風の音にも胸を踊らせ乍ら、ふところから例の新聞を取出してひろげて見ると――蓮太郎の容体は余程あやふいやうに書いてあつた。記者は蓮太郎の思想に一々同意するものでは無いが、かくも新平民の中から身を起して飽くまで奮闘して居る其意気を愛せずには居られないと書いてあつた。惜まれてく多くの有望な人々と同じやうに、今また斯の人が同じ病苦にしんぎんすると聞いては、うたゝ同情の念に堪へないと書いてあつた。思ひあたることが無いでもない、人に迫るやうなかれの筆のしんめんもくは斯うしたあはれが伴ふからであらう、斯ういふ記者もたその為にやくろうに親しむ一人であると書いてあつた。

 動揺する地上の影は幾度か丑松を驚かした。日の光は秋風に送られて、かれ/″\な桜の霜葉をうつくしくして見せる。せうでうとした草木のてうらくは一層先輩の薄命をめいさうさせる種となつた。


       (三)


 敬之進の為に開いた茶話会は十一時頃からあつた。其日の朝、蓮華寺を出る時、丑松は廊下のところでお志保に逢つて、この不幸な父親を思出したが、斯うして会場の正面にゑられた敬之進を見ると、今度はあべこべに彼の古壁に倚凭つた娘のことを思出したのである。敬之進の挨拶は長い身の上の述懐であつた。憐むといふ心があればこそ、丑松ばかりは首を垂れて聞いて居たやうなものゝ、さもなくて、誰がおいくりごとなぞに耳を傾けよう。

 茶話会の済んだ後のことであつた。丁度テニスあそびを為るために出て行かうとする文平を呼留めて、一緒に校長はある室の戸を開けて入つた。差向ひに椅子に腰掛けたは運動場近くにある窓のところで、テニスきちがひの銀之助なぞが呼び騒ぐ声も、ガラスに響いて面白さうに聞えたのである。

『まあ、勝野君、さう運動にばかり夢中にならないで、すこし話したまへ。』と校長はなれ/\しく、『時に、どうでした、今日の演説は?』

『先生の御演説ですか。』と文平がラッケットを膝の上に載せて、『いや、非常に面白くうかゞひました。』

さうですかねえ――すこしは聞きごたへが有ましたかねえ。』

『御世辞でも何でも無いんですが、今迄私がうかゞつたうちでは、づ第一等の出来でしたらう。』

さう言つて呉れる人があるとありがたい。』と校長は微笑み乍ら、『実はの演説をするために、ゆうべ一晩かゝつてしたくしましたよ。忠孝といふ字義の解釈はどう聞えました。我輩の積りでは、あれでも余程あたまを痛めたのさ。いろ/\な字典を参考するやら、何やら――そりやあもう、君。』

『どうしても調べたものは調べた丈のことが有ます。』

『しかし、ほんたうに聞いて呉れた人は君くらゐのものだ。町の人なぞは空々寂々――いや、実際、耳を持たないんだからねえ。中には、高柳の話にひどく感服してる人がある。あんな演説屋の話と、われ/\の言ふことゝを、一緒にして聞かれてたまるものかね。』

『どうせ解らない人には解らないんですから。』

 と文平に言はれて、不平らしい校長の顔付はいくらやはらいで来た。

 其時迄、校長は何か言ひたいことがあつて、それを言はないで、かへつてういふはなしをして居るといふ風であつたが、やがて思ふことを切出した。わざ/\文平を呼留めて斯室へ連れて来たのは、どうかして丑松を退ける工夫は無いか、それを相談したい下心であつたのである。『と云ふのはねえ、』と校長は一段声を低くした。『瀬川君だの、土屋君だの、あゝいふ異分子が居ると、どうも学校の統一がつかなくて困る。もつとも土屋君の方は、農科大学の助手といふことになつて、遠からず出掛けたいやうな話ですから――まあこのひとは黙つて居ても出て行く。難物は瀬川君です。瀬川君さへ居なくなつて了へば、後は君、もうわれ/\の天下さ。どうかして瀬川君をして、是非其後へは君にすわつて頂きたい。実は君の叔父さんからもいろ/\御話が有ましたがね、叔父さんもやつぱりさういふ意見なんです。何とか君、うまい工夫はあるまいかねえ。』

さうですなあ。』と文平は返事に困つた。

『生徒を御覧なさい――瀬川先生、瀬川先生と言つて、瀬川君ばかり大騒ぎしてる。あんなに大騒ぎするのは、瀬川君の方で生徒の機嫌を取るからでせう? 生徒の機嫌を取るといふのは、何か其処に訳があるからでせう? 勝野君、まあ君はどう思ひます。』

『今の御話は私にく解りません。』

『では、君、斯う言つたら――これはまあこれぎりの御話なんですがね、きつと瀬川君は斯の学校を取らうといふ野心があるにちがひないんです。』

『はゝゝゝゝ、まさか其程にも思つて居ないでせう。』と笑つて、文平は校長の顔をみまもつた。

『でせうか?』と校長は疑深く、『思つて居ないでせうか?』

『だつて、そんなことを考へるやうなとしぢや有ません――瀬川君にしろ、土屋君にしろ、未だ若いんですもの。』

 この『若いんですもの』が校長を嘆息させた。庭で遊ぶテニスの球の音はおもしろく窓のガラスに響いた。また一勝負始まつたらしい。思はず文平は聞耳を立てた。その文平の若々しい顔付を眺めると、校長は更に嘆息して、

『一体、瀬川君なぞはどういふことを考へて居るんでせう。』

『奈何いふことゝは?』と文平は不思議さうに。

『まあ、近頃の瀬川君の様子を見るのに、非常に沈んで居る――何か斯う深く考へて居る――新しい時代といふものはあゝ物を考へさせるんでせうか。どうも我輩には不思議でならない。』

『しかし、瀬川君の考へて居るのは、何か別の事でせう――今、先生の仰つたやうな、そんな事ぢや無いでせう。』

さうなると、なほ/\我輩には解釈が付かなくなる。どうも我輩の時代に比べると、瀬川君なぞの考へて居ることは全く違ふやうだ。我輩の面白いと思ふことを、瀬川君なぞは一向詰らないやうな顔してる。我輩の詰らないと思ふことを、反つて瀬川君なぞは非常に面白がつてる。つまり一緒にしごとが出来ないといふは、時代が違ふからでせうか――新しい時代の人と、われ/\とは、そんなかんがへが合はないものなんでせうか。』

『ですけれど、私なぞはさう思ひません。』

『そこが君のたのもしいところさ。どうか、君、あゝいふ悪い風潮に染まないやうにして呉れたまへ。及ばずながら君のことに就いては、我輩も出来るだけの力を尽すつもりだ。世の中のことは御互ひに助けたり助けられたりさ――まあ、勝野君、さうぢや有ませんか。今こゝで直に異分予をどうするといふ訳にもいかない。ですから、何か好い工夫でも有つたら、考へて置いて呉れたまへ――瀬川君のことに就いて何か聞込むやうな場合でも有つたら、是非それを我輩に知らせて呉れたまへ。』


       (四)


 盛んな遊戯の声がまた窓の外に起つた。文平はラッケットを提げて出て行つた。校長は椅子を離れてガラスの戸を上げた。丁度運動場ではテニスの最中。大人びた風の校長は、まだ筋骨のおとろへを感ずる程の年頃でも無いが、妙に遊戯の嫌ひな人で、殊に若いものゝ好な庭球などゝ来ては、昔の東洋風のけいべつを起すのが癖。だから、『何を、こどもらしいことを』と言つたやうな目付して、夢中になつて遊ぶ人々のありさまを眺めた。

 地は日の光の為に乾き、人は運動の熱の為に燃えた。いつの間にか文平は庭へ出て、遊戯の仲間に加つた。銀之助は今、文平の組を相手にして、一戦を試みるところ。さすがテニスきちがひもさん/″\に敗北して、やがて仲間の生徒と一緒に、ラッケットを捨てゝ退いた。敵方の揚げる『ゲエム』の声は、拍手の音に交つて、そとの空気に響いておもしろさうに聞える。東よりの教室の窓から顔を出した二三の女教師も、一緒になつて手をたゝいて居た。其時、幾組かに別れて見物した生徒の群は互ひに先を争つたが、中に一人、素早くラッケットを拾つた少年があつた。新平民の仙太と見て、他の生徒が其側へかけよつて、無理無体に手に持つラッケットを奪ひ取らうとする。仙太は堅く握つたまゝ、そんな無法なことがあるものかといふ顔付。それはよかつたが、何時まで待つて居ても組のものが出て来ない。『さあ、誰か出ないか』と敵方は怒つて催促する。少年の群は互ひに顔を見合せて、困つて立つて居る仙太を冷笑して喜んだ。誰もの穢多の子と一緒に庭球のあそびを為ようといふものは無かつたのである。

 急に、羽織を脱ぎ捨てゝ、そこにあるラッケットを拾つたは丑松だ。それと見た人々は意味もなく笑つた。見物して居る女教師もほゝゑんだ。文平びいきの校長は、丑松の組に勝たせたくないと思ふかして、熱心になつて窓からながめて居た。丁度午後の日をうしろにしたので、位置の利は始めから文平の組の方にあつた。

ワンゼロ。』

 と呼ぶのは、網の傍に立つ審判官の銀之助である。丑松仙太は先づ第一の敗を取つた。見物して居る生徒は、いづれも冷笑をくちびるにあらはして、仙太の敗を喜ぶやうに見えた。

ツウゼロ。』

 と銀之助は高く呼んだ。丑松の組は第二の敗を取つたのである。『ツウゼロ。』と見物の生徒は聞えよがしに繰返した。

 敵方といふのは、年若な準教員――それ、丑松が蓮華寺へあきまを捜しに行つた時、かへりであつた彼男と、それから文平と、斯う二人の組で、丑松に取つてはあなどり難い相手であつた。それに、敵方の力は揃つて居るに引替へ、味方の仙太はまだ一向に練習が足りない。

スリイゼロ。』

 と呼ぶ声を聞いた時は、丑松もすこし気をいらつた。人種と人種の競争――それにひけを取るまいといふ丑松の意気が、何となくこんな遊戯の中にもあらはれるやうで、『まけるな、敗けるな』と弱い仙太をはげますのであつた。丑松はサアブ。最後の球を打つ為に、そとぐるわの線の一角に立つた。『さあ、来い』と言はぬばかりの身構へして、うかゞひ澄まして居る文平を目がけて、打込んだ球はかすかに網に触れた。『タッチ』と銀之助の一声。丑松は二度目の球を試みた。力あまつて線を越えた。ああ、『フオウル』だ。丑松も今は怒気を含んで、満身の力を右の腕に籠め乍ら、勝つも負けるも運は是球一つにあると、打込む勢は獅子奮進。青年の時代にくある一種の迷想から、丁度一生の運命を一時のたはむれに占ふやうに見える。『イン』と受けた文平もさるもの。わざと丑松の方角を避けて、うろ/\する仙太のすきいた。烈しい日の光はまともに射して、飛んで来る球のかたちすら仙太の目には見えなかつたのである。

ゲエム。』

 と人々は一音に叫んだ。仙太の手からラッケットを奪ひ取らうとした少年なぞは、手をつて、こをどりして、喜んだ。思はず校長も声を揚げて、文平の勝利を祝ふといふ風であつた。

『瀬川君、ゼロまけとはあんまりぢやないか。』

 といふ銀之助の言葉を聞捨てゝ、丑松はそこに置いた羽織を取上げながら、すご/\と退いた。やがてうんどうばから裏庭の方へ廻つて、誰も見て居ないところへ来ると、不図何か思出したやうに立留つた。さあ、丑松は自分で自分を責めずに居られなかつたのである。蓮太郎――大日向――それから仙太、斯う聯想した時は、うたがひおそれとでふるへるやうになつた。あゝ、意地の悪いちゑはいつでも後から出て来る。



   第六章


       (一)


 天長節の夜は宿直の当番であつたので、丑松銀之助の二人は学校に残つた。敬之進は急に心細く、名残惜しくなつて、いつまでも此処を去り兼ねる様子。夕飯の後、まだ宿直室に話しこんで、例の愚痴の多い性質から、おひさき長い二人に笑はれて居るうちに、壁の上の時計は八時打ち、九時打つた。それはよくあさの霜の烈しさを思はせるやうな晩で、日中とは違つて、めつきり寒かつた。丑松が見廻りの為に出て行つた後、まだ敬之進は火鉢の傍にかじり付いて、銀之助を相手にかきくどいて居た。

 やがて二十分ばかり経つて丑松は帰つて来た。てさげランプを吹消して、急いで火鉢のわきに倚添ひ乍ら、『いや、もうそとは寒いの寒くないのツて、手も何もかじかんで了ふ――今夜のやうにきびしいことはことしになつて始めてだ。どうだ、君、是通りだ。』と丑松は氷のやうに成つた手を出して、銀之助に触つた。『まあ、何といふ冷い手だらう。』う言つて、自分の手を引込まして、銀之助は不思議さうに丑松の顔を眺めたのである。

『顔色が悪いねえ、君は――どうかしやしないか。』

 と思はず其を口に出した。敬之進も同じやうに不審を打つて、

『我輩も今、其を言はうかと思つて居たところさ。』

 丑松は何か思出したやうに慄へて、話さうか、話すまいか、としばらくちうちよする様子にも見えたが、あまり二人が熱心に自分の顔をみまもるので、つい/\打明けずには居られなく成つて来た。

『実はねえ――まあ、不思議なことがあるんだ。』

『不思議なとは?』と銀之助も眉をひそめる。

『斯ういふ訳さ――僕がてさげランプを持つて、校舎の外を一廻りして、あの運動場の木馬のところまで行くと、誰か斯う僕を呼ぶやうな声がした。見れば君、誰も居ないぢやないか。はてな、聞いたやうな声だと思つて、考へて見ると、そのはずさ――僕のおやぢの声なんだもの。』

『へえ、妙なことが有れば有るものだ。』と敬之進もいぶかしさうに、『それで、何ですか、どんな風に君を呼びましたか、其声は。』

『「丑松、丑松」とつゞけざまに。』

『フウ、君の名前を?』と敬之進はもう目をまるくしてしまつた。

『はゝゝゝゝ。』と銀之助は笑出して、『馬鹿なことを言ひたまへ。瀬川君もよツぽどどうかして居るんだ。』

『いや、確かに呼んだ。』と丑松は熱心に。

そんな事があつて堪るものか。何かまた間違へでも為たんだらう。』

『土屋君、君はさう笑ふけれど、確かに僕の名を呼んだに相違ないよ。風がうなつたでも無ければ、鳥が啼いたでも無い。そんな声を、まさかに僕だつて間違へる筈も無からうぢやないか。どうしても阿爺だ。』

『君、ほんたうかい――じようだんぢや無いのかい――またかつぐんだらう。』

『土屋君は其だから困る。僕は君これでもまじめなんだよ。確かに僕はの耳で聞いて来た。』

『其耳があてに成らないサ。君のおとつさんはにしのいりの牧場に居るんだらう。あのゑぼしだけたにあひに居るんだらう。それ、見給へ。其おとつさんがこんかけはなれた処に居る君の名前を呼ぶなんて――馬鹿らしい。』

『だから不思議ぢやないか。』

『不思議? ちよツ、不思議といふのは昔の人のおとぎばなしだ。はゝゝゝゝ、智識の進んで来た今日、そんな馬鹿らしいことの有るべき筈が無い。』

『しかし、土屋君。』と敬之進は引取つて、『さう君のやうに一概に言つたものでもないよ。』

『はゝゝゝゝ、旧弊な人は是だから困る。』と銀之助はあざけるやうに笑つた。

 急に丑松は聞耳を立てた。た何か聞きつけたといふ風で、すこし顔色を変へて、言ふに言はれぬおそれを表したのである。戯れて居るので無いといふことは、其真面目な眼付を見ても知れた。

『や――復た呼ぶ声がする。何だか斯う窓の外の方で。』と丑松は耳を澄まして、『しかし、あまり不思議だ。一寸、僕は失敬するよ――もう一度行つて見て来るから。』

 ぷいと丑松は駈出して行つた。

 さあ、銀之助は友達のことが案じられる。敬之進はもう心に驚いてしまつて、何かのしらせでは有るまいか――第一、父親の呼ぶといふのが不思議だ、と斯う考へつゞけたのである。

『それはさうと、』と敬之進は思付いたやうに、『斯うしてわれ/\ばかり火鉢にあたつて居るのもきがゝりだ。どうでせう、二人で行つて見てやつては。』

『むゝ、さうしませうか。』と銀之助も火鉢を離れて立上つた。『瀬川君はすこしどうかしてるんでせうよ。まあ、僕に言はせると、何か神経の作用なんですねえ――かく、それでは一寸待つて下さい。僕が今、てさげランプけますから。』


       (二)


 深い思に沈み乍ら、丑松は声のする方へたどつて行つた。見れば宿直室の窓をれるが、僅に庭の一部分を照して居るばかり。校舎も、樹木も、形を潜めた。何もかも今は夜の空気に包まれて、沈まり返つて、闇に隠れて居るやうに見える。それはすこしも風の無い、しんとした晩で、さむさは骨にしみとほるかのやう。恐らく山国の気候の烈しさを知らないものは、うした信濃の夜を想像することが出来ないであらう。

 父の呼ぶ声がた聞えた。急に丑松は立留つて、星明りにそこいらすかしてたが、別に人の影らしいものが目に入るでも無かつた。すべては皆な無言である。犬一つ啼いて通らない斯の寒い夜に、何が音を出して丑松の耳を欺かう。

『丑松、丑松。』

 とまた呼んだ。さあ、丑松はおそれずふるへずに居られなかつた。心はもう底の底までもかきみだされてしまつたのである。たしかに其は父の声で――しやがれた中にも威厳のある父の声で、あの深いゑぼしだけたにあひから、遠くの飯山に居る丑松を呼ぶやうに聞えた。目をあげて見れば、空とてもやはり地の上と同じやうに、音も無ければ声も無い。風は死に、鳥は隠れ、すゞしい星の姿ところ/″\。銀河の光は薄い煙のやうに遠くおごそかな天を流れて、深大な感動を人の心に与へる。さすがにかすかな反射はあつて、仰げば仰ぐほど暗い藍色の海のやうなは、そこに他界を望むやうな心地もせらるゝのであつた。声――あの父の呼ぶ声は、斯の星夜の寒空を伝つて、丑松の耳の底に響いて来るかのやう。子のたましひを捜すやうな親の声は確かに聞えた。しかし其意味は。斯う思ひ迷つて、丑松はあちこち/\と庭の内を歩いて見た。

 あゝ、何をそんなに呼ぶのであらう。丑松は一生の戒を思出した。あの父の言葉を思出した。自分の精神のなかくるしみが、子を思ふ親の情からして、自然と父にも通じたのであらうか。飽くまでも素性を隠せ、今日までの親の苦心を忘れるな、といふ意味であらうか。それで彼の牧場の番小屋を出て、自分のことを思ひ乍ら呼ぶ其声がたにから谿谷へ響いて居るのであらうか。それとも、また、自分の心の迷ひであらうか。といろ/\に想像して見て、しまひにはおそれうたがひとで夢中になつて、『おとつさん、阿爺さん。』と自分の方からあてどもなく呼び返した。

『やあ、君は其処に居たのか。』

 と声を掛けてちかづいたのは銀之助。つゞいて敬之進も。二人はしきりにてさげランプをさしつけて、先づ丑松の顔を調べ、身のまはりを調べ、それから闇をうかゞふやうにして見て、さて丑松からまた/\父の呼声のしたことを聞取つた。

『土屋君、それ見たまへ。』

 敬之進は寒さとおそれとで慄へ乍ら言つた。銀之助は笑つて、

『どうしてもそんなことは理窟に合はん。きつと神経のせゐだ。一体、瀬川君は妙にうたがひぶかく成つた。だからそんな下らないものが耳に聞えるんだ。』

さうかなあ、神経のせゐかなあ。』斯う丑松は反省するやうな調子で言つた。

『だつて君、考へて見たまへ。形の無いところに形が見えたり、声の無いところに声が聞えたりするなんて、それそこが君のうたがひぶかく成つた証拠さ。声も、形も、其は皆な君が自分の疑心からうみだした幻だ。』

『幻?』

いはゆる疑心暗鬼といふ奴だ。耳に聞える幻――といふのもすこし変な言葉だがね、まあさういふことも言へるとしたら、其が今夜君の聞いたやうな声なんだ。』

『あるひはさうかも知れない。』

 しばらく、三人は無言になつた。天も地もしんとして、声が無かつた。急に是の星夜のせきばくを破つて、父の呼ぶ声が丑松の耳の底に響いたのである。

『丑松、丑松。』

 と次第にかすかになつて、いて空を渡る夜の鳥のやうに、しまひには遠く細く消えて聞えなくなつて了つた。

『瀬川君。』と銀之助は手提洋燈をさしつけて、顔色を変へた丑松の様子を不思議さうに眺め乍ら、『どうしたい――君は。』

『今、またおやぢの声がした。』

『今? 何にも聞えやしなかつたぢやないか。』

『ホウ、さうかねえ。』

『左様かねえもないもんだ。なんにも声なぞは聞えやしないよ。』と言つて、銀之助は敬之進の方へ向いて、『風間さん、どうでした――何か貴方には聞えましたか。』

『いゝえ。』と敬之進も力を入れた。

『ホウラ。風間さんにも聞えなければ、僕にも聞えない。聞いたのは、唯君ばかりだ。神経、神経――どうしても其に相違ない。』

 斯う言つて、軈て銀之助はあちこちと闇を照らして見た。天は今僅かに星の映る鏡、地は今大な暗い影のやう。一つとして声のありさうなものが、手提洋燈の光に入るでもなかつた。『はゝゝゝゝ。』と銀之助は笑ひ出して、『まあ、僕は耳に聞いたつて信じられない。目に見たつて信じられない。手に取つて、さはつて見て、それからでなければそんなことは信じられない。いよ/\こりやあ、僕の観察の通りだ。生理的に其様な声が聞えたんだ。はゝゝゝゝ。それはさうと、馬鹿に寒く成つて来たぢやないか。僕はもう斯うして立つて居られなくなつた――行かう。』


       (三)


 其晩、寝床へ入つてからも、丑松は父と先輩とのことを考へて、寝られなかつた。銀之助は直にもうたかいびき。どんなに丑松は傍に枕を並べて居る友達の寝顔をみまもつて、そのおだやかな、しづかねむりを羨んだらう。夜もけた頃、むつくと寝床からはねおきて、一旦細くしたランプを復た明くしながら、蓮太郎に宛てた手紙を書いて見た。今はこの病気見舞すら人目をはゞかつてしたゝめる程に用心したのである。時々丑松は書きかけた筆を止めて、洋燈の光に友達の寝顔を窺つて見ると、銀之助は死んだ魚のやうに大な口を開いて、前後も知らず熟睡して居た。

 全く丑松は蓮太郎を知らないでも無かつた。人の紹介で逢つて見たことも有るし、ことしになつて二三度手紙のとりやりもしたので、いくらか互ひのこゝろもちは通じた。然し、蓮太郎は篤志な知己として丑松のことを考へて居るばかり、同じ素性の青年とは夢にも思はなかつた。丑松もまた、其秘密ばかりは言ふことをちうちよして居る。だから何となく奥歯に物が挾まつて居るやうで、其晩書いた丑松の手紙にも十分に思つたことが表れない。なぜこれほどに慕つて居るか、其さへ書けば、他の事はもう書かなくてもむ。あゝ――書けるものなら丑松も書く。其を書けないといふのは、丑松の弱点で、とう/\普通の病気見舞と同じものに成つて了つた。『東京にて、猪子蓮太郎先生、瀬川丑松より』としたゝめ終つた時は、深く/\こゝろいつはるやうな気がした。筆をなげうつて、嘆息して、た冷い寝床に潜り込んだが、すこしとろ/\としたかと思ふと、直に恐しい夢ばかり見つゞけたのである。

 翌朝のことであつた。蓮華寺の庄馬鹿が学校へやつて来て、是非丑松に逢ひたいと言ふ。『何の用か』を小使に言はせると、『御目に懸つて御渡ししたいものがございます』とか。出て行つて玄関のところで逢へば、庄馬鹿は一通の電報を手渡しした。とりあへず開封して読下して見ると、片仮名の文字も簡短に、父の死去したといふしらせが書いてあつた。突然のことに驚いて了つて、半信半疑で繰返した。確かに死去の報知には相違なかつた。発信人は根津の叔父。『直ぐ帰れ』としてある。

『それはどうも飛んだことで、さぞ御力落しで御座ませう――はい、早速帰りまして、奥様にも申上げまするで御座ます。』

 う庄馬鹿が言つた。こどものやうに死を畏れるといふ様子は、其おろかしい目付にあらはれるのであつた。

 丑松の父といふは、日頃極めて壮健な方で、はげしい気候にであつても風邪一つ引かず、がんでふからだかへつてわかものしのぐ程の隠居であつた。牧夫のしやうがいといへばいかにも面白さうに聞えるが、其実普通の人に堪へられる職業では無いのであつて、わけても西乃入の牧場の牛飼などと来ては、『の隠居だから勤まる』と人にも言はれる程。牛の性質をく暗記して居るといふ丈では、しよせんあのゑぼしだけの深いたにあひに長く住むことは出来ない。気候には堪へられても、さびしさには堪へられない。あたゝかい日の下に産れて忍耐の力に乏しい南国の人なぞは、到底ういふ山の上の牧夫に適しないのである。そこはそれ、北部の信州人、殊に丑松の父は素朴な、勤勉な、剛健な気象で、労苦を労苦とも思はない上に、別に人の知らない隠遁の理由をも持つて居た。思慮の深い父は丑松に一生の戒を教へたばかりで無く、自分も亦た成るべく人目につかないやうに、と斯う用心して、子の出世を祈るより外にもうのぞみもなければなぐさめもないのであつた。丑松のため――其を思ふ親の情からして、人里遠い山の奥に浮世を離れ、朝夕炭焼の煙りを眺め、牛の群を相手に寂しい月日を送つて来たので。月々丑松から送る金の中からすきな地酒を買ふといふことが、何よりのこの牧夫のたのしみ。労苦もさびしさも其の為に忘れると言つて居た。斯ういふおやぢが――まあ、鋼鉄のやうに強いとも言ひたい阿爺が、病気のまへぶれも無くて、突然死去したと言つてよこしたとは。

 電報は簡短で亡くなつた事情も解らなかつた。それに、父が牧場の番小屋に上るのは、春雪の溶け初める頃で、また谷々が白く降りうづめられる頃になると、根津村の家へ下りて来るまいとしの習慣である。もうそろ/\冬籠りの時節。考へて見れば、亡くなつた場処は、西乃入か、根津か、其すら斯電報では解らない。

 しかし、其時になつて、丑松はゆうべの出来事を思出した。あの父の呼声を思出した。あの呼声が次第に遠く細くなつて、わかれを告げるやうに聞えたことを思出した。

 斯の電報を銀之助に見せた時は、さすがの友達も意外なといふかんじに打たれて、しばらくぼんやりとして突立つたまゝ、丑松の顔を眺めたり、死去のしらせを繰返して見たりした。やがて銀之助は思ひついたやうに、

『むゝ、根津には君の叔父さんがあると言つたツけねえ。さういふ叔父さんが有れば、万事見ては呉れたらう。しかし気の毒なことをした。なにしろ、まあ早速帰る仕度をしたまへ。学校の方は、君、どうにでも都合するから。』

 斯う言つて呉れる友達の顔には真実が輝きあふれて居た。たゞ銀之助はひとことも昨夜のことを言出さなかつたのである。『死は事実だ――不思議でも何でも無い』との若い植物学者は眼で言つた。

 校長は時刻をたがへず出勤したので、早速このしらせを話した。丑松は直にこれから出掛けて行きたいと話した。留守中何分よろしく、受持の授業のことは万事銀之助に頼んで置いたと話した。

どんなにか君もびつくりなすつたでせう。』と校長はなれ/\しい調子で言つた。『学校の方は君、土屋君も居るし、勝野君も居るし、そんなことはもうすこしも御心配なく。実に我輩も意外だつた、君のおとつさんがくならうとは。どうか、まあ、あちらの御用も済み、きぶくでも明けることになつたら、また学校の為に十分御尽力を願ひませう。われ/\しごとこれだけに揚つて来たのも、一つは君の御骨折からだ。斯うして君が居て下さるんで、どんなにか我輩も心強いか知れない。こなひだも或処で君の評判を聞いて来たが、何だか斯う我輩は自分を褒められたやうなこゝろもちがした。実際、我輩は君を頼りにして居るのだから。』と言つて気を変へて、『それにしても、出掛けるとなると、思つたよりはかゝるものだ。すこしぐらゐは持合せも有ますから、立替へて上げてもいゝのですが、どうですすこし御持ちなさらんか。もしおいりようなら遠慮なく言つて下さい。足りないと、また困りますよ。』

 と言ふ校長の言葉はいかにも巧みであつた。しかし丑松の耳には唯わざとらしく聞えたのである。

『瀬川君、それでは届を忘れずに出して行つて下さい――何も規則ですから。』

 斯う校長はつけたして言つた。


       (四)


 丑松が急いで蓮華寺へ帰つた時は、奥様も、お志保も飛んで出て来て、電報の様子を問ひ尋ねた。どんなに二人は丑松の顔を眺めて、このいたましいしらせの事実を想像したらう。奈何に二人は昨夜の不思議な出来事を聞取つて、女心に恐しくあさましく考へたらう。奈何に二人は世にある多くのためしを思出して、死を告げるしらせ、逢ひに来る面影、または闇を飛ぶといふひとだまの迷信なぞに事寄せて、この暗合した事実に胸を騒がせたらう。

『それはさうと、』と奥様は急に思付いたやうに、『まだ貴方は朝飯前でせう。』

『あれ、さうでしたねえ。』とお志保も言葉を添へた。

『瀬川さん。そんならしたくしておいでなすつて下さい。今直に御飯にいたしますから。これから御出掛なさるといふのに、あいにく何にも無くて御気の毒ですねえ――しほびきでも焼いて上げませうか。』

 奥様はもう涙ぐんで、くりの内をぐる/\廻つて歩いた。長い年月のしやうじやの生活は、この女の性質を感じ易く気短くさせたのである。

『なむあみだぶ。』

 とうはつあまひとりごとのやうに唱へて居た。

 丑松は二階へ上つて大急ぎで旅の仕度をした。場合が場合、土産も買はず、荷物も持たず、成るべく身軽ななりをして、叔母の手織の綿入をかうりの底から出して着た。丁度そこへ足を投出して、きやはんを着けて居るところへ、下女の袈裟治に膳を運ばせて、つゞいて入つて来たのはお志保である。いつもめしびつは出し放し、三度が三度手盛りでやるに引きかへ、斯うして人に給仕して貰ふといふは、うれしくもあり、窮屈でもあり、無造作に膳を引寄せて、丑松はお志保につけて貰つて食つた。其日はお志保もすこし打解けて居た。いつものやうに丑松を恐れる様子も見えなかつた。敬之進の境涯を深く憐むといふ丑松の真実が知れてから、自然とおもはくはゞかる心も薄らいで、斯うして給仕して居る間にもいろ/\なことを尋ねた。お志保はまた丑松の母のことを尋ねた。

『母ですか。』と丑松はさつぱりとした男らしい調子で、『亡くなつたのは丁度私がやつつの時でしたよ。八歳といへば未だほんの小供ですからねえ。まあ、私は母のことをく覚えても居ない位なんです――実際母親といふものゝ味をほんたうに知らないやうなものなんです。おやぢだつても、矢張さうで、この六七年の間は一緒に長く居て見たことは有ません。いつでも親子はなれ/″\。実は父親ももう好い年でしたからね――さうですなあ貴方のおとつさんよりはすこしうへでしたらう――あゝいふ風にふだんたつしやな人は、かへつて病気なぞにかゝると弱いのかも知れませんよ。私なぞは、ですから、親に縁の薄い方の人間なんでせう。と言へば、まあお志保さん、貴方だつても其御仲間ぢや有ませんか。』

 の言葉はお志保の涙を誘ふ種となつた。あの父親とは――十三の春に是寺へ貰はれて来て、それぎりもう一緒に住んだことがない。それから、あのうみの母親とは――是はまた子供の時分に死別れて了つた。親に縁の薄いとは、丁度お志保の身の上でもある。お志保は自分の家の零落を思出したといふ風で、すこし顔をあかくして、黙つて首を垂れて了つた。

 そのお志保の姿を注意して見ると、亡くなつた母親といふ人もおほよそ想像がつく。『あのこかほつきを見るとすぐせんの家内が我輩の眼に映る』と言つた敬之進の言葉を思出して見ると、『昔風に亭主にたよるといふ風で、どこまでも我輩を信じて居た』といふ女の若い時は――いづれこのお志保と同じやうに、情の深い、なみだもろい、見る度に別の人のやうなこゝろもちのする、姿ありさまのいろ/\に変るやうな人であつたに相違ない。いづれこのお志保と同じやうに、醜くも見え、美しくも見え、ある時は蒼く黄ばんで死んだやうな顔付をして居るかと思ふと、またある時は花のやうに白いうちにも自然とあかみを含んで、若く、清く、活々とした顔付をして居るやうな人であつたに相違ない。まあ、お志保を通して想像した母親の若い時のおもかげうであつた。快活な、自然な信州北部の女の美質と特色とは、矢張丑松のやうな信州北部のをとこの眼に一番よく映るのである。

 旅の仕度が出来た後、丑松はこの二階を下りて、くりの広間のところでみんなと一緒に茶を飲んだ。新しい木製のじゆず、それが奥様からの餞別であつた。やがて丑松は庄馬鹿の手作りにしたといふわらぢいて、人々のなさけに見送られて蓮華寺の山門を出た。



   第七章


       (一)


 それは忘れることの出来ないほど寂しい旅であつた。をとゝしの夏帰省した時に比べると、うしてちくまがはの岸に添ふて、なつかしい故郷の方へ帰つて行く丑松は、まあ自分で自分ながら、殆んど別の人のやうな心地がする。足掛三年、と言へば其程長い月日とも聞えないが、丑松の身に取つては一生のうつりかはりの始つた時代で――もつとも、人の境遇によつては何時変つたといふことも無しに、自然に世を隔てたやうなかんじのするものもあらうけれど――其こゝろなかの革命が丑松には猛烈に起つて来て、しかも其を殊に深く感ずるのである。今は誰をはゞかるでも無い身。はしやいだ空気を自由に呼吸して、自分のあやしい運命を悲しんだり、生涯の変転に驚いたりして、無限の感慨に沈みながら歩いて行つた。千曲川の水は黄緑の色に濁つて、声も無く流れて遠い海の方へ――其岸にうづくまるやうな低いやなぎの枯々となつたさま――あゝ、依然としてもとの通りな山河の眺望は、一層丑松の目をいたましめた。時々丑松は立留つて、人目の無いみちばたの枯草の上に倒れて、声を揚げてどうこくしたいとも思つた。あるひは、其をたら、堪へがたい胸のいたみすこしは減つて軽く成るかとも考へた。いかんせん、きたくも哭くことの出来ない程、心は重く暗くとぢふさがつて了つたのである。

 漂泊する旅人は幾群か丑松のわきを通りぬけた。落魄の涙に顔を濡して、ゑた犬のやうに歩いて行くものもあつた。何か職業を尋ね顔に、あかじみた着物を身にまとひ乍ら、素足のまゝで土を踏んで行くものもあつた。あはれげな歌を歌ひ、鈴振鳴らし、長途の艱難を修行のいのちにして、日に焼けてつみほろぼし顔な巡礼の親子もあつた。または自堕落なあみがさすがたさすがに世を忍ぶふぜいもしをらしく、ほしいまゝに恋慕の一曲を弾じて、銭を乞ふやうないやしい芸人の一組もあつた。丑松は眺め入つた。眺め入り乍ら、自分の身の上と思ひ比べた。どんなに丑松は今の境涯のやるせなさを考へて、自在に漂泊する旅人の群を羨んだらう。

 飯山を離れて行けば行く程、次第に丑松は自由な天地へ出て来たやうなこゝろもちがした。北国街道の灰色な土を踏んで、花やかな日の光を浴び乍ら、時には岡に上り時には桑畠の間を歩み、時にはまた街道の両側に並ぶ町々を通過ぎて、汗も流れ口も乾き、たびも脚絆もほこりまみれて白く成つた頃は、かへつてすこし蘇生の思に帰つたのである。みちばたの柿の樹は枝もたわむばかりに黄な珠を見せ、粟は穂を垂れ、豆はさやに満ち、既に刈取つた田畠には浅々と麦のえ初めたところもあつた。をちこちに聞える農夫の歌、鳥の声――あゝ、山家でいふ『小六月』だ。其日は高社山一帯の山脈も面白くかたちあらはして、山と山との間の深い谷蔭には、青々と炭焼の煙の立登るのも見えた。

 かにざはの出はづれで、当世風の紳士を乗せた一台のくるまが丑松に追付いた。見れば天長節の朝、式場で演説した高柳利三郎。代議士の候補者に立つものは、そろ/\政見を発表する為に忙しくなる時節。いづれ是人も、選挙のしたくとして、地方廻りに出掛けるのであらう。と見る丑松のわきを、高柳は意気揚々として、すこし人を尻目にかけて、挨拶もずに通過ぎた。二三町離れて、車の上の人は急に何か思付いたやうに、こちらを振返つて見たが、別に丑松の方では気にも留めなかつた。

 日は次第に高くなつた。みのちの平野は丑松のめのまへに展けた。それはひろ/″\とした千曲川の流域で、川上から押流す泥砂の一面に盛上つたところを見ても、はんらんすさまじさが思ひやられる。見渡す限り田畠は遠く連ねて、けやきもりもところ/″\。今は野も山も濃く青い十一月の空気を呼吸するやうで、うら枯れた中にもいき/\とした自然のおもむきく表して居る。早くの川の上流へ――ちひさがたの谷へ――根津の村へ、斯う考へて、光の海を望むやうななつかしい故郷の空をさして急いだ。

 豊野と言つて汽車に乗るべきところへ着いたは、午後の二時頃。車で駈付けた高柳も、同じ列車を待合せて居たと見え、発車時間の近いた頃に休茶屋からやつて来た。『どこへ行くのだらう、あの男は。』斯う思ひ乍ら、丑松は其となく高柳の様子をうかゞふやうにして見ると、さきも同じやうに丑松を注意して見るらしい。それに、不思議なことには、何となく丑松を避けるといふ風で、成るべく顔を合すまいと勉めて居た。唯互ひに顔を知つて居るといふ丈、つひぞ名乗合つたことが有るではなし、二人は言葉を交さうともしなかつた。

 軈て発車を報せる鈴の音が鳴つた。乗客はいづれもらちの中へと急いだ。さかんくろけぶりを揚げて直江津の方角から上つて来た列車は豊野ステーションの前で停つた。高柳はいちはやひとごみの中をすりぬけて、一室のを開けて入る。丑松はまた機関車よりの一室をえらんで乗つた。思はず其処に腰掛けて居た一人の紳士と顔を見合せた時は、あまりの奇遇に胸を打たれたのである。

『やあ――猪子先生。』

 と丑松は帽子を脱いで挨拶した。紳士も、意外な処で、といふ驚喜した顔付。

『おゝ、瀬川君でしたか。』


       (二)


 むびにも忘れなかつた其人の前に、丑松は今偶然にも腰掛けたのである。壮年の発達に驚いたやうな目付をして、なつかしさうにこちらを眺めたは、蓮太郎。敬慕の表情を満面に輝かし乍ら、帰省のいはれを物語るのは、丑松。実に是めぐりあひの唐突で、意外で、しかも偽りも飾りも無い心の底のそとあらはれたありさまは、をとこと男性との間にたまに見られる美しさであつた。

 蓮太郎の右側に腰掛けて居た、背の高い、すこし顔色の蒼い女は、丁度読みさしの新聞をめて、丑松の方を眺めた。ガラスごしに山々の風景を望んで居た一人の肥大な老紳士、是も窓のところによりかゝつて、振返つて二人の様子を見比べた。

 新聞で蓮太郎のことを読んで見舞状まで書いた丑松は、この先輩の案外元気のよいのをめのまへに見て、喜びもすれば不思議にも思つた。かねて心配したり想像したりした程にからだおとろへが目につくでも無い。強い意志を刻んだやうな其大な額――いよ/\高くとびだした其頬の骨――殊に其眼は一種の神経質な光を帯びて、悲壮なこゝろなかあり/\と映して見せた。時として顔のいろつやなぞを好く見せるのはの病気の習ひ、あるひはそのせゐかとも思はれるが、まあ想像したと見たとは大違ひで、血を吐く程のくるしみをする重い病人のやうには受取れなかつた。早速丑松は其事を言出して、『実は新聞で見ました』から、『東京の御宅へ宛てゝ手紙を上げました』まで、真実を顔に表して話した。

『へえ、新聞にそんなことが出て居ましたか。』と蓮太郎はほゝゑんで、『聞違へでせう――わるかつたといふのを、今わるいといふ風に、聞違へて書いたんでせう。よく新聞にはさういふ間違ひが出て来ますよ。まあ御覧の通り、斯うして旅行が出来る位ですから安心して下さい。誰がまたそんおほげさなことを書いたか――はゝゝゝゝ。』

 聞いて見ると、蓮太郎は赤倉の温泉へ身体を養ひに行つて、今其かへりみちであるとのこと。其時つれの人々をも丑松に紹介した。右側に居る、何となく人格のおくゆかしい女は、先輩の細君であつた。肥大な老紳士は、かねてうはさに聞いた信州のせいかく、この冬打つて出ようとして居る代議士の候補者の一人、雄弁とをとこぎとで人に知られた弁護士であつた。

『あゝ、瀬川君とおつしやるんですか。』と弁護士はあいけうのあるほゝゑみを満面に湛へ乍ら、快活な、らいらくな調子で言つた。『私は市村です――只今長野に居ります――どうかまあ以後御心易く。』

『市村君と僕とは、』蓮太郎は丑松の顔を眺めて、『偶然なことからこんなに御懇意にするやうになつて、今では非常な御世話に成つて居ります。僕の著述のことでは、殊にこの市村君が心配して居て下さるんです。』

『いや。』と弁護士は肥大な身体をゆすつた。『我輩こそかへつていろ/\御世話に成つて居るので――まあ、年だけは猪子君の方がずつと若い、はゝゝゝゝ、しかし其他のことにかけては、我輩の先輩です。』斯う言つて、何か思出したやうに嘆息して、『近頃の人物を数へると、いづれも年少気鋭の士ですね。我輩なぞは斯のとしに成つても、未だろく/\として居るやうな訳で、考へて見れば実に御恥しい。』

 ういふ言葉の中には、真に自身の老大を悲むといふこゝろが表れて、創意のあるものをむやうな悪い癖はすこしも見えなかつた。そも/\は佐渡の生れ、斯の山国に落着いたは今から十年程前にあたる。善にも強ければ悪にも強いと言つたやうな猛烈な気象から、さま/″\な人の世の艱難、長い政治上の経験、権勢の争奪、党派の栄枯の夢、または国事犯としての牢獄の痛苦、其他多くの訴訟人と罪人との弁護、およそありとあらゆる社会の酸いと甘いとをめ尽して、今は弱いもの貧しいものゝ味方になるやうな、涙脆い人と成つたのである。天の配剤ほど不思議なものは無い――この政客が晩年に成つて、学もあり才もある穢多を友人に持たうとは。

 なほ深く聞いて見ると、これから市村弁護士は上田を始めとして、小諸、岩村田、臼田なぞの地方を遊説する為、政見発表のみちに上るのであるとのこと。親しく佐久小県地方の有権者を訪問してわらぢばき主義で選挙を争ふ意気込であるとのこと。蓮太郎はまた、この友人の応援の為、一つには自分の研究の為、しばらくなつかしい信州に踏止まりたいといふ考へで、今宵は上田に一泊、いづれ二三日の内には弁護士と同道して、丑松の故郷といふ根津村へも出掛けて行つて見たいとのことであつた。この『根津村へも』が丑松の心を悦ばせたのである。

『そんなら、瀬川さんは今飯山においでですな。』と弁護士は丑松に尋ねて見た。

『飯山――彼処からは候補者が出ませう? 御存じですか、あの高柳利三郎といふ男を。』

 じやの道はへびだ。弁護士は直に其を言つた。丑松は豊野のステーションで落合つたことから、今この同じ列車に乗込んで居るといふことを話した。何か思当ることが有るかして、弁護士は不思議さうに首をかしながら、『何処へ行くのだらう』を幾度となく繰返した。

『しかし、是だから汽車の旅は面白い。同じ列車の内に乗合せて居ても、それで互ひに知らずに居るのですからなあ。』

 斯う言つて弁護士は笑つた。

 病のある身ほど、人の情のまこといつはりとを烈しく感ずるものは無い。心にも無いことを言つて慰めて呉れるたつしやしあはせものの多い中に、斯ういふ人々ばかりでとりまかれる蓮太郎のうれしさ。殊に丑松のおもひやりは言葉の節々にも表れて、それがまた蓮太郎の身に取つては、どんなにか胸にこたへるといふ様子であつた。其時細君は籠の中に入れてある柿を取出した。それは汽車の窓から買取つたもので、其色の赤々としてさも甘さうに熟したやつを、つて丑松にもすゝめ、弁護士にも薦めた。蓮太郎も一つ受取つて、秋のこのみのにほひをいでみながら、さてさま/″\な赤倉温泉の物語をした。越後の海岸まで旅したことを話した。蓮太郎は又、東京の市場で売られるくだものなぞに比較して、この信濃路の柿の新しいこと、甘いことを賞めちぎつて話した。

 駅々で車の停る毎に、農夫の乗客が幾群か入込んだ。今は室の内もほしいまゝな笑声と無遠慮な雑談とで満さるゝやうに成つた。それに、東海道沿岸などの鉄道とは違ひ、このくわうれうとした信濃路のは、汽車までも旧式で、粗造で、山家風だ。其列車が山へ上るにつれて、窓のガラスに響いて烈しく動揺する。しまひにははなしく聞取れないことがある。油のやうに飯山あたりの岸を浸す千曲川の水も、見れば大な谿流の勢に変つて、白波を揚げて谷底を下るのであつた。濃く青く清々とした山気は窓から流込んで、次第に高原へちかづいたことを感ぜさせる。

 やがて、汽車は上田へ着いた。旅人は多くこのステーションで下りた。蓮太郎も、妻君も、弁護士も。『瀬川君、いづれそれでは根津で御目に懸ります――失敬。』う言つて、再会を約して行く先輩の後姿を、丑松はなつかしさうに見送つた。

 急に室の内は寂しくなつたので、丑松は冷い鉄の柱にもたれ乍ら、眼をつむつての意外なめぐりあひを思ひ浮べて見た。慾を言へば、何となく丑松は物足りなかつた。あれほど打解けて呉れて、彼程隔ての無い言葉を掛けられても、まだ丑松は何処かによそ/\しい他人行儀なところがあると考へて、どうして是程の敬慕の情が彼の先輩の心に通じないのであらう、と斯う悲しくも情なくも思つたのである。ねたむでは無いが、の老紳士の親しくするのが羨ましくも思はれた。

 其時になつて丑松もあきらかに自分の位置を認めることが出来た。敬慕も、同情も、すべて彼の先輩に対して起る心の中のやるせなさは――自分も亦た同じやうに、『穢多である』といふ切ない事実から湧上るので。其秘密をかくして居る以上は、たとひ口の酸くなるほど他の事を話したところで、自分の真情が先輩の胸にこたへる時は無いのである。無理もない。あゝ、あゝ、其をうちあけて了つたなら、どんなに是胸の重荷が軽くなるであらう。奈何に先輩は驚いて、自分の手を執つて、『君もさうか』と喜んで呉れるであらう。奈何に二人の心と心とがハタと顔を合せて、互ひに同じ運命を憐むといふ其深いまじはりに入るであらう。

 さうだ――せめて彼の先輩だけには話さう。斯う考へて、丑松は楽しい再会の日を想像して見た。


       (三)


 田中のステーションへ着いた頃は日暮に近かつた。根津村へ行かうとするものは、こゝで下りて、一里あまりちひさがたの傾斜を上らなければならない。

 丑松が汽車から下りた時、高柳も矢張同じやうに下りた。さすが代議士の候補者と名乗る丈あつて、おしだしは堂々とした立派なもの。権勢と奢侈とでゑたやうな其姿の中には、どことなくう沈んだところもあつて、時々盗むやうにこちらを振返つて見た。成るべく丑松を避けるといふ風で、顔を合すまいと勉めて居ることは、いよ/\其そぶりで読めた。『何処へいくのだらう、彼男は。』と見ると、高柳は素早くらちを通り抜けて、引隠れる場処を欲しいと言つたやうな具合に、旅人の群に交つたのである。深く外套に身を包んで、人目を忍んで居るさへあるに、出迎への人々にとりまかれて、自分と同じ方角を指して出掛けるとは。

 北国街道を左へ折れて、くはばたけの中の細道へ出ると、もう高柳の一行は見えなかつた。石垣で積上げた田圃と田圃との間の坂路を上るにつれて、ゑぼし山脈の大傾斜がめのまへに展けて来る。広野、湯の丸、籠の塔、またはさんぽう、浅間の山々、其他ところ/″\に散布する村落、松林――一つとしておもひでの種と成らないものはない。ちくまがはは遠く谷底を流れて、日をうけておもしろく光るのであつた。

 其日は灰紫色の雲が西の空にむらがつて、ひだの山脈を望むことは出来なかつた。あの千古人跡の到らないところ、もし夕雲のへだてさへ無くば、定めしもうがい/\とした白雪が夕日を帯びて、天地の壮観は心を驚かすばかりであらうと想像せられる。山を愛するのは丑松の性分で、斯うして斯の大傾斜大谿谷のありさまを眺めたり、又は斯の山間に住む信州人の素朴な風俗と生活とを考へたりして、岩石の多いでこぼこした道を踏んで行つた時は、若々しい総身の血潮が胸をいて湧上るやうに感じた。今は飯山の空も遠く隔つた。どんなに丑松は山の吐く空気を呼吸して、しばらく自分を忘れるといふ其楽しい心地に帰つたであらう。

 山上の日没も美しく丑松の眼に映つた。次第に薄れて行く夕暮の反射を受けて、山々の色もいくたびか変つたのである。赤は紫に。紫は灰色に。しまひには野も岡も暮れ、影は暗く谷から谷へ拡つて、最後の日の光は山のいたゞきにばかり輝くやうになつた。丁度天空の一角にあたつて、黄ばんで燃える灰色の雲のやうなは、浅間の煙のなびいたのであらう。

 ういふ楽しいこゝろもちは、とは言へ、長く続かなかつた。あらやのはづれ迄行けば、向ふの山腹に連なる一村の眺望、暮色に包まれた白壁土壁のさま、其山家風の屋根と屋根との間に黒ずんで見えるのは柿のこずゑか――あゝ根津だ。帰つて行く農夫の歌を聞いてすら、丑松はもう胸を騒がせるのであつた。小諸の向町からこゝへ来て隠れた父のしやうがい、それを考へると、たそがれの景気を眺める気も何も無くなつてしまふ。切なさはなつかしさに交つて、足もおのづからふるへて来た。あゝ、自然のふところひとときなぐさめに過ぎなかつた。根津にちかづけば近くほど、自分が穢多である、調里(新平民の異名)である、と其こゝろもちが次第に深くおそひ迫つて来たので。

 暗くなつて第二の故郷へ入つた。もと/\父が家族を引連れて、この片田舎に移つたのは、牧場へ通ふ便利を考へたばかりで無く、わづかばかりの土地を極く安く借受けるやうな都合もあつたからで。現に叔父が耕して居るのは其畠である。さすがに用心深い父は人目につかない村はづれをえらんだので、根津の西町から八町程離れて、とある小高い丘のすそのところに住んだ。

 長野県小県郡根津村大字姫子沢――丑松が第二の故郷とは、其五十戸ばかりの小部落を言ふのである。


       (四)


 父の死去した場処は、の根津村の家ではなくて、にしのいり牧場の番小屋の方であつた。叔父は丑松の帰村を待受けて、一緒に牧場へ出掛けるつもりであつたので、兎も角も丑松をろばたゑ、旅のつかれを休めさせ、例の無慾な、心の好ささうな声で、亡くなつた人の物語を始めた。炉の火はさかんに燃えた。叔母もすゝり上げながら耳を傾けた。聞いて見ると、父の死去は、老の為でもなく、病の為でも無かつた。まあ、言はゞ、職業の為に突然な最後を遂げたのであつた。一体、父が家畜を愛する心は天性に近かつたので、随つて牧夫としての経験も深く、人にも頼まれ、牧場の持主にも信ぜられた位。牛の性質なぞはなか/\く暗記して居たもの。よもやの老練な人が其道に手ぬかりなどの有らうとは思はれない。そこがそれ人の一生の測りがたさで、ふとある種牛を預つた為に、意外な出来事を引起したのであつた。種牛といふのはたちが悪かつた。もつとも、多くのめうしの群の中へ、一頭のをうしを放つのであるから、普通のおとなしい種牛ですら荒くなる。時としては性質が激変する。まして始めから気象の荒い雑種と来たからたまらない。ひろ/″\とした牧場の自由と、誘ふやうな牝牛の鳴声とは、其種牛を狂ふばかりにさせた。しまひには家養の習慣も忘れ、荒々しい野獣のほんしやうに帰つて、ゆくへが知れなくなつてしまつたのである。三日つても来ない。四日経つても帰らない。さあ、父は其を心配して、毎日水草の中をさがして歩いて、ある時は深い沢を分けて日の暮れる迄も尋ねて見たり、ある時は山から山をあさつて高い声で呼んで見たりしたが、何処にも影は見えなかつた。昨日の朝、父はまた捜しに出た。いつも遠く行く時には、必ずひるを用意して、例の『山猫』(かまなたのこぎりなどの入物)に入れてしよつて出掛ける。ところが昨日に限つては持たなかつた。時刻に成つても帰らない。手伝ひの男も不思議に思ひ乍ら、塩を与へる為に牛小屋のあるところへ上つて行くと、牝牛の群が喜ばしさうに集まつて来る。丁度其中には、例の種牛もとぼがほに交つて居た。見れば角は紅く血に染つた。驚きもし、あきれもして、来合せた人々と一緒になつて取押へたが、其時はもう疲れて居たせゐか、別にてむかひも為なかつた。さて男はそここゝと父を探して歩いた。やうやく岡の蔭の熊笹の中にうめき倒れて居るところを尋ね当てゝ、肩に掛けて番小屋迄連れ帰つて見ると、手当も何も届かない程のふかで。叔父が聞いて駈付けた時は、まだ父はしつかりして居た。最後にいきを引取つたのが昨夜の十時頃。今日は人々も牧場に集つて、番小屋で通夜と極めて、いづれも丑松の帰るのを待受けて居るとのことであつた。

『といふ訳で、』と叔父は丑松の顔を眺めた。『私があにきに、何か言つて置くことはねえか、と尋ねたら、苦しい中にも気象はしやんとしたもので、「俺も牧夫だから、牛の為に倒れるのは本望だ。今となつては他に何にも言ふことはねえ。唯気にかゝるのは丑松のこと。俺が今日迄の苦労は、皆なあいつの為を思ふから。日頃俺は彼奴に堅く言聞かせて置いたことがある。どうか丑松が帰つて来たら、忘れるな、と一言さう言つてお呉れ。」』

 丑松は首を垂れて、黙つて父の遺言を聞いて居た。叔父はなほ言葉を継いで、

『「それから、俺はの牧場の土と成りたいから、葬式は根津の御寺でしねえやうに、成るなら斯の山でやつてお呉れ。俺がくなつたとは、こもろの向町へ知らせずに置いてお呉れ――頼む。」と斯う言ふから、其時わしが「むゝ、解つた、解つた」と言つてやつたよ。するとあにきは其がうれしかつたと見え、につこり笑つて、やがて私の顔を眺め乍らボロ/\と涙をこぼした。それぎりもう阿兄は口を利かなかつた。』

 斯ういふ父の臨終の物語は、言ふに言はれぬ感激を丑松の心に与へたのである。牧場の土と成りたいと言ふのも、山で葬式をして呉れと言ふのも、小諸の向町へ知らせずに置いて呉れと言ふのも、つまるところは丑松の為を思ふからで。丑松は其精神をくみとつて、父の用意の深いことを感ずると同時に、又、一旦斯うと思ひ立つたことは飽くまで貫かずには置かないといふ父のたましひの烈しさを感じた。実際、父が丑松に対する時は、厳格を通り越して、残酷な位であつた。亡くなつた後までも、なほ丑松は父をおそれたのである。

 やがて丑松は叔父と一緒に、西乃入牧場を指して出掛けることになつた。万事は叔父の計らひで、けんしも済み、棺も間に合ひ、通夜の僧は根津のじやうしんゐんの長老を頼んで、既に番小屋の方へ登つて行つたとのこと。明日の葬式の用意は一切叔父が呑込んで居た。丑松は唯出掛けさへすればよかつた。此処からゑぼしだけの麓まで二十町あまり。其間、田沢の峠なぞを越して、寂しい山道を辿らなければならない。其晩は鼻をまゝれる程の闇で、あしもとさへも覚束なかつた。丑松は先に立つて、提灯の光に夜路を照らし乍ら、山深く叔父を導いて行つた。人里を離れて行けば行くほど、次第に路は細く、落ち朽ちた木葉を踏分けて僅かにひとすぢの足跡があるばかり。こゝは丑松が少年の時代に、く父に連れられて、往つたり来たりしたところである。牛小屋のある高原の上へ出る前に、二人はいくつか小山を越えた。


       (五)


 谷を下ると其処がもう番小屋で、人々は狭い部屋の内に集つて居た。灯はあか/\と壁をれ、もくぎよの音も山の空気に響き渡つて、流れ下る細谷川のさゝやきに交つて、一層の寂しさあはれさを添へる。家のつくりは、唯あめつゆを凌ぐといふばかりに、きもし囲ひもしてある一軒屋。たまさか殿城山の間道を越えてかざは温泉へ通ふ旅人が立寄るより外には、ふ人も絶えて無いやうな世離れたところ。炭焼、山番、それから斯の牛飼の生活――いづれも荒くれた山住のありさまである。丑松はちやうちんを吹消して、叔父と一緒に小屋の戸を開けて入つた。

 定津院の長老、世話人と言つて姫子沢の組合、其他父が生前懇意にした農家のをとこをんな――それらの人々から丑松は親切なくやみを受けた。仏前の燈明は線香のけぶりに交る夜の空気を照らして、何となく部屋の内も混雑して居るやうに見える。父のなきがらを納めたといふは、く粗末な棺。其まはりを白い布で巻いて、前には新しいゐはいを置き、水、団子、外には菊、しきみみどりばなぞを供へてあつた。読経も一きりになつた頃、僧の注意で、年老いた牧夫の見納めの為に、かはる/″\棺の前に立つた。死別のなみだは人々の顔を流れたのである。丑松も叔父に導かれ、すこし腰をこゞめ、薄暗いらふそくの灯影に是世の最後のわかれを告げた。見れば父は孤独な牧夫の生涯を終つて、牧場の土深く横はる時を待つかのやう。死顔は冷かにあをざめて、血の色も無く変りはてた。叔父は例のむかしかたぎから、あのよの旅の便りにもと、編笠、わらぢ、竹の輪なぞを取添へ、別にまよけと言つて、刃物を棺の蓋の上に載せた。やがどきやうが始まる、木魚の音が起る、追懐の雑談は無邪気な笑声に交つて、物食ふ音と一緒になつて、哀しくもあり、騒がしくもあり、人々に妨げられて丑松は旅のつかれを休めることも出来なかつた。

 一夜は斯ういふ風に語り明した。小諸の向町へは通知して呉れるなといふ遺言もあるし、それにひつこしこのかた十七年あまりも打絶えて了つたし、こちらからも知らせてやらなければ、向ふからも来なかつた。昔の『お頭』が亡くなつたと聞伝へて、下手なものにやつて来られては反つて迷惑すると、叔父は唯そればかり心配して居た。斯の叔父に言はせると、墓を牧場に択んだのは、かねて父が考へて居たことで。といふは、もし根津の寺なぞへ持込んで、普通の農家の葬式で通ればよし、さも無かつた日には、断然ことわられるやうなあさましい目に逢ふから。習慣の哀しさには、穢多は普通の墓地に葬る権利が無いとしてある。父は克く其を承知して居た。父は生前も子の為に斯ういふ山奥に辛抱して居た。死後もまた子の為に斯の牧場に眠るのを本望としたのである。

『どうかして斯の「おじやんぼん」(葬式)は無事に済ましたい――なあ、丑松、俺はこれでも気が気ぢやねえぞよ。』

 斯ういふ心配は叔父ばかりでは無かつた。

 あくるひの午後は、会葬のをとこをんなが番小屋のうちそとに集つた。牧場の持主を始め、日頃牝牛を預けて置く牛乳屋なぞも、其と聞伝へたかぎりは弔ひにやつて来た。父の墓地は岡の上の小松のわきと定まつて、やがていよいよ野辺送りを為ることになつた時は、住み慣れた小屋の軒をかつがれて出た。棺の後には定津院の長老、つゞいて腕白顔な二人の子坊主、丑松は叔父と一緒にわらざうりばき、女はいづれも白の綿帽子を冠つた。人々は思ひ/\の風俗、紋付もあればておりじまの羽織もあり、山家の習ひとして多くは袴も着けなかつた。斯の飾りの無い一行のありさまは、素朴な牛飼の生涯にく似合つて居たので、順序も無く、礼儀も無く、唯まごゝろこもる情一つに送られて、静かに山を越えた。

 式もた簡短であつた。単調子なかね、太鼓、ねうはちの音、おもひでの多い耳には其も悲哀な音楽と聞え、器械的な回向と読経との声、なげきのある胸には其もあはれの深いばんかのやうに響いた。らいはいし、合掌し、焼香して、軈て帰つて行く人々も多かつた。棺は間もなく墓と定めた場処へ移されたので、そこには掘起された『のつぺい』(土の名)がうづたかく盛上げられ、咲残る野菊の花も土足に踏散らされてあつた。人々は土をつかんで、穴をめがけて投入れる。叔父も丑松もひとかたまりづゝ投入れた。最後にくはで掻落した時は、崖崩れのやうな音して烈しく棺の蓋を打つ。それさへあるに、土気ののぼにほひぷんと鼻をいて、堪へ難い思をさせるのであつた。次第に葬られて、小山の形の土饅頭が其処に出来上るまで、丑松は考深く眺め入つた。叔父も無言であつた。あゝ、父は丑松の為に『忘れるな』のひとことを残して置いて、最後の呼吸にまで其精神を言ひ伝へて、斯うして牧場の土深く埋もれて了つた――もうこのよの人では無かつたのである。


       (六)


 かくも葬式は無事にんだ。後の事は牧場の持主に頼み、番小屋は手伝ひの男に預けて、一同姫子沢へ引取ることになつた。の小屋にかひやしなはれて居る一匹の黒猫、それも父の形見であるからと、しきりに丑松は連帰らうとして見たが、すみなれた場処に就く家畜の習ひとして、離れて行くことを好まない。物を呉れても食はず、呼んでも姿を見せず、唯縁の下をあちこちと鳴き悲む声のあはれさ。畜生ながらに、亡くなつた主人を慕ふかと、人々も憐んで、これから雪の降る時節にでも成らうものなら何を食つて山籠りする、とてんでに言ひ合つた。『可愛さうに、山猫にでも成るだらず。』斯う叔父は言つたのである。

 やがて人々は思ひ/\に出掛けた。番小屋を預かる男は塩を持つて、岡の上まで見送り乍らいて来た。十一月上旬の日の光は淋しく照して、この西乃入牧場に一層くわうれうとしたおもむきを添へる。見れば小松はところ/″\。やまつゝじは、多くの草木の中に、牛の食はないものとして、かへつて一面に繁茂して居るのであるが、それも今は霜枯れて見る影が無い。何もかも父の死を冥想させる種と成る。うれひつゝ丑松は小山の間の細道を歩いた。父をの牧場に訪れたは、丁度足掛三年前の五月の下旬であつたことを思出した。それは牛の角のかゆくなるといふ頃で、斯の枯々な山躑躅が黄や赤に咲乱れて居たことを思出した。そここゝにわらびる子供の群を思出した。山鳩のく声を思出した。其時はこゝろもちの好いそよかぜが鈴蘭(君影草とも、谷間の姫百合とも)の花を渡つて、初夏の空気を匂はせたことを思出した。父は又、岡の上の新緑を指して見せて、斯の西乃入には柴草が多いから牛の為に好いと言つたことを思出した。其青葉を食ひ、塩をめ、谷川の水を飲めば、牛の病は多くなほると言つたことを思出した。父はまたつけたして、さま/″\な牧畜の経験、類を以て集る牛の性質、初めて仲間入する時の角押しの試験、畜生とは言ひ乍ら仲間同志を制裁する力、其他女王のやうに牧場を支配する一頭の牝牛なぞの物語をして、それがいかにも面白く思はれたことを思出した。

 父はゑぼしだけの麓に隠れたが、功名を夢見る心は一生火のやうに燃えた人であつた。そこは無欲な叔父と大に違ふところで、そのおさへきれないやうな烈しい性質の為に、世に立つて働くことが出来ないやうな身分なら、いつそ山奥へひつこめ、といふ憤慨の絶える時が無かつた。自分で思ふやうに成らない、だから、せめて子孫は思ふやうにしてやりたい。自分が夢見ることは、どうか子孫に行はせたい。よしや日は西から出て東へ入る時があらうとも、この志ばかりは堅くつて変るな。行け、戦へ、身を立てよ――父の精神はそこに在つた。今は丑松も父の孤独な生涯を追懐して、の遺言に籠る希望と熱情とを一層力強く感ずるやうに成つた。忘れるなといふ一生のをしへの其いのち――あへぐやうなをとこたましひの其呼吸――子の胸に流れ伝はる親の其血潮――それは父の亡くなつたと一緒にいよ/\深い震動を丑松の心に与へた。あゝ、死は無言である。しかし丑松の今の身に取つては、千百の言葉を聞くよりも、もつと深く自分の一生のことを考へさせるのであつた。

 牛小屋のあるところまで行くと、父の残した事業が丑松の眼に映じた。ひとまはりすれば二里半にあまるといふ天然の大牧場、そここゝの小松のわきにはたり起きたりして居る牝牛の群も見える。牛小屋は高原の東の隅に在つて、そまつな柵の内にはだ角の無いこうしも幾頭か飼つてあつた。例の番小屋を預かる男は人々をもてなしがほに、枯草を焚いて、なほさま/″\のたきつけを掻集めて呉れる。丁度そこには叔父も丑松も待合せて居た。男も、女も、斯の焚火のまはりに集つたかぎりは、昨夜一晩寝なかつた人々、かてゝ加へて今日の骨折――中にはもう烈しいつかれが出て、半分眠り乍ら落葉の焼ける香を嗅いで居るものもあつた。叔父は、牛の群に振舞ふと言つて、あちこちの石の上に二合ばかりの塩を分けてやる。父の飼ひ慣れたものかと思へば、丑松もなつかしいやうな気になつてながめた。それと見た一頭の黒い牝牛は尻毛を動かして、塩の方へちかづいて来る。みけんと下腹と白くて、他はすべて茶褐色な一頭も耳を振つて近いた。もうと鳴いてこうしぶちも。さすがに見慣れない人々を憚るかして、いづれも鼻をうごめかして、塩のまはりを遠廻りするものばかり。めたさは嘗めたし、うさんな奴は見て居るし、といふ顔付をして、じり/\寄りに寄つて来るのもあつた。

 斯のありさまを見た時は、叔父も笑へば、丑松も笑つた。斯ういふ可愛らしい相手があればこそ、寂しい山奥に住まはれもするのだと、人々も一緒になつて笑つた。やがて一同暇乞ひして、斯の父の永眠の地にわかれを告げて出掛けた。烏帽子、かくまあづまや、白根の山々も、今は後に隠れる。富士神社をとほりすぎた頃、丑松は振返つて、父の墓のある方を眺めたが、其時はもう牛小屋も見えなかつた――唯、せうでうとした高原のかなたに当つて、細々と立登るひとすぢの煙の末が望まれるばかりであつた。



   第八章


       (一)


 西乃入に葬られた老牧夫のうはさは、直に根津の村中へひろがつた。をひれを付けて人は物を言ふのが常、まして種牛の為に傷けられたといふ事実は、すくなからずものずきな手合の心を驚かして、いたる処に茶話の種となる。定めしさきの世には恐しい罪を作つたことも有つたらう、と迷信の深い者は直に其を言つた。牧夫の来歴に就いても、南佐久の牧場から引移つて来た者だの、甲州生れだの、いや会津の武士の果で有るのと、さま/″\な臆測を言ひ触らす。たゞこもろの穢多町の『おかしら』であつたといふことは、誰一人として知るものが無かつたのである。

『御苦労び』(手伝ひに来て呉れた近所の人々を招く習慣)のあつたあくるひ、丑松は会葬者への礼廻りに出掛けた。叔父も。姫子沢の家には叔母一人留守居。御茶漬すぎ(昼飯後)は殊更あたゝかく、日の光が裏庭のねぎばたけからかぼちやを乾し並べた縁側へ射し込んで、いかにものどかな思をさせる。追ふものが無ければ鶏も遠慮なく、垣根の傍に花をむもあり、鳴くもあり、座敷の畳に上つて遊ぶのもあつた。丁度叔母が表に出て、流のところに腰をこゞめ乍ら、なべを洗つて居ると、そこへ立つて丁寧に物を尋ねる一人の紳士がある。『瀬川さんの御宅は』と聞かれて、叔母は不思議さうな顔付。つひぞ見掛けぬ人と思ひ乍ら、冠つて居る手拭をつて挨拶して見た。

『はい、瀬川は手前でごはすよ――失礼乍らあんたどちらさまで?』

『私ですか。私は猪子といふものです。』

 蓮太郎は丑松の留守に尋ねて来たのであつた。『もうおつつけ帰つて参じやせう』を言はれて、せつかく来たものを、かくも其では御邪魔して、しばらく休ませて頂かう、といふことに極め、やがて叔母に導かれ乍ら、くさぶきの軒をくゞつて入つた。日頃農夫の生活に興を寄せる蓮太郎、うしてろばたで話すのが何よりうれしいといふ風で、すゝけた屋根の下をなつかしさうにながめた。農家の習ひとして、表から裏口へ通り抜けの庭。そこには炭俵、漬物桶、又は耕作の道具なぞがごちや/\置き並べてある。片隅には泥のまゝの『かびた芋』(馬鈴薯)山のやうに。炉は直ぐあがはなにあつて、焚火の煙のにほひも楽しいかんじを与へるのであつた。年々の暦と一緒に、壁にはりつけた錦絵の古く変色したのも目につく。

あいにくこんちは留守にいたしやして――まあうちに不幸がごはしたもんだで、その礼廻りに出掛けやしてなあ。』

 う言つて、叔母は丑松の父の最後を蓮太郎に語り聞かせた。炉の火はよく燃えた。木製の自在鍵に掛けたてつびんの湯もふつ/\と煮立つて来たので、叔母は茶を入れてもてなさうとして、急に――まあ、記憶といふものは妙なもので、長く/\忘れて居た昔の習慣を思出した。一体普通の客に茶を出さないのは、穢多の家の作法としてある。たばこの火ですら遠慮する。瀬川の家も昔は斯ういふ風であつたので其を破つて普通の交際を始めたのは、の姫子沢へひつこしてからこのかたもつとも長い月日の間には、斯の新しい交際に慣れ、おのづと出入りする人々になじみ、茶はおろか、物の遣り取りもして、春は草餅を贈り、秋はそばこを貰ひ、こちらで何とも思はなければ、ひとも怪みはしなかつたのである。叔母がこんな昔のこゝろもちに帰つたは近頃無いことで――それもそのはず、姫子沢の百姓とは違つて気恥しい珍客――しかもだしぬけに――昔者の叔母は、だから、自分で茶を汲む手の慄へに心付いた程。蓮太郎はそんなことゝも知らないで、さも/\うまさうに乾いたのどうるほして、さてさま/″\はなしに笑ひ興じた。わけても、丑松がまだたこを揚げたりこまを廻したりして遊んだ頃の物語に。

『時に、』と蓮太郎は何か深く考へることが有るらしく、『つかんことを伺ふやうですが、の根津の向町に六左衛門といふおだいじんがあるさうですね。』

『はあ、ごはすよ。』と叔母は客の顔を眺めた。

どうでせう、御聞きでしたか、そこのうちについ此頃婚礼のあつたとかいふ話を。』

 斯う蓮太郎は何気なく尋ねて見た。向町は斯の根津村にもある穢多の一部落。姫子沢とは八町程離れて、西町の町はづれにあたる。其処に住む六左衛門といふは音に聞えた穢多のものもちなので。

『あれ、ちつとそんな話は聞きやせんでしたよ。そんならむこさんが出来やしたかいなあ――長いことあすこの家の娘もひとりで居りやしたつけ。』

『御存じですか、貴方は、その娘といふのを。』

『評判な美しい女でごはすもの。色の白い、背のすらりとした――まあ、あんな身分のものには惜しいやうなだつて、ひとが其を言ひやすよ。へえもう二十四五にも成るだらず。若くつくつて、十九か二十位にしか見せやせんがなあ。』

 斯ういふ話をして居る間にも、蓮太郎は何か思ひ当ることがあるといふ風であつた。待つても/\丑松が帰つて来ないので、軈て蓮太郎はすこしそこいらを散歩して来るからと、たんぼの方へ山の景色を見に行つた――是非丑松に逢ひたい、といふことづてを呉々も叔母に残して置いて。


       (二)


『これ、丑松や、猪子といふ御客さんがおめへを尋ねて来たぞい。』う言つて叔母は駈寄つた。

『猪子先生?』丑松の目はよろこびの色で輝いたのである。

はあるか待つて居なすつたが、お前が帰らねえもんだで。』と叔母は丑松の様子を眺め乍ら、『今々其処へ出て行きなすつた――ちよツくら、たんぼの方へ行つて見て来るツて。』斯う言つて、気を変へて、『一体の御客様はどういふ方だえ。』

『私の先生でさ。』と丑松は答へた。

『あれ、さうかつちや。』と叔母は呆れて、『そんならそのやうに、御礼を言ふだつたに。俺はへえ、唯お前の知つてる人かと思つた――だつて、御友達のやうにばかり言ひなさるから。』

 丑松は蓮太郎の跡を追つて、直に田圃の方へ出掛けようとしたが、丁度そこへ叔父も帰つて来たので、しばらくあがはなのところに腰掛けて休んだ。叔父はひどく疲れたといふ風、家の内へ入るが早いか、『先づ、よかつた』を幾度と無く繰返した。何もかも今は無事に済んだ。葬式も。礼廻りも。斯ういふかんがへどんなに叔父の心をよろこばせたらう。『ああ――これまでにこぎつける俺の心配といふものは。』斯う言つて、また思出したやうに安心の溜息を吐くのであつた。『全く、天の助けだぞよ。』と叔父は附加して言つた。

 平和な姫子沢の家のありさまと、世のうつりかはりも知らずに居る叔父夫婦のむかしかたぎとは、丑松の心に懐旧の情を催さした。裏庭で鳴き交す鶏の声は、午後のはしやいだ空気に響き渡つて、一層のどかな思を与へる。働好な、たつしやな、人の好い、しかも子の無い叔母は、いつまでもこどものやうに丑松を考へて居るので、其こどもあつかひが又、すくなからず丑松を笑はせた。『御覧やれ、まあ、あの手付なぞのおやぢさんに克く似てることは。』と言つて笑つた時は、思はず叔母も涙が出た。叔父も一緒に成つて笑つた。其時叔母が汲んで呉れた渋茶の味の甘かつたことは。もてなしぶりゐなかまんぢゆう、その黒砂糖のあんの食ひ慣れたのも、なつかしい少年時代を思出させる。故郷に帰つたといふこゝろもちは、何よりも深く斯ういふ場合に、丑松の胸をいてわきあがるのであつた。

『どれ、それでは行つて見て来ます。』

 と言つて家を出る。叔父も直ぐに随いて出た。何か用事ありげに呼留めたので、丑松は行かうとして振返つて見ると、しもばの落ちた柿の樹の下のところで、叔父は声を低くして

ほかぢやねえが、猪子で俺は思出した。もと師範校の先生で猪子といふ人が有つた。今日の御客様はあのひととは違ふか。』

『それですよ、その猪子先生ですよ。』と丑松は叔父の顔を眺め乍ら答へる。

『むゝ、さうかい、彼人かい。』と叔父はあたりを眺め廻して、やがて一寸親指を出して見せて、『彼人はこれだつて言ふぢやねえか――気をけろよ。』

『はゝゝゝゝ。』と丑松は快活らしく笑つて、『叔父さん、そんなことは大丈夫です。』

 斯う言つて急いだ。


       (三)


『大丈夫です』とは言つたものゝ、其実丑松は蓮太郎だけに話す気で居る。先輩と自分と、唯二人――二度とは無い、ういふ好い機会は。と其を考へると、丑松の胸はもう烈しく踊るのであつた。

 枯々とした草土手のところで、丑松は蓮太郎と一緒に成つた。聞いて見ると、先輩は細君を上田に残して置いて、其日の朝根津村へ入つたとのこと。つれは市村弁護士一人。もつとも弁護士は有権者を訪問する為にせはしいので、やどやで別れて、蓮太郎ばかり斯の姫子沢へ丑松を尋ねにやつて来た。都合あつて演説会は催さない。随つて斯の村で弁護士の政論を聞くことは出来ないが、そのかはり蓮太郎は丑松とゆつくり話せる。まあ、斯ういふ信濃の山の上で、あたゝかな小春の半日を語り暮したいとのことである。

 其日のやうな楽しい経験――恐らく斯のこゝろもちは、丑松の身にとつて、さう幾度もあらうとは思はれなかつた程。日頃敬慕する先輩の傍に居て、其人の声を聞き、其人の笑顔を見、其人と一緒に自分も亦た同じ故郷の空気を呼吸するとは。丑松は唯話すばかりが愉快では無かつた。だまつて居る間にも亦た言ふに言はれぬ愉快を感ずるのであつた。まして、蓮太郎は――書いたものゝ上に表れたより、話して見ると又別のおもしろみの有る人で、かほつきやかましいやうでも、存外情のあつい、優しい、言はゞ極く平民的な気象を持つて居る。さういふ風だから、後進の丑松に対してもへだてを構へない。ほしいまゝに笑つたり、嘆息したりして、日あたりの好い草土手のところへ足を投出し乍ら、自分の病気の話なぞを為た。一度車に乗せられて、病院へ運ばれた時は、堪へがたいからぜきの後で、刻むやうにしてかくけつしたことを話した。今は胸も痛まず、其程の病苦も感ぜず、身体の上のことは忘れる位に元気づいて居る――しかしあゝいふ喀血が幾回もあれば、其時こそもう駄目だといふことを話した。

 斯ういふ風に親しく言葉を交へて居る間にも、とは言へ、全く丑松は自分を忘れることが出来なかつた。『いつ例のことを切出さう。』そのはんもんが胸の中を往つたり来たりして、いつときも心をやすませない。『あゝ、うつりはすまいか。』どうかするとそんなことを考へて、先輩の病気を恐しく思ふことも有る。幾度か丑松は自分で自分をあざけつた。

 ちくまがは沿岸の民情、風俗、武士道と仏教とがところ/″\に遺した中世の古蹟、信越線の鉄道に伴ふ山上の都会の盛衰、昔の北国街道のえいぐわ、今の死駅の零落――およそ信濃路のさま/″\、それらのことは今二人のはなしに上つた。めのまへにはたてしな、八つが嶽、ほふくじ、又はみさやま、和田、大門などの山々が連つて、其山腹に横はる大傾斜の眺望はにしひがしひらけて居た。青白く光る谷底に、遠く流れて行くは千曲川の水。丑松は少年の時代から感化をけた自然のこと、土地の案内にもくはしいところからして、一々指差して語り聞かせる。蓮太郎は其話に耳を傾けて、熱心に眺め入つた。対岸に見える八重原の高原、そこに人家の煙の立ち登るさまは、殊に蓮太郎の注意を引いたやうであつた。丑松は又、谷底の平地に日のあたつたところを指差して見せて、水に添ふて散布するは、よだくぼ、長瀬、まりこなどの村落であるといふことを話した。濃く青い空気に包まれて居る谷の蔭は、霊泉寺、田沢、別所などの温泉の湧くところ、農夫が群れ集る山の上の歓楽の地、よくそばの花の咲く頃にはこのへんからも労苦を忘れる為に出掛けるものがあるといふことを話した。

 蓮太郎に言はせると、彼も一度は斯ういふ山の風景に無感覚な時代があつた。信州の景色は『パノラマ』として見るべきで、大自然が描いた多くの絵画の中では恐らく平凡といふ側におとされる程のものであらう――なるほど、大きくはある。然し深いおもむきに乏しい――起きたり伏たりして居るなみのやうな山々は、不安と混雑とより外に何のかんじをも与へない――それにむかへば唯心がかきみだされるばかりである。斯う蓮太郎は考へた時代もあつた。不思議にも斯のかんがへは今度の旅行でぶちこはされてしまつて、始めて山といふものを見る目がいた。新しい自然は別に彼のめのまへに展けて来た。けぶる傾斜のいき、遠く深く潜む谷の声、活きもし枯れもするもりの呼吸、其間にはまた暗影と光と熱とを帯びた雲の群の出没するのも目にいて、『平野は自然の静息、山嶽は自然の活動』といふ言葉の意味も今更のやうに思ひあたる。一概に平凡としりぞけた信州の風景は、『山気』を通してかへつて深く面白く眺められるやうになつた。

 斯ういふ蓮太郎の観察は、山を愛する丑松の心をよろこばせた。其日は西の空が開けて、ひだの山脈を望むことも出来たのである。見れば斯の大谿谷のかなたに当つて、畳み重なる山と山との上に、更に遠く連なる一列の白壁。今年の雪も早や幾度か降り添ふたのであらう。その山々は午後の日をうけて、青空に映り輝いて、殆んど人のたましひを奪ふばかりの勢であつた。いき/\とした力のある山塊の輪郭と、深いえんしの色を帯びた谷々の影とは、一層その眺望に崇高な趣を添へる。針木嶺、白馬嶽、焼嶽、鎗が嶽、またはのりくらがたけ、蝶が嶽、其他多くの山獄のけはしくきそひ立つのは其処だ。梓川、大白川なぞの源を発するのは其処だ。雷鳥の寂しく飛びかふといふのは其処だ。氷河の跡の見られるといふのは其処だ。千古人跡の到らないといふのは其処だ。あゝ、無言にしてそびえ立つ飛騨の山脈の姿、とこしへおごそかな自然の殿堂――見れば見る程、蓮太郎も、丑松も、高い気象を感ぜずには居られなかつたのである。殊に其日の空気はすこし黄に濁つて、十一月上旬の光に交つて、斯のひろたにあひを盛んにけぶるやうに見せた。長い間、二人は眺め入つた。眺め入り乍ら、互に山のことを語り合つた。


       (四)


 あゝ。幾度丑松は蓮太郎に自分の素性を話さうと思つたらう。昨夜なぞは遅くまでランプの下で其事を考へて、もし先輩と二人ぎりに成るやうな場合があつたなら、あゝ言はうか、かう言はうかと、さま/″\の想像にふけつたのであつた。蓮太郎は今、丑松の傍に居る。さてつて見ると、言出しかねるもので、風景なぞのことばかり話して、肝心の思ふことはだ話さなかつた。丑松は既にいろ/\なことを話して居乍ら、未だなんにも蓮太郎に話さないやうな気がした。

 夕飯の用意を命じて置いて来たからと、蓮太郎に誘はれて、丑松は一緒に根津のやどやの方へ出掛けて行つた。道々丑松は話しかけて、正直なところを言はう/\として見た。それを言つたら、自分の真情が深く先輩の心に通ずるであらう、自分はもつと先輩に親むことが出来るであらう、斯う考へて、其を言はうとして、言ひ得ないで、時々立止つては溜息を吐くのであつた。秘密――いきしににも関はるほんたうの秘密――たとひさきが同じ素性であるとは言ひ乍ら、どうしてさうたやすうちあけることが出来よう。言はうとしてはちうちよした。躊躇しては自分で自分を責めた。丑松は心のなかで、おそれたり、迷つたり、悶えたりしたのである。

 やがて二人は根津の西町の町はづれへ出た。石地蔵のたゝずむあたりは、むかひまち――いはゆる穢多町で、くさぶきやねが日あたりの好い傾斜に添ふて不規則に並んで居る。中にも人目を引く城のやうなひとかまへ、白壁高く日に輝くは、例の六左衛門のすみかと知れた。農業とあさうらづくりとは、の部落に住む人々の職業で、彼の小諸の穢多町のやうに、靴、三味線、太鼓、其他獣皮に関したものの製造、またはへいばの売買なぞに従事して居るやうな手合は一人も無い。麻裏はどの穢多のうちでも作るので、『中抜き』と言つて、草履の表につかふ美しい藁がところ/″\の垣根の傍に乾してあつた。丑松は其を見ると、瀬川の家の昔を思出した。小諸時代を思出した。亡くなつた母も、今の叔母も、く其の『中抜き』を編んで居たことを思出した。自分もた少年の頃には、戸隠から来る『かはそ』(草履裏の麻)なぞをおもちやにして、父の傍で麻裏造る真似をして遊んだことを思出した。

 六左衛門のことは、其時、二人のうはさに上つた。蓮太郎はしきりに彼の穢多の性質やおこなひやらを問ひ尋ねる。聞かれた丑松とてもくはしくは無いが、知つて居るだけを話したのは斯うであつた。六左衛門の富は彼が一代に作つたもの。今日のやうなにはかぶげんしやと成つたに就いては、はなはだ悪しざまに罵るものがある。慾深い上に、虚栄心の強い男で、金の力で成ることならどんな事でもして、どうかして『紳士』の尊称を得たいと思つて居る程。恐らく上流社会のはなやかな交際は、彼が見て居る毎日の夢であらう。孔雀の真似をからすの六左衛門が東京に別荘を置くのも其為である。赤十字社の特別社員に成つたのも其為である。慈善事業に賛成するのも其為である。書画こつとうで身のまはりを飾るのも亦た其為である。あれほど学問が無くて、彼程蔵書の多いものもすくなからう、とはこのかいわいでの一つ話に成つて居る。

 斯ういふことを語り乍ら歩いて行くうちに、二人は六左衛門の家の前へ出て来た。丁度午後の日をまともにうけて、おほきな白壁は燃える火のやうに見える。建物いくむねかあつて、長いへいは其まはりいかめしくとりかこんだ。新平民の子らしいのが、七つ八つをかしらにして、何か『めんこ』の遊びでもして、其塀の外に群り集つて居た。中には頬のあかい、眼付の愛らしい子もあつて、普通の家の小供とすこしも相違の無いのがある。中には又、卑しい、おろかしい、どう見ても日蔭者の子らしいのがある。是れを眺めても、穢多の部落が幾通りかの階級に別れて居ることは知れた。親らしい男は馬をいて、其小供の群に声を掛けて通り、姉らしい若い女は細帯を巻付けたまゝで、いそ/\と二人の側を影のやうにすりぬけた。斯うして無智と零落とを知らずに居る穢多町の空気を呼吸するといふことは、いたましいとも、恥かしいとも、腹立たしいとも、名のつけやうの無い思をさせる。『われ/\を誰だと思ふ。』と丑松は心に憐んで、いつときも早く是処を通過ぎてしまひたいと考へた。

『先生――行かうぢや有ませんか。』

 と丑松はそこにたゝずながめて居る蓮太郎を誘ふやうにした。

『見たまへ、まあ、斯の六左衛門のうちを。』と蓮太郎は振返つて、『どこから何処まで主人公の性質を好く表してるぢや無いか。つい二三日前、是の家に婚礼が有つたといふ話だが、君はそんうはさを聞かなかつたかね。』

『婚礼?』と丑松はきゝとがめる。

『その婚礼が一通りの婚礼ぢや無い――多分あゝいふのが政治的結婚とでも言ふんだらう。はゝゝゝゝ。政事家のることは違つたものさね。』

『先生のおつしやることは私にく解りません。』

『花嫁は君、斯の家の娘さ。おむこさんは又、代議士の候補者だから面白いぢやないか――』

『ホウ、代議士の候補者? まさか彼の一緒に汽車に乗つて来た男ぢや有ますまい。』

『それさ、その紳士さ。』

『へえ――』と丑松は眼を円くして、『さうですかねえ――意外なことが有れば有るものですねえ――』

『全く、僕も意外さ。』といふ蓮太郎の顔は輝いて居たのである。

『しかし何処で先生はそんなことを御聞きでしたか。』

『まあ、君、宿屋へ行つて話さう。』



   第九章


       (一)


 一軒、根津のつかくぼといふところに、だ会葬の礼にれた家が有つて、丁度ついでだからと、丑松は途中で蓮太郎と別れた。蓮太郎はやどやへ。直に後から行く約束して、丑松は畠中の裏道をたどつた。塚窪の坂の下まで行くと、とある農家の前に一人のあめや、面白をかしくたうじんぶえを吹立てゝ、をさない客を呼集めて居る。御得意と見えて、声を揚げて飛んで来るをとこをんなの少年もあつた――あすこからも、こゝからも。あゝ、少年の空想を誘ふやうな飴屋の笛の調子は、どんなにぐわんぜないものゝ耳を楽ませるであらう。いや、買ひに集る子供ばかりでは無い、丑松ですら思はず立止つて聞いた。妙な癖で、其笛を聞く度に、丑松は自分の少年時代を思出さずに居られないのである。

 何を隠さう――丑松が今指して行く塚窪の家には、をさななじみかたづいて居る。お妻といふのが其女の名である。お妻のさとは姫子沢に在つて、林檎畠一つへだてゝ、丑松の家の隣に住んだ。丑松がお妻と遊んだのは、こゝのつに成る頃で、まだ瀬川の一家族が移住して来て間も無い当時のことであつた。もと/\お妻の父といふは、上田の在から養子に来た男、根が苦労人ではあり、よそものでもあり、するところからして、おのづと瀬川の家にもうしろみと成つて呉れた。それに、丑松をひいきにして、いせまうでに出掛けたかへりみちなぞには、必ず何か買つて来て呉れるといふ風であつた。斯ういふ隣同志の家の子供が、互ひに遊友達と成つたは不思議でも何でも無い。のみならず、二人は丁度同い年であつたのである。

 楽しいおもひでの情は、唐人笛の音を聞くと同時に、丑松の胸の中にわきあがつて来た。おぼろげながら丑松は幼いお妻のおもかげを忘れずに居る。はじめて自分の眼に映つたをとめの愛らしさを忘れずに居る。あの林檎畠が花ざかりの頃は、其枝の低く垂下つたところをさまよつて、互ひに無邪気な初恋のさゝやきを取交したことを忘れずに居る。僅かにこゝのつの昔、まだ夢のやうなおとぎばなしの時代――他のことは多く記憶にも残らない程であるが、彼のむくこゝろもちばかりは忘れずに居る。もつとも、幼い二人のまじはりは長く続かなかつた。ふと丑松はお妻の兄と親しくするやうに成つて、それぎりもうお妻とは遊ばなかつた。

 お妻がの塚窪へかたづいて来たは、十六の春のこと。夫といふのも丑松が小学校時代の友達で、としは三人同じであつた。ゐなかならはしとは言ひ乍ら、ことに彼の夫婦は早く結婚した。まだ丑松が師範校の窓の下で歴史や語学の研究に余念も無い頃に、もう彼の若い夫婦は幼いものにまとひ付かれ、朝に晩に『父さん、母さん』と呼ばれて居たのであつた。

 ういふ過去の歴史を繰返したり、胸を踊らせたりして、丑松は坂を上つて行つた。山の方からあふれて来る根津川の支流は、清く、浅く、家々の前をはしり流れて居る。みちばたの栗のこずゑなぞ、早や、枯れ/″\。柿も一葉を留めない程。水草ばかりは未だ青々として、根を浸すありさまも心地よく見られる。ふゆごもりの用意にいそがしい頃で、人々はいづれも流のところに集つて居た。余念も無くかぶなを洗ふ女の群の中に、手拭に日をけ、白い手をあらはし、かひ/″\しく働くたすきがけの一人――声を掛けて見ると、それがお妻で、丑松は斯の幼馴染の様子の変つたのに驚いてしまつた。お妻も亦た驚いたやうであつた。

 其日はお妻の夫もしうとも留守で、家に居るのは唯しうとめばかり。五人も子供が有ると聞いたが、としかさなのが見えないは、大方遊びにでも行つたものであらう。いつゝばかりをかしらに、三人の女の児は母親によりそつて、恥かしがつてろくおじぎも為なかつた。珍しさうに客の顔を眺めるもあり、母親の蔭に隠れるもあり、やうやく歩むばかりの末の児は、みなれぬ丑松を怖れたものか、やがてしく/\やり出すのであつた。是ありさまに、姑も笑へば、お妻も笑つて、『まあ、をかしな児だよ、斯の児は。』と乳房を出して見せる。それをくはへて、なきじやつくりをしながら、そつと丑松の方を振向いて見て居るこどもの様子も愛らしかつた。

 話好きな姑は一人でしやべつた。お妻は茶を入れて丑松をもてなして居たが、さすがに思出したことも有ると見えて、

『そいつても、まあ、丑松さんの大きくおなんなすつたこと。』

 と言つて、客の顔をながめた時は、思はずあかくなつた。

 会葬の礼を述べた後、丑松はそこ/\にして斯の家を出た。姑と一緒に、お妻もた門口に出て、客の後姿を見送るといふ様子。今更のやうに丑松はわれひとうつりかはりを考へて、塚窪の坂を上つて行つた。彼の世帯染みた、心の好ささうな、どこやらゆかしいところのあるお妻は――まあ、忘れずに居る其俤に比べて見ると、全く別の人のやうなこゝろもちもする。自分と同い年で、しかも五人子持――あれがをさななじみのお妻であつたかしらん、と時々立止つて嘆息した。

 斯ういふおもひでの情は、とは言へ、深く丑松の心を傷けた。しよつちゆうもううたがひの念を抱いてくるしみの為にこづき廻されて居る自分の今に思ひ比べると、あの少年の昔の楽しかつたことは。噫、何にも自分のことを知らないで、愛らしいをとめと一緒に林檎畠をさまよつたやうな、楽しい時代はつてしまつた。もう一度丑松はさういふ時代のこゝろもちに帰りたいと思つた。もう一度丑松は自分が穢多であるといふことを忘れて見たいと思つた。もう一度丑松は彼の少年の昔と同じやうに、自由に、このよたのしみの香を嗅いで見たいと思つた。斯う考へると、切ないのぞみは胸をいて春の潮のやうに湧き上る。穢多としての悲しい絶望、愛といふ楽しいかんがへ、そんなこんなが一緒に交つて、若いいのちひとしほ美しくして見せた。しまひには、あの蓮華寺のお志保のことまでも思ひやつた。活々とした情の為に燃え乍ら、丑松は蓮太郎のやどやを指して急いだのである。


       (二)


 御泊宿、吉田屋、とのきあんどんに記してあるは、さすがに古い街道のなごり。諸国商人の往来もすくなく、昔の宿はいづれも農家となつて、今はこの根津村に二三軒しかはたごやらしいものが残つて居ない。吉田屋は其一つ、とかく商売も休み勝ち、客間でしうこ飼ふ程の時世と変りはてた。とは言ひ乍ら、さびれた中にもふぜいのあるはゐなかの古いやどやで、門口に豆を乾並べ、庭では鶏も鳴き、水をかついで風呂場へ通ふ男の腰付もをかしいもの。く『ぼや』の火は盛んに燃え上つて、無邪気な笑声が其まはりに起るのであつた。

さうだ――例のことを話さう。』

 と丑松は自分で自分に言つた。吉田屋の門口へ入つた時は、其かんがへた胸の中を往来したのである。

 案内されて奥の方の座敷へ通ると、蓮太郎一人で、弁護士は未だ帰らなかつた。額、唐紙、すべて昔の風を残して、古びた室内のさまとは言ひ乍ら、はなしるには至極静かで好かつた。火鉢に炭を加へ、其側に座蒲団を敷いて、さしむかひに成つた時のこゝろもちめづらしくもあり、うれしくもあり、蓮太郎が手づから入れて呉れる茶の味は又格別に思はれたのである。其時丑松は日頃愛読する先輩の著述を数へて、始めて手にしたのがの大作、『現代の思潮と下層社会』であつたことを話した。『貧しきものゝなぐさめ』、『労働』、『平凡なる人』、とり/″\に面白くあぢはつたことを話した。丑松は又、『懴悔録』の広告を見つけた時のよろこびから、飯山の雑誌屋で一冊を買取つて、其を抱いてなかみを想像し乍ら下宿へ帰つた時のこゝろもち、読み耽つて心に深い感動を受けたこと、よのなかといふものゝちからを知つたこと、さては其著述にあらはれたかんがへの新しく思はれたことなぞを話した。

 蓮太郎のよろこびは一通りで無かつた。軈て風呂が湧いたといふ案内をうけて、二人して一緒に入りに行つた時も、蓮太郎は其を胸に浮べて、かねて知己とは思つて居たが、う迄自分の書いたものを読んで呉れるとは思はなかつたと、丑松の熱心をたのもしく考へて居たらしいのである。病が病だから、蓮太郎の方では遠慮する気味で、そんなことで迷惑を掛けたく無い、とたつしやなものゝ知らない心配は絶えず様子に表はれる。斯うなると丑松の方ではかへつて気の毒になつて、病の為に先輩を恐れるといふ心は何処へか行つて了つた。話せば話すほど、あはれみおそれに変つたのである。

 風呂場の窓の外には、石を越して流下る水の声もおもしろく聞えた。とほるばかりのわかに身体を浸し温めて、しばらく清流の響に耳をなぶらせる其楽しさ。夕暮近い日の光は窓からさし入つて、けぶる風呂場の内をもうろうとして見せた。一ぱい浴びて流しのところへ出た蓮太郎は、湯気に包まれて燃えるかのやう。丑松もあかくなつて、顔を伝ふ汗の熱さにしばらく世のわづらひを忘れた。

『先生、一つ流しませう。』と丑松はこをけかゝへて蓮太郎のうしろへ廻る。

『え、流して下さる?』と蓮太郎は嬉しさうに、『ぢやあ、願ひませうか。まあ君、ざつと遣つて呉れたまへ。』

 斯うして丑松は、日頃慕つて居る其人に近いて、どういふ風に考へ、奈何いふ風に言ひ、奈何いふ風に行ふかと、すこしでも蓮太郎の平生を見るのが楽しいといふ様子であつた。急に二人はしたしみを増したやうなこゝろもちもしたのである。

『さあ、今度は僕の番だ。』

 と蓮太郎は湯をかいだして言つた。幾度か丑松は辞退して見た。

『いえ、私は沢山です。昨日入つたばかりですから。』とた辞退した。

『昨日は昨日、今日は今日さ。』と蓮太郎は笑つて、『まあ、さう遠慮しないで、僕にも一つ流させて呉れたまへ。』

『恐れ入りましたなあ。』

『どうです、瀬川君、僕の三助もなか/\巧いものでせう――はゝゝゝゝ。』と戯れて、やがて蓮太郎はそこに在るシャボンを溶いて丑松の背中へつけて遣り乍ら、『僕がまだ長野に居る時分、丁度修学旅行が有つて、生徒と一緒に上州の方へ出掛けたことが有りましたツけ。まだ覚えて居るが、の時の投票は、僕がそれ大食家さ。しかし大食家と言はれる位に、彼の頃はたつしやでしたよ。それからの僕の生涯は、実にいろ/\なことが有ましたねえ。くまあ僕のやうな人間が斯うして今日迄生きながらへて来たやうなものさ。』

『先生、もう沢山です。』

『何だねえ、今始めたばかりぢや無いか。まだ、君、垢がちつとも落ちやしない。』

 と蓮太郎は丁寧に丑松の背中を洗つて、しまひに小桶の中の温い湯を掛けてやつた。遣ひ捨ての湯水は石鹸の泡に交つて、白くゆるく板敷の上を流れて行つた。

『君だからこんなことを御話するんだが、』と蓮太郎は思出したやうに、『僕は仲間のことを考へる度に、実に情ないといふこゝろもちを起さずには居られない。御恥しい話だが、思想の世界といふものは、未だ僕等の仲間には開けて居ないのだね。僕があの師範校を出た頃には、それを考へて、随分暗い月日を送つたことも有ましたよ。病気になつたのも、実は其結果さ。しかし病気の為に、かへつて僕は救はれた。それから君、考へてばかり居ないで、働くといふ気になつた。ホラ、君の読んで下すつたといふ「現代の思潮と下層社会」――あれを書く頃なぞは、たつしやだといふ日は一日も無い位だつた。まあ、後日新平民のなかに面白い人物でも生れて来て、あゝ猪子といふ男はこんなものを書いたかと、見て呉れるやうな時が有つたら、それでもう僕なぞは満足するんだねえ。むゝ、その踏台さ――それが僕のしやうがいでもあり、又のぞみでもあるのだから。』


       (三)


 言はう/\と思ひ乍ら、何かう引止められるやうな気がして、丑松は言はずに風呂を出た。まだ弁護士は帰らなかつた。夕飯の用意にと、蓮太郎が宿へ命じて置いたは千曲川のはや、それは上田から来る途中で買取つたとやらで、ぎよでんにこしらへさせて、一緒に初冬の河魚の味を試みたいとのこと。仕度するところと見え、すりばちを鳴らす音は台所の方から聞える。ろばたで鮠の焼ける香は、ぢり/\落ちて燃えるあぶらの煙に交つて、斯の座敷までもうまさうに通つて来た。

 蓮太郎はかばんの中から持薬を取出した。殊に湯上りの顔色は病気のやうにも見えなかつた。嗅ぐともなしに『ケレオソオト』のにほひを嗅いで見て、やがて高柳のことを言出す。

『して見ると、瀬川君はあの男と一緒に飯山を御出掛でしたね。』

『どうも不思議だとは思ひましたよ。』と丑松は笑つて、『妙にこちらけるといふやうな風でしたから。』

『そこがそれ、心にやましいところの有る証拠さ。』

『今考へても、彼のぐわいたうで身体を包んで、隠れて行くやうな有様が、目に見えるやうです。』

『はゝゝゝゝ。だから、君、悪いことは出来ないものさ。』

 と言つて、それから蓮太郎は聞いて来たいちぶしじゆうを丑松に話した。高柳が秘密に六左衛門の娘を貰つたといふ事実は、妙なところから出たとのこと。すこし調べることがあつて、信州で一番古い秋葉村の穢多町(上田の在にある)、彼処へ蓮太郎が尋ねて行くと、あの六左衛門の親戚でしかかたきのやうに仲の悪いとかいふ男から斯の話がれたとのこと。蓮太郎が弁護士と一緒に、今朝この根津村へ入つた時は、折も折、丁度高柳夫婦が新婚旅行にでも出掛けようとするところ。無論さきでは知るまいが、確にこちらでは後姿を見届けたとのことであつた。

『実に驚くぢやないか。』と蓮太郎は嘆息した。『瀬川君、君はまあどう思ふね、彼の男のこゝろもちを。これから君が飯山へ帰つて見たまへ――きつとあの男は平気な顔して結婚の披露を為るだらうから――どこか遠方の豪家からでも細君を迎へたやうにこしらへるから――そりやあもう新平民の娘だとは言ふもんぢやないから。』

 斯ういふ話を始めたところへ、下女が膳を持運んで来た。皿の上のはやは焼きたての香を放つて、すきばらで居る二人の鼻を打つ。銀色の背、かばと白との腹、そのあたらしい魚が茶色に焼け焦げて、ところまんだら味噌のく付かないのも有つた。いづれも肥えあぶらづいて、竹の串に突きさゝれてある。さすがに嗅ぎつけて来たと見え、一匹の小猫、下女のうしろに様子をうかゞふのもをかしかつた。御給仕には及ばないを言はれて、下女は小猫を連れて出て行く。

『さあ、先生、つけませう。』と丑松はめしびつを引取つて、いきの出るやつを盛り始めた。

『どうもみません。めい/\勝手にやることにしようぢや有ませんか。まあ、うして膳に向つて見ると、あの師範校の食堂を思出さずには居られないねえ。』

 と笑つて、蓮太郎は話し/\食つた。丑松もほねばなれの好いはやの肉を取つて、香ばしく焼けた味噌の香を嗅ぎ乍ら話した。

『あゝ。』と蓮太郎は箸持つ手を膝の上に載せて、『どうも当世紳士のえらいには驚いてしまふ――金といふものゝ為なら、どんなことでも忍ぶのだから。瀬川君、まあ、聞いて呉れたまへ。彼の通り高柳が体裁を飾つて居ても、実は非常に内輪の苦しいといふことは、僕も聞いて居た。借財に借財を重ね、高利貸には責められる、世間への不義理はかさむ、到底今年選挙を争ふ見込なぞは立つまいといふことは、聞いて居た。しかし君、いくら窮境に陥つたからと言つて、金をめあてに結婚する気に成るなんて――あんまり根性が見えいてあさましいぢやないか。あるひは、彼男に言はせたら、六左衛門だつて立派な公民だ、其娘を貰ふのに何の不思議が有る、親子の間柄で選挙の時なぞに助けて貰ふのはあたりまへぢやないか――斯う言ふかも知れない。それならそれでいゝさ。階級を打破してまでも、気に入つた女を貰ふ位の心意気が有るなら、又面白い。何故そんなら、こそ/\しうげんなぞを為るんだらう。何故そんなら、隠れてやつて来て、また隠れて行くやうな、男らしくない真似を為るんだらう。いやしくも君、堂々たる代議士の候補者だ。天下の政治を料理するなどと長広舌を振ひ乍ら、其人の生涯を見ればどうだらう。誰やらの言草では無いが、まるで紳士の面を冠つた小人の遣方だ――情ないぢやないか。なるほど世間には、金に成ることなら何でもやる、買手が有るなら自分の一生でも売る、ういふ量見の人はいくらも有るさ。しかし、彼男のは、売つて置いて知らん顔をして居よう、といふのだからはなはだしい。まあ、君、僕等の側に立つて考へて見て呉れたまへ――これほど新平民といふものを侮辱した話は無からう。』

 しばらく二人は言葉を交さないで食つた。軈てまた蓮太郎は感慨に堪へないと言ふ風で、病気のことなぞはもう忘れて居るかのやうに、

あのをとこも彼男なら、六左衛門も六左衛門だ。そんなところへ娘を呉れたところで何が面白からう。これから東京へでも出掛けた時に、自分の聟は政事家だと言つて、吹聴する積りなんだらうが、あまり寝覚の好い話でも無からう。虚栄心にも程が有るさ。ちつたあ娘のことも考へさうなものだがなあ。』

 斯う言つて蓮太郎は考深い目付をして、ひとり思に沈むといふ様子であつた。

 聞いて見れば聞いて見るほど、彼の政事家の内幕にも驚かれるが、又、この先輩の同族を思ふ熱情にも驚かれる。丑松は、弱いからだの内に燃える先輩の精神の烈しさを考へて、一種の悲壮なかんじを起さずには居られなかつた。実際、蓮太郎のはなしの中には丑松の心を動かす力が籠つて居たのである。もつとも、病のある人ででも無ければ、あゝは心を傷めまい、と思はれるやうな節々が時々其言葉に交つて聞えたので。


       (四)


 到頭丑松は言はうと思ふことを言はなかつた。吉田屋を出たのはよひ過ぎる頃であつたが、途々それを考へると、泣きたいと思ふ程に悲しかつた。何故、言はなかつたらう。丑松は歩き乍ら、自分で自分に尋ねて見る。おやぢの言葉も有るから――叔父もあゝ忠告したから――一旦秘密が自分の口かられた以上は、それがいつ誰の耳へ伝はらないとも限らない、先輩が細君へ話す、細君はまた女のことだから到底秘密を守つては呉れまい、ういふことに成ると、それこそもうとりかへしが付かない――第一、今の場合、自分は穢多であると考へたく無い、是迄も普通の人間で通つて来た、これからさきとても無論普通の人間で通りたい、それが至当な道理であるから――

 いろ/\いひわけを考へて見た。

 しかし、斯ういふ弁解は、いづれも後からこしらへて押付けたことで、それだから言へなかつたとは奈何しても思はれない。残念乍ら、丑松は自分で自分を欺いて居るやうに感じて来た。蓮太郎にまで隠して居るといふことは、実は丑松の良心が許さなかつたのである。

 あゝ、何を思ひ、何を煩ふ。決して他の人にうちあけるのでは無い。唯あの先輩だけに告白けるのだ。日頃自分が慕つて居る、しかも自分と同じ新平民の、其人だけに告白けるのに、危い、恐しいやうなことが何処にあらう。

『どうしても言はないのはうそだ。』

 と丑松は心にぢたり悲んだりした。

 そればかりでは無い。勇み立つ青春の意気もた丑松の心に強い刺激を与へた。たとへば、丑松は雪霜の下にえる若草である。春待つ心は有ながらも、うたがひおそれとに閉ぢられてしまつて、なかいのちのびることが出来なかつた。あゝ、雪霜が日にあたつて、溶けるといふに、何の不思議があらう。青年が敬慕の情を心ゆく先輩の前に捧げて、活きて進むといふに、何の不思議があらう。見れば見るほど、聞けば聞くほど、丑松は蓮太郎の感化をけて、精神の自由を慕はずには居られなかつたのである。言ふべし、言ふべし、それが自分の進むみちでは有るまいか。斯う若々しい生命が丑松を励ますのであつた。

『よし、明日は先生に逢つて、何もかもぶちまけて了はう。』

 と決心して、姫子沢の家をさして急いだ。

 其晩はお妻のおやぢがやつて来て、遅くまでろばたで話した。叔父は蓮太郎のことに就いて別に深く掘つて聞かうとも為なかつた。唯丑松が寝床の方へ行かうとした時、斯ういふ問を掛けた。

『丑松――おめへは今日のおきやくさんに、何にも自分のことを話しやしねえだらうなあ。』

 と言はれて、丑松は叔父の顔を眺めて、

『誰がそんなことを言ふもんですか。』

 と答へるには答へたが、それは本心から出た言葉では無いのであつた。

 寝床に入つてからも、丑松は長いこと眠られなかつた。不思議な夢は来て、めのまへを通る。其人は見納めの時の父の死顔であるかと思ふと、蓮太郎のやうでもあり、病の為にあをざめた蓮太郎の顔であるかと思ふと、お妻のやうでもあつた。あの艶をつたすゞしいひとみ、物言ふ毎にあらはれるしらは、直にあかくなる頬――その真情のそとに輝きあふれて居る女らしさを考へると、何時の間にか丑松はお志保のおもかげを描いて居たのである。もつともこのまぼろしは長く後まで残らなかつた。あけがたになるともう忘れて了つて、何の夢を見たかも覚えて居ない位であつた。



   第拾章


       (一)


 いよ/\くるしみの重荷を下す時が来た。

 丁度蓮太郎は弁護士と一緒に、上田を指して帰るといふので、丑松も同行の約束した。それは父をきずつけた種牛が上田のとぎうばへ送られる朝のこと。叔父も、丑松も其立会として出掛ける筈になつて居たので。昨夜の丑松の決心――あれを実行するにはこのうへも無い好いしほはれるのは何時のことやらおぼつかない。どうかして叔父や弁護士の聞いて居ないところで――唯先輩と二人ぎりに成つた時に――斯う考へて、丑松は叔父と一緒に出掛ける仕度をしたのであつた。

 上田街道へ出ようとする角のところで、そこに待合せて居る二人と一緒になつた。丑松は叔父を弁護士に紹介し、それから蓮太郎にも紹介した。

『先生、これが私の叔父です。』

 と言はれて、叔父は百姓らしい大な手をながら、

『丑松の奴がいろ/\御世話様に成りますさうで――さくじつはまた御出下すつたさうでしたが、あいにくと留守にいたしやして。』

 ういふ挨拶をすると、蓮太郎は丁寧にくなつた人のくやみを述べた。

 四人は早くつた。朝じめりのした街道の土を踏んで、深い霧の中をたどつて行つた時は、をちこちに鶏の鳴き交す声も聞える。其日は春先のやうにあたゝかで、路傍の枯草もいきかへるかと思はれる程。灰色の水蒸気は低く集つて来て、僅かに離れたもりこずゑも遠く深くけぶるやうに見える。四人は後になり前になり、互に言葉を取交し乍ら歩いた。わけても、弁護士の快活な笑声は朝の空気に響き渡る。思はず足も軽く道もはかどつたのである。

 東上田へ差懸つた頃、蓮太郎と丑松の二人はすこしつれおくれた。次第にみちは明くなつて、ところ/″\に青空も望まれるやうに成つた。白い光を帯び乍ら、頭の上を急いだは、朝雲の群。ゆくてにあたる村落も形をあらはして、くさぶきの屋根からは煙の立ち登るさまも見えた。霧の眺めは、今、おもしろく晴れて行くのである。

 蓮太郎は苦しい様子も見せなかつた。このいしころの多い歩き難い道をあゝしてひろつてもいゝのかしらん、と丑松はそれを案じつゞけて、時々蓮太郎を待合せては、一緒に遅く歩くやうに為たが、まあしろうとめで眺めたところでは格別いきの切れるでも無いらしい。やうやく安心して、やがて話し/\行く連の二人の後姿は、と見ると其時はおよそ一町程も離れたらう。急に日があたつて、しめつた道路も輝き初めた。やはらかこゝろよい朝の光はちひさがたの野に満ちあふれて来た。

 あゝ、うちあけるなら、今だ。

 丑松に言はせると、自分は決して一生の戒を破るのでは無い。これし世間の人に話すといふ場合ででも有つたら、それこそ今迄の苦心も水の泡であらう。唯このひとだけに告白けるのだ。親兄弟に話すも同じことだ。一向差支が無い。斯う自分で自分にいひほどいて見た。丑松も思慮の無い男では無し、あれほど堅い父の言葉を忘れてしまつて、好んで死地に陥るやうな、そんおろかな真似をる積りは無かつたのである。

『隠せ。』

 といふ厳粛な声は、其時、心の底の方で聞えた。急につめたみぶるひが全身を伝つて流れ下る。さあ、丑松もすこしためらはずには居られなかつた。『先生、先生』と口の中で呼んで、どう其を切出したものかともがいて居ると、何か目に見えない力がうしろに在つて、妙に自分の無法を押止めるやうな気がした。

『忘れるな』とまた心の底の方で。


       (二)


『瀬川君、君は恐しく考へ込んだねえ。』と蓮太郎は丑松の方を振返つて見た。『時に、大分後れましたよ。どうですか、すこし急がうぢや有ませんか。』

 斯う言はれて、丑松も其後にいて急いだ。

 間も無く二人は連に追付いた。鳥のやうに逃げ易い機会は捕まらなかつた。いづれだ先輩と二人ぎりに成る時は有るであらう、と其を丑松は頼みに思ふのである。

 日は次第に高くなつた。空は濃く青くとほるやうになつた。南のかたに当つて、ちぎれ/\な雲の群も起る。今はあたゝかい光の為にされて、野も煙り、岡も呼吸し、踏んで行く街道の土の灰色に乾くにほひこゝろもちが好い。浅々ともえそめた麦畠は、両側に連つて、どんなに春待つ心の烈しさを思はせたらう。うしてながめ/\行く間にも、四人の眼に映るゐなかが四色で有つたのはをかしかつた。弁護士は小作人と地主とのあらそひを、蓮太郎は労働者のくるしみなぐさめとを、叔父は『えご』、『やまごばう』、『てんわうぐさ』、又は『みづおもだか』等の雑草に苦しめられる耕作の経験から、とりいれに関係の深い土質の比較、さては上州地方の平野に住む農夫に比べて斯の山の上の人々のなげやりな習慣なぞを――さすがに三人の話は、生活といふことを離れなかつたが、同じ田舎を心に描いても、丑松のは若々しいかんがへから割出して、働くばかりが田舎ではないと言つたやうな風に観察する。ういふ思ひ/\の話に身が入つて、四人はつかれを忘れ乍ら上田の町へ入つた。

 上田には弁護士の出張所も設けて有る。そこには蓮太郎の細君が根津から帰る夫を待受けて居たので。蓮太郎と弁護士とは、一寸立寄つて用事をました上、また屠牛場で一緒に成るといふことにしよう、其種牛の最後をも見よう――ういふ約束で別れた。丑松は叔父と連立つてひとあし先へ出掛けた。

 屠牛場近く行けば行く程、亡くなつた牧夫のことが烈しく二人の胸に浮んで来た。二人の話は其おもひでで持切つた。他人が居なければ遠慮もらず、今は何を話さうとすきじいうである。

『なあ、丑松。』と叔父は歩き乍ら嘆息して、『へえ、もう今日で六日目だぞよ。兄貴が亡くなる、おめへがやつて来る。おじやんぼんを出す、御苦労招びから、礼廻りと、丁度今日で六日目だ。あゝ、明日はもう初七日だ。日数の早くつにはたまげて了ふ。兄貴に別れたのは、つい未だ昨日のやうにしか思はれねえがなあ。』

 丑松は黙つて考へ乍ら随いて行つた。叔父は言葉を継いで、

ほんたうに世の中は思ふやうに行かねえものさ。兄貴も、是から楽をしようといふところで、あんな災難に罹るなんて。まあ、金をのこすぢや無し、名を遺すぢや無し、一生苦労を為つゞけて、其苦労が誰の為かと言へば――つまり、お前や俺の為だ。俺も若え時は、く兄貴と喧嘩して、なぐられたり、泣かせられたりしたものだが、今となつて考へて見ると、親兄弟程ありがたいものは無えぞよ。たとひ世界中の人が見放しても、親兄弟は捨てねえからなあ。兄貴を忘れちやならねえと言ふのは――其処だはサ。』

 しばらく二人は無言で歩いた。

『忘れるなよ。』と叔父は復た初めた。『どのくれえまあ兄貴もお前の為に心配して居たものだか。ある時、俺に、「丑松も今が一番危え時だ。斯うして山の中で考へたと、世間へ出て見たとは違ふから、そこを俺が思つてやる。なか/\他人の中へ突出されて、うちかぶとみすかされねえやうにやりとげるのは容易ぢやねえ。どうかしてうまくつて呉れゝばいゝが――下手に学問なぞをして、つまらねえかんがへを起さなければいゝが――まあ、三十に成つて見ねえ内は、安心が出来ねえ。」と斯ういふから、「なあに、大丈夫――丑松のことなら俺が保証する。」と言つてやつたよ。すると、兄貴は首を振つて、「どうもいかねえもので、親の悪いところばかり子に伝はる。丑松も用心深いのはいゝが、然し又、あんまり用心深過ぎて反つて疑はれるやうな事が出来やすまいか。」としきりに其を言ふ。其時俺が、「さう心配した日にはきりが無え。」と笑つたことサ。はゝゝゝゝ。』と思出したやうに慾の無い声で笑つて、軈て気を変へて、『しかし、能くまあ、お前も是迄に漕付けて来た。最早大丈夫だ。全くお前には其丈の徳がそなはつて居るのだ。なにしろ用心するに越したことはねえぞよ。どんな先生だらうが、同じ身分の人だらうが、決して気は許せねえ――そりやあ、もう、他人と親兄弟とは違ふからなあ。あゝ、兄貴の生きてる時分には、牧場から下つて来る、俺や婆さんの顔を見る、直にお前のうはさだつた。もう兄貴は居ねえ。是からは俺と婆さんと二人ぎりで、お前の噂をして楽むんだ。考へて見て呉れよ、俺も子は無しサ――お前より外に便りにするものは無えのだから。』


       (三)


 例の種牛は朝のうちにとぎうばへ送られた。種牛の持主は早くから詰掛けて、叔父と丑松とを待受けて居た。二人は、空車引いてけて行く肉屋のでつちの後に随いて、軈て屠牛場の前迄行くと、門の外に持主、づ見るより、く来て呉れたを言ひつゞける。心から老牧夫の最後をいたむといふじやうあひは、斯持主の顔色に表れるのであつた。『いえ。』と叔父は対手の言葉をさへぎつて、『全くこちらてぬかりから起つた事なんで、あんたうらみる筋はちつともごはせん。』とそれを言へば、さきなほ/\痛み入る様子。『私はへえ、面目なくて、うしてあんたがたに合せる顔も無いのでやす――まあ畜生のたことだからせえて(せえては、してのなまり、農夫の間に用ゐられる)、御災難と思つてあきらめて下さるやうに。』とかへす/″\言ふ。こゝは上田の町はづれ、太郎山の麓に迫つて、新しく建てられた五棟ばかりの平屋。鋭い目付の犬は五六匹門外に集つて来て、しきりに二人のにほひを嗅いで見たり、低声にうなつたりして、やゝともすればえ懸りさうなけはひを示すのであつた。

 持主に導かれて、二人は黒い門を入つた。内に庭をへだてゝ、北は検査室、東が屠殺の小屋である。年の頃五十余のでつぷり肥つた男が人々の指図をして居たが、其老練な、あいけうのある物の言振で、としゆかしらといふことは知れた。屠手として是処につかはれて居るわかものは十人ばかり、いづれまがひの無い新平民――殊にいやしい手合と見えて、特色のある皮膚の色があり/\と目につく。一人々々の赤ら顔には、やきがねが押当てゝあると言つてもよい。中には下層の新平民にくある愚鈍な目付をしながこちらを振返るもあり、中にはいぢけた、おづ/\とした様子して盗むやうに客を眺めるもある。めざとい叔父は直にそれて取つて、一寸右のひぢで丑松をこづいて見た。奈何して丑松も平気で居られよう。叔父の肘がさはるか触らないに、其暗号はエレキのやうに通じた。幸ひ案じた程でも無いらしいので、やつと安心して、それから二人は他のはなしの仲間に入つた。

 繋留場には、種牛の外に、二頭の牡牛もつないであつて、丁度死刑を宣告された罪人がひとやの内におしこめられたと同じやうに、一刻々々と近いて行くいのちの終をまちのぞんで居た。丑松は今、叔父や持主と一緒に、この繋留場のさくの前に立つたのである。持主の言草ではないが、『畜生の為たこと』と思へば、別に腹が立つの何のといふそんこゝろもちには成らないかはりに、いたましい父の最後、牧場の草の上に流れた血潮――堪へがたいおもひでの情は丑松の胸に浮んで来たのである。見れば他のは佐渡牛といふ種類で、一頭は黒く、一頭は赤く、人間の食慾を満すより外にはもう生きながらへるねうちも無い程にせて、其みすぼらしさ。それに比べると、種牛は体格も大きく、骨組もたくましく、黒毛艶々として美しい雑種。持主は柵の横木を隔てゝ、其鼻面を撫でゝ見たり、のどの下をさすつてやつたりして、

『わりや(なんぢは)飛んでもねえことを為て呉れたなあ。何も俺だつて、好んでこんな処へ貴様を引張つて来た訳ぢやねえ――是といふのもじごふじとくだ――さう思つてあきらめろよ。』

 吾児に因果でも言含めるやうにかきくどいて、今更わかれを惜むといふ様子。

『それ、こゝに居なさるのが瀬川さんのむすこさんだ。おわびをしな。御詑をしな。われ(汝)のやうな畜生だつて、万更たましひの無えものでも有るめえ。まあ俺の言ふことを好く覚えて置いて、次のにはもつと気の利いたものに生れ変つて来い。』

 う言ひ聞かせて、やがて持主は牛の来歴を二人に語つた。現に今、多くを飼養して居るが、これまさちすぢのものは一頭も無い。父牛はアメリカ産、母牛はしか/″\、悪い癖さへ無くばにしのいり牧場の名牛とも唄はれたであらうに、と言出して嘆息した。持主は又つけたして、この種牛の肉のうりしろを分けて、亡くなつた牧夫の追善に供へたいから、せめて其で仏の心を慰めて呉れといふことを話した。

 其時獣医が入つて来て、鳥打帽を冠つた儘、人々に挨拶する。つゞいて、牛肉屋の亭主も入つて来たは、つぶされた後の肉を買取る為であらう。間も無く蓮太郎、弁護士の二人も、叔父や丑松と一緒になつて、庭に立つて眺めたり話したりした。

『むゝ、あれが御話のあつた種牛ですね。』と蓮太郎は小声で言つた。人々は用意に取掛かると見え、いづれも白のうはつぱり、冷飯草履は脱いで素足に尻端折。笑ふ声、さゝやく声は、犬の鳴声に交つて、何となく構内は混雑して来たのである。

 いよ/\種牛は引出されることになつた。一同の視線は皆な其方へ集つた。今迄沈まりかへつて居た二頭の佐渡牛は、急に騒ぎ初めて、頻と頭を左右に振動かす。一人の屠手は赤い方の鼻面をしつかおさへて、声をどうと音して牛の身体が板敷の上へ横に成つたは、足と足とが引締められたからである。持主はばうぜんとして立つた。丑松も考深い目付をして眺め沈んで居た。やがて、種牛のみけんを目懸けて、一人の屠手がをの(一方に長さ四五寸のくだがあつて、致命傷を与へるのはこの管である)をふりかざしたかと思ふと、もう其が是畜生の最後。かすかうめきを残して置いて、直に息を引取つて了つた――一撃で種牛は倒されたのである。


       (四)


 日の光はの小屋の内へ射入つて、死んで其処に倒れた種牛と、いそがしさうに立働く人々の白いうはつぱりとを照した。屠手の頭は鋭い出刃庖丁を振つて、先づ牛ののどく。尾をくものは直に尾を捨て、細引を持つものは細引を捨てゝ、いづれも牛の上に登つた。多勢のわかものが力に任せ、所嫌はず踏付けるので、血潮は割かれた咽喉を通してあかく板敷の上へ流れた。咽喉から腹、腹から足、と次第に黒い毛皮がはぎとられる。膏と血とのにほひは斯の屠牛場に満ちあふれて来た。

 他の二頭の佐渡牛が小屋の内へ引入れられて、ち殺されたのは間も無くであつた。斯のいたましいありさまを見るにつけても、丑松の胸に浮ぶは亡くなつた父のことで。丑松は考深い目付をしながら、父の死をおもひつゞけて居ると、軈て種牛の毛皮もすつかり剥取られ、角も撃ち落され、脂肪に包まれたなかみからは湯気のやうな息のむしのぼるさまも見えた。屠手の頭は手も庖丁も紅く血潮にまみれ乍ら、あちこちと小屋の内を廻つてさしづする。そこにはたけばうきで牛のあぶらを掃いて居るものがあり、こゝには砥石を出して出刃を磨いで居るものもあつた。赤い佐渡牛は引割と言つて、こしぼねを左右に切開かれ、其骨と骨との間へ横木を入れられて、さかさまに高く釣るし上げられることになつた。

『そら、巻くぜ。』と一人の屠手は天井にあるくるまを見上げ乍ら言つた。

 見る/\小屋のまんなかには、おほきな牡牛のからだが釣るされて懸つた。叔父も、蓮太郎も、弁護士も、互に顔を見合せて居た。一人の屠手はのこぎりを取出した、あばらを二つに引割り始めたのである。

 ゑかうするやうな持主の目は種牛から離れなかつた。種牛はもう足さへも切離された。牧場の草踏散らしたふたまたつめも、今は小屋から土間の方へはふりだされた。灰紫色の膜におほはれた臓腑は、丁度斯う大風呂敷の包のやうに、べろ/\したまゝで其処に置いてある。三人の屠手は互に庖丁を入れて、骨に添ふて肉を切開くのであつた。

 烈しいおもひでは、復た/\丑松の胸中を往来し始めた。『忘れるな』――あゝ、その熱い臨終の呼吸は、どんなに深い響となつて、生残る丑松の骨のずゐまでもしみとほるだらう。其を考へる度に、亡くなつた父が丑松の胸中にいきかへるのである。急に其時、心の底の方で声がして、丑松を呼びいましめるやうに聞えた。『丑松、貴様は親を捨てる気か。』と其声は自分を責めるやうに聞えた。

『貴様は親を捨てる気か。』

 と丑松は自分で自分に繰返して見た。

 なるほど、自分は変つた。成程、一にも二にも父の言葉に服従して、それを器械的にじゆんぽうするやうな、そんこどもでは無くなつて来た。成程、自分の胸の底は父ばかり住む世界では無くなつて来た。成程、父の厳しい性格を考へる度に、自分は反つてあべこべな方へぬけだして行つて、自由自在に泣いたり笑つたりしたいやうな、そんかんがへを持つやうに成つた。あゝ、世の無情をいきどほる先輩のこゝろもちと、世に随へと教へる父の心地と――その二人の相違はどんなであらう。斯う考へて、丑松は自分の行くみちに迷つたのである。

 気がついて我に帰つた時は、蓮太郎が自分の傍に立つて居た。いつの間にか巡査も入つて来て、獣医と一緒に成つて眺めて居た。見れば種牛はもゝから胴へかけて四つのかたまりたちきられるところ。右の前足の股の肉は、既に天井からたれさがる細引に釣るされて、海綿を持つた一人の屠手が頻と其血を拭ふのであつた。斯うしておほきな種牛のからだは実に無造作にほふられてしまつたのである。屠手の頭が印判を取出して、それぞれの肉の上へ押して居るかと見るうちに、一方では引取りに来た牛肉屋のでつちアンペラ敷いた箱を車の上に載せて、威勢よく小屋の内へがら/\と引きこんだ。

『十二貫五百。』

 といふ声は小屋の隅の方に起つた。

『十一貫七百。』

 とまた。

 ほふられた種牛の肉は、今、大きなはかりに懸けられるのである、屠手の一人が目方を読み上げる度に、牛肉屋の亭主は鉛筆をめて、其を手帳へ書留めた。

 やがて其日の立会も済み、持主にも別れを告げ、人々と一緒に斯の屠牛場から引取らうとした時、もう一度丑松は小屋の方を振返つて見た。屠手のあるものは残物の臓腑を取片付ける、あるものはてをけに足を突込んで牛の血潮を洗ひ落す、種牛の片股はだ釣るされた儘で、黄なあぶらと白い脂肪とが日の光を帯びて居た。其時は最早あのいたましいおもひでの断片といふかんじも起らなかつた。唯大きな牛肉の塊としか見えなかつた。



   第拾壱章


       (一)


づ好かつた。』と叔父は屠牛場の門を出た時、丑松の肩をたゝいて言つた。『先づまあ、これで御関所は通り越した。』

『あゝ、叔父さんは声が高い。』と制するやうにして、丑松は何か思出したやうに、先へ行く蓮太郎と弁護士との後姿をながめた。

『声が高い?』叔父は笑ひ乍ら、『ふゝ、俺のやうなしやがれごゑが誰に聞えるものかよ。それはさうと、丑松、へえもう是で安心だ。こゝまでこぎつければ、最早大丈夫だ。どのくれえ、まあ、俺も心配したらう。あゝ今夜からは三人であんきに寝られる。』

 牛肉を満載した車は二人の傍を通過ぎた。枯々なくはばたけの間には、其車の音がから/\と響き渡つて、いて行く犬の叫び声も何となく喜ばしさうに聞える。心の好い叔父は唯訳も無く身を祝つて、顔のうすあばたよろこびの為に埋もれるかのやう。どういふかんがへが来て今の世の若いものゝ胸を騒がせて居るか、そんなことはとんと叔父には解らなかつた。昔者の叔父は、の天気の好いやうに、唯一族が無事でさへあれば好かつた。やがて、考深い目付を為て居る丑松をうながして、昼仕度を為るために急いだのである。

 ちうじきの後、丑松は叔父と別れて、ひとりで弁護士の出張所を訪ねた。そこには蓮太郎が細君と一緒に、丑松の来るのを待受けて居たので。もつとも、一同で楽しいはなしをするのは三時間しか無かつた。聞いて見ると細君は東京の家へ、蓮太郎と弁護士とは小諸のやどやまで、其日四時三分の汽車で上田を発つといふ。細君は深く夫の身の上を案じるかして、一緒に東京の方へ帰つて呉れと言出したが、蓮太郎は聞入れなかつた。もと/\友人や後進のものを先にして、家のものを後にするのが蓮太郎の主義で、今度信州に踏留まるといふのも、つまりは弁護士の為に尽したいから。其は細君も万々承知。夫の気象として、さういふのは無理もない。しかし斯の山の上で、夫の病気が重りでもしたら。斯ういふ心配は深く細君の顔色に表はれる。『おくさんそんなに御心配無く――猪子君は私が御預りしましたから。』と弁護士が引受顔なので、細君も強ひてとは言へなかつた。

 先輩がなつかしければ其細君までも可懐しい。斯う思ふ丑松の情は一層深くなつた。始めて汽車の中でであつた時からして、何となく人格のおくゆかしい細君とは思つたが、さて打解けて話して見ると、別に御世辞が有るでも無く、さうかと言つていやに澄まして居るといふ風でも無い――まあ、さつぱりとした、物にこうでいしない気象の女と知れた。なりふりなぞにはかまはない人で、これから汽車に乗るといふのに、それほど身のまはりをとりつくろふでも無い。男の見て居る前で、僅かに髪をで付けて、旅の手荷物もそこ/\にとりまとめた。あの『懴悔録』の中にこのひとのことが書いてあつたのを、急に丑松は思出して、かくも普通の良い家庭に育つた人が種族の違ふ先輩にかたづまでの其二人の歴史を想像して見た。

 汽車を待つ二三時間はすぐつた。さうかうするうちに、ステーションさして出掛ける時が来た。さすが弁護士はせはしい商売柄、一緒に門を出ようとるところを客に捕つて、立つて時計を見乍らの訴訟話。蓮太郎は細君を連れてひとあし先へ出掛けた。『あゝ何時復た先生に御目に懸れるやら。』斯うひとりごとのやうに言つて、丑松も見送り乍ら随いて行つた。せめてもの心尽し、手荷物のかばんは提げさせて貰ふ。そんなことが丑松の身に取つては、うれしくも、なごりをしくも思はれたので。

 初冬の光は町の空に満ちて、三人ともまぶしい位であつた。上田の城跡について、人通りのすくない坂道を下りかけた時、丑松は先輩と細君とが斯ういふはなしを為るのを聞いた。

『大丈夫だよ、さうお前のやうに心配しないでも。』と蓮太郎は叱るやうに。

『その大丈夫が大丈夫で無いから困る。』と細君は歩き乍ら嘆息した。『だつて、貴方はちつとも身体を関はないんですもの。私が随いて居なければ、どんな無理を成さるか知れないんですもの。それに、斯の山の上の陽気――まあ、私は考へて見たばかりでもおそろしい。』

『そりやあ海岸に居るやうな訳にはいかないさ。』と蓮太郎は笑つて、『しかし、今年はあたゝかい。信州でこんなことは珍しい。斯の位の空気を吸ふのは平気なものだ。御覧な、其証拠には、信州へ来てから風邪一つ引かないぢやないか。』

『でせう。大変におなんなすつたでせう。ですからなほ/\大切にして下さいと言ふんです。せつかく快く成りかけて、ぶりかへしでもしたら――』

『ふゝ、さう大事を取つて居た日にや、しごとも何も出来やしない。』

『事業? たつしやに成ればいくらでも事業は出来ますわ。あゝ、一緒に東京へ帰つて下されば好いんですのに。』

『解らないねえ。そんなことを言つてる。奈何してまあ女といふものはさう解らないだらう。どれほど私が市村さんの御世話に成つて居るか、お前だつてそれくらゐのことは考へさうなものぢやないか。其人の前で、私に帰れなんて――すこしかんがへの有るものなら、あんなことの言へた義理ぢや無からう。あゝいふことを言出されると、折角こつちで思つたことも無に成つて了ふ。それに今度は、すこし自分で研究したいことも有る。今胸に浮んで居るかんがへまとめて書かうといふには、是非とも自分で斯の山の上を歩いて、田園生活といふものを観察しなくちやならない。それには実にもつて来いといふ機会だ。』と言つて、蓮太郎はすこし気を変へて、『あゝ好い天気だ。全くこはるびよりだ。今度の旅行は余程面白からう――まあ、お前もうちへ行つて待つて居て呉れ、信州土産はしつかり持つて帰るから。』

 二人はしばらく無言で歩いた。丑松は右の手の鞄を左へ持ち変へて、黙つて後から随いて行つた。やがて高い白壁造りの倉庫のあるところへ出て来た。

『あゝ。』と細君はしをれ乍ら、『なぜ私が帰つて下さいなんて言出したか、其訳を未だ貴方に話さないんですから。』

『ホウ、何か訳が有るのかい。』と蓮太郎は聞咎める。

ほかでも無いんですけれど。』と細君は思出したやうに震へて、『どうもねえ、昨夜の夢見が悪くて――斯う恐しく胸騒ぎがして――一晩中私は眠られませんでしたよ。何だか私は貴方のことが心配でならない。だつて、あんな夢を見る筈が無いんですもの。だつて、其夢がたゞの夢では無いんですもの。』

『つまらないことを言ふなあ。それで一緒に東京へ帰れと言ふのか。はゝゝゝゝ。』と蓮太郎は快活らしく笑つた。

さう貴方のやうに言つたものでも有ませんよ。さきの事を夢に見るといふ話はく有ますよ。どうも私は気に成つて仕様が無い。』

『ちよツ、夢なんぞがあてに成るものぢや無し――』

『しかし――きたいなことが有れば有るものだ。まあ、貴方の死んだ夢を見るなんて。』

『へん、ごへいかつぎめ。』


       (二)


 不思議な問答をするとは思つたが、丑松は其を聞いて、格別気にも懸けなかつた。あれほどさつぱりとして、さばけた気象の細君で有ながら、そんなことを気にるとは。まあ、あの夢といふ奴はこどもの世界のやうなもので、時と場所の差別も無く、実に途方も無いことをめのまへに浮べて見せる。先輩の死――どうしてそんな馬鹿らしいことが細君の夢に入つたものであらう。しかし其を気にするところが女だ。と斯う感じ易い異性のこゝろを考へて、いつそをかしくも思はれた位。『女といふものは、多くあゝしたものだ。』と自分で自分に言つて見た時は、思はず彼の迷信深い蓮華寺の奥様を、それからあのお志保を思出すのであつた。

 橋を渡つて、ステーション近くへ出た。細君はすこし後に成つた。丑松は左の手に持ち変へた鞄をまた/\右の手に移して、蓮太郎とわかれの言葉を交し乍ら歩いた。

『そんなら先生は――』と丑松は名残惜しさうに聞いて見る。『いつ頃まで信州に居らつしやる御積りなんですか。』

『僕ですか。』と蓮太郎はほゝゑんで答へた。『さうですなあ――すくなくとも市村君の選挙が済むまで。実はね、家内もあゝ言ひますし、一旦は東京へ帰らうかとも思ひましたよ。ナニ、これが普通の選挙の場合なら、黙つて帰りますサ。どうせ僕なぞが居たところで、大した応援も出来ませんからねえ。まあ市村君の身になつて考へて見ると、先生は先生だけの覚悟があつて、候補者として立つのですから、誰を政敵にするのも其味は一つです。はゝゝゝゝ。しかし、市村君が勝つか、あの高柳利三郎が勝つか、といふことは、僕等の側から考へると、一寸普通の場合とは違ふかとも思はれる――』

 丑松は黙つて随いて行つた。蓮太郎は何か思出したやうに、後から来る細君の方を振返つて見て、やがてた歩き初める。

『だつて、君、考へて見て呉れたまへ。あの高柳のやりかたを考へて見て呉れたまへ。あゝ、いくらわれ/\が無智ないやしいものだからと言つて、ふみつけられるにも程が有る。どうしてもあんな男に勝たせたくない。どうかして市村君のものに為て遣りたい。高柳の話なぞを聞かなければ格別、聞いて、知つて、黙つて帰るといふことは、新平民として余りいくぢが無さ過ぎるからねえ。』

『では、先生はどうなさる御積りなんですか。』

『奈何するとは?』

『黙つて帰ることが出来ないとおつしやると――』

『ナニ、君、僅かに打撃を加へるまでのことさ。はゝゝゝゝ。なにしろさきには六左衛門といふ金主が附いたのだから、いづれ買収も為るだらうし、壮士的な運動もるだらう。そこへ行くと、こつちわらぢ一足、舌一枚――おもしろい、おもしろい、敵はたゞ金の力より外に頼りに為るものが無いのだからおもしろい。はゝゝゝゝ。はゝゝゝゝ。』

『しかし、うまく行つて呉れると好いですがなあ――』

『はゝゝゝゝ。はゝゝゝゝ。』

 ういふはなしをして行くうちに、二人は上田ステーションに着いた。

 上野行の上り汽車がこゝを通る迄には未だすこし間が有つた。多くの旅客は既に斯の待合室に満ちあふれて居た。細君も直に一緒になつて、三人して弁護士を待受けた。蓮太郎は巻煙草を取出して、丑松に勧め、自分もまた火をけて、其をふかし/\何を言出すかと思ふと、『いや、信州といふところは余程面白いところさ。われ/\のやうなものをこんなに待遇するところは他の国には無いね。』と言ひさして、丑松の顔をながめ、細君の顔を眺め、それからたびびとの群をも眺め廻し乍ら、『ねえ瀬川君、僕も御承知の通りな人間でせう。他の場合とは違つて選挙ですから、実は僕なぞの出る幕では無いと思つたのです。万一、選挙人の感情を害するやうなことが有つては、かへつてやぶへびだ。さう思ふから、まあ演説は見合せにする考へだつたのです。ところが信州といふところは変つた国柄で、僕のやうなものに是非はなしをして呉れなんて――はあ、今夜は小諸で、市村君と一緒に演説会へ出ることに。』と言つて、思出したやうに笑つて、『この上田で僕等が談話をした時には七百人から集りました。その聴衆が実に真面目に好く聞いて呉れましたよ。長野に居た新聞記者の言草では無いが、「信州ほど演説の稽古をするに好い処はない、」――全く其通りです。智識の慾に富んで居るのは、斯の山国の人の特色でせうね。これが他の国であつて見たまへ、まあ僕等のやうなものを相手にして呉れる人はありやしません。それが信州へ来れば「先生」ですからねえ。はゝゝゝゝ。』

 細君は苦笑ひをしながら聞いて居た。

 軈て、切符を売出した。人々はぞろ/\動き出した。丁度そこへ弁護士、肥大なからだゆすり乍ら、満面にゑみを含んで馳け付けて、挨拶する間も無く蓮太郎夫婦と一緒にらちの内へと急いだ。丑松も、入場切符を握つて、随いて入つた。

 四番の上りは二十分も後れたので、それを待つ旅客は『プラットホオム』の上にむらがつた。細君は大時計の下に腰掛けてばうぜんと眺め沈んで居る、弁護士は人々の間をあちこちと歩いて居る、丑松は蓮太郎の傍を離れないで、斯うして別れる最後の時までも自分の真情を通じたいが胸中に満ち/\て居た。どうかすると、丑松は自分の日和下駄の歯で、乾いた土の上に何かき初める。蓮太郎は柱によりかゝり乍ら、何の文字ともしるしとも解らないやうなものが土の上に画かれるのを眺め入つて居た。

『大分汽車は後れましたね。』

 といふ蓮太郎の言葉に気がついて、丑松は下駄の歯のあとを掻消してしまつた。すこし離れてありさまを眺めて居た中学生もあつたが、やがてわきを向いて意味も無く笑ふのであつた。

『あ、ちよと、瀬川君、飯山のおところを伺つて置きませう。』斯う蓮太郎は尋ねた。

『飯山はあたごまちの蓮華寺といふところへ引越しました。』と丑松は答へる。

『蓮華寺?』

『下水内郡飯山町蓮華寺方――それで分ります。』

『むゝ、さうですか。それから、これはまあこれぎりの御話ですが――』と蓮太郎はほゝゑんで、『ひよつとすると、僕も君の方まで出掛けて行くかも知れません。』

『飯山へ?』丑松の目は急に輝いた。

『はあ――もつとも、佐久小県の地方を廻つて、一旦長野へ引揚げて、それからのことですから、まだどうなるか解りませんがね、し飯山へ出掛けるやうでしたら是非おたづねしませう。』

 其時、汽笛の音が起つた。見れば直江津の方角から、長い列車がくろけぶりを揚げて進んで来た。顔もきものあかじみ汚れた駅夫の群は忙しさうに駈けて歩く。やがて駅長もあらはれた。汽車はもう人々の前に停つた。多くの乗客はいづれも窓によりかゝつて眺める。細君も、弁護士も、丑松にわかれを告げてあわたゞしく乗込んだ。

『それぢや、君、失敬します。』

 といふ言葉を残して置いて、蓮太郎も同じ室へ入る、直に駅夫が飛んで来てぴしやんと其戸を閉めて行つた。丑松の側に居た駅長が高く右の手を差上げて、相図の笛を吹鳴らしたかと思ふと、汽車はもう線路を滑り初めた。細君は窓から顔を差出して、もう一度丑松に挨拶したが、たゞさへ悪い其色艶が忘れることの出来ないほどあをかつた。見る見る乗客の姿は動揺して、甲から乙へと影のやうに通過ぎる。丑松は喪心した人のやうになつて、長いこと同じところにゑたやうに立つた。あゝ、先輩は行つて了つた、と思ひ浮べた頃は、もう汽車の形すら見えなかつたのである。後に残る白い雲のやうな煙の群、その一団一団のあつまりが低く地の上にふかと見て居ると、急に風に乱れて、散り/″\になつて、しまひに初冬の空へ掻消すやうに失くなつて了つた。


       (三)


 なぜ人の真情は斯う思ふやうに言ひ表すことの出来ないものであらう。其日といふ其日こそは、あの先輩に言ひたい/\と思つて、一度となく二度となく自分で自分を励まして見たが、とう/\言はずに別れてしまつた。どんなに丑松は胸の中に戦ふ深いおそれくるしみとを感じたらう。どんなに丑松は寂しい思をいだながら、もと来た道を根津村の方へと帰つて行つたらう。

 初七日も無事に過ぎた。墓参りもし、法事も済み、わざとの振舞は叔母が手料理のしやうじんらちあけて、さてやうやつかれが出た頃は、叔父も叔母も安心の胸を撫下した。独りこゝろたゝかひを続けたのは丑松で、蓮太郎が残して行つた新しい刺激は書いたものを読むにもまさあうなうを与へたのである。時として丑松は、自分の一生のことを考へる積りで、ちひさがたの傾斜をさまよつて見た。根津の丘、姫子沢の谷、鳥がたんぼわきなぞに霜枯れた雑草をみ乍ら、十一月上旬の野辺に満ちた光を眺めてたゝずんだ時は、今更のやうに胸を流れる活きた血潮の若々しさを感ずる。たしかに、自分には力がある。う丑松は考へるのであつた。しかし其力はなかへ/\ととぢふさがつて了つて、いて出て行く道が解らない。丑松はたゞ同じことを同じやうに繰返し乍ら、山の上を歩き廻つた。あゝ、自然は慰めて呉れ、励ましては呉れる。しかし右へ行けとも、左へ行けとも、そこまでは人に教へなかつた。丑松が尋ねるやうな問には、野も、丘も、谷も答へなかつたのである。

 ある日の午後、丑松は二通の手紙を受取つた。二通ともに飯山から。一通は友人の銀之助。例の筆まめ、相変らず長々しく、丁度はなしをするやうな調子で、さま/″\なぐさめを書き籠め、さて飯山の消息には、校長のうはさやら、文平の悪口やら、『僕も不幸にして郡視学を叔父に持たなかつた』とかなんとか言ひたい放題なことを書き散らし、普通教育者の身をうらのゝしり、到底今日の教育界は心ある青年の踏み留まるべきところでは無いと奮慨してよこした。長野の師範校に居る博物科の講師の周旋で、いよ/\農科大学の助手として行くことに確定したから、いづれ遠からず植物研究に身をゆだねることが出来るであらう――まあ、喜んで呉れ、といふ意味を書いてよこした。

 功名を慕ふ情熱は、斯の友人の手紙を見ると同時に、烈しく丑松の心を刺激した。一体、丑松が師範校へ入学したのは、多くの他の学友と同じやうに、衣食のみちを得る為で――それは小学教師を志願するやうなものは、誰しも似た境遇に居るのであるから――とはいふものゝ、丑松も無論今の位置に満足しては居なかつた。しかし、銀之助のやうな場合は特別として、高等師範へでも行くより外に、小学教師の進んで出る途は無い。さも無ければ、長い/\十年の奉公。其義務年限の間、束縛されて働いて居なければならない。だから丑松も高等師範へ――といふことは卒業の当時考へないでも無い。志願さへすれば最早とつくに選抜されて居たらう。そこがそれ穢多の悲しさには、妙にそちらの方には気が進まなかつたのである。丑松に言はせると、たとへ高等師範を卒業して、中学か師範校かの教員に成つたとしたところで、もしも蓮太郎のやうな目に逢つたらどうする。どこまで行つても安心が出来ない。それよりは飯山あたりのゐなかに隠れて、じつと辛抱して、義務年限の終りを待たう。其間に勉強して他の方面へ出る下地を作らう。素性が素性なら、友達なんぞに置いて行かれる積りは毛頭無いのだ。斯う嘆息して、丑松は深く銀之助の身の上を羨んだ。

 他の一通は高等四年生総代としてある。それは省吾の書いたもので、手紙の文句も覚束なく、作文の時間に教へた通りをそつくり其儘の見舞状、『根津にて、瀬川先生――風間省吾より』としてあつた。『なほ/\』とちひさく隅の方に、『蓮華寺の姉よりもよろしく』としてあつた。

『姉よりも宜敷。』

 と繰返して、丑松は言ふに言はれぬなつかしさを感じた。やがてお志保のことを考へる為に、裏の方へ出掛けた。


       (四)


 おもひでの林檎畠――昔若木であつたのも今は太い幹となつて、中には僅かにいのちを保つて居るやうな虫ばみ朽ちたのもある。見れば木立も枯れ/″\、細く長く垂れ下る枝と枝とは左右に込合つて、思ひ/\に延びて、いかにも初冬のおもむきあらはして居た。そのらゝとした幹の根元から、芽も籠る枝のわかれ、まだところ/″\に青み残つた力なげの霜葉まで、日につれて地に映る果樹の姿は丑松のあしもとにあつた。そここゝの樹の下にをすめすの鶏、土を浴びてじつとしてはひつくばつて居るのは、大方羽虫を振ふ為であらう。丁度この林檎畠を隔てゝ、向ふにくさぶきの屋根も見える――あゝ、お妻のさとだ。く遊びに行つたうちだ。薄煙青々と其土壁をれて立登るのは、何となく人懐しい思をさせるのであつた。

『姉よりもよろしく。』

 とまた繰返して、丑松は樹と樹の間をあちこちと歩いて見た。

 楽しいかんがへは来て、いつの間にか、丑松の胸の中に宿つたのである。昔、昔、少年の丑松があのをさななじみのお妻と一緒に遊んだのはこゝだ。互に人目をぢらつて、輝く若葉の蔭に隠れたのは爰だ。互に初恋のさゝやきを取交したのは爰だ。互に無邪気な情の為に燃え乍ら、唯もう夢中でさまよつたのは爰だ。

 ういふ風に、過去つたことを思ひ浮べて居ると、お妻からお志保、お志保からお妻と、二人のおもかげつたり来たりする。別にあの二人は似て居るでも無い。としも違ふ、性質も違ふ、かほかたちも違ふ。お妻を姉とも言へないし、お志保を妹とも思はれない。しかし一方のことを思出すと、きつと又た一方のことをも考へて居るのは不思議で――

 あゝ、穢多のなげきといふことさへ無くば、これほど深く人懐しい思も起らなかつたであらう。是程深く若いいのちを惜むといふ気にも成らなかつたであらう。是程深く人の世のたのしみを慕ひあこがれて、多くの青年が感ずることを二倍にも三倍にもして感ずるやうな、そんな切なさは知らなかつたであらう。あやしい運命にさまたげられゝば妨げられる程、余計に丑松の胸はあふれるやうに感ぜられた。さうだ――あのお妻は自分の素性を知らなかつたからこそ、昔一緒にこの林檎畠をさまよつて、蜜のやうな言葉を取交しもしたのである。誰がいやしい穢多の子と知つて、其くちびるで笑つて見せるものが有らう。もしも自分のことが世に知れたら――斯ういふことは考へて見たばかりでも、実に悲しい、腹立たしい。懐しさは苦しさに交つて、丑松の心を掻乱すやうにした。

 思ひふけつて樹の下を歩いて居ると、急に鶏の声が起つて、しんかんとした畠の空気に響き渡つた。

『姉よりもよろしく。』

 ともう一度繰返して、それから丑松はの場処を出て行つた。

 其晩はお志保のことを考へ乍ら寝た。一度有つたことは二度有るもの。あくる晩も其又次の晩も、寝る前には必ず枕の上でお志保を思出すやうになつた。尤も朝になれば、そんなことは忘れ勝ちで、『どうして働かう、奈何して生活しよう――自分は是からさき奈何したら好からう』がにち/\心を悩ますのである。父のきぶくは半ば斯ういふ煩悶のうちに過したので、さていよ/\『奈何する』となつた時は、別に是ぞと言つて新しいみちの開けるでも無かつた。四五日の間、丑松はうんと考へた積りであつた。しかし、後になつて見ると、唯もうぼんやりするやうなことばかり。つまり飯山へ帰つて、今迄通りの生活を続けるよりほかに方法も無かつたのである。あゝ、年は若し、経験は少し、身は貧しく、義務年限には縛られて居る――丑松は暗い前途を思ひやつて、やたらに激昂したりふるへたりした。



   第拾弐章


       (一)


 ふたなぬかむ、直に丑松は姫子沢をつことにした。やれ、それ、と叔父夫婦は気をんで、暦を繰つて日を見るやら、わらぢの用意をして呉れるやら、むすびは三つも有れば沢山だといふものを五つもこしらへて、竹の皮に包んで、別に瓜のみそづけを添へて呉れた。お妻のおやぢもわざわざやつて来て、ろばたでの昔語。すゝけた古壁に懸かる例の『山猫』を見るにつけても、くなつた老牧夫のうはさは尽きなかつた。叔母が汲んで出すわかれの茶――其色も濃く香も好いのを飲下した時は、どんなにか丑松も暖いみうちのなさけを感じたらう。道祖神の立つふるさとの出口迄叔父に見送られて出た。

 其日は灰色の雲が低く集つて、くわうれうとしたちひさがたたにあひを一層あんうつにして見せた。ゑぼし一帯の山脈も隠れて見えなかつた。父の墓のある西乃入の沢あたりは、あるひはもう雪が来て居たらう。昨日一日のこがらしで、急に枯々な木立も目につき、こずゑも坊主になり、何となく野山の景色が寂しく冬らしくなつた。長い、長い、考へてもうんざりするやうな信州の冬が、たうとうやつて来た。人々は最早あのくちなしぞめの真綿帽子を冠り出した。荷をつけて通る馬の鼻息の白いのを見ても、いかにこの山上の気候の変化が激烈であるかを感ぜさせる。丑松は冷い空気を呼吸し乍ら、岩石の多い坂路を下りて行つた。あらやの村はづれ迄行けば、指のさきも赤くふくらんで、寒さの為に感覚を失つた位。

 田中から直江津行の汽車に乗つて、豊野へ着いたのは丁度ひるすこし過。叔母が呉れたむすびステーション前の休茶屋で出して食つた。すきばらとは言ひ乍ら五つ迄は。さて残つたのを捨てる訳にもいかず、犬に呉れるはもつたいなし、元の竹の皮に包んでぐわいたうかくしへ突込んだ。斯うして腹をこしらへた上、川船の出るといふ蟹沢を指して、わらぢひもしめなほして出掛けた。其間およそ一里ばかり。尤も往きと帰りとでは、同じ一里が近く思はれるもので、北国街道のたひらな長い道を独りてく/\やつて行くうちに、いつの間にか丑松はひろ/″\としたちくまがはほとりへ出て来た。急いで蟹沢の船場迄行つて、びんせんは、と尋ねて見ると、今々飯山へ向けて出たばかりといふ。どうもよんどころない。次の便船の出るまでこゝで待つより外は無い。それでもまだ歩いて行くよりは増だ、と考へて、丑松は茶屋のあがはなに休んだ。

 みぞれが落ちて来た。空はいよ/\あんたんとして、一面の灰紫色におほはれてしまつた。斯うして一時間の余も待つて居るといふことが、既にもう丑松の身にとつては、堪へ難い程のくるしみであつた。それに、道を急いで来た為に、いやにからだされるやう。シャツの背中に着いたところは、びつしより熱いしづくになつた。額に手を当てゝ見れば、汗にれた髪のこゝろもちの悪さ。胸のあたりをかきひろげて、すこしいきを抜いて、やがて濃い茶に乾いたのどうるほして居る内に、ポツ/\舟に乗る客が集つて来る。あるものは奥のこたつにあたるもあり、あるものは炉辺へ行つて濡れた羽織を乾すもあり、中には又ぼんやりと懐手して人のはなしを聞いて居るのもあつた。かみさんうちの内でも手拭を冠り、藍染真綿を亀の甲のやうに着て、茶を出すやら、座蒲団を勧めるやら、こんぺいたうは古い皿に入れてもてなした。

 丁度そこへ二台のくるまが停つた。やはり斯のみぞれいて、便船におくれまいと急いで来た客らしい。人々の視線は皆な其方に集つた。車夫はまるで濡鼠、さかてが好いかして威勢よく、先づあまよけとりはづして、それから手荷物のかず/\を茶屋の内へと持運ぶ。つゞいて客もあらはれた。


       (二)


 丑松が驚いたのは無理もなかつた。それは高柳の一行であつた。きに一緒に成つて、帰りにもの通り一緒に成るとは――しかも、同じ川舟を待合はせるとは。それに往きには高柳一人であつたのが、帰りには若い細君らしい女と二人連。女は、うすいろちりめんのおこそまぶかに冠つたまゝ、丑松の腰掛けて居る側を通り過ぎた。新しい艶のあるあづまコートに身を包んだ其すらりとした後姿を見ると、の女が誰であるかは直に読める。丑松はあの蓮太郎の話をおもひおこして、いよ/\其が事実であつたのに驚いてしまつた。

 かみさんに導かれて、二人はずつと奥の座敷へ通つた。そこにはこたつが有つて、先客一人、五十あまりの坊主、直になれ/\しく声を掛けたところを見ると、かねて懇意の仲ででも有らう。やがて盛んな笑声が起る。丑松は素知らぬ顔、そとの方へ向いて、ものさみしいみぞれの空を眺めて居たが、いつの間にか後の方へ気を取られる。聞くとは無しについ聞耳を立てる。座敷の方ではこんはなしをして笑ふのであつた。

『道理で――君はしばらく見えないと思つた。』と言ふはよなれた坊主の声で、『わしは又、選挙の方が忙しくて、其で地方廻りでもて居るのかと思つた。へえ、さうですかい、そんなおめでたいことゝはすこしも知らなかつたねえ。』

『いや、どうも忙しいおもひを為て来ましたよ。』う言つて笑ふ声を聞くと、高柳はさも得意で居るらしい。

『それはまあ何よりだつた。失礼ながら、おくさんは? やはり東京の方からでも?』

『はあ。』

 この『はあ』が丑松を笑はせた。

 はなしの様子で見ると、高柳夫婦は東京の方へ廻つて、江の島、鎌倉あたりを見物して来て、是から飯山へ乗込むといふ寸法らしい。そこは抜目の無い、細工の多い男だから、根津から直に引返すやうなことをないで、わざ/\遠廻りして帰つて来たものと見える。さて、坊主をつかまへて、片腹痛いことをふいちやうし始めた。聞いて居る丑松には其心情のいつはりが読め過ぎるほど読めて、しまひには其処に腰掛けても居られないやうになつた。『恐しい世の中だ』――斯う考へ乍ら、あの夫婦の暗い秘密を自分の身に引比べると、さあ何となく気懸りでならない。やがて、わざと無頓着な様子をつくろつて、ぶらりと休茶屋の外へ出て眺めた。

 みぞれは絶えず降りそゝいで居た。あの越後路から飯山あたりへかけて、まいとし降る大雪のさきぶれが最早やつて来たかと思はせるやうな空模様。灰色の雲は対岸に添ひさまよつた、ひろ/″\とした千曲川の流域が一層遠くかすかに見渡される。上高井の山脈、菅平の高原、其他畳み重なる多くの山々も雪雲にうづもれてしまつて、僅かに見えつ隠れつして居た。

 斯うしてばうぜんとして、しばらく千曲川の水を眺めて居たが、いつの間にか丑松の心はうしろの方へ行つて了つた。幾度か丑松は振返つて二人の様子を見た。見まい/\と思ひ乍ら、つい見た。丁度乗船の切符を売出したので、人々は皆な争つて買つた。間も無く船も出るといふ。混雑する旅人の群にまぎれて、さきの二人も亦た時々盗むやうにこちらの様子を注意するらしい――まあ、おもひなしせゐかして、すくなくとも丑松にはさうれたのである。女の方で丑松を知つて居るか、奈何か、それはく解らないが、丑松の方では確かに知つて居る。髪のかたちこそ新婚の人のそれに結ひ変へては居るが、紛れの無い六左衛門の娘、白いもの花やかにいろどりして恥の面を塗り隠し、野心深い夫によりそひ、がけにある坂路をつたつて、舟に乗るべきところへ下りて行つた。『何と思つて居るだらう――あの二人は。』斯う考へ乍ら、丑松も亦た人々の後にいて、一緒にその崖を下りた。


       (三)


 川舟は風変りな屋形造りで、窓を附け、ふなべりから下を白く化粧して赤い二本筋を横に表してある。それに、ともよりの半分を板戸で仕切つて、荷積みの為に区別がしてあるので、客の座るところは細長い座敷を見るやう。立てば頭が支へる程。人々はいづれも狭苦しい屋形の下に膝を突合せて乗つた。

 やがて水を撃つさをの音がした。舟底は砂の上を滑り始めた。今は二挺で漕ぎ離れたのである。丑松は隅の方に両足を投出して、独り寂しさうに巻煙草をふかながら、深い/\思に沈んで居た。河の面に映る光線の反射は割合に窓の外を明くして、降りそゝぐ霙の眺めをおもしろく見せる。ふなべりに触れてつぶやくやうに動揺する波の音、こちらで思つたやうに聞える眠たい櫓のひゞき――あゝ静かな水の上だ。くわうれうとした岸のやなぎもところ/″\。時としては其冬木の姿を影のやうに見て進み、時としては其枯々な枝の下を潜るやうにして通り抜けた。これからさきの自分の生涯はつまりどうなる。斯う丑松は自分で自分に尋ねることもあつた。誰が其を知らう。窓から首を出して飯山の空を眺めると、重く深くとぢふさがつた雪雲の色はうたゝ孤独な穢多の子の心をいたましめる。残酷なやうな、なつかしいやうな、名のつけやうの無いこゝろもちは丑松の胸の中をかきみだした。今――学校の連中はどうして居るだらう。友達の銀之助は奈何して居るだらう。あの不幸な、老朽な敬之進は奈何して居るだらう。蓮華寺の奥様は。お志保は。と不図、省吾から来た手紙の文句なぞを思出して見ると、ひたいと思ふ其人にた逢はれるといふ楽みが無いでもない。丑松はあの寺の古壁を思ひやるごとに、空寂なうちにも血の湧くやうなこゝろもちに帰るのであつた。

『蓮華寺――蓮華寺。』

 と水に響く櫓の音も同じやうに調子を合せた。

 霙は雪に変つて来た。つれ/″\な舟の中は人々の雑談で持切つた。わけても、高柳と一緒になつた坊主、茶にしたやうな口軽な調子で、柄に無い政事上のとりざたこんにやくのとやり出したので、聞く人は皆な笑ひ憎んだ。の坊主に言はせると、選挙は一種の遊戯で、政事家は皆な俳優に過ぎない、われ/\は唯見物して楽めば好いのだと。斯の言葉を聞いて、また人々が笑へば、そこへ弥次馬が飛出す、其尾に随いてひいきぶひいきの論が始まる。『いよ/\市村もきりこんで来るさうだ。』と一人が言へば、『さう言ふ君こそ御先棒につかはれるんぢや無いか。』とまぜかへすものがある。弁護士の名は幾度か繰返された。其を聞く度に、高柳は不快らしい顔付。ふゝむと鼻の先で笑つて、嘲つたやうに口唇をひきゆがめた。

 ういふひとはなしの間にも、女は高柳の側に倚添つて、耳を澄まして、夫の機嫌を取り乍ら聞いて居た。見れば、美しい女の数にも入るべき人で、ことはなやかな新婚の風俗は多くの人の目を引いた。髪はまるまげに結ひ、てがらはしんくを懸け、桜色のきめ細やかに肥えあぶらづいて、あいけうのある口元を笑ふ度に掩ひかくす様は、まだ世帯の苦労なぞを知らない人である。さすが心の表情はどこかに読まれるもので――大きな、ぱつちりとした眼のうちには、何となく不安の色もあらはれて、じつと物をみつめるやうな沈んだところも有つた。どうかすると、女は高柳の耳の側へ口を寄せて、何か人に知れないやうにさゝやくことも有つた。どうかすると又、丑松の方を盗むやうに見て、『おや、彼の人は――何処かで見掛けたやうな気がする』と斯う其眼で言ふことも有つた。

 同族のあはれみは、斯の美しい穢多の女を見るにつけても、丑松の胸に浮んで来た。人種さへ変りが無くば、あれ程のきりやうを持ち、あれ程ゆたかな家に生れて来たので有るから、無論相当のところへ縁付かれる人だ――あんな野心家のゑばなぞに成らなくてもむ人だ――可愛さうに。斯う考へると同時に、丁度女も自分と同じ秘密を持つて居るかと思ひやると、どうも其処が気懸りでならない。よしんばさきで自分を知つて居るとしたところで、其がどうした、と丑松は自分で自分に尋ねて見た。根津の人、または姫子沢のもの、と思つて居るなら自分に取つて一向恐れるところは無い。恐れるとすれば、其はかへつてさきのことだ。斯う自分で答へて見た。第一、自分は四五年このかた、数へる程しか故郷へ帰らなかつた――卒業した時に一度――それから今度の帰省が足掛三年目――まあ、あの向町なぞは成るべくけて通らなかつたし、通つたところでひとさう注意して見る筈も無し、見たところで何処のものだか解らない――大丈夫。斯う用心深く考へても見た。つまり自分が二人の暗い秘密を聞知つたから、それで斯う気がとがめるのであらう。あゝしてさゝやくのは何でも無いのであらう。避けるやうなそぶりは唯人目をぢるのであらう。あの目付も。

 とはいふものゝ、何となく不安に思ふ其懸念が絶えず心の底にあつた。丑松は高柳夫婦を見ないやうにとつとめた。


       (四)


 千曲川の瀬に乗つて下ること五里。もつとも、其間には、ところ/″\の舟場へも漕ぎ寄せ、洪水のある度に流れるといふ粗造な船橋の下をも潜り抜けなどして、そんなこんなで手間取れた為に、およそ三時間は舟旅にかゝつた。飯山へ着いたのは五時近い頃。其日は舟の都合で、乗客一同かみの渡しまで。丑松は人々と一緒に其処から岸へ上つた。見れば雪は河原にも、船橋の上にも在つた。丁度小降のなかを暮れて、ほのじろく雪の町々。そこにも、こゝにも、最早ちら/\あかりが点く。其時蓮華寺でく鐘の音がたそがれの空に響き渡る――あゝ、庄馬鹿が撞くのだ。相変らず例の鐘楼に上つて冬のひとひの暮れたことを報せるのであらう。と其を聞けば、言ふに言はれぬなつかしさが湧上つて来る。丑松は久し振りで飯山の地を踏むやうなこゝろもちがした。

 半月ばかり見ないうちに、家々はもうふゆごもりの用意、軒丈ほどの高さにまいとし作りつける粗末なよしずの雪がこひがすつかり出来上つて居た。越後路と同じやうな雪国のありさまは丑松のめのまへひらけたのである。

 新町の通りへ出ると、一筋暗く踏みつけた町中の雪道を用事ありげなをとこをんなが往つたり来たりして居た。いづれもの夕暮を急ぐ人々ばかり。丑松は右へけ、左へ避けして、あたご町をさして急いで行かうとすると、ふと途中で一人の少年にであつた。近いて見ると、それは省吾で、何か斯う酒のびんのやうなものを提げて、寒さうにふるながらやつて来た。

『あれ、瀬川先生。』と省吾は嬉しさうにかけよつて、『まあ、たまげた――それでも先生の早かつたこと。私はまだ/\容易に帰りなさらないかと思ひやしたよ。』

 好く言つて呉れた。斯の無邪気な少年の驚喜した顔付をながめると、丑松はもうあのお志保に逢ふやうなこゝろもちがしたのである。

『君は――お使かね。』

『はあ。』

 と省吾は黒ずんだ色の罎を出して見せる。出して見せ乍ら、笑つた。

 果して父の為に酒を買つて帰つて行くところであつた。『こなひだは御手紙を難有う。』う丑松は礼を述べて、一寸学校の様子を聞いた。自分が留守の間、毎日誰か代つて教へたと尋ねた。それから敬之進のことを尋ねて見た。

『父さん?』と省吾はさみしさうに笑つて、『あの、父さんは家に居りやすよ。』

 よく/\言ひ様にこまつたと見えて、斯う答へたが、子供心にも父を憐むといふじやうあひは其顔色に表れるのであつた。見れば省吾は足袋もいて居なかつた。斯うして酒の罎を提げてしよんぼりとして居る少年の様子を眺めると、あの無職業な敬之進が奈何して日を送つて居るかもおほよそ想像がつく。

『家へ帰つたらねえ、父さんによろしく言つて下さい。』

 と言はれて、省吾は御辞儀一つして、やがてぷいと駈出して行つて了つた。丑松も雪の中を急いだ。


       (五)


 よひおつとめも終る頃で、子坊主がかん/\鳴らすかねの音を聞き乍ら、丑松は蓮華寺の山門を入つた。上の渡しからこゝまで来るうちに、もうすつかり雪だらけ。羽織の裾も、袖も真白。其と見た奥様は飛んで出て、吾子が旅からでも帰つて来たかのやうに喜んだ。人々も出て迎へた。下女のけさぢはたきを取出して、背中に附いた雪を払つて呉れる。庄馬鹿はすゝぎの湯を汲んで持つて来る。疲れて、がつかりして、くりあががまちに腰掛け乍ら、雪のわらぢほどいた後、あたゝかすゝの中へ足を浸した時の其丑松の心地はどんなであつたらう。たゞ――お志保の姿が見えないのは奈何したか。人々の情をうれしく思ふにつけても、丑松は心にう考へて、何となく其人の居ないのが物足りなかつた。

 其時、びやくえけさを着けた一人の僧が奥の方から出て来た。奥様のひきあはせで、丑松は始めて蓮華寺の住職を知つた。聞けば、西京から、丑松の留守中に帰つたといふ。丁度町のだんかに仏事が有つて、これから出掛けるところとやら。住職は一寸丑松に挨拶して、寺内の僧を供に連れて出て行つた。

 ゆふはんは蔵裏の下座敷であつた。人々は丑松をとりまいて、旅のつかれを言慰めたり、帰省の様子を尋ねたりした。煤けた古壁によせて、昔からあるといふえかうには若い人の着るものなぞが無造作に懸けてある。其晩は学校友達の婚礼とかで、お志保も招ばれて行つたとのこと。なるほどさう言はれて見ると、其人のふだんぎらしい。きつかふがすりの書生羽織に、しまたうざんを重ね、袖だゝみにして折り懸け、ながじゆばんの色の紅梅を見るやうなはやつくちのところに美しくあらはれて、朝に晩に肌身に着けるものかと考へると、その壁の模様のやうに動かずにある着物がひとしほお志保をなつかしく思出させる。のみならず、五分心のランプのひかりは香の煙に交る室内の空気を照らして、物の色艶なぞを奥床しく見せるのであつた。

 さま/″\の物語が始まつた。驚き悲しむ人々を前に置いて、丑松は実地自分がて来た旅の出来事を語り聞かせた。種牛の為に傷けられた父の最後、番小屋で明した山の上の一夜、牧場の葬式、谷蔭の墓、其他草を食ひ塩をめ谷川の水を飲んでゑぼしだけの麓にさまよふ牛の群のことを話した。丑松は又、上田のとぎうばのことを話した。其小屋の板敷の上には種牛の血汐が流れたありさまを話した。唯、蓮太郎夫婦に出逢つたこと、別れたこと、それから飯山へ帰る途中川舟に乗合した高柳夫婦――わけても、あのあはれな美しい穢多の女の身の上に就いては、決してひとことも口外しなかつた。

 斯うして帰省中のいろ/\を語り聞かせて居るうちに、次第に丑松は一種不思議なかんじを起すやうに成つた。それは、丑松の積りでは、対手が自分の話をく聞いて居て呉れるのだらうと思つて、熱心になつて話して居ると、どうかすると奥様の方では妙な返事をして、飛んでも無いところで『え?』なんて聞き直して、何か斯う話を聞き乍ら別の事でも考へて居るかのやうに――まあ、半分は夢中でうけこたへをして居るのだと感づいた。しまひには、対手が何にも自分の話を聞いて居ないのだといふことをみいだした。しばらく丑松はぼんやりとして、穴の開くほど奥様の顔をみまもつたのである。

 克く見れば、奥様は両方のまぶちなきはらして居る。唯さへ気の短い人が余計に感じ易く激し易く成つて居る。言ふに言はれぬ心配なことでも起つたかして、時々深いうれひの色が其顔に表はれたり隠れたりした。一体、これどうしたのであらう。聞いて見れば留守中、別に是ぞと変つた事も無かつた様子。銀之助は親切に尋ねて呉れたといふし、文平はく遊びに来て話して行くといふ。それから斯の寺の方から言へば、住職が帰つたといふことより外に、何も新しい出来事は無かつたらしい。それにしても斯のなかの様子の何処となくふだんと違ふやうに思はれることは。

 やがて袈裟治は二階へ上つて行つて、部屋のランプけて来て呉れた。お志保はまだ帰らなかつた。

どうしたんだらう、まあ彼の奥様の様子は。』

 斯う胸の中で繰返し乍ら、丑松は暗いはしごだんを上つた。

 其晩は遅く寝た。過度の疲労に刺激されて、かへつてく寝就かれなかつた。例の癖で、頭を枕につけると、またお志保のことを思出した。尤もいくら心に描いて見ても、あきらかに其人が浮んだためしは無い。どうかすると、お妻とごつちやになつて出て来ることも有る。幾度か丑松は無駄骨折をして、お志保の俤を捜さうとした。瞳を、頬を、髪のかたちを――あゝ、何処をどう捜して見ても、何となく其処に其人が居るとは思はれ乍ら、それで奈何してもまとまりが着かない。時としてはのつつましさうに物言ふ声を、時としては彼のくちびるにあらはれる若々しいほゝゑみを――あゝ、あゝ、記憶ほどぼんやりしたものは無い。今、思ひ出す。今、消えて了ふ。丑松ははつきりと其人を思ひ浮べることが出来なかつた。



   第拾参章


       (一)


おたのまうします。』

 蓮華寺のくりへ来て、斯う言ひ入れた一人の紳士がある。それは丑松が帰つたあくるあさのこと。したではもうとつくあさはんを済まして了つたのに、未だ丑松は二階から顔を洗ひに下りて来なかつた。『御頼申します。』とた呼ぶので、下女の袈裟治は其を聞きつけて、あわてゝ台処の方から飛んで出て来た。

『一寸伺ひますが、』と紳士は至極丁寧な調子で、『瀬川さんの御宿はこちらさまでせうか――小学校へおでなさる瀬川さんの御宿は。』

さうでやすよ。』と下女はたすきはづし乍ら挨拶した。

『何ですか、おいでございますか。』

『はあ、居なさりやす。』

『では、是非御目に懸りたいことが有まして、斯ういふものが伺ひましたと、どうかさうおつしやつて下さい。』

 と言つて、紳士は下女に名刺を渡す。下女は其を受取つて、『一寸、御待ちなすつて』を言捨て乍ら、二階の部屋へと急いだ。

 丑松はだ寝床を離れなかつた。下女がまくらもとへ来てよびおこした時は、客の有るといふことを半分夢中で聞いて、苦しさうにうなつたり、手を延ばしたりした。やがねぼけまなこを擦り/\名刺を眺めると、急に驚いたやうに、むつくりね起きた。

どうしたの、このひとが。』

あんたを尋ねて来なさりやしたよ。』

 しばらくの間、丑松は夢のやうに、手に持つた名刺と下女の顔とを見比べて居た。

『斯人は僕のところへ来たんぢや無いんだらう。』

 と不審を打つて、幾度か小首をかしげる。

『高柳利三郎?』

 とた繰返した。袈裟治は襷を手に持つて、一寸小肥りなからだゆすつて、早く返事を、と言つたやうな顔付。

『何か間違ひぢやないか。』到頭丑松は斯う言出した。『どうも、こんな人が僕のところへ尋ねて来るはずが無い。』

『だつて、瀬川さんと言つて尋ねて来なすつたもの――小学校へ御出なさる瀬川さんと言つて。』

『妙なことが有ればあるもんだなあ。高柳――高柳利三郎――彼の男が僕のところへ――何の用が有つて来たんだらう。かくも逢つて見るか。それぢやあ、御上りなさいツて、さう言つて下さい。』

『それはさうと、御飯はどうしやせう。』

『御飯?』

『あれ、あんたは起きなすつたばかりぢやごはせんか。したで食べなすつたら? おみおつけも温めてありやすにサ。』

さう。今朝は食べたく無い。それよりは客を下の座敷へ通して、一寸待たして置いて下さい――今、直に斯部屋を片付けるから。』

 袈裟治は下りて行つた。急に丑松は部屋の内を眺め廻した。着物を着更へるやら、寝道具を片付けるやら。そこいらにちらかつたものは皆な押入の内へ。床の間に置並べたほんの中には、蓮太郎のものも有る。てばしこく其を机の下へ押込んで見たが、また取出して、押入の内の暗い隅の方へかくすやうにした。今はの部屋の内にあの先輩の書いたものは一冊も出て居ない。斯う考へて、すこし安心して、さて顔を洗ふつもりで、急いではしごだんを下りた。それにしても何の用事があつて、あんな男が尋ねて来たらう。途中で一緒に成つてすら言葉も掛けず、見れば成る可くこちらけようとした人。其人がわざ/\やつて来るとは――丑松は客を自分の部屋へ通さない前から、うたがひおそれとでふるへたのである。


       (二)


『始めまして――私は高柳利三郎です。かねて御名前は承つて居りましたが、ついおたづねするやうな機会も無かつたものですから。』

『好くおいで下さいました。さあ、どうかまあこちらへ。』

 ういふ挨拶を蔵裏の下座敷で取交して、やがて丑松は二階の部屋の方へ客を導いて行つた。

 突然な斯の来客の底意の程も図りかね、さしむかひすわる前から、もう何となくきまづかつた。丑松はすこしも油断することが出来なかつた。とは言ふものゝ、何気ない様子をつくろつて、自分は座蒲団を敷いて座り、客には白い毛布を四つ畳みにしてすゝめた。

『まあ、御敷下さい。』と丑松はくわいくわつらしく、『どうも失礼しました。実は昨晩遅かつたものですから、寝過してしまひまして。』

『いや、私こそ――おつかれのところへ。』と高柳は如才ない調子で言つた。『さくじつは舟の中で御一緒に成ました時に、何とか御挨拶を申上げようか、申上げなければ済まないが、とう存じましたのですが、あんな処で御挨拶しますのもかへつて失礼と存じまして――御見懸け申し乍ら、つい御無礼を。』

 丁度取引でも為るやうな風に、高柳は話し出した。しかし、あいけうのある、てきぱきした物のいひぶりは、何処かに人をひきつけるところが無いでもない。隆とした其なりふりを眺めたばかりでも、いかに斯の新進の政事家が虚栄心の為に燃えて居るかをおもひおこさせる。角帯に纏ひつけた時計の鎖は富豪の身を飾ると同じやうなもの。それに指輪は二つまでめて、いづれも純金の色に光り輝いた。『何の為に尋ねて来たのだらう、是男は。』と斯う丑松は心に繰返して、対手の暗い秘密を自分の身に思比べた時は、長く目と目を見合せることも出来ない位。

 高柳は膝を進めて、

『承りますれば御不幸が御有なすつたさうですな。さぞ御力落しでいらつしやいませう。』

『はい。』と丑松は自分の手を眺め乍ら答へた。『飛んだ災難にであひまして、到頭おやぢくなりました。』

『それはどうも御気の毒なことを。』と言つて、急に高柳は思ひついたやうに、『むゝ、さう/\こなひだも貴方と豊野のステーションで御一緒に成つて、それから私が田中で下りる、貴方も御下りなさる――左様でしたらう、ホラ貴方も田中で御下りなさる。丁度彼の時が御帰省の途中だつたんでせう。して見ると、貴方と私とは、往きも、還りも御一緒――はゝゝゝゝ。何か斯うく/\のいんねんづくとでも、まあ、申して見たいぢや有ませんか。』

 丑松は答へなかつた。

『そこです。』と高柳は言葉に力を入れて、『御縁が有ると思へばこそ、うして御話も申上げるのですが――実は、貴方の御心情に就きましても、御察し申して居ることも有ますし。』

『え?』と丑松はあひての言葉をさへぎつた。

『そりやあもう御察し申して居ることも有ますし、又、私の方から言ひましても、すこしは察して頂きたいと思ひまして、それで御邪魔に出ましたやうな訳なんで。』

『どうも貴方のおつしやることは私に能く解りません。』

『まあ、聞いて下さい――』

『ですけれど、どうも貴方の御話の意味が汲取れないんですから。』

『そこを察して頂きたいと言ふのです。』と言つて、高柳は一段声を低くして、『御聞及びでもございませうが、私も――世話して呉れるものが有まして――家内を迎へました。まあ、世の中には妙なことが有るもので、あの家内の奴が好く貴方を御知り申して居るのです。』

『はゝゝゝゝ、おくさんが私を御存じなんですか。』と言つて丑松はすこし調子を変へて、『しかし、それがどうしました。』

『ですから私も御話に出ましたやうな訳なんで。』

『と仰ると?』

『まあ、家内なぞの言ふことですから、何が何だか解りませんけれど――実際、女の話といふものは取留の無いやうなものですからなあ――しかし、不思議なことには、あいつうちの遠い親類に当るものとかが、貴方のおとつさんと昔御懇意であつたとか。』う言つて、高柳は熱心に丑松の様子をうかゞふやうにして見て、『いや、そんなことは、まあ奈何でもいゝと致しまして、家内が貴方を御知り申して居ると言ひましたら、貴方だつても御聞流しには出来ますまいし、私も亦た私で、どうも不安心に思ふことが有るものですから――実は、昨晩は、その事を考へて、一睡も致しませんでした。』

 しばらく部屋の内には声が無かつた。二人は互ひにさぐりを入れるやうな目付して、無言のまゝで相対して居たのである。

あゝ。』と高柳は投げるやうに嘆息した。『こんな御話を申上げに参るといふのは、く/\だと思つて頂きたいのです。貴方より外にわたしどもふうふのことを知つてるものは無し、又、吾儕夫婦より外に貴方のことを知つてるものは有ません――ですから、そこは御互ひ様に――まあ、瀬川さんさうぢや有ませんか。』と言つて、すこし調子を変へて、『御承知の通り、選挙も近いてまゐりました。どうしてもこゝのところでは貴方に助けて頂かなければならない。もし私の言ふことを聞いて下さらないとすれば、私は今、こゝで貴方と刺しちがへて死にます――はゝゝゝゝ、まさか貴方のいのちを頂くとも申しませんがね、まあ、私は其程の決心で参つたのです。』


       (三)


 其時、はしごだんを上つて来る人の足音がしたので、急に高柳は口をつぐんでしまつた。『瀬川先生、おきやくさんでやすよ。』と呼ぶ袈裟治の声を聞きつけて、ついと丑松は座を離れた。唐紙を開けて見ると、もうそこへ友達が微笑み乍ら立つて居たのである。

『おゝ、土屋君か。』

 と思はず丑松は溜息を吐いた。

 銀之助は一寸高柳にゑしやくして、別にさう主客の様子を気に留めるでもなく、何か用事でも有るのだらう位に、例の早合点から独り定めに定めて、

『昨夜君は帰つて来たさうだね。』

 となれ/\しい調子で話し出した。相変らず快活なは斯の人。それに遠からず今のつとめめて、農科大学の助手として出掛けるといふ、そののぞみが胸の中にあふれるかして、血肥りのした顔の面は一層活々と輝いた。妙なもので、短く五分刈にして居る散髪頭がかへつて若い学者らしい威厳を加へたやうに見える。友達ながらに一段のありがたみが出来た。丑松は何となくけおされるやうにも感じたのである。

 心の底から思ひやる深い真情を外にあらはして、銀之助はくやみを述べた。高柳は煙草を燻し/\黙つて二人のはなしを聞いて居た。

『留守中はいろ/\難有う。』と丑松は自分で自分をはげますやうにして、『学校の方も君がやつて呉れたさうだねえ。』

『あゝ、どうにかかうにか間に合せて置いた。二級懸持ちといふやつは巧くいかないものでねえ。』と言つて、銀之助はしんから出たやうに笑つて、『時に、君はどうする。』

『奈何するとは?』

『親の忌服だもの、四週間位は休ませて貰ふサ。』

『左様もいかない。学校の方だつて都合があらあね。第一、君が迷惑する。』

『なに、僕の方は関はないよ。』

『明日は月曜だねえ。かく明日は出掛けよう。それはさうと、土屋君、いよ/\君ののぞみも達したといふぢやないか。君からあの手紙を貰つた時は、実に嬉しかつた。あんなに早くはかどらうとは思はなかつた。』

『ふゝ、』と銀之助は思出し笑ひをして、『まあ、御蔭でうまくいつた。』

『実際うまくいつたよ。』と友達の成功をよろこぶ傍から、丑松は何か思ひついたやうにしをれて、『県庁の方からはもう辞令が下つたかね。』

『いゝや、辞令は未だ。もつとも義務年限といふやつが有るんだから、ただめて行く訳にはいかない。そこは県庁でも余程しんしやくして呉れてね、百円足らずの金を納めろと言ふのさ。』

『百円足らず?』

『よしんば在学中の費用を皆な出せと言はれたつて仕方が無い。其位のことでかんべんして呉れたのは、実に難有い。早速おやぢの方へねだつてやつたら、阿爺も君、非常に喜んでね、自身で長野迄出掛けて来るさうだ。いづれ、其内には沙汰があるだらうと思ふよ。まあ、君とうして飯山に居るのも、今月一ぱい位のものだ。』

 斯う言つて銀之助は今更のやうに丑松の顔を眺めた。丑松は深い溜息をいて居た。

『別の話だが、』と銀之助は言葉をいで、『君の好な猪子先生――ホラ、あの先生が信州へ来てるさうだねえ。昨日僕は新聞で読んだ。』

『新聞で?』丑松の頬は燃え輝いたのである。

『あゝ、信毎に出て居た。肺病だといふけれど、さかんな元気の人だねえ。』

 と蓮太郎のうはさが出たので、急に高柳は鋭いひとみを銀之助の方へ注いだ。丑松は無言であつた。

『穢多もなか/\馬鹿にならんよ。』と銀之助は頓着なく、『まあ、かんがへから言へば、多少病的かも知れないが、しかし進んで戦ふの勇気には感服する。一体、肺病患者といふものはあゝいふものか知らん。彼の先生の演説を聞くと、非常に打たれるさうだ。』と言つて気を変へて、『まあ、瀬川君なぞは聞かない方がいゝよ――聞けばた病気がおこるにきまつてるから。』

『馬鹿言ひたまへ。』

『あはゝゝゝゝ。』

 と銀之助はそりかへつて笑つた。

 にはかに丑松は黙つて了つた。丁度、喪心した人のやうに成つた。丁度、身体中のだうぐが一時にはたらきを止めて、斯うして生きて居ることすら忘れたかのやうであつた。

『奈何したんだらう、また瀬川君は――相変らず身体の具合でも悪いのかしら。』と斯う銀之助は自分で自分に言つて見た。やゝしばらく三人は無言の儘で相対して居た。『今日は僕は是で失敬する。』と銀之助が言出した時は、丑松も我に帰つて、『まあ、いゝぢやないか』を繰返したのである。

『いや、た来る。』

 銀之助は出て行つて了つた。


       (四)


たゞいま猪子といふ方の御話が出ましたが、』と高柳は巻煙草の灰を落し乍ら言つた。『あの、何ですか、瀬川さんはの方と御懇意でいらつしやるんですか。』

『いゝえ。』と丑松はすこしいひよどんで、『別に、懇意でも有ません。』

『では、何か御関係が御有なさるんですか。』

『何も関係は有ません。』

さやうですか――』

『だつて関係の有やうが無いぢやありませんか、懇意でも何でも無い人に。』

さう仰れば、まあ、そんなものですけれど。はゝゝゝゝ。彼の方は市村君と御一緒のやうですから、どういふ御縁故か、もし貴方が御存じならば伺つて見たいと思ひまして。』

『知りません、私は。』

『市村といふ弁護士も、あれでなか/\食へない男なんです。あんな立派なことを言つて居ましても、つまり猪子といふ人を抱きこんで、道具につかふといふ腹に相違ないんです。彼の男が高尚らしいやうなことを言ふかと思ふと、私はふきだしたくなる。そりやあもう、政事屋なんてものは皆なきたない商売人ですからなあ――まあ、其道のもので無ければ、いやな内幕もく解りますまいけれど。』

 斯う言つて、高柳は嘆息して、

『私とても、斯うして何時まで政界に泳いで居る積りは無いのです。一日も早く足を洗ひたいといふ考へでは有るのです。いかんせん、素養は無し、あなたがたのやうに規則的な教育をけたでは無し、それで此の生存競争のよのなかに立たうといふのですから、勢ひ常道を踏んでは居られなくなる。あるひは、貴方等の目から御覧に成つたらば、わたしどもしごとはででせう。なるほどうはべは華麗です。しかし、これほど表面が華麗で、うらの悲惨なしやうがいは他に有ませうか。あゝ、非常な財産が有つて、道楽に政事でもやつて見ようといふ人は格別、吾儕のやうに政事熱に浮かされて、青年時代から其方へ飛込んで了つたものは、今となつて見るともう奈何することも出来ません。第一、今日の政事家で政論に衣食するものがいくたりありませう。実際わたしどもの内幕は御話にならない。まあ、こんなことを申上げたら、嘘のやうだと思召すかも知れませんが、正直な御話が――代議士にでもして頂くよりほかに、さしあたり吾儕の食ふ道は無いのです。はゝゝゝゝ。何と申したつて、事実は事実ですから情ない。もし私が今度の選挙に失敗すれば、最早につちもさつちもいかなくなる。どうしてもこゝのところでは出るやうにして頂かなければならない。どうしても貴方に助けて頂かなければならない。それには先づ貴方におすがり申して、家内のことを世間の人に御話下さらないやうに。そのかはり、私もまた、貴方のことを――それ、そこは御相談で、御互様に言はないといふやうなことに――どうか、まあ、私を救ふとおぼしめして、このはなしを聞いて頂きたいのです。瀬川さん、是は私が一生の御願ひです。』

 急に高柳は白い毛布を離れて、畳の上へ手を突いた。丁度あはれみをもとめる犬のやうに、丑松の前に平身低頭したのである。

 丑松はすこしあをざめて、

『どうもさう貴方のやうに、独りで物をめてしまつては――』

『いや、是非とも私を助けると思召して。』

『まあ、私の言ふことも聞いて下さい。どうも貴方の御話は私にがてんが行きません。だつて、さうぢや有ますまいか。なにもあなたがたのことを私が世間の人に話す必要も無いぢや有ませんか。全く、私は貴方等と何の関係も無い人間なんですから。』

『でもございませうが――』

『いえ、其では困ります。何も私は貴方等を御助け申すやうなことは無し、私はまた、貴方等から助けて頂くやうなことも無いのですから。』

『では?』

『ではとは?』

つまりそんなら奈何して下さるといふ御考へなんですか。』

『どうするもうするも無いぢや有ませんか。貴方と私とは全く無関係――はゝゝゝゝ、御話はそれだけです。』

『無関係と仰ると?』

これまでだつて、私は貴方のことに就いて、なんにも世間の人に話した覚は無し、是からさきだつてもやはり其通り、何も話す必要は有ません。一体、私は左様ひとのことをしやべるのが嫌ひです――まして、貴方とは今日始めて御目に懸つたばかりで――』

『そりやあ成程、私のことを御話し下さる必要は無いかも知れません。私も貴方のことをひとに言ふ必要は無いのです。必要は無いのですが――どうも其では何となく物足りないやうなこゝろもちが致しまして。せつかく私も斯うして出ましたものですから、十分に御意見を伺つた上で、御為に成るものなら成りたいと存じて居りますのです。実は――左様した方が、貴方の御為かとも。』

『いや、御親切は誠に難有いですが、そんなにして頂く覚は無いのですから。』

『しかし、私が斯うして御話に出ましたら、まんざら貴方だつて思当ることが無くもございますまい。』

『それが貴方の誤解です。』

『誤解でせうか――誤解と仰ることが出来ませうか。』

『だつて、私はなんにも知らないんですから。』

『まあ、さう仰れば其迄ですが――でも、何とか、そこのところは御相談の為やうが有さうなもの。悪いことは申しません。御互ひの身の為です。決して誰の為でも無いのです。瀬川さん――いづれた私も御邪魔に伺ひますから、どうかく考へて御置きなすつて下さい。』



   第拾四章


       (一)


 月曜の朝早く校長は小学校へ出勤した。応接室の側の一間を自分の室と定めて、毎朝授業の始まる前には、必ず其処にとぢこもるのが癖。それは一日の事務のしたくをする為でもあつたが、又一つには職員たちの不平と煙草のにほひとを避ける為で。丁度其朝は丑松も久し振の出勤。校長は丑松に逢つて、忌服中のことを尋ねたり、話したりして、軈てまた例の室に閉籠つた。

 この室の戸をたゝくものが有る。其音で、直に校長は勝野文平といふことを知つた。いつも斯ういふ風にして、校長はきにいりの教員から、さま/″\の秘密な報告を聞くのである。男教員の述懐、女教員の蔭口、其他時間割と月給とに関するうるさいほどのねたみと争ひとは、こゝに居て手に取るやうに解るのである。其朝も亦、何か新しい注進をもたらして来たのであらう、斯う思ひ乍ら、校長は文平を室の内へ導いたのであつた。

 いつの間にか二人は丑松のうはさを始めた。

『勝野君。』と校長は声を低くして、『君は今、妙なことを言つたね――何か瀬川君のことに就いて新しい事実を発見したとか言つたね。』

『はあ。』と文平はほゝゑんで見せる。

『どうも君の話は解りにくゝて困るよ。何時でも遠廻しに匂はせてばかり居るから。』

『だつて、校長先生、人の一生の名誉にかゝはるやうなことを、さううくわつにはしやべれないぢや有ませんか。』

『ホウ、一生の名誉に?』

『まあ、私の聞いたのが事実だとして、其が斯の町へ知れ渡つたら、恐らく瀬川君は学校に居られなくなるでせうよ。学校に居られないばかりぢや無い、あるひは社会から放逐されて、二度と世に立つことが出来なくなるかも知れません。』

『へえ――学校にも居られなくなる、社会からも放逐される、と言へば君、非常なことだ。それではまるで死刑を宣告されるも同じだ。』

さう言つたやうなものでせうよ。尤も、私がぢかに突留めたといふ訳でも無いのですが、いろ/\なことをあつめて考へて見ますと――ふふ。』

『ふゝぢや解らないねえ。どんな新しい事実か、まあ話して聞かせて呉れ給へ。』

『しかし、校長先生、私からそんな話が出たといふことになりますと、すこし私も迷惑します。』

なぜ?』

『何故ツて、左様ぢや有ませんか。私が取つて代りたい為に、其様なことを言ひ触らしたと思はれても厭ですから――毛頭私は其様な野心が無いんですから――なにも瀬川君を中傷する為に、御話するのでは無いんですから。』

『解つてますよ、其様なことは。誰が君、其様なことを言ふもんですか。其様な心配が要るもんですか。君だつても他の人から聞いたことなんでせう――それ、見たまへ。』

 文平が思はせ振な様子をして、何か意味ありげに微笑めば微笑むほど、余計に校長は聞かずに居られなくなつた。

『では、勝野君、斯ういふことにしたらいゝでせう。我輩は其話を君から聞かない分にして置いたらいゝでせう。さ、誰も居ませんから、話して聞かせて呉れ給へ。』

 斯う言つて、校長は一寸文平に耳を貸した。文平が口を寄せて、何かさゝやいて聞かせた時は、見る/\校長も顔色を変へてしまつた。急に戸を叩く音がする。ついと文平は校長の側を離れて窓の方へ行つた。戸を開けて入つて来たのは丑松で、入るや否や思はずひとあしあとずさりした。

『何を話して居たのだらう、の二人は。』と丑松はうたぐりぶかい目付をして、二人の様子を怪まずには居られなかつたのである。

『校長先生、』と丑松は何気なく尋ねて見た。『どうでせう、今日はすこし遅く始めましたら。』

さやう――生徒はだ集りませんか。』と校長は懐中時計を取出して眺める。

『どうも思ふやうに集りません。何を言つても、是雪ですから。』

『しかし、もう時間は来ました。生徒の集る、集らないはかく、規則といふものが第一です。どうぞ小使に左様言つて、鈴を鳴らさせて下さい。』


       (二)


 其朝ほど無思想なありさまで居たことは、今迄丑松の経験にも無いのであつた。実際其朝は半分眠り乍ら羽織袴を着けて来た。奥様が詰て呉れた弁当を提げて、久し振で学校の方へ雪道をたどつた時も、多くの教員仲間からくやみを受けた時も、受持の高等四年生にとりまかれていろ/\なことを尋ねられた時も、丑松は半分眠り乍ら話した。授業が始つてからも、時