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死霊解脱物語聞書

提供:Wikisource


死霊解脱物語聞書上

かさね㝡後さいご之事

すぎにし寛文くわんぶん十二ねんはる下総國しもうさのくに岡田郡おかだこほり羽生村はにふむらいふさとに。右衛門ときこゆる濃民のうみん一子いつしきくと申むすめに。かさねといへる先母せんぼ〔さきのはゝ〕死灵しれうとりつき。因果ゐんぐわことはりあらわし。天下のじん口におちて。万民のばんみんのみみをおどろかすこと侍りしか。その由來ゆらいをくわしくたつぬるにかさねと云女房にふばうかほかたちたぐひなき悪女あくぢよにしてあまつさへ心ばへまでも。かだましきゑせもの也。しかるにおやのゆづりとして田畑てんばく少〻貯持たくわへもつゆへに。与右衛門といふまづしおとこかれいゑに入むこしてすみけり。あは成哉なるかないやしきものゝ渡世とせいほと。はぢがましきことはなし。此女をまもりて一しやうおくらん事。隣家りんかの見る目朋友ほういうのおもわく。あまりほひなきわざに思ひけるか。もとより因果ゐんぐわわきまふるほどのにしあらねば。なにとぞ此つまがいし。异女ことおんなをむかゑんとおもひきわめて。有日の事なるに夫婦ふうふもろともはたけに出て。かりまめと云物をぬく。ぬきおわつてしたゝめからげ。の女におほくおふせ。其少々せう背負せお暮近くれちかくなるまゝに。家地いゑぢをさしてかへる時。かさねがいふやう。わらわがおひたるははなはだおもし。ちと取わけてもち給へとあれば。おとこのいわく今少し絹川きぬがはへんまで。ゆけかしこよりわれかわりもつべしとあるゆへに。是非ぜひなくくるしげながらやうきぬへんにいたるとひとしく。なさけなくも女を川中へつきこみ。男もつゞゐてとび入り。女のむないたをふまへ。くちへは水底みなぞこすなをおしこみまなこをつつきのんどをしめ。たちまちせめころしてけり。すなはちがいを川にてあらひ。同村どうむら浄土宗じやうどしう法蔵寺ほうぞうじといふ菩提所ほだいしよひゆき。頓死とんしとことはり土葬どさうおわん戒名かいみやう妙林信女めうりんしんによ正保しやうほ四年八月十一日と。たしか彼寺かのてら過去帳くわこちやうに見へたり。さて其時そのとき同村どうむらの者共一兩輩いちりやうはい。累か㝡後さいご有様ありさま。ひそかに是を見るといへども。すがたかたちの見にくきのみならず。心ばへまで人にうとまるゝほど成ければ。にもことわりさこそあらめとのみ。いゝて。あながちに男をとがむるわざなかりけり

かさね怨霊おんれうきたつきく入替いりかわる事

それより邪見じやけんる与右衛門。心にあきはてたるさいを。思ひのまゝにしめころし。本より累が親類しんるい兄弟きやうだいなきものなれば。跡訪あととふわざもせず。れが所帯しよたい田地等でんぢとう一向いつかう押領おうれうし。さて女房によばうつ事。段〻だん六人也。まへの五人は何れも子なくして死せり。だい六人の女房に。むすめ一人出來いでき。其名を菊と云。此娘十三の年八月中旬に其母もつゐ死去しきよせり。さてしも有べきならねば。其としくれ十二月に。金五郎と云むこを取。此きくにあわせて。与右衛門が老のたつ木にせんとす。しかる所に菊が十四のはる。子の正月四日より。れいならずわづらひ付く。其さまつねならぬきしよくなるが。はたしてその正月廿三日にいたつて。たちまちゆかにたふれ口よりあわをふき。兩眼りやうがんなみだをながしあら苦しやたえがたや。是たすけよたれはなきかと。きさけび苦痛くつう逼迫ひつはくしてすでたへ入ぬ。時にちゝおつときもひやしおどろきさわひで。菊よよび返すに。ややありて。いき出でまなこをいからかし。与右衛門をはたとにらみ。ことばをいらでゝ云やう。おのれ我に近付ちかづけ。かみころさんぞといへり。父がいわくなんぢきく狂乱きやうらんするやと。娘のいわく我は菊にあらずなんぢつまかさねなり。廿六年以前絹川きぬかはにてよくも。我に重荷おもにをかけむたひに責殺せめころしけるぞや。其時やがてとりころさんと思ひしかども。我さへ昼夜ちうや地獄ぢごく呵責かしやくあひひまなきゆへに。じききたる事かなわず。然共我が怨念おんねんむくふ所。はたしてなんぢがかわゆしと思ふつま。六人をとりころす。その上我かず妄念もうねんむしと成て。年來としころなんぢ耕作こうさくをはむゆへに。人の田畑てんばくよりも不さくする事今おもるやいなや。我今地獄ぢごくの中にして。すこしひまをうるゆへに。じきて菊がからだに入かわり。㝡後さいご苦患ぐけんをあらはし。まづかくのごとく。おのれをきぬ川にてせめころさん物をといゝ。すでにつかみつかんとする時。父もおつとも大きにおどろきあとをもかへり見ず与右衛門は法蔵寺ほうぞうじ逃行にげゆけば。むこおやもとはしかへり。ふるひわなゝひてかくれたり。其時そのときしも隣家りんかわかき男共。二十三まちせうし。一しよにあまたあつまけるが。此あらましをつたき。さもあれ不思議ふしぎなる事かな。いざひてじきに見んとて。彼方かなた此方こなたもよほすほどこそあれ。村中の者共ことく与右衛門が所にあつまり。かの女子によしまもり見けるに。其のくるしみのありさま。いか成衆合しゆがう呼喚けうくわんざい人も是にはまさらじと。苦痛くつう顛倒てんどうして絶入事たへいること度〻たび也。其時むらきくとよばわれは。しばらく有ていふやう。何事をのたまふぞや人〻。我はきくにてはなし与右衛門がいにしへのつまかさねと申女なり。我姿すがたの見にくき事をきらひて。なさけなくも此絹川きぬかはおしひてくびりころせし。その怨念おんねんをはらさんためにたれり。今与衛門法蔵寺ほうぞうじかくるぞ。いそひでかれをよびよせ。我にあわせて此事を决断けつだんし。各〻おの因果ゐんぐわことはりをしんじ。わが流轉るてんのくるしみを。たすけてたべ。あらくるしやうらめしやといふ時。村人の中に心さかしきもの有ていふやう。今のことばの次第。中菊が心より出たる言葉ことばにはあらず。いか様怨念おんねん灵鬼れいき所以しよいと聞えたり。所詮しよせんかれのぞみにまかせて。与右衛門を引あわせ。事の実否じつふをたゞさんとて。法蔵寺ほうざうしに行きひそかに与右衛門をよび出し。かくとつぐればかの男ちんじて云やう。それは中〻あとかたもなき。虚言そらごとなり此娘狂乱きやうらんせるか。将又はたまた狐狸きつねたぬきの付そひて。あらぬ事を申すと聞へたり。よし其まゝにて捨置すておき給へと。色辞退じたいするを。やうにこしらへつれ帰り。菊にあわすれば。累が存生ぞんじやうことばつかひにて。上件かみくだんのあらまし一〻とゞこふらず云時。与右衛門そらうそふひて。かゝる狂人きやうしんおのれが病にほうけ。ゆくゑもなきそらごとをつくり出て。父に恥辱ちじよくをあたへんとす。ひらに人〻そのまゝすて置たまひ。皆〻帰らせられよといへば。かさねがいわく。やれ与右衛門其方は此人〻の中にはその時の有様を。つぶさるものなしと思ふて。かくあらそふかやおろかなり。此村にも我が㝡後さいごの様子をほゞしれる人一兩人も有ぞとよ。又隣村となりむらには。たしかに見とめたるじん。一人今に存命そんめいせられしものをと云時。村人問ていわく。それはたれ人そやと。かさねがいわく法恩寺村ほうおんじむらの清右衛門こそ。まさしく此事を見られたりといへば。さしも横道わうたうなる与右衛門も。すでしやう人を出されて。あらそふに所なく。なみだをながし手を合せ。ひらにわびたるばかり也其時村の人〻。扨いかゞせんと評議ひやうぎしけるがせんずる所此かさねがうらみは。非道ひだうに彼を殺害せつがいし。わづかも其あとをとふ事なく。あまつさへかさねが田畑の所徳しよとくにてほしいまゝさいをもふけ。一人ひとりならず二人ふたりならずこりもやらで六人まて。つまをかさねし悪人なれば。其とかひとはとがめざれとも。ごふじゆくする所ありて。みづから是をあらはせり。不便びんなる事なれば。与右衛門に發心ほつしんさせ。かさねがぼだいをとわせんにはしかじとて。やが剃髪ていはつの身となれ共。道心いまだおこらざれば。功徳くどくのしるべもなきやらん菊が苦痛くつうはやまざりき

羽生村はにふむら名主年寄かさねれうたい問答もんどう之事

爰に當村たうむらの名主三郎左衛門。同年寄としより庄右衛門といふ二人の者年來としころ内外ないけでんに心をよせ。いとさかしきものども成が。ある日の事なるに。打寄ものかたりするやうは。今度かさねが怨灵おんれうあらわれ。与右衛門が恥辱ちじよくは。そのごふ。菊が苦痛くつうのふびん成に。いさともわびことし。怨灵すかしなだめんとて。名主年寄をはじめとして。少〻せう村中の男共。与右衛門が家にあつまりけり。先名主泡吹あわふき出し苦痛てんどうせるきくにむかいて問ていわく。なんぢ累がうらみはひとへに与右衛門にあるべし。何ゆへぞかくのごとく。よこさまに菊をせむるや。其時菊がくるしみたちまちんて。をきなをり答へていわくおゝせのごとく我与右衛門にとり付。則時そくじにせめころさんはいとやすけれ共。かれをばさて置。きくをなやますには色〻の子細しさい有。其故はまづさし當て与右衛門に。切成かなしみをかけ。其上一生のちじよくをあたへ。是を以て我が怨念おんねんを少しはらし。又各〻に菊が苦痛くつうを見せて。あわれみの心をおこさせ。わらわがぼだいをとわれんため。次に邪見じやけん成もの共の。長き見ごりにせんと思ひ。菊にとり付事かくのことしといへば。名主また問ていわくに尤もなりしかるに汝が此間のものかたりを聞ば。地獄ぢごくにおちて昼夜ちうや呵責かしやくにあいしといふすでに地獄の劫数こつしゆ久しき事は。娑婆しやば千万歳せんまんねんつくべからす。何のいとまありてかわづかに廿六年目に。奈落ならくを出て爰に來るや。怨灵答ていわく。さればとよ我いまだ地獄のごふことつきすといへども。少のひまをうかゝひ菊に取付は別なる子細しさいあり。をの了簡りやうけんにあたはじといふ時。年寄庄右衛門問ていわく。さては汝に尋ぬる事有り。惣じて一切善悪ぜんあく衆生しゆじやうみな爾者しからはぜん人はきたつて。善所ぜんしよかたり。六しん朋友ほういう勧誡くわんかいし。あく人は來て。悪所あくしよを知らせて其身の苦患くげんのがれん事をねがふべし何故ぞ死者しするものもつともおほきに。來る人はなはだまれなるや。又いかなれば汝一人爰に來て。今のことはりをのぶるぞや怨灵おんれうこたへていわく。よくこそとはれたれ此事を。それ善人悪人怨讐おんじう執對しつたい有て。死する者多しといへ共。來てつぐる人すくなき事は。是皆過去くわこ善悪のごふけつでうして。任運にんうん未來みらい報應ほうおうくわかんきわむる故爰にる事能わざる。あるひは宿世しゆくせにおゐてこゝに帰りげんと思ふ。ふかねがひのなきゆへか。又は㝡後さいごの一ねんに。つよく執心しうしんをとめざるにもやあらん人の事はしばらくおく。我は㝡後の怨念おんねんよつて來りたりといへば。名主年よりをはじめ。村人何も尤とかんじ。さては怨灵おんれう退散たいさん祈祷きたうを頼んとて。當村の祈念者きねんしやよびよせ。仁王法花心經にんわうほつけしんぎやうなんど讀誦どくじゆする時。怨灵がいわくやみなんよむべからずたと幾反功いくへんこうつむ共。我にゑんなしうかぶべからず。只念佛ねんふつをとなへて。あたへたまへとあれば。其時名主問ていわく。誦經じゆきやうと念佛と。何のかわり有てかくはいふぞと。怨灵おんれうこたへていわく。されば念佛六字のうちには一さい經巻きやうくわん功徳くとくふくめるゆへに。万機ばんき得脱とくだつ利益りやく有と。名主又とふていわく。爾者しからば汝すでに無上むじやう名号みやうがうの功徳をよくれり。なんぞみづから是をとなへて抜苦ばつく受楽じゆらくせざるやと。怨灵おんれうこたへていわく。おろかなりとよ名主殿。ざい人みづから念佛せば。地獄ぢごく劇苦ぎやくくを身にうけて。劫数こつしゆをふるばかもの。一人もあらんや。しかるに墮獄だごく衆生しゆじやうもさかんにして受苦じゆくこふも久しき事は。あるいひは念佛の利益りやくみづからよくしるといへ共。悪業あくごふのくるをしにひかれて。是をとなふる事かなわず。あるひは生〻しやうにかつてゑんなきゆへに。是を聞かずしらざるたぐひのみおゝし。我すでに念佛のやくをよくしるといへ共。ざいしやうのおゝふところ。みづからとなふる事かなわず。猶此ことばのうたがわしくは。各〻おのぶんをかへりみて。能〻よく得心とくしんしたまへかし。されば此比このごろ念仏ねんぶつ勧化くわんげひろくして。浄土じやうどのめでたき事をうらやみ地獄ぢごくのすさまじさをよくおそるゝといへ共。つとめやすき。極楽往生ごくらくわうじやうの念佛をば。けだいして。殺生せつしやうちうたう邪婬じやゐんとう地獄ぢごくごふとさへいへば。のつかるゝをもおぼへず。ゆんでをおそれめ手をはゞかり。心をつくしてこれをはげむに。あるいひは親兄弟おやきやうだいけんをももちひす。あるひは人の見てあざけるをもかへりず。ないし罪業ざいごふのかず増上そうじやうして。つひにそのあらため所に引出ひきいだされ。とが輕重きやうじう明白めいはく决断けつだんせられて。只今斬罪ざんざいはつつけの引居ひきすへられてもなほ念佛する事かなわざる。地獄ぢごく衆生しゆじやう因果いんぐわのほど。能〻よくわきまへたまひて。あわれみてたべ人〻よと。其もなみだをうかべながら。いとねんころにぞこたへける。其時名主をはじめあつまたる者共ものとも异口同音いくどうおんにかんじあひ。みなそでをぬらしけり。さて名主がいふやう。しからば念佛を興行こうぎやうしてなんぢ菩提ぼだいとぶらふべし。うらみをのこさず。菊が苦患くげんをやめよといへば。おんれうがいわく。我だに成仏じやうぶつせば。何の遺恨いこんかさらにのこらん只いそひで念佛を興行こうぎやうしたまへとあるゆへに。村人すなはち惣談そうだんし正月廿六日のばんぼたい所法藏寺ほうぞうじ請對しやうだいし。らうそく一ちやうのたつをかぎりに。念佛を勤行ごんぎやうすゑかうの時にいたつて。かさね怨灵おんれうたちまちさり。本のきくと成ければ。法藏寺ほうぞうじをはじめ。名主年寄としより安堵あんどして。其上に村中むらぢうのこゝろざしをあつめ。一はんときおこな皆〻みな信心しん歓喜くわんぎして各〻我が屋にかへればきく氣色きしよくやう本ぶくす

きく本服ほんぶくして冥土めいど物語ものかたりの事

今度ふしぎ成事ありて。与右衛門がむすめのきく。かさねと云ものゝ亡魂ばうこんにさそはれ。地獄ぢごく極楽ごくらく見しなどいふに。いざひて聞べしと。村中の男女あつまり。いろの物語する中に。まづある人といていわく。菊よ此比かさねにさそわれて。何国いづくにかきし。又其かさねといふものゝ姿すがたは。いかやうにか有しといへば。菊こたへていわく。されば累と云女は。まづいろくろくかたくされ。はなはひしげ。くちのはゞ大きに。すべてかほうちにはもがさのあと。所せきまでひきつり。手もかゞまり。あしもかたみぢかにしてにたぐひなくおそろしき老婆らうば成しが。折〻夢現ゆめうつゝきたり。我をさそひ行んとせしか共。あまりおそろしくて。いろわびことしたる所に。有時又きたつて是非をいわせず。つゐに我をひぢさげはしりゆきしが。かたなの木かやのしげりたる山のふもとに我をておき。其はいづ地ともなくきへうせぬといへば。又有人とふていわく。それはまさしく剱山けんざんぢごくとやらんにてあるべし。いかなる人やのぼりつらんといへば。菊こたへていわくさればとよ。おとこ女はいかほどゝいふかずかぎりなき其中に。たま法師ほうしなども。うちまじりて見ゆめるが。ある女のうつくしく。やさしげなるかほつきし。いろよき小そでをうちはをり。少し谷尾たにおをへだてたるむかひのかたの山ぞわにて。うちわさしかざし。ゑもしれぬ事をいふてまねく時。おいたるわかきおのこどもあるひは法師まじりに。心もうかしく。そらになりて。我さきにはしりき。の女に近付ちかづかんとあらそひゆくに。はやしきりかぶさながらつるぎにてあしをつんざき。あるひはゆんの。かやのにさわれば。はだへをやぶり。しゝむらをけづるまたそらよりはかぜのそよふくに。つるぎはたへずおちかゝつて。かふべをくだきなづきをとをすゆへ。五体ごたいよりながす事いづみのわき出るごとく。みち木草きくさしほにそみ。谷のながれもそのまゝ。あかねをひたせるに同じ。かくからくしてやふ行付くと見れば。あらぬ野山の刀のこずゑにうそぶき。さきのごとく。人をまねきたぶらかす。かやうにおとこは女にばかされ。おふなはおのこにたぶらかされてたがひにやいばにかけ。かばねに血をそゝくを見れば。かはゆくもあり又おかしくも有しといへば。又とふていわく。さて其つるぎやいばは。なんぢにはたゝざるや。其外そのほかには何事か有しといへば。菊こたへていわくさればにやかのつるぎ。我にかつてあたらず。しげれる中をわけて行くに。道のかやも外になびきそらよりふるやいばも。我が身にはかゝらず。すべていかなる故やらん。おそろしき事すこしもなかりき。さて其山をすぎて。びやうたる野原のばらけば。向にあたつてけつかう成。門がまへのいゑあり。番衆ばんしゆとおぼしき人よき衣装いしやうにて。あまたられしに近付ちかづき。事のやうをたづねければここ極楽ごくらく東門とうもんおほせられし。ゆかしさのまゝ。さしのぞきながめやれば。内よりそうの有が出て我が手を取てひき入れ。所をことわけていゝきかせ給ひしが中〻けつかう奇麗きれいなる事かたらんとするに言葉ことばをしらず先には白かねこがねなどのすないさごをしきみて。ところには。いろにひかるたまなどにて。かきをしわたし。さて其間〻あいに。さまのうへ木草花くさはな。うねなみよくうへそろへ。花も有このみも有青葉あをばも有紅葉もみぢもあり。つぎほにつぎをかさね。ゑもいわぬにほひかうばしきうへきどもいくらと云数かぎりなし。さて其つぎには。たからのたまにてつつみづいたるいけの中に。はすの花のいろよく。赤く白く青く黄色きいろに。まんさきみだれたる花のうへに。はだへもすきとをりたる人のあそびたわむれられしなど。面白おもしろくうら山しく。我ももろ共にあそびたくこそ思ひけめさて其次には。大き成いへの門に入て見れば。弘經寺ぐきやうじ佛殿ぶつてんなどよりも中すぐれたるかまへにて。げさ黄衣をめされたる御僧達そうたちの。いくらともなく並居なみゐたまへるに。とりに名もしらぬかざり物共をならべたて。あるひ佛事ぶつじ作善させんなどやうの所もあり。あるいひはだんぎ法會ほうゑのていに見へたる所もあり。あるひはにとうとげなる僧達のおゝくあつまて。なにとも物をいわでもくとして居られし座敷さしきも有。あるひはかね太鼓たいこふへしやく八や。其外いろなり物共。拍子ひやうしをそろへてひあそばるゝ座敷も有。此外いく間も有しかどもここにてたとふる物なきゆへに。つぶさにはかたられず。さてまたそらよりいろの花ふるゆへに。是はと思ひ見あげたればとうとやらん殿でんとやらん。光りかゝやく屋作りの。くものごとくに立並たちならぶ。其間〻のきれとには。いろどりなせるかけはしを。かなたこなたへ引はへて。其上をわたる人〻の。かず袖をつらねて。行通ふ有様。あぶなげもなきていたらく月日よりもあきらかに。つらなるほしのごとくにて。かきりなきそら氣色けしきなにともことばにはのべられず。かやうにいつとなくこゝかしこを。見めぐれとも夜昼よるひる昏暁よいあかつき差別しやへつもなく雨風あめかぜ雷電らいでんのさたもせず。惣して何に付てもせわしき事なく世にたぐひなきゆたか成所にて。有しかとぞかたりける。又とふていわくその極楽ごくらくにては。なにをかてにはしけるぞやと。きくこたへていわくうへきに成たるだんすのやう成ものを。あたへられしまゝ。たべたりと。又とふていわくそのあぢはひはいか様にか有しと。きくこたえへていわく。こゝにてくらはぬ物なれば何ともことばにはかたられぬが。今に其気味きみは口のうちにのこりたりまことにたくさんに有しものを。いくらもひろひて。たれにも一つあて成共。とらせんものをとわきまへもなくかたりけり。其中にさかしきものの有ていふやうは誠にごくらくの事は。阿弥陀如來あみだによらい因位いんゐのむかし。大真実しんしつ知恵ちえより。無量清浄むりやうしやう不思議ふしぎけうたくあらわせる御事なれば。いかでなんぢが語りもつくさん。さて此方へはなにとしてかへりけるぞとといければ。菊答へていわく。されさきの一人の御そう。我に仰せらるゝは。汝はいまだこゝへ來るものにはあらねども。异成ことなるゆへ有てかりに此所へきたれり。今よりしやばに帰りなば。名を妙槃めうはんひて魚鳥うをとりくらはで。よく念佛申しかさねてこゝによ。此外あまたおもしろき所どもを見せなんぞ。かまへて本の在所ざいしよに行き。こゝの事めたと人にかたるなとてじゆず一れんと錢百文とをくれられ。門のそとへおくり出されし時。かのかさね此たびは引かへ。うつくしき姿すがたとなり色よき小袖をきて。我に向ひ。かすに礼をのべて云やうわらわがかほどのくらゐに成事。ひとへになんぢがとくによれり今は汝を本の在所ざいしよかへすなり。是よりさきはごくだうにして。におそろしき道すがらぞ。かまへてわきひらを見るな。物をいふ事なかれ。そこをすぐれば。白き道有。それまでは我おくるぞとて。あたりを見ればたぐひなくけつかう成装束しやうぞくしたる人。六人有が。御經おきやうかたひらをうりてられしを一かいとり。是をかさねが我身に打はをり。そのわきに我をかいこみ。かならず目をふたぎ。いきをもあらくなせそといふて。あしばやに過る時わらわが思ふやう。いか成事やらん見てまし物をとそでの内よりかいまみてければ。さてもすさましや。有所には人をたはらに入れ。よくくびり置き。つらばかりを出させ。はゞひろく。さきとがりもろはのついたる。のながき刀にて。づふとつらぬけば。けふりたつとひとしく。わつとなきさけぶこゑみみそこに通りて。今にそのこゑあるやうにおぼへたり。又有所には。人をあまたくろがねのうすに入れて。かみひげもそらさまにはへのぼり。うしのつらのごとく成ものどもが。大ぜいあつまりくろがねのきねにて。ゑいこゑ出してつきはたけば。多くのからだ。手足てあしたいもみぢんに成麦粉むきこのごとくに成を。くろかねのにうつし。何か一口ものをいふてければ。そくじに本の人となり。なみたをながして居るも有。又有所を見れば。大き成いけの中に。くろがねのの。くらとわきかへりたる兩方の山の岩のはなに。なわを引わたし。人のせなかにすりぬかだはらほど成石をせおわせ。其外つゞらわんひつふくろ荷桶におけたぐひまで。つむりにさゝへかたにかけさせ彼のなわのうへを。いくらもおひわたせば。よろめきながらやう中ば過るまでわたるかとみれば。ぼたりと。池の中におつるとひとしく。白くされたるかうべ。つがひばなれたる。しらぼねばかりわきかへりみぎわによるをまたおそろしきもの共が。てつのぼうを以て彼ほね共をかきあつめ。何とかいふて一うち二うちうてばそのまゝもとの姿すかたとなり。なきさけんでるも有。その外いろせめともを見侍りしが。思ひいづるも心うく。かたればむねもふさがりて。さのみはことばにのべられず。されども世にも希有けうとき責めの。かず多き其中にをかしくもあり。又いとおしくもありしは。あるそうの左右のあしにかねのくさりをからげつけ。門ばしらのかさ木に引はたけてつなぎき。さかさまにぶらめかし。彼わきかへるねつてつを。のながき口のあるひしやくにて。後門こうもんよりつきこめば。はらの中ににへとをりて。へそのまわりむねのどくちはなみゝ。てへんより。くろがねのの。ふりとわき出る時かのそうこゑをあげて。あらあつやたへがたやかゝる事の有べしと。かねて佛のときおかれしを知ながら。つくりしつみのくやしさよと。さけぶ声とひとしく。くされごものおつるやうに。ほねふしつぎめ皆はなれて。めそにおちつき。なをもへあがる有様。いとふしかりし事共なりと。なみだぐみてぞかたりける。聞居ききゐたるものとももともなみだをながしけり。さて地獄海道ぢごくかいだうこと行過ゆきすぎ。約束やくそくのごとく白きみちに出たる時かさね我をわきよりかい出し。是より一人ひとりゆけといゝてうせるが。いつしかわれは爰にふせり居たるに。人ゞ大勢あつまり。念佛回向ゑかうしたまひて。やれ怨灵おんれうはさりたるぞとて。たちさわがれし時成とぞ。思ひ出しる日も寄合よりあいて。只此事のみにて有しか。いとめつらしき事共也さても此度このたびきく地獄ぢごく極楽ごくらくの物かたり。かれこれをといきわめらるれば。あるひは浄土しやうど依正二報ゑしやうにほう。五めう境界けうがい快樂等けらくとう。あるひは地獄ぢごく器界有情きかいうじやう。三あく火坑くわけう患等げんとう。其をしらず。その事をわきまへずといへども。あるひはなれし村里むらさとうつわによそへ。あるひはちか寺院じゐんかざりにたぐゑて。しどろもどろにかたりしをつたへ聞ばみな經論きやうろん実説しつせつかなゑりとぞ。誠成かないんぐわ必然のことはおそるべししんすべし仏種ぶつしゆゑんよりしやうすとあれば。此聞書きゝかぎあわれ廢悪修善はいあくしゆぜんのいんゑん共ならんかしと沙門しやもん受苦じゆくの所に至ては。恵心先徳ゑしんせんどく往生要集わうしやうようしうこゝろを少〻書くわへて。筆者〔某申殘壽〕罪障ざいせう懺悔さんげのため彼の菊が見し所のそう呵責かしやくに因んて野僧やそうが身に取て。破戒無慚はかいむざん不浄説法ふじやうせつほふ虚受信施こじゆしんせ放逸邪見はういつじやけんの當果をのぶるゆへ恐〻名をしるすものなり。あをぎねがわくは此ものがたり一覧の人〻。かの墮獄だごくそう業因ごふゐんいかにとならば。まつたく是他の事にあらず。筆者ひつしや罪科ざいくわなり見取けんしゆしたまひて性具せうぐ大悲の方便法施はうへんほつせかならずあいまつものなり。

かさね灵魂れいこん再來さいらいしてきく取付とりつく

ころ累が怨灵おんれうあらはれ。因果いんぐわことはりをしめし。与右衛門か恥辱ならびに村中むらぢうのさわぎなりし所に。ほどなくりき本願ほんぐわん称名せうみやうゑかうによつて亡魂ばうこんすみやかにさり人〻安堵あんどおもひをなすのみぎり又あくる二月廿六日の早朝そうてうより。彼灵かのれうきたつて菊に取付とりつきせめる事前のごとし時にちゝおつとも大きにさわぎ。早〻そう名主なぬし年寄にかくと告れは。兩人おどろきすなはち彼かいゑに來て三郎左衛門とふていわく。なんぢかさねが怨灵おんれうなるが。すでに其方がのぞみにまかせ菩提所ぼだいしよ住持ぢうぢせうし。其外地下中ぢげぢう打寄念佛をつとめ其上惣村そうむらのあわれみを以て五錢三錢のこゝろさしをあわせ。一飯のときそうほどこし。重苦ぢうく抜済ばつさい頓證とんじやう菩提ぼだいのゑかうすでにおわつ聖灵せうれう得脱とくだつするゆへに菊まさに本ぶくせり。今何の子細しさい有てか妙林めうりんここきたらんや。おそらくは累が灵魂れいこんにあらし狐狸きつねたぬき所以そい成るべしとあらゝかにいへば菊が苦痛くつうたちまち止むで。起直おきなをりいふやう。いかに名主との。此間の念佛興行こうきやうとき善根せんごん。村中のこゝろさし。慥に請取悦ひ入て候さりながら。仏果ぶつくわはいまだ成せず。その上一つの望有て來る事かくのごとしといへば。年寄としより問ていわく。汝まことのかさねならば。心をしづめてよく聞け。それぐわん称名せうみやうは。一念十念の功徳くどくによつて。いかなる三じうしやうの女人もすみやかに成仏し。其他八ぎやく謗法ほう無間むけん墮獄だごくの衆生も。かならず往生すと。智者ちしや学匠達がくせうたち勧化くわんけにもたしかに聞傳へたり。しかるに先日一てうぎりの念佛は。村中こぞつ异口同音いくどうおんに称名する事。幾千万といふその数を知らす。しかしなから是汝がためにゑかうす此上に何の不足有てかふたゝび來て菊をなやまさん。但し一つのねがひ有て來れりといふ。すてに成佛得脱とくたつの所におゐて。娑婆しやばの願ひ有べしとも覚ず能〻よくことわりをわきまへてすみやかに去れといへば。かさねこたへていわく庄右衛門殿今の教化けうけ。近比うけたまはり事甘心かんしんせられ候去ながら。先日きくにもことわるごとく。我地獄のくるしみをのかれ。くらゐをすこしのぼる事。各〻念佛のとくによるゆへなり。しかれども成仏しやうぶつのいまだしき事は。よく案じても見たまへよ目連もくれん神足しんそく那律なりつ道眼だうげん。其他六通無碍の聖者達せうじやたち。直に來り直に見てすくひたまふすら。まぬかれがたきは墮獄だごくざい人なり。しかる所に念佛の功徳くとくは能〻甚深微妙じんみめうなればこそ各〻ごとき三どく具足ぐそく凡夫達ほんぶたちの廻向しんによつて。我すで地獄ちごくせめのがれ。少しくらいをすゝむ事を得たりき。さて又望みといふは別義べちぎにあらず我がためにせきぶつ一たい建立こんりうして得させたまといへば名主がいわく。流轉るてんをいとひ出離しゆつりねがふて。念仏を乞もとむるはその道理だうり至極せり。今石佛せきぶつの望みいさゝか以て心得られず。但し念佛の功徳より。石佛の利益りやくすぐれたるゆへに。かくは願ふかとたつぬれば。かさねがいわくおろかにもとわせ給ふものかな。たとひ百千の起立きりうとうざうも。もし功徳くどく淺深せんじんを論ぜば。なんそ一ねん称名せうみやうに及ばんや。しかるに今石仏をこいもとむるにはいろさい有。先一つには村中むらぢうの人〻昼夜ちうやを分たず。我を介抱かいほうし。其上そのうへ大念佛だいねんぶつ興行こうぎやうして我にあたへたまふ報恩ほうをんのため二には往來わうらい遠近ゑんきん道俗だうぞく當村たうむらきたり彼の石佛を拝見はいけんして。因果いんぐわの道理を信し。称名せうみやう懺悔さんげせば。是すなわちなが結縁けちゑん利益りやくおもふ。三にはかゝる衆善しゆぜん因縁いんゑんにより。廣く念佛の功徳を受て。すみやかに成仏じやうぶつ得脱とくだつせん事をねかふゆへにふたゝび爰に來れりといへば。名主又問ていわく。のちの二はさもあらんか。はじめの一につゐて。大きにふしんありおよおんほうずといふは。おやおん国主こくしゆおんしうおん衆生しゆじやうおん是皆これみなほうすべき重恩ぢうおんなり。しかるになんぢ來てきくをせむれば。おやの与右衛門甚以はなはだもつてめいわくす。さてこそきくは大不孝だいふかうものよこれはこれ汝があたふる不孝なればおや報恩ほうおんにそむけり次に国主こくしゆの恩にそむく事は。一たがやさざれば其国そのくにけ。一おらざれば其国そのくにかんうくる。さればたみ一人にても飢寒きかんうれひかうむる事。尤國主こくしゆのいたむ所也しかるに汝菊をなやますゆへに。村中の男女紡績はうせき〔うみつむく〕のいとなみをわすれ。稼穡かしよく〔うへかる〕のはたらきをとゞめて。昼夜ちうや此事に隙をついやす。あに飢寒きかんのもとひにあらずや。さあらば国主のおんにそむかん事ひつせり。又衆生のおんにそむく事は。汝來て菊をせむる故に。我〻すで苦労くらうすかくのごとく。人にをかくるを以て。衆生しゆじやうおんほうずとせんや。上みくだんの三おん正にそむけり。汝もし主人あらば不ちうならん事うたかひなし。さては何を以てか。報恩ほうをんのしるべとせん。此道理だうり聞分きゝわけあらぬねがひをふりすて。たゞすじ極楽ごくらくへ参らんと思ひ。すみやかにこゝをはなれよとぞおしへける。かさねにつこと打わらひて云様は。誠にそなたは。他在所たざいしよの人なれども。おさなきより器用きようなる仁と聞及び。しうとめ御せんのこい婿むこになり。當村たうむらの名主をもたるゝ甲斐かいありて。只今一〻の御教化きやうけまことに以て聞事きくことなり。去ながらその道理だうりおもむく所。たゞ當前たうせん少利せうりをとつて幽遠廣博ゆうをんくわうばくなる。深妙功徳じんめうくどくの大報恩ほうをんをかつて以てわきまへたまわず。我が報恩の所存しよそんを。よく聞せられて。早〻そう石佛せきぶつて。其上に念佛供養くやうをとげられ。我に手向たむけたまへ。其故は若此石仏じやうじゆして我ねがひのかなふならば。菊は亡母もうぼかうをたて。其ゑんにもよほされ。与右衛門が後世ごせをもたすくならば。これ真実しんじつの報恩なるべし。さて當村たうむらの人〻此しるしを見るごとに。我事を思ひ出し。一へんの念仏をも。となへたまふものならば。みづから大を得たまふべしその上此石佛のあらんかぎりは。當村の子〻孫〻しゝそん是ぞ因果いんぐわをあらはす證拠せうこよと見る時は。与右衛門ごときのあく人も。一念其心をあらため。善心におもむかば。一念発いちねんほつ菩提心ぼだいしん勝於造立百千塔せうおざうりうひやくせんとう豈是あにこれ天下てんか重寶てうほうならずや。しからば国主こくしゆ大報恩だいほうおんこれすぎたる事あらし。さはいへどかゝる廣大無邊くわうだいむへんなる。佛法ぶつほう深意じんいは。各〻おのこときの小智せうち小見せうけんにては。きひても中〻其ことはりしんする事あたわじさあらばたち帰て當前たうぜんを見よ。すでに此かさねおやのゆづりを得て。もち來る田畑でんばく石目こくめあり。此たはたは村中一ばんの上田なりし所に。与右衛門一念のあく心によつて。われをがいせし故。先度も云ことく廿六年以來このかたさくして。いま朝夕をおくるにまづしく。餘寒よかん甚しきはるの空に。只一人なるむすめのわづらふにすら。くされかたびら一のていたらく。是見たまへ一ねん悪心あくしんにて。ながく飢寒きかんのうれひをかふむるにあらずや。さて又きく不孝ふかうつみをあたふると云事。是なを与右衛門が自業自得じごふじとくのむくひなれば。あながち菊が不孝ふかうにあらず。そのうへ与右衛門が當來たうらいのおもきこふを。今此現世げんぜをうけて。少もつくなふものならは。轉重輕受てんぢうきやうじゆのいわれゆへ。菊はかへつて親のをすくふ孝〻かうなるべし。又各〻おのそんのためをおぼしめさば。當分たうぶん苦労くろうをかへり見ず。はや我がねがひにまかせ。石佛せきぶつをたてゝたび候へといゝければ。庄右衛門がいふやうは。汝がいふ所の道理だうりことば至極に聞ゆれ共。ねがふ所はかなひがたき望也。およそりう塔像とうざう事善じぜんしゆするには。相應さうおう財産ざいさんなくては成就じやうじゆせず。与右衛門がいゑまづしくして少分せうぶんのたくわへなき事は。汝が知て今いふ所也。此上は名主殿の下知げちを以て。㝡前さいぜんのとをり村中のこらず。五せん十錢のさしつらぬきをなさるゝとも。人のこゝろざし不同ふどうにしてあるるひはおしみあるひははらたち。あるひはめいわくに思ふものあらば。是清浄しやうの善にあらず。しからば汝が遠きおもんはかりも。おそらくは相違せんか。只おなじくはまづはやく成仏じやうふつして。一切滿足まんぞくくらゐを得。思ひのままに報恩ほうをんし心にまかせて人をもみちびけ。自證じせうもいまたらちあかて。いわれざる報恩ほうおん化他けた願望くわんもう。せんなし。といひければ。怨灵おんれうこたへていわく。其事よ庄右衛門どの自證じせうとくだつのためにこそ。かゝる化他けたねがひもすれ。且又貧者ひんじやのかなわぬ望とは。心得られぬ仰かな。与右衛門こそひんじやなれ。かさねは正しく七石目の田畑てんばくありこれをしろかへ。石佛りやうになしてたべといふ時。庄右衛門いきをもつがせずさてこそよかさねどの。ほうおんしやとくはちがひたり。汝すで地獄ぢごくをのがれ出てくらゐ増進ぞうしんする事。ひとへにきくおんならずや。しからばきくをたすけおき。衣食をあたへめぐむならば。報恩ほうおんともいゝつべし。その上田畑でんばく資財しざいは本より天地の物にして。さだまれる主なし。時にしたがつてかりに付ける我物なれば。汝が存生そんしやうの時はなんぢが物。今は菊が物なり。しかるにこれを沽却こきやくして汝が用所につかはん事。是にすぎたる横道わうだうなし。かたはらいたき望み事やと。あざわらつてぞ教化きやうけしける。其時おんれう気色きしよくかわつて。あゝ六ヶ敷のりくつあらそひや。なにともいへわがねがひのかなわぬ内は。こらへはせぬぞと云こゑしたよりも。あわふき出し目を見はり。手あしをもがき。五たいをせめ。聞絶もんぜつ顛倒てんどうの有さまは。すさまじかりける第なり。時に名主見るに忍びず。しばらく苦痛くつうをやめよ。なんぢが望にまかせ。石佛をたてゝたふべし。此間三海道みつかいどうに。石佛の如意輪像によいりんそう。二尺あまりと見えたるが其りやうをたづぬるに。金子弐分とかやこたへたり。かほどなるにても堪忍かんにんするやととひければ。かさねこたへていふやう。大小に望みなし。只はやく立て得させたまへと云時。常使じやうつかひを呼寄せ。直に累が見る所にて。くだん石塔せきたうをあつらへおわつて。さては汝が望みたりぬ。すみやかにされといへば。灵魂れいこんがいわく石佛は外の望み。我か本意ほんい念佛ねんぶつ功徳くどくをうけて成仏せんと思ふなり。急ぎ念佛を興行し。我をごくらくへ送りたまへ。さなくはいづくへも行所なしといゝおわつてもとのごとくせめければ。名主年寄惣談そうだんして此上は村中へふれまわし。一念佛興行かうぎやうして。大せいの男女异口いく同音どうおんに。真実しんじつにゑかうして。かさねが菩提ぼたいをとむらはんといふ時。一同に云けるは名主年寄としよりへ申す。今夜こよい村中打寄一夜の大念佛を興行し。かさねに手向たむけたまはゞ。かれが成佛。うたがひなし。しかるに彼者かのもの廿六年流轉るてんして。めいの事をよくしつつらんなれば。我〻が親兄弟の死果生所しやうしよをも。たつね聞度きゝたく侍るとあれば名主聞てよくこそいゝたれ此事。我等も聞度候へば。今日はもはや日もくれぬ。明日早〻寄合んと各〻おの約諾やくだくきわめ。みな我が屋にそかへりける

羽生村はにふむらの者とも親兄弟おやきやうだい後生ごしやうをたつぬる事

さるほどに二月廿七日。ひがんの入にあたりたるたつの上刻より村中の男女とも。与右衛門が家に充満じうまんし。四方のかこひを引はらひ。見物すもうののことく。前後ぜんこ左右に打こぞり亡魂ばうこん生所しやうじよをたづねんと。一〻次第の問答もんとうは。前代未聞ぜんだいみもんの珍事なり。其時名主三郎左衛門すゝみ出て。あわふきたる菊にむかひ。かさねとよばわれば。きく苦痛くつうたちまちしづまり。きなをりひざまついてぞ居たりける。さて名主のいふやうは。今日村中あつまる事別義へちきにあらず昨晩さくばんやくそくの通り。今夕一別事べちしの念佛を興行し。すみやかに汝をうかべん。しかるに廿六年このかた。當村の男女共。冥途めいどにおもむくあまたあり。だんにたつぬべしくわしくかたりて聞せよといへば。灵魂れいこんこたへていわく。地獄道も数おゝく。其外そのほかしやうの九かいへんなれば。おもむ衆生しゆじやうむりやうなり。何そ是をことく存じ申さんや。しかれとも同国同所のよしみなるか。當村の人〻あらましはおぼへたり。なを其中に知らぬもあらんかといえは。名主がいわく本より知らぬ人は其分。知りたるばかり答へよ。まづそれがしが。しうとふうふの人はいかにとたづぬれは。かさねこたへていわく。かまへてはらばしたゝせたまふな御兩人ながらかやうとがにて。そこ地獄ぢごくにおわすと云。次に年寄問へば此兩親りやうしんもそのとがこのとがゆへかなたこなたのごくと答ふ次にとへば是も地獄又とへばそれも地獄とかくのごとく大方地獄〻〻と答る中に。ある若き男はらを立て。おのれいつわりをたくみ出し。人〻の親を。みなぢごくのざい人といふて。子共のつらをよごす事きくわいなり。よしみなはともかくもあれ。我が親におゐては。かくれなき善人なり。かならず墮獄だごくでうならば。其とがを出すへし。證拠せうこもなきそらごとをいわば。おのれ聖灵せうれう口ひつさくぞといかりける。かさねがこたへていわく。まづしづまりたまへさるほどに。今朝けさよりはらばし立なとことわりおく。されば汝が親にかきらず。地獄ぢごくへおつるほどの者。つみの證拠たゞしからぬはなきぞとよ。取分て㝡前さいぜんより。我こたふる所の。ざいたちのつみとが。みなこと明白めいはくに。此座中にもる人有て。たがひにそれぞとうちうなづく。本より汝がちゝにも。正しきつみの證拠あり。その人この人よく是をしれりとて。とがの品〻しないゝあらはす時。さてはさにこそとて引退しりぞくもあり。惣じてこの日。かさねこたふ墮獄だごくの者罪障ざいしやうのしな。其に有し人を。證人せうにんにとりて。地獄の住所。受苦じゆくの数〻。あきらかに是をかたるといへども。終日しうじつのもんどうなれば。つぶさに覚へたる人なし。此外少〻せうかたりつたふる事ありしかども。たゞその中に極善ごくぜん極悪ごくあくの二人を出して。はことく是をりやくす。さてある若き者出てひける時かさねひしといきつまり。汝がおやは知らずといへば。かのものいとはらだちて云やう。口おしき事かな。これほど村中の人〻。みな親の生所をとへば。其せめの有さままで。今見るやうに答ふる所に。我か父一人しらぬ事やはあるべき。いんきよ閑居かんきよの身となりて。久しく地下へもまじわらず。人かずならでおわりしを。あなどりかくいふと覚へたり。村中一どうのせんさくに。贔屓ひいき偏頗へんばはさせぬぞよ是非ぜひ我が親のぢごくをば。聞ぬかぎりはゆるさぬぞとまなこにかどをたてひぢをはりてぞいかりける。かさね聞て。おかしきものゝいひやうかな。人はみなさだまつて地ごくへはかりゆくものにあらず。いろのゆき所あり汝が父はよそへこそゆきつらめ。地ごくの中にはらぬと云に。かの男いまだはらをすへかねてたとへいづくにてもあれかし。かほどおゝき人〻の。おやの生所をしる中に。それがし一人聞ずしてあるべきか。是非ぜひかたれとつめかけたり。其時かさねしばしあんして云やう。汝が父は大かた。ごくらくにるべし。其ゆへは其方が親のしにたる年月と。其日限にちげんをかんかふるに。今日極楽ごくらくまいりあるといふて。地獄ぢごく中にみちたる。當村の罪人ども。昼夜ちうやのかしやくを。一日一夜ゆるされたりといふにき。後にそのものゝ事をたづぬれば。念佛杢之介と聞へて。昼夜わらなわをよりながら。念仏をひやうしとして。年たけゐんきよのとなりては。あさごとの送りぜんを。中半なかばさきけちやわんに入れおき。たくはつの沙門しやもんにほどこすを。久しき行とし。念佛さうぞくにておはりたりとぞ聞へける。さてまた年寄としより庄右衛門問ていわく。汝今朝よりこのかた。答る所のさい人ともあくきやうぢうぢこくの在所。そのせめの品〻までかくあきらかにしる事は。ことく其所へき。其人のありさまをじきに見ていへるかと聞きければ。かさねこたへていわく。いなとよさにはあらず。我が住家すみかは地ごくの入口。とうくわつといふ所に在し故墮獄だごくざい人をことく見聞するなり。そのゆへはまづはじめてぢごくへおつるものをは。火のくるまのせて。おつるごくの名をかきしるしたるはたをさゝせ。牛頭馬ごづめあたりをはらひ。高声かうじやうによばわり。つれ行おとを聞ばあるひは此ざいいかなる国のなにがしといふもの。かやうとがにより。只今黒縄地獄こくしやうぢこく。あるひは衆合しゆがうごく。あるひはせうねつぢごくなどゝ。いちことわりゆくゆへに。すべて八大ぢごくへおちるもの。みな我がとう くわつにて見聞けんもんすれども日〻にち〻引もきらずとをる 事なれば。百ぶんが一つもおぼゆる事あたはず。しかれどもおなさとすみし。なじみにて有やらん。當村とうむらざい人。大かたはおぼへ たり。又かしやくのしなは。たがひにうさをかたりあひ。或は あぼうらせつども。人をさいなむことばのはしにて。おのづから 聞しりたりといふとき。又あるものとふていわく。我がちゝは 十六年以前何月なんくわつ何日いくかせしと。いゝもきらせずそれは 無間むけんとこたへたり。問者とふものせきめんして。なんぢ我がおやの人にす ぐれてあたるつみのあれば。むけんとはつぐるそ。あまりに 口の聞きすぎてそさうなるいゝ事や。とがの次第しだい一〻いちに かたれきかんとのゝしりけり。かさねこたへていふやう。されば とよ此事は。汝がおやのさんげめつざい。むけんのを かろめんため。此とがつぶさにかたるべし聞傳きゝつたふる人〻は。いつ へんの念佛をもかならずゑかうしたまふべしとねんころにことはり。 さるころ弘經寺ぐきやうじ利山和尚りざんおしやうと聞へし能化のうけ。御住職ぢうしよく時代じだい殘雪ざんせつと申所化しよけ相馬村さうまむらにてたくはつし。九月下 じゆんの比をひ。安居あんごりやう背負せおふて。弘經寺ぐきやうじさして かへらるゝを汝がをや見すまして。さゝはらよりはしりいで。 かの僧物そうもつをはぎとれば。やうころも一ゑにて。ふるひ にげられしを。たれが見たるぞや。此一つのつみにても。三ぼう 物のぬす人なれば無間のごふはまぬかれず。それのみならず是成名主との。よき若衆にてありし比。しうとめ 御ぜんのいとおしみ。あわせをぬふてきせんとて。しま 綿めん手折ておりにし。さらしてほしおかれけるを汝が親ぬすみ とる。是をばたれ見しかども。若つげたらば汝がおや。火を つけそふなるふぜいゆへしらぬよしにてけるとき 名主どのはらを立て。村中をやさがしせんと有ければ そのおき所なきまゝに。名主のうらのみぞぼりへひ そかにふみこみおきたるが。其後日でり打つゞゐて。水 の淺瀬あさせにかの木綿もめん。五寸ばかり見へたるを。引あげて 見られければ。みなぼろとくさりたり。是はむら 中に。かくれなし。さてその外に人の知らぬつみとが。い くらといふ数かぎりなしと。又もいわんとする所に名主大 声あげて。みなたわことせんなし。各〻おのも聞べからず 日もくるるに。念佛いざやはじめんとて。法蔵寺ほうぞうししやう じ。一別時へつじ開闢かいひやくする時。きくが苦痛くつうすこしやみけれ ば。人〻よろこひきくよかさねはかへれりやとたづぬるに。きくが いわくいなとよそのまゝ我がむねに居たりとこたふ。かく のごとく折問ふに。其夜中よじうついにさらず。あけ ゑかうの時にいたつて。きくがいふやうかさねはいづくへか きし。見へずといゝしが。しばらくありて又きたりわきにそふ て居るといへば。法蔵寺も名主年寄も。皆〻あきれ て居られたる内に。麁菜そさいの斎を出しけれども。三人目と目を見合せ。はし取あくべきやうもなく。世にもぶきやう げなる時。きくふとかうべをもたげ。あれかさねは出て ゆくはといゝて。そのまゝおきなをり。気色きしよく快気くわいきしてけれ ば。法蔵寺も二人のぞくも。こゝろよくときおこなよろこ びいさんでみな我が屋に帰らるれば。きくが氣色きしよくいよ本復ほんぶくして。つえにすがり村中の子共を引つれ。 だい所法蔵寺は申に及ばす。其外近里きんりてら道場だうぢやうへ。日〻 に参詣さんけいし。いつのにならひ得たりけん。念佛鉦鼓しやうごの ほどひやうし。あまりとうとく聞へければ人〻不しんし あへるは。誠に浄土じやうとぶつぼさつ。あまになれとのおゝせに て。其守護しゆごにもやあるらんと。皆〻きいのおもひをなし 男女老少らうせうあつまり。此きくを先達せんだつにて。ひがん中の念 佛。隣郷りんごう他郷たごうにひゞきわたる。其外そのほか家〻いへにてしゆすこと は。昼夜ちうや昏暁こんきやう差別しやべつなく。思ひ佛事ぶつじ作善さぜんこゝろ 心の法事ほうじ供養くやう。日をおつてさかんなれば諸人しよにん得道とくだうよき因縁いんゑんとぞ聞へける

死霊解脱物語聞書下

かさねれう亦來る事 名主後悔こうくわい之事

さんぬる二月廿八日ときの座せきにて。累が灵魂れいこんたちまちはなれ。 菊本ふくする故に。聖霊せうれう得脱とくだつうたがひなしと。人〻安堵あんど の思ひをなし。みな信心歓喜くわんぎする所に。またあくる三月 十日の早朝そうちやうより。累がれう來て。菊をせむることれいのごとし。 時に父も夫もあわてふためき早〻名主年寄にかくとつぐれ ば。兩人おどろき則來て。菊に向ひ累は何くに在る ぞ。亦何として來るといへば。菊がいわく約束やくそくの石仏を もいまだ立てず。其上我に成佛をもとげさせず。大 せい打寄いつはりをかまへて亡者もうじやをたぶらかすといふて我をせめ申といへば名主聞もあへず。是は思ひもよらぬ事 哉。かさね能聞け。その石佛せきぶつは明後十二日には。かならず 出來する故に。我〻昨日弘經寺ぐきやうじ方丈様へ罷出。石とう 開眼かいげんの事。兩役者を以て申上げる所に。方丈はうじやうの仰せ には。その石佛の因縁いんゑんつぶさに聞傳へたり。出來次第に持 來れ。かならず我開眼かいげんせんと。じきに仰せをかうむりし上は。 たとなんぢが心は變化へんくわして。石塔せきとうのぞみむとても。方丈の 御意おもければ。是非明後日は立る也。かほど决定けつでうし たる事共を。汝知らぬ事あらじ。よし是は菊がから だの有故にゑ知れぬ者の寄添よりそふて。いろ難題なんだいけ。所の者に迷惑させんためなるへし。此上は 慈悲じひ善事ぜんじせんなし。只其まゝに捨置き。かたく 此事取持べからずと。名主年寄としより大きに立腹りつふくして。各 家に帰れば。与右衛門も金五郎も。くるしむ菊をたゞ ひとり。其儘家に捨置き。野山のやまのかせぎに出たるは。 せんかたつきたるしわざなり。かゝりける所に弘經寺の 若とうに権兵衛といふ男。山まはりの次てに。名主がたちに行 けるが。三郎左衛門つねよりも顔色がんしよく青ざめて物あんじ姿すがた なり。権兵衛其故をとひければ。名主なぬしがいわく。さればこそ 権兵衛殿。かゝる難義なんぎ成事また今朝けさより出きたれ 其故は昨日きのふ貴方も聞給ふごとく。かさね石佛せきぶつ十二日に は出來する故に。御開眼ごかいげん訴訟そしやう首尾しゆびよくかなふ所に彼累今朝より來て。またきくせむる故。その子細しさいを尋 ぬれば。石佛をも立てず。我が本意をも叶へすとて。ひ たすら菊をせめ候也。此上は是非なき事とて。すて置 帰り候へとも。つく此事をあんじ候に。まづさしあたり明後日。 石佛出來仕り。方丈様へ持参の上にて。何とか申上べき すでに此間地下中打寄うちより。一別時べつじ念仏ねんぶつにて。聖灵せうれう 得脱とくだつ仕ると。昨日申上げたる所に。またきたり候とは。ことの 始終しじうをも見さだめず。あまりそさうなる申事と。思召 もいかゞなり。そのうへ此れうつきしよりこのかた。村中むらぢうもの親兄弟おやきやうだい悪事あくじをかたられ。隣郷りんごう他郷たごうの聞所證拠しやうこ たゞしきはぢをさらす。しかれども今までは。しにさりたる ものゝ悪事あくじなれば。子孫しそんの面をよごす分にして。當時たうじ させる難義なんぎなし。此うへにまたいかなる悪事をかいゝ出し いきたるものゝのうへ地頭ぢとう代官たいくわんへももれきこえ。一〻詮義せんぎ に及ぶならば。村中むらぢう滅亡めつぼうのもとひならんもいさしらずせん なき事にかゝあい村中へも苦労くらうをかけ。我等もなん つかまると。くどきたてゝぞ後悔こうくわいす。権兵衛つぶさに 此事を聞居きゝゐけるが。名主が後悔こうくわい遠慮ゑんりよだん。一〻だう 至極しごくして。あいさつも出がたきほどなりしが。やうに もてなし。名主が所を立出て。すぐにきくいゑに行き。 そのありさまを見てあれば。たゞ一人あをさまにたをれ て。苦痛くつうする事れいのごとし。権兵衛もあまりふびんに思ひければ。にはに立ながら名主が今のものがたり。石佛 出來あらましまで。證拠しやうこたゝしく云聞いゝきかすれども。いつわる 物おと時〻返答へんたうして苦痛くつうはさらにやまざれば。権兵衛 もあきれつゝ。打捨うちすて寺にそ帰りける

祐天ゆうてん和尚おしやうかさね勧化くわんげし給ふ事

去程さるほとに権兵衛弘經寺ぐきやうじかへみちすがら思ふやう。まこと や祐天和尚かの累が怨灵おんれうのありさま。ぢきに見て ましとおゝせられし。よき折から人もなきに御ともみせ 参らせんと思ひ。帰りける所に。寺の門外もんくわい意専いせん 教傳きやうでん殘應ざんおうなどゝ聞えし。所化衆しよけしう五六人なみ居給ゐたまへ るに。かくといへばよくこそ知らせたれ。祐天和尚の御 出あらば我も行んとて。みな用意よういをぞせられ ける。さて権兵衛は祐天和尚のりやうき。かやう の次第にて。さいわひ只今たゞいま見る人も御座なく候に。 門前にられし所化衆しよけしうをも。御つれあそばし。羽生へ 御こしなさるべうもやあらんといへば。和尚聞もあへた まわず。よくこそつげたれいざゆくへしとて。すでに出んと したまひしが。まてしばしと案じたまひて仰らるゝは いかなる八ごく罪人ざいにんも。時機相應じきさうおう願力ぐわんりきあをぎ 一心に頼まんに。うかまずといふ事あるべからず。然る所 に。再三さいさん念佛のくどくをうけて。得脱とくだつしたる灵魂れいこん。たち 帰り取付とりつく事は。何様石仏ばかりのねがひならず。外に子細しさいの有と見へたり。若又もしまた外道げだう天魔てんま障碍せうげか。 そのゆへは羽生村のもの共。たま因果ゐんぐわのことはりを わきまへ。菩提ぼだいみちにおもむくを。さゑんとて來れ るか。さなくはきつねたぬきのしわざにて。おゝくの人をたぶ らかさんために。取つくにもやあらんに。せんなき事に かゝりあひ。我が一分いちぶんはともかくも。師匠ししやうの名までくだし なば。宗門しうもん瑕瑾かきんなり。只そのまゝにすておき。所化 共も行べからずと。貞訓ていきんくわへたまへば権兵衛も 尤至極もつともしごくして。爾者所化衆をもとめ申さんとて。門外もんぐわい さして出てく。あとにて和尚おぼしめすは。すでに 此事は石塔せきたう開眼かいげんまで。方丈へうつたへ。その領定れうでう有上は たとひ我〻捨置とも。ついには弘經寺が苦労くらうに成べ き事共也。そのうへ権兵衛がはなしのてい。村中のなん 此事にきわまるとあれば。いとふびんの次第なり。 我行てとぶらはん。累が灵魂れいこんならばいふに及はず。その ほか天魔てんま波旬はじゆんのわざ。又は魑魅ちみ魍魎もうりやう所以しよいにも せよ。大願だいぐわん業力ごうりき本誓ほんぜい諸佛しよぶつ護念ごねん加被力かびりき一代いちだい 經巻きやうくわん金文きんもんむなしからじ。其上和漢わかん兩朝りやうちやう諸典しよでんのする所。いか成三しやうをもたゞちにしりぞけ。 順次じゆんし得脱とくだつの證拠数多すたあり。幸成哉さいわひなるかな時機相應じきさうおう他力たりき 本願。佛力ぶつりき法力ほうりき傳授力でんじゆりきいかてかもつてしるしなからん。ただし今 まで兩度りやうどの念仏にて。いまたらちあかできたる事。恐は疑心名利のしつ有て。とぶらふ人のあやまりならんか。我佛 せつまなこをさらし。諸人にこれをおしふといへども。みな經論きやうろん傳説でんせつにて。ぢき現證げんしやうあらはす事なし。善哉よいかなやこの 次てに。經巻きやうくわん陀羅尼だらにとくをもためし。そのうへには 我宗秘賾ひさくの。本願ほんぐわん念仏の功徳くどくをもこゝろみんもし それ持經ぢきやう密呪みつしゆのしるべもなく。また證誠の実言じつごん むなしくして。称名の大あらはれず。菊が苦痛くつうもやま ずんば。二度ふたたび三衣さんゑちやくせじものをと。ひかふる衆をふり すて。まもり本尊懐中くわいちうし。行脚衣あんぎやゑ取て打かけ。門外 さして出給ふは。つねの人とは見えずとぞ。さて門前に 居られたる。衆僧しゆそうに向てのたまふは六人はかへり。権兵衛 一人は。我を案内あんないして累が所につれ行けとあれば。六 僧のいわく。我〻も御とも申行んといふに。和尚のたま わく。いなとよ自分じぶんはふかき所存有故に覚悟かくごして 行也。汝等なんぢらとゞまれとあれは。意専いせんのいわく。貴僧きそうは 何とも覚悟かくごして行たまへ。我〻は只見物にまからん といわれしを。和尚打ほゝゑみ給ひ。尤〻いざさらば とて。以上八人の連衆れんしゆにて。羽生村さして行たまふ いそぐにほどなく行つき。彼家かのいゑを見たまへば。茅茨ほうし くづれては。日月霜露さうろももるべく垣壁ごうへきやぶれては 狼狗らうく嵐風らんふうしのぎがたきに。土間どまにはおとるふるむし ろの。目ごとにしげきのみしらみしりざしすべきやうもなく。各〻をのすそをつまどり。あとやまくらにたゝずみて。菊が つうを見たまへば。のみしらみのおそれもなく。けがれ不 じやうもわすられて。みなにぞつき給ふ。さて導師だうし まくら近寄ちかよりたまへば。何とかしたりけん。菊が苦痛くつうたちまち やみ。大いきつゐてぞ居たりける。時に和尚といたまわく 汝は菊か。累なるかと。病人こたへ云やう。わらわは菊 で御座有が。累はむねにのりかゝつて。我がつらをながめ 居申と。和尚又問たまわく。いか様にして汝をせむるや と。菊がいわく。水とすなとをくれて。いきをつがせ申さぬと。 和尚又問ひたまわく。累はなんといふて。のごとくせむ るぞやと。菊がいわくはやくたすけよといふてせめ 申と。いとあわれなる声根こはねにてたえしくぞ答へける 其時和尚聞もあへたまわず。いざさらば各〻。年來としころ所持しよぢきやう陀羅尼だらに。かゝる時の所用しよようぞと。まづ阿弥陀經あみだきやう三 巻。中聲ちうこゑ讀誦どくじゆし。廻向ゑかうおはつて。扨累はととい給へは。菊 がいわく。そのまゝむね申と。次に四ぜい偈文けもんへん じゆじ。ゑこうして又問たまへば。今度も同じやうにぞ こたへける。扨其次に心經しんきやう三反じゆじ已て。前のごとくたづね たまへば菊がいわく。さてくどき問ごとや。それさまたち の目にはかゝり申さぬか。それほどそれよ。我むねにのりかゝり 左右の手をとらへて。つらをなかめてるものをといふ 時。和尚又すきまあらせず。光明真言こうみやうしんごんへんくり。隨求ずいぐ陀羅尼だらに七反みてゝ。度ごとに右のことく問たまふに。いつ も同邊どうへんにぞこたへける。其時和尚六人の衆僧しゆそうむかつて のたまわく。是見たまへよかた。今じゆする所の經陀 羅尼は。一代顕密けんみつの中におゐて。何れも甚深ぢんじん微妙みめうな れ共。時機じき不相應ふさうおうなる故か。少分も顕益けんやくなし。此上は 我宗わがしう深秘じんひ超世てうせ別願べつぐわん称名しやうみやうぞ。我にしたがひとなへよ と。六づめの念佛。七人一どう中音ちうおんにて。半時はんじばかり となおわつて。さて累はと問たまへば。また右のごとくにこたへ けり。其時和尚けうをさまし前後ぜんごをかへり見たまへば 。いつのほどよりあつまりけん。てん手に行燈あんどうともしつれ。村 中の者ども。稲麻竹葦とうまちくい並居なみゐたるが。一人和尚 に向ひ。なにはたれそれがしはこれと。一〻名字をなのり。様〻 時宜しぎのぶる事。いとかまびすしく聞へければ。和尚いら つてのたまはく。あなかしがまし人〻今此所にして汝等が 名字を聞てせんなし。たゞ其許そこもとを分けよ。我れ用事ようじべんするにとてたちたまへば。ひぢをたをめをそ ばだて。おめしくぞ通しける。和尚すなはち外に 出て。意地いぢ領解れうげを述られしは。物すさましくぞ聞 ける。其詞にいわく。十劫正覚じつこうしやうがくの阿弥陀佛。天眼天耳てんがんてんに の通を以て。我がいふ事をよく聞れよ。五劫思惟ごこうしゆい善巧ぜんぎやうにて。超世別願てうせべつぐわんあらはし。極重悪人ごくぢうあくにん無他むた 方便はうべん唯称名字ゆいしやうみやうじ必生我界ひつしやうがかい本願ほんぐわんは。たれがためにちかひけるそや。また常在灵山じやうざいれうぜん釈迦瞿曇しやかくどんも。みゝを そばたてたしかに聞け。弥陀みだ願意ぐわんいあらはすとて。是為ぜい 甚難じんなんせつべ。我見是利がけんぜりのそらごとは。何の やくを見けるぞや。それさへ有に。十方恒沙ごうじや諸佛しよふつまで 廣長舌相くわうちやうぜつさう実言じつごんは。何をしんぜよとの證誠しやうぜうそや。かゝ る不実ふじつなる佛教ぶつけう共が世にるゆへ。あらぬそらごとの 口まねし。誠の時に至ては現證げんしやう少しもなきゆへに。か ほどの大恥辱ちぢよくに及ぶ口をしや。ただし此方にあや まりありて。そのりやくあらはれずんば。佛をめり法をそしいそひで守護神しゆごじんをつかはし。只今我身をけさくべし。それ さなき物ならば我こゝにてげんぞくし外道げだうの法をまなび て佛法を破滅はめつせんぞと。高聲こうしやうよばわりたけつて。本の 座敷になをり給ふ時は。いかなる怨灵おんれう執對人しつたいじんあしをた むべきとは見へざりけり。されども累はととひ給ふに。又もとのご とくこたふる時。和尚きつと思ひ付たまふはわれら あやまりたり。その當人たうにんのなき時こそ我〻ばかりのしやう廻向ゑかうも。薫發直出くんほつじきしゆつにかなわめ。すで罪人ざいにんここに 在り。かれにとなへさせて爾るべし。是ぞ観きやう説所とくところの 十あくぎやくのざい人。臨終知識りんじうちしき教化けうけひ。一声十念いつしやうじうねんこうにより决定往生けつじやうわうじやうと見へたるは。こゝの事ぞとおもひ きわめ。菊に向てのたまふは。なんぢわがことばにしたがひ十 たび。念佛をとなふべしとあれば。菊がいわく。いなとよさやうの事いわんとすれば。累我口わがくちをおさへとなへさせず といふ時。左右にひかへたる百しやう共。ことはをそろへていふやう。 それは御無用むように候。そのもの念佛する事かなわぬ子細しさい 候。いつぞやもきたりし時。是成三郎左衛門。今のごとくにすゝめ られ候へば。かさねが申やう。おろか成云事や。獄中ごくちうにて念仏が 申さるゝ物ならば。たれ罪人ざいにん地獄ぢごくにして劫数こつしゆをへんと 申候と。いゝもはてさせず和尚いらつてのたまわく。しづま れ汝等なんぢら。口のさかしきに。其事も我よくけり。そ れはよな。累來て菊がに。じきに入かわりしゆへにこそ となふる事かなわざらめ。今はしからず。累はすでにへちて。我に向ひものをいふはきくなり。しかれば累が名 代に。菊にとなへさするぞとのたまへば。みな尤とうけに けり。さてきくに向ひ。かくとのたまへば。菊がいわく。何と仰ら れても。念仏となへんとすれば。いきぐるしくてといふとき。 和尚さては累が灵魂れいこんにあらずきつねたぬきのしわざなり そのゆへはまことのかさねがれうならば。菊がとなふる念仏にて をのれが成佛せん事のうれしさに。すゝめてもとなへさすべき が。おさゆるはくせものなり。所詮しよせんは菊かからだのある ゆへに。ゑ知れぬものゝよりそひて。村中にも難義なんぎをかけ。 我〻にも恥辱ちぢよくをあたゑんとするぞ。よし此ものを我に くれよ。たち所にせめころし。我もこゝにていかにもなり。萬 人の苦労くらうをやめんとのたまひて。かしらかみを引のばし。ゆん手にくる打まとひ。かうべとつて引あげたまふ時。菊はわなゝく こゑを出し。あゝとなゑんといふ時。和尚のいわくさては累が しかととなへよといふかときゝ給へば。きくこたへて中さ申といふ故 に。爾はとてかみふりほどき手をゆるし合掌がつしやう叉手して十念 をさづけ給へば。一おわんぬ。さて累はとといたまへば。菊がいわく 只今我がむねよりおりて。右の手をとりわきに侍ると。又十念を さづけてとい給へは。いまこゝさつまとかうしにをうちかけ。 うしろ向ひてたてるといふ。また十念じうねんをさづけて問たまへ ば。その時きくきなおり。四方上下を見めぐらし。 よにもうれしげなるかほばせにて。累はもはや見え申 さぬといへば。其時中のもの共。皆一とうこゑをあげ。近比御手 からといふ時。又菊いとわびしき音根こわねを出し。それよそれさま のうしろへ。累がまたきたる物をと云う時。和尚はやくも心へ たまひ。まも本尊ほんぞんを取出し。とびらひらき菊に指けて 累がつらはかやう成しか。と問たまへば。菊がいわくいなと よかほをば見ざりしかといふて。のびあがり。あなたこなた を見まはし。わかれいづちへか行きけん。たちまち見へずと いふ時。和尚おしやうきくに十念をさづけたまひ。近所よりたゝきかね を取よせ念佛しばらくつとめ。廻向ゑかうして帰らんとしたまひ しが。名主年寄としより兩人に向てのたまふは。此灵魂れいこんのさり やう。いささか心得がたき所有。しかしながらまことに累が灵魂なら は、もはや二度ふたゝびきたるまじ。若又きつねたぬきのわざならば。またきたる事も有べきか。そのやうだいを見たく思ふに。こよひ一 ばんをすへて。かわる事も有ならば。早〻我に知らせ てたべと有ければ。名主年寄かしこまつて。我〻兩人ぢきに罷 有らん。御心やす思召おぼしめせとかたく領定りやうぢやう仕れば。よろこびいさん で和尚をはじめ。以上八人の人〻。皆〻寺へぞ帰られける。 是時いかなる日ぞや。寛文くわんぶん十二年三月十日の夜。こくばかりに。累が廿六年の怨執おんじうことく散じ。生死しやうじ 得脱とくだつ本懐ほんぐわいたつせし事。しかしながらこれ本願ほんぐわん横帋わうしをさくの 利益りやくたゞ恐は决定けつぢやう信心しん導師だうしの手にあらんのみ

菊人〻のあわれみかうぶる事

去程さるほど祐天和尚ゆうてんおしやうあまりの事のうれしさに。仮寝かりねゆめむす びたまはず。まだ夜ふかきにりやうをたち。惣門そうもんさして出給ふ 門番もんばんあやしみ夜もいまだあけざるに。いづへかおはしますと いへば和尚のたまわく。我は羽生へ行なり。夜中に何 共左右さうやなかりしかととひたまへば。門守もんもりがいわくされば夜前やぜんおゝせにより。随分づいぶん心懸こゝろかけまち候へ共。いまに何のたよりも御座 なく候。羽生への道すがら。山いぬもいで申さん。それがしも御とも 仕らんとぞ申ける。和尚のたまはくなんぢをつれゆけばあとの 用心おぼつかなし。とかふせば夜もあけなんに。ゆくさきは別義べつぎ あらじ。かたく門をまもれとて。たゞ一人すごと羽生 村に行着ゆきつきくだんの所を見たまへば。菊をはじめ二人のばん 衆前後もしらずして有。和尚たちながら高聲かうしやう十念したまへば。二人の者をさまし。是は御出候かとて おきなおる時。和尚のたまわく。おのは何のためのばん ぞや。いねたるなとおおせらるれば。二人の者申やう。いかでし ばしもやすみ申さん。よひのまゝにて菊も正躰しやうたいなくいね申 候。其外何のかわたりたるも御なく。もいまだあけ やらず候まゝ。しばしやすらひ御左右さうも申さまじなど。かれこれ いふ内に。菊も目さましうづくまり。ぼうぜんたるていなり 和尚その有様ありさまを見たまへは。あらしさむきあけがたの。内も さながらそと成いゑに。かきかたびらのつゞれひとへ。目も 當てられぬていたらく。たと死灵しれうものゝけははなれたり共 寒気かんきはだへをとをすならば。何とていのちのつゞくべき と思しめし。名主年寄をはぢしめ。各〻はあまり心づきなし。 いかで此菊に。古着ふるぎひとへはきせたまわぬ。かれがおつとはいづく に在ぞとよびたまへば。金五郎よろをい出て。ふるむしろ を打はたき。菊がうへゝおゝはんとすれば。菊がいわくいや とよおもしきすべからずといふ時。名主なぬし年寄としより申すやうは そのぶんはたつて御苦労くらうになさるまじ。所のものゝならひ にて生れなから。みなかくのことしといへは。和尚のたま わくそれは達者たつしやにはたらくものゝ事よ此女はまさしく 正月はしめより煩付わつらひつき。ものもくらはでやせおとろへたるもの なれば。とにかくに各が。めぐみなくてはそだつまじ 万事頼むとのたまへば。二人のものかしこまつて此上は。随分ずいふん見づぎ申べしと。ことうけすれば。其時和尚もきげんよく いそぎ寺にかへりつゝ。すぐに方丈はうぢやうへ行たまひ。納所なつしよ經傳きやうてん に近付。夜前やぜん灵魂れいこんはいよ去。菊は本復ほんぶくしたれども 衣食ゑじきともまづしければ。命をさそふるたよりなし。爾るに かれを存命ぞんめいさするならば。おほくの人の化益けやくなるへし。なに とぞ命をたすけたく思ふに。まつ各〻をの古着ふるぎのあらば 一つあてとらせよ。我も一つはおくるべし。さて方丈の御ぜん 米をかゆにたかせあたへたく思ふなどしてりやうかへり給ふ時 方丈はらうかにたちやすらひ。此事を聞し召納所なつしよちか つけ仰せられしは。にもかのものゝいふごとく。此女のいのち は大切なるぞや。それ用意よういしてつかはせ。さて是をは だにきせよとてかたしけなくも上にめされしさやの御 小袖こそでを。ぬがせたまひ下しつかはされける時。名主年寄 兩人を急度めしよせられ。じきに仰らるゝは。汝らよくがつ てんして。菊が命をまもるべし。そのゆへは我〻經釈きやうしやくをつ たへて。千万人せんまんにんすれども。皆是みなこれ道理至極だうりしごくぶんにし て。いまだ現證げんしやうあらはさず。爾るに此女は。直に地獄ぢこくこく らくを見てよく因果ゐんぐわを顕す者なれば。ばん化益けやく證拠しやうこなり。随分ずいぶんせつ介抱かいほうせよ。なをざりにもてなし なせたるなど聞ならば。此弘經寺ぐきやうじ怨念おんねんなんぢらにかゝる べし。とはげしく教訓けうくんしたまへば。二人の者どもなみだ をながし。かしこまつて御前を立。急き羽生へ帰りつゝ。方丈の仰せども一〻にかたりつたへ。扨下しつかわされたる御小 袖をきせんとすれば。菊がいわく。あらもつたいなし何 とてか。弘經寺様ぐきやうじさまの御小袖を。我等がにもふれら れんといへば。けにもつともなりとて。後日に是を打敷うちしきにぬい。ほう 蔵寺ぞうじ佛殿ぶつてんにぞかけたりける。扨祐天和尚ゆうてんおしやうの御ふるぎ 其外人〻よりあたへられたる着物きるものをも、いろ辞退じたいせし がとも。かれこれとぬいなをし。さま方便はうべんしてこそきせ たりけれ。さてまた。弘經寺より。下されたる食物じきもつは申に およばず其外の食事しよくじをも一ゑんにくらわず。たま少も しよくせんとすればすなはちむねにみちふさがり。あるひは ひふをそんさす。惣じてこの灵病れいびやううけし正月始のころより 三月中旬にいたるまて大かた水のたぐひのみにてく らせしかども。さのみつよくやせおとろへもせざりけれ ば。人〻是をふしんして問けるに。何とはしらず口中 にあぢはひ有て。外の食物しよくもつのそみなしといへば。扨は極楽ごくらく飲食おんじきを。時〻しよくするにもやあらんとて。さながら浄土じやうど より化來けらいせる者かと。あやしみうやまひめぐむ事。かぎ りなし。

石佛開眼かいげん之事

同三月十二日石佛せきぶつすでに出來して飯沼いゝぬま弘經寺ぐきやうじきやく 殿てんにかきすゆればすなはちたう方丈はうぢやう明誉檀通上人みやうよたんつうしやうにん 御出有。そのほか寺中のしよけ衆など。おもひにふだうす。ときに方丈はうぢやうふでとり給ひ。妙林めうりんをあらため。 理屋枩貞をくせうていとかいみやうしせうくやうをとげられつゐ に。羽生村はにふむら法蔵寺ほうざうじの庭にたてて。前代未聞ぜんだいみもんのしやう ぜきのこす。ながのしるし是なり。奇哉きなるかな此物かたり あるひは現在げんざいのゐんくわをあらはし。あるひは當來とうらい苦樂くらくをしらせ。あるいひは誦經じゆきやう念佛の利益りやくを あらそひ。あるひは四恩報謝しおんほうしや分斉ぶんざいをたゞす。かくの ごとく段〻だんの事有て。つい智恵ちゑ慈悲じひ方便はうべん。三じゆ 菩提ほたいもんに入り。能所のうじよ相應さうわうして。機法きほうがう全躰ぜんたい 立地たちどころ生死しやうじ囚獄しうこく出離しゆつりし。直に涅槃ねはん浄刹じやうせつ往詣わうげいする事。まつたく是。他力難思善巧たりきなんじのぜんぎやう本願ほんぐわん ぐうの方便也。しかりといへとも願力ぐわんりき不思現證げんしやうあらは す事。かつ恐は導師だうし决定心けつぢやうしん發得ほつとくによるものなる をや。しからば此决定けつぢやう信心しんの人。いづれをかもとめんと ならば。単直仰信たんじきこうしん称名念佛しやうみやうねんぶつ行者ぎやうじやこれ其人也 此人におゐていか成とくあるぞやとならば。随順佛願ずいじゆんぶつぐわんずい 順佛教じゆんぶつけう。随順佛意ぶつい。是其とく也。かくのごとく心得こゝろうる時 は道俗貴賎たうそくきせん老若男女らうにやくなんによによらす。たゞ一向いつかうに信心称名 せば。現當げんとう利益りやく是よりあらはれんか

右此かさねが怨霊おんれう得脱とくだつ物語ものかたり世間せけん流布るふして人の口に在といへとも前後次第こゝろことば色〻にみだれ其事慥かならす爰に〔某申〕かの死灵しれう導師だうし
顕誉けんよ上人拝顔はいがんみぎり度〻懇望こんぼうしきの御はなしふかみゝそこにとゞむといへとも本より愚癡忘昧ぐちもうまいなればかく有難ありかたき現證けんしやう不思議ふしきの事ともを日をんまゝあとなく癈ばうせんほいなさにことはのつたなきをかへりみず書記かきしる置者おくものなを此外にもかさねと村中との問答もんどうには聞落きゝおとしたる事あるべきか。
顕誉けんよ上人すけ灵魂れいこんとふらひ給ふ事

比は寛文ぐわんぶん十二年。飯沼いゝぬま寿龜山じゆきさん弘經寺ぐきやうじにて。四月中旬ちうしゆん結解けつげより。大しゆ一同の法問ほうもん。十七日にはじまり。三則目そくめあたつ て。十九日の算題さんだいは。發迹入源ほつしやくにふげん説破せつはなれば。各〻おの真宗しんじう利剱りけんひつさけ。施化せけ利生りしやう陣頭ぢんとうにおゐて。法戦場ほつせんでう火花ひはなをちらし。右往左往うわうさわう勝負せうぶをあらそひ。単刀直入たんとうじきにふの はたらき。たがいひまなき折から。祐天和尚ゆうてんおしやう今朝けさより数度すどの かけあいに。勢力せいりきもつかれたまひ。しばらくいきをやすめて。むか ひをきつとながめたまへば。羽生村はにふむらの庄右衛門。只今一大事だいじ の出來し。のんどにせまる風情ふぜいにて。祐天和尚の御かほをあから めもせず。守りたり。和尚おしやう此よし御らんして。いかさま此もののつらつきは。今日妻子さいしにのぞむか。さてはきわめ たる一大事。出來しゆつたいせりと見へたり。何事にてもあれかし。この 法席ほつせきはたつまじものをと。見知らぬていにもてなし。確乎くわつこ としてぞおわしける。庄右衛門が心の内。此日の法問ほうもんすくる事。 とせをまつにことならじと。推量おしはかられて知られたり。扨やう法問ほうもんはて。大衆もみな退散たいさんすれば祐天和尚も 所化寮しよけりやうさしてかへり給ふに。庄右衛門やがてしりにつき。そゞ ろあしふんで來る時。和尚りやう木戸きど口にて。うしろをきつ とかへりたまひ。いかにぞや庄右衛門殿。ようありげに見ゆるは 何事にかあらん。おぼつかなしとのたまへば。庄右衛門かしこまり さればとよ和尚様。かさねがまたきたり今朝よりせめ 候が。もはや命はつゞくまし。急き御出有べしと。所まだら にいゝちらす。和尚聞もあへたまわず。さては其方はさきへ け。我も追付おつつけ行べしと。しやうぞく召かへ出給ふがなにとも りやうけんしたまわず。門外もんぐわいの松原まで。たゞうかとゆき 給ふを。庄右衛門待受まちうけ申やう。何となさるゝぞや和尚様 はやこし候ひて。十念さづけ給へといふに。和尚のたま はく。何とかさねが來るとや。その用所ようじよ何事にかあらん。また せめのやうだいはいか様なるぞと問たまへば。庄右衛門申様 今朝の五つ時より。かさねがまた参りたりとて。与右衛門 も金五郎も。名主と我等につげしらせ候ゆへ。早〻兩人参り て。そのありさまを見候に。まづくるしみのていたらく。日比ひごろにはばいして。中にもみ上げてんとうし。五たいもあかくねつなふ して。まなこの玉もぬけ出しを。兩人いろ介抱かいほう仕り。累 よ菊よとよばはれとも有無うむの返事もならばこそ。只ひら ぜめの苦痛くつうなれば大方おほかたいのちは御座あるまじ。せめて の事に十念を。体になり共さづけ給ひ。後生ごしやう御たす け候へと。なみだくみてぞかたりける。和尚此よし聞し めし。いよ心おくれつゝ。たゞぼうぜんとあきれはて夢路ゆめぢを たどる心地にて。あゆみかねてぞ見へたまふ。時に庄右衛門。 言葉ことばあらゝかにいふやう。こはきたなし祐天和尚たとひ 天魔てんまのしわざにて。菊が命をせめころし貴僧きそうのち じよくに及びつゝをいかやうになしたまふとも。名主それ がし兩人は。命かぎりに御供せんと。約諾やくだくかたく相きわめ 此惣談そうだん决定けつてうして名主をあとにとめ置き。それがし一人 御むかひにまいりたり。此上は貴僧いかやうに成給ふ共 我〻兩人御供仕らんに。何のあやうき所かおわせん。は やいそぎ給へといへば。和尚あざわらつてのたまはく おろか成庄右衛門。汝等なんぢら二人我かともとは。それ何のためそや。 汝はいそぎさきへけ。我はこゝにてしばらく。祈願きぐわんする ぞとのたまひて。心中にちかひたまわく。釈迦しやか弥陀みだ十方のしよ 佛達ぶつたち。たとひ定業でうごふかぎり有て。菊がいのちするとも 二度こゝおしかへし。我教化けうげにあわせてたべ。かれを捨置すておき 給ひて。我を外道げだうに成し給ふな。佛法ぶつほう神力じんりき此度このたひぞと。决定のちかひたておわつて。いさみすゝんでゆき給へ ば。庄右衛門も力を得。ちどりあしをかけてぞいそぎける。やう 近付与右衛門が家を見渡せば。四方のかこひ。はしらばかり をのこしおき。こと引拂ひきはらひ屋敷中は尺地せきぢもなく 老若男女らうにやくなんによみちたり。其外大のうへ木のえだこゝかしこ の大ほくまて。のぼりつれたる見物けんぶつ人。かくばかり此村に。人多く はなけれ共。前〻よりのふしぎなど。遠近ゑんきんにかくれなく。聞 つたへし事なれば。又今朝よりせむるぞと。つげわたるにやある らん。みち田畑たはたひらおしに。皆人とこそ見へたりけれ。かく て祐天和尚と庄右衛門は。いそぐにほどなく与右衛門が家 ちかつき給へとも。いづくをわけて入給ふべきやうもなく。人の うへをのりこへふみこへやうとして。菊がまくらもとに近付ちかづき たまへば。されどもたゝみまいじきほど。座をわけ待居まちゐたるに やかて着座ちやくざし給ひ。あせおしのごひあふぎをつかひ。し ばらくやすみ給ふ時。名主なぬしいと心せきがほにて。まづ はやく菊に十念じうねんをさづけ給ひ。いとまをとらせ給ふべし とくにとおち入る者にて候ひしが。貴僧きそうの御いで相待あいまつ と見へ申と云時。和尚おしやうのたまわくまてしばし。十念もさづく まじ。ちと思ふ子細しさい有とて。ながるる御あせを押拭おしのごひ 菊が苦痛くつうを見給へは。にもみちすがら庄右衛門がいふご とく。床より上へ一尺あまり。うきあがり中にて五たいを もむこと。人だうの中にして。かゝる苦患くけんの有べしとは。何れ經尺きやうしやくに見へけるぞや。是ぞはじめの事ならんと。見るに 心もしのびす。かたるに言葉ことばもなかるべしと。あきれはてゝ ぞおわしけるいかなるつみのむくひにて。さやうの苦痛くつうを うけしぞと。つたへ聞さへあるものを。ましてそのに居給ひ て。まのあたり見られし人〻の心の内。さぞやと思ひはかられ て。ふでのたてどもわきまへず。其時名主なぬしこらへかね。和尚 に向ていふやう。ひらに十念じうねんさづけ給ひ。はやいとま をとらせ給へといふに。和尚の給わく何としてさはいそぐぞ とのたまへば。名主がいわく和尚は御心つよし。我〻 はかゝる苦患くげんを見候ひては。きもたましゐもうせはつる 心地して。中たへがたく候ふといへば。和尚おしやうの給わく。さのみ 機遣きづかいしたまふな名主なぬし殿。何ほどにくるしむとも。めたと するものにあらず。さて此せめるものは。しかとかさねと申か 又何ののぞみ有てきたれりと申かと問たまへば。名主こたへ ていわくされば今朝けさより。いろたづね候へ共。一ことも物 は申さず只ひらぜめにて候といふ時。和尚おしやう扨こそまづ 其相手あいてを聞さだめ。子細しさいをよくといきわめずは。十 ねんさづくまじとて。きくがみゝのもとにより。なんぢきく か累なるか。また何のために來るそや。我は祐天ゆうてんなる が見しりたるかと。高聲かうしやうに二こゑ三声すきまあらせで 問給ふに。苦痛くつうは少しやみけれども。有無うむの返事はなか りけり。しばらく有りてまた右のごとく問たまえへば。たまのぬけ出たるも。引入ひきいりいろのあかきもたちまちあをく成り たゞまじと和尚の御かほをながめ。なみたをうかべたる はかりにて。いなせの返事はせざりけり。其時和尚いかりを あらはし左の御手をさしのべ。かしらかみをかいつかみ。床の上 におしつけ。おのれ第六天たいろくてん魔王まわうめ。人の物いふに何とて 返事はせぬぞ。只今ねぢころすが。是非ぜひいわざるやと。しば ししづめてきゝたまへば。其時いきの下にてたへしく。何か一 くちものをいゝけるを。和尚のみゝへはすとばかり入けるに。名 主はやくも聞つけ。すけと申わつはしで御座あると申と いふ時。こは何者なにものの事そとといたまへば。名主がいわくこゝ もとにては。六つ七つばかり成男の子を。わつはしと申と いゝけれは。和尚菊に向てのたまはく。そのすけといふものは しゝたるものかいきたる物かと聞給へば。またいきの下に てこたふるやう。かてつみにゆくとて。松原まつばら土手どてから 絹川きぬかわへさかさまにうちこふだといふを。和尚おしやうやう聞 うけたまひ。さては聞へたりとて打あをのき。名主に向 てのたまふは。いかに其方はいやなる所の名主かな。今の ことばを聞たまひたるか。さては此わつはしは。大方おやのわ ざにて。川中に打こふだりと聞へたり。いそひで此おやを せんさくしたまへと有ければ。名主承り。尤仰せかしこ まつて候へ共。かつて跡形あとかたもしれぬ事なれば。何とか せんぎ仕らん。たゞそのまゝにて御とふらひあれといふ時。和尚のたまはくよく合點がつてんし給へ名主殿すでに此れうつく 事は。その怨念おんねんをはらさんために。きたるにはあらずや しからばかれが本望ほんもうをもとげさせず。ぜひなくとふらふた ればとて。何としてかうかぶべき。早〻せんぎしたまへと有 れば。名主またいわく。御もつともにては候へ共今此大 ぐんの中にて。何者なにものをとらゑいかやうにかせんぎ仕らん と。一向承引せうゐんせざる時和尚いかつてのたまはく。さては その方は我がいふ事をうけぬと見へたり。よし我今 寺に帰り。弘經寺ぐきやうじをおしかけ。地頭ぢとう代官だいくわんへつげしらせ 急度きつとせんぎをとぐべきが。それにてもなを所のものを かばい。せんぎ成まじといわるゝかと。あらゝかにのたまへ ば。名主十方にくれ。さては何とかせんぎ仕らん。庄右衛門 はいかゞ思はるゝぞといふ時。庄右衛門がいわく。とかくたゞ 今和尚のたつね給御ことばと。菊がこたふ言葉ことばを。少も のこさず此大せいの中へ。だんにふれまわし。一〻人の 返答へんたうを。きくより外の事あらじといゝければ。此もつとも しかるべしとて。名主一つの法言ほうげんを出し。居長高ゐだけたかに のびあがり。高聲かうしやうにふれまはすは。おこがましくはありながら とふとかりけるせんぎなり。其ことばにいわく。只今 祐天ゆうてん和尚。菊をせむものは何ものぞとたつね給へば 灵魂れいこんこたへには。すけといふわつはしなるが。かてつみに ゆくとて。松原の土手どてより。きぬ川へさかさまに。打こふだとこたへたり。然るあひだその打こみたる人を御尋あるぞ。 たとひ親にても兄弟きやうだいにても其外親類しんるいけんぞくにても。 ありのまゝにさんげせよ。若又他人たにんもんにてもあれ。此 事におゐて。かすかに成共見聞けんもんしたるともがらは。まつすぐ に申出よ。當分たうぶんにかくしき。後日のせんぎにあらはれな ば。急度きつと六ヶ敷むつかしかるべしと。段〻だんにいゝつぎ。一〻いち次第に ふれまわす。庄右衛門がことわりには。すこしも此しる人あら ば。早〻そう申出られよ。まづはその罪障懺悔ざいしやうさんげ後生ごしやう 菩提ぼだいのためなるべし。かつは亡者もうじや怨念おんねんはらし。すみやか成佛じやうぶつさせんとの御事にて。祐天和尚の御せんぎぞや。 たのむぞ人〻と。かなたこなた二三べん告渡つげわたれ共。皆〻みな しらずといふ中に。東の方四五間ばかりへだてたる座中より。 老婆らうばのあるがのびあがり。其事は八右衛門に。御たつねあれとぞ うつたへける。名主此よし聞よりも。それ八右衛門は何くにある ぞとよばはれば。今朝けさよりあれなる木の下に見えけるが 今は居らずといふにより常使でうづかひにいゝ付こゝかしこと尋 出し。やうにつれきたるを。名主ちかくめしよせ。かくの次第と といければ。八右衛門よこをはたと打。さてはそのすけがま いりて候かや。是にはながき物語の候ものおと。なみだをながし ながら一〻いち次第しだいにかたりけり。まづ其すけと申わつぱ しを。川にうちこみ捨たる事は。六十一年以前いぜんの事。それがし はことしちやう六十にて。未生みしやう以前いぜんの事なれども。親どもの因果いんぐわはなしを。よく聞覚へたり。此度御とむらひなされたる かさねが実父じつふさきの与右衛門。やもめにてありし時。他村たむらより 妻をめとる。その女房男子なんし一人つれきたれり。その子のかたち はめつかいててつかいで。びつこにて候ひしを。与右衛門がいふ やう。かくのごとくのかたわもの。養育やういくして何かせん。いそひたれにもくれよといへば。母親はゝおやのいふやうはおやだにあきし 此子をば。たれの人かめくまんやといへば。与右衛門か云様いふやう さてはその方共に出てゆけと。折〻おりせめていゝけるゆへ。 母親はゝおやが思ふやう。子をすてるふちはあれ共。すつやぶなしとて。只今かれが申とほりかてつみにつれ行松原まつばら土手どてより。川中へなげこみ。おつとにかくとかたれは。与右衛門 もうちうなづき。それこそ女のはたらきよとて。中よく 月日をおくりしが。つゐに其年懐姙くわいにんし。翌年よくねんむすめ平産へいさんす。とりあげそだて見てあれば。めつかいてつかい ちんばにて。おとこ女はかわれども。姿すがたは同しかたわ もの。むかしの因果いんぐわ手洗たらいふちをめぐるときゝしが 今の因果いんくわはりさきをめぐるぞやと。おやどもの一つ はなしにいたせしを。たしかによく聞覚きゝおぼへへたり。さてその かたわむすめは先与右衛門が実子じつしなるゆへに。すてもやらて 養育やういくし。先度の灵魂れいこんかさねとは。此かたわ娘の事 なるぞや。さて此かさね成長せいちやうし。兩親りやうしんとも死果しにはて。みなしこと なりしを。代〻百性ひやくしやうの家をつぶさしとて。親名主おやなぬしのあわれみにて。今の与右衛門に入むこさせておき給ひしが。 つゐに与右衛門がにかゝり。かのかさねも此絹川きぬがはしづはてしは。是も因果いんくわのむくひならんと。思ひあはせて見る 時は。今の与右衛門もさのみはにくき事あらしと。す すりなきをしながら。いと明白めいばくにかたれば。聞居きゝゐたる 人〻ひとも。みなもつともかんしつゝ各〻をのなみだをながしけり。 さて此八右衛門がはなしにて。かさねが年の数と。すけが 川へながされし。年代をかんごふれば。先すけが川のみく づと成しは。慶長けいちやう十七年壬子みつのへねに當れり。またかさねが 年のかずは。三十五のあき中半なかば絹川きぬかわにてころされし とは見へたり。さて八右衛門が物語おわつて。祐天和尚きく に向てのたまはく。なんぢすけがさいごの由來ゆらい。つぶさにもつ て聞届きゝとゞけたり。しかるに今きく取付とりつくこと。何ゆへ有てきたる ぞやと。きくいきの下にて答るやう。累が成仏じやうぶつしたるを 見て。我も浦山うらやましく思ひきたれりと。和尚おしやう此よし聞しめし 名主に向てのたまふは。これは人〻の。ふしんをはらさん ためなれば。我がふことばと。すけこたふ相拶あいさつを。一〻 にふれたまへとあれば。名主御もつともと立あがり。大音聲だいおんじやうにて。さき のごとく。いゝつたへければちかくもとをくも一どうに。こゑをあげ てぞなきにける。さて其つぎといたまふは。六十一年の間いづ くいか成所にありて。何たるくげんをうけしとあれば。すけが いわく。川の中にて昼夜ちうや水をくろふて居申たりと。また此通りを名主ことはれば。わかきもの共のさゝやくは。さては このわつはしは。灵山寺淵れうぜんじぶち年來としころすむなる河伯くわつはぞや。あめ のそぼれば。川浪かはなみにさかふて。松原の土手とてにあがり をなぐる風情ふぜいして。なきさけぶ有様をおり見付し ものをとて。みな口〻くちにぞつぶやきける。さて其次そのつぎに祐 天和尚問たまはく。しからば今朝けさより人〻のたづぬる時。右の 通りをのべずして。なにとてみなに。機遣きつがひをさせけるぞ と。助答へていわく。さいふたればとてたすけてくるゝ人 あらじと思ひ。せんなきまゝにかたらずと云へは。又此おもむき を先のごとくよばわる時。みなことわりとぞうけにけり。 さて和尚といたまわくしからばわれ本願ほんぐわん威力ゐりきを頼み 汝をたすけにきたりて。いろに問ふ時。何とてものを いわさるやと。すけ答へていわくたすからふと思ふたれば。あまり うれしさのまゝに。何とも物が申されぬを。むたひにひきつめ給ひ しとあれば。其時和尚もふかくになみだをながしたまへば。名 主年寄としよりはじめとして。とをくもちかくもみな一どうこゑをあ げ。なげきわたりしそのひゞき。天地てんちもさらに感動かんどう草木さうもくまでも哀嘆あいたんすとぞ見へにけり。これぞ誠に弥陀みだ 本願ほんぐわん威力ゐりきを以て。父子相迎さうこうして大に入り。すなはちだうのくげんをとい給へば宿命通しゆくみやうつうさとりにて。いちいち むかしかたる中に。地獄ぢごく劇苦ぎやくくひまなくして久しく。 鬼畜きちく苦報くほうおもくしていやしく。人げんには八けむりたへず。天上には五すいつゆかわかず。すべて三かい なれば。何くかやすき処あらんと。心げに申す時。弥陀みだ を始めたてまつり。恒沙ごうしや塵數じんじやの大衆達しゆたぢまで。みな一 同になげきあはれみたまふらんも。此儀式ぎしきかはらじ 思ひ合て見る時は。其おりのあはれさを。いか成ふで にかつくされん。さて和尚やゝよくなげき給ひて。いざ 成佛とげさせんと。名主方より料紙りやうしを取寄。単刀たんとう 真入しんにふ戒名かいみやうし。庄右衛門におほつけられ。西にしのはしらに 押付おしつけんとて。たつつ時。前後左右ぜんごさう並居なみゐたる者共。一 どうにいふやうは。それよ庄右衛門殿。かのわつはしが。そでに すがりゆくはと云時。和尚をはしめ。名主年寄も。これ はとおもひ見給へば。日もくれがたの事なるに。五六歳 成わらんべ。かげのごとくにちらりとひらめいて。今かき たまへる戒名かいみやうに。取付とぞ見へける。其時和尚不覚ふかく に十ねんしたまへば。むらかりたる老若らうにやく男女。みな 一どう南無阿弥陀佛なむあみだぶつと。となふるこゑうちに、四はう しきを見わたせば。何とはらずひかりかゝやき。木〻きゞこずゑにうつろふは。宝樹ほうじゆ宝林ほうりんながめられ。人〻の有様 は。みな金色こんじきのよそほひにて。佛面ぶつめん菩薩形ぼさつぎやうへんにのぼりたる。おのこどもは。諸天しよてん影向やうがう姿すがたかとぞ 見えけるとなん。是そ佛智ぶつちこまふなる。當所極楽たうしよごくらく とは聞へたりさて此氣色けしきをおかむもの。名主年寄を始め。其にあつまる老若男女なんによ。百人とこそきこ へけれ。其時和尚おしやう戒名かいみやうに向て。心中にきせいしたまはく 理屋性貞りおくしやうてい単刀真入たんとうしんにふも。此菊がとくにより。成仏しやうぶつし たまふ事なれば。かならず。此ものゝいのちまもり諸人のうた がひをさんじ給へと。ふかくたのみ。十ねん廻向ゑかうおわつて。いそぎりやう に帰り給へば。同寮どうりやうの人〻。心もとなく待居まちゐられしが。いそ ぎたち向ひ。何事なにごと候やおぼつかなく候ふと申せば 和尚いと心よげにてかゝることの有しそや。戒名かいみやうかき 直しぞ。心あらば諷經ふぎんせよと仰らるれば。皆人〻かんじ あひて。おいたるわか所化衆しよけしふ。思ひ諷經ふぎんにこそは 行れにけり。さてまた祐天和尚は。いそぎ近所きんじよ しやをよびよせ。菊が療治りやうちをたのみ給へば。いしやかしこ まつていそぎ羽生村はにふむらき。菊がみやくをうかゞひ。す なはちかへつて和尚に申やう。かれが脉の正体しやうたいなく候へば。 中療治りやうぢはかなひ申さず。そのゆへくすりをもあたへず罷 帰り候といへば。祐天和尚聞給ひ。何をかいふらん。菊が いのちをばわれ諸佛しよぶつへたのみおき。そのうへ単刀真入たんとうしんにふなどへ 能ゝよくやくそくし置し物おと。思召おほしめししからば是非ぜびなし。其 薬箱くすりばこひらき。益氣湯ゑききとうを七ふく調合てうがうし。我にあたへ 給へとあれば。かしこまつて候とて。すなはち調合てうがうして参らせ 御いとま申てかへられたり。和尚其あとにていそぎかの薬を せんじ給ひ。一はんばかりを持参ぢさんにて。其夜中やちう羽生はにう行き。きくにあたへたまひて。名主年寄にたのみき。 りやうに帰らせたまひしが。あとにてだんくすりをあたへあくる 廿日に成しかば。益氣湯えききとう二ふくにて。菊が氣分きぶん本服ほんぶく して。次第にひふも調とゝのひけり

菊が剃髪ていはつ停止てうじ之事

去程さるほどに今度のすけ灵病れいびやう頓而やがて本服ほんぶくし。菊たつしや に成ければ。与右衛門金五郎もろ共に。名主年寄かたへ 行き。先此間のれいを述べさて菊がねがふやう。我をば あまになしてたまわれ。其故はいつぞやも申通り極楽ごくらくに て御僧様の仰せに。なんぢはしやばに帰りたらば。名をめう はんとつゐて。魚鳥うをとりくらはで。よく念佛ねんぶつを申せとに て候ひしか。とてもの事にいづれも様の。御言葉をそへ られ。祐天和尚様の御弟子みでしになしてたまはれといへば。 名主も年寄としよりに是はもつとも也。よくこそのぞみた れとて。すなはち此者共を引つれ弘經寺ぐきやうじへ参りて まづ祐天和尚のりやうにさんじ。此間の御礼をのべ。さてき くがねがひのしゆつけを乞求こゐもとめる時。和尚のたまはく。 菊が剃髪ていはつの事さらもつて無用むよう也。其故は。菊 よくけ。なんぢ此度かさねと助が怨灵おんれうに取付れしゆへ それ成与右衛門も金五郎も。世にたぐひなき苦労くらううけしなり。その上に又その方出家しゆつけせば。いよ二人のものをかけんか。自今以後じこんいごは其もそくさいにて。与右衛門にもかうをつくし。おつとにもよくしたがひ。現世げんぜ安穏あんおんに くらし。後生ごしやうには極楽ごくらくへ参らんと思い。ずいぶん念仏ねんぶつ をわするなと。いとねんごろにしめしたまへば。其時に きく名主なぬし年寄としよりむかいて申やう。たゞ何とぞ御訴訟そしやうなさ れわらわを出家しゆつけさせてたべとぞねがひける。時に兩人りやうにん ことはをそろへ。和尚に向て又申やう。只今の仰せ御もつとも に候。さりながらおやおつとと二人の事は。我〻何とぞ 才覚さいかく仕りいか様成よめをもむかへ。金五郎にあわせ候 ひて。与右衛門をば介抱かいほうさせ候はん。さてきくをば比丘尼びくにに 仕。少庵せうあんをもむすびあたへ村中むらぢう斎坊主ときぼうずさだめ 申度候。其故は羽生村の者ども。年來因果ゐんぐわ道理たうりをも。わきまへず。邪見放逸じやけんはういつにくらし候所に。此度 きくとくにより。みな善心ぜんしんおこ昼夜ちうや後世ごせのいとなみ を仕る事。これはひとへに此むすめの大おんにて候へば。いかにも かれがねがひのまゝに。剃髪ていばつなされ候はゝ。我々の報恩ほうおんぞんじ奉らんなどゝ。ことばをつくして申ける時和尚のたま わく。あら事くどし何といふ共。我は剃髪ていはつせざるに 先〻まづ方丈はうじやうへも礼にあがり。十ねんもうけ候へとりやうを せりたて給へば。人〻是非ぜひなくかしこまつて候とて。すなはち方 丈に罷出。兩役者りやうやくしやを以て申上れば。みな召出さ れ。十念さづけたまひて。さて方丈の仰せには。きく よかまへて地獄極楽をわすれず。よく念佛して後世たすかれ。さて名誉めいよの女哉と有し時。名主其 御ことばに取付申上るは。尊意そんいのごとく菊も何とぞ 念佛相續さうぞくのため比丘尼を願ひ候故。拙者共も かやうまで。祐天和尚へ申入候へ共。何と思召やらん 一圓御承引せうゐんなく候。あわれねかわく尊前そんぜんの御を以 て。菊が剃髪ていはつの儀仰渡おゝせわたされ候はゝ。かたじけなくこそ 候はめと申上れば。方丈つく聞しめされ仰せらるゝ は。いか様冥土めいどより妙槃めうはんといふまてつけ來りし ものを。出家無用むようといふは。なにとぞかのものゝ所存しよぞんある らんかとかく此ことにおゐては我がいろふ所にあらず たゝ祐天次第にせよと仰せらるゝ時。みなかしこまつて 御前をたちさり。又顕誉上人けんよしやうにんりやうきたりて。名主和 尚に向て申やう。只今方丈様にて。きくが出家の事 申上候へば。あなたにも御不審ふしんげに仰られ候。何とててい はつをゆるしたまわず候や。御所存いかにとたづぬれ ば。和尚のたまはく。此ものぞくにておき。子孫しそんも ながくつゞくならば。すゑまでのよき見せしめ 永代えいたい利益りやく何事か是にしかんと有ければ。名主 が云やう近比ちかごろはゞかおゝき申ごとに候へ共。只今たゞいまの 仰せは。ひとへに貴僧きそうわたくしの御料簡りやうけんさしあたつては。きく をめぐみ給はず。べつしては佛菩薩ぶつぼさつの仰せをそむき 給ふ所有。そのゆへは。すでに菊浄土じやうとにまいりし時菩薩僧ぼさつそうの仰にて。比丘尼びくにの名まで下されしを 御もどきあそばさんや。是非ぜひ出家させられ 候へといへば。和尚おしやう打ちわらひたまひ。其方はりく つを以て我をいゝふせんとな。いでさらばつぶさに 返答へんとうすべきぞや。先さしあたつきくをふびん 思ふゆへ。われ出家しゆつけをゆるさぬなり。その子細しさい在家ざいけは在家のわざあり。出家しゆつけは出家のわざあ り。跡前あとさきしらぬ若輩者じやくはいものしゆしもならはぬ比丘尼びくに のわざ。いとふびんの事也。又當來たうらい成佛じやうぶつはもと より在家出家によらず。願生西方くわんしやうさいはうの心にて。ねん ぶつだに申せば他力本願たりきほんぐわんのふしぎゆへ。十そくしやううたが ひなし。さてまた浄土の菩薩ぼさつつけにより。あまになれ との仰せをそむくとは。これもつともいたむ所也。さりながら それは大かた時にしたかつて。菩薩方便はうへん教化けうけに もやあるらん。我がおさゆる心は。三世常住じやうぢうぶつ ちよくによつて留るぞ其故は。すでに此女三どく そく凡夫ほんぶ散乱疎動さんらんそどうの女人なり。いかでか常住の 心あらん。たとひ一たびいか成ふしぎの利益りやくあつかるとも。 業事ごふじいまだ成辨じやうべんせず。何ぞ不退ふたいの人ならん。し からば比丘尼修行しゆぎやう。はなはだ以ておぼつかなし。その上此菊剃髪ていはつして。袈裟けさころもちやくしつゝ。こゝかしこ と徘徊はいくわいせば。隣郷他郷りんごうたごうの人までも。是ぞ地獄ちこく極楽ごくらくを。ぢきに見たる。お比丘尼びくに様よ。ありがたの人や とて。うやまひほめそやされば。本より愚癡ぐちの女人なる ゆへ。我のほどをもかゑりみず。はなの下ほゝめ いて。あらぬ事をも。いゝちらし。少〻地獄極らくにて。見 ぬ事までのうそをつき。人の心をとらかし信施しんせ はかず身につみて。富貴栄花ふうきゑいくわにくらすならば 厭離ゑんりの心は出まじぞや。たま後世ごせを思ふ時 は。我が一たび極楽へ参り。菩薩達ぼさつたちぢき約束やくそくおきぬれは。往生わうじやううたがひなしと。のちお そるゝ心もなく。三どくひくにまかせ。身のゆたか なるまゝに。けだい破戒はかいものともなり。慚愧ざんぎ懺悔さんけ の心もなくは。决定けつでう堕獄だこくの人と成べし。此事猶もうたがはゝ。 けん世間せけんの人を見よ。或は富士山ふじさん湯殿山ゆとのさん其外白山しらやま 立山たてやまなどにて。地獄ぢごく極楽ごくらくの有様を。此ながらて 見し者も。いゑかへりてほど經ればいつの間にかわすれはて あらぬ心もおこりつゝ。地獄のこうをもつくるぞや。是も三 どく具足ぐそくゆへ。さだめなき凡夫ぼんぶならひ也。いわれぬ出家を このみつゝ。破戒念佛はかいねんぶつとなりて下中ぼんくだらんより 在家ざいけあくの念佛にて。下上品にのほりたまへ。かならず お菊どの。比丘尼びくに好みをしたまふなと。いとねんころにおし へ給へば。名主年寄を始として皆〻道理につめられ。菊が比 丘尼はやめてけり。爾ばせめての御事に血脈けちみやくなり共さつ給へとあれば。それは尤とて。すなはち方丈へ仰上られ。不生ふしやう 妙槃と道号とうがうをそへ下され。もとの身がらをあらためず。念佛さう ぞくせしがかさねおん念はれし故にや。其年より次第したいてん ばくのり。いゑ段〻だんにさかへ。子供も二人まてもふけ。今に 安全あんせんとぞ聞へける

右此助が怨霊おんれうおなきくに取つきあまつさへさきかさね成佛しやうぶつまで云顕いゝあらわせる事なれば先聞せんもんにそへてつひ一具いちぐとなさんと思ひ顕誉上人けんよしやうにんじきの御物語を再三さいさん聴聞ちやうもん仕り其外羽生村はにうむらの者共のはなしをもほゝ聞合ききあは書記かきしるものならし
元禄三年午十一月廿三日
本石町三丁目山形屋吉兵衛開板

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。