正教要理問答/信経問答の二

提供: Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動
wikisource:宗教 > カテキズム > 正教要理問答


問 しんけいの第二か條はいかとなへらるゝや

答 『またしんひとつしゅイイスス ハリストスかみどくせいよろづさきちちよりうまひかりよりのひかりまことかみよりのまことかみうまれしものにてつくられしにあらずちちいつたいにしてばんもつかれつくられ』

問 この第二か條はいかなることをあらはさるゝや

答 せいさんしゃだいにいなるかみイイスス ハリストスのことをあらはさる

問 いかかみのことをあらはさるゝや

答 かれかみちちひとりごにしてよろづさきかみちちよりうまひかりよりでしひかりまことかみよりでしまことかみつくられたるにあらうまれたるものかみちちいったいにしてばんもつみなかれにてつくられしことをあらはさる

問 なにゆえかみイイスス ハリストスしんけいおいしゅづけらるゝや

答 かみちちまことかみなるがごとかみまたまことかみなることをしめすがためなりそはしゅふのかみおなじなればなり

問 イイススふのいかなるこころなるや

答 すくものこころなり

問 なにゆえかみすくひぬしづけらるゝや

答 われすくふがためくだわれてんごくもんひらたまひたればなり

問 ハリストスふのいかなるこころなるや

答 あぶらけられたるものふのこころなり

問 なにゆえかみあぶらけられしものとはるゝや

答 かれそのじんせいおいふかせいしんめぐみたさるゝがゆえなり

問 かみほかあぶらけられしものはるゝものきや

答 むかしエウレイ(ヘブライ)のたみうちにてはこくわうさいちゃうげんしゃなどみなあぶらけられしものづけられたりしかしわれしゅイイスス ハリストスたふとこのさんしょくかねたもすなはかれわうたりさいちゃうたりげんしゃたるなり

問 なにゆえかみどくせいづけらるゝや

答 かれえいえんかみちちほんせいよりうまるゝひとりなるをもつてなり(イオアン一の十四せいしょにはかみおそるゝただしものをも神の子とづくれどもかみほんせいにはあらずかみゆうあくなるめぐみりてかみづけらるゝなり

問 かみいつかみちちよりうまれしや

答 よろづさきうまれたりすなはかみちちえいえんいますがごとかれまたえいえんいますなり

問 なにゆえかみちちいったいなるものづけらるゝや

答 かみかみちちどうたいにしてかれちちとはひとつなればなり(イオアン十の三十

問 ばんもつかれつくられとはいかなるこころなるや

答 『ばんもつみなかみよりつくられ』たるをふなり

問 しんけいの第三か條はいかとなへらるゝや

答 『われひとびとためまたわれすくひのためてんよりくだせいしんおよどうていぢょマリヤよりひととなり』

問 この第三か條においてはいかなることをあらはさるゝや

答 かみひとのからだりしことをあらはさる

問 かみいかやうにしてひとのからだられしや

答 てんよりくだせいしんちからよりしょじょマリヤよりじんたいわれごとまったひととなりたり(つみなきのほかしかれどもかみたるをうしなひしにはあらず

問 いかなるあひときかみしょぢょよりうまれしや

答 ロマの皇帝アウグストときてんせきしらぶのりでければユデヤたみみなせきのぼるが為におのおのそのふるさとかへりたりしょぢょマリヤいいなづけおつとイヲシフせきのぼるがためそのふるさとなるビフレムむらいたりしがいづれのいへみちふさがりてやどるべきいへなかりければてんの日にひつじひ入るゝほらあなうちあかしけりそのこのほらあなうちにてわれしゅイイスス ハリストスうまたまへり

問 せいけうくわいせいどうていぢょマリヤしょぢょたりしことについいかおしへらるゝや

答 どうていぢょマリヤわれしゅイイスス ハリストスむのまへむのときみしのちしょぢょなりしことをおしゆるなり

問 せいどうていぢょマリヤささぐるもっとたいせつなるたうなになりや

答 『しゃうしんどうていぢょよろこべよ云々』『つねさいはひにしてうんぬん』のたうなり

問 しんけいの第四か條はいかとなへらるゝや

答 『われためポンテイ ピラトときじふくぎうたれくるしみほうむられ』

問 この第四か條はいかなることをあらはさるゝや

答 われしゅイイスス ハリストスじふじかつけられし事くるしみし事ほうむられし事をあらはさる

問 なにゆえかれくるしみてせしや

答 かれつみなくまたつみをかさざるものなれどもただわれがはりとなりてわれつみよりすくあがなふがためくるしみてたまへり

問 イイスス ハリストスかみにしていかくるしすることをるや

答 かれそのしんせいおいしたるにあらじんせいおいしたるなりそのしんせいいたりてはもとよりくるしみくることもすることもなきなり

問 イイスス ハリストスいかなるおもくるしみけられしや

答 おほくのあくにんいろいろしかたもつて彼をあざけののしり彼のかしらいばらかんむりかむらしめかれふたりぬすびとあひだててじふじかつけたり

問 なにびといづこイイススしかばねほうむりしや

答 アリマヘヤイオシフへるとめただしひとありておのれしょゆうするあたらしきはかイイススしかばねおさめたりしかるにさいちゃうピラトもとめてはかいしふういんばんぺいつかはしてげんぢうけいしたり

問 われイイスス ハリストスつけられしすくひのじふじかけるしんかういかあらはすべきや

答 たうときそのあひときおのれじふじかしるしをなしてそのしんかうあらはすべきなり

問 しんけいの第五か條はいかとなへらるゝや

答 『だいさんじつせいしょかなふてふくくわつし』

問 この第五か條にはいかなることをあらはさるゝや

答 イイスス ハリストスよりよみがへりしことをあらはさる

問 かれいかやうよみがへりしや

答 しごみつかよあけがたに(すなはち日曜日)だいなるしんありてかみつかひはかもんよりいしころばしそのうへそのときイイスス ハリストスかみたるのさかえあらはしてよみがへれりはかを守りしばんぺいおそをののきてしたるものごとたほのちはしりてすべりしことをさいちゃうげしにかれへいそつきんあたへてそのでしたちがひそかにイイススしかばねぬすみしごとふいちゃうせしめたり

問 イイスス ハリストスほかよりよみがへりたるものありや

答 よみがへりしものありたとへきうやくおいげんしゃイサイヤサレプタやもめよみがへらせしんやくおいイイスス ハリストスラザルそのひとびとよみがへらしめたりしかれどもしゅイイスス ハリストスよみがへりしものごとほかものちからよりよみがへりしにあらみづかかみちからもつよみがへりしなり

問 なにゆえしんけいには『せいしょかなふて』とふのことばくはへられしや

答 しゅイイスス ハリストスひゃくねんぜんげんしゃそのくるしみの事の事よみがへりの事をげんせしがごとじつしてよみがへりしをあかすがめなり(イイスス ハリストスくるしみくるげんイサイヤ八十章[1]ふくくわつげんは詩十五の十[2]しかしげんしゃイオナみつかあひだくじらはらりしことはしゅみつかあひだはかりしことのしゃうなり

問 しんけいの第六か條はいかとなへらるゝや

答 『てんのぼちちみぎし』

問 この第六か條にはいかなることをあらはさるゝや

答 イイスス ハリストスてんのぼりしことをあらはさる

問 いかやうかれてんのぼりしや

答 しゅよみがへりしのち四十日後にでしたちイエルサリムよりエレオン山にみちびあげかれしゅくしゅくするときかれはなてんあげらるくもこれをうけえざらしめたりでしたちおどろきててんあふたりしにしろきころもたるふたりひとありてかたはらひけるはなんぢらはなれててんあげられしこのイイススなんぢらかれてんのぼるをたるそのごとまたたらんとかれこれをはいしていたよろこイエルサリムかへりたり

問 『ちちみぎし』とはいかなるこころなるや

答 かみイイスス ハリストスかみちちどうとうちからさかえたもつことをしめすなり

問 しんけいの第七か條はいかとなへらるゝや

答 『くわうえいあらはしてけるものせしものさばきするためまたきたそのくにおはりなからんを』

問 この第七か條にはいかなることをあらはさるゝや

答 イイスス ハリストスこのふたたのぞたまふ事こうしんぱんの事およえいえんくにの事をあらはさる

問 イイスス ハリストスこのふたたのぞたまときまへこのりしときおなじきや

答 おほいことなれりさきにはわれつみよりすくふがためもっといやしぶんもつくだりたれどもふたたのぞむのときよろづのひとさばくがためかみたるのさかえあらはしてきたらるゝなり

問 かれことごとくのひとさばかるゝや

答 けるものせるものことごとさばかるゝなりしかしせるものそのときいたりてよみがへらるゝなり

問 いかやうさばかるゝや

答 ひとびとそのおぼへあるすべてのつみはくじゃうただおこなひのみならずすべてのおもひのぞみまでもかみつかひよろづのひとまへあらはさるゝなり

問 イイスス ハリストスひとびとさばきするためいつきたらるゝや

答 そのことにんげんのみならずかみつかひまたらずこれるはかみのみなりゆえわれつねめをさましてそのようさざるべからず(マトフェイ二十五の十三

問 イイスス ハリストスこのふたたのぞたまときさきちてハリストスしんじゃためいかなるわざはひあるや

答 このアンチハリストスあらはるゝことなりアンチハリストスとはハリストスてきにしてハリストスしんじゃがいあたふることのみをつとむるものなりしかれどもついにはもっとおそろしきくるしみけてめつすべし

問 『そのくにおはりなからんを』とはいかなるくにすや

答 こうしんぱんのちきたらんとするとこしへさかゆるくにふなり

脚注 [編集]

  1. 投稿者注:イザヤ80章としているのはイザヤ53章の誤りであると思われる。
  2. 投稿者注:聖詠十五の十は詩篇十六の十に相当。