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第二「カフィズマ」

第九聖詠

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一 伶(れい)長(ちょう)に歌(うた)はしむ。ラベンの死後(しご)。ダワィドの詠(えい)。

二 主(しゅ)よ、我(われ)心(こころ)を盡(つく)して爾(なんぢ)を讃(ほ)め揚(あ)げ、爾(なんぢ)が悉(ことごと)くの奇(き)迹(せき)を傳(つた)へん。

三 至(し)上(じょう)者(しゃ)よ、我(われ)爾(なんぢ)の爲(ため)に慶(よろこ)び祝(いは)い、爾(なんぢ)の名(な)に歌(うた)はん。

四 我(わ)が敵(てき)は退(しりぞ)けらるる時(とき)、躓(つまづ)きて爾(なんぢ)が顔(かんばせ)の前(まへ)に亡(ほろ)びん。

五 蓋(けだし)爾(なんぢ)は我(わ)が判(さばき)を行(おこな)ひ、我(わ)が訟(うつたへ)を理(おさ)めたり、義(ぎ)なる審判者(しんぱんしゃ)よ、爾(なんぢ)は宝(ほう)座(ざ)に坐(ざ)し給(たま)へり。

六 爾(なんぢ)は諸民(しょみん)を憤(いきどほ)り、悪者(あくしゃ)を滅(ほろぼ)し、其(その)名(な)を永遠(えいえん)に抹(け)せり。

七 敵(てき)には武器(ぶき)悉(ことごと)く盡(つ)き、城邑(まち)は爾(なんぢ)之(これ)を毀(こぼ)ち、其(その)記(き)憶(おく)は是(これ)と偕(とも)に滅(ほろ)びたり。

八 唯(ただ)主(しゅ)は永遠(えいえん)に存(そん)す、彼(かれ)は審判(しんぱん)の爲(ため)に其(その)宝(ほう)座(ざ)を備(そな)へたり、

九 彼(かれ)は公(こう)義(ぎ)を以(もつ)て世(せ)界(かい)を審判(しんぱん)し、正(せい)直(ちょく)を以(もつ)て審判(しんぱん)を諸民(しょみん)に行(おこな)はん。

一〇 主(しゅ)は苦(くるし)めらるる者(もの)の爲(ため)に避所(かくれが)となり、憂(うれひ)の時(とき)に於(おい)て避所(かくれが)とならん。

一一 爾(なんぢ)の名(な)を知(し)る者(もの)は爾(なんぢ)を頼(たの)まん、主(しゅ)よ、爾(なんぢ)を尋(たづ)ぬる者(もの)を棄(す)てざればなり。

一二 シオンに居(を)る主(しゅ)に歌(うた)へ、彼(かれ)の行爲(しわざ)を諸民(しょみん)の中(うち)に傳(つた)へよ、

一三 蓋(けだし)彼(かれ)は血(ち)を流(なが)す罪(つみ)を問(と)ひ、之(これ)を記(き)憶(おく)して苦(くるし)めらるる者(もの)の號(さけび)を忘(わす)れず。

一四一五 主(しゅ)よ、我(われ)を憐(あはれ)め、我(われ)を死(し)の門(もん)より升(のぼ)せて、爾(なんぢ)が悉(ことごと)くの讃(さん)美(び)をシオンの女(むすめ)の門(もん)に傳(つた)へしむる者(もの)よ、我(われ)を疾(にく)む者(もの)の我(われ)に加(くは)ふる苦(くるしみ)を見(み)よ、我(われ)爾(なんぢ)が救(すくひ)の爲(ため)に喜(よろこ)ばん。

一六 諸民(しょみん)は其(その)掘(ほ)りたる阱(おとしあな)に陥(おちい)り、其(その)蔵(かくし)たる網(あみ)に其足(そのあし)は縶(まと)はれたり。

一七 主(しゅ)は其(その)行(おこな)ひし審判(しんぱん)に依(よ)りて知(し)られ、悪者(あくしゃ)は己(おのれ)が手(て)の所爲(しわざ)にて執(とら)へられたり。

一八 願(ねが)はくは悪者(あくしゃ)、凡(およ)そ神(かみ)を忘(わす)るる民(たみ)は地(ぢ)獄(ごく)に赴(おもむ)かん。

一九 蓋(けだし)貧(まづ)しき者(もの)は永(なが)く忘(わす)れらるるにあらず、乏(とぼ)しき者(もの)の望(のぞみ)は永(なが)く絶(た)たるるにあらず。

二〇 主(しゅ)よ、起(お)きよ、人(ひと)に勝(かち)を得(え)しむる毋(なか)れ、願(ねが)はくは諸民(しょみん)は爾(なんぢ)が顔(かんばせ)の前(まへ)に審判(しんぱん)せられん。

二一 主(しゅ)よ、彼(かれ)等(ら)をして懼(おそ)れしめよ、諸民(しょみん)が己(おのれ)の人(ひと)たるを知(し)らん爲(ため)なり。

二二 主(しゅ)よ、何(なん)ぞ遠(とほ)く立(た)ち、憂(うれひ)の時(とき)に己(おのれ)を隠(かく)す。

二三 悪者(あくしゃ)は誇(ほこり)りに依(よ)りて貧(まづ)しき者(もの)を陵(しの)ぐ、願(ねが)はくは彼(かれ)等(ら)自(みづか)ら設(もう)くる所(ところ)の謀(はかりごと)に陥(おちい)らん。

二四 蓋(けだし)悪者(あくしゃ)は其(その)霊(たましひ)の慾(よく)を以(もつ)て自(みづか)ら誇(ほこ)り、利(り)を貪(むさぼ)る者(もの)は己(おのれ)を讃(ほ)む。

二五 悪者(あくしゃ)は其(その)驕(おごり)に依(よ)りて主(しゅ)を軽(かろ)んじて、糺(ただ)さざらんと云(い)ふ、其(その)悉(ことごと)くの思(おもひ)の中(うち)に神(かみ)なしとす。

二六 彼(かれ)の道(みち)は恒(つね)に害(がい)あり、爾(なんぢ)の定(さだめ)は彼(かれ)に遠(とほ)ざかる、彼(かれ)は其(その)悉(ことごと)くの敵(てき)を藐(かろ)んじ視(み)る、

二七 其(その)心(こころ)に謂(い)ふ、我動(われうご)かざらん、代代(よよ)禍(わざはひ)に遭(あ)はざらんと、

二八 其口(そのくち)には詛呪(のろひ)と欺詐(あざむき)と詭計(いつはり)とを満(み)て、其舌(そのした)の下(もと)には窘迫(くるしめ)と残害(そこなひ)あり。

二九 彼(かれ)は垣(かき)の後(うしろ)、埋伏所(まいふくしょ)に坐(ざ)し、罪(つみ)なき者(もの)を隠(かく)れたる所(ところ)に殺(ころ)し、目(め)を以(もつ)て貧(まづ)しき者(もの)を窺(うかが)ふ、

三〇 隠(かく)れたる所(ところ)に伏(ふ)し狙(ねら)ふこと、獅(しし)が窟(いはや)に在(あ)るが如(ごと)し、埋伏所(まいふくしょ)に伏(ふ)し狙(ねら)ひて、貧(まづ)しき者(もの)を執(とら)へんとす、貧(まづ)しき者(もの)を執(とら)へ、牽(ひ)きて己(おのれ)の網(あみ)に入(い)る。

三一 彼(かれ)は跼(かが)みて伏(ふ)し、貧(まづ)しき者(もの)は其(その)勁(つよ)き爪(つめ)に落(お)つ。

三二 彼(かれ)は其(その)心(こころ)に謂(い)ふ、神(かみ)は忘(わす)れ、己(おのれ)の面(おもて)を匿(かく)せり、永(なが)く見(み)ざらんと。

三三 主(しゅ)我(わ)が神(かみ)よ、起(お)きて、爾(なんぢ)の手(て)を挙(あ)げよ、苦(くるし)めらるる者(もの)を永(なが)く忘(わす)るる毋(なか)れ。

三四 何(なん)ぞ悪者(あくしゃ)は神(かみ)を軽(かろ)んじて、其(その)心(こころ)に爾(なんぢ)は糺(ただ)さざらんと云(い)ふ。

三五 爾(なんぢ)之(これ)を見(み)る、蓋(けだし)爾(なんぢ)は陵(しのぎ)と虐(しへたげ)とを鑒(かんが)みる、爾(なんぢ)の手(て)を以(もつ)て之(これ)に報(むく)いん爲(ため)なり。貧(まづ)しき者(もの)は爾(なんぢ)に頼(よ)る、孤(みなしご)を扶(たす)くる者(もの)は爾(なんぢ)なり。

三六 求(もと)む、悪者(あくしゃ)と罪者(ざいしゃ)との臂(ひぢ)を折(くじ)きて、其(その)悪(あく)事(じ)を尋(たづ)ぬとも得(う)るなきに至(いた)らしめよ。

三七 主(しゅ)は王(おう)となりて、世世(よよ)に終(おはり)なからん、異(い)邦民(ほうみん)は其(その)地(ち)より絶(た)たれん。

三八 主(しゅ)よ、爾(なんぢ)は謙(けん)卑(ぴ)の者(もの)の願(ねがひ)を聞(き)く、彼(かれ)等(ら)の心(こころ)を固(かた)めよ、爾(なんぢ)の耳(みみ)を開(ひら)きて、

三九 孤(みなしご)と苦(くるし)めらるる者(もの)との爲(ため)に審判(しんぱん)を行(おこな)ひ給(たま)へ、人(ひと)が復(また)地(ち)上(じょう)に於(おい)て恐嚇(おどし)を爲(な)さざらん爲(ため)なり。

第十聖詠

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伶(れい)長(ちょう)に歌(うた)はしむ。ダワィドの詠(えい)。

一 我(われ)主(しゅ)を恃(たの)む、爾(なんぢ)等(ら)何(なん)ぞ我(わ)が霊(たましひ)に謂(い)ふ、鳥(とり)の如(ごと)く飛(と)びて爾(なんぢ)の山(やま)に至(いた)れ。

二 蓋(けだし)視(み)よ、悪人(あくにん)弓(ゆみ)を張(は)り、其(その)矢(や)を弦(つる)に注(つが)へ、暗(くらき)に在(あ)りて心(こころ)の義(ぎ)なる者(もの)を射(い)んと欲(ほつ)す。

三 基(もとい)壊(やぶ)られたらば、義(ぎ)人(じん)何(なに)をか爲(な)さん。

四 主(しゅ)は其(その)聖殿(せいでん)に在(あ)り、主(しゅ)の宝(ほう)座(ざ)は天(てん)に在(あ)り、其(その)目(め)は貧(まづ)しき者(もの)を見(み)、其(その)瞼(まぶた)は人(ひと)の諸(しょ)子(し)を試(こころ)みる。

五 主(しゅ)は義(ぎ)者(しゃ)を試(こころ)み、其(その)心(こころ)は悪人(あくにん)と暴虐(しへたげ)を好(この)む者(もの)とを疾(にく)む。

六 彼(かれ)は熱炭(やけずみ)、烈(もえ)火(び)硫(ゆ)黄(おう)を雨(あめ)の如(ごと)く悪人(あくにん)に注(そそ)がん、炎風(やきかぜ)は彼(かれ)等(ら)が杯(さかづき)の分(ぶん)なり。

七 蓋(けだし)主(しゅ)は義(ぎ)にして義(ぎ)を愛(あい)し、其(その)顔(かんばせ)は義(ぎ)人(じん)を視(み)る。

光榮讃詞

第十一聖詠

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一 伶(れい)長(ちょう)に八弦(はちげん)の楽(がく)器(き)を以(もつ)て歌(うた)はしむ。ダワィドの詠(えい)。

二 主(しゅ)よ、我(われ)を救(すく)ひ給(たま)へ、蓋(けだし)義(ぎ)人(じん)は絶(た)えたり、人(ひと)の子(こ)の中(うち)に忠(ちゅう)信(しん)の者(もの)なし。

三 人(ひと)各(おのおの)其(その)隣(となり)に譌(いつはり)を言(い)ひ、媚(こ)び諂(へつら)ふ口(くち)にて貳(ふた)心(ごころ)より言(い)ふ。

四 主(しゅ)は悉(ことごと)くの媚(こ)び諂(けつら)ふ口(くち)、誇(ほこ)り高(たか)ぶる舌(した)を絶(た)ち、

五 彼(か)の言(い)ひて、我(わ)が舌(した)にて勝(か)たん、我(わ)が口(くち)は我(われ)等(ら)と共(とも)にあり、誰(たれ)か我(われ)等(ら)に主(しゅ)たらんと云(い)ふ者(もの)を絶(た)たん。

六 主(しゅ)曰(いは)く、貧(まづ)しき者(もの)の苦(くるしみ)乏(とぼ)しき者(もの)の嘆(なげき)に因(よ)りて、我(われ)今(いま)興(お)き、執(とら)へられんとする者(もの)を危(あやう)からざる處(ところ)に置(お)かん。

七 主(しゅ)の言(ことば)は淨(きよ)き言(ことば)なり、爐(いろり)に於(おい)て土(つち)より淨(きよ)められて、七次(ななたび)錬(ね)られたる銀(ぎん)なり。

八 主(しゅ)よ、爾(なんぢ)は我(われ)等(ら)を保(たも)ち、我(われ)等(ら)を護(まも)りて、斯(こ)の世(よ)より永遠(えいえん)に至(いた)らん。

九 人(ひと)の子(こ)の中(うち)、小(しょう)人(じん)高(たかき)に在(あ)れば、悪者(あくしゃ)四方(よも)に環(めぐ)る。

第十二聖詠

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一 伶(れい)長(ちょう)に歌(うた)はしむ。ダワィドの詠(えい)。

二 主(しゅ)よ、我(われ)を全(まつた)く忘(わす)るること何(いづれ)の時(とき)に至(いた)るか、爾(なんぢ)の面(おもて)を我(われ)に隠(かく)すこと何(いづれ)の時(とき)に至(いた)るか、

三 我(わ)が己(おのれ)の霊(たましひ)の中(うち)に謀(はか)り、心(こころ)の中(うち)に日(にち)夜(や)憂(うれひ)を懐(いだ)くこと、何(いづれ)の時(とき)に至(いた)るか、我(わ)が敵(てき)の我(われ)に高(たか)ぶること、何(いづれ)の時(とき)に至(いた)るか。

四 主(しゅ)我(わ)が神(かみ)よ、顧(かへり)みて我(われ)に聴(き)き給(たま)へ、我(わ)が目(め)を明(あきらか)にして、我(われ)を死(し)の寐(ねむり)に寐(い)ねざらしめ給(たま)へ、

五 我(わ)が敵(てき)が我(われ)は彼(かれ)に勝(か)てりと曰(い)はざらん爲(ため)、我(われ)を攻(せ)むる者(もの)が我(われ)の撼(うご)く時(とき)に喜(よろこ)ばざらん爲(ため)なり。

六 我(われ)爾(なんぢ)の憐(あはれみ)を恃(たの)み、我(わ)が心(こころ)爾(なんぢ)の救(すくひ)を喜(よろこ)ばん、我(われ)恩(おん)を施(ほどこ)す主(しゅ)を讃(ほ)め頌(うた)ひ、至(し)上(じょう)なる主(しゅ)の名(な)を崇(あが)め歌(うた)はん。

第十三聖詠

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伶(れい)長(ちょう)に歌(うた)はしむ。ダワィドの詠(えい)。

一 無知(むち)なる者(もの)は其(その)心(こころ)に神(かみ)なしと謂(い)へり。彼(かれ)等(ら)は自(みづか)ら壊(やぶ)れ、憎(にく)むべき事(こと)を行(おこな)へり、善(ぜん)を爲(な)す者(もの)なし。

二 主(しゅ)は天(てん)より人(ひと)の諸(しょ)子(し)を臨(のぞ)み、或(あるひ)は智(ち)の明(あきらか)にして、神(かみ)を求(もと)むる者(もの)ありやを見(み)んと欲(ほつ)す。

三 皆迷(みなまよ)ひ、均(ひと)しく無(む)用(よう)と爲(な)れり、善(ぜん)を行(おこな)ふ者(もの)なし、一(いつ)も亦(また)なし。

四 凡(およ)そ不(ふ)法(ほう)を行(おこな)ひ、餅(パン)を食(くら)ふ如(ごと)く我(わ)が民(たみ)を食(くら)ひ、及(およ)び主(しゅ)を呼(よ)ばざる者(もの)、豈(あ)に悟(さと)らずや。

五 彼(かれ)等(ら)は懼(おそれ)なき處(ところ)に懼(おそ)れん、蓋(けだし)神(かみ)は義(ぎ)人(じん)の族(ぞく)にあり。

六 爾(なんぢ)等(ら)は貧者(ひんじゃ)の意(おもひ)に、主(しゅ)は彼(かれ)の恃(たのみ)なりと、謂(い)ふを嘲(あざけ)りたり。

七 誰(たれ)かシオンより救(すくひ)をイズライリに與(あた)へん。主(しゅ)が其民(そのたみ)の虜(とりこ)を返(かへ)さん時(とき)、イヤコフは喜(よろこ)びイズライリは楽(たのし)まん。

光榮讃詞

第十四聖詠

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ダワィドの詠(えい)。

一 主(しゅ)よ、孰(たれ)か爾(なんぢ)の住所(すまひ)に居(を)るを得(う)る、孰(たれ)か爾(なんぢ)の聖山(せいざん)に在(あ)るを得(う)る。

二 玷(きず)なきを行(おこな)ひ、義(ぎ)を爲(な)し、其(その)心(こころ)に真実(しんじつ)を言(い)ふ者(もの)、

三 其舌(そのした)にて讒(ざん)せず、其(その)親(した)しき者(もの)に悪(あく)を爲(な)さず、其(その)隣(となり)を謗(そし)る言(ことば)を受(う)けず、

四 邪僻(よこしま)なる者(もの)を藐(かろ)んじ、主(しゅ)を畏(おそ)るる者(もの)を尊(とうと)み、誓(ちかひ)を発(はつ)すれば悪人(あくにん)に於(おい)てすと雖(いへども)変(か)へず、

五 銀(ぎん)を貸(か)して利(り)を取(と)らず、賂(まひなひ)を受(う)けて辜(つみ)なき人(ひと)を責(せ)むることをせざる者(もの)なり。此(か)くの如(ごと)く行(おこな)ふ者(もの)は永(なが)く撼(うご)かざらん。

第十五聖詠

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ダワィドの歌(うた)。

一 神(かみ)よ、我(われ)を護(まも)り給(たま)へ、我(われ)爾(なんぢ)を恃(たの)めばなり。

二 我(われ)主(しゅ)に謂(い)へり、爾(なんぢ)は我(わ)が主(しゅ)なり、我(われ)の福(ふく)は爾(なんぢ)の賚(たまもの)に非(あらざ)るなし。

三 地(ち)上(じょう)の聖人(せいじん)と爾(なんぢ)の奇異(きい)なる者(もの)とは、我(われ)専(もつぱら)之(これ)を慕(した)ふ。

四 趨(はし)りて他(た)の神(かみ)に向(むか)ふ者(もの)は、願(ねが)はくは其(その)憂(うれひ)益(ますます)多(おほ)からん、其(その)灌奠(そそぎまつり)の血(ち)は、我(われ)之(これ)を灌(そそ)がず、其(その)名(な)は我(わ)が口(くち)に之(これ)を称(とな)へざらん。

五 主(しゅ)は我(わ)が嗣(し)業(ぎょう)と我(わ)が爵(さかづき)との分(ぶん)なり、爾(なんぢ)は我(われ)の䰗(くじ)を執(と)る。

六 我(われ)の壟界(あぜ)は美(うるは)しき地(ち)を繞(めぐ)る、我(われ)の嗣(し)業(ぎょう)は我(わ)が喜(よろこ)ぶ所(ところ)なり。

七 我(われ)は我(わ)が悟(さとり)を啓(ひら)きし主(しゅ)を讃(ほ)め揚(あ)げん、夜(よ)に於(おい)ても我(わ)が中(ちゅう)心(しん)我(われ)を誨(をし)ふ。

八 我恒(われつね)に主(しゅ)を我(わ)が前(まへ)に見(み)たり、蓋(けだし)彼(かれ)は我(わ)が右(みぎ)にあり、我(わ)が動(うご)かざらん爲(ため)なり。

九 此(これ)に因(よ)りて我(わ)が心(こころ)は喜(よろこ)び、我(わ)が舌(した)は楽(たのし)めり、我(わ)が肉体(にくたい)も望(のぞみ)に安(やす)んぜん、

一〇 蓋(けだし)爾(なんぢ)我(わ)が霊(たましひ)を地(ぢ)獄(ごく)に遺(のこ)さず、爾(なんぢ)の聖者(せいしゃ)に朽(く)つるを見(み)ざらしめん。

一一 爾(なんぢ)我(われ)に生命(せいめい)の道(みち)を示(しめ)さん、爾(なんぢ)が顔(かんばせ)の前(まへ)に喜(よろこび)の充(じゅう)満(まん)あり、爾(なんぢ)が右(みぎ)の手(て)に世世(よよ)の福楽(ふくらく)あり。

第十六聖詠

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ダワィドの祈(き)祷(とう)。

一 主(しゅ)よ、我(われ)の直(なほき)を聴(き)き、我(われ)の呼(よ)ぶを聆(き)き納(い)れ、僞(いつはり)なき口(くち)より出(い)づる祷(いのり)を受(う)け給(たま)へ。

二 願(ねが)はくは我(われ)を糺(ただ)す判(さばき)は爾(なんぢ)の顔(かんばせ)より出(い)で、爾(なんぢ)の目(め)は義(ぎ)に注(そそ)がん。

三 爾(なんぢ)は已(すで)に我(わ)が心(こころ)を驗(ため)し、夜(や)中(ちゅう)に臨(のぞ)み、我(われ)を試(こころ)みて得(え)たる所(ところ)なし、我(わ)が口(くち)は我(われ)の思(おもひ)に離(はな)れず。

四 人(ひと)の行爲(しわざ)に於(おい)ては、我(われ)爾(なんぢ)が口(くち)の言(ことば)に循(したが)ひて、迫害者(はくがいしゃ)の途(みち)を愼(つつし)めり。

五 我(わ)が歩(あゆみ)を爾(なんぢ)の路(みち)に固(かた)めよ、我(わ)が足(あし)の蹶(つまづ)かざらん爲(ため)なり。

六 神(かみ)よ、我(われ)爾(なんぢ)に籲(よ)ぶ、蓋(けだし)爾(なんぢ)我(われ)に聴(き)かん、爾(なんぢ)の耳(みみ)を我(われ)に傾(かたぶ)けて、我(わ)が言(ことば)を聆(き)き給(たま)へ。

七 爾(なんぢ)を頼(たの)む者(もの)を爾(なんぢ)の右(みぎ)の手(て)に敵(てき)する者(もの)より救(すく)ふ主(しゅ)よ、爾(なんぢ)の妙(たへ)なる憐(あはれみ)を顕(あらは)し給(たま)へ。

八 我(われ)を眸子(ひとみ)の如(ごと)く護(まも)れ、爾(なんぢ)が翼(つばさ)の蔭(かげ)を以(もつ)て、

九 我(われ)を攻(せ)むる不(ふ)虔者(けんしゃ)の面(おもて)、我(われ)を環(めぐ)る我(わ)が霊(たましひ)の敵(てき)より我(われ)を覆(おほ)ひ給(たま)へ。

一〇 彼(かれ)等(ら)は己(おのれ)の脂(あぶら)に包(つつ)まれ、己(おのれ)の口(くち)にて高(たか)ぶり言(い)ふ。

一一 今(いま)我(わ)が歩(あゆ)む度(たび)に我(われ)等(ら)を環(めぐ)り、目(め)に狙(ねら)ひて、地(ち)に顛(たふ)さんと欲(ほつ)す。

一二 彼(かれ)等(ら)は獲(え)物(もの)を貪(むさぼ)る獅(しし)の如(ごと)く、隠(ひそか)なる處(ところ)に蹲(うづくま)る小(こ)獅(じし)の如(ごと)し。

一三 主(しゅ)よ、起(お)きよ、彼(かれ)等(ら)に先(さき)だちて彼(かれ)等(ら)を殪(たふ)し、爾(なんぢ)の劍(つるぎ)を以(もつ)て我(わ)が霊(たましひ)を不(ふ)虔者(けんしゃ)より救(すく)へ、

一四 主(しゅ)よ、爾(なんぢ)の手(て)を以(もつ)て人(ひと)卽(すなはち)世(よ)の人(ひと)より救(すく)ひ給(たま)へ。彼(かれ)等(ら)の業(ぎょう)は今生(こんせい)にあり、爾(なんぢ)は爾(なんぢ)の宝蔵(ほうぞう)より其腹(そのはら)を充(み)たし、彼(かれ)等(ら)の子(こ)は饜(あ)きて、餘(あまり)を其裔(そのすゑ)に残(のこ)さん。

一五 惟(ただ)我(われ)は義(ぎ)を以(もつ)て爾(なんぢ)の顔(かんばせ)を見(み)んとす、覚(さ)め起(お)きて爾(なんぢ)の容(かたち)を以(もつ)て自(みづか)ら饜(あ)き足(た)らん。

光榮讃詞