邦文日本外史/卷之二

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邦文日本外史
卷之二源氏正記源氏上
作者：頼山陽
訳者：池辺義象
明治四十四年
1911年

姉妹プロジェクト：データ項目

底本: 頼山陽著ほか『邦文日本外史』,郁文舎[ほか],明44.2. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/771547

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扉と挿図。序。上書。目次。

卷之一 源氏前記平氏。卷之二 源氏正記源氏上。卷之三 源氏正記源氏下。

卷之四 源氏後記北條氏。卷之五 新田氏前記楠氏。卷之六 新田氏正記新田氏。

卷之七 足利氏正記足利氏上。卷之八 足利氏正記足利氏中。卷之九 足利氏正記足利氏下。

卷之十 足利氏後記後北條氏。卷之十一 足利氏後記武田氏上杉氏。卷之十二 足利後記毛利氏。

卷之十三 德川氏前記織田氏上。卷之十四 德川氏前記織田氏下。卷之十五 德川氏前記豐臣氏上。

卷之十六 德川氏前記豐臣氏中。卷之十七 徳川氏前記豊臣氏下。卷之十八 德川氏正記德川氏一。

卷之十九 德川氏正記德川氏二。卷之二十 德川氏正記德川氏三。卷之廿一 德川氏正記德川氏四。

卷之廿二 德川氏正記德川氏五。

邦文日本外史卷之二

源氏正記

源氏上

（源氏系圖）

源氏系統
貞純親王源氏は、淸和天皇より出づ。天皇の宮人（きうじん）王氏（わうし）、貞純親王（さだずみしんわう）を生む。四品（ほん）に叙し、兵部卿（ひやうぶきやう）に任ぜられ、桃園（もゝぞの）親王と稱せり。親王二子あり。經基（つねもと）と曰ひ、經生（つねなり）と曰ふ。皆源氏姓を賜はる。

經基、武幹あり、騎射を善くす。親王は帝（てい）の第六子たりしを以て、世、經基を呼びて六孫王（ろくそんわう）六孫王經基と曰ひき。天慶（てんぎやう）中、武藏介（むさしのすけ）と爲る。平將門（たひらまさかど）の反せし時、間行（かんかう）して、入りて之を奏（そう）す。因（よ）りて從五位下に拜（はい）す。藤原忠文（たゞふみ）に從ひて、將門を伐（う）ち、又小野（をの）好古（よしふる）に從ひて賊黨藤原純友（すみとも）を伐つ。終に正四位下に叙し、鎭守府（ちんじゆふ）將軍（しやうぐん）に任ぜらる。子孫世（よゝ）武臣たり。其旗白きを用ゐる。

經基の子多田滿仲八子あり。長は滿仲（みつなか）、攝津の多田（たゞ）に生る。父の職位（しよくゐ）【父の職位】正四位下、鎭守府將軍を襲（つ）ぎ、關東（くわんとう）の士心を得たり。安和二年
安和の變冷泉（れいぜい）帝安和（あんわ）二年、中務少輔（なかつかさのせふ）橘（たちばな）繁延（しげのぶ）、前（さきの）相模介（すけ）藤原千晴（ちはる）等、密に爲平（ためひら）親王を挾（さしはさ）みて關東に奔り、亂を爲さんことを謀（はか）る。滿仲これに與（あづか）る。已にして滿仲、繁延と𨻶あり。遂に自首（じしゆ）す。攝政（せつしやう）藤原實賴（さねより）の旨を以て、弟滿季（みつすゑ）と與（とも）に繁延、千晴を捕（とら）へて之を流（なが）す。是時に當りて京師の騷擾、天慶の亂の如しと云ふ。

滿仲、甞て謂（おも）へらく、武臣天子を衛（まも）るに、利刀無かる可らずと。乃、筑前（ちくぜん）の良冶（りやうや）某を召し、鍛鍊（たんれん）すること六旬にして、二刀を得（え）たり。鬚截、膝丸名づけて鬚截（ひげきり）といひ、膝圓（ひざまる）といふ。之を子孫に傳へぬ。滿仲、官左馬頭（さまのかみ）に至る。卒（しゆつ）するに及びて、從三位を贈らる。

滿仲の子四子あり。賴光（よりみつ）、賴親（よりちか）、源賢（げんけん）、賴信（よりのぶ）。源賢、僧となる。賴親、興福寺の僧と鬪ひしに坐（ざ）して、流（る）に處（しよ）せらる。大和源氏子孫大和に居り、大和源氏と稱す。

賴光賴光、材武に名あり。東宮大進（とうぐうのだいしん）たり。永延中、攝政藤原兼家（かねいへ）、新第（しんてい）を造（つく）り、之を落（らく）す。賴光、馬三十匹を遺（おく）りて、以て賓客に分つ。兼家の子道隆（みちたか）、攝政を襲ぐ。其弟右（う）大將道兼（みちかね）、之と權を爭ふ。賴信、素より道兼に事へたり。賴光に謂て曰く、「吾が力能く道隆を刺し、我が主をして之に代らしめん」と。賴光、其口を掩（おほ）ひて曰く、「妄言する毋（なか）れ。事敗るれば、肝腦（かんなう）地（ち）に塗（まみ）れん。汝が主も亦豈晏然として止る可けんや」と。賴信、乃止（や）む。賴光、三子あり。長は賴國（よりくに）、子孫世（よゝ）多田（たゞ）に居り攝津源氏攝津源氏と稱す。

平忠常の亂賴信、尤勇敢（ゆうかん）にして、善く兵を用ゐる。長元中甲斐守と爲る。會（たま〳〵）上總介（すけ）平忠常（たゞつね）、亂を作す。朝廷上野介（すけ）平直方（なほかた）をして東海、東山の兵を將（ひき）ゐてこれを討たしむ。三歲にして平ぐること能はず。乃、賴信を以て常陸介（すけ）となし、之を伐たしむ。賴信、命を聞きて卽往く。人其兵の集るを待ちて進まむことを勸むれども聽かず。遂に子の賴義（よりよし）等を率ゐ、進みて鹿島（かしま）に赴く。忠常舟を奪（うば）ひ、柵（さく）を海岸に列ぬ。濟（わた）る可からず。賴信、弱を示して之を怠らせんことを計り、使をして和を請はしむ。忠常肯（がへん）ぜず。是に於て、衆を聚めて戰を議す。衆謂（い）へらく、「其れ舟筏（しうばつ）なし。宜しく海を循（めぐ）りて赴き攻むべし」と。賴信曰く、「不可なり。賊險を恃（たの）む。吾れ直に渡りて、其（その）備（そな）へざるを攻めば、一戰にして下す可きなり。聞く、淺き處ありて騎渡（きと）すべしと。軍中豈之を知る者有らんか」と。高文（たかふみ）といふ者あり。自之を知ると稱し、馳（は）せて海に入り、行（ゆく〳〵）葦（あし）を立てゝ表と爲す。賴信、軍を麾（さしまね）きて之に從ふ。忠常驚怖し、出でゝ降（くだ）る。賴信、忠常を斬る之を斬（き）り、首（かうべ）を京師に効（いた）す。功を以て從四位上に叙し、上野、常陸介に任ず。賴信謝（しや）して曰く、「臣天威（てんゐ）を藉（か）り、刃（やいば）に血ぬらずして强賊を降すを得たり。何の功か之れ有らん。臣老いたり、遠任（ゑんにん）に堪（た）へず。願はくは改めて丹波を守るを得ん。敢て望む所に非るなり」と。許されず。

賴義子の賴義、沉斷にして武略あり。小一條院の判官代（はうぐわんだい）となる。每（つね）に獵（かり）に從ひ、善く弱弓を用ゐて猛獸を殪（たふ）す。平直方、其材藝を奇とし、女（むすめ）を以て之に妻（めあは）す。旣にして賴義、八幡神より劍（けん）を賜（たま）ふと夢（ゆめ）み、其妻姙（はら）むことありて、子を生む。賴義喜びて曰く、「此兒、必我が家を興（おこ）さん」と。因りて名づけて義家（よしいへ）と曰ふ。長ずるに及びて八幡の祠前（しぜん）に冠し、八幡太郞八幡太郞と稱す。人と爲（な）り英果にして射を善くす。征行（せいかう）ある每に、未だ嘗て從はずんばあらず。賴義相模守となる。州俗、武を好む。賴義、義家、撫（ぶ）するに恩威（おんゐ）を以てす。豪傑爭ひ服し之が用を爲すを樂しむ。

（安倍氏系圖）

前九年戰
安倍賴時是時に當りて陸奧（むつ）の豪傑安倍賴時（あべのよりとき）、諸部落を併（あは）せて、六郡の酋長（しうちやう）と爲（な）る。國守（こくしゆ）、秋田城介（あきたじやうのすけ）と、兵を合せて之を伐（う）つ。賴時、逆（むか）へ擊（う）ちて大に之を敗（やぶ）る。白河關（しらかはのせき）以北海に傳（いた）るまで、盡く叛き附く。朝議（てうぎ）、賴義を以て陸奧守と爲す。義家及び次子の義綱（よしつな）と、兵を率ゐて赴き伐つ。大赦（たいしや）に會（あ）ふ。賴時、兵を解きて降り、賴義に臣として事（つか）ふ。賴義遂に鎭守府（ちんじゆふ）將軍（しやうぐん）を兼ぬ。

永承七年永承七年、任滿ちて、將に還らんとし、府に入りて事を視（み）る。賴時、厚く其軍を犒（ねぎら）ふ。旣にして罷めて國府に歸り、阿栗（あくり）川に宿（しゆく）す。人あり、藤原光貞（みつさだ）の營を襲ふ。初め賴時の長子貞任（さだたふ）、婚（こん）を光貞に請へども聽（ゆる）さず。故を以て之に報ぜしなり。

衣川關是に於て、賴義、貞任を執（とら）へんと欲す。賴時、乃兵を擧げて反し、衣川關（ころもがはのせき）に據（よ）る。賴義奏（そう）して再任を請ひ、兵を發して之を伐つ。賴時の婿（むこ）藤原經淸（つねきよ）、平永衡（ながひら）、來りて官軍に屬す。或人、永衡、虜（りよ）と私ありと吿ぐ。賴義、永衡を捕（とら）へてこれを斬る。經淸も亦自ら安んぜず。遁（のが）れて賴時に歸す。賴時の族富忠（とみたゞ）、勇にして衆あり。賴義、勅旨を以て諭（さと）し、官軍に應ぜしむ。賴時も亦親往きて之を說く。賴義富忠をして兵を伏（ふ）せて要擊せしめ、賴時誅せらる賴時を獲て、之を誅す。而れども貞任の軍猶張る。貞任魁傑（くわいけつ）にして、善く兵を用ゐる。官軍數（しば〳〵）利あらず。歲比（しきり）に飢（き）に屬し糧食給（た）らず。天喜五年天喜五年、賴義、奏して兵食を徵（ちよう）せんことを請ふ。其十一月、自兵千八百を將ゐて、貞任を河碕（かはさき）に伐つ。大風雪に會ひて、人馬凍飢（とうき）す。貞任選兵（せんぺい）四千を以（ゐ）て、鳥海の戰鳥海（とのみ）に戰ひ、左右の翼を縱（はな）ち、大に我が軍を敗る。我が軍餘る所僅に六騎（き）なり。虜（りよ）、急に之れを圍（かこ）む。矢下ること雨の如し。賴義、義家みな馬を傷つく。從騎下りて之を授く。義家、藤原範明（のりあき）等と、縱橫に奮擊す。虜兵相警（いまし）めて曰く、「八幡太郎なり」と。遂に退き去る。

源兼長
【出羽守】兼長賴義既に免れ、乃、奏すらく、「兵食の至らざる、遠近皆然り。且出羽守、臣と力を戮（あは）せず」と。是に於て、詔して出羽守を罷（や）む。新守至るも、亦敢て來り援（たす）けず。貞任の勢益（ます〳〵）張る。【新守】源齊賴
賴義の再從兄弟經淸をして私符（しふ）を以て官物を徵（め）さしむ。令して曰く、「白符（はくふ）を用ゐよ、赤符（せきふ）を用ゐる勿れ」と。赤符は官符（くわんぷ）なり。賴義、益（ます〳〵）困（くる）しむ。對守（たいしゆ）せしこと數歲なり。康平五年康平五年、任滿ち、高階經重（たかしなつねしげ）に詔して代り任ぜしむ。國民賴義を慕ひて、經重に服せず。經重已むを得ずして去る。

淸原光賴、武則是に於て、賴義必虜（りよ）を滅ばさんことを矢（ちか）ひ、人をして出羽の酋（しう）淸原光賴（きよはらみつより）、及び弟武則（たけのり）に說かしめ、諭（さと）すに大義（たいぎ）を以てせしむ。七月、武則、子弟以下萬餘人を率ゐて至る。賴義、三千人を以て【營岡】陸奥營岡（たむろのをか）に會議して、七陣（ぢん）と爲し、武則等を以て分ちて之に將たらしめ、而して自第五陣に將たり。進みて【萩埓】陸奥萩埓（はぎのばば）に至る。將（まさ）に【小松】出羽小松柵小松の柵（さく）を攻めんとし、凶日（きようじつ）を以て果（はた）さず。淸原氏の候騎（かうき）、誤りて火を民家に失するに會（あ）ふ。柵中大に囂（かまびす）し。賴義、武則に謂て曰く、「機（き）失ふ可らず。日に拘（かゝは）りて何をか爲さん」と。對へて曰く、「我が兵怒りて火の如し。宜しく此時に及びて之を用ゐるべし」と。乃騎兵を遣し、其衝路（しようろ）を絕（た）ち、而して歩兵薄（せま）りて之を攻む。深江是則（ふかえこれのり）等、死士を以て險（けん）を冐（をか）し、柵に入る。虜大に擾（みだ）る。貞任（さだたふ）、弟の宗任（むねたふ）をして、出でて戰はしむ。賴義、麾下（きか）を以て橫（よこさま）に擊ちて之を破る。虜の遊軍、又我第七軍を襲ふ。亦擊ちて大に之を破る。虜遂に柵を棄てゝ走る。乃、柵を焚きて退く。霖雨（りんう）に會ひて留ること旬餘（じゆんよ）。磐井（いはゐ）以南盡（こと〴〵）く宗任に應（おう）じて、我が糧道（りやうだう）を侵奪す。賴義兵を分ちて赴き拒（ふせ）ぐ。九月、貞任我が兵の寡（すくな）きを瞰（うかゞ）ひ、精騎八千を以て來り襲ふ。武則（たけのり）、曰く、「我れ客兵（かくへい）にして、糧乏（とぼ）し。利速に戰ふに在り。彼れ坐（ゐ）ながら之を困（くる）しめんとせずして來り戰ふは、是れ自、首を授くるなり」と。賴義大に喜び、長蛇陣長蛇陣（ちやうだのぢん）を爲し、逆（むか）へ戰ふこと半日、大に之を破る。走るを追ひて、磐井河（いはゐかは）に至りて曰く、「吾れ機（き）に乗（じようじ）じて遂に其巢穴を擣（つ）かんと欲す」と。武則をして八百騎を以て、夜之を追はしむ。武則更に死士五十を揀（えら）び、間道より貞任の營を焚き、內外より合擊（がふげき）す。虜の軍大に亂れ、走りて衣川險衣川（ころもがは）の險を保つ。賴義、義家、進みて之を攻む。河水方（まさ）に漲る。武則等、戰利あらず。河岸（かがん）樹有りて水を覆（おほ）ふを見、武則、矯捷（けうせふ）の者をして樹を攀（よ）ぢて河を踰（こ）え、火を虜の營に縱（はな）たしむ。貞任駭（おどろ）き走る。賴義追擊して、連（しきり）に二柵【二柵】大麻生野、瀨原鳥海の柵を破り、進みて鳥海（とのみ）の柵を拔く。乃、將士を會して飮み、武則に謂て曰く、「吾れ此に至るを得しは、子の力なり。子吾が面目を視（み）る奚若（いかん）」と。對へて曰く、「臣、將軍の爲に鞭（むち）を執る。何の力か之れ有らん。將軍、忠を天子に盡し、野に暴露（ばくろ）する十餘年、頭髪（とうはつ）みな白（しろ）し。天地爲に動き、將士爲に奮ふ。虜を破る河を決するが如し。今將軍を視るに、髪（かみ）復（また）半黑なり。即（も）し貞任を獲ば、全黑（ぜんこく）とならん」と。賴義喜び、又進みて三柵【三柵】黒澤尻鶴脛、比與登利、出羽を破り、貞任を追ひて、厨川（くりやがは）【厨川】出羽厨川柵の柵に至る。柵、水澤（すゐたく）に據り、壘（るゐ）を高（たか）くし、塹（せん）を深（ふか）くし、塹中に刄を植（た）て、死を以て之を守り、我が兵數百人を殺す。賴義、人家を壞（こは）ち塹を堙（うづ）めしめ、馬を下りて遙（はるか）に京師を拜し、手に火を取り、號（がう）して神火（しんくわ）と爲し、之を投ず。風起こるに會ひ、壘柵（るゐさく）皆火となる。我が軍因りて急に之を圓む。虜、殊死して戰ふ。武則其一角を解く。虜逃れ走る。賴義撃ちて之を鏖（みなごろし）にす。貞任、乃、獨身出でて鬪ふ。我が兵之を叢刺（そうし）す。殊（しゆ）せず。之を巨楯（きよじゆん）に載せ、六人にて之を舁（か）きて至る。賴義之を視るに、腰圍七尺、長（たけ）之に稱（かな）ふ。賴義其罪を數（かぞ）へて之を斬る。貞任捕はれて斬らる其子千代（ちよ）其弟重任（しげたふ）に及ぶ。經淸も亦縛（ばく）せられて至る。賴義命じて鈍刀を用ゐて之を斬る。曰く、「猶よく白符を用ゐるか」と。宗任降る宗任等皆降る。賴義、柵中に虜（りよ）の掠（かす）むる所の美女數十人あるを見、盡く分ちて將士に賜ふ。六年六年二月、人をして貞任以下の首（かうべ）を齎（もたら）して、闕下（けっか）に献ぜしむ。詔して正四位下に叙し、伊豫守（いよのかみ）に任ず。義家從五位下に叙し、出羽守に任ず。義綱（つな）を左衛門少尉（さゑもんのせうじやう）と爲し、淸原武則を鎭守府將軍と爲す。八月、賴義、八幡の祠（やしろ）を鎌倉鶴岡（つるがおか）に建てゝ戰功を賽す。

七年七年春、賴義、義家諸（もろ〳〵）の降虜を以て入朝し、奏して有功の將士を賞せんことを請ふ。朝議未だ許さず。故を以て未だ任に赴かず。任國登（みの）らず。私資を以て貢賦（こうふ）を濟（な）す。是の如くせしこと二年、賴義上書上書して重任（ちょうにん）を請ひて曰く、「臣聞く、人臣勲功を建てゝ、恩賞を受くることは、和漢古今（わかんここん）同じき所なり。是を以て或は徒隷（とれい）より起りて、金紫（きんし）を係（か）け、卒伍（そつご）より出で、將相（しやう〳〵）に至る者ありと。賴義、功臣の裔（えい）を以て恪勤（かくきん）の節を効（いた）すこと舊（ひさ）し。適（たま〳〵）東夷蜂起し、郡縣を侵盜（しんたう）し、人民を鈔略（せうりやく）す。六郡の地、皇威（くわうゐ）に服せざる者數十年なり。近歲に及びて、日に益（ます〳〵）猖獗（しようけつ）なり。賴義、永承六年を以て、任を彼州に受け、天喜中に至りて、兼て鎭府（ちんふ）に帥（すゐ）たり。臣、鳳凰の詔を啣（ふく）み、以て虎狼（こらう）の國に向ひ、堅（けん）を被（かふむ）り銳（えい）を執（と）り、身に矢石（しせき）を受け、千里の外に暴露して、萬死の途に出入す。天子の威と、將卒の力とを籍りて、終に其功を奏するを得たり。其渠帥（きよすゐ）安倍貞任（あべのさだたふ）、藤原經淸（ふぢはらつねきよ）等、皆誅戮（ちうりく）に伏し、首を京師に傳ふ。其餘の醜虜（しうりよ）安倍宗任等、手を束ねて歸降す。其（その）巢窟（さうくつ）を掃（はら）ひ、之を縣官に收（をさ）む。叛逆の徒、皆王民と爲る。功績を錄することを蒙り、伊豫を守るを得たり。聖恩（せいおん）を忝くし、欽荷（きんか）に暇（いとま）あらず。而して餘燼（よじん）を鎭服するを以て、猶（なほ）奧地（あうち）に留る。且、征戰（せいせん）の際、功勞有る者十餘人、爲に抽賞（ちうしやう）を請へども、未だ裁許を得ず。是を以て敢て任に赴かず。况や去歲九月、任符（にんぷ）を賜はる。遲引（ちいん）の罪、已むを獲ざるに出づ。四歲の任、空く二稔（ねん）を過ぎ、官物を徵納（ちようなふ）する能はず。而るに封家納官（ほうかなふくわん）、督責（とくせき）雲の如し。仍りて私物を以て、且（しばらく）進濟（しんさい）を償（つぐな）へり。彼州の吏言（りげん）を聞くに、頻年（ひんねん）旱凶（かんきよう）にして、田に秋實（しふじつ）なく、民に菜色（さいしよく）ありと。臣謹みて傍例（ぼうれい）を按ずるに、境（きやう）に蒞（のぞ）むの年限を延（の）べて、以て闔國（かふこく）の凋弊（てうへい）を救ふ者、其人寔（まこと）に繁（おほ）し。况や希世（きせい）の功を致す者、寧（いづくん）ぞ殊常（しゆじやう）の恩無からんや。昔班超（はんてう）は三十年を以て西域（さいゐき）を平げぬ。今賴義は十二歲を以て東夷を誅せり。遲速優劣は、採擇（さいたく）する難きに非ず。饒（たとひ）、千戶の封を受くる無きも、曷（なん）ぞ重任（ちようにん）の典を許さざらんや。天恩を望み請ふらくは、臣が意を哀矜（あいきよう）して、忝く允可（いんか）を賜ひ、臣をして徐に與復の計を處し、以て辨濟（べんさい）の方を致すを得られんことを。臣、懇欵（こんくわん）に任へず」と。

是より先、諸（もろ〳〵）の降虜皆流（る）に處せらる。義家、宗任宗任（むねたふ）の勇を愛して、特（とく）に之を親信（しん〳〵）す。私する所の女子を問はんと、車に乘りて往く。獨宗任從ふ。心陰（ひそか）に報復を圖（はか）り、刀を拔きて車中を窺（うかゞ）へども、其睡（ねむ）るを見て敢て發せず。後遂に心を傾（かたむ）けて之に事へきと云ふ。

義家、甞て藤原賴通（よりみち）が第（てい）を過（よぎ）り、陸奥の戰事を談ず。博士（はかせ）大江匡房（おほへまさふさ）、別室に在り之を聞きて曰く、「好男子、惜（をし）むらくは未だ兵法を知らず」と。宗任微（ひそか）に之を聞き、慍（いきどほ）りて義家に吿ぐ。義家曰く、「其或は然らん」と。匡房の出づるを見て、之に禮し、遂に就きて學ぶ。

承暦三年
【美濃亂】源重宗、源國房、兵を構ふ承暦三年、美濃亂る。義家に詔して往きて之を定めしむ。亂人之を聞きて皆遁る。

延久三年延久三年、陸奥亂る。守（かみ）源賴俊（よりとし）討ちて之を平ぐ。賴俊は賴親（よりちか）の孫、賴義の從姪（じうてつ）なり。

永保二年永保二年、賴義卒（しゆつ）す。

（藤原氏系圖）

（淸原氏系圖）

後三年の戰三年、義家に詔して陸奥守（むつのかみ）と爲し、鎭守府（ちんじゆふ）將軍（しやうぐん）を兼ねしむ。初め淸原武則（きよはらたけのり）、二子あり。武貞（たけさだ）、武衡（たけひら）と曰ふ。武貞、眞衡（さねひら）を生む。又藤原經淸の寡婦（くわふ）を納れて、家衡（いへひら）を生む。亦經淸の子淸衡（きよつら）を養ふ。而して眞衡を嫡嗣（ちやくし）と爲す。家衡、淸衡、以下皆之に臣として事ふ。吉彥秀武其姑夫（こふ）吉彥秀武（よしひこひでたけ）、事を以て眞衡を怨（うら）み、兵を擧げて之に背く。眞衡赴きて之を攻む。秀武、人をして家衡、淸衡に說きて、其虛を襲はしむ。眞衡、乃、還り救ふ。已にして義家至ると聞き、迎へて之を饗（けう）し、復、往きて秀武を攻む。二弟又來り襲ふ。義家、兵を從へて其城に入り拒（ふせ）ぎて之を郤く。義家、自、出羽に赴きて、家衡を攻む。利あらずして還る。武衡喜び來りて、家衡に謂て曰く、「子は八幡太郎に克つ。吾曹（わがさう）の榮（えい）なり。當に與に力を戮すべし」と。遂に兵を合せ金澤柵金澤の柵に據る。義家大に怒る。

寛治元年寛治元年九月、自數萬騎を將ゐて之を攻む。柵を去ること數里にして雁行（がんかう）の亂るゝを望み見て曰く、「是れ伏（ふく）有らん」と。兵を縱ちて搜（さぐ）り索（もと）む。果して獲て之を鏖にす。衆に謂て曰く、「兵法に言はく、『鳥亂るゝ者は伏なり』と。我れ學ばざらば則殆（あやふ）からん」と。遂に進みて柵を圍む。相摸の人權五郎景政
【敵】鳥海彌三郎鎌倉景政（かまくらかげまさ）戰を挑む。敵射（い）て其右目（うもく）に中（あ）つ。景政箭を拔かずして己を射たる者を索め、終に之を射殺す。武衛險に據りて死闘（しとう）し、多く我兵を傷く。又卒千任（ちたふ）といふ者をして、義家を詬言（こうげん）せしめて曰く、「汝の父名簿（めいぼ）を我に納れて、以て敵に克つを獲たり。簿、見（げん）に我に在り汝何を以て我に負くか」と。義家怒りて、之を攻めて、未だ下す能はず。

義家の弟義光（よしみつ）、新羅三郞新羅（しんら）三郞と稱す。亦勇智ありて技能多し。是の時右兵衛尉（うひやうゑいじやう）たり。京師に在りて、兄の軍利あらざるを聞き、奏して赴き援（すく）はんことを請ふ。許されず。遂に官を舍（す）てゝ之に赴く。義光素（もと）より音（おん）を好む。嘗て笙（しやう）を豐原時元（とよはらときもと）に學ぶ。是の時、時元已に死せり。豐原時秋其孤子時秋（ときあき）、義光を送りて足柄山（あしがらやま）に至り、月明なるに會ふ。義光因りて笙を吹き、盡（こと〴〵）く學びし所を授けて訣別（けつべつ）し、遂に陸奥に至る。義家喜び泣きて曰く、「吾れ汝を見る、猶先君（せんくん）を見るが如し」と。乃、與に倶に進み攻む。柵固（かた）くして拔けず。義家會食に因りて、勇怯（ゆうけふ）の兩列（りやうれつ）を設け、以て戰士（せんし）を勵ます。義光の從臣腰秀方（こしひでかた）、日として勇列に列（つらな）らざるなし。吉彥秀武（よしひこひでたけ）、降りて我軍に在り。進みて說く、「宜しく久きを持し、之を困（くる）しましむべし」と。義家之に從ひ、令を下して戰を休む。武衡（たけひら）、人をして來り言はしめて曰く、「我が軍、事無きを苦しむ。龜次我に健兒龜次（けんじかめじ）といふ者あり。請ふ、一力人を得て之を角（くら）べん」と。乃、鬼武鬼武（おにたけ）といふ者を遣す。勝ちて之を殺す。虜、愧憤（きふん）して出でゝ戰ふ。

已にして虜、食盡き、羸兵（るゐへい）を出して來り降らしむ。秀武曰く、「是れ糧を紓（じよ）するなり。宜しく斬るべし」と。義家又之に從ふ。虜益窘（くる）しみ、義光に因りて降を乞ふ。聽（ゆる）さず。再、乞ひ、且、義光に、柵中に臨（のぞ）みて、要結（えうけつ）を爲すを請ふ。義光往かんと欲す。義家之を止む。乃、秀方をして往かしむ。虜、刄を露（あらは）して之を待つ。秀方夷然（いぜん）たり。武衡之に賂（まかな）ふに金を以てす。秀方之を郤けて曰く、「我が輩將（まさ）に旦暮（たんぼ）之を分ち取らんとす。汝が賂（まかなひ）を煩（わずらは）さゞるなり」と。刀を撫（ぶ）して出づ。時に天漸（やうや）く寒く、軍士凍（とう）を恐る。一夜、義家令を軍中に出して曰く、「我が營を燒きて煖を取れ。今夜、虜の柵陷らん。復、營を用ゐざるなり」と。金澤柵陷る黎明（れいめい）に柵中火起り、家衡遁（のが）れ、武衡池水の中に潜（かく）る。義家之を獲て誚（せ）めて曰く、「而が父、吾が父に屬して功を樹て。吾が父請ひて官爵を授（さづ）けたり。若（なんぢ）、怨（うらみ）を以て德に報ずるは何ぞや。名簿果して安（いづく）に在る」因りて千任を執（とら）へて其舌を抜き、武衡を斬らしむ。武衡哀（あい）を義光に乞ふ。義光請ひて曰く、「降る者は宜しく赦（ゆる）すべし」と。義家、色を作（な）して曰く、「過を悔いて來り歸す。宗任の如き者、是れ之を降ると謂ふのみ。擒（とら）へられて活（くわつ）を求むるは、降るに非ず」と。遂に之を斬る。家衡は其下に殺さる。義家、武衡、家衡以下の首（かうべ）を献（けん）ぜんと欲して、奏して官符を下さんことを請ふ。廷議（ていぎ）、其（そ）を私鬪なりと謂て許さず。故を以て將士を賞せず。遂に首を途に棄てゝ還る。

(源義肖像)義家、父祖の業を承ぎ、善く將士を撫（ぶ）す。其陸奥を征するや、前は九年、後は三年。東國の士民、皆其恩信に服し、相與に共に請ひて其子弟を留め、之を擁戴（ようたい）して、自其家人（けにん）と呼び、義家を稱して八幡公と曰ふ。是時に當りて八幡公の威名（ゐめい）、朝野（てうや）に徧（あまね）し。白河法皇、嘗て夢魘（むえん）を患ひ給ふ。義家に詔して、其兵器（へいき）を献ぜしめて、之を鎭む。義家一の玄弓（げんきう）を献じて御枕（おんまくら）の上（ほとり）に建つ。卽、患無し。法皇問ひて曰く、「乃、東征に執（と）る所なる毋（な）からんや」と。對へて曰く「臣記せざるなり」と。法皇これを嗟賞（さしやう）す。然して義家の官位甚だ卑（ひく）し。正四位下右衛門尉（うゑもんのじやう）を以て天仁元年に卒（しゆつ）す。年六十八。

六子あり。義宗（よしむね）、義親（よしちか）、義國（よしくに）、義忠（よしたゞ）、義時（よしとき）、義隆（よしたか）。義忠、最、名あり。官、檢非違使（けびゐし）に至る。季父（きふ）義光之を嫉（ねた）み、義忠の臣鹿島（かしま）某を誘（いざな）ひて、陰（ひそか）に之を殺さしむ。初め義忠の叔父義綱（よしつな）、義家と相惡（にく）みて、兵を構（かま）ふ。詔して兩家の兵、京師に入るを禁（きん）ぜられて、事寢（や）むを得たり。後義綱陸奥守を以て、擊ちて亂人平師妙（もろたへ）を出羽に平（たひら）ぐ。功を以て從四位上に拜す。其黨、頗廣し。此に至りて、朝議、義忠の死を以て、義綱の子義明（よしあき）に出づとし、兵を遣して之を殺さしむ。義綱、甲賀山（かうがやま）に據（よ）る。源爲義（ためよし）に詔して、之を討たしむ。義綱、自、髠（こん）して降る。佐渡（さど）に流ず。義光の子孫、世（よゝ）甲斐に居る。因りて甲斐源氏と稱す。

爲義（ためよし）は、義親の子なり。義親、對馬守と爲り、罪を以て誅（ちう）せらる。爲義幼にして孤なり。義家之を奇（き）とし、以て義忠の嗣（し）と爲さんと欲す。甲賀の捷に、左兵衛尉（さひやうゑのじやう）に拜（はい）す。時に年十四なり。其明年、義家卒（しゆつ）す。爲義、遂に直に義家の後承（つ）ぐ。居ること五歳、南部の僧兵叡山を攻む。又爲義に命ず。爲義、十七騎と、栗子山（くりこやま）に逆へ擊ちて、之を走らす。後十餘歲、累遷（るゐせん）して檢非違使（けびゐし）左衛門大尉（さゑもんのだいじやう）と爲り、五位に叙せらる。

爲義、二十三子あり。長を義朝（よしとも）と曰ふ。尤、善く戰ふ。相模の鎌倉に居る。關東の家人（けにん）盡（こと〴〵）く之に附く。下野守と爲る。第八子を爲朝（ためとも）と曰ふ。猿臂（ゑんぴ）にして善く射る。幼にして諸兄を凌犯（りようはん）す。爲義之を患ひて、之を豐後に逐（お）ふ。鎭西八郎（ちんぜいはちろう）と曰ふ自、九國（きうごく）總追捕使（そうついほし）と稱し、妻の父阿曾忠國（あそたゞくに）を以て鄕導（きやうだう）と爲し、數（しば〴〵）菊池（きくち）、原田（はらだ）の諸大姓（しよたいせい）と戰ふ。十五歲に比（およ）びて、遂に盡く九國を伏す。九國の守介（しゆかい）交（こも〴〵）之を訴ふ。朝廷、太宰府に敕して之を討たしむれども、克（か）つこと能はず。爲義坐して官を免ぜらる。爲朝聞きて之を病（うれ）ひ、須藤家季（すどういへすゑ）等二十八人と倶に京師に至りて、罪を待つ。

是歲、近衛帝崩ず。帝は鳥羽法皇の寵姫（ちようき）得子（やすこ）の生む所たり。夙（はや）く禪（ゆづり）を崇德上皇に受（う）く。帝崩ずるに及びて、上皇、位に復せんことを願はる。法皇、得子と議して、帝の兄を立てゝ位に卽かしむ。是を後白河帝とす。帝の保元（ほうげん）元年、法皇疾（やまひ）あり。得子を召して之に一筐（きやう）を授け、戒めて曰く、「緩急（くわんきふ）之を啓（ひら）け」と。七月、法皇崩ず。上皇、兵を起こして白河殿（しらかはでん）に據る。左大臣藤原頼長（よりなが）謀主となりて、四（よも）に兵を募（つの）る。京畿大に擾（みだ）る。得子乃筐（きやう）を啓（ひら）けば、則、武臣十人の名を書せり。義朝之が首（はじめ）たり。卽、義朝を召す。義朝乃兵を率ゐて、族の賴政（よりまさ）等と倶に高松殿（たかまつでん）を衛（まも）る。賴政は賴光（よりみつ）五世の孫也。

安藝守平淸盛も亦召に應じ入りて衛（まも）る。

是に於て、上皇使者をして爲義を召さしむ。爲義辭して曰く、「臣老贏（らうるゐ）、復、平昔（へいせき）に非ず。長子義朝勇にして衆（しゆう）あり。而れども既に禁內（きんだい）に赴（おもむ）けり。餘子（よし）は獨爲朝用ゐる可し。君請ふ、之を用ゐ給へ、臣を以て爲す毋れ。且、臣、家に傳へし所の八甲（かふ）、風の漂（たゞよ）はす所を夢む。臣、心に之を惡む。往くも必利あらじ」と。使者之を强（し）ふ。爲義已を得ずして、諸子を率ゐて之に赴く。上皇喜び以て判官代（ほうぐわんだい）と爲し、邑及び寶劔（ほうけん）を賜ひ、四子賴賢（よりかた）を以て藏人（くらうど）と爲す。因りて會して戰を議す。爲朝進み言て曰く、「臣、大戰二十たび。小戰二百たび。以て九國を芟鋤（せんじよ）せり。少を以て衆を擊つは、毎（つね）に夜攻に利あり。臣請ふ、今夜、高松殿を襲ひ、其三方に火（ひ）して、これを一面に要（えう）せん。其善く戰ふ者は獨、臣の兄義朝あり。然れども臣一矢（し）もて之を斃（たふ）さん。平淸盛輩の如きに至りては、臣鎧袖（がいしう）一觸（しよく）せば、皆、自、倒れんのみ。則、乘輿必出でざるを得ず。臣乃矢を其從兵に加（くは）へ、輿を此に徒して、陛下を彼に奉ぜんこと、易きこと掌（たなぞこ）を反すが如し。則、東方未だ白（あ）けざるに、大事集（た）らん」と。賴長（よりなが）曰く、「爲朝年少（わか）くして氣（き）を負（お）ふ。言ふ所皆鄙人（ひじん）私鬪（しとう）の事なり安（いづくん）ぞ之を帝王の戰に施す可けんや。兩帝、國を爭ひたまふ、當（まさ）に堂々（どう〴〵）の陣（ぢん）を用ゐるべし。南都の僧兵、召（めし）に應じて且（まさ）に至らんとす。軍を成し以て戰ふも、未だ晩（おそ）しと爲さざるなり」と。爲朝退き、竊（ひそか）に罵（ののし）りて曰く、「唉（あゝ）、長袖（ちやうしう）、惡（いづくん）ぞ兵を知らんや。家兄謀あり。將に我が爲さんと欲する所に出でんとす。僧兵寧（いづくん）ぞ須（ま）つ可けんや」と。爲義、又策（さく）を進めて曰く、「本宮（ほんぐう）は垣溝單淺（ゑんこうたんせん）にして、地の據る可きなし。寡兵を以て此を保つは計に非ざるなり。陛下宜しく南都に幸（かう）し、宇治橋を撤して以て守るべし。卽し利あらずば、關東に幸せよ。臣、家人を糾合して、輿を奉じ闕（けつ）に復せん。臣之を籌（はか）るに難からず」と。賴長聽（ゆる）さず。爲義退きて言て曰く、「吾れ死所（ししよ）を知らず」と。其六子、賴賢（よりかた）、賴仲（よりなか）、爲宗（ためむね）、爲成（ためなり）、爲朝（ためとも）、爲仲（ためなか）と、八甲を分ちて之を擐（つらぬ）き、一を義朝に送る。爲朝軀幹（くかん）大にして、服る可からず。乃、他の甲を服し、獨二十八人を以て西門を守る。餘子盡（こと〴〵）く父に從ひ、百騎を以（ゐ）て南西の門を守る。平忠政（たゞまさ）等の諸將は、兵數百を以（ゐ）て、分れて諸門を守る。

義朝、禁内（きんだい）に在り。關白（くわんぱく）藤原忠通（たゞみち）以下、聚議（しうぎ）して决せず。義朝數（しば〴〵）之を趣（うなが）す。詔あり、義朝を階下に召して、計を問ふ。對へて曰く、「勝を一擧（きよ）に取るは、夜攻に若くはなし。臣聞く、『南都の兵千餘、上皇の徵（めし）に應じて、已に宇治に次（じ）す』と。宜しく其未だ至らざるに及びて之を擊つべし」と。之に從ふ。詔あり、「戰勝たば昇殿（しようでん）を聽さん」と。義朝對へて曰く、「武臣義に赴く、生きて還るを期（き）せず。臣請ふ、賜（し）を拜して死なん」と。衣を攝（かゝ）げて昇る。藤原通憲（みちのり）奏して曰く、「彼の會祖、祖父甞て昇殿を聽さる。而して父は則未だし。子を以て父に先（さきん）するは若何（いかん）」と。詔して曰く、「問ふ勿れ」と。義朝感喜（かんき）す。營（えい）に還（かへ）るとき鞭（むち）を車傍（しやぼう）に繋（か）けて曰く、「我れ卽（も）し戰死せば、誰か我が昇殿を得たるを知らん。此れ之を識（しる）すなり」と、乃、選兵四百を以て、白河殿を襲ふ。平淸盛も亦これに赴く。兵凡數千人なり。

上皇の謀者（てふじや）還り報ず。爲朝哂（わら）ひて曰く、「固（もと）より當に然るべきのみ」と。賴長、爲朝が用を爲さゞりしを恐れ。遽（にはか）に拜して藏人（くらんど）とす。爲朝曰く、「吾れ何ぞ藏人を用ゐることを爲さん。吾れ鎭西八郞にて可なり」と辭して拜せず。將に戰はんとす。諸子先を爭ひて决（けつ）せず。爲朝曰く、「戰に臨（のぞ）みて何ぞ兄弟を論ぜん。然れども吾れ嚮（さき）に不遜（ふそん）を以て罪を獲たり。故に先（さきん）ぜんと欲すれども、敢てせず。唯、敵の勁（つよ）くして當り難き處、輙我に命ぜよ」と。賴賢、賴仲、邀（むか）へて義朝を擊ちて、敗れ退く。

義朝随ひて之を攻む。平淸盛西門を攻む。其將伊東景綱（いとうかげつな）、二子伊東五、伊東六と先づ進む。爲朝之を射（い）、五の胸（むね）を洞（とう）し、六の袖（そで）に着（つく）く。淸盛慴懼（しふく）して退く。獨、其騎山田伊行（これゆき）返り戰ふ。爲朝又射て之を斃（たふ）す。馬逸（いつ）して義朝の陣に入る。鏃（やじり）、鞍を穿つ。大さ巨鑿（きよさく）の如し。部將鎌田政家（まさいへ）、取りて之を献じて曰く、「八郞君の爲す所なり」義朝曰く、「彼れ弱齡（じやくれい）、未だ當（まさ）に此（こゝ）に至るべからず。詐（いつは）り設けて以て敵を怖（おど）すのみ。汝之を甞試（こころみ）よ」と。政家、自、呼びて進む。爲朝曰く、「爾（なんぢ）は吾が家人に非ずや」と。對へて曰く、「昔（きのふ）は主君たり。今（けふ）は兇徒（きようと）たり」と。射て其冑に中（あ）つ。爲朝大に怒りて、二十八騎と門を闢（ひら）きて突出す。政家辟易（へきえき）して退き走る。義朝、二百騎を以て之に馳す。呼びて曰く、「吾れ宣旨（せんじ）を奉じて來る。汝盍（なん）ぞ速に降らざる。乃、弓を其兄に彎（ひき）ゐんせんくや」と。爲朝曰く、「判官公院宣（ゐんぜん）を受けて、爲朝等をして拒戰（きよせん）せしむ。且弓を其兄に彎（ひ）くと、刃を其父に推（お）すと、孰與（いづれ）ぞや」ど。因りて大に戰ふ。

義朝、馬を莊嚴院（しやうごんゐん）の門に立つ。爲朝之を望見（ばうけん）して箭（や）を注（つ）く。既にして之を舍てゝ曰く、「父此に在り。兄彼れに在り。焉（いづくん）ぞ其潜約（せんやく）する所ありて、勝敗互に相救護せざるを知らんや」と。乃、鳴鏑（めいてき）を注（つ）け、願て家季（いへすゑ）に謂て曰く、「吾れ且其魄（はく）を褫（うば）はん」と。家季曰く、「誤るなきを得んや」と。爲朝曰く、「第、吾が爲す所を觀よ」と。乃、射で冑臍（ちうせい）を穿ちて、門扇（もんせん）を貫（つらぬ）く。義朝大に驚き、乃、呼びて曰く、「八郞、射来だ精（くは）しと爲さず」と。爲朝曰く「敢てせざる耳（のみ）。卽（も）し許（ゆる）さるれば甲の鬲（むね）、胃の題（ひたひ）、唯阿兄の命ずる所のまゝ」と。乃、大箭を注（つ）く。深巢淸國（みすきよくに）、進みて義朝を蔽ふ。弦（つる）に應じて倒（たふ）る。義朝の兵、死傷最衆（おほ）し、爲朝も亦二十三騎を喪（うしな）ひ、猶固く守る。爲義、賴賢等また善く拒（ふせ）ぐ。

天、漸、明く。義朝使を馳せ、奏して火攻を用ゐんと請ふ。之を聽（ゆる）す。乃、火を上風に縱（はな）つ。烟焰宮を蔽ふ。宮中大に亂る。義朝等皷操（こさう）して、終に之を陷（おとしい）る。上皇出でゝ奔り、如意山（によいさん）に入る。爲義以下悉く之に從ふ。上皇親（みづから）諭（さと）して之を散遣（さんけん）す。皆泣を揮ひて散ず。

爲義、將（まさ）に東國に遁れんとすれども、病みて行く能はず。蓑浦（みのうら）に抵（いた）る。追兵來り薄（せま）る。諸子力戰して之を郤（しりぞ）く。士卒盡（つ）くるに垂（なん〳〵）とす。乃、髮を削り、義朝に因りで降を請はんと欲す。爲朝、諫めて曰く、「上皇は、帝の同母兄なり。而して左府（さふ）は關白の親弟たり。聞く、『上皇已に讃岐（さぬき）に遷り、左府も亦死せり』と。骨肉の恃（たの）む可からざる此の如し。大人盍（なん）ぞ鑑（かんが）みざる。東國に赴き、其豪族に倚るに若（し）かず官軍卽し來らば、兒（じ）爲に力を竭（つく）さん。力盡きて後に死せん。亦可ならずや」と。聽かず。遂に出でゝ降る。初め淸盛、敕を奉じて爲義を索（もと）むれ共得ず。會（たま〳〵）平忠政（たゞまさ）出でゝ降る。其叔父なり。素より與に隙あり。斬りて之を献じて、以て義朝を搖（うご）かす。詔あり。義朝をして爲義を斬らしむ。義朝數（しば〳〵）己れが戰功を以て其命を贖（あがな）はんことを請ふ。帝怒りて曰く、「淸盛よく叔父を誅しぬ。義朝獨り父を誅する能はざるか。果して能はずんば將（まさ）に淸盛に命じて之を斬らしめん」と。義朝憂懼（いうく）して出づる所を知らず。之を鎌田政家に謀る。政家對へて曰く、「此れ臣が敢て議する所に非ず。然れども既に國讎（こくしう）たり。竟（つひ）に誅を免れじ。其人に死せんより、寧（むしろ）子に死せん」と。義朝、意決し、政家をして誘ひて之を殺さしめ、自ら其首を奉じて闕に詣（いた）る。賴賢以下五人皆誅に伏す。

猶四弟あり。乙若（おつわか）、龜若（かめわか）、鶴若（つるわか）、天王（てんわう）と曰ふ。皆幼し。義朝、詔を以て人を遺し之を殺さしむ。鶴若、使者に謂て曰く、「抗闘（かうとう）する者は死に當らん。吾儕（わがともがら）何ぞ科（とが）を同くせん。恐らくは汝謬り聞けるならん」と。龜若曰く、「家兄誤れり。吾輩をして存在せしめば、數百の士卒よりも多（まさ）らん」と。乙若諸弟を諭して曰く、「汝が輩復言ふ勿れ、下野守既に父に忍ぶ。何ぞ弟に有らんや。是れ他なし。淸盛の計中（けいちう）に陷りて、自ら其羽翼（うよく）を鍛（た）てるのみ。事已に此に至る。生きて猶辱（はづかしめ）を蒙らんより、速に死して以て父に地下に從ふに若（し）かず」と。首（かうべ）を駢（ならべ）て刄を受く。

爲朝、輪田（わだ）に匿（かく）れ、將に鎭西に奔らんとす。平氏の將平家貞（いへさだ）、之を要（えう）すと聞きて果さず。適（たま〳〵）疾ありて、民家に浴す。或人其身材魁偉（しんざいくわいゐ）なるを視（み）て、之を官に吿ぐ。兵を遣して之を圍む。官、爲朝裸體（らたい）にて柱（はしら）を抉し、數人を擊殺して縛（ばく）に就き、闕庭（けつてい）に至る。特に死一等を减じ、其（その）臂筋（ひきん）を拔きて大島（おほしま）に流す。爲朝筋力（きんりよく）减ずと雖も箭を用ゐるは長きを加ふ。曰く、「天子我に大島を賜ふ」と。遂に傍の五島を併有（へいゆう）す。大島に流す舊臣稍々來り附く。後數年、狩野介（かのうのすけ）に敕してこれを攻めしむ。爲朝射て其一艦を沒（ぼつ）し、自ら逃れて琉球（りうきう）に入ると云ふ。義朝と藤原通憲と不和義朝の捷（か）つや、賞して右馬權頭（うまのごんのかみ）とす。義朝奏して曰く、「是れ先臣滿仲が拜せし所然して彼れは左（さ）、此れは右（う）、且、權（ごん）と曰ふ。臣未だ其榮を知らざるなり」と。是に於て、陞（のぼ）せて左馬頭とす。而して資望（しぼう）終に平氏に及ばず。

平氏素（もと）より少納言（せうなごん）藤原並憲（ふぢはらみちのり）と善（よ）し。通憲、帝の乳母の子なるを以て、貴幸（きかう）せられて事を用ゐる。義朝、女を以て其婦（ふ）と爲さんと欲す。通憲、義朝を鄙（いやし）み、之を卻けて曰く、「我が子は學生、子（し）の女の偶に非ず」と。乃淸盛と婚（こん）す。

二條天皇
藤原信頼帝既に位を二條帝に禪（ゆづ）り。而して猶政を聽く。嬖人（へいじん）藤原信賴（のぶより）、通憲（みちのり）と惡（あ）し。則、寖（やうやく）、義朝を引きて自援（たす）け、說くに甘言（かんげん）を以てす。義朝、深く之に結（むす）ぶ。平治元年平治元年平治の亂十二月、淸盛熊野に如（ゆ）く。信賴、乃、義朝に謂て曰く、「通憲、寵を恃（たの）みて、自、專にし、陰に淸盛と、子（し）の家とを剪除（せんぢよ）せんと謀る。彼の專橫（せんわう）なる、上皇と雖も、亦之を厭ふ。吾れ事を發し、讒人を誅夷（ちうい）せんと欲す。子（し）何ぞ相助けざる」と。義朝曰く、「吾れ殊功を建てゝ父の命を贖ふ能はず。親屬（しんぞく）摧頽（さいたい）す。淸盛此時に乘じて以て我を陷擠（かんさい）せんと欲す。我れ之を知らざるに非ず。公此擧（きよ）有り。敢て力を効（いた）さざらんや」と。信賴大に喜び、贈るに鎧仗（がいじやう）名馬（めいば）を以てす。義朝、又之をして賴政を招（まね）かしむ。