蘭雪軒集

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蘭雪斎詩集小引[編集]

　閨房之秀、擷英吐華、亦天地山川之所鍾靈、不容强、亦不容遏也。漢曹大家成敲史、以紹家聲、唐徐賢妃諫征伐、以動英主、皆丈夫所難能、而一女子辦之、良足千古矣。卽彤管遺編所載、不可縷數。乃慧性靈襟不可泯滅、則均焉、卽嘲風咏月、何可盡廢。以今觀於許氏蘭雪齋集、又飃飃乎塵埃之外、秀而不靡、冲而有骨。遊仙諸作、更屬當家。想其本質、乃雙成飛瓊之流亞、偶謫海邦、去蓬壺瑤島、不過隔衣帶水。玉樓一成、鸞書旋召、斷行殘墨、皆成珠玉、落在人間、永充玄賞。又豈叔眞易安輩、悲吟苦思、以寫其不平之衷、而總爲兒女子之嘻笑嚬蹙者哉。許門多才、昆弟皆以文學重於東國、以手足之誼輯其稿之僅存者、以傳予、得寓目、輒題數語。而歸之觀斯集、當知予言之匪謬也。

　萬曆丙午孟夏廿日、朱之蕃 書於碧蹄舘中。

　閨房（けいぼう）[1]の秀（しゅう）[2]、英（はな）を擷（つ）み華を吐く、亦（ま）た天地山川の靈（れい）を鍾（あつ）むる所、容（まさ）に强たるべからず、亦（ま）た容（まさ）に遏（とど）むべからざるなり。漢の曹大家（そうたいこ）[3] 敲史（こうし）[4]を成し、以て家聲を紹（て）らし、唐の徐賢妃 征伐を諫（いさ）め、以て英主を動かす、皆（み）な丈夫の能（よ）くし難（がた）き所、而（しか）して一女子の之（これ）を辦（べん）ずる、良（まこと）に千古に足れり。卽（すなわ）ち彤管（とうかん）[5]遺編の載する所、縷數（るすう）[6]すべからず。乃（すなわ）ち慧性（けいせい）・靈襟（れいきん） 泯滅（びんめつ）すべからず、則ち均（きん）たる、卽（すなわ）ち風（ふう）を嘲（うた）い月を咏（よ）む、何ぞ盡〻（ことごと）く廢（はい）すべけん。以て今 許氏の蘭雪齋集（らんせつさいしゅう）に觀（み）れば、又（ま）た塵埃（じんあい）の外を飃飃（ひょうひょう）として、秀（ひい）でて靡（なび）かず、冲（ちゅう）[7]にして骨（こつ）有り。遊仙の諸作、更に當家（とうか）に屬（ぞく）す。其の本質を想えば、乃（すなわ）ち雙成（そうせい）・飛瓊（ひけい）の流亞（りゅうあ）[8]、偶〻（たまたま）海邦[9]に謫（たく）[10]せられ、蓬壺[11]・瑤島[11]を去ること、隔衣（かくい）帶水（たいすい）に過ぎず、玉樓一（ひと）たび成れば、鸞（らん）[12]書 旋（めぐ）り召され、斷行（だんぎょう）殘墨（ざんぼく）[13]、皆な珠玉と成り、落ちて人間（じんかん）に在り、永（なが）く玄賞（げんしょう）[14]に充（あ）つ。又（ま）た豈（あ）に叔眞（しゅくしん）・易安（いあん）[15]の輩（はい）、悲吟苦思して、以て其の不平の衷（ちゅう）[16]を寫（うつ）す、而（しか）して總（すべ）て兒女子（じじょし）[17]の嘻笑（きしょう）[18]嚬蹙（ひんしゅく）[19]を爲（な）す者なるかな。許門は才多く、昆弟[20]皆（み）な文學を以て東國[21]に重んぜらる。手足（しゅそく）の誼（よしみ）[22]を以て其の稿の僅（わずか）に存する者を輯（あつ）め、以て予に傳（つと）う、寓目（ぐうもく）[23]するを得（え）、輒（すなわ）ち數語（すうご）を題す。而（しか）して之（これ）を歸（かえ）して斯（こ）の集を觀（み）れば、當（まさ）に予が言の謬（びゅう）[24]に匪（あら）[25]ざるを知るべきなり。

　萬曆（ばんれき）丙午（へいご）[26]孟夏（もうか）[27]廿日（はつか）、朱之蕃 碧蹄舘（へきていかん）[28]中に書（しる）す。

蘭雪軒集題辞[編集]

蘭雪軒集/蘭雪軒集題辞

蘭雪軒詩[編集]

五言古詩[編集]

七言古詩[編集]

五言律詩[編集]

七言律詩[編集]

五言絶句[編集]

七言絶句[編集]

附録[編集]

許筠跋[編集]

　夫人姓許氏、自號蘭雪軒、於筠爲第三姊。嫁著作郞金君誠立、早卒無嗣。平生著述甚富、遺命荼毗之、所傳至尠。俱出於筠臆記、恐其久而愈忘失、爰灾於木、以廣傳云。時

萬曆紀元之三十六載孟夏上浣
　弟許筠端甫 書于披香堂。

　夫人は姓 許氏、自（みずか）ら蘭雪軒（らんせつけん）と号し、筠（いん）に於（おい）て第三姊（し）[29]たり。著作郞[30] 金君 誠立に嫁（か）するも、早く卒（しゅっ）[31]して嗣（あとつぎ）無し。平生 著述 甚（はなは）だ富むるも、遺命（いめい）にて之（これ）を荼毘（だび）[32]するに、傳（つた）うる所 至って尠（すく）なし。俱（とも）に筠（いん）の臆記（おくき）より出（いだ）すも、其れ久しくして愈〻（いよいよ）忘失（ぼうしつ）せらるるを恐れ、爰（ここ）に木に灾（さい）[33]して、以（もっ）て廣（ひろ）く傳（つた）えん云（しかじか）[34]。時に

萬曆（ばんれき）紀元の三十六載（さい）[35]孟夏（もうか）[36]上浣（じょうかん）[37]

　弟 許筠（きょいん） 端甫（たんぽ） 披香堂（ひこうどう）に書（しる）す。


〔附録〕 - 兄の許篈の作[編集]

兄の許篈が妹に寄せた詩1首と文一篇。

白文 書き下し文 訳文
仙曹舊賜文房友 仙（せん）曹（ら） 旧（ふる）く賜（たま）う 文房（ぶんぼう）[38]の友（とも） 仙人たちが、その昔、賜い下さった文房の友[39]を
奉寄秋閨玩景餘 秋閨（しゅうけい）[40]に寄（よ）せ奉（たてまつ）る 玩景（がんけい）の余（よ） 秋の夜長の女部屋に差し上げよう、風景を玩ぶ暇に
應向梧桐描月色 応（まさ）に梧桐（ごどう）に向（む）かって月色（げっしょく）を描（えが）き さあ、梧桐に向かって月影（つきかげ）[41]のもよおいを描写し
肯隨燈火注蟲魚 肯（あえ）て灯火（とうか）に随（したが）って虫魚（ちゅうぎょ）を注（ちゅう）するべし[42] 進んで灯火（ともしび）に付き従って虫や魚の様子も点出（てんしゅつ）しなさい
　杜律一冊、邵文端公寶所鈔、比虞註尤簡明可讀。萬曆甲戌、余奉命賀節、旅泊通川。遇陝西擧人王君之符、接話盡日、臨分、贈余是書。余寶藏巾箱有年。今輟奉玉、汝一覽 其無負余勤厚之意、俾少陵希聲復發於班氏之手可矣。

　萬曆壬午春 荷谷子識。

　『杜律[43]』一冊、邵（しょう） 文端公 寶（ほう）の鈔（しょう）する所、虞註（ぐちゅう）に比し尤（もっと）も簡明にして讀（よ）むべし。萬曆（ばんれき）甲戌（こうじゅつ）[44]、余（よ） 命（めい）を賀節（がせつ）[45]に奉（ほう）じ、旅して通川（つうせん）に泊（はく）す。陝西（せんせい）の擧人（きょじん） 王（おう）君 之符（しふ）に遇（あ）い、話（はなし）に接して日を盡（つ）くし、分かるるに臨んで、余に是（こ）の書を贈る。余 巾箱（きんそう）に寶藏（ほうぞう）して年有り。今 玉を奉ずるを輟（やめ）め、汝 一たび覽（み）て、其（そ）れ余が勤厚（きんこう）の意を負（お）う無くして、少陵（しょうりょう）[46]をして聲を希（うす）めしむるも、復（ま）た班氏の手より發（はっ）せしむれば可（か）ならん。

　萬曆（ばんれき）壬午（じんご）[47]の春 荷谷子（かこくし） 識（しる）す。


ライセンス[編集]

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後（団体著作物にあっては公表後又は創作後）100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。

 
  1. ↑ 女性の寝室。ここでは女性の代名詞。
  2. ↑ 「閨房之秀」で優れた女性作家のこと。
  3. ↑ 漢の班昭を指す。歴史家・班彪の娘で、『漢書』の著者である班固の妹。中国史上初の女性歴史家。
  4. ↑ 歴史書の推敲。
  5. ↑ 軸が朱塗りの筆（ここでは特に女性の著述を象徴する）。
  6. ↑ 事細かに数え上げること。
  7. ↑ 柔らかく手応えがない。
  8. ↑ 系統を同じくする亜類。
  9. ↑ 朝鮮のこと。
  10. ↑ 流刑にあうこと、配流されること。
  11. ↑ 11.0 11.1 蓬莱山と瑤島、共に東海の果てに浮かぶという仙山。瑤島の「瑤」とは、この世ならざる美玉であり、瑤島は草木花樹も含め島全体が瑤玉で出来ているとも言う。また瑤島がそのまま蓬莱山の別名として扱われることもある。その場合、蓬莱山こそが草木花樹も含め島全体が瑤玉で出来ているとされる。
  12. ↑ 鳳凰の一種。小型の鳳凰。つがいで描かれることが多い（鳳凰も、鳳と凰とでつがいに描かれることもあるが）。
  13. ↑ 文章全体の内でバラバラの一句およびバラバラの文字。
  14. ↑ 趣深い、奥ゆかしい観賞。
  15. ↑ 朱（しゅ）叔真（しゅくしん）と李（り）清照（せいしょう）（号は易安（いあん）居士（こじ））、どちらも宋代に活躍した中国を代表する女性詩人。
  16. ↑ 心の中、心中、深い胸の内。
  17. ↑ 女子（おんなこ）ども。女性を子どもと同じく、分別無い物あるいは非力なものとする性差別的な呼び方。
  18. ↑ 甲高く笑う、またはその様。
  19. ↑ 「顰蹙」に同じ。
  20. ↑ 兄と弟、兄弟。許蘭雪軒の兄・許篈（ホボン）と弟・許筠（ホギュン）を指す。
  21. ↑ 朝鮮のこと。
  22. ↑ 「手足」は兄弟の切っても切れない絆を手足に喩えた慣用表現、「手足之誼」で兄弟同士の思いやり。
  23. ↑ 目を通すこと。
  24. ↑ 誤り、間違い、誤謬。
  25. ↑ 「非」に同じ。
  26. ↑ 万暦34年、西暦1606年（宣祖24年）。
  27. ↑ 四月。（旧暦の）夏の最初の月。孟秋（七月）、孟冬（十月）、孟春（正月）。
  28. ↑ 現在の大韓民国京畿道高陽市徳陽区碧蹄洞。
  29. ↑ 「姉」に同じ。
  30. ↑ 正三品の文官の位であり、弘文館に1名、承文院と校書館に2名ずついた。
  31. ↑ 亡くなること。
  32. ↑ 火にかけること。火にかけて弔うこと。火葬。サンスクリット語 jhāpeta の音写。
  33. ↑ 木に刻み込むという意味。「灾」は「災」の古字・異体字・簡体字であるが、「災いする（災いが及ぶ）」という意味ではないようだ。
  34. ↑ ここでは「云う」の意味ではなく、上述を総括して「～ということである」という意味を表す文末の語助詞。
  35. ↑ 「載」は年に同じ。万暦36年、西暦1608年（宣祖41年）。
  36. ↑ 四月。（旧暦の）夏の最初の月。孟秋（七月）、孟冬（十月）、孟春（正月）。ちなみに、真ん中（2番目）の月の場合「仲」が、最後（3番目）の月の場合は「季」が前に付く。仲夏（五月）、仲秋（八月）、仲冬（十一月）、仲春（二月）；季夏（六月）、季秋（九月）、季冬（十二月）、季春（三月）。
  37. ↑ 月の初めの十日間、上旬。
  38. ↑ 文の部屋、つまり書斎。
  39. ↑ 文房具のこと。特に筆・硯・墨など。文人には必須の道具を、書斎の友と洒落ていう。
  40. ↑ 「閨」は閨房（女部屋）。「秋閨」で、秋の夜長に無聊をかこつ女部屋の意。
  41. ↑ 月の光のこと。
  42. ↑ 灯火の燃える様子やそこに群がる虫や魚の様子を、上句で述べた月夜の光とそれに照らされた梧桐の木を大枠にして描き出した詩文に、注釈を入れるように点綴（てんてつ）して書き加えよ、という意味。
  43. ↑ 杜甫の律詩を精選して抄出した本。
  44. ↑ 明の万暦2年（西暦1574年）。
  45. ↑ 慶賀節。特に明の皇帝の誕生祝いのこと。
  46. ↑ 杜甫の通称。由来は、漢の宣帝と許皇后の陵墓「杜陵」、特に、小さい方の許皇后の陵墓「少陵」のそばに住んでいたことから、自ら「少陵野老」と称したことにちなむ。
  47. ↑ 万暦10年（西暦1582年）。
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