公教要理説明/03-07

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だい五十三くわ けんしん[編集]

315●けんしんとはなにでありますか[編集]

けんしんとはしんじゃしんかうかためるために、せいれいそのたまものとをよびくだひせきであります。

[下段]

けんしんかたふるふとのいみであって、けんしんそのものは

しんじゃしんかうかためる[編集]

もくてきであるがしんじゃとあれば、すでせんれいけたものでなければならず、しんかうかためるとは、よわしんじゃたるにとゞまらず、しんかうけんごにしてくわんぜんしんじゃらせることである。

せいれいそのたまものとをよびくだす。[編集]

これせいれいいづこにもいませばいまさぬところよびたてまつるのではない、しんじゃともいまことをばそのたまものくだしていちじるしくあらはたまことねがふのである。

けんしんひせきであることは、イエズス、キリストせいれいたまふとのおんやくそくもとづひせきえうする三えうけんそなへてあるからである。

ちゅうけんしんひせきは、しとたちせいれいかうりんかうむったことと、まったおなじものである。たゞそのときごとほうげんすなはいこくことばつうずるめぐみきせきおこなちからけないけれども、しんかうつよめるなどけっくわおいては、てんしゅおぼしめしこれさづかるしんじゃこゝろざしと、いりようおうじてあたへらるゝことはかはりがない。

316◯せいれいたまものいくつありますか[編集]

せいれいたまものなゝつあります、すなはぜうちそうめいけんりょがうきちしきかうあいけいゐであります。

ぜうち[編集]

とは、もっぱてんしゅのことをおもんじあぢははせるおんめぐみ

そうめい[編集]

とは、をしへさとらせ、これをこゝろませるおんめぐみ

けんりょ[編集]

とは、てんしゅみさかえじぶんたすかりとのためになることをえらばせるおんめぐみ

がうき[編集]

とは、つよいゝゝゝとで、たすかりじゃまものうちかゆうき

ちしき[編集]

とは、ちからで、たすかりみちおいよしあしみわけ、きけんをもさとたまもの

かうあい[編集]

とは、かうあいさいぜうちゝかうゝゝつくこゝろ

けいゐ[編集]

とは、うやまおそるとで、てんしゅうやまひ、みこゝろそむこともっぱおそれるたまもの

317◯けんしんひせきさづけるのはたれでありますか[編集]

[下段]

けんしんひせきさづけるのはしきょうであります。

こうけうくわいしょだいから、

けんしんひせきさづけるのは[編集]

十二しとであった、すなはしとげうろく(八。十四)にフィリッポへるじょさいおほくのひとせんれいさづけたに、せいペトロせいヨハネわざゝゞつかはされてせいれいかうむらせるためったとあきらかにいてある。いまけんしんひせきさづけるのは十二しとそうぞくしゃたる

しけうである。[編集]

ひとくわんぜんしんじゃらせるには、またくわんぜんしさいしょくびてかたてきたうであるからである。

318◯どうしてけんしんひせきさづけますか[編集]

けんしんひせきさづけるには、しけうほんにんあんしゅし、せいれいとそのたまものとをいのもとめ、せいこうゆもっそのひたひに十じかしるしながら「ちゝせいれいとのみなよっなんぢに十じかしるたすかりせいこうゆもっなんぢけんごにす」ととなへ、そのほゝかるちながら「なんぢへいあんあれ」とまをします。

あんしゅする[編集]

……

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…………………

[下段]

…………

ちゅういけんしんひせきさづかるとき、……………れいめいとして………はぢになるとか、しんじゃにあはぬとかふものなら、けんしんとき

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れとのきそくあるばかりである。