公教要理説明/02-20

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だい四十四くわ キリストけうてきとく[編集]

254●つみをかさぬばかりでるか[編集]

つみをかさぬばか

[下段]

りではらず、なほとくみ、てんしゅみこゝろかなやうはげまねばなりませぬ。

つみをかさぬばかりでは、[編集]

たゞてんしゅさからはず、てんちゝぶむかひせぬとだけとゞまり、こゝろつくちからつくしててんしゅあいすることらぬからつみをかさぬばかりではらぬ。

なほとく[編集]

とはかさねゞゝゝぜんげふおこなひ、つひぜんとくり、いよいぜんにんためつとめることである。

てんしゅみこゝろかなやうはげ[編集]

とは、こゝろがけててんちゝみこゝろよろこばせたいはげまことである。

ちゅうおやかなしませぬばかりでかうゝゝひとはれやうか。ほうりつやぶらぬだけれうみんはれやうか。それおなじくつみをかさぬばかりでは、あたりまへことぎぬから、キリストしんじゃすなはイエズスをしへまもったものとははれぬ。「なんじらてんぷくわんぜんましまごとなんじらくわんぜんなれ」と(マ テ オ五。四八)、イエズスみことばにあれば、ますまてんしゅみこゝろかなことのぞみ、ちからつくしてこそほんたうしんじゃる。それいまおもことことことは、てんしゅみこゝろかなふやいなやをたびゝゝかへりみ、またどうすれば、およろこび

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るかとかんがへてそのためせいだすのはしんじゃほんぶんである。

255◯とくとはなにであるか[編集]

とくこゝろぜんかたむけるならはしであります。

ならはし[編集]

とは、なにかをたびゝゝなして、しなれてことである。わることたびゝゝすればつひくせり、こゝろこれこりかたまってめられぬやうにるが、これをば「あくとく」とふ、さけのみだうらくなどそれである。そのごとことたびゝゞすればつまりならわしり、こゝろこれかたむき、はりずにはられぬやうにる、これをば「ぜんとく」、または「とく」となづく。たとへばはじめてけいしんかみうやまふ」おこないがあったばかりではけいしんおこないではあるけれども「けいしんとく」ではない。けいしんとくとはへいぜいかみうやまこゝろがあって、つねこれあらはすやうにこゝろがけ、これはんすることきらねんのあることしめすのである。とくあつむのは「かうとく」といひそんひとを「かうとくしゃ」とふ。

ちゅう)一ぺんかんにんしたからとてかんにんしゃとははれぬ、またぺんじぜんしただけじぜんかとははれぬ、たびゝゞするところでなく、へいぜんかんにんしてこそかんにんしゃかんにんぶくろり、へいせいじぜんしてこそじぜんか

[下段]

るではないか。しんじゃぜんげふおこなふことがぜうたいとなってはじめてかうとくしゃはれるのである。なんびとこのぜうたいたっするやうぜんげふまねばならぬ。

256◯とくいくとほりあるか[編集]

とくふたとほりあって、せいとくてうせいとくとであります。

せいとく[編集]

またしぜんとくふのは、せけんてきとくであるが、

てうせいとく[編集]

てうしぜんとくふのは、しうけうもとづてんしゅたいしてまもとくである。

257◯せいとくとはなにであるか[編集]

せいとくじんせいあるひにんぜうとくであります。

せいとく

じんせい[編集]

とは、めんゝゝうまれつきとくで、たとへばぶせうせいしつひとかんにんにうわまもる、くわっぱつたちひとゆうきあり、げこせっせいまもるやうなことである。

せいとくまた

にんぜう[編集]

とは、(一)あたりまへだうり、(二)あるひせけんなみわけ、(三)あるひもくてきもっおこなはれるとくである。たとへばにんげんたしょうだうとくしんがあるから、ひとかあいさうおもってにんぜう

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よりじぜんおこなものもあり、またこうししゃかごとだうりもとづいてだうとくまもひともあり、あるひは「ぶしにごんなし」とかふやうなしゅぎぜんおこなひともあり、あるひめいよためじゃよくおさへ、ぜんげふはげひともあるが、これみなしぜんとくである。

しぜんとくけっしてかろんずべきものではない。かへっよほどかちのあるものである。たゞおしいことにはせけんなみしゅぎとゞまるので、せけんなみほうしうけるよりほかはない。られるためめられるためぜんれば、そのもくてきだけたっせられても、てんごくをはりなきほうしゅうけるにらぬと、イエズス、キリストしばゝゞおっしゃった。これむろんてんしゅためおこなはぬからであります。

258◯てうせいとくとはなにであるか[編集]

ていせいとくとはせいてうじょりきとくであります、きしつによらず、にんぜうによらず、ひとちからにもよらず、むし

せいてうじょりき[編集]

により、てんしゅためまもるのはいわゆるてうせいとくてうしぜんとくである。てうせいとくせいてうによっておこり、かさねゞゝゝのとくかうもっぞうかし、またゆるがせにすることによって、おとろへ、これはんたいするつみをかせずるものである。

[下段]

ちゅうせいとくてうせいとくとのちがところおもみつ

だい一、そのもとせいとくたゞだうりもとづくのに、てうせいとくせいてうたすけによっておこる。

だい二、そのわけせいとくにんぜうためまもられるのに、てうせいとくしんかうわけによっておこなはれる。

だい三、そのもくてきせいとくしぜんぜうしぜんえうきうみたためであるからせけんむくいられるが、てうせいとくてんしゅほまれためたすかりためまもられるによっててんしゅよりたすかりもっむくいられる。