公教要理説明/02-11

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だい三十五くわ だいかいだいかい[編集]

186●だいかいぶんいかゞ[編集]

なんぢかんいんするなかれ。

だいかいていとくほごするものである。

かんいん[編集]

とは、ふうふばかりにゆるされたことを、ふうふほかなしとげることであります。

187●だいかいにはなにきんずるか[編集]

だいかいには、すべじゃいんわざばかりでなく、わいせつことたのしみき、などをもきんじます。

[下段]

じゃいん[編集]

とは、よこしまいんいみで、ゆるされぬいろごとであるが、ふうふあひだゆるされたことじゃいんではなくせいいんたゞしきいろごと)とひます。

すべてのじゃいんわざ[編集]

とは、ゆるされぬきたなしわざてわざを、ひとともに、あるひひとりことである。

わいせつこと[編集]

とは、みぐるしく、きゝぐるしい、みだらことばおこなひである。

たのしみ[編集]

とは、わるいとおもながら、このんで、こゝろまかせて、とのこと

たのしみ[編集]

とは、せんかたなしにでもなく、またじっさいためことでもなく、てはならぬとおもながら、しうたいみにくことらたいがなどたがり、けてながめ、あるひしきしょもつむがごとことである。かゝしょもつし、ぐわせ、しゅうたいわざせるのも、べつたいせつわけなくして、たゞたのしみためばかりならばやはりつみる。

たのしみ[編集]

とは、やむずしてみゝるのでなく、おもしろがってみゝし、わいせつはなしうたなどよろこんでことである。

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たのしみ[編集]

とは、ためわけでなくてたゞわらはせるためおもしろがらせるために、わいせつはなしし、わいせつうたうたことである。そのはなしし、うたうたひとは、ひとつみかぶる。

188●じゃいんたいざいであるか[編集]

およじゃいんたのしみとするのは、なにごとでもたいざいります。

やうぜうまじめわけでなく、なにかにかこつけても、

じゃいん[編集]

こゝろもっ

たのしみ[編集]

いたこと

たいざい[編集]

のは、ささいことはれず、てんしゅこじんたのしみためでなく、じんるゐぱんためさだたまふたもっとだいじもくてきやぶるからである。じゃいんゆるされるならば、ほんたうこんいんものる。

ちゅうはれたのは、じゃいんいてのみであるとわすれてはならぬ。せいいんすなはふうふあひだこどもできつとめは、もとよりゆるされてあるから、たゞしくさへすればたのしみことも、よろこことも、のぞことつみではない。

189●だいかいぶんいかゞ[編集]

なんぢひとつまふるなかれ。こうけうくわいでは、ひとつまふることと、ひとざいさんむさぼこととを

[下段]

けてあるが、げんぶんには一しょにしてある。

190●だいかいにはなにきんずるか[編集]

だいかいには、じゃいんかゝおもひのぞみおここときんじます。

じゃいんかゝおもひ[編集]

とは、ひとぜうちがひ、よこしまいろごとこゝろかんがへ、あるひるがごとおもひめぐらことである。

じゃいんかゝ

のぞみ[編集]

とは、わいせつことたい、きたい、いたしたいと、こゝろうちのぞことである。

これ

おここと[編集]

とは、そんおもひのぞみしぜんおこことちがって、じぶんわざこれおこし、あるひおこったときに、これこゝろめて、おもしろたのしくかんがへ、そのきくわいもとめたいことである。

わいせつおもひのぞみこゝろみだし、じゃいんつみるから、てんしゅこれきんたまふのである。

ちゅう)十かいはふりつちがひ、ぐわいめんわざきんずるばかりでない、こゝろねことまでもてんしゅいましたまふによって、ほんたうけうくんるものである。