公教要理説明/01-22

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だい二十二くわ ししんぱん[編集]

120●つひひとまぬがれぬことなんであるか[編集]

ひとまぬがれぬことよつあります。しきょしんぱんてんごくあるひぢごくであって、これししうひます。

いくらかねもちでも、えいゆうごうけつでも、こくわうでも、のがれたいとてどれほどつくしても、つまのがれられぬものはよつそれひとゆくさきそのためみちるのであります。

ししう[編集]

はれるのは、とゞのはてぜひゆきとゞまはずのものだからである。

[下段]

121●ひとぬとはなんであるか[編集]

ひとぬとはれいこんにくたいあいはなれることであります。

まいにちのやうに、あれんだ、たれんだとはれるが、はやかれおそかれはれぬものひとりもない。ってれば、からだえるけれども、うごかず、ものいはれてもきこえず、これまであいこがれたものでも、ねここばんのやう、さっぱりむとんちゃくってしまった、あじけないことである。そこんだとことなれば、はたしてなんであるか、やはりたゞ

れいこんにくたいあいはなれることであります。[編集]

122●ひとねばどうなるか[編集]

ひとねばにくたいふはいし、れいこんてんしゅしんぱんけます。

れいこんはなれゝば

にくたい[編集]

しがいって

ふはい[編集]

しかゝる。

もとよりあいあはぬいろゝゝぶんしが、たゞいのちもとなるれいこんもっあはせられてったから、それければたちまぶんりする。ふはいするのは、ほとんしぼうひとつたしかせうこるとほどである。こんにちまでれいこんあとにして、もっぱだいじにしたにくしんは、

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きまってあればじつかんがへものである、うすればいかとおもはねばならぬ。

れいこん[編集]

てんしゅしんぱんけます。[編集]

いままでからだめみゝもったりいたりしてったれいこんは、てうさなぎぬけがらくがごとく、たゞれいたるのはたらきし、べつせかいって、にくしんってったあひだうしたのかとのしらべける。

123●しんぱんとはなんであるか[編集]

しんぱんとはせうがいぜんあくてんしゅからたゞされることであります。

しんぱん[編集]

とはさばきすなはりひはんだんし、きょくちょくさいけつ(キメル)すること

せうがいぜんあく[編集]

おのゝゝぜんあくべんべつするときから、ことたか、とほりにひとみちまもったか、ひとしのんでわることたか、すなはぜんあくばかり、わすれたぜんも、一たんゆるしけたあくも、いちゝゝとはれる。

じかんかゝしらべではない、てうはかりものけておろしすれば、あがさがりしてそのおもさがれるごとく、ぜんあくしだいれいこんねうちいちゝゝあがったりさがったりする。ほまれるのも、きづけがれ

[下段]

るのも、のこらずれいこんく、ゆるされたつみでも、かならきづあとのこる。それげんざいじざいも……せいぼマリアと、つみをんななづけられてつみまったゆるされたマグダレナ・マリアとは、いつまでもうんでいちがひでありませう。つみゆるされたいぜうはぢにはりますまい、たゞかひとであった、これほどてんしゅおんあはれみかうむった、しかとほりにそのつみつぐなったか、つみかはりばいにでもねっしんはげんだかとことすっかりみえる。つぐのひらなかったときしゃくざいのこわけであります。てうさまゞゝものやちういなびかりすれば一ぺんえるがごとく、あるひまたゝしゃしんあらはれでるがごとくに、せうがいぜんあくは一ぺんことゞゝれいこんいてあらはれる、それしんぱんであります。

124●しんぱんいくつあるか[編集]

しんぱんふたつあります、ししんぱんこうしんぱんとであります。

ししんぱん[編集]

とは、わたくししんぱんとのいみで、めんゝゝにんづゝけるしんぱんである。

こうしんぱん[編集]

とは、おほやけしんぱんで、ひとみなしょしんぱんけることであります。

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れうほうともせんこくちがはぬ、たゞししんぱんときほんにんばかりにれるのに、こうしんぱんときおほやけはっぺうされて、ひとぜんあくそのせうばつとは、一ぱんれることる。

125●ししんぱんとはなんであるか[編集]

ししんぱんひとおのゝゝんですぐけるしんぱんであります。

おのゝゝ[編集]

すなはひとりひとり

んですぐ[編集]

とは、れいこんにくしんけるやそのばで、だい百二十三のとひはれたとほりにる、それししんぱんすなはいちにんづゝしんぱんなづけてあります。

126●ししんぱんのちれいこんどうなるか[編集]

ししんぱんのちれいこんあるひてんごくあるひれんごくあるひぢごくります。

さいばんしょではざいにんなかゝゝせんこくきふくせぬことがあって、これしっこうするには、かんしゅやらけいくわんやらいろゝゝやくにんるが、ししんぱんにはそれまったむようである。なぜなればれいこんちゃんじぶんねうちあきらかにり、ぜんあくわかって、ゆめにもそのしょぶんふふくことわけたいとおもはずまったせうにんしてれば、ぜんにんてうてつじしゃくはれるとほりに、かねしんあいたてまつりましたてんしゅあが

[下段]

り、あくにんいわやまからくづれてころぶよりもはやく、おそはじいって、けいばつとびこむのであります。そこゆくさきみつ

てんごくぢごくあるひれんごく[編集]

であります、おやおうなしにどんにんげんでもどちらかにはづである。