公教要理説明/00-03

提供: Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動
Wikisource:宗教 > カテキズム > 公教要理説明


-5-

6●どんしうけうでもひとみちまったうし、まことさいはひるか[編集]

いなまことしうけうかぎります。

せけんにはしゅゞゝさまゞゝしうけうがあって、にっぽんばかりでもそのおもなるものぶっけう十四しうしょはしうはしんたう十三またキリストけうにはこうけうせいけうしんけういろゝゝぶんぱがある。これもっあるひしうけうみなそらことひともあれば、あるひみなおなことひともあるが、れうはうひへうきょくたんまちがひである。しかしうけうおほいのは、しうけうる、しうけうなしにはられぬとのせうこである。

またそのしうけういくちがっても、ちがはぬところふたつある。

だいちがはぬのは、なづかたこそことなれ、たれにんげんうへって、うんめいはからひ、ぜんあくせうばつするもの、すなはにんげんさいぜうしゅさいぜうちゝともふべきものがあるからひとかならこれありがたがって、たっとび、をがみ、これいのかつしたがはねばならぬものとしうけうをしへる。しかをがむべきもの、さいぜうおやさいぜうきみのあることるよりは、それどなたであるかと、たしかことは一そうだいじではないか、われゝゝって、おやがある、

[下段]

ことよりは、そのおやたれことかんえうではないか、おやでなければ、かうゝゝてもかうゝゝにならず、きみでなければ、ちうぎてもちうぎにならぬのである。

ほんたうおやぎみのあるのに、ほかものおやぎみとすれば、ほんたうおやぎみたいしてはふかうふちうつみるにさうゐない。そこしうけうおのゝゝちがところであって、どれまことであるかとことしらべるのは、なによりひつえうである。

だいしうけうにもちがはぬのは、ひとんでもたましひなぬ、ごくらくとかって、みちちがへばゆくさきちがふとことである。それなればこそかみとかほとけとかなづけて、いくせんねんまへんだひとたましひいまでもたっとび、これいのるのである。これりもなほさずじんせいこゑで、えぬながらもたましひけっしてらぬとしきりをしへるのである。

そのとほりになづけやうがちがっても、だうりかはらぬのは、いよいじっさいさうであるとのせうこる。しうけうきらひひとは、にんげんんでしまふとはふけれども、ひとねばしうけうもっそのしがいおくり、ゐはいもっそのたましひまつり、またぶっぱふしんたうぶつだんかみ

-6-

だなまうけ、またぱんせうこんさいって、くにためんだひとゞゝたましひまねいてまつるではないか。んだひとたっとぶのはんでからのちのよがあることのせうこことうたがひなし。

んでからゆくさきのあることるよりは、そこへみちのあることだいじではないか。そのみちはなしまたしうけうによってちがふから、みなまこととははれぬ。どこにかかうとするに、みちみぎてである、ひだりてである、むかふである、うしろであるとはれゝば、みなまこととはおもはれまい、どちらまことであるかとたしかめるのはひつえうであらう。

そのとほしうけうみなまこととははれぬ。まことてんしゅをしへ、たすかりまことみちをしへるのは、たゞひとまことしうけうであって、これまもるにかぎはずこればかりでひとみちまったうし、まことさいはひられるからである。

7●まことしうけうたくさんあるか[編集]

いなまことかみすなはてんしゅひとつしんりひとつひとみちひとつなるがゆゑに、まことしうけうたゞひとつほかありませぬ。

[下段]

まことしうけう[編集]

いろゝゝないわけは、

だい一、われゝゝしきりとほり、

まことかみすなはてんしゅひとつ[編集]

しかないからである。それしんたうでは、かみやほよろづとて、はっぴゃくまんあるとふ。そのいろゝゝかみうちにんげんとりけものくさなどがあるから、まことかみとははれぬ、まことかみすなはち、てんしゅたるにはしんせいすなはかぎりなきとくあるをえうするからである。またひかみつきかみにっぽんかみせいやうかみなど、べつゞゝにあるともはれぬ、にっぽんせいやうおなひとつたいやうてらされ、ひとつせかいであるからである。

またにんげんは「しかいけいてい」とてみなけうだいはれゝば、おなひとつおやがあるはずこれこそまことかみであって、しんだういろゝゝのものは、けっしてまことかみでない。まことかみたゞひとつほかあられぬぜんせかいてららすにひとつたいやういへにはひとりしゅじんくににはひとりくゎうていあるがごとし。

だい二、また

しんりひとつ[編集]

しんりとはまことことであるが、おなひとつこといてまことさまゞゝあるのではない。たとへばふたつふたつ

-7-

くはへればいくらるかとふに、みつる、よつる、いつゝると、ひといくらなんびゃくとほりっても、よつるとふのだけはまことで、ほかいろゝゝはなしみなまちがひである。

だい三、また

ひとみちひとつ[編集]

まへったとほり、ひとみなおなにんげんであって、でどころまことかみゆくさきまことかみなれば、みちまたまことかみによるほかはない。こゝろみおもへ、いっぱんおやかうゝゝせねばならず、ひところしてはならず、ものぬすんではならぬのにどこにかかうゝゝらぬ、ころしてもい、ぬすんでもいとところがあらうか。かみたふとばねばならぬのに、かまはぬでもいとところがあらうか、けっしてうでない。にんげんみなでどころひとつゆくさきひとつなれば、みちひとつほかないのである。

それ

まことしうけうたゞひとつほかありませぬ。[編集]

キリストけうではかみたゞひとつしんたうでははっぴゃくまんあるとぶっはふではかみはない、ほとけあるが、ほとけひとつひともあればさんぜんぶつひともある。とかくみなまことしうけうとははれぬ。ぶっはふまことならばしんたうキリストけうまちがひであらう。しんたうまことならば、ぶっはふキリストけうまちがひであらう。しかわれゝゝ

[下段]

とほり、まことかみひとつしんりひとつひとみちひとつなれば、ぶっはふしんたうまちがひであって、われゝゝしうけうまことであるから、ほかまことしうけうはないはずである。

8●まことしうけうどれであるか[編集]

まことしうけうてんしゅこうけうであります。われゝゝしうけう

こうけう[編集]

であるとわすれるな。

しなあたりでは、これてんしゅけうなづけるが、うもはれるけれども、せいやうなどにとほらぬことばである。せかいいっぱんには、これを「カトリック」けうなづけるが、ばんこくばんだいをしへいみであって、これを「こうけう」とやくしたのである。ながしなふから、にほんではえんあらはためゆづりあって、「てんしゅこうけう」となづけてある。とかくしんけうから、きうけうはれることあれど、きうほとんすたりものいみなれば、イエズスいたまでをしへきうけうはるれど、イエズスをしへいてはけっしてはれぬ。ほんたうこうけうほかにはない。

9●こうけうとはなにであるか[編集]

こうけうは、てんしゅすなはまことかみが、はじめからあらはして、ばんみん

-8-

たすかりために、さづたまふたをしへであります。

こうけう[編集]

ひとつくったをしへでない、もとからるのにひとらぬのをてんしゅあらはし、すなはらせたまふたのである。ひとつくったをしへじんゐけうなづけ、てんしゅをしへあらはたまふたのは「てんけいすなはてんしゅしめしひ、そのをしへを「てんけいけう」、すなはてんしゅらせたまふたをしへふ。

りながら、てんしゅなにいっぺんをしたまふたのではなく、だんゝゝをしへ、てうおやこどもだんゝゝをしへて、そのこしだいゝゝゝに、せうがくかうちうがくかうだいがくかうおそはるがごとくである。それ

てんしゅはじめから[編集]

アダムエワをしへ、のちにはノエアバラハムモイゼひとたちをしへ、またあまたよげんしゃをしたまふたのである。さうしていよいてんしゅをしへであるとことは、あまたきせきおよよげんもっせうせられた。

すなはきせきひとちからできふしぎことであって、てんしゅぜんのういんせうり、よげんひとちゑたうていしられぬことまへもっげることであって、てんしゅぜんちいんせうとなる。きせきよげんとはてんけいけういちじるしきせうこである。

[下段]

イエズスキリストいたまでをしへは、きうやくなづけるが、きうやくてんしゅにんげんたいして、いちばんさきになされたおんやくそくである。そのときをしへきうけうはれる。イエズス、キリストそのをしへぜんびして、あらたさづたまふたによって、これイエズスけうあるひキリストけうなづけるが、きうやくかはりあたらしいおんやくそくをなされたから、しんやくふ。しんやくきうやくごとくにかはことなく、をはりまでつづはずである。きうやくしんやくちがはぬのは、てうおなじものが、つぼみり、はなり、るがごとし。このをしへてんしゅから、ばんこく

ばんみんたすかりため[編集]

あらはされたものであるによって、これこうけうなづける。たすかりとは、んでからさきてんごくすなはごくらくをはりなきさいはひけることであるが、たすかりみちこうけうほかにない。

それでもひとあってこうけうすこしもらず、せんかたなしにをしへまことおもって、まごゝろもっまもったときは、つみさへなければ、てんしゅおんあはれみによって、たすかりことあるとも、たすかりみちいくつもあるとわけではない、まごゝろがあったからである。すなはまことみちらず、せんかたなしにをしへまことみちおもって

-9-

まごゝろもっまもったからである。たすかりみちとして、まことかみからさだめられたのは、こうけうほかにない。それたすかりためには、ぜひこれらねばならぬ。

10●こうけうをしへるところは、いくぶわかつか[編集]

およそ三わかつ、だい一、しんずべきことだい二、まもるべきことだい三、せいちょうけるみちであります。

まへったとほり、みちらねばならず、さうしてあゆまねばならぬものなれば、こうけうそのとほりで、だいみちらせて、

しんずべきこと[編集]

をしへる。だいみちあゆこと

すなは

まもるべきこと[編集]

をしへる。だい

せいちょうけるみち[編集]

すなはてんしゅみこゝろかなみちつみゆるしけ、おんてういたゞみちをしへるのである。そのしたがってこのせつめいぜうちうげの三わかつ。