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イェルサリム大主教聖キリール教訓/第三講話

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正教のおもなる定理

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<< 神の子の人体をる事。 >>

かみ独生どくせいたるかれみづからまた処女しょじょよりうまれたまひしをしんずべし、福音ふくいんしゃイオアンのいふところしんぜよ、いはく『ことば肉身にくしんとなりてわれうち宿たどれり』〔イオアン一の十四〕。永遠えいえんことば世々よよさきちちよりうまれたり、しかれどもかれちかおいわれため肉身にくしんをうけたまへり。

イイススなにためくだたまひしや、……そもそもかみ六日むいかあいだ世界せかいをつくりたまへり、しかれども世界せかいひとためにつくられたり。太陽たいよう赫々かくかくたる光線こうせんをもてひかりかがやく、しかれどもかれひとらさんがため存在そんざいをうけたり。またあらゆる動物どうぶつわれにつとめんがためつくられたり。草木そうもくわれたのしましめんがためにつくられたり。ことごとくの造物ぞうぶついとうるはし、しかれどもそのうちひとつかみぞうなるものはあらず、かみぞうはただひとのみなり。太陽たいよういつ命令めいれいにてつくられたり、しかれどもひとかみもつてつくられたり。『われぞうにより、せてひとつくらん』〔創世記一の二十六〕といへり。それこのおう木像もくぞうさへも尊宗そんそうせらるるならば、いはんかみ霊像れいぞう尊宗そんそうせらるることあに当然とうぜんにあらずや。さりながら楽園らくえんりてよろこたのしみ、造物中ぞうぶつちゅうもっと卓絶たくぜつなるもの魔鬼まきそねみによりて彼処かしこよりおひいだされき。そのにくところものおちいりしや、てきおほいよろこべり。なんぢてきつづいてよろこばんことをほつするか。かれ男子だんしにはその剛強ごうきょうなるがためにあえちかづかずして、もっとも荏弱にんじゃくなるものけり、すなはちなお処女しょじょなりしおんなけり。けだしすで楽園らくえんよりはれたるのちアダムはそのつまエワりしなり』〔創世記四の一〕。

人間にんげん第二だいに嗣者ししゃカインアウェリなりき。しかれどもカイン殺人者さつじんしゃこうとなれり。後来こうらい人類じんるい大悪だいあくにより、洪水こうずい氾濫はんらんせり。ソドムじん不法ふほうためてんよりれり。ときかみイズライリみんえらたまへり。しかれどもたみ放蕩ほうとうおちいりて選族せんぞくきずつけられたり。けだしモイセイ山上さんじょうおいかみまえちしに、たみかみへて金牛きんぎゅうはいせり。立法者りっぽうしゃモイセイときつげて『いんおこなふなかれ』〔しゅつ埃及エジプト記二十の十四〕とのたまへり、しかるにイズライリみん淫所いんしょりて、あえいんほしいままにせり〔民数記二十五の八〕。モイセイのちイズライリみんりょうせんがため預言者よげんしゃらをつかはしたまへり、しかれどもりょうするものらはやまいつあたはずして、これ涕泣ていきゅうせり、けだしそのうち一人いちにんへり、いはく『アアわれわざわいなるかな、善人ぜんにんえ、ひとうちなおものなし』〔ミヘイ七の二またふあり『みなまよひ、ひとししくやぶれたり、ぜんおこなものなし、いつまたなし』〔聖詠十三の三(詩編十四の三)〕またふあり『のろひ、いつわり、兇殺きょうさつ盗賊とうぞく姦淫かんいんのみにして、血地ちちにつづきながる』〔オシヤ四の二〕『おのれおのれむすめとを悪魔あくま献祭けんさいし』〔聖詠百五の三十七(詩編百六の三十七)〕鳥占ちょうせん魔法まほう妖術ようじゅつおこなへり。またふあり『かれしちにとれる衣服いふく諸々もろもろだんかたわらにいてそのうえし、罰金ばっきんをもてたるさけをそのかみいえむ』〔アモス二の八〕。

人間にんげんのかうむりたるきずはなはおほいなり『あしのうらよりかしらいたるまで〔彼には〕まったきところなく、これをあはすものなく、つつむものなく、またあぶらにてやわらぐるものもなし』〔イサイヤ一の六〕。のち預言者よげんしゃらは痛嘆つうたん大息たいそくしてへることしもごとし、いはく『たれシオンよりすくいイズライリあたへんや』〔聖詠十三の七(詩編十四の七)〕。またいはく『ねがはくはなんぢなんぢみぎひとうえに、なんぢおのれためかためしひとうえにあらん。われなんぢよりはなれざらん』〔聖詠七十九の十八、十九(詩編八十の十八、十九)〕。かつ預言者よげんしゃあるもの祈願きがんしていへらく『しゅてんかたぶけてくだりたまへ』〔聖詠百四十三の五(詩編百四十四の五)〕。人間にんげんきずわれ治術ちじゅつたすけえ、『なんぢ預言者よげんしゃころし、なんぢだんこぼつ』〔列王記上十九の十〕。とこれいふこころあくわれおいあらためらるるあたはざるものとなりぬ、改善者かいぜんしゃとならんことはなんぢ必要ひつようなりとなり。

預言者よげんしゃらのいのりをしゅたまへり。われ人類じんるいほろびんことをちちはかろんぜずして、そのなるしゅてんより医者いしゃとしてつかはしたまへり。されば預言者よげんしゃはいへらく『なんぢもとむるところのしゅたちまちきたらん』〔マラヒヤ三の一〕。されどもかれ何処いづこきたるか。しゅなんぢいしげたるおのれ殿でんきたらん〔イオアン八の五十九〕。そののち預言者よげんしゃこれをききていへらくかみすくいほうずるに何故なにゆえひそかにいふか。かみすくい臨格りんかく福音ふくいんするに何故なにゆえ隠処いんしょにいふか。『よき音信いんしんシオンつたふるものや、たかやまにのぼれ、イウデヤのもろもろのまちにつげよ』〔イサイヤ四十の九〕。されどなにをつぐるか。いはく『なんぢかみを、みよしゅ能力のうりょくをもてきたらん』〔同十〕。しゅまたみづかつげごとへり、いはく『みよきたりてなんぢうちまん、許多おほくたみしゅはしかん』〔ザハリヤ二の十、十一〕。イズライリたみがなししところすくいこばめり、『きたらばもろもろのたみぞくとをあつめん』〔イサイヤ六十六の十八〕。けだし『かれおのれ領分りょうぶんきたりしに、領分りょうぶんたみかれをうけざればなり』〔イオアン一の十一〕。なんぢきたらん、しかれどもたみなにたまふか、いはく『きたらばもろもろのたみをあつめて、かれらのうち休徴しるしをたてん』。いふこころ十字架じゅうじかなんをうくるによりて軍兵ぐんぺいにおのおのそのひたいおうたる休徴しるしをしるさしめんとなり[1]また預言者よげんしゃはいへらく『てんかたぶけてくだれり、その足下あしもと闇冥あんめいなり』〔聖詠十七の十(詩編十八の十)〕。けだしてんよりくだるは人々にれざりしなり。

そののちソロモンちちなるダウィドこれをいひしをききてかみ稀有けうなる家を建てまたこれにきたらんとするものあらかじて、おどろきてへり『かみじつひとともたまふや』と〔列王記上八の二十七〕。さりながらこれにさきだちてダウィド聖詠せいえいおいてこれがこたえをなしぬ、そのソロモンことえいいはく『かれくだること羊毛ひつじのけうえあめごとくならん』〔聖詠七十一の六(詩編七十二の六)〕。あめとはてんにあるものためにいひ、羊毛ひつじのけの上とは人間にんげんためにいふなり。けだし羊毛ひつじのけの上にところあめはさはがしきことなうしてくだらん。ゆえ博士はかせらも降生こうせい奥義おうぎらざるがためふていへり『イウデヤおう何処いづこうまるべきや』〔マトフェイ二の二〕。又おそれをいだけるイロドうまれしものこと詮索せんさくしてへり、『ハリストス何処いづこうまるべきや』〔同四〕。

くだところものたれなりや。ダウィド前條ぜんじょう聖詠せいえいことばつづきにおいていへり、いはく『日月じつげつときひとなんぢ世々よよおそれん』〔聖詠七十一の五(詩編七十二の五)〕。またげんしゃもいへり、いはく『シオンむすめや、おほいよろこべ、イェルサリムむすめや、よばはれ、みよなんぢおうなんぢきたる、かれただしくしてすくいたまふ』〔ザハリヤ九の九〕。それおうおほし、預言者よげんしゃや、なんぢところいづれのおうすか。諸王しょおうたざる徴候ちょうこうわれしめたまへ。もしおう紫紺しこんるといはばかくごと衣服いふくとおときは諸王しょおうかねゆうするところならん。もし軍兵ぐんぺい護衛ごえいせられ、鍛金たんきんせいくるまるといはばこれも諸王しょおうかねゆうする所ならん、おう特別とくべつなる徴候ちょうこうわれしめし、そのきたるをほうずべしといはんか。しかるに預言者よげんしゃはこれにこたへていへらく『なんぢおうなんぢきたらんとす、かれただしくしてすくいたまふ、かれ温柔おんじゅうにして牝驢ひんろおよ驢駒ろくる』、さりながらくるまにはらずといへり。これぞまさきたらんとするおう本来ほんらい独一どくいつ徴候ちょうこうなる。諸王しょおううちただひとりイイススいまおのれくびきせざる驢駒ろくり、おほいなる頌讃しょうさんうちおうとしてイェルサリムたまひき。さてたまひしおうなにおこなはんとするか。『なんぢについてはまたなんぢ契約けいやくためわれかのみづなきあなよりなんぢ被俘とらわれびと放出はなちいださん[2]』〔ザハリヤ九の十一〕。

さりながらおう驢駒ろくることをん。われなおくわしく徴候ちょうこうしめたまへ、ところおう何処いづことどまらんとするか、しろよりとおへだたらざるところおい徴候ちょうこうしめたまへ、われらずにおはらざらんがためなり、われちか顕然けんぜんたる徴候ちょうこうしめたまへ、われ城中じょうちゅうにありてその場所ばしょんがためなりといはんか。げんしゃさらにこれにこたへてへり、いはく『そのにはイェルサリムまえあたり、ひがしにあるところ橄欖山かんらんざんの上にかれあしたん』〔ザハリヤ十四の四〕。さればたれ城中じょうちゅうにありて場所ばしょざるあらんや。

われふたつの徴候ちょうこうゆうす、されどもかれは第三の徴候ちょうこうをもらんとほつす。きたところしゅなにおこなはんとするか、われたまへ。そもの預言者はいへらく『われかみ云々うんぬんかれきたりてわれすくたまふべし。その時瞽者めしひはひらけ、聾者みみしひみみはあくことをべし。その時跛者あしなへ鹿しかのごとくはしり、唖者おふししたはうたうたはん』〔イサイヤ三十五の四-六〕。われにはまたあかしをもげらるべし。預言者よ、汝はまさきたらんとするものしょうしていまかつらざる休徴しるしおこなふのしゅふ。さりながらなんぢのいかなる明白めいはく徴候ちょうこうげんとするか。いはく『しゅみづかたみ長老ちょうろうとそのもろもろのきみともにさばきにたまはん』〔イサイヤ三の十四〕。しゅぼくたる長老ちょうろうらにさばかれてこれをしのたまふはこれぞ特殊とくしゅ徴候ちょうこうなる。

イウデヤ人らはこれをよむもこころめず、何故なにゆえなればかれこころみみをふさぎてかざりしによる。しかれどもわれイイスス ハリストス肉体にくたいによりきたりてひととなれるをしんず、何故なにゆえなればもししからざらんにはわれためちかづくことあたはざればなり。けだしわれれのみづかゆうするところのものをることもまたこれをたのしむこともあたはざるにより、かれわれとひとしきものとなりたまへり、これわれかれをもてたのしむをんがためなり。けだしわれは第四日につくられたる太陽たいようをさへまったあたはずんば、これをつくれる造物主ぞうぶつしゅかみをいかんしてるをんや。しゅ西乃シナイざんうえおい火中かちゅうくだたまひしに、たみはこれにふるあたはず、モイセイにつげていへり、いはく『なんぢわれかたれ、われきかん。ただかみわれかたたまふことあらざらしめよ、おそらくはわれなん』〔しゅつ埃及エジプト記二十の十九〕。またいふあり『肉身にくしんものうちたれかよくうちよりいひたま活神いけるかみこえをききてくるものあらんや』〔復傳律令五の二十六〕。それかみがいひたまこえをきくさへもいんとならば、かみそのものるはいかんぞ。いんとならざらんや。これなんあやしむにらんや。モイセイみづからいへり、いはく『恐懼きょうく戦慄せんりつせり』〔エウレイ十二の二十一〕。

しからばなんぢなにねがふか。すくひのためきたりしもの淪亡ほろびいんとならんことをねがふか、何故なにゆえなればかれきたるは人々ひとびとためふるあたはざればなり。あるい恩寵おんちょうわれ相応そうおうせんことをねがふか[3]ダニイル神使しんしあらはれにさへざりき、しかるをなんぢ神使しんし主宰しゅさいおもてるにみづかふるか。ガウリイルあらはれしにダニイルおもてせり。さてあらはれしものはいかなる形状かたちにてそのまえちしや。そのおもて電光いなびかりごとし、されども太陽たいようごとくなるにはあらず、またそのほのおごとして火炉かろごとくなるにはあらず、そのこえ群集ぐんしゅうこえごとくしてダニイル十の六神使しんし十二軍隊レギオンこえごとくにはあらざりき。しかれども預言者は俯伏ふふくせり、神使しんしかれちかづきてへり、ダニイルよ、おそるるなかれ、てよ、ちからはげませよ、なんぢことばはきかれたりと〔十二〕。しかるにダニイルへり、ときおののきててりと〔十一〕。さてのすべての時におい人手じゅしゅのごときものありてかれにふれざりしあいだかれなにこたへざりき、〔十〕しこうしてあらはれしものひとかたちごと変化へんかしたるときダニイルはじめてくちをひらきていへり。かれなにをいひしや。『しゅなんぢ示現じげんによりておそれにへず、まったちからをうしなへり、〔十六〕気息いきまらんばかりなりし』〔十七〕といへり。それあらはれし神使しんしは預言者のこえをもちからをもうばひしならばかみあらはるるはあに気息いきのこさんや。聖書せいしょに『ひとかたちごときものさわらざりし』あいだは、ダニイルふをあえてせざりしといへり。ゆえにわれ劣弱れつじゃく実際じっさいあかされたるにより、しゅひとようするところのものをおのれにうけたまへり。ひとおのれと同形どうけいなるものよりきかんことをようしたるにより、救世主きゅうせいしゅわれ同形どうけいなるものをおのれにうけたまへり、人々ひとびとおほいまなやすからんがためなり。

さりながらなんぢまたしゅきたりし因由いんゆうをも聴聞ちょうもんせよ。ハリストスみづか洗礼せんれいをうけて洗礼せんれいせいにせんがためきたり、また海水かいすいうえあゆみて奇跡きせきおこなはんがためきたたまへり、けだしかれ肉体にくたいによりてきたらるるきには『うみはしイオルダン退しりぞけり』〔聖詠百十三の三(詩編百十四の三)〕ゆえにしゅおのれにたいをうけたまひしは、うみてとどまり、イオルダンおそれずしてかれをうけんがためなり。これ一の因由いんゆうなり、さりながらまた因由いんゆうもこれあり。処女しょじょエワによりてりぬ、ゆえかなら処女しょじょにより、いなくわしくいはば処女しょじょより生命いのちはあらはれざるべからず、へびかれをいざなひしごとガウリイルこれ福音ふくいんせんがためなり。人々ひとびとかみをすててみづか人形ひとのかたちをきざめるぞうをつくりぬ。ゆえ人々ひとびといつわりて、人形ひとのかたちをきざめるぞうかみごとはいはじめたるときかみじつひととなりたまへり、いつわりをほろぼぼさんがためなり。魔鬼まきわれたいして肉体にくたい器械きかいごと利用りようせり、ゆえこれりてパウェルはいへり『肢体したいのりあり、こころのりとたたかひてわれとりこにし』云々うんぬんローマ七の二十三〕。是故このゆえ魔鬼まきわれたおしたるとおなじき器械きかいもつわれすくはれたり。人間にんげんすくはんがためしゅわれ同様どうようなるものをうけたまへり、とぼしきところものにいよいよおほ恩寵おんちょうをあたへんがためまたつみある人間にんげんかみ体合たいごうせんがためわれ同様どうようなるものをうけたまへり。『しかれどもつみところには恩寵おんちょういやされり』〔ローマ五の二十〕。しゅわれためかならくるしみをうくべかりき、しかれどももし魔鬼まきかれりしならばかれちかづくをあえてせざりしならん。『もしらばさかえしゅ十字架じゅうじかくぎせざりしならん』〔コリンフ前二の八〕、ゆえからだえさとなれり、へびまんとほつしてみしものをもいださんがためなり。けだし『とこしへまでたまはん[4]かみはすべてのかおよりなみだをぬぐひたまはん』〔イサイヤ二十五の八〕。

脚注

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  1. 原文注1:我は十字架に苦しみをうくるより霊神上れいしんじょうてき魔鬼まき世俗せぞくおよ肉身にくしん〕とたたかふ門徒もんとにおのおのそのひたいおうたる記号すなはち十字形じゅうじけいなる勝利の記号をしるすのけんあたへん。
  2. 原文注2:いふこころなんぢが十字架にながしたるによりつみしばられたるもの永遠えいえんより放出はなちいださんとなり。
  3. 原文注3:いふこころわれしゅイイスス ハリストス恩寵おんちょうによりすくひのためきたるは、なんぢ智慧ちえためさとらるべき様子ようすにてらんことをねがふかとなり。
  4. 原文注4:いふこころしゅおのれもつ永遠えいえんほろぼぼさんとなり。