眾シウを散チらしめ、[帖木眞テムヂンは]その弱カヨワき子コより手枷テカシを扯ヒきて取トりて、その項ウナヂを一ヒトつ打ウつと、走ハシりて斡難︀オナンの林ハヤシの內ウチに臥フしたれども、見ミられんと云イひて、水ミヅの濡タマリに仰アフぎ臥フして、手枷テカシを水ミヅに順シタガひ流ナガし、面オモテ 出イダして臥フしたり。
§82(02:18:05)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
彼カの脫ニガしたる人ヒト、大聲オホゴヱに「拏トラはれ人ビト 脫ニげたり」と叫サケびたるに、散チりたる泰赤兀惕タイチウト、聚ツドひて來キて、晝ヒルの如ゴトき月明ツキアカリに斡難︀オナンの林ハヤシを探サガしたり。水澑ミヅタマリに臥フして居ヲるを、速勒都︀思スルドス(蒙古 源流蘇勒德斯スルデス、元史 月魯 不花の傳遜都︀ 氏スンド ウヂ)の鎖兒罕 失喇ソルカン シラ(親征錄梭嚕罕 失剌ソルハン シラ〈[#「梭嚕罕 失剌」は底本では「梭嚕罕失剌」]〉、蒙古 源流托爾干 沙喇トルガン シヤラ〈[#「托爾干 沙喇」は底本では「托爾 干沙喇」]〉)、正マサに過スぎて見ミて言イはく「正マサに只タヾかく才ザエあるが故ユヱに、その目メ你敦に火ヒ合勒あり、その面メン你兀兒に光ヒカリ格咧ありとて、泰赤兀惕タイチウトの兄弟アニオトヽに然シカのみ嫉ネタまるゝなりき、汝ナンヂ。然シカ 只タヾ 臥フしてよ。吿ツげざらん、我ワレ」と云イひて過ヨギれり。
〈[#底本「成吉思汗実録」が「元朝秘史」の節︀の区切りと無関係な位置で改行一字下げする数少ない箇所なので備忘のため注記しておく]〉
又マタ「回カヘり探サガさん」と云イひ合アへる時トキ、鎖兒罕 失喇ソルカン シラ 言イはく「本モトの路ミチにて見ミざりし地トコロを見ミると、回カヘり探サガさん」と云イへり。「然シカり」と云イひ合アへり。本モトの路ミチに依ヨり回カヘり探サガして、又マタ 鎖兒罕 失喇ソルカン シラ 過スぎて言イはく「汝ナンヂの兄弟アニオトヽ(族人)は、口クチの牙キバを磨トぎ來キぬ。しか臥フし愼ツヽシめよ」と云イひて過ヨギれり。
§83(02:20:03)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
又マタ「回カヘり探サガさん」と云イひ合アへる時トキ、鎖兒罕 失喇ソルカン シラ 又マタ 言イはく「泰赤兀惕タイチウトの御子ミコだち、汝等ナンヂラ。明アカるき白シロき晝ヒルに全人マルビト 脫ニげたり。今イマ 黑クロき夜ヨに何ナンぞ得エん。我等ワレラ 又マタ 本モトの路ミチにて見ミざりし