通俗正教教話/信経/第四か條

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（四）第四か條

『我（われ）等（ら）の為（ため）にポンテイ、ピラトの時（とき）に十（じゅう）字架（じか）に釘（くぎう）たれ苦（くるしみ）を受（う）け葬（ほうむ）られ』

問　イイスス ハリストスの御（おん）行（おこな）ひになった事（こと）及（およ）び、其（その）御（お）傳（つた）へになった教（おしへ）は、誰（たれ）が聞（き）いても見（み）ても皆（みな）感心（かんしん）する様（よう）な可（い）い教（おしへ）や行（おこなひ）で御座（ござ）いましたのに、何故（なぜ）イイスス ハリストスは後（のち）に十字架（はりつけばしら）に釘（くぎう）たれる様（よう）なことにお成（な）りになったので御座（ござ）いますか。

答　其（それ）は常（つね）に不（ふ）正（せい）な事（こと）ばかりして居（い）た当時（とき）のユデヤ国（こく）の民（たみ）の宰（つかさ）や学者（がくしゃ）共（ども）がイイスス ハリストスによって非（ひ）常（じょう）に其（その）不（ふ）行（ぎょう）跡（せき）を責（せ）められました為（ため）に、イイススを怨（うら）み、又其（またそれ）と同（どう）時（じ）に人民（じんみん）等（ども）が自（じ）分（ぶん）等（ら）よりもイイスス ハリストスを敬（うやま）ふ様（よう）になりましたので、其事（そのこと）が嫉（ねたま）しく、其（そ）れが為（ため）にイイスス ハリストスを讒言（ざんげん）して裁判（さいばん）官（かん）に迫（せ）まって彼（かれ）を磔（はりつけ）の刑（けい）に処（しょ）したので御座（ござ）います。

問　『ポンテイ、ピラトの時（とき）に十（じゅう）字架（じか）に釘（くぎう）たれ』と謂（い）ふ文（もん）句（く）の内（うち）のポンテイ、ピラトと謂（い）ふのは何（なん）の事（こと）で御座（ござ）いますか。

答　此（これ）はイイスス ハリストスが十（じゅう）字架（じか）に御（おん）釘（くぎう）たれになった時代（とき）にロマ皇帝（こうてい）より使（つか）はされてイウデヤ国（こく）を治（おさ）めて居（い）ました全権（ぜんけん）者（しゃ）の名前（なまえ）で御座（ござ）います、当時（とうじ）イウデヤ国（こく）はロマ国（こく）の属国（ぞくこく）となって居（い）たので御座（ござ）います。

問　信経（しんけい）の内（うち）に啻（ただ）に『十（じゅう）字架（じか）に釘（くぎう）たれ』と許（ばか）りでなく『苦（くるしみ）を受（う）け』と謂（い）ふ言（ことば）が特更（ことさら）附（つ）け加（くわ）へて御座（ござ）いますのは何（なに）か意味（いみ）が有（あ）るので御座（ござ）いますか。

答　御座（ござ）います、此（この）言（ことば）を特更（ことさら）に加（くは）へましたのは、或（ある）学者（がくしゃ）がハリストスの十（じゅう）字架（じか）に御（お）懸（かか）りになったのは啻一（ただひと）つの形式（けいしき）で苦（くるしみ）も何（なん）にも無（な）かったなどと称（とな）へました説（せつ）を斥（しりぞ）け、彼（かれ）の死（し）が誠（まこと）に苦（くるしみ）を伴（ともな）った物（もの）で有（あ）ると謂（い）ふことを証（しょう）拠（こ）だつる為（ため）で御座（ござ）います。

問　其（それ）では『葬（ほうむ）られ』と謂（い）ふ言葉（ことば）は何（なん）の為（ため）に添（そ）へられたので御座（ござ）いますか。

答　此（これ）はハリストスが誠（まこと）に十（じゅう）字架（じか）の上（うえ）に御（お）死（しに）になったことと三日（みっか）目（め）に墓（はか）より御（ご）復活（ふくくわつ）なさったことを証（しょう）拠（こ）だつる為（ため）で御座（ござ）います。

問　イイスス ハリストスが苦（くるしみ）をお忍（しの）びになったのは自（みづ）から甘（あまん）じてお忍（しの）びになったので御座（ござ）いますか、其（それ）とも強制的（むり）に人（ひと）から強（し）ひられた為（ため）に止（や）むを得（え）ずお忍（しの）びになったので御座（ござ）いますか。

答　イイスス ハリストスが御（お）苦（くるしみ）をお忍（しの）びになったのは勿論（もちろん）神（かみ）としてではなく人（ひと）としてで御座（ござ）いますけれども、若（も）しイイスス ハリストスがお苦（くるしみ）をお忍（しの）びになることを、お厭（いと）ひになったならば、苦（くるしみ）をお脱（のが）れになることは幾何（いくら）でもお出来（でき）になったので御座（ござ）います、其（それ）にも係（かかは）らず苦（くるしみ）をお忍（しの）びになったのは全（まった）く甘（あまん）じて自（みづか）ら人（ひと）の為（ため）に苦（くるしみ）をお忍（しの）びになったので御座（ござ）います、聖書（せいしょ）の内（うち）に主（しゅ）自（みづか）ら此事（このこと）を仰（おほ）せられて居（お）りますには『我（われ）は我（わ）が生命（いのち）を捐（す）つ……我（われ）自（みづか）ら之（これ）を捐（す）つ、我（われ）に捐（す）つるの権（けん）あり、復（また）之（これ）を受（う）くるの権（けん）あり』〔イオアン十の十七、十八〕。

問　イイスス ハリストスは私（わたくし）共（ども）をお救（すく）ひになる為（ため）に十（じゅう）字架（じか）に釘（くぎう）たれになったと仰有（おっしゃ）いましたが、私（わたくし）共（ども）を何（なに）からお救（すく）ひになる為（ため）なので御座（ござ）いましたか。

答　私（わたくし）共（ども）を其（その）十（じゅう）字架（じか）の死（し）を以（もっ）て『罪（つみ）』と『詛（のろい）』と『死（し）』の内（うち）より救（すく）ひ出（いだ）す為（ため）なので御座（ござ）います、此事（このこと）に就（つ）いては聖書（せいしょ）の内（うち）に処々（ところどころ）に謂（い）はれて御座（ござ）いますが、茲（ここ）に略（りゃく）して只（ただ）其内（そのうち）の一（いち）二（に）か所（しょ）の文（もん）句（く）を申（もうし）上（あ）ぐることに致（いた）します、聖（せい）使徒（しと）パエルがエヘス（エペソ）人（びと）に書（か）き送（おく）りました書（しょ）の内（うち）に此（か）う謂（い）ふ言（ことば）が御座（ござ）います『我（われ）等（ら）其（その）血（ち）を以（もっ）て贖（あがなひ）を蒙（かふむ）り諸罪（しょざい）の赦（ゆるし）を得（う）るなり』〔エヘス一の七〕、同（おな）じくガラテヤ人（びと）に書（か）き送（おく）った書（しょ）の内（うち）に『ハリストスは我（われ）等（ら）の為（ため）に詛（のろい）となりて我（われ）等（ら）を贖（あがな）ひて律法（りつぽう）の詛（のろい）より免（まぬが）れしめたり』〔ガラテヤ三の十三〕。

問　イイスス ハリストスが十（じゅう）字架（じか）の上（うえ）にお死（しに）になったことが何（ど）うして私（わたくし）共（ども）の罪（つみ）と詛（のろい）と死（し）の救贖（あがなひ）になったので御座（ござ）いますか。

答　神様（かみさま）は慈（いつくし）み深（ふか）き方（かた）で如何（いか）なる罪人（つみびと）でも己（おのれ）の罪（つみ）を悔（く）ひ改（あらた）めたならばお赦（ゆる）しなさらぬと謂（い）ふことは無（な）いので御座（ござ）います、併（しか）し又（また）神様（かみさま）は公（こう）義（ぎ）極（きは）まりなき御（お）方（かた）で御座（ござ）いますから其（その）義（ぎ）に叛（そむ）く様（よう）なことは決（けっ）してお好（この）みにならぬので御座（ござ）います。其（それ）で御座（ござ）いますから初（はじめ）の人（ひと）アダムとエワが罪（つみ）を犯（おか）して自分（じぶん）に罪（つみ）と詛（のろい）と死（し）とを罰（ばつ）として受（う）けた時（とき）も愛（あい）なる神様（かみさま）は何（ど）うかして彼（かれ）等（ら）を赦（ゆる）してやり度（た）いと謂（い）ふ御（み）心（こころ）は充分（じゅうぶん）お有（あ）りになったので御座（ござ）いますが、何（なに）等（ら）の償（あがなひ）もなく其（それ）を赦（ゆる）すと謂（い）ふことは神様（かみさま）の義（ぎ）として出来（でき）なかったので御座（ござ）います、其（それ）で御座（ござ）いまするから神様（かみさま）は其（その）義（ぎ）を満足（まんぞく）させて人（ひと）を罪（つみ）と詛（のろい）と死（し）の内（うち）より解（とい）てやらうと謂（い）ふ御思召（おぼしめし）からしてアダムとエワに後世（こうせい）『蛇（へび）の頭（かしら）を砕（くだ）いて』（悪（あく）魔（ま）を亡（ほろぼ）す）人（ひと）を罪（つみ）の内（うち）より救（すく）う所（ところ）の救主（すくいぬし）を世（よ）に降（くだ）すことをお約束（やくそく）なさったので御座（ござ）います、此（この）お約束（やくそく）は遂（つひ）に実行（じっこう）されて神（かみ）の子（こ）イイスス、ハリストスは世（よ）の救主（すくいぬし）として此（この）世（よ）にお降（くだ）りになったので御座（ござ）います、而（そ）して彼（かれ）は尊（たふと）い神様（かみさま）の独（ひとり）子（ご）のお身分（みぶん）で、然（しか）も御自（ごじ）分（ぶん）に些少（すこし）のお咎（とが）もなく啻（た）だ人（ひと）の犠牲（みがはり）となって恐（おそ）るべき十（じゅう）字架（じか）の死（し）をお忍（しの）びになったので御座（ござ）いまするので其（その）御（お）徳（とく）は何（なん）とも申（もう）し様（よう）の無（な）い程（ほど）大（おほ）きく、神様（かみさま）は実（じつ）に此（この）御（お）徳（とく）に愛（め）でて人（ひと）の罪（つみ）をお赦（ゆる）しになったので御座（ござ）います。

問　イイスス ハリストスがお苦（くるしみ）をお受（う）けになったのは、私（わたくし）共（ども）凡（すべ）ての人（ひと）の為（ため）で御座（ござ）いますか、其（それ）とも或（ある）限（かぎ）られたる人（ひと）の為（ため）で御座（ござ）いますか。

答　イイスス ハリストスは無（む）論（ろん）私（わたくし）共（ども）凡（すべ）ての人（ひと）の為（ため）にお苦（くるしみ）になったので御座（ござ）いますから、誰（たれ）でも皆（みな）其（その）御（おん）惠（めぐみ）に浴（よく）する事（こと）は出来（でき）るので御座（ござ）いますが、併（しか）し其（その）お惠（めぐみ）を受（う）くると受（う）けないとは人々（ひとびと）の勝手（かって）で御座（ござ）いまして、決（けっ）して神様（かみさま）は其（その）御（お）惠（めぐみ）を人（ひと）にお強（し）ひになる様（よう）なことはなさらないので御座（ござ）います、で御座（ござ）いまするから神様（かみさま）のお惠（めぐみ）を受（う）くるには私（わたくし）共（ども）の方（はう）から進（すす）んで其（その）惠（めぐみ）に近（ちか）づくと共（とも）に、主（しゅ）のお苦（くるし）みになった苦（くるしみ）を自分（じぶん）にも分（わか）ち、主（しゅ）のお死（しに）になった『其（その）死（し）』に自（みづか）ら倣（なら）はなければ御（おん）惠（めぐみ）を受（う）くる訳（わけ）には行（ゆ）かないので御座（ござ）います。

問　其（それ）ならば私（わたくし）共（ども）何（ど）う致（いた）しましたならば主（しゅ）の死（し）に倣（なら）ひ、主（しゅ）のお苦（くるしみ）を自分（じぶん）に分（わか）つことが出来（でき）るので御座（ござ）いますか。

答　イイスス ハリストスの死（し）に倣（なら）ふには私（わたくし）共（ども）の肉体（からだ）にある情（じょう）と慾（よく）とを殺（ころ）せば宜（よろ）しいので、主（しゅ）のお苦（くるしみ）を分（わか）つには、イイスス ハリストスの救贖（すくい）と其（その）御（お）苦（くるしみ）と死（し）とを紀（き）念（ねん）する機（き）密（みつ）を信（しん）じ絶（た）えず其（その）機（き）密（みつ）に與（あづか）れば主（しゅ）のお苦（くるしみ）を分（わか）つことが出来（でき）るので御座（ござ）います、聖書（せいしょ）の内（うち）に此事（このこと）を解（と）き明（あか）して申（もう）しまするには、『凡（およ）そハリストスに属（ぞく）する者（もの）は肉体（にくたい）を其（その）情（じょう）及（およ）び慾（よく）と共（とも）に十（じゅう）字架（じか）に釘（てい）せり』〔ガラテヤ五の二十四〕又（また）『爾（なんぢ）等（ら）此（こ）の餅（ぱん）を食（くら）ひ此（この）爵（さかづき）を飲（の）む毎（ごと）に主（しゅ）の死（し）を示（しめ）して其（その）来（きた）る時（とき）に及（およ）ばん』〔コリンフ前十一の二十六〕。

問　情（じょう）と慾（よく）とを殺（ころ）しまするには、何（ど）う致（いた）しましたならば宜（よろ）しいので御座（ござ）いますか。

答　情（じょう）と慾（よく）とを節制（せっせい）して善（よ）い事（こと）に心（こころ）を向（む）くれば宜（よろ）しいので御座（ござ）います、例（たと）へば怒（いかり）の情（じょう）がむらむらと起（おこ）って来（き）て私（わたくし）共（ども）が人（ひと）を誹（そし）らうとしました時（とき）には熟（じっ）と其（その）情（じょう）を制（おさ）へて、イイスス ハリストスが十（じゅう）字架（じか）の上（うえ）で其敵（そのてき）の為（ため）に祈（き）祷（とう）をなさった事（こと）を想（おも）ひ起（おこ）し、私（わたくし）共（ども）も其敵（そのてき）の為（ため）に祈（き）祷（とう）をするやうに致（いた）せば宜（よろ）しいので御座（ござ）います。