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聖金口イオアン教訓下/第14講話

第14講話

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<<神(かみ)は何故(なにゆえ)患難(かんなん)に試(こころ)みらるゝを許(ゆる)すか>>


金工(きんこう)の物(もの)を製(せい)するや。金(きん)を坩堝(るつぼ)に投(とう)じて、其(そ)の最(もっとも)純粋(じゅんすい)になれるを見(み)ざらん間(あいだ)は、これを火(か)中(ちゅう)に置(おい)て鎔解(ようかい)せしむるなり、実(じつ)に此(こ)の如(ごと)く、神(かみ)も人々(ひとびと)の霊魂(たましい)の純潔(じゅんけつ)にして光(ひか)るものとなり、試(し)練(れん)によりて大(おほい)なる益(えき)を得(え)ざらん間(あいだ)は患難(かんなん)にて試(こころ)みらるゝを許(ゆる)すなり……。それ金工(きんこう)の物(もの)を製(せい)するは、金(きん)を炉(ろ)中(ちゅう)に置(お)く幾(いく)時(じ)間(かん)を要(よう)すべきか、又(また)彼(かれ)を何時(なんどき)彼処(かしこ)より取出(とりいだ)すべきかを知(し)り、金(きん)の焼変(やけかは)りて腐(くさ)るに至(いた)る迄(まで)火(か)中(ちゅう)に置(お)くを許(ゆる)さずんば、况(まし)て神(かみ)は此(これ)を知(し)るが故(ゆえ)に、我(われ)等(ら)のいよ〳〵純潔(じゅんけつ)なるものとなるを見(み)る時(とき)は、試(し)練(れん)より救(すくひ)出(いだ)して、患難(かんなん)の過度(かど)の為(ため)に我(われ)等(ら)が躓(つまづ)き仆(たふ)るゝを免(まぬか)れしむるなり。されば我(われ)等(ら)は何(なに)か期(き)せざる事(じ)変(へん)に遭(あ)うあらば、不(ふ)平(へい)を鳴(な)らさず、小胆(しょうたん)をあらはさず、確実(かくじつ)に此(これ)を知(し)る者(もの)に一任(いちにん)して、彼(かれ)の欲(ほつ)する間(あいだ)我(われ)等(ら)が霊魂(たましい)をきよめしめん、けだし彼(かれ)は試(こゝろ)みらるゝ者(もの)の善(ぜん)と益(えき)との為(ため)に此(これ)を為(な)せばなり。


数回(すうかい)火(ひ)を経(へ)たる金(きん)にこれあるが如(ごと)く、試(し)練(れん)の感(かん)化(か)の下(もと)にある金(きん)にひとしき霊魂(たましい)も亦(また)常(つね)にこれと同(おな)じからん。金(きん)の実質(じっしつ)は金工(きんこう)の必要(ひつよう)とする時(じ)間(かん)だけ火(か)中(ちゅう)にありて、火(ひ)の働(はたら)きにより更(さら)に純然(じゅんぜん)光明(こうめい)なるものとならん、金(きん)にひとしき霊魂(たましい)を有(ゆう)する人々(ひとびと)もかくの如(ごと)し、連綿(れんめん)たる試(し)練(れん)の坩堝(るつぼ)を経(へ)て、比(ひ)類(るい)なく光(ひか)り輝(かがや)くものとなり、すべての金(きん)より貴(き)重(ちょう)なるものとならん。