聖金口イオアン教訓下/第10講話

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第10講話[編集]

<<まこととみいづれにありや>>


善行ぜんこうともにするとみよろしきなり。かれ何時いつよろしきものとなるべきか。こうなぐさむるときまづしきにたすくるときとにあり。約百イヲフところをきくべし、いはく『われ盲目めしひとなり跛者あしなへあしとなり、まづしものちちとなる』〔イヲフ廿九の十九〕。とみを、かれはつみもつむにあらず、まづしきをあいするをもつむなり。いえの『もんわれ街衢ちまたけてひらけり』〔イヲフ三十一の三十二〕。とみ使ようを、アヽこれのみにあらずして、実際じっさいとみ使ようするなり。とみにはあるいとみぼくたるあり、あるい実行じっこうなくしてたゞとみおかすあり、しかれどもこれおいても実際じっさいおいてもまこととみなり。如何いかなるとみぞや。徳行とくこうとみ矜恤あわれみとみなり。如何いかんしてむか。これをつげん。ひとものをかすむる富者ふうしゃあり、おのれものをまづしきにあたふる富者ふうしゃあり、かれあつめてこれさんじてむ、かれけども、これてんたがへす、てんよりまさるがごとく、るはてんるよりおとることはなはだし、これはかぎりなき許多あまた人々ひとびと愛情あいじょうれども、かれ衆人しゅうじんなんせらるゝなり、かつ掠奪りゃくだつしゃたんしゃとをにくむはたゞかれよりはづかしめられしもののみにあらず、かれよりなんがいをもかうむらざるものといへども、たゞのかうむりしものあわれむがためかれにくまんとす、しかれどもあわれみあるものあいするはたゞかれよりおんこうむりしもののみにあらず、かれよりおんをうけざりしものかれあいさんとするはこれじつおどろくべきなり。兄弟きょうだいよ、徳行とくこう邪悪じゃあくよりまさることかくのごとし、邪悪じゃあくはづかしめをうけざりしものをもそのてきとなせども、憐憫あわれみおんをかうむらざりしものよりも愛情あいじょうんとす。あわれみあるひとこと人皆ひとみなはんアヽかみかれむくたまはんと。そもなんぢはいかなるおんかれよりうけしや。われあらず、兄弟きょうだいなり。われあらず、同朋どうほうなり。かれになしゝところぜんわれおのれすと。徳行とくこう如何いかなるをるか、かれはいかにしたはしく、いかにあいすべく、いかにうるはしきや。あわれみあるひと公同こうどうみなとなり、衆人しゅうじんちちなり、高年者こうねんしゃ扶助ふじょなりあわれみあるものことはもしなんこうにかふあらば、人皆ひとみないのりていはん、かみや、かれあわれみ、かれまもり、ぜんもつかれにあたへたまへと。さりながらこゝろみに掠奪りゃくだつしゃいえいたよ、さらばなんぢはいかにかれことふをきかん、いは悪者あくしゃいは狡猾者こうかつしゃいは法者ほうものと。そもなんぢはいかなるはづかしめをかれよりうけしや。われなにもうけず、しかれども兄弟きょうだいこれをうく。かれたいするおびたゞしき怨言えんげん毎日まいにちきかざるはなし、かれもしたふるゝときは、人皆ひとみなかれ攻撃こうげきせんとす。生命いのちなるか、とみなるか………。