新約聖書譬喩略解/第十六 二人の負債者の譬
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第十六 二人 の負債者 の譬
[編集]イエス
- 〔註〕イエスの
此 譬 を説 たまふ原由 は上 下 の文 を観 て詳 に其故 を知 るべし此章 に載 する事 と其 餘 三 福音 に載 る事 とおなじからず馬太 二十六章七節より十三節馬可 十四章三節より九節約翰 十三章三節より八節此 三 箇 所 に載 る事 はみな同 じ事 なり唯 路加 の此章 に載 ることはまた是 れ別 に一 事 なり其 概略 を看 れば同 じきに似 たれども細 に推 ばその實 大 に異 なれり其 似 たる事 はいづれも載 する所 の家主 をシモンといへりいづれも載 する所 一人 の女子 ありて香油 を以 てイエスに傅 け髪 を以 てこれを拭 へり またいづれも一 の人 ありこの為 ことを喜 ばずとあり此輩 の事 はみな證 據 とするに足 らず ユダヤの人 にシモンと名 くる者 甚 だ多 し イエス十 二 使徒 の中 にシモンといふ者 すでに二人 あり香油 を以 て客 に傅 るはユダヤ国 の例 なり拭 に髪 を以 てすることは誠 に少 しと雖 も此 二人 の女子 はイエスを信 じて眞 の神 となせり故 に此 謙退 の事 を行 せるなり外 の處 にはラザルの姉妹 とあり此 章 には前 に悪 事 をなせし婦 とあり人 ありて其為 ことを喜 ばずといふ其人 も亦 大 に異 なれり外 の處 にはイエスの弟子 ユダ財 を多 費 して此 香 膏 を用 るを悦 ばずとあり此 處 には同席 に坐 する法利 賽 の人 イエスの悪人 を近 くるを悦 ばずとあり是 のみならず其時 も其 處 も倶 に同 からず彼 にはイエス ベタニヤに在 りてラザルを甦 せし後 にて世 を逝 たまふに近 き時 をいへり故 にイエス彼 れ力 を盡 して為 せり預 め我 身 に備 て葬 を待 と曰 たまへり此 にはイエス ナインに在 りて宣道 畢 たまひければ法利 賽 の人 邀 て同 食 せりとあり種々 別 ありて細 に看 るときは其 異 こと明 なり或人 家主 の請 にあらずして此婦 を携 て人 家 に入 り其 席 に迫近 こと無 禮 に似 て人 の詫異 を免 れずといへり是 れは此婦 の家主 シモンと同郷 のものなるを知 ざるなり郷中 の人 は婚禮 その外 各種 の喜事 あるときは郷里 の者 往 てうち寄 之 を観 は平時 あることなり且 此婦 今 急 にイエスに罪 を赦 されて霊魂 を救 はれんことを求 んとするときは禮 儀 を省 に暇 あらざるなり法利 賽 の人 は素 より舊約 に熟 せしかば以賽亜 の書 にエサイの根 株 は必 ずまさに萌孽 せんとす エホバの神 は之 に智慧 を賦 て人 の誠 と僞 を知 らしめ目 に見 耳 に聞 を待 ずして人 の是非 を悉 く辨 ぜりと(以賽亜 十二章一、二、三節〔ママ〕[1])あるを常 に執 て救主 の證 據 となせり今 此婦 は自 分 より近 くに因 てイエス之 を聽 したまふことなるに法利 賽 の人 は心 の内 に思 ふやう此婦 の悪人 なることを知 らざれば先 知 とするを得 ず若 し此婦 の悪人 なるを知 て己 れに迫近 をゆるさば潔 といふを得 ずと此 に於 てイエスは救主 にはあらずと疑 へるなり悪人 を親近 て其為 ことを悦 は善 らざるに似 たれども悪人 を親近 て之 を教訓 し善 に遷 らしむるは至 て善 ことを知 らざるなり故 にイエス我 来 るは義人 を招 にあらず悪人 を招 き悔改 しむるなりと曰 たまへり たとへば醫 生 の病人 に親近 てよくその病 を除 が如 し若 其 傳染 を畏 て逃 避 ときは其 病 を癒 すことを得 ざるなり法利 賽 の人 は自 恃 て義 となし人 を藐視 じ全 く仁愛 なし其 心 甚 だ窄 し イエスは矜憫 の心 を旨 とし罪人 を救 ふを急 務 となしたまへば天 壌 の相 違 あり彼 は唯 私意 を以 て測 り救主 の世 を愛 したまふ深情 を知 らざるなり故 にイエス我 は確 に救主 にして人 の心 を識 るといふことを知 らしめたまはんとてシモン我 汝 に告 んと遂 に二人 の負債者 の譬 を以 て語 たまへるなり此 譬 の言 は簡㨗 にて其旨 明 やすし(二人 の負債者 )一 は多 く一 は少 し馬太 傳 に載 る悪臣 の譬 と同 からず彼 は罪 を人 に得 しなれば罪 を神 に得 るに較 れば相 異 こと甚大 なり故 に彼 の譬 には千萬倍 を以 て語 れり此 譬 は均 く罪 を神 に得 しなれば相去 こと幾 もなし故 に祗 十倍 を以 て説 たまへり負銀 の五 百 金 は婦 を指 し負銀 五 十 金 はシモンを指 せり イエス二人 の品行 を見 たまふに此 の如 く相 違 ありといふにあらず法利 賽 の人 は自己 の罪 を少 しと思 ひ又 この悪 を為 せし婦 は深 く自己 の罪 は多 きことを知 し故 に其 意 に循 て譬 を設 たまふなり イエス試 に言 へ二人 の者 其 債主 を愛 する孰 れか多 き予 に聞 せよと云 たまひければシモン答 て我 意 に免 るること多 きものならんと曰 り イエス其 意 を受 て二人 の者 己 をあしらふ厚薄 を説 其 愛情 の多 少 を知 らせたまへるなり此時 法利 賽 人 のイエスを邀 て同 く食 するに甚 だ禮 儀 なきは彼 れイエスの百姓 を訓 たまひしは己 と同宗 の者 にて且 己 の村 に入 来 しことなれば若 欵留 ずんば人 の我 を無 禮 なる者 と評 せんことを恐 し故 いささか宿 に招 きしにて眞實 イエスを敬 にあらざるなり ユダヤの例 にすべて主人 の客 を待 ふ禮 は客 の到 ることあれば必 ず水 を以 て其足 を濯 へり如何 にとなればユダヤ人 の著履 は今 の草鞋 に似 て足 甚 だ汚 れ易 し故 にまづ其足 を濯 しことなり又 必 ず客 と接吻 て愛 をしめし膏 を以 て其 首 に傅 て敬 ことを示 せり法利 賽 の人 此禮 なきはイエスを愛 るの心 なきこと知 るべし此 婦 は水 を以 てイエスの足 を濯 はず涙 にて其足 を濡 し髪 を以 て之 を拭 ひ其口 に接吻 せずして其足 に接吻 せり又 ただの膏 を以 て其 首 に傅 ず香 膏 を以 その足 に傅 り其 心 誠 に卑下 して待 ことの慇懃 なることを見 るべし故 にイエス其 愛 すること多 しと曰 たまへるなり此 婦 のなせしことを観 れば人々 イエスを愛 するを知 らざるなし何故 にかくイエスを愛 する深 しといふにイエスを信 じて眞 の救主 となし己 の罪 を赦 されし恩 を受 ることを誠 に重 ぜし故 にその愛情 も自 然 深 きなり故 にイエス後 に彼 の心 を慰 て汝 の罪 赦 されたりと曰 たまへるなり しからば吾 儕 の如 き主 を信 ずるものは自己 の罪 を知 ることこの婦 の如 きか抑 も自 義 として法利 賽 人 の如 きかまた既 に罪 あることを知 てこの婦 のイエスを愛 するを学 乎 否 と心 を撫 て自 問 べし若 いまだこの婦 の如 き愛 あらずんば我 の罪 未 だ赦 されざることと知 りよく警醒 すべきなり