小学校教則大綱
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[編集]文部省令第十一号
明治二十三年十月勅令第二百十五号小学校令第十二条ニ基キ小学校教則ノ大綱ヲ定ムルコト左ノ如シ
明治二十四年十一月十七日文部大臣 伯爵大木喬任
小学校教則大綱
第一条 小学校ニ於テハ小学校令第一条ノ旨趣ヲ遵守シテ児童ヲ教育スヘシ
徳性ノ涵養ハ教育上最モ意ヲ用フヘキナリ故ニ何レノ教科目ニ於テモ道徳教育国民教育ニ関連スル事項ハ殊ニ留意シテ教授センコトヲ要ス
知識技能ハ確実ニシテ実用ニ適センコトヲ要ス故ニ常ニ生活ニ必須ナル事項ヲ撰ヒテ之ヲ教授シ反覆練習シテ応用自在ナラシメンコトヲ務ムヘシ
各教科目ノ教授ハ其目的及方法ヲ誤ルコトナク互ニ相連絡シテ補益センコトヲ要ス
第二条 修身ハ教育ニ関スル 勅語ノ旨趣ニ基キ児童ノ良心ヲ啓培シテ其徳性ヲ涵養シ人道実践ノ方法ヲ授クルヲ以テ要旨トス
尋常小学校ニ於テハ孝悌、友愛、仁慈、信実、礼敬、義勇、恭倹等実践ノ方法ヲ授ケ殊ニ尊王愛国ノ志気ヲ養ハンコトヲ務メ又国家ニ対スル責務ノ大要ヲ指示シ兼ネテ杜会ノ制裁廉耻ノ重ンスヘキコトヲ知ラシメ児童ヲ誘キテ風俗品位ノ純正ニ趨カンコトニ注意スヘシ
高等小学校ニ於テハ前項ノ旨趣ヲ拡メテ陶冶ノ功ヲ堅固ナラシメンコトヲ務ムヘシ
女児ニ在リテハ殊ニ貞淑ノ美徳ヲ養ハンコトニ注意スヘシ
修身ヲ授クルニハ近易ノ俚諺及嘉言善行等ヲ例証シテ勧戒ヲ示シ教員身自ラ児童ノ模範トナリ児童ヲシテ浸潤薫染セシメンコトヲ要ス
第三条 読書及作文ハ普通ノ言語並日常須知ノ文字、文句、文章ノ読ミ方、綴リ方及意義ヲ知ラシメ適当ナル言語及字句ヲ用ヒテ正確ニ思想ヲ表彰スルノ能ヲ養ヒ兼ネテ智徳ヲ啓発スルヲ以テ要旨トス
尋常小学校ニ於テハ近易適切ナル事物ニ就キ平易ニ談話シ其言語ヲ練習シテ仮名ノ読ミ方、書キ方、綴リ方ヲ知ラシメ次ニ仮名ノ短文及近易ナル漢字交リノ短文ヲ授ケ漸ク進ミテハ読書作文ノ教授時間ヲ別チ読書ハ仮名文及近易ナル漢字交リ文ヲ授ケ作文ハ仮名文、近易ナル漢字交リ文、日用書類等ヲ授クヘシ
高等小学校ニ於テハ読書ハ普通ノ漢字交リ文ヲ授ケ作文ハ漢字交リ文及日用書類ヲ授クヘシ
読書作文ヲ授クル際単語、短句、短文等ヲ書取ラシメ若クハ改作セシメテ仮名及語句ノ用法ニ熟セシムヘシ
読本ノ文章ハ平易ニシテ普通ノ国文ノ模範タルヘキモノナルヲ要ス故ニ児童ニ理会シ易クシテ其心情ヲ快活純正ナラシムルモノヲ採ルヘク又其事項ハ修身、地理、歴史、理科其他日常ノ生活ニ必須ニシテ教授ノ趣味ヲ添フルモノタルヘシ
作文ハ読書又ハ其他ノ教科目ニ於テ授ケタル事項、児童ノ日常見聞セル事項及処生ニ必須ナル事項ヲ記述セシメ行文平易ニシテ旨趣明瞭ナラシメンコトヲ要ス
言語ハ他ノ教科目ノ教授ニ於テモ常ニ注意シテ練習セシメンコトヲ要ス
第四条 習字ハ通常ノ文字ノ書キ方ヲ知ラシメ運筆ニ習熟セシムルヲ以テ要旨トス
尋常小学校ニ於テハ片仮名及平仮名、近易ナル漢字交リノ短句、通常ノ人名、苗字、物名、地名等ノ日用文字及日用書類ヲ習ハシムヘシ
高等小学校ニ於テハ前項ノ事項ヲ拡メ更ニ日常適切ノ文字ヲ増シ又日用書類ヲ習ハシムヘシ
漢字ノ書体ハ尋常小学校ニ於テハ行書若クハ楷書トシ高等小学校ニ於テハ楷書行書草書トス
習字ヲ授クル際殊ニ姿勢ヲ整ヘ執筆及運筆ヲ正シクシ字行ハ整正ヲ尚ヒ運筆ハ務メテ速カナラシメンコトヲ要ス
他ノ教科目ノ教授ニ於テ文字ヲ書カシムルコトアルトキハ亦常ニ其字形及字行ヲ正シクセシメンコトヲ要ス
第五条 算術ハ日常ノ計算ニ習熟セシメ兼ネテ思想ヲ精密ニシ傍ラ生業上有益ナル知識ヲ与フルヲ以テ要旨トス
尋常小学校ニ於テハ初メハ十以下ノ数ノ範囲内ニ於ケル計ヘ方及加減乗除ヲ授ケ漸ク数ノ範囲ヲ拡メテ万以下ノ数ノ範囲内ニ於ケル加減乗除及通常ノ小数ノ計ヘ方ヲ授クヘシ
初年ヨリ漸ク度量衡貨幣及時刻ノ制ヲ授ケ之ヲ日常ノ事物ニ応用シテ其計算ニ習熟セシムヘシ
尋常小学校ニ於テ筆算若クハ珠算ヲ用ヒ又ハ筆算珠算ヲ併セ用フルハ土地ノ情況ニ依ルヘシ
高等小学校ニ於テハ筆算ヲ用ヒ初メハ度量衡貨幣及時刻ノ計算ヲ練習セシメ漸ク進ミテハ簡易ナル比例問題ト通常ノ分数小数トヲ併セ授ケ又学校ノ修業年限ニ応シ更ニ稍複雑ナル比例問題及日常適切ノ百分算ヲ授ケ土地ノ情況ニ依リテハ開平開立及簡易ナル求積若クハ日用簿記ノ概略ヲ授ケ又ハ殊算ヲ用ヒテ加減乗除ヲ授クヘシ但尋常小学校ニ於テ珠算ノミヲ学ヒタル者ニハ最初筆算ヲ用ヒテ加減乗除ヲ授クヘシ
算術ヲ授クルニハ理会精密ニ運算習熟シテ応用自在ナラシメンコトヲ務メ又常ニ正確ナル言語ヲ用ヒテ運算ノ方法及理由ヲ説明セシメ殊ニ暗算ニ熟達セシメンコトヲ要ス
算術ノ問題ハ他ノ教科目ニ於テ授ケタル事項ヲ適用シ又ハ土地ノ情況ヲ斟酌シテ日常適切ノモノヲ撰フヘシ
第六条 日本地理及外国地理ハ日本ノ地理及外国地理ノ大要ヲ授ケテ人民ノ生活ニ関スル重要ナル事項ヲ理会セシメ兼ネテ愛国ノ精神ヲ養フヲ以テ要旨トス
尋常小学校ノ教科ニ日本地理ヲ加フルトキハ郷土ノ地形方位等児童ノ日常目撃セル事物ニ就キテ端緒ヲ開キ漸ク進ミテ本邦ノ地形、気候、著名ノ都会、人民ノ生業等ノ概略ヲ授ケ更ニ地球ノ形状、水陸ノ別其他重要ニシテ児童ノ理会シ易キ事項ヲ知ラシムヘシ
高等小学校ニ於テハ日本地理ハ前項ニ準シテ稍詳ニ之ヲ授ケ更ニ地球ノ運動、昼夜四季ノ原由ヲ理会セシメ外国地理ハ大洋大洲五帯ノ別、各大洲ノ地形、気候、産物、人種及支那朝鮮其他本邦トノ関係ニ於テ重要ナル諸国ノ地理ノ概略ヲ授ケ又学校ノ修業年限ニ応シ既ニ授ケタル日本地理ヲ復習シテ稍詳ニ人民ノ生活ニ関スル重要ナル事項ヲ授ケ兼ネテ簡易ナル経済上ノ関係ヲ理会セシムヘシ
地理ヲ授クルニハ実地ノ観察ニ基キ又地球儀地図写真等ヲ示シ児童ノ熟知セル事物ニ依リ比較類推セシメテ確実ナル知識ヲ得シメ又常ニ歴史上ノ事実ニ連絡セシメンコトヲ要ス
第七条 日本歴史ハ本邦国体ノ大要ヲ知ラシメテ国民タルノ志操ヲ養フヲ以テ要旨トス
尋常小学校ノ教科ニ日本歴史ヲ加フルトキハ郷土ニ関スル史談ヨリ始メ漸ク建国ノ体制 皇統ノ無窮
歴代天皇ノ 盛業、忠良賢哲ノ事蹟、国民ノ武勇、文化ノ由来等ノ概略ヲ授ケテ国初ヨリ現時ニ至ルマテノ事歴ノ大要ヲ知ラシムヘシ
高等小学校ニ於テハ前項ニ準シ之ヲ拡メ[1]テ稍詳ニ国初ヨリ現時ニ至ルマテノ事歴ヲ授クヘシ
日本歴史ヲ授クルニハ成ルヘク図画等ヲ示シ児童ヲシテ当時ノ実状ヲ想像シ易カラシメ人物ノ言行等ニ就キテハ之ヲ修身ニ於テ授ケタル格言等ニ照ラシテ正邪是非ヲ弁別セシメンコトヲ要ス
第八条 理科ハ通常ノ天然物及現象ノ観察ヲ精密ニシ其相互及人生ニ対スル関係ノ大要ヲ理会セシメ兼ネテ天然物ヲ愛スルノ心ヲ養フヲ以テ要旨トス
最初ハ主トシテ学校所在ノ地方ニ於ケル植物動物鉱物及自然ノ現象ニ就キテ児童ノ目撃シ得ル事実ヲ授ケ就中重要ナル植物動物ノ形状構造及生活発育ノ状態ヲ観察セシメテ其大要ヲ理会セシメ又学校ノ修業年限ニ応シ更ニ植物動物ノ相互及人生ニ対スル関係、通常ノ物理上化学上ノ現象、通常児童ノ目撃シ得ル器械ノ構造作用等ヲ理会セシメ兼ネテ人身ノ生理及衛生ノ大要ヲ授クヘシ
理科ニ於テハ務メテ農業工業其他人民ノ生活上ニ適切ナル事項ヲ授ケ殊ニ植物動物等ヲ授クル際之ヲ以テ製スル重要ナル人工物ノ製法効用等ノ概略ヲ知ラシムヘシ
理科ヲ授クルニハ実地ノ観察ニ基キ若クハ標本模型図画等ヲ示シ又ハ簡単ナル試験ヲ施シ明瞭ニ理会セシメンコトヲ要ス
第九条 図画ハ眼及手ヲ練習シテ通常ノ形体ヲ看取シ正シク之ヲ画クノ能ヲ養ヒ兼ネテ意匠ヲ練リ形体ノ美ヲ弁知セシムルヲ以テ要旨トス
尋常小学校ノ教科ニ図画ヲ加フルトキハ直線曲線及其単形ヨリ始メ時々直線曲線ニ基キタル諸形ヲ工夫シテ之ヲ画カシメ漸ク進ミテハ簡単ナル形体ヲ画カシムルヘシ
高等小学校ニ於テハ初メハ前項ニ準シ漸ク進ミテハ諸般ノ形体ニ移リ実物若クハ手本ニ就キテ画カシメ又時々自己ノ工夫ヲ以テ図案セシメ兼ネテ簡易ナル用器画ヲ授クヘシ
図画ヲ授クルニハ他ノ教科目ニ於テ授ケタル物体及児童ノ日常目撃セル物体中ニ就キテ之ヲ画カシメ兼ネテ清潔ヲ好ミ綿密ヲ尚フノ習慣ヲ養ハンコトヲ要ス
第十条 唱歌ハ耳及発声器ヲ練習シテ容易キ歌曲ヲ唱フコトヲ得シメ兼ネテ音楽ノ美ヲ弁知セシメ徳性ヲ涵養スルヲ以テ要旨トス
尋常小学校ノ教科ニ唱歌ヲ加フルトキハ通常譜表ヲ用ヒスシテ容易キ単音唱歌ヲ授クヘシ
高等小学校ニ於テハ初メハ前項ニ準シ漸ク譜表ヲ用ヒテ単音唱歌ヲ授クヘシ
歌詞及楽譜ハ成ルヘク本邦古今ノ名家ノ作ニ係ルモノヨリ之ヲ撰ヒ雅正ニシテ児童ノ心情ヲ快活純美ナラシムルモノタルヘシ
第十一条 体操ハ身体ノ成長ヲ均斉ニシテ健康ナラシメ精神ヲ快活ニシテ剛毅ナラシメ兼ネテ規律ヲ守ルノ習慣ヲ養フヲ以テ要旨トス
尋常小学校ニ於テハ最初適宜ノ遊戯ヲナサシメ漸ク普通体操ヲ加ヘ男児ニハ便宜兵式体操ノ一部ヲ授クヘシ
高等小学校ニ於テハ男児ニハ主トシテ兵式体操ヲ授ケ女児ニハ普通体操若クハ遊戯ヲ授クヘシ
土地ノ情況ニ依リテハ体操ノ授業時間ノ一部若クハ授業時間ノ外ニ於テ適宜ノ戸外運動ヲナサシメ又夏季ニ於テハ水泳ヲ授クルコトアルヘシ
体操ノ教授ニ依リテ習成シタル姿勢ハ常ニ之ヲ保タシメンコトヲ要ス
第十二条 裁縫ハ眼及手ヲ練習シテ通常ノ衣服ノ縫方及裁方ニ習熟セシムルヲ以テ要旨トス
尋常小学校ノ教科ニ裁縫ヲ加フルトキハ運針法ヨリ始メテ簡易ナル衣服ノ縫方ヲ授ケ又便宜通常ノ衣服ノ繕ヒ方等ヲ授クヘシ
高等小学校ニ於テハ初メハ前項ニ準シ漸ク通常ノ衣服ノ縫方裁方ヲ授クヘシ[1]裁縫ノ品類ハ日常所用ノモノヲ撰ヒ之ヲ授クル際用具ノ種類、衣類ノ保存方及洗濯方等ヲ教示シ常ニ節約利用ノ習慣ヲ養ハンコトヲ要ス
第十三条 手工ハ眼及手ヲ練習シテ簡易ナル物品ヲ製作スルノ能ヲ養ヒ勤労ヲ好ムノ習慣ヲ長スルヲ以テ要旨トス
尋常小学校ノ教科ニ手工ヲ加フルトキハ紙、糸、粘土、麦藁等ヲ用ヒテ簡易ナル細工ヲ授クヘシ
高等小学校ノ教科ニ手工ヲ加フルトキハ紙、粘土、木、竹、銅線、鉄葉、鉛等ヲ用ヒテ簡易ナル細工ヲ授クヘシ
手工ノ品類ハ成ルヘク有用ナルモノヲ撰ヒ之ヲ授クル際其材料及用具ノ種類等ヲ教示シ常ニ節約利用ノ習慣ヲ養ハンコトヲ要ス
第十四条 高等小学校ノ教科ニ幾何ノ初歩ヲ加フルトキハ簡易ナル線角面体ノ性質及種類ヲ知ラシメ尚進ミテハ三角形ノ同形類形及勾股弦ノ関係等ヲ理会セシムヘシ
幾何ノ初歩ヲ授クルニハ先ツ器具家屋地形等ヲ観察セシメ更ニ其模型若クハ図ヲ示シ児童ヲシテ之ヲ画キ其尺度又ハ角度ヲ測定比較シテ其性質関係ヲ知ラシメ専ラ実験ニ依リテ証明シ又既ニ授ケタル事項ヲ応用シ諸種ノ線形等ヲ構成シテ其度量ヲ計算セシメ之ヲ実地ニ応用スルノ能ヲ養ハンコトヲ要ス
第十五条 高等小学校ノ教科ニ外国語ヲ加フルハ将来ノ生活上其知識ヲ要スル児童ノ多キ場合ニ限ルモノトシ読方、訳解、習字、書取、会話、文法及作文ヲ授ケ外国語ヲ以テ簡易ナル会話及通信等ヲナスコトヲ得シムヘシ
外国語ヲ授クルニハ常ニ其発音及文法ニ注意シ正シキ国語ヲ用ヒテ訳解セシメンコトヲ要ス
第十六条 高等小学校ノ教科ニ農業ヲ加フルトキハ地理理科等ノ教授ニ連絡シテ土壌、水利、肥料、農具、耕耘、栽培、養蚕、養蓄等ニ関シ土地ノ情況ニ緊切ニシテ児童ノ理会シ易キ事項ヲ授ケ便宜之ヲ実習セシメテ農業ノ趣味ヲ長シ兼ネテ節約利用、勤勉儲蓄ノ習慣ヲ養ハンコトヲ要ス
第十七条 高等小学校ノ教科ニ商業ヲ加フルトキハ算術地理等ノ教授ニ連絡シテ商店、会社、売買、金融、運送、保険等ニ関スル重要ナル事項ニシテ児童ノ理会シ易キモノヲ撰ヒ習慣及法令等ニ基キテ之ヲ授ケ又簡易ナル商用簿記ヲ授クヘシ
第十八条 府県知事ハ第二条乃至第十七条ニ掲クル範囲内ニ於テ学級ノ編制及修業年限ニ応シ便宜各教科目教授ノ程度ヲ規程スルヲ要ス
第十九条 尋常小学校ノ教科ト高等小学校ノ教科トヲ一校ニ併セ置クトキハ両教科ヲ連絡セシメンカ為メ便宜各教科目教授ノ程度ヲ斟酌スルコトヲ得
第二十条 小学校長若クハ主席教員ハ小学校教則ニ従ヒ其小学校ニ於テ教授スヘキ各教科目ノ教授細目ヲ定ムヘシ
第二十一条 小学校ニ於テ児童ノ学業ヲ試験スルハ専ラ学業ノ進歩及習熟ノ度ヲ検定シテ教授上ノ参考ニ供シ又ハ卒業ヲ認定スルヲ以テ目的トスヘシ
第二十二条 小学校長若クハ主席教員ハ修業年限ノ終リニ於テ児童ノ学業ノ成績ヲ考ヘ小学校教則ニ定メタル課程ヲ完了セリト認定スルトキハ卒業証書ヲ授与スヘシ
第二十三条 補習科ハ尋常小学校若クハ高等小学校ニ於テ児童ノ既ニ学習シタル事項ヲ練習補充シ殊ニ之ヲ実地ニ応用スルノ法ヲ授ケテ処世ニ資セシムルヲ以テ要旨トス
補習科ノ程度ハ尋常小学校若クハ高等小学校ノ教科ノ程度ヲ標準トシ兼ネテ人民ノ生活上必須ナル事項ヲ加ヘ授ケンコトヲ要ス
補習科ニ於テ授クル事項ハ総テ実際ノ業務ト密接ノ関係ヲ有スルモノタルヘシ故ニ農工商等其地方ノ生業ニ最モ適切ナルモノヲ撰ヒテ之ヲ授クヘシ
第二十四条 補習科ノ教授時間ハ成ルヘク実際ノ業務ニ従事スル者ノ便ヲ図リ夜間休業日又ハ其他通常ノ教授時間外ニ於テ之ヲ定ムヘシ
正誤
説明
本則ニ定ムル所ノ各教科目ノ程度ハ尋常小学校及高等小学校ニ於テ教授スヘキ範囲ヲ示シタルモノナレハ修業年限ノ長短学級ノ編制等ニ応シ此範囲内ニ於テ斟酌増減スルコトヲ得ルハ勿論トス是レ第十八条ノ規程アル所以ニシテ地方長官ニ於テ小学教則ヲ規定スルニハ深ク其地方ノ情況ヲ察シテ最モ普通ニ行ハルヘキモノニ就キ各教科目教授ノ程度ヲ規定シ其他ハ必要アルニ応シ随時之ヲ規定スルヲ以テ可トス要スルニ普通教育ハ成ルヘク全国一様ナルヘキモノナルヲ以テ徒ニ各種各様ノ制ヲ設ケテ其施設ニ紛雑ヲ生セサランコトニ注意セサルヘカラス
尋常小学校ハ一般国民ニ必須ノ教育ヲ施ス所ニシテ其教科目及程度ノ如キモ専ラ尋常小学校ノ教育ヲ受ケテ退学スルモノヲ目的トシテ規定スヘキモノナレハ尋常小学校ヲ卒業スルノ後更ニ進ミテ稍高等ナル教育ヲ受クルコトヲ得ル者ニ在リテハ多少ノ不便ヲ感スルコトナシトセス故ニ此ノ如キ児童ノ多数ナル都邑ニ於テハ一般ノ児童ノ為ニ尋常小学校ヲ設クルノ外更ニ尋常小学校ノ教科ト高等小学校ノ教科トヲ合セタル小学校ヲ設置シテ殊ニ此等児童ノ便ヲ謀ルヲ以テ適当トスルコトアルヘシ此場合ニ於テハ一般ノ尋常小学校及高等小学校ノ教科ヲ斟酌シテ両教科ノ連絡ヲ図リ終始統一セル教育ヲ施スヲ得シメントス是レ第十九条ノ規程アル所以ニシテ市町村若クハ私立小学校設置者ニ於テ土地ノ情況等ニ依リ此種ノ小学校ヲ設クルノ必要アリト認ムルトキハ小学校令第十一条第二項ニ依リテ之カ許可ヲ受クル際併セテ各教科目教授ノ程度ヲ斟酌シテ許可ヲ受ケシムル方利便ナラン但前陳ノ事情アルニ非スシテ単ニ尋常小学校ノ教科ト高等小学校ノ教科トヲ一校ニ併セ置クノ場合ニ於テハ高等小学校ニ入学スヘキ者ノ為メニ相互ノ連絡ヲ謀リテ濫リニ教科目ヲ増減斟酌シ尋常小学校ヲ卒リテ退学スヘキ児童ニ不利益ヲ与フルカ如キコトナカランコトヲ要ス
凡小学校ニ於テ教授スヘキ事項ノ大要ハ小学校教則大綱ニ従ヒ地方長官ニ於テ規定スヘキハ勿論ナリト雖モ其細目ニ至リテハ土地ノ情況ニ依リ取捨増減シテ各其宜シキニ適シ教授ノ時日ニ応シテ適度ノ分量ヲ定メ相連絡統一センコトヲ要ス故ニ小学校長若クハ首席教員ハ小学校教則ノ程度ニ従ヒ教科書ノ有無ニ拘ハラス前以テ各教科目ノ教授細目ヲ作リ之ヲ学期及各週ニ配当スルハ頗ル緊要トス是レ第二十条ノ規程アル所以ニシテ教授ノ前途之ニ依リテ明瞭ニ教授ノ順序方法之ニ頼リテ秩然タルヲ得ヘキナリ之ニ加フルニ教授週録ヲ製シ各教科目ニ就キ毎週教授シタル事項ヲ登録シテ教授上ノ参考ニ資スルカ如キハ其有益ナルコト固ヨリ論ヲ俟タス乃チ教授細目ハ教授ノ予定ニシテ授業週録ハ教授ノ確定ナレハ之ニ資リテ繁簡難易ヲ斟酌シテ漸次教授ノ事項及順序方法ヲ改良スルヲ得ヘク又学校監督者ノ巡視アルモ直ニ其教授ノ既往ノ経歴将来ノ順序等ヲ示スコトヲ得ヘキナリ
前陳教授上ニ関スル記録ノ外ニ各児童ノ心性、行為、言語、習慣、偏僻等ヲ記載シ道徳訓練上ノ参考ニ供シ之ニ加フルニ学校ト家庭ト気脉ヲ通スルノ方法ヲ設ケ相提携シテ児童教育ノ功ヲ奏センコトヲ望ム
児童ニ教授スヘキ事項ノ分量ハ多クシテ粗雑ニ失センヨリハ寧ロ少ナクシテ精確ナランコトヲ要ス故ニ各教科目教授ノ事項ハ啻ニ之ヲ理会セシムルノミナラス常ニ反復練習セシメテ充分熟了セルヲ認ムルニアラサレハ漫ニ教授ノ程度ヲ進メ若クハ他ノ事項ニ移ルヘカラス是ヲ以テ日々ノ復習ノ外修身、読書、算術、地理、歴史、理科等ノ如キハ一段落ノ教授終ル毎ニ反覆之カ練習ヲナサシメンコトヲ要ス
試験ハ前項ノ旨趣ニ依リ既ニ教授シタル事項ニ就キ果シテ能ク理会セシカ若クハ応用シ得ルカヲ試ミテ将来教育上ノ参考ニ資スルヲ以テ目的トスヘキナリ然ルニ動モスレハ方法ヲ誤リ其時期ノ逼ルニ及ヒテ一時ニ夥多ノ事項ヲ課スルモノアリ児童ノ心身ヲ害スル誠ニ少小ナラスト謂フヘシ元来試験ヲ以テ妄リニ競争心ヲ皷舞スルノ具トナスカ如キハ教育ノ法ヲ誤リタルモノニシテ殊ニ二個以上ノ小学校ノ児童ヲ集合シテ比較試験等ヲ行ヒ偏ニ学業ノ優劣ヲ競ハシムルカ如キハ教育ノ目的ヲ誤ルノ虞ナシトセス是レ第二十一条ノ規程アル所以ナリ
試験ノ成績ヲ評定スルニ点数ヲ以テシ一教科目ノ点数ヲ一百若クハ幾十トスルカ如キハ細密ニ学業ノ優劣ヲ評スルニ適スルカ如クナレトモ啻ニ調査上繁雑ナル手数ヲ要スルノミナラス之ニ依リテ生スルノ弊一ニシテ足ラサルカ如シ元来児童ノ学業ヲ試験スルハ前項ニ掲クルカ如ク教授ノ効果如何ヲ鑑ミ将来教授上ノ参考ニ供スルヲ以テ目的トスルモノナレハ其成績ヲ評スルニハ成ルヘク適当ナル語ヲ用ヒ点数若クハ上中下等比較的ノ意味ヲ有スルモノヲ用ヒサルヲ可トス然レトモ点数ヲ以テ学業ノ成績ヲ評スルハ従来ノ慣例ナレハ今之ヲ襲用スルハ妨ケナカルヘシト雖モ成ルヘク簡単ナル点数ヲ用ヒンコトヲ要ス
小学校ニ於テ児童ノ卒業ヲ認定スルハ単ニ一回ノ試験ニ依ラスシテ平素ノ行状学業ヲモ斟酌スルヲ要ス故ニ修業年限ノ終リニ於テハ其試験ノ結果ト平素ノ成績トヲ考ヘ小学校教則ニ定メタル課程ヲ完了セリト認メタル場合ニ於テハ卒業証書ヲ与フヘキナリ是レ第二十二条ノ規程アル所以ニシテ各学年末ニ於テモ亦之ニ準シ一学年間ノ成績ヲ調査シ其進歩ノ相当ナル児童ニ修業証書ヲ授与スルハ地方ノ便宜タルヘシ
補習科ハ其地方人民ノ実際ノ業務ニ最モ適応セシムヘキモノナルヲ以テ地方長官ニ於テ之カ教則ヲ定ムルニハ其大要ヲ示スニ止メ市町村ヲシテ之ニ基キ其地方ニ相応セルモノヲ取調ヘ許可ヲ請ハシムルカ如キモ一ノ便法ナルヘシ
補習科ノ児童ハ年齢稍長シ動モスレハ放恣ニ流レ易キノ時期ニ在ルヲ以テ之ニ対スル規律ノ如キハ厳正ニシテ最モ躾方ニ注意セルヘカラス殊ニ女児ハ男児ト昇校時間ヲ別チ且昼間通学シ得ルノ便ヲ与ヘンコトヲ要ス
小学校教則ニ関シ文部大臣ノ許可ヲ受クルニハ学年ノ始終休業日教科用図書配当表等小学校規則ニ関スル規程ヲ添ヘ且便宜説明ヲ添ヘ教則調査ノ参考ニ供スルコト必要ナラン
- 底本:
- 底本中の旧字を新字に改めた。
- 脚註:
関連項目
[編集]- 小学校令 (明治23年勅令第215号)
- 教育ニ関スル勅語
- 小学校ノ修身教科書ニ関スル件 (明治24年10月7日文部省普通学務局長通牒)
- 修身教育ニ就キ訓示ノ件 (明治26年文部省訓令第9号)
- 小学校生徒ノ体育及衛生ニ関スル件 (明治27年文部省訓令第6号)
- 小学校唱歌用歌詞及楽譜採用方 (明治27年文部省訓令第7号)