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(一〇)諸聖人の通功
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豫 備
〇[略]
[目的指示] 今日は諸聖人の通功に就てお話し致します。
提 示
〇公敎会に属する人、卽ち公敎信者と云ふのはたゞ現世の信者ばかりでせうか。
△違ひます。この世の信者のみならず、天國の聖人も、煉獄の霊魂も皆な公敎会に属するので
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す。
〇すると公敎会は、この世の敎会、煉獄の敎会、天國の敎会の三に分れてる訳ですね。この世の敎会を又何と呼びますか。
△戰ひの敎会
〇よろしい。救霊の敵と始終戰を交へて居るから然う申すのです。次に煉獄は何と呼びますか……煉獄の靈魂は何んな目に遭って居ますか。
△苦んで居ます。
〇だから苦みの敎会と呼びます。苦痛を堪へて、罪の汚を磨き落しつゝあるのです。却って天國の敎會は、敵に打勝ち喜び躍りつゝあるのです。何と呼びますでせう?
△凱旋の敎会
〇すると公敎会は唯一ではなく、実は戰の敎会、苦みの敎会、凱旋の敎会と三つある訳ですね。
△違ひます。一の敎会が三つに分れて居ると云ふ迄です。
〇善く答へました。譬へて云へば、同じ家の人が三ヶ所に分れ分れて居ても、やはり親子であ
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り、兄弟であるのと變った事はないのです。つまり天國の聖人も、煉獄の霊魂も、この世の信者も皆な兄弟である。キリスト樣を頭首とせる肢体である。互に聯絡があります。この聯絡を何と申しますか。
△諸聖人の通功。
〇然うです。諸聖人の通功と申します。平たく言へば、公敎会に属する信者は、この世に戰って居るにせよ、煉獄に苦んで居るにせよ、天國に凱旋して終なき福樂を享けて居るにせよ、皆な互に功を通じて相助けることが出來る。之が諸聖人の通功と云ふものです。然し諸聖人とは誰を指すのでせうか。
△天國に樂める聖人等を指すのです。
〇すると天國の聖人等ばかりが、お互に功を通じて助け合ふと言ふのですか。其んな事はありませんよ。固より天國に樂める聖人等も、諸聖人の一部です。然し夫ばかりではない。煉獄の霊魂等も成聖の聖寵を有って居ます。やがては天國に昇り、天主樣を面に仰視て、終なく樂むことになるのだから、是も同じく聖人です。現世の信者にしても、洗礼によって罪を洗ひ潔められ、聖なる者となって居る。その洗(禮)礼の儘の潔さを保って行くか、或は不幸
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にして罪を犯し、その潔さを失ふ樣なことがあっても、痛悔して故の潔さを回復し、務めて善を行ひ、德を磨き、次て他日天國に昇って、聖人等の仲間入をせねばならぬ筈のものでせう。左すれば、やはり諸聖人と申されませんでせうか。
△申されます。
〇然うです。公敎会に屬(属)する信者は、皆な諸聖人です。それに相違ありません。次に通功です。功を通じる、と云ふ意味でせう。功とは手ッ取り早く言ふと、霊的寶、卽ち公敎会の家督です。家には家督と云ふものがありませう。其家督は先祖から譲られたものばかりですか。
△否、各人が働いて、更に之を増殖すことも出來ます。
〇夫と同じく、公敎会にも霊的寶即ち。家督があります。夫はイエズス・キリスト、聖母マリア、諸聖人の償の餘です、毎日ゝゝ献げられるミサ聖祭や、授けられる秘蹟や、各信者の祈禱、苦行、慈善事業や等の功徳です。是等の霊的寶が贖宥となって各人に分配される。或は之によって天主樣の祝福だの、聖寵だのが與へられる。固より皆が皆、一樣に蒙る訳のものではない。各人の信仰と、その愛熱の程度に應じて、夫々に多く少く施される。罪人と雖も
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信仰を以て繋がれて居る間は、改心する爲の聖寵を與へられるのです。たゞ其の霊的寶の分配に與り得ないのは、公敎会の外に在るもの、未信者(異敎者)、異端者、離敎者、棄敎者、破門者等であります。記憶えましたか。言って御覧、諸聖人の通功に與り得ない人とは?
△未信者、異端者、離敎者、棄敎者、破門者等です。
〇[未信者]とは、未だ洗礼を受けて敎會の子供になって居ない人を謂ひます。
〇[異端者]とは、天主樣の敎の中から、時分の気に遭ふ一部だけを信じて、他を排斥る人を申します。例へばプロテスタント信者の如きが正しく夫です。
〇[離敎者]とは、天主樣の敎は殘らず信じますが、たゞ正當な元首に從はない。例へばギリシァ敎、ロシア敎信者の如きを謂ふのであります。
〇[棄敎者]とは、一旦洗礼を受け、公敎會の人となったが、後で之を棄てゝ、全く無宗敎になるか、或は佛敎なり、神道なりの如き異敎を奉ずるに至るかした人を申します。
〇[破門者]とは、何か重大な罪の爲に、一時、公敎会から切り棄てられた人を謂ふのです。尤も公敎会が或人を破門の罸に處するのは、その罪の怖しさを痛切に悟らせて、一刻も早く改心させるが爲です。決して全く見限って了ふのぢゃありません。
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〇是等の人等は公敎会と全く緣を切って了って居るから、其家督の分配を受けることが出來ないのです。夫だけを除けば、他の人は皆なその分配に與り得ますか。
△ハイ、天國の聖人も、煉獄の霊魂も、この世の信者も、お互に功を通じて、助合ふことが出來ます。
〇公敎会に属する者はたゞ此世の信者のみなるか。
△此世の信者のみならず、煉獄の霊魂も、天國の聖人も皆な公敎会に属するなり。
〇公敎会に属する者は、相互に功を通じて相助くるを得るか。
△然り、公敎会に属する者は、相互に功を通じて相助くるなり。是を諸聖人の通功と云ふ。
整 理
〇公敎会は幾つに分れて居ますか△この世と、煉獄と、天國と三つに分れて居ます。
〇この世の敎会を何と呼びますか△戰ひの敎会と呼びます。始終惡魔と戰って居るからです。
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〇煉獄の敎会は?△苦みの敎会と申します。苦みを堪へて、罪の償をして居るからです。
〇天國の敎会は?△凱旋の敎會、もう敵に打勝って、喜び躍りつゝあるからです。
〇すると公敎会は三つある訳ですね。△否、唯一の公敎会が三の枝に岐れて居ると云ふ迄です。
〇譬へば何んなものでせうか△同じ家の人が三ヶ所に分れて居ても、やはり親子であり、兄弟であるのと變った事はありません。
〇同家の親子、兄弟ならば、互に聯絡がありますか△有ります。その聯絡を諸聖人の通功と申します。
〇諸聖人の通功とは之を平たく言へば何んなものですか△公敎会に属する信者が、お互に功を通じて、相助けることです。
〇諸聖人とは、天國に樂める聖人等ばかりを申すのですか△否、煉獄の霊魂も、現世の信者も同じく諸聖人の一部です。
〇何うして煉獄の霊魂を聖人と呼ぶのですか△成聖の聖寵を有って居て、やがては天國に昇って、終なく樂む筈になって居るからです。
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〇この世の信者も同じく聖人ですか△ハイ、現世の信者も、洗礼によって罪を洗ひ潔められて聖人となって居るのです。
〇でも罪を犯したら?△罪を犯しても、痛悔さへしたら、赦を蒙られます。そして一度は天國に昇って、聖人等の仲間入をせねばならぬ筈なのです。
〇御蔭で諸聖人の意味は分りましたが、今度は通功です。何と云ふ意味ですか△功を通じる、と云ふ意味です。
〇功とは何ですか△霊的寶、つまり公敎會の家督です。
〇夫は何んなものですか△イエズス・キリスト、聖母マリア、諸聖人の償の餘やら、毎日献げられるミサ聖祭、授けられる秘蹟、各信者の祈禱、苦行、慈善事業等の功德やらを申すのです。
〇是等の霊的寶は何んな風に分配されますか△贖宥となって、各人に分配されます。又之によって天主樣の祝福や、聖寵も與へられます。
〇罪人でも其分配に與り得ますか△ハイ、信仰を以て繋がれて居る間は、せめて改心する爲の聖寵を與へられます。
〇霊的寶の分配に與り得ない人は誰々ですか△未信者です。洗礼を受けて、公敎会の子供にな
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って居ないから、その寶の分配にも預り得ないのです。
〇其次には?△離敎者です。天主樣の敎は殘らず信じますが、然し正当な元首に從はない。例へばギリシァ敎信者の如きものです。
〇未だその他にも、諸聖人の通功に與り得ない人が居ますか△棄敎者、破門者が居ます。
〇棄敎者とは?△天主樣の敎を棄て、全く無宗敎になるとか、佛敎や、神道やの如き異敎を奉ずるに至るとか云ふ樣な人です。
〇破門者とは?△何か重い罪を犯したが爲に、一時公敎会から切り棄てられた人です。
〇公敎会が人を破門するのは、全く之を見限って了ふのですか△否、罪の怖しさを痛切に悟らして、一刻も早く改心させるが爲にさうするのです。
〇異端者、離敎者、棄敎者、破門者は、何故諸聖人の通功に與り得ないのですか△公敎会と緣を切って了って居るから、其家督の分配を受けることが出來ないのです。
[實例一]
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- 一人の善人のお蔭で、多の人が幸福を蒙り、又一人の罪人故に他の人までが側罸を喰ふと云ふ樣なことは善くあるもので、舊約聖書にその例が乏くはありません。例ば彼の名高いヨゼフを見なさい。彼は心の淸い、行の正い、それはゝゝゝ見上げた人物でした。天主樣は何時も彼と共に在して、彼が行く所には、必ず豐な祝福を雨し給ふのでありました。彼は兄弟の妬を受けて、商人に賣られ、エジプトの太官、プチファルの奴隷となりました。天主樣は彼故にプチファル家を祝し、數々の幸福をお與へ下さいました。後、國王に重く用ゐられ、天主樣のお惠みになった七ヶ年の豐作を無駄にせず、之を巧に利用し、続いて來る七ヶ年の凶作に備へ、以て國民を救ひました。却ってアカンと云ふ男は天主樣の御誡を破り、窃に敵の分捕品を隱して置きました。其爲にイスラエル人全(体)體が天主樣の御怒を蒙り、小さな城を攻めて、一度も二度も散々に敗北したことがありました。霊魂上にもやはり斯んなことはあるもので、善を爲しても惡を働いても、必ずその影響が他に及んで行くものである。よくゝゝ注意せねばなりません。
[實例二]
- フランス皇帝ナポレオンは一事トンゝゝ拍子で幸運の阪をよぢ登り、戰へば勝ち、攻めれば
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- 取ると云ふ鹽梅でしたから、其爲に傲慢の鼻を蠢かし、終には敎皇の領土までも強奪しました。よってピオ七世に破門されるや、えらさうに肩を聳かし、『フン、ピオ七世が破門した?朕の兵士の手から武器が落ちると思ってるのか』と嘲弄りました。然し其時からナポレオンの運命は漸く傾き、其影が次第に薄いで來ました。五十万の大軍を率ゐて堂々と露國に侵入した迄は可かったが、飢と寒さとの爲に大敗北を蒙り、兵士の手からは武器が訳もなく落ちて了ひました。間もなく我身はエルバ島に流され、重ねてワーテルローに破れて、到頭セント・ヘレナに遠島されて死にました。