シリヤの聖イサアク全書/第八説教

提供: Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動
wikisource:宗教 > シリヤの聖イサアク全書

第8説教[編集]

<< すいじゃくしてたいまんなるひとびとよりおのれまもりてせいすべきことかれしたしむによりたいまんすいじゃくひとしゅとなりてしゅじゅなるけつよくたさるることほうとうなるねんもっこころけがされざらんがためしょうねんちかづくよりおのれまもるべきこと。 >>

そのくちひとするをきんずるものはそのこころよくねんよりまもらん。しかしてこころよくねんよりまもものじじしゅん。つねかみねんずるものは、まきおいいだし、うらみしゅたん。そのれいこんじじかんするものこころもくたのしまん。そのかくまとめておのれないしゅうちゅうするものじこおいれいてきてんえいん。そののすべてこうちょうにくものはそのこころないおいおのれしゅさいん。もしせいけつあいし、これりてばんぶつしゅさいるをば、なんびとをもするなかれ、そのけいていするものくなかれ。もしひとなんぢまえおいそうろんするあらば、みみふさげ、かつそこよりけよ、いかものことばかざらんためなり、かつなんぢれいこんせいめいうばはれてせざらんためなり。げきやすこころかみおうれず、しかれどもおんじゅうにしてけんそんなるものしんかいおういづみなり。

よ、せいけつなるをば、なんぢないてんありて、てんとそのひかりとをじこおいるべく、かれともに、かれによりて、てんしゅさいをもん。とうぜんしょうさんするものがいけざらん。さりながらもししょうさんかれためたのしくんば、かれほうしゅうようせざるこうしゃなり。けんそんなるものたからはそのないにあり、しゅなり。そのしたひっせいかたあもものは、ぬすられざらん。ちんもくするくちかみおうかいしゃくすれども、ことばたくみなるものはそのぞうせいしゃよりとおざかる。ぜんりょうなるものたましいたいようよりもひかり、しんせいなるもくげんしょうたのしまん。かみあいするものしたがものかみおうもっまされん、しかれどもふぎにしておごものしたがものかみよりとおざかり、そのともきらはれん。したもくするものは、すべてのがいけんそんなるちつじょけ、ようよくせいせん。だんおもいかみひそむるによりよくしょうめつせられて、はいそうせん。よくころすのつるぎなり。ゆうけいなるうみせきぜんとしてしづかなるときいるかおどりて、ゆうするごとく、しんちゅううみふんげきふんじょうせきぜんちんせいしていかなるときにもこころかいなるときは、おうしんせいなるもくとはそのなかおどらん。おのれないしゅんをねがものだんかみおくするをもって、そのこころきよむるにじんりょくす、かくのごとくなればそのりょくせいめいなるにより、かれじじしゅん。みづよりいづうおところのものはかみおもおくだっしてせじおくただよりょくにもこれあらん。ひとびとかいだんするにとおざかればとおざかるほどひとじつりょくもっかみだんするをたまはるべく、このなぐさめおのれよりとおざかるほどせいしんによりかみよろこびたまはらん。うおみづとぼしきによりほろぶるごとく、かみによりておこさいかつどうひとびとしばしばこうさいしてときおくしゅうどうこころしょうしつせん。

せいかつじょうためくるしこうぞくじつは、ぞくじんともときおくこうなるしゅうどうよりまされり。ゆるがごとくなるねっしんもっひるよるこころかみたづてきによりておここうげきものは、まきためかんしんせらるべく、かみとそのつかいおおいのぞまれん。たましいきよものにはそのないそうさかいありて、かしこたいようすなはちハリストスなり、ひかりよりのひかりちちよりのひかりなり。かくのごとものはそのこころげんしょうまいたのしみて、じつたいようひかりよりもひゃくばいひかかがやれいおどろかん、これぞわれないかくるるイエルサリムにして、かつかみくになることは、しゅたまひしごとし〔ルカ十七の二十一〕。このきょうこれすなはちかみこうえいくもにして、ただこころきよものこれりてしゅさいかんばせるべく、しゅさいひかりこうせんもってそのかがやかさん。

これはんしてげきするものいかものこのものどんよくなるものどんしょくするものぞくじんまじわものがいげんとほっするものいかやすくしてよくたさるるものすべてかくのごとものかんたたかものどうようこんらんうちく、いのちひかりきょういきほかりて、あんこくたどらん。けだしこのいきぜんりょうけんそんにしてそのこころきよめたるものりょうぶんなり。ひとがいにあるいかなるをもきらふて、これしゅうせざるあいだは、げてただちかみむかあたはざるべし。おのれいやしめてよくそんするものしゅえいさん。これはんしておのれえいなりとおもものかみえいよりはなる。したげんよりせいするほどは、さいてらされて、ねんべんべつせん。されどもっともりょあるさいげんためみだされん。

ぞくするものまづしきものは、かみおいまん。されどふしゃともかみおいまづしかるべし。ていけつけんそんにしてことばほしいままにするをきらひ、ふんこころよりものは(これしょうす)とうつやただちにそのれいちゅうせいしんひかりるべく、そのひかりもってらかがやこうせんうちおどるべく、こうせんげんしょうとそのへんとをたのしみ、これもっじこするにいたらん。かみおけげんしょうはたらきごとおきぐんしりぞくべきものは、これあらざるなり。

しんあり、かたることつぎごとし、いはく『いちにちしたりしに、しんげんしょうためとらへられたり。しかしておのれにかえるや、いたたんせいはっせり。されどわれたいりつするまきこれくやでんまるるものごとおそれ、なにものにかはるるものごとく、せっぱくあまさけんでとんそうせり。』

しょうがいよりることをわすれずして、このたのしみれんれんたるをみづからよくせいするものさいわいなり、なんとなればいくたびぞうせられたるそんそうじこときけて、そのそんそうかれためげんしょうせざればなり。かれかみによりてうまれて、せいしんかれよういくしゃたり、かれしんふところよりせいめいあるしょくすすり、そのけいこうぎて、みづからたのしまん。しかれどもぞくするものと、と、そのあんそくとにつながれ、だんするをあいするものせいめいうばはるべし。かれのことについてはいつふべきところなし、ただなぐさむべからざるかなしみもっていきゅうごうこくして、ちょうしゃこころいたましむるあらんのみ。

あんこくものこうべげよ、なんぢいでむかへ、そのおうみつえきしゃなんぢくさりくをめいぜん、なんぢそのひかりついずいしてちちしんこうせんためなり。かなしいかなわれなにもっしばられ、なにものわれかれさかえるをさまたぐるか。ああわれくさりせつだんせられ、たづねてわれかみるをさいわいなり。にんげんひみつらんとほっし、せいしんもっこれどうさつするまでにはいたたっせずとも、もしなんぢけんならば、かくじんげんと、せいかつじょうたいと、そのきょとによりこれしんせん。たましいきよくしてせいかつじょうたいてんなるものは、つねていけつもっしんことばはっすべく、そのかいおうじて、しんせいなることをもじこぞくすることをもはんだんせん。しかれどもよくこころいためられたるものしたこれうごかさるるなり。もしかれれいしんじょうことはんとほっするならば、ふぎにしてかちめんがために、よくえいきょうによりはんだんせん。けんしゃはかくのごときものをそのしょかいときみとめ、けつしゃかれあくしゅうがん。

れいたいとがつねくうだんふけさいこうちょうにんずるものいんしゃなり、かれあいしてことともにするものかんつうしゃなり。しかしてかれともまじわものぐうぞうそうはいしゃなり。しょうねんなれちかづくはいんこうなり、かみこれしゅうとす。かくのごとひとやわらぐるにくすりなし、これはんしてどうじょうによりしゅうじんひとしあいして、べつてざるものは、かんぜんたっせん。しょうねんしょうねんあとはばりょあるものをして、かれためかつこくせしめむ、しかるにもしろうじんにしてしょうねんあとはばしょうねんよくよりもさらしゅうなるよくん。かれしょうねんどうとくことろんずといへどもそのこころそこなはる。しゅねんはもしけんそんとくありて、ちんもくするものならば、もしそのこころせんよくふんよりきよまり、すべてのひととおざかりておのれかえりみるものならば、たいまんなるろうじんよくすみやかさとらん。しかしてもしろうじんろうじんをもしょうねんをもいちようけいあいせずんば、ちからつくしてかくのごとものしんせざらんことをつとむべく、ことかれよりとおざかるべし。

せいけつがいぼうよそおふてそのめんおのれよくやしなたいまんしゃわざわいなり。ねんせいけつぜんりょうなるしょうがいしたせっせいとをもっはくはつたっしたるものは、このおいては、にんしきかんたのしむべく、にくたいよりいでるときは、かみさかえけん。れいこんせいにするがためせいしんもっしゅうどうこころきゅうしゅうするのひややかにするはひとびとまじわるとげんしゅじゅだんとにまさるものあらず、ただかみるのにんしきちょうじ、かみしんきんするにたすくるかみおうみつこらだんするはこのかぎりにあらず。けだしかくのごときのだんせいめいためこころかくせいよくきてかいなるおもいねむらしむること、ことごとくのとくこうよりもちからあるなり。かくのごともののぞくのほかは、ともをもみつともにするものをもおのれにもとむるなかれ、おそらくはそのれいこんつまづきかみみちよりはなれん。なんぢかみいっちれんごうせしむるあいなんぢこころますますくわはるべし、おそらくはそのげんいんとそのおわりとははいかいなるぞくあいなんぢとりこにせん。ひしくぎょうしゃともともまじわるは、かみおうまん。これはんしてたいまんなるものらんなるものあいするはたがいさいこうちょうまかし、はらあくまでたしめて、なからん。かくのごとものともくしてしょくするをふゆかいなるごとはん『どくにしておのれぱんあじわものわざわいなり、なんとなればかれためうまからざればなり』と。かれたがいえんかいまねき、これもっこうおつむくゆることさながやといにんごとし。きらはしきあいてきとうけいけんとにときおくるをわれよりとおざけよ。けいていよ、かくのごときことにかんしゅうせしものけよ。たとひなんぢよぎなくせらるるとも、かれともしょくするをがえんずるなかれ、なんとなればかればんさんきらふべく、そのかたわらにはまきするあればなり、にいむこなるハリストスともこれあじわへざるなり。

しばしばえんかいもうくるものほうとうれいなり、かれけんそんなるものたましいけがさん。てんなるものばんさんそなへたるていなる『パン』はしゅじゅこうによりてしょくものたましいきよめん。どんしょくしゃばんさんよりはっするこうしょくもつあぶりものとみにあり。おろかにしてりょなきものこれいんゆうせらるることいぬにくてんいんゆうせらるるごとし。つねとうもっぱらなるものばんさんじゃこうよりはっするいかなるこうよりもこうよりはっするくんこうよりもかいなり、あいしんしゃこれねがふことあたいすべからざるたからねがごとし。

きんしょくしてけいせいつとめ、しゅためろうするものばんさんよりせいめいりょうほうりておのれれいこんしゃごとくなれるよりかんすべし。けだしあいしゃかれせいにしつつかれうちせきす、ゆえにかれくるしむるのくみへんじてべからざるかんとなり、れいかいてんじょうほうしゃかれとそのせいなるしょくもつとをおおはん。けいていはそのもっあきらかこれもくげきしたるはところなり。

おのれぞうせいしゃよりはなれしむるすべてのしゃためにそのくちふさものさいわいなり。あわれみにより、ちちふところよりいづせいめいうろおのれでんちゅうて、かれぐるものさいわいなり、けだしこれのみつくすときはそのものこころきんきんとしてさかえ、よろこかつたのしまん。おのれしょくもつおいしゅものはすべてのひとよりかくれ、とうなるものともにせずして、ひとしゅりょうしょくせん、かれかんけいしゃとならざらんためなり、およしゅこうせんてらされずしておわらざらんためなり。しかれどもしょくもつちしどくこんぜられたるものは、ともなくしてはかいくらあたはざるべし。はらためしんぼくするものがいたんしょくするおおかみなり。おろかなるものよ、なんぢなんかざるありてたいまんしゃばんさんはらみたさんをねがふか、かしこなんぢたましいしゅじゅよくたされん。はらせいするをくするものためかいなり。

きんしょくしゃけいこうきわめてかいにして、かれめんかいするはりょあるものこころたのしましむるなり。しかれどもたんしょくしゃかれまじわるによりとつぜんおそれしょうず、ゆえにかれきんしょくしゃともくらはんがためにあらゆるほうほうもちふ。

せっせいしゃせいかつじょうたいかみあいせらるる。これはんしてかれとなりするはたんしょくしゃためはなはくるし。もくそうしゃハリストスおおいしょうさんせらる、しかれどもしんふぎこうちょうへんして、まきとらふるところとなりしものためにはかれちかづくはかいならず。けんそんにしておんじゅうなるものたれあいせざらん、ただきょうごうなるものあくげんするものしからず、けだしかれところむによる。

ひとあり、じこけいけんによりかたれることごとし、いはく『いづれにかなんびととなりともだんさんに、そのおいてはほしぱんさんあるいしかづつしょくす、しかしてしいとうつや、しんかみむかひてゆうゆうせず、おもいかれむかはしむるあたはざるなり。しかれどもかいだんしゃわかれてもくそうるや、しょにちにはほしぱんいつはんしいしょくし、じつにはいつしょくす、しかしてしんもくそうかくりつするや、いっほしぱんしいまったしょくせんとするもあたはず、されどしんひずといへども、ゆうにしてえずかみだんし、しんせいこうげんしょうせずしてわれてらし、われをしてしんせいなるひかりこれたのしましむ。しかれどももくそうときあたたれきたりて、いちかんたりともわれふあるや、そのときしょくちかづかざらんことも、そくるものをはいせざらんことも、ひかりちょくかくするがためりょくよわらざらんこともためあたはざるなり』と。るべし、けいていよ、にんたいどくきょとはいかうるはしくかつゆうえきにしてぎょうしゃいかなるちからいかなるべんとをあたふるや、かみためもくそうもっぱつとめてひとみづからおのれのパンをくらものさいわいなり、なんとなればかれつねかみだんすればなり。かれこうえいけんぺいす、いまいつよよに、「アミン」。