シリヤの聖イサアク全書/第二十一説教の二

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第21説教の2[編集]

<< しゅじゅなるこうついもんどう。>>

きんしょくけいせいこと

ひっせいあいだこのいっついまじわることをあいするものは、ていけつともとならん。はらやすんじ、すいみんもっおのれだじゃくにしていんよくもやすはばんあくはじめなるごとく、きんしょくけいせいと、ねむらずしてかみほうじおこなひ、しゅうじつしゅうやじゅうじかくぎして、すいみんあまきにはんたいするはかみせいなるみちとすべてのどうとくもといなり。きんしょくはすべてのどうとくほしょうなり、ふんとうはじめなり、せっせいしゃかんむりなり、「ハリステアニン」のかどでなり、きとうははなり、ていけつぜんちみなもとなり、もくそうなり、あらゆるぜんこうそっせんしゃなり。ひかりねがふはけんぜんてきするごとく、きとうねがふはしりょもっまもらるるきんしょくてきす。

もしたれきんしょくはじむるならば、もはやこのときよりもっかみとともにまじはるをがんぼうせん。けだしきんしょくするたいぜんやしょうじょうとおすにふるあたはざればなり。ひとがそのくちきんしょくいんさるるときは、そのいしつうかいまなぶべく、そのこころきとうながすべく、そのおもてゆうしょくありて、づべきしねんひとよりとおざかり、そのがんちゅうきんいろえざるべし、かれいんよくくうだんてきなり、しりょぶかきんしょくしゃあくよくどれいとなりしことはいまかつたるものあらざりき。しりょもってするきんしょくはもろもろのぜんためこうだいなるだいたくなり。これはんしてきんしょくとうかんにするものはすべてのぜんどうようせしめん、なんとなればきんしょくさいしょしょくむるとき、よぼうためわれらがせいあたへられたるかいめいにして、きんしょくやぶりしために、われらがぞうせいはじめだらくしたりき。さりながらくぎょうしゃらはかみほうまもるをはじむるならば、さいしょべんちゅつれるそのものよりしてかみおそるるのおそれにおおいしんぽするをはじめん。

きゅうせいしゅイオルダンかひんあらはるるや、これよりはじめたまひき、けだしせんれいのちしんかれみちびきていたり、かしこおいかれは四十にち四十きんしょくせり。これおなじくすべきゅうせいしゅあとしたふてづるものらも、そのくぎょうはじめこのきじょうかくりつせん、なんとなればきんしょくかみそなたまひしぶきなればなり。ゆえにもしこれとうかんにするならば、これためにかしっせきこうむらざらん。もしりっぽうしゃみづからきんしょくするならば、そのほうまもものは、たれきんしょくせざるべけんや。これよりるににんげんきんしょくいたまでは、しょうりらずしてまきいまかつわれらのせいによりこうげきこころみざりしが、このぶきためかれよわりぬ。しかしてわれらのしゅこのしょうりたいしょうとなり、およちょうしとなりたまひしは、だいいちしょうりえいかんわれらのせいかしらくはへんためなり。ゆえにもしまきじんるいちゅうなにびとおいてかこのぶきるならば、このはんたいしゃくぎゃくしゃそくじおそれしょうずべく、きゅうせいしゅためおいげきはいせられしことにただちそうとうし、これきおくして、そのちからざせつせらるるべく、われらがげんすいもってわれらにあたへられたるぶきのぞむはかれやきつくさん。いかなるぶきこれよりゆうりょくなるか、こんあくれいふんとうするにあたり、こころゆうきふるはハリストスためうるにくものありや。けだしまきぐんひとかこむにあたりては、しんたいつからしかつくるしむほどこころきぼうもったさるるなり。きんしょくぶきつくるものは、いづれのときにも、ねっしんもって、はげしくかるるなり。けだしねっしんしゃイリヤかみほうりつねっしんはじむるや、このこういつとめたりき。きんしょくしゃこれたるものしんかいめいそうきせしむるなり。かれふるほうりつハリストスもっわれらにあたへられたるおんちょうあいだちゅうしゃなり。きんしょくとうかんなるものくぎょうおいてもだじゃくたいまんむりょくにして、そのれいこんよわらすのはじめしきちょうこうとをあらはすべく、かれたたかものしょうりきかいあたふべし、なんとなればらたいにしてぶきたず、くぎょうづればなり。ゆえにしょうりなくしてせんとうよりしりぞかんことあきらかなり。なんとなればかれしたいきんしょくううるのおんじょうもっつつまれざればなり。きんしょくはかくのごとこれつとむるものこころきぜんとして、およそもうれつなるよくむかへてこれはんきょせんとす。おおくのちめいしゃことつたふあり、かれらはめいえいかんけんをするあたあるいもくしにより、あるいはそのほうゆうちゅうあるものほうこくによりこれよちするや、ぜんなにものをもくらはず、ばんよりあさいたまでねむらずしてきとうち、しょうしょうれいもっかみさんえいしつつゆかいきんきとをもってそのじこくちしこと、こんいんよびするものごとくし、きんしょくおいつるぎむかへたりと。ゆえにえざるちめいしゃおこないされたるわれらも、せいせいかんむりけんがためけいせいすべく、いつたいをもまたいちぶぶんをもするちょうこうをそのてきしめさざるべし。

問 あるものこれらのこういしばしばし、おおくのものたぶんこれこういしつつあらんも、ねいせいよくちんしねんへいあんかんぜざるはなにゆえなるか。

答 けいていよ、れいていにかくるるよくにくたいじょうろうくのみにてはきょうせいせられず、にくたいじょうろうくつねごかんによりておこさるるものをおもいしとどめざるべし。これらのろうくひとよくぼうよりほごして、これたしめず、まきゆうわくよりもひとほごすれども、れいこんへいあんねいせいとをしめざるなり。けだしどうさろうくとはもくそうれんごういっちし、がいぶかんかくじょうらんみてあるじかんえいこういとどまるときは、れいこんむよくあたふべく、にあるたいころして、しねんあんそくあたへん。これはんしてひとひとびとこうさいることをうばはれずして、そのしたいをもじこをもいしすいじゃくためじこしゅうちゅうするにいたらざるあいだおのれよくかくちするあたはざるべし。もくそうせいワシリイごとれいこんじょうけつにするのはじめなり。けだしがいぶしたいおいがいぶじょうらんがいぶおけいんゆうときは、がいぶいんゆうこうちょうとよりじこかえりてじこやすんじ、こころかくせいして、ないぶしんれいじょうおもいけんきゅうせん。ゆえにもしひとこれけんりつするならば、ぜんぜんしんれいじょうじょうけつしんこうするをるにいたらん。

問 れいこんがいときおいてはきよめらるるあたはざるか。

答 まいにちそそがるるならば、そのいづれのときかわかん。ちゅうおいまいにちくはへらるるならば、いづれのときげんぜん。それじょうけつひとびとまじわじしこうさいらずして、このしゅうかんつるにほかならずんば、ふるしゅうかんきおくすなはちあくへきにんしきじっさいじこもって、あるいたにんもって、かんり、これおのれにあらたにするものは、なんときかそのれいこんせいけつになるをのぞむべけん。そのれいこんいづれのときこれよりきよまるをるか、あるいかれいづれのときがいぶていこうよりまぬかれておのれさっするをるかこころひびけがさるるならば、ひとおかいよりきよめらるべきか。ひとがいぶせいりょくうんどうたいこうするちからあるなく、ぐんえいうちにありてひんぱんせんぽうくをひびつあらば、こころきよむるあたはざるにあらずや。しからばいかにしてひとはそのれいこんためへいわせんげんするをあえてすべきか。されどもしこれよりとおざかるならばだいいちないぶどとうすこしづつちんせいするをん。かわじょうほうふさがれざるあいだかほうみづれざらん。ひともくそうるときは、れいこんしょよくべんべつして、そのけいそうめいこころみるをん。そのときないぶひとれいてきこういかくせいせられて、れいちゅうはなしんぴなるけいにますますかんちせん。

問 ひといかなるかくじつしじまたちかちょうこうにより、れいちゅうかくれたるみづからるをはじめたるをかんちすべきか。

答 たれふることなしにながづるるいおんちょうけいせらるるときかんせん、けだしためなみだかるるは、けいたいぞくするものと、れいしんぞくするものと、よくしたがじょうたいと、じょうけつとのあいだかれたるかいげんごとし。ひとこのたまものけざるあいだは、そのおこないなおがいぶひとるのみにて、ないぶひとかくれたるものせいりょくひといままったかんぜざるなり。けだしひとこのけいたいぞくするものをつるをはじめ、このかいげんえて、せいちゅうじつないぶぞくするもののあるをみとむるときは、すみやかなみだおんちょうたっせん。このなみだしんぴなるしょうがいだいいちいんはじまり、ひとをしてかみあいかんぜんのぼらしむべくして、ひとれんれんたるりゅうていにより、しょくにもいんにもなみだまじへてきゅういんはじむるにいたまでは、いよいよしんぽするほどますますこのおんちょうまさるるなり。

これぞせかいよりでてれいてきせかいかんちしたるかくじつちょうこうなる。しかれどもひともっせかいちかづけばちかづくほどこのなみだげんしょうすべくして、せかいまったとどまるときはこのなみだまったうばはるるなり。これぞひとよくちゅうほうむられたるちょうこうなる。

なみだくべつ

やきつくなみだあり、またこえふとらすなみだあり。ゆえにすべてつみかなしむによりこころしんずいよりづるなみだは、にくたいかわかしてこれやきつくさん、しかれどもなみだそそときあたり、れいちゅうしゅたるところのそのものもこれよりがいかんずることまれなりとせず。ひとかならなみだこのかいだんらざるをざるべし、しかれどもひとためだいいちかいだんよりさらまされるだいにかいだんるのもんこは、これもっひらかるべくして、このなみだにくたいかざりてこれこえふとらすべく、ひずして、しぜんながづるものにして、すでにいひしごとく、こはじんたいこえふとらすのみならず、これためひとようへんぜられん。けだしろくしてへり、『こころらくあればがんしょくよろこばし、こころゆうあればふさぐ』〔しんげん十五の十三〕。