イェルサリム大主教聖キリール教訓/第六講話

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正教のおもなる定理[編集]

<< 聖神せいしんの事。 >>

いつなるはただ聖神せいしん保惠師ほけいしなり、神父かみちちいつにしてちちなきがごとく、また独生どくせいかみことばいつにしてかれ兄弟けいていなきがごとく、聖神せいしん唯一ゆいいつにしてかれ同尊どうそんなるしんはあらざるなり。ゆえ聖神せいしんいたりておおいなる能力のうりょくなり、かれ神妙しんみょうにして究知きわめしからざるものなり、なんとなればかれ霊活れいかつ聡明そうめいにして、ハリストスによりてかみつくられたる一切いっさいのものをせいにすればなり[1]かれ義人ぎじんらのれいらす、かれ言者げんしゃらにありき、かれまた新約しんやくおいては使徒しとらにありき。聖神せいしん能力のうりょくあえわかつをものながきらはるべきものとならん。旧新約きゅうしんやく主宰しゅさいたる神父かみちちいつなり、言者げんしゃらが旧約きゅうやくおい預言よげんし、新約しんやくおいきたたまへるしゅイイスス ハリストスいつなり、言者げんしゃらによりてハリストスことつたへ、ハリストスきたりしのち降臨こうりんしてハリストスしめしたまひし聖神せいしんいつなり……。

萬物ばんぶつかれによりてぜんなることおよすくいことむかはしめらるるなり。まづ第一だいいちかれ降臨こうりん温和おんわにしてそのかんずるはこうばしくそのくびきはなはかろ[2]かれきたるはひかり現象げんしょう光線こうせんありてあらかじらさん。かれ誠実せいじつなる配慮者はいりょしゃいためるがごと心情しんじょうもつきたらん、なんとなればかれすくひ、いやし、おしへ、さとし、かため、なぐさめて智識ちしきらさんがためきたればなり。かれかれをうけたるものきたるべし。ついでそのものによりてものにもきたらん。きに暗中くらがりにありて、そののちにわか太陽たいようひとはこれにより肉眼にくがんらされて、きにざりしものをあきらかん、かくごとく、聖神せいしんをうくるをたまはりしものもこれにより霊魂れいこんらされて、いまらざりしもの、およひとよりうえなるものをさとらん。かれたいにあれどもこころてんん、かれイサイヤごとく『たかくあがれる御座みくらしゅしたまふ』をん〔イサイヤ六の一〕、以西結イエゼキリごとヘルウィムうえにあらはるるものん〔イェゼキリ十の一〕、ダニイルごとく千々万々の使者ししゃん〔ダニイル七の十〕。しょうなるひとはじめをも、おわりをも、またその中間ちゅうかんなるだいつづきをもすべてん、いまだかんがへいたらざる諸王しょおう継嗣けいしらん、なんとなれば真実しんじつなる照光者しょうこうしゃかれともればなり。ひと壁中へきちゅうこもれどもその視力しりょくとおおよびて、人々ひとびとすところをん。

イサイヤ大抵たいてい千年せんねん以前いぜんにありしも、シオンること小舎しょうしゃごとくなりき[3]しろなお巍峨ぎがとしてそびえ、市場しじょうかざられ、きわめ繁盛はんせいなりしも、言者げんしゃかれおよんで『シオン田圃でんぽごとたがやされん』〔ミヘイ三の十二〕といへり、これ今日こんにちわれらが時代じだい現実げんじつになりしものを預言よげんしたるなり。されば預言よげん正確せいかくなるに注意ちゅういすべし。ふあり『シオンむすめ葡萄ぶどう園中えんちゅうにある小舎しょうしゃごとく、また園中えんちゅうにある蔬菜そさい貯蔵所ちょぞうこごとのこされん』〔イサイヤ一の八〕。なんじ聖神せいしん聖者せいしゃてらすをる。今日こんにちすべての地所ちしょ菜畦さいけいとなりおわれり。ゆえにかくのごと名称めいしょうゆえによりのいかなることにもまよはされずして正確せいかくまもるべし。

もしなんじして、潔浄けつじょうことおよ童貞どうていこと念慮ねんりょしょうずるあらば、これすなはち聖神せいしんおしふるなり。処女しょじょ婚姻こんいんくることしばしばこれあるにあらずや、なんとなれば聖神せいしんかれ童貞どうていおしふればなり。王宮おうきゅうつかへて名声めいせい赫々かくかくたるひと聖神せいしんにをしへられて、とみくらいとをかろんずることしばしばこれあるにあらずや。少年しょうねん美女びじょて、まなこじ、さらかれるの機会きかいけ、汚穢おかいより逃走とうそうすることしばしばこれあるにあらずや。なんじはん、これなにによりてしょうずるかと。これ聖神せいしん少年しょうねんれいおしへしによるなり。には貪欲どんよくひとおおし、しかれども「ハリステアニン」はむさぼらず。何故なにゆえなるか。聖神せいしん訓誨くんかいによるなり。じつ貴重きちょうなるたまものはこれすなはちせいなるかつ至善しぜんなるしんなり。ちち聖神せいしんによりて当然とうぜんせんをうけん。ひとなおおのれにたいゆうすれどもおおくの猛烈もうれつなる魔鬼まきたたかふ。さりながら衆多あまたひと鐵鎖てつさもつても、ささざる魔鬼まきを、かれひと祈祷きとうことばもつおのれけんぞくせしむることしばしばこれあるは、れにとどまる聖神せいしんちからによるなり。さればのろもの一片いっぺん呼吸こきゅうえざるものためとならんとす。これすなはちわれらはおおいなる救援者きゅうえんしゃおよ保護者ほごしゃ教会きょうかいおおいなる教師きょうしわれらのためおおいなる代保者だいほうしゃかみによりてゆうするなり。われらは魔鬼まきをもおそれざらんなんとなればわれらが捍衛者かんえいしゃ魔鬼まきよりだいなればなり。かれきて堪能かんのうなるものたづね、たまものさづくべきところものたづぬるなり。

かれ撫恤者ぶじゅつしゃづけらる、なんとなれば、われらをなぐさめ、はげましてわれらのよわきをたすくればなり。『われらはいのるべきところをらざれども、聖神せいしんみづかひがたき慨嘆がいたんもつて、われらのために〔あきらかかみまえに〕代求だいきゅうするなり』〔ローマ八の二十六〕。ものハリストスためはずかしめられ、不正ふせいののしらるることしばしばこれあらん。致命者ちめいしゃごと惨酷さんこくなるくるしみはまえのぞみ、拷問ごうもんと、つるぎと、猛獣もうじゅうと、巨淵きょえんとは八方はっぽうよりきたるあらん、しかれども聖神せいしんかれ教示きょうししていへらく、ひとや『しゅたのめよ、』〔聖詠二十六の十四なんじおよぶところのものはかろく、なんじたまふところのものはおおいなり、暫時ざんじあいだ苦辛くしんせよ、さらばなが天使てんしともにあらん。『今日こんにちくるしみわれらにあらはるるさかえくらぶべきにあらず』〔ローマ八の十八〕。聖神せいしんひと天国てんごくをあらはし、また楽園らくえんをもしめす〔創世記二の十五〕。致命者ちめいしゃらも身体しんたいもつ裁判者さいばんしゃまえたんことはかならずまぬかるるあたはずといへども、精神せいしんちからもつては最早もはや楽園らくえんにありて、ゆるところ残忍ざんにんをかろんずるなり。

そも致命者ちめいしゃらが精神せいしん能力のうりょくもつていかにおのれ苦行くぎょう仕遂しとぐるをらんとほっするか。救世主きゅうせいしゅ門徒もんとらにぐるをるべし、いはく『人々ひとびとなんぢらを会堂かいどうまた総督そうとくおよ権柄けんぺいまえかんときには、如何いかかつなにこたへ、またなにはんかとおもんばかるなかれ。なんじらがふべきことは、そのときもつて、聖神せいしんはこれをなんじらにおしふべければなり』〔ルカ十二の十一、十二〕。ハリストスため證者しょうしゃとならんことは、もしたれ聖神せいしんもつしょうするなくんば、あたはざるなり。けだしもし『たれ聖神せいしんかんぜざればイイスス ハリストスしゅといふことあたはず』〔コリンフ前十二の三〕さればもしたれ聖神せいしんもつかためられずんば、いかにしてイイススためおのれ生命せいめいいたさんや。

聖神せいしんたまところだいなり、全能ぜんのうなり、かつ奇異きいなり。なんじら今ここに霊魂れいこんかずのいくばくあるをかぞへよ。聖神せいしんはおのおのそれにかんじてえきをなし、われらのうちりて各人かくじん性質せいしつまた思念しねんをも良心りょうしんをもところをもんとす。われらがところじつだいなり、さりながらこれなおしょうなり。けだしなんじあきらかにせよ、たれ智識ちしきすで聖神せいしん照明しょうめいせられたるか、全牧地ぜんぼくちる「ハリステアニン」のかずはいくばくあるか、ぜんパレステナかれはいくばくあるかをあきらかにせよ、しこうして範囲はんいよりローマ全国ぜんこくおもいいたり、それよりまなこてんじて全世界ぜんせかいけ、ペルシヤ人、インデヤみんゴトフ人、サウロマト人、ガルル人、イスパニヤ人、マウル人、リビヤ人、エフィオピヤ人、およびそのわれらのをだにらざるところ人種じんしゅけよ、けだしかれらのうちにはわれらにしょうすべきさへなくしてそんするものおほし。また各民かくみんあいだおいても主教しゅきょう司祭しさい輔祭ほさい修道士しゅうどうし童貞どうていおよびその俗人ぞくじん注意ちゅういして、そのだいなる保護者ほごしゃ恩賜おんし供給者きょうきゅうしゃとを想像そうぞうせよ、かれ全世界ぜんせかいおいあるものには潔浄けつじょうあたへ、あるものには不断ふだん童貞どうていを、あるものには仁心じんしんを、或者あるものには無欲むよくを、或者あるものには敵対てきたいする魔鬼まきふのちからあたふるなり。ひかりは一の光線こうせんもつ一切すべててらごとく、聖神せいしんゆうするものらを照明しょうめいするなり。けだしたれ盲目もうもくになりて恩寵おんちょうをうくるにへざるあらんか、そのめは聖神せいしんにあらずして、おのれ不信ふしんにあり。

なんじ全世界ぜんせかいおけ聖神せいしん能力のうりょくたり、さらば最早もはやとどまるをやめて、上天じょうてんのぼるべし。かつ第一だいいちてんのぼり、彼処かしこおいてかくもかぞふべからざる幾万いくまん神使しんしよ。しかれどもあたふべくはおもいにてさらにいよいよたかのぼるべし。神使長しんしちょうよ、諸霊しょれいよ、能力のうりょくよ、差益首さえきしゅよ、権柄けんぺいよ、宝座ほうざよ、主制しゅせいよ。かみよりかれらにあたへられたる嚮道者きょうどうしゃかれらがすべての教師きょうし成聖者せいせいしゃとはこれぞすなはち撫恤者ぶじゅつしゃなる。人々ひとびとあいだにありてはイリヤエリセイイサイヤかれ必要ひつようゆうし、また神使しんしらのあいだりてはミハイルガウリイルかれ必要ひつようゆうするなり。つくられたるものは一もかれ同尊どうそんなるはなし。もろもろ神使しんしとその衆天軍しゅうてんぐんとをみなあはするも聖神せいしんとは比較ひかくにもなるべからず。撫恤者ぶじゅつしゃ至善しぜんなる能力のうりょくみづかのすべてをおほふなり。神使しんし服事ふくじためつかはさるる、しかれども聖神せいしんかみふかきを究知きわめしること使徒しとふがごとし、いはく『聖神せいしん万事ばんじ究知きわめしり、またかみふかきを究知きわめしるなり、それひとじょうはそのうちにあるれいほかたれかこれをらんや、かくごとかみじょうかみれいほかものなし』〔コリンフ前二の十、十一〕。

聖神せいしん預言者よげんしゃらによりてハリストスことつたへ、使徒しとらによりてはたらきをなせり。かれ今日こんにちいたまで洗礼せんれいにより人々ひとびと心霊しんれいいんするなり。そもちちあたへて、聖神せいしんさづく。これげんあらず、しゅみづかのたまへるなり、いはく『一切すべてのものはちちよりわれたまはれり』〔マトフェイ十一の二十七〕。また聖神せいしんことしゅへることつぎごとし、いはく『しかれどもかれ真理しんりれいきたるときは、一切すべて真理しんりなんじらにおしへん云々うんぬんかれわれえいせん、すなはちかれわれよりうけてなんじらにしめさん』〔イオアン十六の十三、十四〕。ちち聖神せいしんにより一切すべてのものをたまふ。ちちたまところのものはにあらず、たまところのものはにあらず、聖神せいしんたまところのものはにあらず、けだし一のすくいと、一の能力のうりょくと、一の信仰しんこうとなり。神父かみちちは一なり、その独生どくせいたるしゅは一なり、撫恤者ぶじゅつしゃたる聖神せいしんは一なり。われらがためにはこれりてれり、しかれども本性ほんせいことあるい実在イポスタスことこのんで穿鑿せんさくするなかれ。しるされし所のものはすでへり、さりながらいまだしるされざることは、ふをあえてせざらん。われらがすくいためにはちち聖神せいしんのあるをりてれり。

脚注[編集]

  1. 原文注1:聖神せいしん神妙しんみょうにして本体ほんたいおいては神父かみちちおよおなじく、その無窮むきゅうなるによれば究知きわめしるべからざるなり。かれ霊活れいかつにして生命いのちながいだ全知ぜんちにして知識ちしきあたへ、ハリストスによりかみつくられたる一切すべてのものをせいにするなり。
  2. 原文注2:聖神せいしんしづかにかつ温和おんわにしてきよ霊魂たましいくだらん、そのかれをうくるに相当そうとうせる霊魂たましいくだるは前表ぜんひょうとしてこうばしきかんあらん、すなはきわめて愉快ゆかいにしてもいはれざるよろこばしきかんあらん、かれ恩寵おんちょうをもてみちびるるせいなる苦行くぎょうくびき霊魂たましいためいとかろからん。
  3. 原文注3:イサイヤシオンすなはイェルサリムること菜園なばたけなかにある仮小屋かりごやごとくなりき。イェルサリムがローマ人に破壊はかいせらるるやその壮麗そうれいなる家屋かおくかわりまづしき小舎こやあらはれたりき。