輟耕錄の白道子の條に「國俗尙㆑白、以㆑白爲㆑吉」とあれば、別乞の白衣を被るは、優禮に出でたるなり。黑韃 事略に蒙古の衣服の事を述べて「色用㆓紅紫紺綠㆒、紋以㆓日月龍鳳㆒、無㆓貴賤等差㆒」と云ひて、白衣の事を少しも云はざるを見れば、この優禮を受くるものは極めて稀なりしなるべし。)
§217(09:20:08)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
まづ口を開きたる忽亦勒荅兒クイルダルの遺族の恩賞
又マタ 成吉思 合罕チンギス カガン 宣ノリタマはく「忽亦勒荅兒 安荅クイルダル アンダは、戰タヽカふ時トキに命イノチを差出サシイダして先マヅ 口クチを開ヒラきたる功イサヲの故ユヱに、子孫シソンの子孫シソンに至イタるまで孤兒ミナシゴの恩給オンキフを受ウけて居ヲれ」と勅ミコトありき。
§218(09:21:05)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
札木合ヂヤムカに殺︀されたる察罕 豁阿チヤガン ゴアの遺子の恩賞
又マタ 成吉思 合罕チンギス カガンは、察罕 豁阿チヤガン ゴア(卷四の察合安 兀阿)の子コ 納𡂰 脫斡哩勒ナリン トオリルに宣ノリタマはく「汝ナンヂの父チヽ 察罕 豁阿チヤガン ゴアは、我ワが前マヘに愼ツヽシみて、戰タヽカひとなり荅闌 巴勒主惕ダラン バルヂユトに戰タヽカへる時トキ、札木合ヂヤムカに殺︀コロされき。今イマ 脫斡哩勒トオリルは、父チヽの功イサヲにて孤兒ミナシゴの恩給オンキフを受ウけよ」と宣ノリタマはれて、脫斡哩勒トオリル 申マウさく「恩賜オンシせば、我ワが捏古思ネグスの兄弟アニオトヽは、他ホカの部落ブラクごとに散チりたり。恩賜オンシせば、その捏古思ネグスの兄弟アニオトヽを聚アツめてん」と申マウせば、成吉思 合罕チンギス カガン 勅ミコトあるには「しかあらば、捏古思ネグスの兄弟アニオトヽを聚アツめて、汝ナンヂは子孫シソンの子孫シソンに至イタるまで知シりて居ヲらずや」と勅ミコトありき。(捏古思 氏の人は、元史に見えず。只 孝友傳に「徹徹、担古思 氏」とあるを、錢大昕の氏族表に「担、亦 捏 之譌」と云へり。)
§219(09:23:01)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
又マタ 成吉思 合罕チンギス カガンは、鎖兒罕 失喇ソルカン シラに宣ノリタマはく「我ワレを、小チヒサき時トキに泰赤兀惕タイチウトの塔兒忽台 乞哩勒禿黑タルクタイ キリルトク 兄弟アニオトヽに嫉ネタみて拏トラへ[られ]たれば、そこに「兄弟アニオトヽに嫉ネタまれたり」とて、鎖兒罕 失喇ソルカン シラは、赤剌溫チラウン、沈伯チンベなる子コどもに、合荅安カダアンなる女ムスメに世話セワせしめて、匿カクして居ヰて、我ワレを放ハナちて遣ヤりたるぞ、汝等ナンヂラ。汝等ナンヂラの彼カの恩オン