汝等ナンヂラに投トウずる心コヽロありき。覺サトりて捕トへて殺︀コロさんとて、我ワが衣服キモノ 都︀スベてを脫ヌぎて、只タヾ 褌フドシを脫ヌがざるに、忽タチマち遁ノガれて、汝等ナンヂラの處トコロにかく馳ハせて來キぬ、我ワレ」と言イはん[考カンガヘ]なりき。我ワレを實マコトとなして、衣服イフクを我ワレに與アタへて世話セワするならん。我ワレ 馬ウマに乘ノりて見ミつゝ、かゝる閒アヒダに來コざることあらんや、我ワレ。しか思オモひて、合罕カガンの渴カワき惱ナヤめる心コヽロを愈イヤさんとて、眼 黑マナコ クロく(膽太く)かく思オモひて往ユきけり、我ワレ」と云イへり。
成吉思 合罕チンギス カガン 言イはく「今イマ 何ナニをか云イへる。前マヘの日ヒ 三ミつの篾兒乞惕メルキト 來キて、不兒罕 獄ブルカン ダケを三ミたび繞メグらしめたる時トキ、我ワが命イノチを一ヒトたび持モちて出イでたりき、汝ナンヂ。今 又イマ マタ 乾カワきてある血チを口クチにて吮スひて我ワが命イノチを開ヒラきたり、汝ナンヂ。又マタ 渴カワきて惱ナヤみ居ヲる時トキ、命イノチを棄スてて、敵人テキジンの處トコロに眼 黑マナコ クロく入イりて、飮物ノミモノ 足タりて我ワが命イノチを入イらしめ(とりとめ)たり、汝ナンヂ。汝ナンヂがこの三ミつの恩オンを我ワが心コヽロの內ウチに存ソンせん」と勅ミコトありき。
§146(04:45:01)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年)
帖木眞テムヂンを喚ヨべる合荅安カダアン
日ヒ 明アけ了ヲハれば、抗ムカひ合アひて宿ヤドれる軍士イクサビトども、夜ヨル 便スナハち潰ツヒえたりき。團ダンをなしたる民タミは、逃ノガるゝ能アタはずとて、團ダンをなしたる地トコロより動ウゴかざりき。走ハシれる部眾ブシウを止トヾめんとて、成吉思 合罕チンギス カガンは、宿ヤドれる地トコロより出馬シユツバして、走ハシる民タミを止トヾめつつ行ユく時トキ、峠タウゲの上ウヘに一人ヒトリの紅アカき上衣ウハギの婦人ヲミナ、「帖木眞テムヂンよ」とて大聲オホゴヱに喚ヨび、哭ナきつゝ立タてるを、成吉思 合罕チンギス カガン 自ミヅカら聽キ