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Page:成吉思汗実録.pdf/126

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​成吉思 合罕​​チンギス カガン​、​脫斡哩勒 罕​​トオリル カン​ ​二人​​フタリ​ は、かく​楯籠​​タテコモ​れる​篾古眞 薛兀勒圖​​メグヂン セウルト​をその​寨​​トリデ​より​拏​​トラ​へて、​篾古眞 薛兀勒圖​​メグヂン セウルト​をそこに​殺︀​​コロ​して、​彼​​カレ​の​銀​​シロカネ​の​繃車​​ウバグルマ​、​東珠​​トウシユ​ある​衾​​フスマ​を​成吉思 合罕​​チンギス カガン​そこに​取​​ト​りき。


§134(04:15:02)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年) Open original book in Wikimedia


​札兀惕忽哩​​ヂヤウトクリ​の官 ​王罕​​ワンカン​の​號​​ガウ​

 ​篾古眞 薛兀勒圖​​メグヂン セウルト​を​殺︀​​コロ​したりとて、​成吉思 合罕​​チンギス カガン​、​脫斡哩勒 罕​​トオリル カン​ ​二人​​フタリ​、(この二人の名は、上の篾古眞の上 又は下の篾古眞の上にあるべきに似たり。)​王京 丞相​​ワンキン シヤウジヤウ​は、​篾古眞 薛兀勒圖​​メグヂン セウルト​を​殺︀​​コロ​しけりと​知​​シ​ると、​甚​​イタ​だ​喜​​ヨロコ​びて、​成吉思 合罕​​チンギス カガン​に​札兀惕忽哩​​ヂヤウトクリ​の​名​​ナ​を​與​​アタ​へたり。(親征錄 元史​察兀忽魯​​チヤウクル​。札兀惕は、百なる札溫の複稱なり。忽哩は、聚むる と云ふ 忽哩牙、聚會と云ふ忽喇勒などの語根なれば、牧長の義あるべし。然らば札兀惕 忽哩は。百戶の長の譯語ならんか。)​客咧亦惕​​ケレイト​の​脫斡哩勒​​トオリル​に​王​​ワン​の​名​​ナ​をそこに​與​​アタ​へたり。​王罕​​ワンカン​の​名​​ナ​は、​王京 丞相​​ワンキン シヤウジヤウ​の​名​​ナ​づけたるに​依​​ヨ​り、その​時​​トキ​より​爲​​ナ​れり、​王京 丞相​​ワンキン シヤウジヤウ​ ​言​​イ​はく「​篾古眞 薛兀勒圖​​メグヂン セウルト​を​汝等​​ナンヂラ​が​力​​チカラ​ ​合​​ア​はせて​殺︀​​コロ​したるは、​阿勒壇 罕​​アルタン カン​に​最​​イト​ ​大​​オホ​きなる​助​​タスケ​を​爲​​ナ​せり、​汝等​​ナンヂラ​。​汝等​​ナンヂラ​の​此​​コ​の​助​​タスケ​を​阿勒壇 罕​​アルタン カン​に​奏​​マウ​し​上​​ア​げん、​我​​ワレ​。​成吉思 合罕​​チンギス カガン​に​此​​コレ​より​大​​オホ​きなる​名​​ナ​を​加​​クハ​ふることを、​招討​​セウタウ​の​名​​ナ​を​與​​アタ​ふることを、​阿勒壇 罕​​アルタン カン​ ​知​​シロ​しめさん」と​云​​イ​へり。​王京 丞相​​ワンキン シヤウジヤウ​は、そこよりかく​喜​​ヨロコ​びて​退​​シリゾ​けり。​成吉思 合罕​​チンギス カガン​ ​王罕​​ワンカン​ ​二人​​フタリ​は、そこに​塔塔兒​​タタル​を​虜︀​​トラ​へて​分​​ワカ​け​合​​ア​ひて​取​​ト​り​合​​ア​ひて、​家家​​イヘイヘ​に​回​​カヘ​りて​下馬​​ゲバ​せり。


§135(04:16:10)白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』(東洋文庫,1943年) Open original book in Wikimedia


​塔塔兒​​タタル​の​寨​​トリデ​に​遺​​ノコ​れる​幼兒​​ヲサナゴ​ ​失乞刊 忽都︀忽​​シキケン クドク​

 ​塔塔兒​​タタル​の​楯籠​​タテコモ​れる​納喇禿 失禿延​​ナラト シトエン​〈[#「納喇禿 失禿延」は底本では「納喇禿失禿延」。白鳥庫吉訳「音訳蒙文元朝秘史」§135(04:16:10)の漢︀字音訳「納喇禿-失禿額捏」に倣い二語に分割]〉に​下​​オロ​したる​營盤​​イヘヰ​の​內​​ウチ​