Page:尋常小學國史 上巻 1934.pdf/12

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ら遠くはなれた東西の国々には、なほわるものが大勢ゐて苦しめてゐた。 (熊襲をお平げになつた) 第十二代景行天皇の御代になつて、九州の南の方に住んでゐる熊襲がそむいたので、天皇は御子の小碓尊にこれをお討たせになつた。尊は、御生まれつきくわつばつで、その上御力もたいそう強い御方であつたから、この頃まだ十六の少年でいらつしやつたが、おほせを受けると、すぐ九州へお出かけになつた。熊襲のかしらの川上のたけるは、かうしたことがあらうとは夢にも知らず、大勢のものといつしよに酒を飲んで楽しんでゐた。尊は、御髪をとき、少女の御すがたになつて、たけるに近づき、劔をぬいてその胸をお刺しとほしになつた。不意をうたれたたけるは、たいへん驚いて、「何とお強いことでせう。あなたは実に日本一の強い御方です。これからは日本武と御名のりなされよ。」と申しあげて、息が絶えた。尊は、そこで御名をお改めになり、めでたく大和にお帰りになつた。