鎌倉丸の艶聞 (四)

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本文[編集]

のぶこはシヤートルにわづか一しゅうかんたいざいせしのみにてをつとひろしゝがさまこゝろづくしをもうれしとおもはずただちにかまくらまるにてきこくのぼりしがそのかへときよろこびのいろちやくせしどきふくわいようすとはうつかはりしさまなるもそれさへひろしゝにもけずにほんかへうれしさのあまりならんとおもひしがそのじつのぶこりいうありてなることたうじどうちはつかんの「にほんじん」といへるにほんじんしつぴつぐわいじしんぶんに「じむちやうがうかんす」といふひうだいもとのぶこたけゐじむちやうとのならべてあやしきふうせつかかげたるがところけむりたゝどうりふたりあひだにはなにかのじやうじつありしはあきらかなりかまくらまるがシヤートルをしゆつぱんせしは九月げじゆんにしてやがぶじかうべちやくするやなにかにつけてしんせついたはるはたけゐじむちやうにてのぶこじやうりくしてもとうきやうかへらんとはせずかうべときはやりよてんやどたけゐともに一ぱくよこはまきたりてもいせやましんまつろうとうじてこれもたけゐやどともにしたるはいよいふたりなかさつするにかたからずはるをつとかいぐわいたづねんとしたりしのぶこはそのとちうあるものせられてこゝろへんただちにそのふねにてきこくしたるなりきのぶこたけゐほどなくとうきやうきやうばしくすきやちやうたいざんくわんやどとしあたかふうふごときよだうにてたいざいせしがたけゐにはそのじつあかさかさいしもありつまたけゐとめといひてぼうせうがくかうぢよけうゐんつとは十一になりてちゝかへるとゆびをかぞへてたのしるにたけゐよこはまにて一つうしよめんいだじむたぼうためたうぶんきたくできずとまをおくじぶんはかゝるやどやのぶこたのしみるをつまのとめはすこしもらずただちやくせんしてもくわいしやようためきたくできぬならんとしやうぢきしんじゐたるがすうじつをつともとより一かうりとどきたるをればなかにはよごれやるしやつやうふくるゐりありしがこれうちふるときそのかくしよりばたりとちし二つうてがみあるをなにごゝろなくひらきてよみくだせばいとなまめかしきをんなもじにてさゝきのぶこしるしあるにとめをさてはとうたがひのこゝろはじめておこりもしやをつときたくせざるもかゝるものできたるためかとつゝしみぶかをんなだけにしつとといふほどこゝろおこさねどあまりにむじやうなるをつとしよいうらめしくおもたるがたけゐはさるひみつぐうぜんつまられしとはこゝろづかなにげなきていにてきたくしたるにぞとめ子はしづかにの手紙ををつとまへしそれとはなしにちゝかへりをちわびもあるによそたのしみにいへわするゝとはあまりになさけなきおこゝろおんじられてはさすがたけゐもギヨツとせしがさあらうていよそおひこのてがみぬしかまくらまるせんかくにてシヤートルよりべいこくわたりしすぎやましげまるといふひとくわんけいしやなるがわれきこくさいにほんおくとどけてよとたくされてともはかえりしものにてけつしてさるあやしきじじゃうあるにあらずまつたくわいしやようしばられてきたくおそなはりしなりと百はうべんかいせしがなほとめうたがひをよしもなかりき

この著作物は1925年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。