鎌倉丸の艶聞 (二)

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本文[編集]

はしたなきふじんふるまひかたはらいたひそかにまゆひそむる一とうせんかくの中にはあたかはとやまはふがくはかせふぢんどうはんにてエールだいがくがくゐくるためのりあはせたりまたことこのせんかくふじんかとうしやくわいならんにはおほかみれんともはるべきやしんいうするしんしれんかこまれていかにくならんときやうがるもありひとさまこゝろもつてこのふじんふるまひそばだてつゝあるうちの一しつにぎはしさはそのまゝにいくかかうとてシヤートルにぞちやくしけるしつくわいせししんしすぎやましげまるはじぼうたがひどうふじんりておもしろながこうとたるをよろこたがひにこひしつぱいおもてあらはさずたじつさいくわいしてそのはとばそでわかちしなかなほどうふじんはしけのりうつるよりじゃうりくするまでまめしくいたはりたすけしはどうせんじむちやうたけゐかんろう(三十七)といへるひとなりきさてもこのふじんはいかなるものいまつつむにもおよばねばここにそのすじやうしるすべしどうぢよささきのぶこ(二十六)といひてはゝせんだいはんじゆしやむすめとしてけいしうほまれたかねつしんなるくりすちやんとしてふじんけうふうくわいさうりつゐんひとりたるさゝきとよじゆゐしなるが豐壽はなかむらけいうせんせいもんまなのちほくかいだうけいうくちからそそぎしなどそのさうかうつとところなるがのぶこははおごそかなるかていひとゝなやうよりつきぢきよりうち十三ばんくわんぢよがくかうとうまなさうおうがくおさめたるもせいかうはゝことなせいしゆくなるぢよしびとくくるところありかつぼうといふにしつうしてはゝいかじがいをせよとまでせまられしこともありしがかゝるせいかうなればはゝぬるいまはまでそのすゑけづかゆふべせまいきもとねてれとみたてたるほくかいだうさつぽろせんしゆつだいぎしもりげん三氏の一ひろしといへるにないしうげんさせてくれていさうまもはゝきずつけなこれのみがよみぢさはりなりといふをなごりいきひきとりしがそののちのぶこはまだこうぜんひろしとはけつこんひろうさずひろしゝそのうちのうがくかうそつげふのうがくしがくゐついのうしやうむしやうしよくたくうけさんふらんしすことかうせしがじじやうありてそのさいのぶこどうはんせざりしにこんくわいはゝとよじゆしたしかりしひとしんぱいしいつまでとおうみへだててふうふとはのみにてうちすぎぬるはためにもしからんとさてこそこたびかいぐわいをつともとたよこととなり萬りよていにはのぼりしなりけりさてもひろしゝのぶこかいぐわいにてもさいくわいよろこいをもつてするか、ふくわいもつてするか

この著作物は1925年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。