金槐和歌集/卷之上/秋部

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      秋  部


七月一日のあしたよめる 類從本に「七月一日の朝に……」とあり。
(一八〇) 新續古今 きのふこそ夏は暮れしか朝戶出あさとで衣手ころもでさむし秋の初風 定家所傳本には第三句「あさといでの」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

秋  風
(一八一) ながむれば衣手ころもでさむしゆふづくさほの川原のあきの初風
(一八二) 新勅撰 夕されば衣手凉しさむし高圓たかまどのをのへの宮の秋のはつ風 類從本には、第二句「衣手さむし」とあり。また、新勅撰集には、初句「夕暮は」とあり。
眞淵この歌に○○を附す。

海邊秋來

類從本には「……といふことを」とあり。
(一八三) 霧たちて秋こそ空ににけらしふきあげの濱の浦の鹽風しほかぜ 眞淵この歌に○を附す。
(一八四) うちはへて秋は來にけりの國やゆらのみ崎の海士あまのうけなは

初秋の歌

類從本には「秋のはじめの歌」とあり。
(一八五) 野となりてあとは絕えにし深草ふかくさの露のやどりに秋は來にけり
(一八六) すむ人もなき宿なれど萩の葉の尋ねて秋は來にけり 定家所傳本には第三句「荻の葉の」とあり。眞淵はこの歌を「四の句後なり」と評せり。

白  露
(一八七) 秋ははやにけるものを大かたの野にも山にも露ぞおくなる
(一八八) 續古今 今よりは凉しくなりぬ日ぐらしの鳴く山かげの秋のゆふ風 類從本にはこの歌に「詞書闕」と註して、「一本及印本所載歌」の部に入れたり。
眞淵この歌に○を附す。

蟬のなくをききて

類從本には「寒蟬啼」とあり。
(一八九) 吹く風凉しくもあるかおのづから山のせみ鳴きて秋は來にけり 類從本定家所傳本には初句「吹く風」とあり。
眞淵この歌に○○を附す。

山家秋思
(一九〇) ことしげき世をのがれにし山里にいかで尋ねて秋のつらむ 類從本には「雜」の部にあり。
類從本定家所傳本には第四句「いか」とあり。
(一九一) ひとりゆく袖よりおくか奧山の苔のとぼその路のゆふ露 類從本には「雜」の部にあり。

秋のはじめによめる
(一九二) 天の川みなわさかまきゆく水のはやくも秋の立ちにけるかな
(一九三) ひさかたのあま河原かはらをうちながめいつかと待ちし秋も來にけり
(一九四) 新勅撰 彥星の行合ゆきあひをまつ久方の天の河原にあき風ぞふく 眞淵この歌に○○を附す。
(一九五) 夕されば秋風凉したなばたのあま羽衣はごろもたちやふらむ

七  夕
(一九六) あまがは霧たちわたる彥星ひこぼしの妻むかへ舟はやも漕がなむ
(一九七) こひこひて稀にあふ夜の天の川河瀨かはせたづは鳴かずもあらなむ
(一九八) 七夕のわかれを惜しみあまの川やすわたりにたづも鳴かなむ 眞淵は「七夕と書きて、萬葉に七日のよひとよめるこそよけれ。後にたなばたてふ語に七夕と書くはひがごとぞ」と評せり。
(一九九) 今はしもわかれもすらし棚機〔たなばた〕の天の河原にたづぞ鳴くなる 類從本定家所傳本には第三句「たなばた」とあり。

秋のはじめ月あかかりし夜
(二〇〇) 天の原雲なき宵に久かたの月さへわたるかささぎの橋 眞淵この歌に○を附す。
(二〇一) 新續古今 秋風に夜のふけ行けばひさかたの天の河原に月かたぶきぬ 眞淵この歌に○○を附す。

七月十四日の夜勝長壽院の廊に侍りて月さし入りたりしによめる

類從本には「……に侍りて月さし入たりしよめる」とあり。
(二〇二) ながめやる軒のしのぶの露の間にいたくなけそ秋の夜の月 原本、第四句「ふそ」とあり。一本によりて改む。

草  花

類從本には「草花をよめる」とあり。
(二〇三) 野邊にいでてそぼちにけりな唐衣からごろもきつつわけゆく花の雫に

萩をよめる
(二〇四) 秋はぎの下葉もいまだうつろはぬにけさ吹く風は袂さむしも 原本、第三句「うつろはぬ」と「に」を脫せり。一本によりて改む。
(二〇五) 見る人もなくて散りにき時雨のみふりにし里の秋萩の花
(二〇六) 花におく露をしづけみ白菅しらすげ眞野まのの萩原しをれあひにけり 原本、第二句「露」とあり。一本によりて改む。

庭  萩

類從本には「庭のはぎをよめる」とあり。
(二〇七) 秋風はいたくな吹きそ我が宿のもとあらの小萩こはぎちらまくも惜し

故 鄕 萩
(二〇八) 新勅撰 故鄕のもとあらの小萩いたづらに見る人なしみ咲きか散るらむ 類從本には下句「見る人なし咲かちりなん」定家所傳本には「見る人なし咲きか散りなん」とあり。
眞淵は下句につき「見る人なしとあるべし。わろし。旣にもいへり」と評せり。

路 頭 萩
(二〇九) 新勅撰 路のべの小野をのの夕霧たちかへり見てこそゆかめ秋はぎの花 眞淵この歌に○を附す。

庭の萩わづかにのこれるを月さしいでて後見るに散りわたるにや花の見えざりしかばよめる

類從本には、「庭の萩はつかに……散りたるにや……見えざりしかば」とあり。
(二一〇) 萩の花くれぐれまでもありつるが月出でてみるになきはかなかなしき 類從本定家所傳本には結句「はかな」とあり。

曙󠄁に庭の萩を見て
(二一一) 朝ぼらけ萩のうへ吹く秋風に下葉おしなみ露ぞこぼるる 類從本定家所傳本には「萩」を「荻」とせり。

夕べのこころをよめる
(二一二) 玉葉 たそがれに物思ひをればわが宿の萩の葉そよぎ秋風ぞふく 類從本定家所傳本及び玉葉集には第四句の「萩」を「荻」とせり。
眞淵この歌に○を附す。
(二一三) われのみやわびしとは思ふ花薄ほにいづる宿の秋の夕ぐれ 類從本には第二句「わびしと思ふ」とありての字なし。貞享本本文第二句「分しとは思ふ」とあり。傍註によりて改む。

野 苅 萱

類從本には「野べのかるかやをよめる」とあり。
(二一四) 新後撰 夕されば野路の苅萱かるかやうちなびき亂れてのみぞ露もおきける 眞淵この歌に○を附す。

(二一五) 藤ばかまてぬぎかけし主やたれ問へどこたへず野邊の秋風

鳥狩とかりしにとがみが原といふところにいで侍りし時荒れたるいほりの前に藤ばかまのさけるを見て

類從本には「……蘭さけるををみてよめる」とあり。
(二一六) 秋風になに匂ふらむ藤袴ぬしはふりにし宿と知らずや

女 郞 花
(二一七) よそにみてをらで過ぎし女郞花名をむつまじみ露にぬるとも 類從本定家所傳本には、第二句「をらで過ぎ」とあり。

(二一八) 白露のあだにもおくか葛の葉にたまればきえぬ風たえぬまに 類從本定家所傳本には、結句「風たぬまに」とあり。
(二一九) 秋風はあやな吹きそ白露のあだなる野邊の葛の葉の上に 類從本定家所傳本には第二句「あやな」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

槿
(二二〇) 風を待つ草の葉におく露よりもあだなるものは朝顏の花

故鄕の心を
(二二一) 鶉鳴くふりにしさとの淺茅生あさじふにいく夜の秋の露かおきけむ 類從本には「雜」の部にあり。
眞淵この歌に○を附す。

野 邊 露

類從本には「野べの露」とあり。
(二二二) 久かたの空飛ぶ雁の淚かもおほあらき野の笹の上の露 類從本定家所傳本には第二句の「空」を「天(あま)」に作り、また定家所傳本には結句を[1]上の露」とせり。

夕  雁
(二二三) 夕されば稻葉いなばのなびく秋風に空とぶ雁のこゑもかなしや 眞淵この歌に○を附す。

田家夕雁
(二二四) かりのゐる門田かどたのいなうちそよぎたそがれどきに秋風ぞふく 眞淵この歌に○を附す。

海 上 雁

類從本には「海の邊をすぐるとてよめる」とあり。
(二二五) 新勅撰 和田の原八重やへ鹽路しほぢにとぶ雁の翅のなみに秋風ぞふく 眞淵この歌に○を附す。

月 前 雁
(二二六) 九重ここのへの雲井をわけて久方の月のみやこにかりぞなくなる
(二二七) 鳴きわたる雁の羽風はかぜに雲消えてふかき空にすめる月影 眞淵この歌に○を附す。
(二二八) あまの戶をあけがたの空になく雁の翅の露にやどる月かげ 原本第二句「明がた」の「の」なし。
二三九ママ 天の原ふりさけみればます鏡きよき月夜に雁なきわたる 眞淵この歌に○○を附す。
(二三〇) ぬば玉の夜はふけぬらし雁がねのきこゆる空に月かたぶきぬ

雁をよめる
(二三一) 雁鳴きて秋風さむくなりにけりひとりなむよるのころもうすし 眞淵この歌に○○を附す。
(二三二) 秋風に山とびこゆる初雁の翅にわくる峰の白雲
(二三三) 足引あしびきの山とびこゆる秋の雁いくへの霧をしのぎぬらむ
(二三四) 雁がねは友まどはせり信樂しがらきやまきの杣山そまやま霧たたるらし 眞淵この歌に○を附す。

鹿の歌に

類從本には「しかをよめる」とあり。
(二三五) 妻こふる鹿ぞ鳴なるをぐら山やまの夕霧たちにけむかも 貞享本に結句「たちけんかも」とあるは誤ならむ。
眞淵この歌に○を附す。
(二三六) 新千載 夕されば霧たちくらしをぐら山やまのとかげに鹿ぞ鳴くなる
(二三七) 新勅撰 雲のゐるこずゑはるかに霧こめてたかしの山に鹿ぞ鳴くなる 眞淵この歌に○○を附す。
(二三八) 月をのみあはれ思ふさ思ふに夜ふけて深山がくれに鹿ぞ鳴くなる 類從本定家所傳本には第二句「思ふ」とあり。
(二三九) さ夜ふくるままに外山とやまのまよりさそふかひとり鳴く鹿 類從本には第四句「月」とあり。原本第四句「誘ふ」とあり。類從本によりて改む。
(二四〇) 朝まだき小野をのの露霜寒ければ秋をつらしと鹿ぞ鳴くなる
(二四一) さを鹿のおのが住む野の女郞花はなに飽かずとをや鳴くらむ
(二四二) はぎが花うつろひて行うつろへ行けばけば高砂のをのへの鹿の鳴かぬ日ぞなき 類從本定家所傳本には、第二句「うつろひ行けば」とありて、「て」なし。
(二四三) 續後撰 朝な朝な露にをれふす秋萩の花ふみしだき鹿ぞ鳴くなる 眞淵この歌に○を附す。
(二四四) 秋萩のむかしの露に袖ぬれてふるきまがきに鹿ぞ鳴くなる

夕  鹿
(二四五) なく鹿のこゑより袖におくか露もの思ふ頃の秋の夕ぐれ 眞淵はこの歌の第三句につき、「おくか露、このことば、一時のはやりことにて聞きにくし」と評せり。

田 家 秋

類從本には「田家秋といふことを」とあり。
(二四六) 山田もるいほにしをれば朝な朝なたえず聞きつるさをしかの聲
(二四七) からごろもいな葉の露に袖ぬれて物思へともなれるわが身 類從本定家所傳本には、結句「わが身」とあり。

(二四八) 小笹原をざさはら夜半に露ふく秋風をややさむしとや蟲の鳴くらむわぶらん 類從本定家所傳本には、結句「わぶらん」とあり。
(二四九) 庭草の露のかずそふ村雨むらさめに夜ふかき蟲の聲ぞ悲しき

故 鄕 蟲

類從本には「雜」の部にあり。
(二五〇) たのめこし人だにはぬ故鄕にたれまつ蟲の夜半に鳴くらむ

蟋  蟀

眞淵はこの歌に○を附し、且つ題の「蟋蟀」につき、「蟋蟀をば萬葉にはこほろぎとよむ事と見ゆるを誤りて、早くよりきりすとよめり」と評せり。
類從本には、第一二句「秋ふか露さむきとや定家所傳本には、初句「秋深」とあり。
(二五一) 秋深露さむき夜のきりぎりすただいたづらにのぞみママ[2]鳴く
(二五二) あさぢ原露しげき庭のきりぎりす秋深き夜の月に鳴くなり
(二五三) 秋の夜の月のみやこのきりぎりす鳴くは昔のかげやこひしき 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(二五四) きりぎりす鳴く夕ぐれの秋風に我さへあやな物ぞ悲しき

長月の夜蟋蟀のなくを聞きてよめる
(二五五) きりぎりす夜半よはころものうすきうへにいたくは霜のおかずもあらなむ

ある僧に衣をたまふとて
(二五六) 野邊みれば露霜寒きりぎりすよるころものうすくやあるらむりけむ 類從本には第二句「露霜さむ定家所傳本には「露霜さむ」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

秋の野におく白露は玉なれやといふことを人々におほせてつかうまつらせし時よめる
(二五七) ささがにの玉ぬくいとのをよわみ風に亂れて露ぞこぼるる

山邊眺望といふ事を
(二五八) 聲たかみ林にさけぶさるよりも我ぞもの思ふ秋のゆふべは 眞淵はこの歌の初句につき「聲たかくとあるべし」と評せり。
(二五九) 暮れかかる夕べの空をながむればこだかき山に秋風ぞふく 類從本には「山眺望といふことを」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(二六〇) 秋を經てしのびもかねに物ぞ思ふ小野をのの山邊の夕暮の空 類從本には第二句「かね」第三句「物おもふ」とあり。

田 家 露
(二六一) 秋田もるいおに片しくわが袖に消えあへぬ露のいくよおきけむいくへおくらむ 類從本には結句「いくくらむ」定家所傳本には結句「いくおきけむ」とあり。

田家秋夕

類從本には「田家夕」とあり。
(二六二) かくてなほたへてしあとはたえてしあらばいかがせむ山田もる庵の秋の夕ぐれ 類從本定家所傳本には第二句「たてしあらば」とあり。眞淵はこの歌につき、「春曙、秋夕暮といひつづめたるは後の人のわざなり。それにつけてしきりに悲しきよしを思ひ入てよむも亦後なり。此公古へを好み給へども、猶さることまでは、えおぼしわき給はざりし。されどこれらは、まだはじめのほどの歌故か。よりてここの歌共は皆後のあかにそみたり」と評せり。

海のほとりをすぐとて
(二六三) ながめやる心もたへぬ和田新後撰ニ眺めわび行方も知らぬ物ぞ思ふの原八重の鹽路しほぢのあきの夕ぐれ 定家所傳本には、第二句「心もたえ」とあり。
眞淵はこの歌を「ながめわび行へも知らぬ物ぞおもふ。斯樣に此公はよみ給ふ例なし。後になほしけんかし」と評せり。

秋の夕べによめる

類從本には「ゆふべの心をよめる」とあり。
(二六四) 大かたに物思ふとしもなかりけりただわがための秋のゆふぐれ

夕秋風といふことを
(二六五) 秋ならでただ大かたの風のおとも夕べはことに悲しきものを

秋 の 歌
(二六六) 玉だれのこすのひまもる秋風妹こひしら身にぞしみけしみつる 類從本には第三句「秋風定家所傳本には「秋風」とあり。
(二六七) 秋風はやや肌寒くなりにけりひとりやねなむながきこの夜を 眞淵この歌に○を附す。
(二六八) むかし思ふ秋の寢覺めの床のうへにほのかにかよふ峰の秋風 定家所傳本には第三句「床の上」とあり。

聲うちそふるおきつしら浪といふ事を人々あまたつかうまつりしついでに

類從本には「……といふふるごとを人々あまたつかうまつりし次によめる」とあり。
(二六九) のきしの松吹く秋風をたのめて浪のよるを待ちける 眞淵はこの歌の初句につき「住吉と書てもすみの江とよむべし」といへり。類從本には「雜」の部に入れ、初句を「住の江の」と書きたり。

月の歌とて

類從本には「秋歌」と題せり。
(二七〇) 月きよみ秋の夜いたくけにけりさほの河原に千鳥しばなく 眞淵この歌に○を附す。
(二七一) 新拾遺 天の原ふりさけみれば月きよみ秋の夜いたく更けにけるかな 眞淵この歌に○○を附す。
(二七二) 我ながらおぼえずおつる袖の露月に物思ふ夜頃へぬれば 類從本には「月をよめる」と題し、類從本定家所傳本には第二句「おぼえずおくか」とあり。眞淵はこの歌を「二の句後なり」と評せり。
(二七三) 新勅撰 思ひ出でて昔を忍ぶ袖の上にありしにもあらぬ月ぞやどれる 類從本には「月をよめる」と題し「雜」の部にあり。新勅撰集には第四句のなし。眞淵は「四の句後なり」と評せり。

閑居望月
(二七四) 草の庵にひとりながめて年もへぬ友なき宿の秋の夜の月 類從本定家所傳本には初句「の庵に」第四句「友なきの」とあり。

荒 屋 月

類從本には「あれたる宿の月といふ事を」と題して、「雜」の部にあり。
(二七五) 新勅撰 淺茅原ぬしなき宿やどの庭のおもにあはれいくの月はすみけむ 定家所傳本及び新勅撰集には結句「月すみけむ」とあり。

故 鄕 月
(二七六) 行きめぐりまたもてみむ故鄕のやどもる月はわれを忘るな 類從本には「月をよめる」と題して「雜」の部にあり。
(二七七) 大原おほはらやおぼろの淸水しみづさととほみ人こそくまね月はすみけり 類從本には「月をよめる」と題し「雜」の部にあり。

水 邊 月
(二七八) わくらはに行きても見しがさめのふるき清水にやどる月影 類從本には「雜」の部にあり。

海 邊 月
(二七九) たまさかに見る物にもが伊勢の海のきよきなぎさの秋の夜の月 類從本定家所傳本には第三句「伊勢の海」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(二八〇) いせの海や浪にたけたかけたるる秋の夜の有明の月に松風ぞふく 類從本には第二句「けたる」とあり。
(二八一) 須磨のあまの袖ふきかへす鹽風にうらみてふくる秋の夜の月 定家所傳本には第三句「風に」とあり。眞淵は「うらみてふくる、後なり」と評せり。
(二八二) 鹽がまの浦ふく風に秋たけてまがきが島に月かたぶきぬ 定家所傳本には第四句「まがき島に」とあり。
眞淵この歌に○○を附す。

名所秋月
(二八三) さざ浪やひらの山風さ夜ふけて月影さびししがのからさき 定家所傳本には第四句「月影さし」とあり。
眞淵この歌に○を附し、次に一首と共に「この二首、俗の思はん巧を皆はぶきて末をいひはなちたり」と評せり。
(二八四) 續千載 月見れば衣手さむしさらしなや姥捨山をばすてやまのみねの秋風 眞淵この歌に○○を附す。
(二八五) 山寒み衣手うすし更級さらしなやをばすての月に秋ふけしかば

八月十五夜のこころを

類從本には「八月十五夜」とあり。
(二八六) 久堅ひさかたの月のひかりしきよければ秋のなかばを空に知るかな

月前擣衣
(二八七) 秋たけてふかき月の影見ればあれたる宿に衣うつなり 定家所傳本には結句「うつな」とあり。
(二八八) 新後拾遺 さよふけてなかばふけたけ行く月影にあかでや人の衣うつらむ 類從本定家所傳本には第二句「け行く」とあり。
(二八九) 風雅 夜を寒みねざめて聞けば長月ながつき有明ありあけの月に衣うつなり 定家所傳本には初句「夜をながみ」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

故鄕擣衣
(二九〇) みよし野の山下風やましたかぜの寒き夜をたれふる里衣うつらむ 類從本定家所傳本には第四句「ふる里」とあり。

擣衣をよめる
(二九一) ひとりぬる寢覺に聞くぞあはれなる伏見のさとに衣うつこゑ

月夜菊花をたをるとて

類從本には「月夜菊の花をおるとて」とあり。
(二九二) 新勅撰 ぬれてをる袖の月影ふけにけりまがきの菊の花の上の露 眞淵この歌に○を附す。

雨のふれるに庭の菊をみて

類從本には「雨のふれる夜に菊を見てよめる」とあり。
(二九三) 露を重みまがきの菊のほしもあへずはるればくもる村雨の空宵の村雨 類從本定家所傳本には結句「宵の村雨」とあり。

菊  を
(二九四) ませの內によるおく露やいかならむぬれつつ菊の移ろひにける 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

さほ山のははその紅葉しぐれぬるといふことを人々によませしついでによめる

類從本には「……紅葉時雨ぬる……」とあり。
(二九五) さほ山のははそ紅葉もみぢ千々ちゞの色にうつろふ秋は時雨ふりけり

水上落葉
(二九六) くれて行く秋のみなとにうかぶあまの釣する舟かとも見ゆ

深山紅葉
(二九七) 神無月またで時雨や降りにけむみ山にふかき紅葉しにけり

名所紅葉
(二九八) 初雁の羽風はかぜのさむくなるままに佐保の山邊は色づきにけり 眞淵この歌に○を附す。
(二九九) 雁鳴きてさむき嵐のふくなべに立田たつたの山はいろづきにけり 眞淵この歌に○を附す。

雁のなくを聞きて

類從本には「雁のなくをききてよめる」とあり。
(三〇〇) けさなく雁がねの寒みから衣立田の山はもみぢしにけり 類從本定家所傳本には結句「紅葉しぬらん」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

秋のすゑによめる
(三〇一) 雁鳴きて吹く風さむみたかまとの野邊のあさぢは色づきにけり 眞淵この歌に○を附す。
(三〇二) 新勅撰 雁鳴きてさむきあさけの露霜に矢野の神山いろづきにけり 眞淵この歌に○○を附し、次の如く評せり。「萬葉に、つま隱る矢野の神山露霜に匂ひそめたりちらまくも惜し、また、雁がねの來鳴しなべにから衣たつたの山はもみぢそめたり、てふなどの心ことばなるが、矢野の神山をこともなくとり出られたるに、器量はみゆ。名所をよむには必らず其古歌その所の樣などをいはでは所の動くなどいふめるは、いとまだしきほどの人のいひごとぞや。いにしへ人、その所に向ひてはただ其所の名をいふのみ。此歌もただちに矢野の神山をとり出られしが、雄々しきなり。すべて名所に緣ある言葉などやうのちひさきことをのみ思ひていへるより、ことせばく、こころくして、ひくし。ただ何となくこの歌にはこの名所こそさもあるべきと思ふ心をえて用ふべきなり。こはたやすきに似て、かたし。されどかく心えていひならふべきのみ」と。また曰く「古人の歌によまぬ所はよむべからぬ事とすることもいまだしきなり。その古人は又の古人の跡をもとめてよめるにあらず。今も古人の心詞をえば、などか、かたくなに古人のあとにのみよらん。古人の心に似たる樣をこそねがはめ、名所のみならずよろづにこの心を思ふべきなり。まして古人のよみしあとある所に、何のよせか用ひん。されどよせなけれど、其頭によく居ると居らぬとの味は功によるべし」と。
(三〇三) はかなくて暮れぬと思ふをおのづから有明の月に秋ぞ殘れる 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

惜秋といふ事を
(三〇四) 長月の有明の月のつきずのみる秋ごとに惜しき今日かな
(三〇五) 年ごと秋の別はあまたあれど今日のくるるぞわびしかりける 類從本定家所傳本には初句「年ごと」とあり。

九月霜降秋早寒といふ心を
(三〇六) 續古今 蟲の音もほのかになりぬ花薄はなすすき秋のすゑ葉に霜やおくらむ

暮秋の歌

類從本には「戀」の部にありて、「戀のこゝろをよめる」と題せり。
(三〇七) 秋ふかみすそ野の眞葛まくづかれがれにうらむる風の音のみぞする
(三〇八) 秋はぎの下葉したばのもみぢうつろひぬ長月の夜の風の寒さに 以下三首、類從本には「秋歌」と題せり。第三句原本に「うつろひ」とあり。類從本によりて改む。
(三〇九) もみぢ葉は道もなきまで散りしきぬわが宿をとふ人しなければ 第三句、原本に「散りしき」とあり。類從本によりて改む。
(三一〇) 木の葉ちる秋の山べはかりけり堪へでや鹿のひとり鳴くらむ

九月盡のこころを人々におほせてつかうまつらせしついでに

類從本には「……ついでによめる」とあり。
(三一一) 初瀨山はつせやま今日をかぎりと眺めつつ入相の鐘に秋ぞ暮れぬる 第二句、原本に「今日限りと」とあり。傍註及び類從本定家所傳本によりて改む。
定家所傳本には第三句「眺めつ」とあり。


[入力者補足][編集]

  1. 底本“”脱。
  2. 「のみぞ」の(おそらく)誤植。