<<現生に於て邪悪なる人の情況>>
夜間には樹も鉛も鐵も銀も金も又宝石も我等の目にみな一様に見ゆるならん、蓋此等の物を判別するが為に光の足らざるによる、かくの如く不潔なる生涯を送る人は貞潔の高きも、哲理も、暁り得ざるなり。けだし我がいひし如く宝石も暗中にありて其美をあらはさゞるは、其物自己によるにあらずして、暗中にありて見る者の不知による。さりながら我等罪中に居る時は、我等に及ぶものは、たゞ此の一の不幸のみにあらざるなり、我等は當時更に復不断の恐の中に居らん。無月の夜に道をゆく者は何も恐ろしきものゝあらざるに拘らず、恐れを覚ゆるが如く、罪人もかくの如し、誰も彼を責めずといへども、勇気なること能はざらん、否彼等は良心に噛まるゝを覚えて、すべてを畏れて見回し、すべてに戦慄せん。さればかくの如き苦しき生涯を遁れん。此の如き苦みの後、復随て来るものは死なり、不死の死なり。