春秋左氏傳/001 隱公/04

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訓読文

【經】　四年、春王の二月、莒人《きよひと》、杞を伐ち、牟婁《ぼうろう》を取る。戊申《ぼうしん》、衞の州吁《しうく》其君完《くわん》を弑《し》す。夏、公、宋公と清《せい》に遇《あ》ふ。宋公・陳侯・蔡人《さいひと》・衞人《えいひと》、鄭を伐《う》つ。秋、翬《き》、師《し》を帥《ひき》ゐて、宋公・陳侯・蔡人・衞人に會《くわい》して鄭を伐つ。九月、衞人、州吁を濮《ぼく》に殺す。冬十有二月、衞人、晉《しん》を立つ。

【傳】　（隱公三年→）四年（周ノ桓王元年）春、衞の州吁《しうく》、桓公を弑《し》して立つ。
　公^[1]、宋公と會《くわい》を爲《な》し、將に（隱公元年→）宿《しゆく》の盟《ちかひ》を尋《あたゝ》めんとす。未だ期《き》に及ばざるに、衞人來りて（州吁ノ）亂《らん》を告ぐ。夏、公、宋公と清《せい》に遇ふ^[2]。
　宋の殤公《しやうこう》の位に即くや、公子馮《こうしひよう》出でゝ鄭に奔《はし》れり。（隱公三年→）鄭人、之を納《い》れん^[3]と欲す、衞の州吁が立つに及んで、將に（隱公二年→）先君の怨《うらみ》^[4]を鄭に脩《をさ》めて、寵《ちよう》を諸侯に求め^[5]以て其民を和《わ》せん^[6]とし、宋に告《つ》げしめて曰く、『君《きみ》若《も》し鄭を伐ち以て君の害《がい》^[7]を除《のぞ》かんとならば、君、主《しゆ》となれ^[8]。敝邑《へいいふ》、賦《ふ》^[9]を以て、陳・蔡と與《とも》に（君ニ）從《したが》はんことは、則ち衞國の願《ねがひ》なり』と。宋人、之を許す。是《こゝ》に於《おい》て陳・蔡、方《まさ》に衞に睦《むつま》し、故に宋公・陳侯・蔡人・衞人、鄭を伐ち、其東門《とうもん》を圍《かこ》み、五日《いつか》にして還《かへ》る。（→隱公五年）
　公^[10]衆仲《しうちう》^[11]に問うて曰く、『衞の州吁は其れ成《な》らんか』と。對へて曰く、『臣、德を以て民《たみ》を和《わ》するを聞く。亂《らん》を以て（民ヲ和）するを聞かず。亂を以てするは、猶ほ絲《いと》を治《をさ》めんとして之を棼《みだ》すがごときなり、夫《か》の州吁は兵を阻《たの》^[12]みて忍《にん》^[13]に安んず。兵を阻めば衆《しう》無く^[14]、忍に安んずれば親《しん》無し^[15]、衆叛《そむ》き親離《はな》るれば、以て濟《な》り難し。夫れ兵は、猶ほ火のごとし。戢《おさ》^[16]めずば、將に自ら焚《や》けんとするなり。夫の州吁、其君を弑して、其民を虐用《ぎやくよう》す。是に於いてか、令德《れいとく》を務めずして、亂^[17]を以て（志ヲ）成《な》さんと欲す。必ず免《まぬか》れじ^[18]』と。
　秋、諸侯^[19]復《ま》た鄭を伐つ。宋公、來りて師《し》を（魯ニ）乞《こ》はしむ。公、之を辭《じ》す。羽父《うほ》^[20]師を以て之に會《くわい》せんと請《こ》ふ、公許さず。固く請うて行く。故に書して『翬、師を帥ゐる』と曰ふ^[21]は、之を疾《にく》みてなり。諸侯の師、鄭の徒兵《とへい》^[22]を敗《やぶ》り、其禾《くわ》を（苅リ）取りて還る。
　州吁（鄭ヲ伐チテ先君ノ怨ヲ修メ、民ヲ和セシメント欲シタレドモ）未だ其民を和せしむること能《あた》はず。厚、君を定めんことを石子《せきし》に問ふ^[23]、石子曰く、『王覲《わうきん》する^[24]を可なりと爲す』と。（厚）曰く『何を以てか覲《きん》すること［＃「こと」は合字、→今昔文字鏡］を得ん』と。（碏）曰く、『陳の桓公、方《まさ》に王^[25]に寵有り。（而シテ）陳衞は方に睦し。若し（州吁）陳に朝《てう》して（陳公ヲシテ王ニ）請はしめば、必ず（王覲スルコトヲ）得《う》可きなり』と。厚、州吁に從つて陳に如《ゆ》く。石碏《せきしやく》（人ヲシテ）陳に告《つ》げしめて曰く、『衞國褊小《へんせう》^[26]にして、老夫《らうふ》、耄《ばう》^[27]せり。能く爲すこと無し。此二人《にん》のものは、實に寡君^[28]を弑せり。敢て即《つ》いて之を圖《はか》れ』と。陳人、之を執《とら》へて、蒞《のぞ》まんことを衞に請ふ^[29]。九月、衞人、右宰醜^[30]をして、蒞みて州吁を濮^[31]に殺さしむ。石碏、其宰獳羊肩《さいどうやうけん》をして蒞みて石厚を陳に殺さしむ。君子曰く、『石碏は純臣《じゆんしん》^[32]なり。州吁を惡みて厚與《あづか》る。「大義、親を滅《めつ》す」とは其れ是《これ》の謂《いひ》か』と。衞人、公子晉《しん》を邢《けい》^[33]より逆《むか》ふ。冬十二月、宣公^[34]、位に即く。書して『衞人、晉を立つ』と曰ふは、衆なればなり^[35]。

註

1. 隱公。
2. 清は衞の邑。二國、其禮を省略して、途中にて遇ふなり。
3. 公子馮を助けて之を宋に納れんと欲す。
4. 州吁の先君の怨とは公の二年、鄭人、衞を伐ちたるをいふ。怨を鄭に修むるとは、怨をはらす也。
5. 諸侯の信任を得んことを求むる也。
6. 自國の人氣を得んと欲する也。
7. 君の害は公子馮をさす。
8. 主となりて鄭を伐て。
9. 賦は兵なり。
10. 公は隱公。
11. 魯の大夫。
12. 阻は恃む也。
13. 忍は殘忍。
14. 衆人服せず。
15. 親戚、心を離す。
16. 戢は斂むる也。
17. 亂は攻伐をいふ。
18. 必ず死亡を免れじ。
19. 宋、陳、蔡、衞。
20. 羽父は公子翬。
21. 公子とは曰はざる也。
22. 徒兵は歩兵なり。
23. 州吁の衞君たるを定めんことを、石厚、其父石碏に問ふ。
24. 王にまみゆる也。
25. 王は周の桓王。
26. 國力乏し。
27. 老耄。
28. 寡君は衞の桓公。
29. 蒞は臨み視る也、立ち合ふ也。陳人、二人を執へて、悪人を除くの名に居らずして、衞が人を派遣して、州吁・石厚を誅するを臨視すべきことを請ひ、以て衞の國法をして大いに著はしめんとする也。大體を知る者に非ざれば能はざるなり。
30. 右宰は官名、醜は人名。
31. 陳の地。
32. 君に事へて二心あらざるを純臣と謂ふ。
33. 邢は國名。
34. 宣公は即ち公子晉なり。
35. 衆望の歸する所なればなり。