新約聖書譬喩略解/第九 園の主雇銭を給ふの譬

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第九　園（はたけ）の主（あるじ）雇（やとひ）銭（しろ）を給（あてが）ふの譬（たとへ）

馬太二十章一節より十六節

夫（それ）天國（てんこく）は朝（あさ）早（はや）く出（いで）て葡萄（ぶだう）園（ばたけ）に工人（はたらくもの）を雇（やと）ふ主人（あるじ）の如（ごと）し　工人（はたらくもの）には一日（いちにち）に銀一枚（ぎんいちまい）を予（あたへ）んと約束（やくそく）をなし彼（かれ）等（ら）を葡萄（ぶだう）園（ばたけ）に行（ゆけ）相當（さうたう）の價（あたへ）を予（あたへ）んと彼（かれ）等（ら）に曰（いひ）ければ則（すなはち）往（ゆけ）り　又（また）十（じふ）二時（にじ）と三（さん）時（じ）比（ごろ）出（いで）て前（まへ）の如（ごとく）行（なせ）り　又（また）他（ほか）の立（たて）る者（もの）に遇（あふ）て曰（いひ）けるは何故（なにゆへ）終日（ひねもす）此（ここ）に徒（むなし）く立（たつ）や之（これ）に答（こたへ）て曰（いひ）けるは我（われ）儕（ら）を雇（やと）ふ者（もの）無（なき）に因（よ）りて也（なり）　彼（かれ）等（ら）に曰（いひ）けるは爾（なんぢ）曹（ら）も葡萄（ぶだう）園（ばたけ）に行（ゆけ）相當（さうたう）の價（あたひ）を得（う）べし　日（ひ）暮（くる）る時（とき）葡萄（ぶだう）園（ばたけ）の主人（あるじ）其（その）家宰（ばんとう）に曰（いひ）けるは労力（ほねをり）たる者等（ものども）を呼（よん）で後（のち）に雇（やと）へる者（もの）を始（はじめ）とし先（さき）の者（もの）に迄（まで）價（あたひ）を給（たま）へよ　五時（ごじ）比（ごろ）に雇（やと）はれし者（もの）ども来（きたり）て銀一枚（ぎんいちまい）づつを受（うけ）たり　先（さき）の者共（ものども）来（きたり）て我（われ）儕（ら）は多（おほく）受（うくる）ならんと意（おもひ）しに亦（また）銀一枚（ぎんいちまい）づつを受（うく）　之（これ）を受（うけ）て主人（あるじ）を怨（うらみ）つぶやけるは此（この）後至（のちの）者（もの）の労力（ほねをり）たるは一（いち）時（じ）ばかりなるに終日（ひねもす）苦（くるしみ）を任（おひ）暑（あつさ）に當（あた）る我（われ）儕（ら）と均（ひとし）く之（これ）をなせり　主人（あるじ）其（その）一人（ひとり）に答（こたへ）て曰（いひ）けるは友（とも）よ我（われ）なんぢに不義（ふぎ）をせず　爾（なんぢ）と銀一枚（ぎんいちまい）の約束（やくそく）をなしたるに非（あら）ずや爾（なんぢ）のものを取（とり）て往（ゆけ）　われ亦（また）この後至（のちの）者（もの）にも爾（なんぢ）の如（ごと）く予（あた）ふべし　我物（わがもの）を以（も）て我（わが）おもふ如（ごと）く行（なす）は宜（よか）らずや　わが善（よき）に因（より）て爾（なんぢ）の目（め）あしきか此（かく）の如（ごと）く後（のち）の者（もの）は先（さき）に先（さき）の者（もの）は後（のち）になるべし　夫（それ）よばるる者（もの）は多（おほ）しと雖（いへど）も選（えらば）るる者（もの）は少（すく）なし

〔註〕この譬（たとへ）には数（かずかず）の解（ときあかし）あれどもその眞（まこと）の意（こころ）を得（え）んとするに上（かみ）の文（ぶん）を詳（つまびらか）に見（み）ればこの譬（たとへ）を説（とき）たまひし故（ゆへ）を知（し）るべし　此（この）譬（たとへ）と上（かみ）の譬（たとへ）とはペテロに答（こたへ）たまふ言（ことば）より起（おこ）れり　ペテロ富人（とめるひと）は天国（てんごく）に入（い）り難（がた）しと言（いひ）たまひしを聞（きき）て我（われ）儕（ら）一切（いっさい）を舎（すて）て爾（なんぢ）に従（したが）へば何（なに）を得（え）んとすと問（と）へり　ペテロの此（この）言（ことば）は自（みづから）誇（ほこ）るに渉（わた）れり　己（おの）れかくの如（ごと）き善行（よきおこなひ）あれば本（もと）より福（さいわひ）を得（う）べしと自（みづか）ら思（おも）ひしなり　故（ゆへ）に救主（すくひぬし）この譬（たとへ）を設（まふけ）て人々（ひとびと）に説（と）きたまふは天国（てんごく）の福（さいわひ）を得（う）るは神（かみ）の恩（めぐみ）にして己（おの）れの善（よき）功（いさほ）によりて其（その）福（さいわひ）を得（う）るにあらざれば自（みづか）ら誇（ほこ）るに足（た）らずと　此（この）譬（たとへ）の旨（むね）は羅馬（ろうま）四（し）章（せう）一節（いつせつ）より四（し）節（せつ）までの意（こころ）と同（おな）じ　上（かみ）の章（せう）にイエス我（われ）に従（したがふ）ものは必（かなら）ず大（おほひ）なる賞（ほうび）を得（え）んといへり　しかるに眞（まこと）の神（かみ）の恩（めぐみ）は先（さき）なるもの後（のち）となり後（のち）なるもの先（さき）となることありて功（いさを）を論（ろん）じて賞（ほうび）を行（おこなひ）たまふにあらざるなり　イエス常（つね）に眼前（めのまへ）看（み）習（なれ）しものを以（も）て譬（たとへ）を設（まふけ）たまへり　故（ゆへ）にここに又（また）葡萄（ぶだう）園（ばたけ）を以（も）て譬（たとへ）となせり　ユダヤの地（ち）には多（おほ）く葡萄（ぶだう）を産（さん）せり　故（ゆへ）に土人（ところのひと）葡萄（ぶだう）を種（うゆる）を以（も）て生業（なりわひ）となし毎日（ひごとに）その工人（はたらきて）の価（あたひ）を調（しら）べたり　故（ゆへ）にイエス是（これ）を借（かり）て譬（たとへ）としたまふなり　其（その）心（こころ）は家主（あるじ）を天（てん）父（ふ）に比（たくら）べり　凡（およ）そ教（おしへ）に入（い）るものはみな天（てん）父（ふ）の詔（まねき）を蒙（かふむ）るものなれば園（はたけ）の主（あるじ）人（ひと）を招（まね）きて工作（しごと）をなさしむるに似（に）たり　約翰（よはね）の福音（ふくいん）に我（われ）を遣（つかは）せし父（ちち）もし引（ひか）ざれば人（ひと）よく我（われ）に就（つけ）るなしとあり　また彼（かれ）みな教（おしへ）を神（かみ）に受（うけ）んといへり〔約翰（ヨハネ）六章四十四節四十五節〕神（かみ）は眞（しん）理（り）を以（も）て人（ひと）を招（まね）きたまへども人（ひと）しばしば是（これ）を拒（ふせ）ぎて従（したが）はざれども其招（そのまね）きに従（したが）ふものには神（かみ）より聖霊（せいれい）を賜（たま）はりて其（その）心（こころ）を開（ひら）きたまへり　されども是（これ）を己（おのれ）の力（ちから）にて茅塞（ふさがり）をひらき善（ぜん）に向（むか）ふとおもふべからず　イエスの弟子（でし）となりし故（ゆへ）なりと知（し）るべきなり　園主（はたけのあるじ）の招（まね）きし人（ひと）は分（わかち）て二（ふたつ）となす　初（はじめ）に招（まね）く所（ところ）のものは雇銭（やとひしろ）をとりきめて工作（はたらき）をなせり後（あと）に招（まね）く所（ところ）のものは心（こころ）に主（あるじ）の公平（おほやけ）なるを信（しん）ずれば主（あるじ）の給（あてがひ）の多（た）少（せう）に任（まか）せて多（た）分（ぶん）の望（のぞ）みなし半（なかば）の価（あたへ）を得（う）れば足（た）れりとせり　しかるに園主（はたのあるじ）之（これ）に多（た）分（ぶん）の雇銭（やとひしろ）を與（あたへ）て終日（ひねもす）作（はたら）きし者（もの）と同（おな）じふせり（市（まち））とは世（よ）の中（なか）を指（さ）せり天（てん）父（ふ）の人（ひと）を世（よ）に造（つく）りたまふは原（もと）各（おのおの）人（ひと）をして神（かみ）の作工（はたらき）をなし主（しゅ）に代（かは）りて其力（そのちから）を致（いた）さしめんためなり　人（ひと）もし肉身（にくしん）の事（こと）を顧（かへり）みて眞（まこと）の道（みち）のために力（ちから）を出（いだ）さざれば天（てん）父（ふ）の恩（めぐみ）を得（うる）ことあたはず　これ市（まち）に徒（むなし）く立（たつ）ものと異（こと）なることなし　この雇夫（やとひびと）徒（むなし）く立（たっ）て作工（はたらき）をせざるは人（ひと）の雇（やと）ふものなきゆへなり　わざと申（さる）の時（とき）の末（すえ）までも徒（むなし）く立（たつ）にあらざるなり　是（こ）れ世（よ）の人（ひと）福音（ふくいん）を聞（き）くの機會（とき）なくして遂（つい）に晩年（ばんねん）に至（いた）りて信仰（しんかう）するが如（ごと）し　これを借（かり）て吾（わ）れ早（はやく）より悔改（くひあらたむ）るに及（およ）ばず世（よ）をさるに近（ちか）づきて信仰（しんかう）するもいまだ遅（おそ）からずといふべからず　さてこの場（ば）合（あひ）は二（ふたつ）に分（わかち）て見（み）るべし　一（ひとつ）は招（まね）きを受（うけ）て作工（はたらく）の時（とき）にして今（いま）の世（よ）を指（さ）せり　一（ひとつ）は値（あたひ）を給（たまふ）の時（とき）にして後（のち）の世（よ）を指（さ）せり　人（ひと）は此（この）世（よ）にありて幼（いとけなき）より福音（ふくいん）を聞（きく）ものあり老（おひ）に至（いたり）て初（はじめ）て福音（ふくいん）を聞（き）くものあり　また早（つと）に教會（けうくわい）に入（い）る者（もの）あり遅（おそ）く教會（けうくわい）に入（い）るものあり　されども天（てん）父（ふ）より恩（めぐみ）を施（ほどこ）したまふは彼（かれ）此（これ）を分（わかつ）なし　天（てん）父（ふ）の人（ひと）を視（み）たまふは唯（ただ）その人品（ひとがら）の善悪（よしあし）を観（み）たまひその働（はたら）きの多（た）少（せう）を計（はか）りたまふにあらず故（ゆへ）に賜（たま）ふ所（ところ）の賞（ほうび）はいづれも銘々（めいめい）同（おな）じきに似（に）たり　もし作工（はたらく）の時（とき）を以（も）て言（いへ）ば其（その）賞（ほうび）各（おのおの）異（こと）なることあるべし　しかるに晨（あした）より作工（はたらく）もの返（かへつ）て其（その）賞（ほうび）寡（すくなく）して申（さる）の時（とき）より作工（はたらく）もの其（その）賞（ほうび）大（おほひ）なり天国（てんごく）の賜（たまもの）もまた此（かく）の如（ごと）し信者（しんじゃ）はおのおの天国（てんごく）の賜（たまもの）をうるより外（ほか）なしと雖（いへど）も天国（てんごく）の福（さいわひ）はまた差等（しだい）あることなり（家宰（ばんたう））とはイエス自（みづか）ら己（おのれ）を指（さし）たまへり　聖書（せいしょ）に父（ちち）は誰（たれ）をも審判（さば）かずすべて子（こ）に委（ゆだね）りといへり〔約翰（ヨハネ）福音五章二十二節〕（怨（うら）みつぶやく人（ひと））は疑（うたがふら）くは救（すくひ）を得（え）ざるものを指（さ）すといへり　細（こまか）にその意（こころ）を察（さっ）するにしからずイエス世（よ）の人々（ひとびと）みな己（おのれ）を人（ひと）と較（くらぶ）るの心（こころ）あるを憂（うれへ）たまひかくはなすべからずと警醒（さとし）たまへるなり　人々（ひとびと）天（てん）父（ふ）のために作工（はたらき）をなさばかならず其（その）賜（たまもの）をば失（うしな）はざれども工銭（はたらきしろ）を計較（くらぶる）ものは其（その）賜（たまもの）すくなく唯（ただ）心（こころ）に天（てん）父（ふ）の慈悲（じひ）を頼（たのむ）ものは其（その）賜（たまもの）大（おほひ）なり（先（さき）なるもの後（のち）となる）とは教會（けうくわい）の牧（ぼく）師（し）教（けう）士（し）或（あるひ）は理（り）に達（たっ）する者（もの）或（あるひ）は富（とめる）もの是（これ）等（ら）の人（ひと）は天（てん）父（ふ）に代（かはり）て力（ちから）を出（いだ）せども天国（てんごく）にありては必（かなら）ず大（おほひ）なる賞（ほうび）を得（う）るとはなしがたし（後（のち）なるもの先（さき）となる）とは教會（けうくわい）の幼（いとけなき）もの寡婦（かふ）或（あるひ）は性質（うまれつき）愚（おろか）なるもの或（あるひ）は最（もっと）も貧賤（まづしき）ものを指（さ）せり是（これ）等（ら）の人（ひと）はみなその心（こころ）卑下（へりくだり）て天（てん）父（ふ）に頼（よ）り時（とき）としては返（かへつ）て天国（てんごく）の大（おほひ）なる榮（さかへ）に處（おる）ことあり　我（われ）等（ら）常（つね）に主（しゅ）のために力（ちから）を出（いだ）し事（こと）を勤（つと）め心（こころ）に天国（てんごく）を望（のぞ）みて勇進（いさみすすみ）て主（しゅ）に事（つかふ）まつる辛労（ほねおり）を以（も）て天上（てんぜう）の冠冕（かんむり）をかがやかさんとするときは天国（てんごく）におひて下（げ）等（とう）のものとなさるるなり　唯（ただ）我（われ）等（ら）の作工（はたらき）は天（てん）父（ふ）の鴻恩（こうおん）に答（こた）へ日々（ひび）其（その）扶（ふ）助（じょ）に倚（よ）りて心（こころ）を盡（つく）し力（ちから）を竭（つく）し天（てん）父（ふ）より命（めい）ぜらるる程度（ほど）を行（おこな）ひ賜（たまもの）の多（た）少（せう）に至（いた）りては天（てん）父（ふ）の酌奪（はからひ）に聽（まか）せなば天国（てんごく）に於（おひ）て必（かなら）ず高挙（たかくあがら）るることを得（う）べきなり　天（てん）父（ふ）吾（われ）等（ら）の作工（はたらき）の多（た）少（せう）を察（み）たまひて之（これ）を論（ろん）じたまふにあらず唯（ただ）その心（こころ）の何（なに）の故（ゆへ）に主（しゅ）のためにかく勤労（つとむる）や鑒（かんが）みたまへり　己（おのれ）の功（いさを）を恃（たの）みに思（おも）ふは衆人（ひとびと）の犯（おか）し易（やす）きことなれば我（われ）等（ら）必（かなら）ず之（これ）を慎（つつし）み戒（いまし）むべし　一度（ひとたび）この幣（ついへ）に陥（おちい）るときは畢生（いつせう）労（ほねおる）とも其（その）賞（ほうび）は誠（まこと）に微（わづか）にして返（かへつ）て後（のち）のもの己（おのれ）の上（かみ）に居（お）ることあらん　惜（おし）むべきことならずや