初めの人◦忽ちに でうす の御勘氣を蒙りし時◦ぱらいぞ◦てれあるの傍に逃げかくれ◦進退茲に窮るべきに◦人有て でうす の尊體に人間の色身あにまを受合せ給ひ◦御扶手來り給はん時あるべしと吿るにをひては◦如何ほどの喜びなるべきぞや。然るに◦人を扶け給はん爲に人界を受合せ給ひ◦限りなき御恩を施し給ふのみならず◦猶言語に及ばぬ御勳功◦さらさら凡慮にはかられぬ事也。爰にをひて◦我暫く謹で御主へ申あげ奉る。抑我等が勅勘を赦し給ひ◦いんへるのを遁し給ふ御恩深しといへども◦猶是を調へ給ふ道は甚重き御恩也。御身のなし給ふほどの御事◦皆不思議に在ますが故に◦其一ツを觀ずるを以て我心の解渡り◦あにまの精根も中絕て◦忙然としてあきれ果ると申せども◦又別の一ツを觀ずる時◦猶又微妙不思議にして◦初めの一ツはなきが如し。是即ち御譽れの御疵とならず◦却て◦御譽れの量りなき所を顯し給はんが爲也。然ば御主御辛苦なしといふ共◦我等を扶け給ふべき道樣々無量に在ますべきに◦只量りなき御憐みと御大切の處を知しめ給はんが爲に◦不思議千萬の道を撰取り給ひ◦限なき御苦しみを◦受こらへ給はんと思召さるゝ者也。故にぜゝまにやといふ所の森の內にては◦其御觀念計をもて御血の汗を流し給ひ◦御身に直に受給ふ御ぱしよんのきはになりては◦大地も既に震動し◦岩石までも碎くる者也。かゝる微妙の御大切は◦天上にても讃談し◦あんじよも恭敬し給へと◦謹で希ふ所也。如何に御主◦我等が幸ひとても御爲には何事ぞ。又我等が殃とても御前に何事ぞ。*じよぶの云く◦Si peccaveris, quid ei nocebis ? et si multiplicatae fuerint iniquitates tuae, quid facies contra eum ? Porro si juste egeris, quid donabis ei ? Iob. 35 汝萬の惡をなすとて◦御前に於て何の仇ぞ。去ば人間あんじよ◦悉く天にをひて直に仕へ敬ひ奉るとても◦更に御譽れの勝り給ふ御事にもあらず◦又悉くいんへるのに落て罵詈誹謗仕るとても◦御譽れの劣り給ふ事にもあらず。かほど百德無量の御主◦御身に背き奉り極惡の罪人と成果たる我等を◦限り在まさぬ御大切をもて御扶け爲れん爲に◦下界に下り給ひ◦我等が科を亡し給ふ御償ひとして◦前代未聞のお苦しみをたゑ給ひ◦末代にも有まじき御恥辱を受け給ふ者也。或時は我等が上を歎き給ひて御淚を流させられ◦或時はぜじゆんの飢を凌ぎ給ひ又或時は道に草臥れ給ひ◦又は極寒極熱の寒さ熱さを堪へ給ひ◦終日終夜我等が上を忘れ給ふ時なく◦御枕を安く傾け給ふ御ひまも在まさず◦終に我等が身代りとして◦惡人どもより搦められ給ひ◦御弟子達より放たれ給ひ◦御弟子達の中より賣られ給ひ◦又一人の弟子よりはあらがはれ給ひ◦彼權門の前にて無量の讒言をうけさせられ◦御顏を打れ給ひ◦つばきを咄かけられ終に又打擲の責を受給ふ者也。惣て我等が科の報謝として◦尊き御母びるぜんの御前にてくるすに掛られ◦崩御なり給ふ者也。嗚呼かほど淺ましき貧苦に責められ給ふ中にも◦御末期に御咽かはき給ふに◦御口を潤し給ふべき一滴の水さへなくて◦水の代りに酢を物にひたして捧げられ給ふ者也。此時に當りて◦猶御親にて在ます でうす ぱあてれも◦さし放しまいらせらるると見へたり。さても驚くべき事かな。廣大無邊の御主◦くるすの上に死し給ひ◦罪人と額を打れ給ふ事。去ば如何なる下賎の者なりとも◦兼て知たる人◦罪ありてくるすに掛られ◦さも淺ましき姿となるを見ては◦不便至極の事哉と哀れを催す習ひ也。況や天地の御主◦何の御科も在まさずしてくるすに掛り給ふ御事をや。此廣大なる御慈悲を觀じて◦九重のあんじよも悉くあきれ給ふ所に◦我等かゝる不思議の浪にも溺れず◦深き御慈悲の海にも沈まざる事は◦猶不思議に非ずや。去ば我等を救ひ給ふ御恩◦尤深く在ますといへども◦猶其上に撰び取給ふ道は◦はるかに深き御恩也。凡慮には及ばぬ御恥辱◦言葉も絕たる御苦患を◦直の御身に受給ひ◦世の捨物と成給ひ◦我等を扶け給ふ者也。御恥辱を以ては我等に譽れを與へさせられ◦御血をもて我等が汚れをすゝぎ◦御淚を以ては我等を淚の淵より浮べ給ひ◦死し給ふを以て我等に終りなき一命を與へ給ふ者也。如何に甘露の御親◦御子と成奉る我等が上を◦かほどまで思召給ふや。如何によき牧士にて在ます御身◦羊となる我等が食物として下さるゝ事は◦何事にて在ますぞ。如何に二心在まさぬ御主◦我等を救ひ扶け給はん爲に◦御身を亡し御一命を失ひ給ふ事をも省み給はざる者也。かゝる御恩の御禮をば◦何と報じ奉るべきや。流し給ふ御血の代りとして◦如何ほどの淚にてか御心を潤し奉り◦御命の代りとして◦如何ほどの命を以てか報じ奉るべきぞ。もし人有りて此等の御苦患といふも◦萬民の爲に報じ給ふ御勤めなれば◦我身一ツに取て御恩といはむもさすがに相當らずと思ふべし。嗚呼あやまり畢れり。速かに其迷ひをすてよ。是を萬民の爲に勤め給ふと思ふや。我等一人づゝに當て◦同じごとくに調へ給ふ御功力也。ゆへを如何といふに◦量り在まさぬ智惠の源より◦御ぱしよんを御目の前に鑑み給ひ◦萬民を一人の如く見そなはし◦量りなき御大切を以て一人づゝを抱き取り給ひ◦一人づゝに對して御血をながし給ふ事也。惣て此御大切の廣大に在ます御處は◦さんと達の宣ふごとく◦萬の世界の中にをひて罪人一人ありといふ共◦萬民の爲に受給ふ御ぱしよんの御辛苦を◦其一人に對して受給ふべしと見へたり。かほど限りなき御苦患をうけ給ふ上にも◦猶うけ給はずして叶はざる道理ありと知しめすにをひては◦猶々こらへ給ふべき御恩をば◦如何計とか存ずるぞや